ダクソかブラボとダンまちのクロス流行れ   作:鷲羽ユスラ

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どうして最後の投稿が一年前なんですか(現場猫)
あととんでもない誤爆したんでこの場を借りて謝罪します。ほんとすまんかった(R-18)


焼き尽くす者

「世話になったな」

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)前夜。

 既にシュリーム古城跡地へ出発したベル達と異なり、“灰”はオラリオに留まり、『黄昏の館』の応接間でフィン達と向き合っていた。

 

「気にしなくていい。君と神ヘスティアの滞在延長くらいはサービスするさ」

 

 副団長のリヴェリアを伴い、フィンは爽やかな笑顔で応対する。主神のロキはサービスの範疇で今夜までヘスティアを泊めなければならないため、喧嘩中(むだなあらそい)でこの場にいない。

 

「師よ、これを」

「む、『スクロール』か。もう完成したのか?」

 

 厳かにリヴェリアが差し出したのは一軸の『スクロール』だ。その内容を察した幼女に、ハイエルフの魔術師は説明する。

 

「それはお前に【魔術】を教わってから、ずっと考えていた論理だ。構築が甘いせいか粗は目立つが、一応は形になっている。

 私ではまだ、魔術師としての経験が浅すぎる。だからその魔術を扱い切れない。

 しかしお前のような老練の魔術師であれば、その真価を発揮できるだろう」

「……成程。良い【魔術】だ。契約の対価として、受け取ろう」

 

 広げた『スクロール』を読み込んだ“灰”は、やや満足そうに頷いて『ソウルの器』にしまった。掌から蒼いソウルを立ち上らせる幼女は、静かに席を立つ。

 応接間の出口に向かう灰髪に、最後にフィンは声を掛けた。

 

「“灰”、君が戦争遊戯(ウォーゲーム)で何をするつもりかは聞かないよ。ただ一つだけ、頼まれてくれないか」

「何だ。フィン・ディムナ」

 

 首を回す幼女に、フィンは笑みを深める。

 

「派手にやってくれ」

 

 挑戦的に碧眼を光らせる、小人族(パルゥム)の勇者に。

 

「――良いだろう。私もまた、そのつもりだ」

 

 銀の半眼を瞬く“灰”は首肯して、『黄昏の館』から出立した。

 

 

 

 

 【ヘルメス・ファミリア】本拠(ホーム)『旅人の宿』。

 『黄金の館』から直行でここへ来た“灰”は、軽薄な優男の相手をしていた。

 

「いやーしかし、アスカちゃんに依頼された時はびっくりしたなあ。神会(デナトゥス)で【ステイタス】を開示するから、もしオレがアポロンに選ばれた時は読み上げてほしいなんてさ。聞いた時は耳を疑ったよ」

「だが貴公は、役目を果たした。『交渉』と『契約』を司るだけはある」

「当然さ! それがオレの全知権能(そんざいりゆう)だからね!」

 

 応接間のソファで大袈裟に両手を広げるヘルメスは、優しげな目で“灰”に尋ねる。

 

「それにしても、君の依頼通りアポロンはオレを選んだ。確信があったのかい? それとも他に手を打っていたとか」

「どうもこうもない。アスフィ・アル・アンドロメダへの教導で、少しばかり未来(さき)を知っただけだ」

「ああ、あの白霊ちゃんか! あっちのアスカちゃんともお別れなんて、寂しくなるなぁ」

「貴公の感想などどうでもいい。それより、依頼の精算を済ませるぞ」

 

 鼻を鳴らす幼女は虚空から大量の物品を天板(テーブル)に落とした。金貨、宝石、極めつけは魔導書(グリモア)。価値にして数億ヴァリスの資産を、当たり前のように手放す。

 

「約束の報酬だ。確かめろ」

「オーケイ、きっちり精算しよう。ルルネ! ひとまず倉庫に運んでくれ!」

「あ、あいよ!?」

 

 眼前の光景に目を白黒させていた犬人(シアンスロープ)の少女は、天板に転がる財宝の数々にゴクリと喉を鳴らす。

 内容自体は前回、“灰”と共にこなした24階層の冒険者依頼(クエスト)報酬と似たりよったりだ。しかし【剣姫(けんき)】と分け合った前回と違い、今回は総取り、しかも量は二倍近い。

 金の匂いに敏感なルルネでも恐れ慄く額の財貨。尻尾を足の間に巻き込む少女は、恐る恐る報酬を手に取り、丁重に包み、運び出す。

 

「ちょろまかすなよー」

「わ、分かってるって!?」

 

 主神の軽口に必要以上の大声を返すルルネはバタバタと倉庫に向かった。残された財貨の量から数回はかかるだろうと頭の片隅で思考する“灰”は、刻限が来るまで時間を潰す。

 

「少し話さないか、アスカちゃん」

「……」

「アスフィが来るまでもう少しかかるだろう。せっかくの客人に暇を持て余させるのは本意じゃない。だから君が退屈しないよう話そうじゃないか」

「私は知らん。話したければ勝手に話せ」

 

 どうでも良さそうに受け答えする幼女に笑みを深め、ヘルメスは一方的な雑談を始めた。

 

 “灰”とヘルメスの関係は簡素である。一介の冒険者と他派閥の神、それだけだ。

 ヘルメスの『試練』で拗れた互いを滅ぼし合う破滅的な関係は贖罪によって許され、白紙となった。現在は良好でも険悪でもない、ただの他派閥同士である。

 だから“灰”は依頼もするし、ヘルメスは報酬次第で引き受ける。ヘルメスの、引いては【ヘルメス・ファミリア】の内心はともかく、“灰”にとってはそれで十分だった。

 二度目があれば、“灰”は同じ事をするだけ。三度目があれば――語るべくもない。“灰”はただ、己の妄執を実行する。それだけの話であった。

 

「来たか」

 

 ヘルメスの話を聞き流していた“灰”は、唐突に呟く。すると応接間の扉が開かれ、白い霊体の幼女が現れた。

 その小さな手に繋がれ、引き摺られるように連れられて来たのは、目元に大きな隈を浮かべるアスフィ・アル・アンドロメダである。

 

「ひぃっ!? ほ、本物までいるぅ……!?」

 

 心傷(トラウマ)を大いに刺激されるアスフィはガタガタと震え出す。水色(アクアブルー)の瞳が怯えに染まり、涙目になる始末だ。

 後ろ足で逃げ出そうとするアスフィを白霊は逃さない。更に蟲を眺めるような“灰”の半眼が彼女を追い詰めた。

 そんなアスフィを安心させるように、ヘルメスがヘラヘラと歩み出る。

 

「まあまあ、アスフィ、そう怯えなくていい。オレがついてるからさ」

「ヘ、ヘルメス様……元はと言えば貴方のせいでこんな目にあってるんですからねっ!?」

「あっ、やばっ、藪蛇――ぐぼぁっ!?」

 

 ひくりっ、と笑顔を硬直させるヘルメスにアスフィのビンタが飛んだ。Lv.(レベル)4の『力』より繰り出される神速の平手が優男をぶっ飛ばす。

 宙を飛んで壁に叩きつけられたヘルメスにハッとして、アスフィは気絶した男神に駆け寄ろうとする。が、白霊に捕まっているので動けず、更には“(ほんたい)”が近づいてくるので真っ青になった。

 

「あ、ああ……た、食べないでくださいぃ……」

「喰わん。何を言っているのだ、貴公は」

 

 恐怖のあまり小動物のように震えてしまうアスフィに首を傾げ、“灰”は掌を差し向けた。

 

「解呪の報酬だ。アレを渡してもらおう」

「……ど、どうぞ……」

 

 ぶるぶるとまごつくアスフィは何とか懐から用意させられた物品を取り出し、“灰”の手に載せる。すぐさまそれを検分した“灰”は、ややあって頷いた。

 

「よろしい。七日七晩の教導が功を奏したな。これをもって、ヘルメスの解呪の契約は完了だ」

「は、はい……」

「貴公の【誓約】も解除しよう。後は好きにするが良い」

 

 受け取った物品をしまった“灰”が手を振ると、アスフィに強制的に刻まれた【誓約】――【狂王の烙印】が消え去った。同時に役目を終えた“灰”の白霊が明滅を始める。

 

「アポロンはヘルメスを選ぶ。依頼しておけ」

 

 消え行く白霊(じぶん)にそう告げると、霊体は【一礼】して消失した。それを見届けた“灰”は、時間も惜しいのでさっさとその場から立ち去る。

 

「や、やっと終わった……ヘルメス様ぁ、起きてくださいよぉ……」

「うーん……ダメだぜ、メイアちゃん……オレを困らせちゃあ……」

「起きろって言ってるんですよこの甲斐性なしのロクデナシぃっ!!」

「ほげぇっ!?」

 

 再び閃くアスフィの平手(ビンタ)でヘルメスは叩き起こされる。甘い夢に浸っていた男神は精神が決壊して大泣きする眷族(アスフィ)に詰め寄られた。

 

(なぁに)が『必ず用意する。オレの、ヘルメスの名に懸けて』ですか! 結局苦労するのは全部私じゃないですか!? この七日間どれだけ、どれだけ私が恐ろしい目にあったか貴方に分かりますか!?」

「い、いや、一応本拠(ホーム)にいる時は一緒にいたじゃないか……」

「本当にいただけじゃないですか!! しかも食事睡眠きちんと取ってる貴方と違って私は得体の知れない物を口に詰め込まれながら不眠不休で【魔術】を覚えさせられたんですよ!? 一っ言も喋らない“灰”を相手に!!

 ああもう、思い出したくもない……! こんな目に遭うのは二度とごめんですからね!? 絶対に絶対に、絶対に金輪際【ヘスティア・ファミリア】に手を出さないでくださいよヘルメス様!! こんなんじゃあ命がいくつあっても足りませんよ!!」

「あ、ああ、分かったよアスフィ……それはそうと、少し休んだ方が良いんじゃないか……?」

「言われなくても休みますよ! ヘルメス様は今日一日ずっと側にいてくださいよね!!」

「いや、オレこれからバベルで戦争遊戯(ウォーゲーム)見るから……」

本拠(ホーム)にいても見れるでしょこのダメ男神!!! 戦争遊戯(ウォーゲーム)と私どっちが大事なんですか!!!」

「それは禁断の質問(アンタッチャブル)だぜアスフィ!?」

 

 その後も(たが)が外れたように滂沱の涙を流して喚き散らすアスフィをヘルメスは必死に宥め(すか)した。

 敬愛する団長(アスフィ)の醜態に本拠(ホーム)にいた【ヘルメス・ファミリア】は一同に涙を飲み、この一件をなかった事にしたという。

 

 

 

 

 夜明けも近づいた頃。“灰”は崩れ去った廃教会の前に佇んでいた。

 【アポロン・ファミリア】の襲撃でついに形を失った廃教会。元の名残しか見られない瓦礫の山を、幼女は静かに眺めている。

 たかが数ヶ月。不死の永い時の流れからすれば一瞬の、されど貴い導きの時間。

 ここで寝食を共にし、時には笑い、時には泣いて、前に進む少年を見てきた。

 その淡い、小さな憧憬の記憶を思い返して、“灰”は目元を緩める。

 それも眼を瞬いた次の瞬間には鋭くなり、幼女は廃教会の裏側へ向かった。

 

 そこには、あの襲撃の後も絶えず燃え続けていたであろう篝火と。

 眷族の到来を予期していたように待っていた、一柱の幼女神がいた。

 

「何をしている。ヘスティア」

「……」

 

 【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)に滞在している筈の主神がここにいる理由を、率直に問う。

 暫し無言で、俯いていたヘスティアは。やがて顔を上げ、青みがかった瞳で真っ直ぐに“灰”を見た。

 

「行くんだね、アスカ君」

「ああ」

「ボクが何を言っても、君には届かない。けれど、だからこそ、言わせてくれ」

「何だ」

 

「――いってらっしゃい、アスカ君。必ず無事に、帰ってきておくれ」

 

 その双眸に慈愛を灯して、ヘスティアは微笑んだ。それだけが女神に為せる、ただ一つの行いだった。

 その慈■に、不死は眼を細め。

 

「分かった」

 

 何の感慨もない一言を返して、燃え上がる篝火の炎に消えていった。

 

 

 

 

 黎明が、地平線を覆っている。

 シュリーム古城跡地を遠く望む崖際に集う【ヘスティア・ファミリア】一同は、背後の篝火から吹き上がる炎に振り返る。

 現れたのは、灰髪の小人族(パルゥム)。炎の中から歩み()で、皆の視線を一身に集める“灰”は、静かに口を開いた。

 

「遅くなったな」

「全くですよ。もうすぐ始まってしまいますよ」

「済まない」

「気にするな、姉御。それよりほら、仕上げてきた。受け取ってくれ」

「ふむ。磨きを掛けたな。いい出来だ」

「アスカ殿……本当に、よろしいのですか?」

「ああ。貴公も、それで構わないな? リュー・リオン」

「ええ。元より数合わせの助っ人のようなものですから」

「よろしい。ベル、準備はいいか」

「うん――決着は、僕の手でつけるよ」

「良いだろう。それでは――――」

 

「――――始めよう。我々のミッションを」

 

 【ヘスティア・ファミリア】VS.【アポロン・ファミリア】。

 戦闘形式(カテゴリー)、攻城戦。

 勝利条件――敵大将の撃破。

 

 『戦争遊戯(ウォーゲーム)』、開戦。

 

 

 

 

 オラリオは熱狂の渦に包まれていた。

 『戦争遊戯(ウォーゲーム)』は神々の至上の娯楽であり、また大規模な興行の機会だ。ギルドが主導して都市外から多くの観戦客を招き入れ、ほとんどの商会が臨時店舗を並べ声を張り上げる。

 冒険者や神々は賭博に明け暮れ、市民は開幕を今か今かと待ち侘びる。都市に溢れる活力と熱気は、だが内側に潜む恐怖を覆い隠すためでもあった。

 

「なあ、あの『神殺し』をしようとした小人族(パルゥム)……どう思う?」

「そりゃあ、イカレ野郎だろ。神を殺そうなんざ、どんな無法者(アウトロー)だって考えもしねえ。それをやらかそうとしたんだ、頭がイッちまってるんだろーぜ」

「ここ一週間は【ロキ・ファミリア】の連中が監視してたらしいが、それも今日までだ。戦争遊戯(ウォーゲーム)でもやらかすのかねえ」

「まっ、それでも【アポロン・ファミリア】には勝てねえだろ。あれだけの人数差で、しかも攻城戦だ。アポロン派の連中にはちょいと手元を狂わせてもらって、イカレ野郎には消えてほしいね」

「……なんだお前、知らねえのか?」

「ああ? 何がだ?」

戦争遊戯(ウォーゲーム)が成立する前の抗争で、あの小人族(パルゥム)は一人でアポロン派を半分ぶっ潰したんだよ」

「……マジで?」

「大マジだ。俺も眉唾だと思ったが、更地になったアポロン派の本拠(ホーム)を見た後じゃあ、信じるしかなかったぜ」

「…………俺、【アポロン・ファミリア】に十万賭けたんだけど」

「そりゃあ……御愁傷様だな」

 

 「ノォー!?」と絶叫する男を、周囲の冒険者たちが野次を飛ばして笑い物にする。賭博の予想配当(オッズ)も【アポロン・ファミリア】が一に対し【ヘスティア・ファミリア】は五。耳聡い冒険者や大穴狙いの神々が予想以上にヘスティア派に賭けている証拠だった。

 大口を開けて笑う彼らはしかし、不吉な予感に苛まれている。肌がピリつくような、首筋に冷たいものが走るような、ダンジョンで発揮される冒険者の勘。

 ()()()()()()。上級冒険者はそんな怖気を抱き、神々は興奮で目を血走らせ、市民は漠然とした不安を感じていた。

 

「――ダフネ、防衛の準備は整ったか」

 

 それはオラリオから遠く離れた、シュリーム古城跡地で開戦を待つヒュアキントス・クリオも同じであった。

 治療師(ヒーラー)の尽力により完全復活した彼は玉座の間で腕を組み、爪を立てながら、何度繰り返したかも分からない質問をする。

 

「とっくに終わってるって言ってんじゃん。ウチらに出来る用意は全部したよ。後は士気が下がらないよう気を付けながら三日間警戒するしかないって」

「それだけでは駄目だ、あらゆる可能性を考慮しろ。速攻を仕掛けてくるかもしれない、()()はいつでも稼働できるようにしておけ」

「はいはい、分かったよ」

 

 目に見えて緊迫しているヒュアキントスに呆れた顔をして、ダフネは命令を実行するために玉座の間から移動する。残る団員にも気を抜くなと叱咤し、ヒュアキントスは窓辺から古城を一望した。

 

(この戦争遊戯(ウォーゲーム)、負けられん……アポロン様の御名(みな)に懸けて、絶対に)

 

 思い出すのは、天からの雷撃に打たれたあの記憶。何も出来ずに身を焼かれ、数日も意識不明を彷徨っていた屈辱を思い返すヒュアキントスは、ギリッと奥歯を噛み締める。

 

(この私に屈辱を与えたばかりか、アポロン様すら手に掛けようとしたあの小人族(パルゥム)……絶対に許さん。戦争遊戯(ウォーゲーム)など知るものか、必ずや今此処で、禍根を断つ――)

 

 そう決意するヒュアキントスは、改めて戦力差を考える。

 敵は六人。【ヘスティア・ファミリア】構成員五名に加え、助っ人が一人。対する【アポロン・ファミリア】は構成員のほぼ全てである百十名と、幾つかの派閥から参戦させた二十余名の上級冒険者がいる。

 助っ人制度はアポロンが押し通した提案だ。人数制限なし、派閥は都市内外問わず。戦争遊戯(ウォーゲーム)に確実に勝利するというアポロンの思惑が透けて見える制度は、ヒュアキントスの恥辱と使命感を掻き立てる。

 助っ人制度などなくとも太陽神の眷族(われわれ)は勝利する。ヒュアキントスはそう信じている。一方で不意打ち、一撃にて戦闘不能に追いやられた彼の経験が、敗北の予兆を捉えて離さない。

 だからこそヒュアキントスは、あらゆる準備、戦術、戦略を駆使してどんな手を使うことも躊躇わなかった。

 

(全ては、あの小人族(パルゥム)だ。あの小人族(パルゥム)さえどうにかすれば、我々は確実に勝つ)

 

 一度は切り捨てた小人族(パルゥム)の情報。

 18階層に溢れたモンスターを瞬く間に屠り、階層主『ゴライアス』に『魔剣』で立ち向かった小人族(パルゥム)。その時現れた新種と思しき「炎の怪物」と一人で渡り合った小人。

 その戦いを目にした冒険者が口を揃えて言った、バカみたいに強い冒険者。

 

 そこに新たに加わった――不死という、規格外の情報。

 

(それがどこまで本当かは分からん。だが、対策は既に済ませている。来るなら来い――この古城が、貴様の墓標だ……!)

 

 肌に粟立つ悪寒を握り潰しながら、ヒュアキントスは記憶に佇む灰髪の小人族(パルゥム)を睨んだ。

 

「アイズー! そろそろ始まるよー!」

 

 窓辺から都市を見ていたアイズは、後ろから抱きつくティオナに「うん」と頷いた。

 【ロキ・ファミリア】本拠(ホーム)、応接間。壁に寄り掛かるベートを除いてソファに座る幹部一同にアイズも交ざる。既に展開されている『神の鏡』にはシュリーム古城が映っていた。

 

「さて、どうなるかのう」

「結果は目に見えているだろう、ガレス」

「それはそうじゃが、“灰”が何をするのか、気にならん訳ではあるまい」

「……確かに、そうだな」

 

 趨勢を見切っているリヴェリアとガレスが会話する側で、ティオナがティオネに問い掛ける。

 

「ねーティオネー、アルゴノゥト君勝てるかなー?」

「知らないわよ、そんなこと。何があっても、最後にはアスカが踏み躙るでしょ」

「えーっ!? それってさ、アルゴノゥト君の出番もないってこと!? あんなに頑張ってたのに!」

「関係ねえっての。“灰”野郎がどうやろうが、兎野郎は自分(てめえ)でケリをつけるだろ。

 (おす)だぞ、あいつは」

 

 見透かしたように語るベートに複雑な顔をするティオナの横で、アイズはフィンを見た。

 祈るように顔の前で指を組む彼は、ただじっと『神の鏡』を見つめている。

 やがて、都市中に拡散する実況の声と共に、開幕を告げる銅鑼の音が鳴り響いた。

 

「どうやら始まったようだ。皆、この戦争遊戯(ウォーゲーム)を見守ろう」

 

 そう言ってフッと不敵に笑うフィンは。

 

 ――次の瞬間、驚愕の表情で立ち上がった。

 

 

 

 

「――お、おい!? 何だありゃあ!?」

 

 それに最初に気づいたのは、城壁で哨戒していた弓使い(アーチャー)だった。

 開戦を告げる銅鑼の音に今一度気を引き締めていた彼らは、突如出現したその光景に目を奪われた。

 平野に鎮座するシュリーム古城跡地。その周囲は川と林以外、せいぜい一人隠れられる岩が散在する程度でしかない。

 だから上級冒険者である彼らの強力な弓矢があれば、遠方の詠唱も近距離の特攻も撃ち潰せる。

 それで何の問題もない筈だった。

 

 遥か遠方の崖、その頂上から聳え立つ――光り輝く槍が顕現するまでは。

 

 左手を掲げ、10(メドル)を優に超える光の槍を“灰”は握る。

 それは本来存在し得ない、架空の【神話】。

 『フィアナ』――『古代』の小人族(パルゥム)達が崇めた、今は打ち捨てられし女神の【奇跡】。

 小人族(パルゥム)の最初で最後の英雄譚、『フィアナ騎士団』の物語より芽生えし――《英雄の槍》。

 

「【勇者の突撃】」

 

 その奇跡の名を口にした灰髪の幼女は、輝ける槍を両手に、腰だめに構え――流れ落ちる星のように、崖際から飛来した。

 

「く、来るぞーっ!? 迎撃しろっ!?」

 

 弓使い(アーチャー)隊を率いる隊長の一声で弓が引き絞られ、矢が放たれる。

 冒険者の膂力に合わせた特注の弓は威力も射程も桁違いだ。迷宮の怪物を殺すために用いられるそれは、第三級冒険者の肉体をも破壊するに余りある。

 更に連射力も引けを取らない弓使い(アーチャー)の攻撃は、瞬く間に空を覆う矢の雨となって“灰”に殺到した。

 だが――急襲する矢の(ことごと)くが、光り輝く槍より発せられる白い光によって阻まれる。

 

「くそっ、止まらねえ! 何なんだありゃ、魔法か!?」

 

 悪態を吐きながら必死に矢を番える『敵』を、滑空する“灰”はじっと見つめる。

 流星の如く前へ進み続ける幼女は、新たなる【奇跡】の効果を確認していた。

 

 【勇者の突撃】。輝ける槍を召喚し、全力で突撃する架空の【奇跡】。

 その真価は前へ進む者に与えられる強力な加護だ。矢を弾き、魔法にも耐え、竜の息吹(ドラゴン・ブレス)すら貫く『勇者』の輝き。

 勇猛果敢、具不退転(ぐふたいてん)で知られた『フィアナ騎士団』の物語。それに(なぞら)え、在りし日の英雄の如く突き進む者にのみ、女神(フィアナ)の加護は与えられる。

 弓使い(アーチャー)の矢も、待機していた魔道士の魔法も、【勇者の突撃】は全てを弾く。平野に着地し、加速する“灰”は、威勢をいや増す槍の輝きによって巨大な『破城槌』の如く変貌する。

 持久力(スタミナ)が尽きる寸前の、最後の一歩。“灰”は踏み込み、跳躍した。

 白く輝く槍を持つ幼女が飛ぶ。穂先が狙うは、古城の正門。

 分厚く堅牢な石造りの城門に、『破城槌』が迫り――

 

『う、うわぁああああああああ――――!?』

 

 大激突。

 城壁の上にいた【アポロン・ファミリア】構成員の悲鳴を掻き消す大爆音が轟き。

 シュリーム古城の正門は、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

『な、何だぁっ!?』

 

 すわ隕石が落ちてきたのかと錯覚する程に、その揺れは常軌を逸していた。

 まるで古城全体が揺れているような大震動。内部で待機していた団員達は次々に中庭へ飛び出し――絶句する。

 ()()()()()。10(メドル)を超える堅牢な城壁が、そこにある筈の【アポロン・ファミリア】の守りが、跡形もなく。

 朦々(もうもう)と上がる莫大な土煙が薄れ、()()()()()()()平野が広がる光景に、誰もが唖然としていた。

 動揺、不信、悪夢(きおく)の想起。更地となった本拠(ホーム)の如く、甚大な破壊力が振るわれたのは想像に難くない。

 停止する構成員達は、呆然と破砕された城壁の跡を見ているしかなかった。

 故に、気付く。立ち昇る土煙の中、ゆっくりとこちらへ歩いてくる小さな影に。

 

 生まれより伸びる灰色の髪。闇に浸したような長衣。

 ――凍てついた太陽のような銀の半眼。

 

 その、神をも殺そうとした小人の出現に、誰もが目を見開く中。

 

「【勇気の鼓舞】」

 

 光で織り成された戦旗を左手に、土煙を払った“灰”は、堂々と旗を大地に突き刺した。

 数多の武器に囲まれし、槍持つ女神――フィアナの肖像が描かれた、光の戦旗を。

 

 

 

 

「――くっ、はははははははははははははははは!」

 

 『神の鏡』を通し、その光景を目に焼き付けていたフィンは、声を上げて笑った。

 「だ、団長!?」と驚くティオネの声も今の彼には届かない。仲間達の注視など意識の外、親指の疼きを押し潰すように拳を握るフィンはなおも大笑する。

 

「はははははははは――……全く。()()()()()()()()()()、“(きみ)”は」

 

 やがて笑声を引っ込めたフィンは、腹の底から湧き上がる感情に打ち震えながらニヤリと笑う。頬を伝う汗は、彼が感じている戦慄の表れだった。

 確かに言った。“灰”は応じた。ならばこの光景は必然だろう。

 されどフィンの同胞、小人族(パルゥム)にとってそれは特別な意味を持つ。

 光り輝く槍、不退転の突進、槍持つ女神が描かれた戦旗。

 それの意味するところを分からない小人族(パルゥム)がいるものか。その【魔法】は――その【奇跡】は、間違いなく『フィアナ』の【神話】だ。

 

 存在する筈のない、架空の女神。擬神化される程に一族を支えた、小人族(パルゥム)の最初で最後の偉大なる栄光。

 『神時代』の到来と共に廃れた信仰を、“灰”は再現していた。架空と打ち捨てられた女神の力を、見る者全てに知らしめたのだ。

 他でもない、どの他種族でもない――灰髪の小人の手によって。

 

(やれやれ……僕の勘は正しかったか)

 

 これまでとは全く違う種類の疼きを上げる親指に、フィンは目を細める。

 それが歓喜か、あるいは別の感情であるかはどうでもいい。

 フィンは今ここで、一族の新たなる『太陽』の誕生を目にしているのだから。

 

「さあ、“灰”。証明してくれ」

 

 『神の鏡』に映る灰髪の小人を見上げるフィンは、呟く。

 

「君の可能性を」

 

 その言葉が契機であるかのように、鏡の中の“灰”は動き出した。

 

 

 

 

 【勇気の鼓舞】。それは架空の女神フィアナを信仰する、とある敬虔なる信徒の物語より発現した【奇跡】だ。

 語り部は、ラウル・ノールド。誰よりも『彼』に憧れ、『彼』の遂げる英雄譚を目撃した人間(ヒューマン)の男に、“灰”は語らせたのである。

 前々から素質はあると思っていた。【奇跡】とは、それに値するのであれば、架空ですら神話と成り得る。ならばあの男の物語は――神に並び立たんとする『野望』が透けて見える『彼』の献身は、神話として成立し得るだろうと。

 しかしてそれは、正解だった。【勇気の鼓舞】――光の旗を突き立て、周囲の味方を鼓舞するこの奇跡の効果は、一言で言うなら【我慢】である。

 戦技【我慢】。断固たる祈りの姿勢で強靭度を上げる戦技。攻撃に対する意識、姿勢を整えることで損傷をも軽減する戦技効果を、この奇跡は再現する。

 

 故に今の“灰”に大抵の攻撃は通用しない。攻撃が通らない、という意味ではなく――如何なる攻撃にも怯まない『勇気』で、小人は満たされているからだ。

 彼の四騎士、深淵を狩りし英雄――【深淵歩き】の卑小なる似姿の如く。

 

 ドスリ、と“灰”の胸に刃が食い込む。

 微塵も揺らがない銀の半眼に映るのは、相貌を歪めるエルフの男だった。

 

「先の雪辱、果たさせてもらうぞ……!」

 

 幼女の胸に短剣を突き刺したのはリッソスだ。抗争の最初期に意識を刈り取られた男は、その屈辱を晴らさんと真っ先に襲い掛かっていた。

 “灰”はちらりと眼を滑らせ、周囲を見渡す。すると辺りは“灰”の逃げ場を塞ぐように敵が囲みつつあった。

 八方塞がり、四面楚歌。その状況に“灰”は嘆息する。同時に取り出した大剣を無造作に振り下ろし、リッソスの腕を両断した。

 

「ぎゃああああああああああああああああっ!?」

 

 絶叫するエルフなど気にも止めず、“灰”は乱雑にリッソスを()()()()。ボトボトと手足を失って地に落ちるエルフの男を祝福派生の直剣複数で縫い止め、死なぬよう調整する。

 その一瞬の出来事に、周りを囲う敵どもは(おのの)いた。仮にもLv.(レベル)2、小隊の(おさ)を任される上級冒険者を、いとも容易く無力化した“灰”を恐れている。

 どうでもいい。意図された陣形を保つ敵も、残っている城壁の上に立つ敵も、古城の中央で派閥を指揮する敵も、その全てがどうでもいい。

 

 策があるのだろう。(すべ)を用意しているのだろう。遊戯とはいえ、これは戦争。負けを見越して戦うなど、そんな愚か者はここにはいない。

 だから何だと、“灰”は眼を細める。不死の本領、死なずの外法。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だからこそ、戦おう。乱雑に、無造作に。知性のない怪物の如く、ただ降り積もった力を振り回そう。

 まだ何も出来ず、何者にも成れなかった、あの頃のように。古い記憶を想起する“灰”は、それを瞼の裏に斬って捨て。

 不死が半眼を開いた時。幼女は無数の矢と魔法で跡形もなく四散した。

 

 

 

 

『ああっとぉ!? 例の小人族(パルゥム)に【アポロン・ファミリア】の攻撃が殺到! これは決まったかー!?』

 

 ギルド本部の前庭に勝手に設置された舞台(ステージ)で、イブリ・アチャーは熱弁を振るっていた。

 喋る火炎魔法を自称する褐色肌の青年は、『神の鏡』に映し出される戦争遊戯(ウォーゲーム)の様子を高らかに実況する。

 

『いや! 無傷、無傷です! 土煙が晴れた先にいたのは、全く怪我を負っていない小人族(パルゥム)! ギルド公式発表のLv.(レベル)1とは何だったのかー!?』

 

 闇色の長衣にほつれ一つすらない幼女に唾を飛ばすイブリのことなど露知らず、“灰”は適当に歩き出す。最も近い敵に歩を進める幼女は、雄叫びを上げて飛び掛かってくる獣人の四肢を両断し、直剣を複数刺して次を狙う。

 

『凄惨! 容赦なし! 『神殺し』すら恐れぬ小人族(パルゥム)には慈悲の心もないと言うのでしょうか!? しかし【アポロン・ファミリア】も一方的にやられるばかりではありません!』

 

 “灰”は次々に敵を撃破するものの、無傷ではない。攻撃を全く避けない幼女は、がむしゃらな反撃を受けては徐々に損傷していく。

 敵の後衛も黙ってはいない。動きを止めた瞬間に降り注ぐ矢と魔法が幼女の脆い体を削っていく。

 やがて“灰”は、誰の目から見ても明らかなほどに満身創痍となっていた。体に無数の矢が刺さり、あらゆる傷が刻まれ、既に片眼も潰れている。

 だがなおも止まらぬ“灰”は、取り囲んでいた最後の敵を斬り捨てた。しかし、瞬間――一本の大矢が幼女の頭に直撃し、僅かの後、ふらりと倒れる。

 

『決まったぁー!? ついに、ついにあの小人族(パルゥム)が倒れました! 致命傷だったのでしょうか、全く動きません!

 ああっと、ここで【アポロン・ファミリア】の別働隊が出現! 味方を救助しつつ、小人族(パルゥム)を再び取り囲んでいます! どうやらトドメを刺すようです!』

 

 イブリが緊迫した様子で声を張り上げる。いかに戦争()()と言えど、不慮の事故は避けられない。まして互いに殺意を抱いているとなれば、人死が出るのも当然だ。

 オラリオにおいて、人が死ぬなど珍しくもない。ダンジョンに挑む冒険者は常に命懸けであり、迷宮都市の住人は人の死にある種の慣れと諦観を抱いている。

 下界で人が死ぬのは仕方ないことだ。神々も認める摂理に抗うのは、それこそ英雄と呼ばれる存在しかいない。

 だから皆、ただ見ていた。取り囲まれた小人族(パルゥム)に、次々と刃が突き刺さるその瞬間を。

 

 だが。

 まだ誰も、知らぬのだ。

 “灰”と呼ばれる小人族(パルゥム)を。“灰”と呼ばれる小人を。

 ――“灰”と呼ばれた忌まわしき不死を、この時代の誰もが知らなかったが故に。

 

 その有り得べからざる光景に、都市中の人類が息を止めた。

 

『あれ、今動いて……ああ!? 火です!? どうやら小人族(パルゥム)に火を放ったようで……何だあれ……黒い、炎……?』

 

 イブリの実況が止まる。倒れた幼女にトドメを刺していた【アポロン・ファミリア】構成員は黒い炎に巻かれ転がり叫ぶ。

 やがて、()()()と。“灰”に突き刺さっていた幾多の武器が、独りでに抜け落ちた。

 そして――火の無き灰が立ち上がる。黒い炎に焼かれながら。

 

 ()()。全ての損傷が、何一つ無かったかのように黒い炎に佇む“灰”は。

 郷愁の大鎌と魔法刃の補助鎌――《フリーデの大鎌》を両手に、黒い炎を巻き込んで飛び上がり。

 黒炎が目も眩むほど燃え上がった刹那、その全てを眼下の敵に叩きつけた。

 

 

 

 

 【黒い炎の舞】。

 それはかつて“灰”が相対した、絵画世界の腐れを選んだ哀れな修道女が扱った剣技の果て先だ。

 「黒い炎のエルフリーデ」。既に捨てられたその名で知られる、ロンドール黒教会を築いた三姉妹の長女。

 【闇術】と化すほどに熟達した彼女の剣技を、今一度ここに再現する。

 

 【黒い炎の舞】は黒炎を纏い、巻き上げながら上に飛び、大上段から黒い炎を叩きつける。

 叩きつけには黒の爆炎が発生し、更に前方を黒炎の奔流で薙ぎ払う。これにより、“灰”にトドメを刺そうとした別働隊、及び負傷者を退避治療させる援護隊の半分が完全に戦闘不能となった。

 古城の中庭に黒い炎が燃え盛る。その中に倒れ、焼かれ苦しむ敵を踏みつけながら、“灰”は前に歩み出る。

 交差された幼女の白い腕に、既に《フリーデの大鎌》はなく――月の裁きを称する《裁きの大剣》と罪の火を称する《罪の大剣》が、暗い魔力と罪の火を帯び、左右の手に鎮座していた。

 

 トドメを刺した筈の小人が甦るという現実を【アポロン・ファミリア】が受け入れられていない内に、“灰”は疾駆する。

 イルシールの僭王(せんおう)、「法王サリヴァーン」の戦法を模倣した剣技は、罪の炎を伴う斬撃と裁きの剣先より放たれる魔法刃が主体の連撃だ。

 《罪の大剣》より溢れる爆炎が、《裁きの大剣》から放射される魔法刃が、敵を焼き断ち、貫き、次々と撃破していく。

 脈絡もなくただ暴れ回っているだけに、【アポロン・ファミリア】はすぐに対応してくるだろう。そんな隙など、“灰”は与えない。

 腕の交差が解かれた時、幼女の動きは一変した。距離を一気に詰める独特の歩法から、踊るような廻転に戦法を切り替える。

 《踊り子の双魔剣》。「冷たい谷の踊り子」の誓いの証である双刀武器は、法王のそれの左右逆位置に等しい、暗い魔力の右手剣と炎の左手剣。それ自体は常時付与魔法型(エンチャントタイプ)の魔剣でしかないが、踊り子たるを命じられた旧王家の末裔は、王家に伝わる舞の作法を外敵を滅ぼす剣技に昇華した。

 灰髪が舞う。一種の高貴さすら感じさせる旋律を踏み鳴らし、幼女は踊り、誰にも捉えられぬ速度ですれ違いざまに敵を斬る。

 最後には舞うように廻転しながら周囲の敵を斬り払った“灰”は、更に加速し、武装を変換した。

 

「どこだ!? どこに行った――ぐあぁっ!?」

 

 槍を構え周囲を警戒していたアマゾネスは、閃く黄金の輝きに斬り裂かれた。それに気を取られた槌を持ったドワーフは、背後より暗銀の毒に貫かれ、泡を吹いて倒れる。

 《黄金の残光》と《暗銀の残滅》。グウィン王の四騎士が一人、「王の刃キアラン」が賜った暗殺者の得物。

 輝かしい黄金の残像に目を奪われた時、その影で凄まじい猛毒の暗銀が敵を殲滅する。死角から死角へ、影から影へ疾走する幼女は、一人一人確実に敵を戦闘不能にした。

 

 それは蘇生した“灰”が【黒い炎の舞】を放ってから、僅か数十秒の出来事。敵の混乱の隙を突き、無駄の多い非効率な動きで戦い、“灰”は特攻隊と別働隊を完全に沈黙させた。

 その辺りでようやく、黒い炎が鎮火する。中庭に燃え盛り視界を遮っていた黒炎の海が消えた瞬間、城壁上からの射撃が“灰”に再び殺到する。

 

「……少し、鬱陶しいな」

 

 矢と魔法の雨を浴びながら幼女が呟いたのはそれだけであった。()()()()()()()()()()()()()()()。飽和攻撃は“灰”の弱点を突く有効な手段だが、この程度で終わるなら元より不死は忌み嫌われない。

 体中に刺さる矢を気にも留めず、“灰”は肩に手を回す。同時にソウルが集い、背中に顕現した柄を握り、引き抜いた。

 霧がかった灰色の刀身を持つ、無骨な大剣。それを“灰”は両手で構え――

 

「《灰輪(かいりん)》」

 

 鍛冶師が名付けた銘を呼び、『魔剣』の力を発動した。

 

 

 

 

『うおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!』

 

 バベル30階で戦争遊戯(ウォーゲーム)を観戦する神々は、踊り出さんばかりに熱狂していた。

 

「すげえっ、すげえよ! 本当に甦りやがった!?」

本物(マジモン)の不死だ! ひひひっ、やっべえ!」

「おい! あの小人族(パルゥム)、何もないところから武器を取り出してるぞ!」

「《レアスキル》!? ――は、有り得ねえから……つまり俺達も知らない『未知(ちから)』か!?」

「はあ……“灰”たんかわゆ……尊い……好き」

「うおぉおおおおっ!? 今度は『魔剣』を使い始めたぞ! 何だあの馬鹿げた威力は!?」

「『クロッゾ』だぁ! 間違いねえ、ありゃあ『クロッゾの魔剣』だぁ!」

「おいおい、しかも炎と何だ、あの黒いのは!? 闇か!? 中二病か!? 火と闇が合わさり最強に見えるってか!?」

「『二重属性』の『魔剣』かよ……ホント壊れてんなー、あの小人族(パルゥム)

 

 口々に好き勝手声を上げる神々は、皆が皆ギラギラと目を輝かせながら戦争遊戯(ウォーゲーム)に釘付けになっていた。

 戦争遊戯(ウォーゲーム)は退屈に飽いた神々の御馳走だ。とはいえ『神時代』が到来して既に千年、永く下界に留まり続ける神の中には何度も戦争遊戯(ウォーゲーム)を観戦した神物(じんぶつ)もいる。

 そんなある意味で飽き飽きしている神ですら、今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)は何もかもが違った。

 全ては、たった一人の小人族(パルゥム)。たった一人の小人。

 『時代』という尺度からすれば余りにも小さな『個人』が、今まさに『世界』の在り様を変えようとしている。

 

「ぐ、ぐぬぬぬぬぬぬぬっ……!」

 

 翻って熱狂する神々とは異なり、膝に拳を叩きつけて焦燥を露わにするのはアポロンだ。

 “灰”という『異常存在(イレギュラー)』については分かっていた。分かったつもりになっていた。だが、まさかここまでとは。死してなお立ち上がり、魔法のみならず前衛をもこなす。まるで絵に描いたような万能戦士、子供の夢想の如き強さをあの小人族(パルゥム)は誇っている。

 このままでは、負けるやも――いやっ、愛する我が眷族(こら)を信じるのだっ! 不安を必死に振り払う太陽神は、これまた熱狂の例外であるヘスティアに引きつった笑みを向けた。

 

「ふっ、ふふふっ……随分余裕じゃあないか、ヘスティアぁ……!

 だが、これで勝ったと思うなよ!? 私には、ヒュアキントスにはまだ【切り札】がある! この戦争遊戯(ウォーゲーム)、勝つのは我々だ!?」

「うるさい、アポロン」

「っ!?」

 

 アポロンの口撃をヘスティアは一言で斬り捨てた。驚愕する男神に一瞥もくれず、微動だにしないヘスティアはじっと『神の鏡』を見つめる。

 

「ボクは今、怒ってるんだ。話しかけないでくれ」

 

 その淡々とした口調に秘められた怒りにアポロンは怯み、口を噤む。そんなことなんてどうだっていいと、ヘスティアは戦争遊戯(ウォーゲーム)から目を離さなかった。

 

 傷つき、倒れ、また立ち上がって傷つく眷族。自分の子の、何も顧みないあまりに痛ましい戦い方。

 それを見つめるヘスティアは、何も出来ない自分に怒り。

 けれど絶対に、目を背けなかった。

 

 

 

 

 東西の城壁が崩壊している。

 “灰”とヴェルフの合作、《火月(かづき)》を素体(ベース)に“灰”の武器打ちの粋をつぎ込み、ヴェルフのスキル【残火双楔(エンバーリット)】、二重変質強化によって生み出された二つの属性を持つ『魔剣』。

 《灰輪(かいりん)》。ただ一人の名も無き不死のためだけにある、唯一無二の『特別製』。その戦技【砲撃】を用い、「海を焼き払った」とすら称される炎と闇の砲撃で城壁を破壊した“灰”は、視界を覆う古城を見上げた。

 北の城門は初手で破砕した。東西の城壁もたった今崩壊させた以上、残ったのは役に立たない南の城壁と丸裸の城砦のみ。

 《灰輪》をしまい、“灰”はその場に佇む。顎に手を当て、思考に耽っているように見える幼女は、頭上から降り掛かってきた青年の声に顔を上げた。

 

「やってくれたな、小人族(パルゥム)! 栄光あるアポロン様の名誉を穢すこと、どれほどの悪行であるか理解しているのか――」

 

 “灰”はその辺りで聞くのをやめた。狂信者の戯言など神の言葉ほどにも価値がない。拳を振り上げ喚くヒュアキントスを無視して、幼女は城壁だった物を見渡す。

 そしててくてくと歩み、瓦礫の山に近づいた“灰”は――形を残していた尖塔を()()()()()()()()

 

「…………は?」

 

 唾を飛ばしていたヒュアキントス、そして団員達は目を皿のようにして顎を落とす。

 

「た、退避ぃっ!?」

 

 誰が叫んだか、【アポロン・ファミリア】は一斉に城砦内に身を隠す。一瞬遅れて到達した尖塔は大質量の砲弾と化して城砦の一角を爆砕した。

 ドワーフの大戦士、【重傑(エルガルム)】ガレス・ランドロックは、沈没したガレオン船をただ一人で持ち上げたと言う。

 Lv.(レベル)6の『力』を極めた冒険者でそれならば、推定Lv.(レベル)10の“灰”が形を保った瓦礫を投げられない道理はない。ソウルの補強により、崩れかけた瓦礫をそのままの形で投擲できるなら尚更だ。

 尤も、出来るかと問われたら、ガレスは「あんな馬鹿な真似をする理由があるまい」と憮然として答えるだろうが。実際に観戦しながらそう呟いていたドワーフは一先ず置いておき、“灰”は次弾を持ち上げるために歩く。

 

「ヒュアキントス様ぁ!? このままではっ!?」

「くっ……!? 静まれ、取り乱すな!! もはや出し惜しみはできん、今すぐ()()を出せ!!」

 

 他方、“灰”の規格外の馬鹿げた行動に狂乱する【アポロン・ファミリア】構成員をヒュアキントスは一喝し、命令を発する。それに唯々諾々と従う事で狂乱を振り払った構成員達は、一斉に行動を開始した。

 次弾、装填(ばつびょう)。再び尖塔を持ち上げた“灰”は、足元から響いてくる微震に気付いた。

 妙な振動だ。まるで何か、巨大な物が蠢いているかのような。

 まあ、“灰”にはどうでもいい事だ。“灰”の数十倍はある尖塔を投擲し、着弾も見ずに次弾を“灰”が探していると――突如として、城砦の一部が()()()()

 

「……?」

 

 はて、何かしただろうか。灰髪の幼女が首を傾げていると、微震の正体、城砦を自壊させた元凶がその姿を現した。

 

 ――それはただ、巨大という他ない――アポロンを模した偶像であった。

 

「…………」

 

 突然の事態に、然しもの“灰”も言葉を失う。というか完全に白け切っている。

 そんな幼女などお構いなしに、どこからか登場したヒュアキントスが高笑いを放った。

 

「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!

 これぞ我らの主神、アポロン様の威光そのもの! 太陽の化身たる御身を写し取った巨大アポロン像なり!」

「…………」

「ただの巨像と思うなよ!? これこそは彼の魔法大国(アルテナ)で購入した完全自立型魔導兵器だ! たかが一匹の小人族(パルゥム)如きにどうこうできる代物ではない!」

「…………」

「さあ、行け! 巨大アポロン像よ! その威容を以て、あの虫けらのような小人族(パルゥム)を踏み潰すのだ!!!」

「…………ハァ」

 

 ヒュアキントスの口上を聞き流し、“灰”は溜め息を吐いた。

 深い深い、溜め息だった。そのような感情を露わにしたのは幾年振りか。事前にしっかりと装備を確認して召喚したのに裸の白霊が出てきた時のような、守り竜の巣にてスロープ移動をしている時に【小さな吸精の光】を味方に使われた気分のような……とにかく、時として心底くだらない真似をする不死(どうぞく)と同じ匂いを、“灰”はそこに感じ取ったのである。

 ちなみに、下界の常識を備えたオラリオの住人は一様にポカーンとしていた。神に染まった一部の冒険者は「やりやがった」と戦慄していた。

 そして、戦争遊戯(ウォーゲーム)を観戦する神々は。

 

『ヒャッハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』

「まさかまさかの展開だぁ!」

「ここに来て巨大化とか、それなんて負けフラグ!?」

「流石アポロン、分かってるー!」

「ていうか見ろよ、あの小人族(パルゥム)ちゃん完全に呆れてるぞ!」

「ゴミクズを見るような眼……イイ。すごく、イイ。その眼で踏んでくれないかな」

「さぁ、どうする!? どうなる!? 楽しませてくれ小人族(パルゥム)ちゃん!」

 

 そんな風に盛り上がる神々の神意を察したのか、“灰”は眉間が少し歪む程度の苛立たしさを露わにし。

 

「――――――――ァアァッ!!!」

 

 その無駄な感情を凝集するかのように炎を取り込み、小さな口を一杯に開けて【叫ぶ混沌】を射出した。

 

『幼女がビーム吐いたぁああああああああああああああああああああああああああっ!?』

 

 その、巨大アポロン像に幼女が口からビームを吐いて戦う場面(シーン)に、神々の歓喜は最高潮に達し。

 

『ああっ!? 巨大アポロン像が死んだ!!!』

『この人でなしぃ!!!』

 

 たったの一撃で燃え盛り、崩壊した巨大アポロン像に異口同音のセリフを口走った。

 

「……おかしいな。どうも、妙に苛立たしい」

 

 それを察したのか、幼女は憮然とした空気を薄っすらと携え。

 

「何やってるんだよ……アポロンも、アスカ君も……」

 

 一気に弛緩した空気の中、ヘスティアは思わずそんな言葉を零したのであった。

 

 

 

 

 さて、気を取り直すとしよう。

 連中の奥の手、らしき巨大アポロン像は一瞬で始末した。まあ、巨大というのはそれだけで武器だ。まともに戦うだけ無駄であると“灰”は理解している。

 【叫ぶ混沌】が効かなければ非常に面倒なやり方をしなければならなかったが、どうにかなったようだ。面倒事を避けられたと判断した“灰”は、溶解する巨大アポロン像の残骸へと近づいていく。

 何の考えもない行動である。今の“灰”は、言葉にすれば白痴の獣だ。学びもせず、考えもせず、急場凌ぎに終始する。このような下等な生き方は、即座に死を招くだろう。

 実際に“灰”は死んでいるし、不死故に蘇っている。それで良い。それだけで良い。

 不死とは元より、化け物なのだ。怪物が怪物らしく這いずったとて、それを訝しむ者も在りはすまい。

 “灰”はただ、歩むのみである。その先にいる、ほとんどの敵――ただ一人を除いて、何もかもを壊し尽くすまで。

 

「――む」

 

 それだけしか定めてなかった“灰”が、それに気づかなかったのは必然であり。

 自らに殺到する魔法の数々を認識してなお動かなかった幼女は、瞬く間に()()()()()

 黒い縄。闇色の鎖。血のような魔法陣。へばりつく泥。

 そのどれもが、拘束に特化した魔法――あるいは『呪詛(カース)』。

 『異常魔法(アンチ・ステイタス)』から『呪詛(カース)』までを網羅した、都合数十に及ぶ魔法の檻。

 そこに閉じ込められた“灰”は、最後に、己の胸に突き刺さった三本の黒い矢を冷たい眼で眺めた。

 

「――クッ、クククッ、クハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!

 無様だな、小人族(パルゥム)! こうなっては手も足も出まい!」

「……」

 

 棒立ちで魔法による拘束を強いられる“灰”に降り注いだのは、ヒュアキントスの哄笑。

 未だ戦闘可能な構成員を連れた青年は、太陽神に認められたその美貌を歪め、“灰”を指差す。

 

「アポロン様はこのためだけに助っ人制度を設けられた。そう、全ては――小人族(パルゥム)! 貴様を囚えるためだけに!」

「……」

「おっと、破ろうなどとは思わないことだ! 貴様がどれ程に強かろうと、我々の想像の埒外を超えようと、もはや指一本動かせまい!

 そうだとも! ここに集いしはオラリオでも屈指の『呪詛(カース)』の使い手だ! いずれもがその二つ名を恐れられし『呪詛師(ヘクサー)』! 貴様如きが抗える存在ではない!」

「……」

「感謝しよう、小人族(パルゥム)……我々を侮ってくれた事をな……!

 貴様が、栄えあるアポロン様の眷族たる我々を、虫けらのように見ていたからこそ! 今、この瞬間は実現できた!

 貴様が我々など眼中に入れなかったからこそ……! 貴様はそうして何もできずにいる!

 そこで咥える指もなく見ているが良い、小人族(パルゥム)。何時までも貴様を囚えることはできまい。

 だが、その僅かな時間で十分だ。あの兎や、貴様の尻にひっつく糞のような連中を叩き潰すには、十分な時間がある!」

「……」

「……ふん、恨み言の一つも零さんか。その胆力だけは大したものだと褒めておこう。

 直ちに『呪詛(カース)』を完成させろ。戦争遊戯(ウォーゲーム)が終わるまで、奴をここに釘付けにしておけ」

「ヒヒッ、了解だぜぇ、旦那ぁ」

 

 無言を貫く“灰”に背を向けたヒュアキントスは、黒い矢型の『呪詛(カース)』を放ったフードの男にそう命令する。

 男は本来、ヒュアキントスの命令など受け入れる立場ではなかったが、今回ばかりはどうでもよい些事だった。

 そうだとも。男は、毒されていたのだ。眼前の小人族(パルゥム)に。神の如く美しい小人に。

 その肢体に、己の呪いを焚べる歓喜に湧き上がっていた男は。

 

 次の瞬間、ヒュアキントスの側を通過し、超速で壁に叩きつけられた。

 下卑た笑顔を浮かべたまま。四肢をもがれ、祝福の直剣に縫い留められて。

 

「なっ――!?」

「――良い策略だ。手際も良い。殺せぬのなら、縛れば良い。成程、道理に適っている」

 

 時を遡る闇のような焦燥に襲われたヒュアキントスが振り返る。

 馬鹿な、馬鹿な!? そんな筈はない! 奴はもはや、言葉一つも口に出来ぬ筈!

 されど、そこにあったのは。

 

「だが、残念だ。『呪詛(のろい)』では、私を止められない」

 

 ()()()()()()呪詛(カース)()()()()()()()()()()()()()()()、小人の姿があった。

 

 馬鹿な――!? ヒュアキントスは戦慄する。

 有り得る筈がない。あれ程の『呪詛(カース)』を無防備に受ければ、たとえ都市最強(オッタル)であろうとも動けない筈!?

 一体、どうやって――その答えは、ヒュアキントスの瞳に写っている。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その名の通り、灰となって。“灰”と呼ばれる小人族(パルゥム)が、『呪詛(カース)』ごと崩れていく。

 

(『呪詛(カース)』!? 【魔法】!? それとも【スキル】か!?

 いや、そのどれでもない……! これは――)

 

 そして、“灰”が完全に灰となって崩れ落ちた瞬間。背骨を撫でる悪寒に従ったヒュアキントスは、直ちにその場から飛び退いた。

 

(――――『自死』!?)

 

 ヒュアキントスの勘が叫ぶ。警鐘が乱立する頭の中で、その光景を知覚する。

 壁に縫い止められた『呪詛師(ヘクサー)』。恍惚とした笑みを浮かべる男に突き刺さった直剣の内、()()()()()()()()()()()の前に、灰が吹き荒ぶ。

 それは即座に人の姿を取った。捻じくれた大剣を握り、引き抜き、周囲を一掃する小人族(パルゥム)

 バキバキと、その小人から音が鳴る。振り回される灰髪が、輝く蒼に染まっていく。

 瞬間的に圧縮された時間の中、ヒュアキントスは確かに聞いた。

 

「【詠唱連結】――【ソウルの結晶大剣】」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、その【魔術】の名を。

 

 大一閃。

 空中に逃げたヒュアキントスは、両断される仲間達をただ眺める他なく。

 ギシリと。噛み合わさった奥歯の砕ける音を聞いた。

 

 

 

 

 リヴェリア・リヨス・アールヴには、【魔術】と呼ばれる『火の時代』の【異法】に触れたその時から、構築し続けた理論があった。

 それこそが、【詠唱連結】。己の魔法特性たるそれを【魔術】に転化する、単純にして大いなる可能性を秘めた論理だ。

 『神時代』の理において、それは詠唱を繋げる事による魔法位階の上昇を意味する。

 短文詠唱から長文へ、長文から超長文詠唱へ。異なる魔法の詠唱を連結し、その威力、範囲、効果を上昇させる魔法特性。

 それを【魔術】へ転化させると、何が起こるのか――その答えがリヴェリアの眼前で、これ以上ないほど示されていた。

 

 【降り注ぐ結晶槍】。

 【冷たいソウルの大剣】。

 【追尾するソウルの衝撃】。

 【収束する見えないソウル】。

 

 ()()()()()()()()()()()()が、『神の鏡』に展開される。映し出される情景は、『火の時代』にすら存在し得なかった連結されし【魔術】の業。

 リヴェリアは、都合三つの【魔法】を連結する。だが“灰”は、二つの【魔術】しか連結していない。

 それはリヴェリアの構築した理論が浅かったからだ。リヴェリアの現在の実力では、本来の魔法特性、三つの【魔法】を連結させる力を模倣し切れなかった。

 故にその理論を振るう“灰”もまた、二つの【魔術】までしか連結できない。

 

 だが、それで十分である。

 少なくとも今――戦争遊戯(ウォーゲーム)の惨憺たる有り様を見る限りに於いては。

 

「……ひどいもんじゃな」

「ああ、そうだな」

「何も思わんのか?」

「思うところはあるとも。だがこの結果を、私は受け入れなければならない。

 こうなると知って、それでも私は……あの【魔術】を託したのだから」

 

 全ては、『未知』への好奇のために。

 そのために【アポロン・ファミリア】を対象とした『実験』を許容したリヴェリアは、自らの浅ましい醜さに苦く笑う。

 ああ、構わないとも。故郷を飛び出したその時から、泥に塗れる覚悟はできていた。

 それが底なしの闇であろうとも、構うものか。ギラギラと、瞳に満ちるソウルを振り払ってリヴェリアは観測を続ける。

 

 ガレスはそれ以上何も言わなかった。彼は数十年来の友を信じているから。

 そしてもう一人の友を見る。こちらもまた、飲まれている。

 大それた『野望』の、行き過ぎた『終着』。それを眺める小さな【勇者】に、密やかな溜め息を吐き。

 

(やれやれ……こりゃあ、儂がしっかりせんとな)

 

 一様とはいかずとも、似たように魅入られた後輩達をどう説得したものかと、ドワーフの大戦士は慣れない頭を回すのだった。

 

 

 

 

 『戦争遊戯(ウォーゲーム)』の前段階、抗争における“灰”の行動は、【アポロン・ファミリア】に大打撃を与えていた。

 半数に及ぶ戦闘員の負傷。本拠(ホーム)の消失。それに伴う築き上げた財産の消滅。

 端的に言って、アポロンは追い詰められていた。自ら望み、承諾した『戦争遊戯(ウォーゲーム)』ですら、このままでは完遂できないほどに。

 だから方々に手を回した。借金を重ねられるだけ重ね、神々の哄笑に耐えながら頭を下げて、表立った活動をしている『呪詛師(ヘクサー)』達を借り受けた。

 全てはたった一人の小人族(パルゥム)を抑えつけるため。アポロンは勝つために、負けたら破滅する崖に身を投げるしかなかったのだ。

 

 そして、その結果は――『神の鏡』に映し出される惨劇が物語っている。

 

『立ち止まるな! 魔法を回せ! 拘束しろ!!』

 

 ヒュアキントスが檄を飛ばす。団長として、太陽神の信徒として、何より一人の冒険者として諦めるわけにはいかない男は、急造の策で“灰”を縛ろうとする。

 

『【飛翔】』

『なっ……!?』

『と、飛んでる!?』

『ば、馬鹿がっ……ふざけんなよ!?』

 

 しかしそれを嘲笑うように、小人は上空へ舞い上がった。肌を晒す足首に、二翼一対の光の羽根を生やして。

 

 【飛翔】。それはアスフィ・アル・アンドロメダが七日七晩の地獄の果てに構築した画期的な【魔術】だ。

 24階層の一件で【ヘルメス・ファミリア】と共闘した時から、“灰”はある欲求を抱いていた。

 『飛翔靴(タラリア)』。世界に五人といない発展アビリティ『神秘』持ち、様々な『マジックアイテム』を開発した【万能者(ペルセウス)】の発明の中でも傑作の一品。

 食料庫(パントリー)での戦いで『飛翔靴(タラリア)』を使用したアスフィを目撃した時から、“灰”はずっとそれを欲していた。

 不死の蒐集癖。物珍しい、あるいは有用な道具を求める、呪われ人の異様な共通認識。

 その観点から言って、『飛翔靴(タラリア)』はまこと画期的な道具(アイテム)だった。装備者に飛行能力を与えるなど、まさに天外と呼ぶに相応しい。

 

 だからこそ“灰”は、18階層でヘルメスが試練を課した時もアスフィを生かそうとした。

 歪な紛い物とはいえ、“灰”には極まった『理力』がある。『神秘』が【魔術】に、『飛翔靴(タラリア)』が【飛翔】に通ずる論理構築を有しているのは見抜いていた。

 だからヘルメスを殺した後、“灰”は問うつもりだった。【魔術】を覚え、『飛翔靴(タラリア)』を【魔術】とするか。さもなくば(ヘルメス)に殉じて死ぬかを。

 どちらでも良かった。前者ならば喪失しない手段を手にし、後者ならばアスフィを殺して『飛翔靴(タラリア)』を奪えばいい。

 結果的に“灰”の忘れ去った“狂王(なにものか)”の出現によってそれは果たされなかったが、ヘルメスが深淵に呪われたことで巡り巡って機会はやってきた。

 ヘルメスを許したのは贖罪の楔のため。だが取引に応じたのは『飛翔靴(タラリア)』があったからこそだ。そしてそれは、正しかったと――光の羽根で空を飛ぶ“灰”は、【飛翔】の可能性を見出していた。

 

 眼前に広がる、第三世界。地底でも海原でもない、天空という新たな戦場。

 成程、【飛翔】は、良い魔術だ。これは“灰”の蓄えた手段(ちから)を、無限の枝葉の如く成長させる。深海に溶け、萎びた感性すらも揺り動かすその【魔術】に、“灰”は暫し茫洋としていた。

 

『――む』

 

 何処までも広がる空を眺めていると、人形のような頬を大矢が掠める。足元を見下げれば、罵声を飛ばしながら必死に“灰”を狙い撃とうとする敵どもが、蟲のように群がっていた。

 ああ、そうだ。今は、神の下らぬ遊戯の最中だ。感慨に耽っている場合ではないと、幼女は意識を切り替える。

 

『【詠唱連結】――【ソウルの結晶奔流】』

 

 【アポロン・ファミリア】の最後の抵抗を打ち壊すには、それだけで事足りた。

 【ソウルの結晶奔流】。蒼く輝く結晶で構成された極大の光線が、射線上の敵を削り取る。

 ここまで生き残った精鋭なのだろう、幾人かは逃した。しかし残りは、杖を適当に振り回す“灰”によって手足を削り取られ、蛆のように這う他なくなった。

 その哀れな蟲共に祝福の直剣を投げ、“灰”は着地する。そして、逃げた幾人かを追い始める。

 

『ひ、ひぃっ!? 助けっ――』

 

 一人は、崩壊しかけた城砦の部屋で待ち構えていた。不意打ちを受け頭から上半身の前半分を斬り落とされた“灰”は、そのまま反撃して相手の腕を落とした。

 驚愕し、絶叫し、逃げ出そうとした相手の脚を斬り捨て、“灰”は()()を城砦の外に投げ捨てた。

 

『いやっ!? いやぁっ!? やだぁあ、やめてぇえええっ!?』

 

 一人は、城砦の片隅で戦意を喪失していた。ガタガタと震え、命乞いをする相手を無視し、“灰”は適当に掴んだ腕を()()()()()

 鳴り響く悲鳴。哀咽の交じった涙。そんなもの、“灰”には意味がない。四肢を千切り取ったのち、城砦の外に投げ捨てた。

 

『くっ、来るなぁっ!? こっ、殺すぞぉっ!?』

 

 一人は、石造りの廊下の最奥にいた。判断を間違えたかと思えば、弓を番えて“灰”を狙っている。

 どうやら勝算なしではないらしい。“灰”が無視して踏み入ると、見事にその左眼が射抜かれた。

 首がのけぞる。元に戻る。右眼は変わらず、敵を見据える。

 そして“灰”は、両手に盾を持った。大扉を模した異形の盾、何も守れなかった弱者の守り手の双刀武器、《大扉の盾》にて“灰”は光を閉ざす。

 廊下の入り口に鎮座する大盾。それはゆっくりと前に滑り……加速する。

 

『あ、あぁっ……!? そんな、やめろ、ふざけるなァッ!?』

 

 相手は未来を悟り絶望する。弓を数本放ち、止められないと知れば投げ捨て、石の壁に縋りつく。

 

『いやだ、いやだぁっ!? 助けて、助けてぇっ!?』

 

 石壁を殴り、ガリガリと引っ掻く。半壊してなお堅牢な要塞は、第三級冒険者程度では破壊できない。拳が割れて、爪が剥がれ、それでも泣き叫ぶのをやめない。

 

『助けてアポロン様ぁああああああああああああああああっ!?』

 

 断末魔は、それであった。グシャリと、《大扉の盾》で相手を押し潰した“灰”は――開かれた盾の間から倒れる血塗れの相手の手足を握り、引き千切る。

 そして髪の毛を掴み、引き摺って城砦の外へ向かった。

 もはや動く力を失った、尚も生きている()()を、捨てるために。

 

「あ、あぁ……ぁあぁ……!?」

 

 自らの頭を掴むアポロンは既に滂沱の涙を流している。

 

「やめろ、頼む!!! やめてくれぇっ!?」

 

 嗚咽交じりの絶叫は何も変えられない。逃れた幾人かを淡々と()()する“灰”を、『神の鏡』を通して見続けることしかできない。

 

「ヘスティア、やめさせろぉ!? 私の負けでいい、やめさせてくれぇっ!?」

 

 もはや『戦争遊戯(ウォーゲーム)』などに構っていられなくなったアポロンは、形振り構わずヘスティアに叫ぶ。

 しかしヘスティアは、己の無力を知っている。呪うほどに、噛み締めている。

 だから『神の鏡』から目を離さず、首を振ることしかできなかった。それに絶望して、アポロンはへたり込む。

 『神の力(アルカナム)』を使っても、周りの神々は助けることを許してくれないだろう。それを悟った太陽神は、弱々しく呻くしかなかった。

 

「わた、しの、愛する、子らが……私の、せいで……」

 

 全ては、アポロンの過ち。ベル・クラネルを手に入れようとした我欲が、眼前の地獄を築いている。

 何よりも尊い眷族(こども)達に、深刻な出血を強いている。

 それに、やっと気づいたアポロンは。

 

「う、うぅ……うぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 涙を流し、絶叫し、慟哭するしか、できなかった。

 

 

 

 

 グチャリ。グチャリ。グチャリ。グチャリ。

 回収する。並べる。手足を千切り取る。

 グチャリ。グチャリ。グチャリ。グチャリ。

 解体する。何もできぬように。喉を潰し、祝福の直剣を突き刺して、強制的に生き延びさせる。

 グチャリ。グチャリ。グチャリ。グチャリ。

 半壊した城砦の庭先で、それは行われていた。歩む“灰”、引きずられる人の形をしていたもの。

 グチャリ。グチャリ。グチャリ。グチャリ。

 最初から仕込みは終えていた。敵を生かしたまま行動不能にさせるのは、難しいができない事じゃない。

 『火の時代』に生者に追われ、呆れるほど拘束され、それでも死なぬよう執拗に生かされてきた“灰”は、その経験を適応する。

 

 【勇者の突撃】による城壁の崩壊。

 《灰輪(かいりん)》によって焼かれ、潰された者達。

 ここに至るまで斬り捨て、生かしてきた敵ども。

 

 その全てを、“灰”は中庭に並べている。

 何の事はない、ただの生死確認だ。そして手遅れにならないための処置でもある。

 優しい事だ。不死に似合わぬ、不殺の善行。

 それでも受け入れられぬ者は、どうやらいるらしい。

 

「――――止めなさい、“灰”」

 

 振り下ろそうとした《肉断ち包丁》が止められる。腕の痛みを辿って見れば、リュー・リオンが己の得物で“灰”の腕を止めている。

 グチャリ。構わず、“灰”は振り下ろした。腕を斬り落とされようが構わなかったからだ。

 その行為に苦く歯を食い縛って、リューは“灰”に武器を向ける。闘争も辞さぬその姿勢に、“灰”は嘆息するのみだった。

 

「はて、貴公は『協力者』だと思っていたが。それは『敵対』の宣言と受け取っても構わないのか?」

「……これ以上は無用です。(いたずら)に敗者を辱める必要はありません」

「見解の相違だな。少なくとも私にとっては、必要な行為だ」

 

 そう言って、“灰”は《肉断ち包丁》をソウルに還す。そして振り返り、リューの向こう側――青い顔をして立ち尽くす、少年に言葉をかける。

 

「ここには本来、死体が並んでいるべきだった」

 

 他にも仲間はいる。家族(ファミリア)も。けれど“灰”は、ベル・クラネルにのみ語る。

 

「私は全ての敵を殺してきた。それは、それが最も後腐れのないやり方だからだ。

 敵を生かして、何になる? 私には、再びの障害にしかならない。

 全て同じだ。一度殺し合った者と、どうして『協力』なんて出来ようか」

 

 振り返る。死屍累々の、だが一人も死んでいない敵どもを。

 そして少年に視線を戻し、“灰”は真意を明かす。

 

「それでも貴公は、生かせと言った。だから私はこれを選んだ。

 殺せぬのなら、植え付けるしかない。二度と私に歯向かわぬよう――二度と武器など握らぬよう、心を折るしかない」

「……アスカ」

「勘違いするな。これは全て、私の宿業だ。

 こうすると決めていた。けれど貴公には明かさなかった。止められると知っていたからだ。

 言葉もなく、勝手を行った罪を詫びよう。それでも私は、二度があれば同じ事をする。

 三度もあれば、きっと貴公の言葉も聞けないな。私はこのようにしか、生きられないのだから」

「……」

「だから、そんな顔をするな。しないでくれ、ベル。

 悲しみは、貴公に似合わない。私は……ああ、そうだとも。貴公にただ、笑っていて欲しいのだ」

 

 それが、無理だと分かっていても。“灰”は呟き。アスカは、微笑み。

 少年の返答を待たず、捻じくれた大剣を顕現させた不死は、それを眼前に突き立てる。

 

「動くなよ。でなければ、巻き込まない自信がない」

 

 そして“灰”は、燃え上がる。その身に秘し、見せなかった――「最初の火」を、刀身に注ぎ。

 

「ベル。決着をつけるのは、貴公だ」

 

 その言葉と共に。世界は、かつての在り方を思い出した。

 

 

 

 

「――そうか。使うのか、“灰”」

 老神は静かに呟いた。

 

「……そう。そうなのね、貴方」

 美の女神は神の塔の頂で、自らの(めくら)を知った。

 

「……」

 道化の女神は何も語らない。ひっそりと、朱色の目を開いている。

 

「あ……」

 そして、太陽神は。その光景に、全てを悟った。

 

「……分かるだろう、アポロン。外ならない君が、あれが何なのか分からない筈があるもんか」

「お……おぉ……おぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ……!!!」

「恨むぞ、アポロン」

 泣き崩れる太陽神に、言葉だけを投げて。

 

「ボクは、あの子のあんな姿なんか、見たくなかった」

 炉の女神は涙を湛えた瞳で眺め、己の無力を握り締めた。

 

 

 

 

 その光は、都市中で巻き起こった。

 『神の鏡』より放たれる、目を焼くような光。それは無辜の人々のみならず、冒険者の視界すら奪う。

 

「うわっ、眩しっ……!?」

「何!? 何なのよ、もうっ!」

 

 第一級冒険者であるアマゾネスの姉妹ですら、あまりの眩しさに目を覆った。ややあってそれが収まると、ティオネは周囲を見渡す。

 ティオナ、ベートは自分と似たような反応だ。ガレスとリヴェリアは、瞠目して固まっている。

 そして、ティオネの愛する人。フィンは、ずっと心ここにあらずだった。

 面白くない。そう思うティオネは、沸き立つ怒りを抑えながら最後にアイズを見る。

 少女は『神の鏡』ではなく、窓の外を眺めていた。

 

「アイズ、どこ見て……」

 

 そこでティオネは、言葉を失う。

 それは皆、同じだった。

 

 

 

 

「……ぐっ……」

 

 暗がりの影で、ヒュアキントスは目を覚ました。

 何だ。何が起こった。突然意識を失った事実を認識した彼は、努めて冷静に辺りを窺う。

 視界に入ったのは、ボロボロに破壊された部屋の残骸に差す夕暮れ。

 まさか数時間も意識を失っていたのか? 己の失態に思わず舌打ちし、舌に異物の感触が混ざる。

 

「何だ、これは……灰だと……?」

 

 口を拭うと、そこにあったのは灰だった。よく見れば、辺りは灰塗れになっている。山となって幾つも積もっていた。

 どうなっている? 自分は確かに玉座の間にいたはずだとヒュアキントスは記憶を探る。

 策を破られ、とっさの抵抗もあっさりと無力化されたヒュアキントスは、最後の手段に出るつもりでいた。

 それは、()()()()()()()。どうせ負けるなら相手に勝たせぬ、最悪の手法を取ろうとしたのだ。

 あの糞ったれな“灰”は生き残るだろう。だがあの兎は? その他の連中は? ヒュアキントスですら即死を免れない量の爆薬を用意した。ならばこの戦争遊戯(ウォーゲーム)に“勝者”はいなくなる。

 その手段を取ろうとした直前で、ヒュアキントスの記憶は途切れている。気がつけば、灰塗れの残骸の影だ。

 まさか、自分は生き残ったのか? しかし、灰も残らぬ程の爆薬を用意したはず……確認するべく瓦礫に手をかけ、歩き出そうとしたヒュアキントスは、バサリと落ちてきたそれを見て、固まった。

 

 それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()(エンブレム)()()()

 

「……馬鹿、な……」

 

 残っている筈がない。原型を留めている筈がない。しかし同時に、自分が手を掛けている瓦礫が玉座の残骸だと思い至る。

 思わずヒュアキントスは駆け出した。そしてすぐに立ち止まる。

 残っている。()()()()()。扉の跡も、窓の破片も、残骸であり灰塗れという点を除いて、玉座の間そのままだ。

 

「そんな馬鹿なっ!!!」

 

 ヒュアキントスは絶叫した。まるで悪夢だ。体中の血に冷たい焦燥が巡っているようで気味が悪い。

 だからヒュアキントスは夕日を見た。そこには信仰する神の象徴、暮れゆくも輝かしい太陽があるのだから。

 

「……ぁ……」

 

 故に。それを見てしまったヒュアキントスは、膝から崩れ落ちるしかなかった。

 

 

 

 

 世界が燃えている。

 そう錯覚するほどに、その夕暮れは爛れている。血を垂らしたような光だった。

 ああ、それは正しくない。今ここに、夕暮れなんて存在しない。

 

 遥か高く、空の果て。燃えているのは――()()()()

 落涙のように、赤く、赫く、光を零す、消えゆく太陽。

 ()()()()()()()()

 

 それは少女の夢見た、悪夢の実現。

 かつて隆盛を誇った時代の末期、『火の時代』の最期が顕現した世界だった。

 

 

 

 

 積もった灰の上に、足跡を残す。

 一つ、二つ。それ以上は意味がない。緩く流れる灰の川が、足跡を掻き消して道筋だけを残す。

 歩く、歩く、小さな足。靴のない裸足はただ歩み、やがて立ち止まる。

 

 墜ちた太陽の、落涙の下。

 消えゆく光、火の終着点。

 そこに、王は佇んでいた。

 

 左腕が燃えている。

 その手に握る捻じくれた大剣、《最初の火の剣》から立ち上る炎が、王を焼いている。

 それは王のみならず、衣服を焼き消していた。左手から首を登り、焼き尽くし、その瞳さえ侵食する。

 燃える左眼には、真に太陽が輝いていた。凍てつくそれではなく、正しく瞳に太陽が宿っている。

 その対に在るは、闇溢れる右眼。火の輪が灯り、ただそれだけが光である、黒々とした火の簒奪の証。

 光と影。火と闇。それは互いを喰らい合うように、王の体を犯している。

 さながらそれは、闇に焼かれる火か、火に侵された闇か。どちらともなく、混じり合うように――王は二つを、宿していた。

 

 その衣服は襤褸(らんる)に等しい。されど燃えようと、呑まれようと、跳ね除けるだけの力がある。

 腕輪も、脚輪も、片側を失くしている。残る隻輪(せきりん)は、炎に罅割れ、闇に侵されている。

 戴く冠は見窄らしい。半分に割れ、欠けている。それでもなお、王と示すには十分だった。

 

 風に靡く灰髪だけが、火に焼かれようとも、闇に侵されようとも、灰色を保っている。

 

 それが、王の姿。

 「最後の薪の王」たる、“灰”の姿であった。

 

 

 

 

 その姿を、何に例えよう。

 都市の人類は息を止めて見る。

 燃えながら歩むその姿。闇に落ちてなお損なわれぬ、作り上げられた美貌。

 

 その瞳を、何に例えよう。

 太陽であり、反転した黒でもある。

 唯一分かるのは、それは人が持つに過ぎたものである事。

 

 その力を――何に例えよう。

 荒々しく、暴力的で、全てを焼き尽くすような圧威(あつい)

 清らかでなく、(あら)たかでなく、されどそれは、まさしく――

 

 何の迷いがあろうか。

 その姿を、その瞳を、その力を。

 たかが小人であり、たった一人でしかないその存在を。

 

 

    ――――神の如くと。そう呼ぶのに、何の――――

 

 

 「あ、あぁ……あぁあっ……!?」

 

 ヒュアキントスが正気を保っていられたのは、彼が敬虔な信徒だからであった。

 極限状況の中でさえ、自らの外に柱を置く。それはヒュアキントスという個人の自我が崩壊しかねない危機であろうとも、であるからこそ行動の指針となる。

 けれどまた、それだけであった。ヒュアキントスにはもはや反抗心すらない。

 ただ、栄えある太陽神の眷族として、立ち向かわないわけにはいかなかった。

 ヒュアキントスにあったのは、それだけなのだ。

 カタカタと震えるヒュアキントスの得物、波状剣(フランベルジュ)の切っ先は、一人の王に向けられている。

 

 燃え盛る。燃え盛る。

 太陽の落涙の下、歩く王の足跡は灰すらをも焼き尽くす。

 染み渡る。染み渡る。

 垂れ落ちる闇の雫は灰に沈み込み、一つ二つと深淵を広げていく。

 流れ往く。流れ往く。

 火と闇の上を引き摺られる灰髪は、生まれより伸びる灰色であり。

 それだけが不死の生まれから唯一保ち続けたものであると、きっと誰も知らぬだろう。

 見えるのはきっと、燃え盛る捻じくれた大剣だけ。

 火継ぎの反証、簒奪の(けん)。奪い取った「最初の火」、それが焚べられた大剣だけだ。

 《最初の火の剣》。ソウルにそう記された(つるぎ)を左手に、王は――“灰”は、ゆっくりと歩む。

 【太陽の光寵童(ポエブス・アポロ)】と対峙するように、一歩ずつ、ゆっくりと。

 

「……ぅ……うわぁああああああああああああああああっ!?」

 

 耐えきれなかったのはヒュアキントスだった。顔面蒼白の青年は震える両手を掲げ、がむしゃらに前へ走り出す。

 それは逃避か、あるいは本能か。命ある者として、目の前の存在が許せなくなったのか。

 

 どうでもいい事だ。“灰”は静かに、右手を動かす。

 

 キィン、と高らかな金属音が鳴り響いた。

 

「あ……」

 

 ヒュアキントスの手に波状剣(フランベルジュ)はもうない。それは“灰”の右手に、闇の中に潜んでいた《折れた刃の一振り》によって弾き飛ばされていた。

 ぺたり、とヒュアキントスは後ろにへたり込む。その姿勢からの対応策なんて思いつきもしない。

 呆然として見上げるヒュアキントスが見ているのは、神の如き小人の瞳。

 その眼は、初めからヒュアキントスなど写してなく――

 

 素通りする。ヒュアキントスの横を、何事もなかったかのように“灰”は歩く。

 数秒の意識の空白の後、ヒュアキントスはゆっくりと振り返った。零れ落ちそうな目が捉えるのは、引き摺られる灰髪と――その先に立つ者達。

 

 小人族(パルゥム)の少女。赤髪の青年。妖精(エルフ)の女。極東の忍。そして、兎。

 王の歩みを待たず、兎は歩き出し、“灰”とすれ違った。そのまま燃える大剣を突き刺して座る“灰”に倣うように、小人族(パルゥム)の少女は膝を抱き、赤髪の青年はどっしりと胡座を構え、妖精(エルフ)の女は静かに、極東の忍は規則正しく正座する。

 彼らに見守られ、近づいてくる兎。赤いマフラーを棚引かせ、灰の大地に突き刺さる波状剣(フランベルジュ)を引き抜き、ヒュアキントスに投げた少年――ベル・クラネルは。

 

「立ってください、ヒュアキントスさん」

 

 紫紺の刃を右手に、まっすぐに掲げ。赤色の短刀を逆手に、左腕を首に巻くように構え。

 

「――決着を、つけましょう」

 

 名もなき“ソウルの業”、燃え盛る炎の刃で以て【不死隊の儀礼】を完成させ、最後の戦いを宣言した。

 

 

 

 

「ふっ……巫山戯(ふざけ)るなァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

 最初に動いたのはヒュアキントスだった。呆然と座り尽くしていた青年は、顔を激情で染め、波状剣(フランベルジュ)を取ると同時に疾駆し、ベルと激突する。

 

「この期に及んで貴様はァ! どれだけ私を馬鹿にすれば気が済むのだ!!」

「ッ!」

「この惨状を見ろ! 全てあの小人族(パルゥム)がやった事だ!!

 私の策を打ち破ったのも! アポロン様の眷族を斬り伏せたのも! そう、この馬鹿げた光景でさえ、あの小人族(パルゥム)一人がやった事だろう!」

 

 力任せの、しかし確かな技量を誇る連撃(ラッシュ)。それをベルは冷静に捌いていく。

 

「貴様に何の関係がある! 全てが終わった後にのこのこと現れ、決着をつけるだと!?

 そんなもの、もうとっくについているだろうがッ!!

 たとえ私が貴様を倒したとて、その後にあの小人族(パルゥム)と戦えば終わりだ!!!」

「……それでもアスカは、僕に決着を託してくれた!」

「戯言だ!!! そんな口約束には何の価値もない!!!

 貴様も分かっているだろう!? あの小人族(パルゥム)が――あの存在が、どれほど我々と隔絶しているのか!!

 分からない筈がない! 家族などと、あんな化け物をそう呼ぶ貴様でさえ!! 分からない筈があるものかァ!!!」

「――シッ!」

「ぐうっ!?」

 

 突如として動きを変えたベルの一撃にヒュアキントスは弾かれる。ついで迫りくる、地を這うような一撃。左手の短刀を楔に、狼の如く炎の刃で斬りつける。それにヒュアキントスは対応できない。

 

「ふざけているのは貴方だ!」

「なん、だとぉっ!?」

「これはアスカだけの戦いじゃない……僕だけの戦いじゃない……!

 これは、僕と貴方の戦いだ! ヒュアキントスさん! あの酒場で、あの喧嘩で――僕と貴方が始めた戦いだ!」

「っ!?」

「だから! 最後は僕たちで決着をつけなきゃいけないんだ!

 それが僕たちの権利で――義務だろ!!!」

「ぐっ、うおおおおおおおおっ!?」

 

 狼襲兎撃(ラビット・アンド・ウルフ)。ファランの不死隊の『狼の剣技』を糧に、自らの戦闘系(スタイル)を合わせたベルの連撃は、ヒュアキントスに苦悶と驚愕を刻みつける。

 思わず膝をつくヒュアキントス。自暴自棄になっている【太陽の光寵童(ポエブス・アポロ)】に、ベルは炎の刃を向けた。

 

「――()()()()()()()、ヒュアキントスさん。立って、本気で戦ってください」

「ッ……!!!」

「僕も、全力で参ります。だから――」

 

 深紅(ルベライト)の瞳に、【不転心誓(ダークサイン)】が刻まれる。

 

「――――勝負だ」

 

 そこにいたのは、確かに一人の冒険者だった。

 

「……く、ははは……ふははははははははははははははははっ!

 馬鹿だとは思っていたが、ここまでとはな! 全く不愉快だ、笑いが止まらん!!

 ――良いだろう。後悔するなよ、ベル・クラネル」

 

 挑まれたヒュアキントスは心中で(アポロン)に詫び、団長としての仮面を捨てる。

 そして一人の冒険者として、一人の冒険者と対峙した。

 

 

 

 

「……ああ。もう、十分なのだな。ベル」

 

 その戦いを見届けた“灰”は、リリルカやヴェルフ、(ミコト)がベルに走り寄る中、一人背を向ける。

 

「……どちらへ行かれるのですか」

「後始末だ。何をしても構わんが、私に止まるつもりはないぞ」

 

 瞬間、振り下ろされた刃は――ピタリと“灰”の頭上で止まり。

 苦悩をはっきりと表すリューを、やはり善人だなと評価し。

 《最初の火の剣》から炎を溢れ出させ、“灰”はその場から消失した。

 

 

 

 

 神々は、沈黙していた。

 ホームで眷族達と見守っていた神も、酒場で冒険者と混じって観戦していた神も。

 『バベル』三十階で戦争遊戯(ウォーゲーム)を見守っていた神々も、誰一人として口を開かなかった。

 

「邪魔をするぞ」

 

 そこへ、異物が現れる。神々の視線を一斉に集める中、炎と共に顕現した“灰”は、ただ一柱だけを睨んでいた。

 力なく踞る太陽神――アポロンだけを。

 

「っ! ダメだっ! アスカ君!?」

 

 咄嗟に駆け出したヘスティアは、しかし近づけなかった。“灰”の放出する熱が、近づく事を許さなかった。

 

「近づくなよ、ヘスティア。貴公ならば、見れば分かるだろう。

 この炎は、()()()()()()。近づけば貴公とて、例外ではない」

 

 それだけ呟き、“灰”はアポロンを右手で持ち上げる。そして底なしの右眼と太陽の如き左眼でアポロンを見た。

 

「私の眼を見ろ。アポロン」

「……」

「ここに来た理由は、分かっているな? ああ、貴公はこの遊戯の対価に、望むものをくれてやると言ったのだ。

 ならば望もう――()()()()()()。さあ、貴公のソウルを私に」

 

 寄越せ、と。そう言おうとして、“灰”は固まる。

 

 アポロンは、泣いていた。

 

「……済まない……」

 

 右手から、深淵の呪いに侵食されながら。

 

「……済まない……!」

 

 その左手で、今にも焼かれそうになりながら。

 

()()()()()()()()()()()()()()……!!!」

 

 それでもただ、■故に。アポロンは、“灰”のために涙していた。

 

「……………………何だ、それは」

 

 ぞわりと、“灰”の心が荒立つ。それは久しく感じていなかった、『未知』に対する恐怖。

 今私が掴んでいるのは何だ。神ではないのか。神ならばなぜ、■を私に向ける。

 アポロンを掴み上げたまま、“灰”は周囲を見渡す。するとどの神も、似たような表情で“灰”を見ている。

 沈痛と、後悔と、憐憫と。そして、■情。

 

 どうしてそんな目で私を見る。なぜ私に■を抱く。

 貴様らは、神は――――そんなものではないだろう――――?

 

 思い出す。

 灰に塗れ、倒れる己を嘲笑する神々の姿を。

 思い出す。

 いつかの迎えを約し、卑金の王冠を被せた彼の大王のまやかしを。

 思い出す。

 止めを刺すその瞬間、己に、不死に、人間に向けられる神々の怨嗟を。

 思い出す。

 

 ――遠い、遠い。掠れた記憶。

 闇の中に生まれ、闇を慕った己に手を伸ばし、微笑んだ――

 

 ドン、と“灰”の体が揺れる。

 突如として脳裏に溢れた記憶の濁流から戻った“灰”は、己の左腕が何者かに掴まれていると知覚する。

 燃える左腕を。神をも焼く火を。

 ――それを抱えるように抱きしめていたのは、ヘスティアだった。

 

「ぐっ、うわあぁああああああああああああああああっ!?」

「…………、…………何をしている、ヘスティア」

 

 焼けている。ジュウジュウと音を立てて、幼女神が。

 不変の神の体を焼いている。当然だ、それこそが「最初の火」が尊ばれる所以なのだから。

 だが、それは神であれば即座に理解できるはず。なのにどうして、ヘスティアは――

 

「ああああっ、ああっ……ゆ、許さないぞ、アスカ君……!!!」

「!」

「ボクの前からっ……ベル君の前からいなくなるなんて、絶対に許さない!!! それに、約束したじゃないかっ!?

 何があっても――君の手を放さないって!!!」

「…………だが、このままでは、貴公……」

「うっがああああああああっ!!! ボクは、アスカ君の神様だ!!! こんのくらいぃっ、へっちゃらだぁああああああああああああああああっ!!!」

「――――」

 

 それがやせ我慢だと見て分かる。いつ送還されてもおかしくない、それほどの火傷をヘスティアはとっくに負っている。

 全知全能であるならばともかく、全知零能であるのなら神の死すらも在り得てしまう。

 なのにどうして、ヘスティアは。

 

『お花の冠は知ってるかしら? そう、なら一緒に作りましょうか』

 

 何だ。どうして今、この記憶を思い出す。

 

『私が? フフフ、いいえ。つけるのは貴方よ……ほら、ぴったり!』

 

 無意味な想起はやめろ。それが間違いだったと、私は既に知っている筈だ。

 

『いつか、貴方に似合う服を送ってあげるわね。ああ、髪飾りもつけましょうか』

 

 私は二度と、間違えない。私は二度と、絶対に……

 

『私は好きよ? 貴方の灰色の髪。だってほら、こんなに綺麗なんですもの――』

 

 …………………………………………。

 

「――……分かった。ヘスティア。その手を放せ」

「ふんぎぎぎぎぎぎっ!!! ぜっっったい、放さないぃいいいいいいいいっ!!!」

「もう良い。分かった。アポロンのソウルは、諦める」

「見ててくれよベルくーん!!! ボクがアスカ君を、家族(みんな)を守るんだ――――!!!」

「……いい加減にしろ。一人で勝手に盛り上がるんじゃあない」

「ぐえっ!?」

 

 “灰”が軽く手を振ると、それだけでヘスティアは地べたに落とされた。それでも手を放さないのは流石と言うべきか……判断を保留するアスカは、今になって火傷の痛みに悶えているヘスティアに【奇跡】を行使する。

 

(いった)っ!? (いた)ぁああああっ!? 火傷ってめっちゃ痛い!!! で、でも、こんな程度で、ボクは諦めないぞぉおおおおおおおお!!!」

「分かったと言っているだろう。貴公の言い分は、よく分かった。だから少しは落ち着け」

「あ、アスカ君……って、え!? あれ!? ボクの火傷は!? 結構ヤバめに自分がステーキになってた感覚あったけど!?」

「今、治している。とりあえず、話を聞け。私はアポロンをもう襲わない。それをまず理解しろ」

「そ、それは本当かい!?」

「ああ。その理由についてだが」

「良かったぁ~~~~!!! 君がいなくなるなんて、ボクは絶対イヤだったんだ!!! でもボクに取れる手段なんかあんまりなくて、『神の力(アルカナム)』だって、君をただ脅迫してるだけで!!!

 ボクはね、アスカ君! 君の事をもっと知りたいんだ! 愛したいんだ! 一方的で、迷惑かもしれないけれど……それでも! ボクは君と一緒に、未来を歩いていきたいんだ!」

「……クク、フフフ……アハハ!」

「えっ!? アスカ君今、笑っ……!?」

「ああ、笑った。笑ったとも。本当に……全く。いつぶりだ、こんな感情を抱くのは」

 

 クスクスと、なおもアスカは笑う。年相応の幼女(わらべ)のように。

 そして一頻り笑った後、周囲を見渡す。暗い顔で己を見つめる、神々を。

 

「なあ、ヘスティア。私にとって神とは、度し難き存在だ。

 平和のため、時代のため、そんな言葉で我らを謀り、貶めた。何もかもを失った者が、それでも最後に見出した希望は、神々のまやかしだったのだ。

 神は、私を憎んでいる。不死を疎んでいる。人を――恐れている」

 

 言葉を重ねる度、神々の顔は暗く沈んでいく。ただただ“灰”を哀れみ――■そうとしている。

 

「だが貴公らは、違うのだな。私の知る神々とは。

 ずっと同じだと思っていた。ああ全く、ひどい勘違いだ。

 貴公らは、私の知る神々ではない。もっと『未知』の、理解できない――()()()()

 

 その■から逃れるように、“灰”はヘスティアを見る。ヘスティアを()()()()眼で、どこか自虐するように微笑んでいる。

 

「愚かしいとは思わないか? 見知った狩りのつもりでいて、全く知らぬ化け物の巣窟に迷い込んでいたなんて。

 今此処で暴れたところで、きっと高が知れている。いつものように私は負け、何も得られはしないのだろう」

「……アスカ君……」

「何だ、ヘスティア。私が変わったとでも思ったのか? 相変わらず、貴公は眷族を信じ過ぎる。

 私は何も変わらない。これまでも、これからも、進む先に変わりはない。

 ……ああ、だがきっと、だからこそ。

 私はこんな事を、言いたくなってしまったのだろうな」

 

 “灰”は、そっと両手を差し出す。闇の滴る右手と火に焼かれる左手、どちらも小人には過ぎた力。

 

「誓約だ。ヘスティア」

 

 その手と同じ両眼で以て、「小人の狂王」は宣言した。

 

「私は貴公と(よすが)を結ぶ。離れ難く、分かち難い縁を。

 これは誓いだ。私は貴公を、「炉の女神ヘスティア」を信じる。その言葉を、その心を、私は受け止め、従おう。

 だからヘスティア、誓ってくれ。

 決して、私を裏切らないと。私の手を放さないと。

 ただ、そうしてくれるのであれば――私もまた、貴公を決して裏切らない」

 

 真摯な言葉だった。それは真偽などいらない、“灰”と呼ばれる不死の……弱く卑小な、アスカと呼ばれる幼子の、懇願に似た言葉だった。

 だからヘスティアは、眦を決する。包み込むように、神の如き力が秘められた両手を取り――苦痛に一瞬悶えながらも、慈愛の微笑みをアスカに向けた。

 

「――うん。約束だ、アスカ君。何があっても、この手を放さない。ボクの名に誓って、絶対に」

 

 それは、互いを信じることによって成立する、か細く、頼りない――不変の誓いであった。

 

 

 

 

 灰の大地を王は歩く。

 揺らぐ灰髪は神の如く、解き放たれたその力は畏怖となって降り注ぐ。

 

「これは、一度目だ」

 

 城砦だった場所に並べられた、ただ生きているだけの人の果て。並ぶ剣は墓標のようで、それに縫い止められた者達は、恐怖と絶望、折れた心で言葉を聞く。

 

「二度目があれば、同じ事をする。三度あれば、貴公らを殺す。

 何があろうとも、私はそうする。だから二度と――歯向かってくれるなよ」

 

 王は神の【奇跡】を行使し、墓石の如く横たわっていた者達のすべての傷を癒やした。そして剣をソウルへと変えてその身に取り込み、歩き続ける。

 

『…………』

 

 彼らは倒れたまま、言葉もなかった。完全に心が折れていたからだ。

 もはや【ファミリア】としても、冒険者としてもやっていけないだろう。それだけの心傷を、彼らは刻まれていた。

 

 王には、何の関係もない事だ。どちらだろうと構わない。火の粉が降り注ぐなら、それが終末であろうとも払うまで。

 王はそうして、ずっと生き続けてきたのだから。

 

「……ああ」

 

 けれど。だから今、立ち止まろうとしている。

 王は、“灰”は、アスカは。導きたる少年を前に、歩みが止まりそうになる。

 

「勝ったよ、アスカ」

「……ああ、見ていたよ。

 強くなったな。ベル」

「うん。でも、これからもっと強くなる。僕は、強くなりたい」

「そうか……そうか。ならばもう、私は必要ないかも知れんな」

「ううん。必要とか、そんなのいらない。僕はアスカと、皆と一緒に歩きたいから」

 

 少年は、不死の手を取る。未だ燃えるそれを、当たり前のように。

 

「帰ろう、アスカ。皆の家に」

「――――ああ……そうだな。帰ろう、ベル」

 

 確と握られた手を握り返して、“灰”は歩む。

 

 これは泡沫の夢なのかもしれない。求めるものすら忘れ去った不死の、都合の良い妄想なのかもしれない。

 それでも、この手の暖かさは確かにある。“灰”にはそれだけで、それだけで…………

 

「……私はまた、間違えたのだろうか」

 

 歩きながら、誰にも聞こえぬ言葉を呟く。

 

「きっと貴公には、笑われてしまうな。そうだろう?

 

 

 なあ、フィリアノール――――」

 

 

 光を奪われた太陽の下。少年と幼女の繋がれた手は、決して離れる事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日は、歴史の大いなる転換点と記録されている。

 『神時代』最後の動乱、『約束の時代』へと至るまでを繋いだ、一人の小人族(パルゥム)が出現した日として。

 その日を境に小人族(パルゥム)は、「最後の薪の王」とも、「神の如き化身」とも、「フィアナの再来」とも呼ばれ。

 ――あるいは、【焼尽者(スコーチャー)】と。人々に恐れられたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

折れた刃の一振り

輪の都を飲み干した怪物、小人の狂王が振るった刃

半ばより折れ深淵に満ち、暗い刃はその実闇である

 

最も幼い小人の王は、なまあたたかな闇を慕った

それは今も人の奥底に息衝いている

 

これを握り、そっと目を閉じれば、思い出すだろう

まぶたの裏に、暗く優しい海と、人の熱を

 

戦技は「人間性の刃」

滴る人間性を刃に変える

それは螺旋の大剣と共に生まれ

だが打ち捨てられた剣の似姿という

 

 

 

 

最初の火の剣

はじまりの火を宿した螺旋の大剣

火継ぎの終わり、闇の時代が

悪意によってもたらされた証

 

闇こそが、最も強く火を求める

火の無い闇など、灰と何が違うのだろうか

 

戦技は「最初の火」

刀身にはじまりの火を注ぎ一時に燃やす

強攻撃で眼前に突き立て、周囲に火を放つ

最古の火継ぎ、神を燃え殻と化した炎の猛りを

 

 

 

 

灰輪(灰右衛門(どらえもん)

名も無き不死のため、特別に鍛えられた魔剣

飾り気のない、霧がかった灰色の刀身を持つ

 

盲目な献身は、関わる者を腐らせる

魔剣とはそういった類の消耗品であるが

これは折れず、使い手を残して砕けない

それは鍛冶師の感傷、独善的な祈りだった

 

戦技は「砲撃」

踏み込みから炎、または闇の砲撃を放つ

「海を焼き払った」とまで称される一撃は

巨大な難敵に対する有効な手段となりえるだろう

 

 

 

 

詠唱連結

最初に魔術を修めたとされるエルフの王女

その魔法特性を模した魔術

詠唱を連結し、二つの魔術を一つとして使用する

 

魔術とは、魔法とは全く異なる学問体系である

理に優れた者であれば学ぶに易いが

実際に魔術を使える者は少ない

 

魔術に限らず、師を持たねば得られぬ力がある

最初の魔術師が最強の魔道士であったことは

後世においても幸運であったといえるだろう

 

 

 

 

飛翔

「万能者」アンドロメダの稀代の魔術

光の羽を足元に形作り、飛翔する

 

ありふれた羽根は自由への憧憬を多く宿す

空に焦がれた海の王女もまたそれを託し

自由気儘な男神の手を取ったのは、必然だった

 

 

 

 

黒い炎の舞

ロンドール黒教会を築き、また捨てた長女

黒い炎のエルフリーデの卓越した剣技

 

黒炎を纏い舞うように飛び、地に叩きつける

叩きつけは黒炎の爆発を伴い、前方を薙ぎ払う

 

腐れを選び、だが果たされなかったエルフリーデは

嘴の仮面を再び取り、黒教会に戻った

 

裏切り者である彼女の変心は定かではないが

この闇術には、守るべき故郷を焼き払い

終わりなき悲劇から救った火の無い灰への

 

甘い香りの、一握りの憐憫が込められている

 

 

 

 

勇気の鼓舞

架空の女神フィアナの存在しえない奇跡

自身と周囲を鼓舞し、強靭度を高める

また効果中は被ダメージも軽減される

 

架空の女神に奇跡などありようはずもない

故にこれは愛執にも似た敬虔な信徒の物語であり

勇気を問う彼の、全てを捧げた覚悟を示す

 

 

 

 

勇者の突撃

架空の女神フィアナの存在しえない奇跡

輝ける槍を召喚し、全力で突撃する

突撃中は強力な加護を纏い、決してひるまない

 

フィアナ信仰はとある小人族の騎士団に端を発する

それは小人族の最初で最後の英雄的物語であり

彼の騎士団に続く者は、まだ現れない

 

 

 

 

欠けた冠

火の時代の蚕食者、小人の狂王の冠

半分に欠け、後頭部を覆うのみの王冠

 

不出来な卑金の王冠は小人の王に与えられたものだ

神の枷であり、グウィンのまやかしの象徴である

 

自らの卑小と弱さを知っていた狂王は

神々の嘲笑を誘うこれを最後まで被り

故に火の時代は、終わりを迎えた

 

 

 

 

狂王の長衣

火の時代の蚕食者、小人の狂王の長衣

神々に賜った純白の衣は見る影もなく

大きく破れ、みじめな様を晒す服

 

小人の王たちは最果ての都で待ち続けた

大王の末娘に縋りながら

全てがまやかしであると、知る由もなく

 

 

 

 

狂王の腕輪

火の時代の蚕食者、小人の狂王の腕輪

一対の腕輪だが、片側は失われて久しい

 

ソウルを振るい、解き放ち、従える

狂王の伝承は、ただそれのみが伝わっている




色々書きたいことあったけどとりあえず投稿したかったので省きました。
次回にその色々書きます。7巻に突入するので読み返します。

あとはもう語ることもありません。ただ一つ。感想くれ(レ)

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