ダクソかブラボとダンまちのクロス流行れ   作:鷲羽ユスラ

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必要だと思ったことを詰め込んだら長くなった上に書き切れなかったでござるの巻。


目覚めぬ卵の殻のように

 曇天が、空を覆っていた。

 黒い雨雲が立ち込めた曇り空。今にも涙を零しそうな空を、窓辺からアイズは見上げている。

 上空に立ち昇る幾筋の黒煙。それは都市で『抗争』が勃発した証だ。いつも窓から見える賑やかな喧騒は鳴りを潜め、住人の不安やざわめきがここまで聞こえてくるかのようであった。

 ここまで露骨な抗争はいつ以来だろうと、アイズは思う。力を求め、ダンジョンにばかり足を運ぶ【剣姫(けんき)】であっても、派閥の(しがらみ)は避けられない。

 オラリオの頂点を二分する【フレイヤ・ファミリア】との関係のように、武力をもって他派閥と争った事は数知れない。その経験から言えば、関係の薄い【ファミリア】の抗争に介入するのは良くない事だ。

 たとえそれが、気にかけている白兎の【ファミリア】であっても。たとえそれが、この世界の誰よりも強い――『個人』が所属している派閥であっても。

 だから、アイズは振り返る。金の少女の瞳に映る光景は、通常では決して成立し得ないものだった。

 

 【ロキ・ファミリア】本拠(ホーム)『黄昏の館』、応接間。そこには今、二つの【ファミリア】の幹部勢が一堂に会していた。

 【ロキ・ファミリア】団長、フィン・ディムナは言うに及ばず、エルフとドワーフの三巨頭、アイズを含めた若手の幹部まで、ここには全員揃っている。

 対するのは――【ヘスティア・ファミリア】。

 都市の評判、世界各地の知名度で言えば、全く無名の新興も新興。結成して僅か数カ月という、弱小の一言すら力不足の超零細【ファミリア】だ。

 規模、名声、何より保有する戦力。二つの派閥の力関係は天と地ほどの開きがある。だから、この光景は成立し得ない。

 彼らが、まるで対等であるかのように顔を突き合わせる場面(シーン)など。

 

 ……対外的に知れ渡っている情報を元に判断すれば、の話ではあるが。

 

「――さて。まずは来訪の理由を尋ねようか」

 

 ピンと張り詰めた緊張が支配する場で、口火を切ったのはフィンだった。にこやかな笑みを浮かべる小人族(パルゥム)の勇者は、指を組んで正面を見据える。

 左側でガチガチに固まる、しかし真っ直ぐに視線を逸らさない少年、ベル・クラネル。

 右側で緊張した面持ちの、けれど真剣にこの場に臨んでいる少女、リリルカ・アーデ。

 その中央。両手を膝に置く静謐な、だが冷たい銀眼を光らせる小人――“灰”と視線を合わせ、フィンは応答を待った。

 

「フィン・ディムナ。貴公への貸しを返して貰う。私は今より一週間、アイズ・ヴァレンシュタインの貸し出しを望む」

 

 “灰”の要求は簡素だった。装飾も(へつら)いもない、直球の言葉。それを深く吟味したフィンは、すかさず言葉の太刀を返す。

 

()()()の貸し借りで、派閥を動かせと。君はそう言っているんだね」

「そうだ」

「いくら君とはいえ、それに僕が頷くと思っているのかい?」

「必要ならば代価を支払おう。この場合、私が差し出せるのは“ソウル売買”だ」

「……ソウル売買?」

「ソウルを通貨とした商い。私の持つ、『火の時代』に由来する物品、技術、あるいは“業”。それをソウルを介し、()()()()する。

 この時代に辿り着いてから、誰とも交わした事のない取引だ。おそらくはまだ、価値がある。

 故にその権利を、貴公らに与えよう。それを対価に私は、私の望みの達成を願う」

「――それでも否だと、僕が言ったら?」

 

 笑みを崩さないフィンは、機嫌の良さすら滲ませる楽しげな声色で質問する。それに“灰”は無感動に、だがはっきりと答えた。

 

「話は終わりだ。我々は去る」

「けれど、それで終わる君じゃあないんだろう? 次はどこへ話を持っていくつもりだい?」

「【フレイヤ・ファミリア】。そこでも駄目なら、【ヘファイストス・ファミリア】だな。とかく、心当たりのある派閥を片端から当たっていくつもりだ」

「そこまでする必要があるのかい? 極論を言ってしまえば、君は誰に頼らずとも目的を果たせるだろう? 『戦争遊戯(ウォーゲーム)』が成立した今なら尚更だ。

 なのに何故、君は代価を支払ってまで他派閥の『庇護』に入ろうとするのかな」

「今ではないからだ」

 

 フィンの物言いに一切揺れず、“灰”はただ持論を述べる。

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)が始まるまで、一週間の猶予がある。その間、『敵』に渡る情報は出来る限り抑制したい。

 貴公らほどの巨大派閥であれば、手を出せる者も限られる。一時であろうとその内側に在れば、私は私を開示せずに済む。

 ()()()は、一週間後の先だ。それまで私は伏せねばならない。私の持つ――あらゆる手段の全てをな」

「成程……つまり【ロキ・ファミリア(ぼくら)】に、()()()になって欲しい。君はそう言っているわけか」

「そう取って貰って差し支えない」

 

 無表情で肯定する“灰”の言い分は、しかし都市最大派閥に要求するにはあまりにも無茶な内容だ。

 【ロキ・ファミリア】を、隠れ蓑にする。この場合、【アポロン・ファミリア】の干渉と監視、情報流出を防ぐ意味合いで矢面に立てと言い張っているに等しい。

 同盟を結ぶ派閥同士でも面と向かって言えない要求だ。ましてや主神の仲が悪い、最大と零細では、まず不可能な内容である。

 しかし……笑顔で黙考するフィンは、やがて降参したと言うように両手を挙げ、唇を曲げた。

 

「やめよう。これ以上の腹の探り合いなんて時間の無駄だ。いつもなら、僕も団長としてそれなりに交渉するんだけど……君相手じゃあ、形無しだね」

「そうか」

「興味なし、か。相変わらずだね、“灰”。……さて、それじゃあそろそろ、君に回答を返そうか。

 【ファミリア】と主神の仲はともかく、君個人においては僕らは随分と親しくさせて貰っていると感じている。相応に世話になっているし、何より君には、大きな借りがある。

 それを加味すれば、これくらいの要求は飲んで然るべきだ。それが君に対する礼儀であり、僕らが返すべき恩義だろう。

 ――今までなら、ね」

 

 そこでフィンは笑みを消して、真剣な表情で“灰”に告げる。

 

「現在、君の所属する派閥、【ヘスティア・ファミリア】は【アポロン・ファミリア】と抗争状態にある。それは【アポロン・ファミリア】から仕掛けられたものだし、君、ひいては君の【ファミリア】に非はない。

 けれどその後が問題だ。君は神アポロンの眷族を蹴散らした後、相手の本拠(ホーム)に赴いてこれを破壊した。一切合切、文字通り更地になるまでね。

 そして――神アポロンを殺すべく、強大な火炎魔法を行使しようとした。それに間違いはないね?」

「ああ」

「ならば君は、未遂とはいえ『神殺し』を敢行しようとした大罪人に近しい。今の都市に巡っている噂はひどいものだ。【ヘスティア・ファミリア】は闇派閥(イヴィルス)である、すぐに追放、ないし主神の送還をするべきだ、なんて声も聞こえてくる。

 君がどう思おうと、『神殺し』はそれ程までに重い罪なんだ。君に関わった全てに疑義が及ぶ、拭い難い罪悪。正直、こうして交渉の場を持っている事すら、危ない橋を渡っている。

 今の君と関わりを持つ事は、【ロキ・ファミリア】の今後に暗い未来を齎すだろう。派閥の長として、一族の『勇者』として、それは認められない。

 だから君には、協力できない。今後一切ね」

「……」

 

 フィンの断言に、張り詰めた緊張の糸が更に引き絞られた。

 【ロキ・ファミリア】の有する第一級冒険者の面々が、凄まじい圧を発する。ぶわっと汗を吹き出すベル、唾を飲み込むリリルカ。“灰”だけがそれに、真っ向から圧を返す。

 都市最大派閥の最高戦力と拮抗し、呑み込む程の存在感。巨大な老木の如く、頼りない姿であろうと、“灰”はその裡に膨大な力を秘めている。

 容易くは倒れない。丁寧に座るだけの姿からは想像も出来ない言外の圧。それと睨み合い、形成された異様な空気は。

 

「――()()()()()()()()。僕としては、君の要求を受け入れるつもりだよ」

 

 フッと相貌を崩したフィンの、あっけらかんとした言葉で霧散した。

 

「勿論、アイズの貸し出しについては本人の同意が必要だ。けれどそれを差し引いても、君達の『庇護』、というより隠れ蓑になるのも(やぶさ)かじゃない」

「……」

「どうして、という顔をしているね。ベル・クラネル」

「えっ!? いやっ、そのっ!?」

「アハハ、そう驚かなくてもいいよ、というのは酷かな。芝居とはいえ、それなりの威嚇をしたからね」

「……芝居……?」

 

 かろうじてその一言を呟いたリリルカに、フィンは深い笑みを向けた。その後ろで威嚇を引っ込めたティオナが声を上げる。

 

「ねーフィンー、今の本当にやる必要あったの? アルゴノゥト君と小人族(パルゥム)ちゃんを怖がらせただけじゃない?」

「そうでもないよ、ティオナ。おそらく彼らは、“灰”に振り回される形でここに連れてこられている。目的も要求も、何一つ知らされてはいないだろう。

 そんな彼らに現状を説明するには、僕らが体を張って示すのが一番分かりやすい。だから“灰”が【ファミリア】を伴って訪れた場合は、一旦断って威嚇する。そう話したつもりだけどね」

「それは分かってるけどさー……なんか納得いかなーい」

 

 後頭部で指を組んで不満を露わにするティオナに、フィンは笑声を上げた。そして右隣に立つリヴェリアが引き継ぐように説明を続ける。

 

「本来であれば、我々もこんな真似はしない。しかし我が師、アスカとなれば話は別だ。

 同じ【ファミリア】である君達なら知っていると思うが、アスカは言葉が足らない時がよくある。特に、自分で決めた行動指針に関しては、言葉もなく行動する事でしか示さない。

 だからフィンは、君達がアスカに振り回されていると予測して、現状の説明が必要だと判断した。そうするのが、アスカにとって最も都合が良いだろうと言ってな」

「……どうしてそこまでして頂けるのですか? アスカ様を受け入れるのも、莫大なデメリットがあると今しがた仰られていたのに」

 

 立ち直ったリリルカが疑問を呈する。“灰”が主導する交渉に口を挟むのは怖かったが、【ロキ・ファミリア】は“灰”ほど恐ろしくはない。ある意味で麻痺した少女の感覚が、心中の疑問を言葉にした。

 

「決まっておる。“灰”が強いからじゃ」

 

 それに答えたのがガレスだ。腕を組むドワーフは、威圧を抑えてなお巨大な存在感を放つ“灰”を見る。

 

「儂らが推定したこ奴のLv.(レベル)は10――文字通りの世界最強、誰も敵わん『頂天』におる」

「「レッ、Lv.(レベル)10っっっ!?」」

「やはり知らされておらんかったか。そこは【ファミリア】の問題じゃから突っ込まんが……とにかく“灰”は、とてつもなく強い。それがオラリオや世界に知れ渡ればどうなると思う?

 ――受け入れる他あるまいよ。この世界で『強さ』とは絶対、一つの真実じゃ。どのように時代が動こうと、その存在を認めないわけにはいかん。

 そしてその時は、既に定まっておる。お主らの挑む戦争遊戯(ウォーゲーム)……その時こそこの時代は、“灰”という『頂天』を知る事となろう」

 

 呆然とする少年少女に呆れた顔をしながらガレスは語った。それは半ば確定した未来、【ロキ・ファミリア】の予測した既定事項だ。結果がどうなろうとも、それを前提に考えを進めなければ足元から瓦解しかねない。

 “灰”は、全てを変えながら、歩き続ける。いつか“灰”が表舞台に立つ時が来ると常々思っていたフィンは、リヴェリアとガレスの説明を総括した。

 

「分かってもらえたかな? つまり僕達が受けるデメリットは、ほんの一時期に過ぎない。()()の非難を凌ぎ、“灰”が戦争遊戯(ウォーゲーム)で力を示した後、おそらく世論は()()する。

 “灰”と呼ばれる小人族(パルゥム)を、世界が畏怖するようになる。その時、“灰”との繋がりを持つべきか持たざるべきか。

 僕らは前者を選択した、というわけさ」

 

 そこで言葉を切ったフィンは、未だ驚愕に包まれているベルを眺めた。まじまじと“灰”を見ていた少年はその視線に気付き、目を白黒させながら受け止める。

 

「ベル・クラネル。ここまでの話は、【ヘスティア・ファミリア】の団長である君への説明だ。“灰”にとってはこちらの事情なんて、全く興味がないだろうからね」

「そ、そうなんですか……すみません、ありがとうございます」

「気にしなくていい。おそらく君は知らないだろうが、彼女には随分と世話になっている。派閥に話を通すぐらいの義理は働くさ。

 それに正直言って、僕は【ファミリア】の柵を抜きにしても“灰”とは良い関係を築きたいと考えている。まあこの辺りの話は、それこそ“灰”には興味がないだろう」

「そうだな。私の望みを叶えてくれれば、それ以上はどうでもいい」

「ハハハ、はっきり言ってくれるね。それでこそ君だ。

 ……余談もここまでにしておこう。アイズ、“灰”のご指名だ。ベル・クラネルの鍛錬に、君も参加して貰いたいらしい」

「うん、いいよ……私も、そうしたいと思ってたから」

「アイズもこう言っている、()()()()も含めて、この一件で貸し借りは相殺しよう。それで良いかい? “灰”」

「ああ。では、ベル、アイズ。表に出るぞ。

 鍛錬を始める。今すぐにだ」

 

 スッと立ち上がって“灰”は応接間から出ようとする。それを呼び止めたのはリリルカだった。

 

「ア、アスカ様!? リリはどうすれば……!?」

「リリルカ。貴公は、“ソウル売買”の下準備だ。貴公が知る限りの『火の時代』の道具(アイテム)を、フィン・ディムナに伝えておけ」

「ええっ!? ちょっ、待ってくださ――!?」

 

 仰天する少女の声も聞かず、“灰”はさっさと応接間から出ていってしまった。呆然とそれを見送ったベルは、数秒経ってから表情を改める。「リリ、ごめん。この場をお願い」と頼んで、少年は灰髪の幼女を追いかけた。

 アイズも追随し、アマゾネスの姉妹と狼人(ウェアウルフ)の青年もそれを追った。残されたのはリリルカと、【ロキ・ファミリア】の三巨頭のみ。

 口を開けて見送るしか出来なかったリリルカは、ギギギと錆びついた歯車のように首を回して、にっこりと満面の笑みを浮かべるフィンと顔を合わせる。

 

「――どうやらそういう事らしい。“灰”に振り回される同胞同士、できれば仲良くしたいけれど、君はどうかな?」

「あ、あはは……そ、そうですね……」

(う、恨みますよ、アスカ様ぁ〜〜〜っ!?)

 

 精一杯の愛想笑いを貼り付けて心中で傍若無人な灰髪を呪うリリルカを、フィンはニコニコと眺めていた。

 それをハイエルフとドワーフが呆れた目で見ていたのは、完全な余談である。

 

 

 

 

 【ロキ・ファミリア】の団員達は、“灰”に対し複雑な思いを抱いている。

 『深層』で初めて目撃されて以降、“灰”は様々な形で【ロキ・ファミリア】に関わってきた。

 『深層』での異常事態(イレギュラー)、『新種のモンスター』の襲撃に対する魔法行使に始まり、リヴェリアへの師事、毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)に冒された団員の回復、幹部勢との模擬戦まで。

 【ロキ・ファミリア】は短期間で“灰”という存在に急接近している。しかしそれを実感しているのは上層部のみで、二軍以降、特に遠征に参加していない面々は“灰”に懐疑的な目を向ける者もいた。

 彼らの尊敬する冒険者が、都市の頂点に位置する【ロキ・ファミリア】の長達が気にかける価値が、“灰”にあるのかと。

 そして、ベル・クラネル。“灰”と同じ【ファミリア】である少年には、より一層強く、その思いを抱いていた。

 しかし、そうした者達はこの日――その考えを粉々に打ち砕かれる事となる。

 

 残像すら追えぬ、灰色の影。

 瞬きの間に立ち位置を何度も移動する幼女が、少年を強襲し、斬滅し、蹂躙する。

 吹き飛ばされ、血反吐を吐く少年。新雪のような髪は土と血の赤に汚れ、全身に斬り傷が刻まれ、片腕片脚があらぬ方向を向いている。

 

「立て、ベル。次だ」

 

 内臓も傷つき、呼吸するのがやっとの少年に、その言葉は無情に告げられた。古鐘のような、擦り鳴らされる掠れた声。震える腕を杖に何とか立ち上がる少年に幼女は動き――その四肢の骨を粉砕する。

 空に打ち上がる少年の絶叫。文字通り肉体を破壊される痛みに、転げ回る事も出来ない。壊れた人形のように横たわるしかない少年に、幼女は再度、同じ言葉を言う。

 

「立て、ベル。次だ」

 

 物理的に立つ事が出来ない状況に追いやっておきながら、そこには欠片の感情もない。只管(ひたすら)に、ただ只管に――少年に持ち得る力をぶつけ、超克させようとしている。

 それに少年は、泣きながら吼えた。【不転心誓(ダークサイン)】――損傷を無視させ、思い通りに肉体を動かすスキルの効果が、既に立てない少年を奮い立たせる。

 その姿に、しかし銀の半眼は何の感慨も抱かず……再び跳躍する灰色の影は、ボロボロの体を動かす少年を抵抗すら許さず、蹂躙した。

 

「立て、ベル。次だ」

 

 何だ、これは。

 眼前の光景に目を見開き、固唾を飲む【ロキ・ファミリア】の団員達は、一様に同じ記憶を想起した。

 あの幼女は、“灰”は鍛錬をすると言っていた。『神殺し』の噂が都市中に駆け回る最中、堂々と『黄昏の館』に姿を現し、団員達の制止の声を意に介さず、門前で待っていた団長(フィン)に連れられて本拠(ホーム)に入り、出てきたと思ったらそう告げた。

 訳が分からなかった。“灰”の物言いも、それを許す上層部も。どのようなやり取りがあったかは分からないが、アイズを筆頭とした若手の幹部勢は、少年にこれから味わう地獄を説明する“灰”を見つめるのみだった。

 

「ベル。一週間だ。この一週間で、私に出来る限界まで貴公を鍛え上げる」

「はい……!」

「これまで貴公には、基礎しか教えなかった。それは貴公が未熟であったからだが、私に『技』を教えられる素養がなかったからでもある。

 故に貴公には、『技』を扱う私と戦って貰う。その身が死の淵に迫るまで、何度(なんど)でも、幾度(いくたび)も、私は貴公を殺しにかかる。

 嫌だと言うなら、この場で述べろ。貴公が言うなら、私は止める」

「ううん、お願いします!」

「よろしい。いい返事だ。それ故にベル、心折れるなよ。

 これより貴公が味わうは、不死隊の(つるぎ)、ファランの刃。私と同じ『薪の王』――「深淵の監視者たち」が担った『狼の剣技』だ。

 それを貴公は、我が物としなければならない。受けろ、弾け、知って、盗め。それ以外の方法を、私は知らない。

 覚悟しろ。そして誓え――私の心臓に、貴公の刃を突き立てると。

 その時まで、私は決して、止まらない」

 

 その言葉は、果たして真実だった。“灰”は一切の容赦なく、少年を斬りつけ、追い込み、殺そうとしている。

 隠しもしない、純然たる殺意。見ているだけでも心胆が震え上がり、足が縛り付けられる恐ろしき幼女。

 もはや呻きも上げなくなった少年に、なおも「立て」と“灰”は言い、特大剣と短剣を構える。

 

 それを止めたのは、眦を決する金の少女だった。

 

「――やめて、アスカ。これ以上は、駄目」

 

 《デスペレート》を抜き放ち、血みどろの少年の前に立つ【剣姫(けんき)】は、深く洗練された闘志を纏い、“灰”と対峙する。

 

「貴公は後だ。アイズ」

 

 それに対し、なおも殺意を緩めない“灰”は呟く。

 

「何も教えられない私が、ずっとベルと戦った所で、辿り着く先は知れている。

 だから私は、貴公を選んだ。ベルを導く(つるぎ)の星。先導を担う先達の役目を、私は貴公に望んでいる。

 その他は、どうでもいい。たとえ私の前に立とうとも、私は私の為すべき事を全うする」

「……それでも、駄目。これ以上は、ベルが死んじゃう」

「まだだ。まだ死の三歩手前にいる。あと二歩、死に踏み込ませなければ、意味がない」

「…………どうして? ベルを見ていたいって、言ってたのに……」

「死線を越えなければ、人は成長しないからだ」

 

 悲しげに双眸を狭める少女に、“灰”は呟く。

 不死の見出した自明の理。“灰”をここまで歩ませた、ただ進み続けるだけの手段を。

 

「死は、生者にとって最も忌避すべきものだ。それはこの世に生まれた時から、生者に刻まれる抗えぬ本能。

 死に近づく程に、生は輝く。その命を薪に変えて、死に抗い、燃え盛る。

 故に私はベルを殺す。死の一歩手前まで追い込み、そして癒す。

 生と死の繰り返し。それに勝る成長を、私は知らない。

 ――それは貴公も、同じだろう?」

「……」

「私は示した。ベルは望んだ。ならばこの心臓に刃を突き立てられるまで、私は止まらない。

 それをベルが為せるかどうかではない。これが私の、為すべき事だからだ」

「……――なら、私も戦う」

 

 細剣を構える【剣姫(けんき)】は、剣先に凛然と言葉を乗せる。

 

「ベルの成長を、アスカが望むなら……私はベルに、戦い方を見せる。貴方に勝つために必要な全部を、知ってほしいから」

「好きにしろ。元より鍛錬は、貴公に任せるつもりでいた。貴公が必要だと思うのなら、そうするがいい。

 だが――」

 

 瞬間、“灰”は掻き消える。目を瞠り、振り返ったアイズが見たものは、ベルにとどめの一撃を刺し込んだ“灰”の姿。

 

「――アイズ。私は貴公とは、戦わない。ベルの盾、ただの障害として認識する。

 貴公の成長に付き合うつもりはない。貴公に払う関心は、最小限だ」

「……いいよ。アスカが、それを望むなら」

 

 エストを振り掛け、全快した少年を流し見て、“灰”はぺたぺたと距離を取る。

 立ち上がるベルと、並ぶアイズ。その一人と一つの障害物を見据え、“灰”は《ファランの大剣》を構える。

 

「――私もやるよ。このままアルゴノゥト君を見てるだけなんて、嫌だもん」

 

 それに加わったのがティオナだ。常日頃の笑顔を引っ込める難しい顔のアマゾネスは、《大双刃(ウルガ)》を振り回してベルの横に立ち並ぶ。

 

「構わない。多対一の時点で、同じ事だ」

 

 それを一言で捨て置いて、“灰”は鍛錬を再開した。

 

 それから、同じ事が繰り返された。

 ベルが必死に食らいつき、アイズが斬り、ティオナが暴れる。

 Lv.(レベル)2とは思えない能力(ステイタス)Lv.(レベル)6の隔絶した力。

 その全てを“灰”は踏み越え、一蹴する。著しい成長を遂げる少年が、歴戦の勇士である少女達が、防戦一方に追い込まれる程の猛攻撃。

 アイズとティオナが守り、導いてなお、ベルは()()()()()()。死の一歩手前、常道ならばそのまま死する致命傷を与えられ、されど少年は“灰”の手で引き戻される。

 繰り返す。繰り返す。ただ只管に、生と死を。無意味とすら感じる螺旋の最中、けれど彼らは成長する。

 彼らもまた、知らないのだ。命を賭し、高みに挑む。それに勝る成長など。

 故に――その何度目かに、狼の遠吠えが轟いたのは、必然だった。

 

「るォおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 乱入する。

 ベルに迫った『狼の剣技』を全力で蹴り、退けたのは、灰毛を逆立てる狼人(ウェアウルフ)の青年。

 牙を剥き出しにするベートは、驚くベルに吐き捨てる。

 

「勘違いすんじゃねえぞ、兎野郎。俺はただ、“灰”野郎と戦いに来ただけだ。

 アイツにとっちゃあ邪魔くせえ虫が一匹増えたくれーだろうが……んな舐めた態度、二度ととれねーようにしてやる。

 ――ボサっとすんな、立ちやがれ兎野郎! てめーも(オス)なら、女共の前で情けねえ姿を見せんじゃねえ!!

 “灰”野郎を、狩るぞッ!!!」

 

 殺意を放ち続ける幼女を睨み、ベートは吼える。それに感化されたのか、ベルもまた力強い表情で奮い立った。

 

「――そういう事なら、私も参加しようかしら」

 

 そして、もう一人。拳を鳴らして歩み出るアマゾネス、ティオネは腰の《湾短刀(ゾルアス)》を抜き放つ。

 

「アンタには悪いけど、私もベートと同じ、個人的な理由よ。

 ――私、アスカのこと嫌いなの」

 

 ちらりとベルを見たティオネはそう言って、“灰”の殺意と真っ向から向き合った。

 

「だから、戦う機会があるんなら喜んでぶん殴ってやるわ。泣いて謝るまでボッコボコにぶっ潰してやる……!」

「ティオネ……うん! やろう! みんなでアスカを倒すぞーっ!」

 

 ティオネの参戦に目を見開いていたティオナは、嬉しそうに笑って《大双刃(ウルガ)》ごと腕を掲げた。能天気な妹にティオネは呆れ、ベートは口端を吊り上げる。

 

「ケッ、やっと調子を取り戻しやがったか。似合わねーのに辛気くせー顔しやがって、バカゾネスが」

「なんだとーっ!?」

「はいはい、喧嘩は後にしなさい。珍しくベートが協力的なんだから。――アイズ、合わせるわよ」

「うん。みんなで、戦おう。――ベルも、一緒に」

「――はいっ! アイズさんっ!」

 

 圧倒的な実力差。勝ちの目などない戦いを前に、それでも彼らは笑い合った。拳を握り、前を見て、遥か高みに挑戦する。

 そしてそれを、心底どうでもいいと言うように。“灰”は見つめ、蹂躙する。

 繰り返される敗北。繰り返される生と死。それでも彼らは、心折れない。

 まるで物語の英雄のように――絶望なんて吹き飛ばして、果敢に挑み続けるのだ。

 

『……』

 

 それを見せつけられる、【ロキ・ファミリア】の団員達は。無言の胸中に、同じ思いを噛み締めた。

 

 ああ、分かった。認めよう――ベル・クラネルは、()()()()だ。

 

 【ロキ・ファミリア】の象徴、後世に名の残る第一級冒険者と同じように、少年は光り輝く道にいる。

 人々の心を打つ、英雄の証左。人々を駆り立てる『何か』を、あの少年も持っている。

 その過程がどうであったかは関係ない。今こうして見せられているのは、英雄の雛(アイズたち)に遥か劣りながらも、決して諦めないその姿勢だからだ。

 ベル・クラネルは、自分達とは()()。心に(わだかま)っていた嫉妬、羨望が、諦念へと変わっていく。

 ああ、そうだ。所詮自分達は、「名も無き者達」だ。英雄の率いた【ロキ・ファミリア】の一員、後世にはそれだけしか記されない、英雄足り得ぬ者達だ。

 そしてそれは――“灰”も同じ。あの強いだけの、恐ろしいだけの幼女は、どれだけ英雄の雛を打ち負かそうと、人々の希望となる『何か』を持たない。

 自分達と同じ、無名の語り部。後世に英雄の在りし日を語り継ぐだけの、残らぬ存在。

 

 【ロキ・ファミリア】の団員は、“灰”に対し複雑な思いを抱いていた。

 老木のような威容を誇りながら、何処か特別性のない幼女。どれだけ存在感があろうとも英雄とは不釣り合いに見える、枯れ木のような佇まい。

 それなのに、“灰”は強い。英雄を超える程に、彼らが届かぬ程に、遥か高みに位置している。

 その理由は、もう分かっている。今まさに、彼らは体現している。

 

 無名の彼らは、ただ立ち続け。それでも“灰”は、歩み続けた。

 

 その歴然とした歩みの結果が、こうして現れているだけだ。拳を握り、歯を食い縛る【ロキ・ファミリア】の団員達は。

 その光景を、ただ見続ける事しか出来なかった。

 

 

 

 

 『黄昏の館』が黄金に燃えている。

 夕焼けに染まる、削り出した炎のような塔の連なる長邸。その内側、訓練場を兼ねた広場で、五人の若者が一人の幼女と対峙していた。

 呼吸は必死という程に荒く、体中傷のない箇所が見当たらない。体力も既に限界だろう。

 特にひどいのが白髪の少年で、襤褸(らんる)も同然の衣服は血で真っ赤に汚れていた。

 

「ここまでだ」

 

 それでもなお、闘志を掻き消さない彼らを半眼で見据え、“灰”は中断を口にする。長邸の陰に佇む幼女は《ファランの大剣》をソウルに還す。

 

「後はアイズ、貴公に任せる。ベルを休ませるなり、更なる鍛錬をつけるなり、好きにしろ。

 私との戦いは明日、早朝に再開する。以上だ」

 

 それだけ言って、【魔法】をかけた“灰”はさっさとその場を後にした。観戦していた団員達が後ずさり、開いた道を闊歩して『黄昏の館』へ入っていく。

 記憶の道順を辿り、応接間へ。扉を開いた“灰”を出迎えたのは、リリルカの体当たりだった。

 

「ア、アスカ様の馬鹿ぁ〜〜〜っ!? 何ですかあのベル様への暴行はどう見てもやり過ぎですよいくら訓練とはいえ限度があるでしょう限度がなんでリリ一人だけ置いていったんですかおかげで勇者とかお呼ばれしてるのにお腹真っ黒のフィン様と一人でやり取りするハメになったじゃないですかリリの胃に甚大な被害が及んでますよこれからどうされるんですかまさか宿まで【ロキ・ファミリア】のお世話になるおつもりなんですかそれがまかり通ると思ってても実行しないでくださいよせめてやる前に事前説明ぐらいしてくださいもうリリは一杯いっぱいで泣きますよええ泣きますからね泣き喚いてやりますぅ――――!!!」

「リリルカ。話の要点は、一つに絞れ」

「うるさいですよこのスットコドッコイッ!! 人に常識を説ける立場だと思ってるんですか!? この不死脳! 頭亡者! 終いには糞団子ぶつけますよ……!? 本気ですからねっ!?」

「む……それは、不死の作法だ。死なずの礼儀をよく覚えていたものだな」

「あああ礼儀じゃないですよそれは冒涜の類だって言ったでしょうがぁああああああああっ!?」

 

 涙目になってポカポカ叩いてくるリリルカに“灰”は全く動じない。精神負荷(ストレス)の限界は見極めていたつもりだったが、流石に苦労をかけすぎたか――などと心中で考え、暴走しつつあるリリルカに【湖の霧】を吹きかける。

 そのままガクリと失神するように眠ったリリルカを抱きとめて、“灰”は今のやり取りに笑いを堪えていたフィンに尋ねた。

 

「手酷い事だ。リリルカに任せたのは私だが、加減してくれても良かったものを」

「そうしたつもりだけどね。中々どうして彼女は聡い。以前から『勇気』ある同胞だと思っていた手前、つい楽しみ過ぎてしまったようだ」

「では、次からは気をつけろ」

 

 それだけ呟いた“灰”は眠るリリルカを横抱きにして、応接間を出ようとする。それを呼び止めたのはにっこりと微笑むフィンだった。

 

「ああ、彼女も言っていたけれど、寝床の心配はしなくていい。乗りかかった船だ、客室の用意くらいはするさ」

「そうか。そのつもりはなかったが、用意があるというなら世話になろう」

「僕が案内しよう。本拠(ホーム)の都合上、立ち入られたくない場所もあるんでね」

 

 そう言って立ち上がるフィンに連れられ、“灰”はリリルカを抱えて『黄昏の館』を移動する。道中擦れ違う団員達が団長(フィン)直々の案内に驚いていたが、それを疑問に思う者はもういなかった。

 既に彼らは、見てしまっている。“灰”と呼ばれる凡人の、だがただならぬ歩みの果てを。

 

 屋敷の外れにある客室にリリルカを寝かせた“灰”は、そのままフィンに従い団長室を訪れていた。

 「少し話そうか」、そう提案したフィンに、特にやる事もないので乗った形である。

 以前も訪れたフィンの団長室。当時と代わり映えのない室内を見渡す“灰”は、ふと暖炉の上にかけられた絵画風織物(タペストリー)を見上げた。

 

 金糸や銀糸を用いた、一柱の女神が描かれた織物。槍を手に、多くの武器に囲まれる女神の姿を、“灰”は銀の瞳に映している。

 

「――それは『フィアナ』を象ったものだよ。興味があるかい?」

「ああ。だがそれは、貴公の話の後でいい」

 

 “灰”の肯定にやや驚いた反応を示すフィンは、その突拍子の無さも今更だと目を細める。一つ目をつむった小人族(パルゥム)の勇者は、まず自分の話題を切り出した。

 

「ベル・クラネルの鍛錬を見せてもらった。君はいつも、あんな事をしているのかい?」

「いや。あの鍛錬は特別だ。通常では為さない、命を懸けた『死闘』も同然。手元が狂えば死に至る真似は、恒常的には行えない」

「確かに、それもそうか。あれが日常だとすれば、ベル・クラネルの著しい成長にも説明がつくと思ってね。けれど違ったようだ」

 

 「まあ、見当はついてるけどね」とフィンは“灰”の薄い反応を見つめ、話を続ける。

 

「さて、それじゃあ君との『契約』の仔細を詰めようか。同胞の彼女、リリルカ・アーデとはそれなりに話したけれど、やはり鍵を握るのは君だ。

 君が確認し、承認しなければ進まない事柄もある。それをこの場で終えておきたい」

「いいだろう」

 

 “灰”の頷きを確認して、フィンは慎重に交渉を進めた。

 

 『契約』の期限は一週間。

 【ロキ・ファミリア】はその間、客室と一部団員を【ヘスティア・ファミリア】に貸し出す。

 貸し出す団員はアイズ、ティオナ、ティオネ、ベートの四名。

 目的はベル・クラネルの鍛錬。それ以外の運用または追加の場合、都度交渉の場を持つ。

 戦争遊戯(ウォーゲーム)への介入及び支援は一切厳禁。刺客への対処は例外とする。

 消費した物資、金銭に関してはリリルカ・アーデを通じて返済。これは“灰”の提案によるもの。

 【ロキ・ファミリア】は本『契約』を「“灰”の監視」と対外的に説明する義務を負う。

 報酬は“ソウル売買”。内容は“灰”の持つ『火の時代』の遺産、技能、新たな業も含まれる。

 

 『契約』は以上と相成った。詳細は別に羊皮紙に書き出し保存するが、おおよそはこの形である。

 フィンは勿論異議を唱えている。それは【ロキ・ファミリア】にとって()()()()()()()からだ。

 そもそもが“灰”との貸し借りに端を発する『契約』だ。貸し借りの解消以上に報酬を貰う必要はないし、そもそも貰おうとも思っていない。しかし“灰”は押し通した。恩義に縛られるよりは、物欲で結ばれた方がマシだと。

 また、鍛錬で知り得る“灰”やベル・クラネルの能力(ステイタス)に関する箝口令を敷かないのもいただけないとフィンは言ったが、“灰”は全てを「どうでもいい」の一言で一蹴した。

 

 「()()()()()()()()()()()」。“灰”の論理はそれに尽きる。

 常人、生者とは違う不死の永い時間。その感覚はいずれ全ての価値が消え去ると知っている。フィンの世代が生きる内は広まらずとも、千年経てば普遍の物となる。

 そうなる前に、切れる手札(カード)は切る。価値がある間に消費するという名目で、“灰”は【ロキ・ファミリア】に“ソウル売買”を()()()()()

 降って湧いた機会(チャンス)に対する彼らの反応。それは後の取引においても、“灰”の判断を左右する指針になると告げて。

 

(……何処までも自分本位。分かっていた事だけど、彼女は本当にベル・クラネル以外を顧みない)

 

 不承不承に合意したフィンは、改めて“灰”の有用性と危険性を考察する。

 

 “灰”と呼ばれる小人族(パルゥム)は、フィン・ディムナにとって特大の爆弾だ。

 フィンの野望である一族の再興、それはかつて小人族(パルゥム)の拠り所であった『フィアナ』に並ぶ存在になる事を意味する。

 だが“灰”は、それを超える。その在り様を世界に示すだけで、同胞(パルゥム)は新たなる希望を見出すだろう。

 しかしそれは、果たされてもいいのか? こうなってしまってはもう無意味な問い掛けだが、それでもフィンは考えずにはいられない。

 “灰”はベル・クラネルのみを尊ぶ。それはこの数ヶ月の交流でよく分かった。彼女にとって全ては一人の少年のためにあり、それ以上の意味を持たない。

 それ故に“灰”は、あらゆる手段を行使する。『神殺し』を敢行しようとしながら、都市最大派閥(ロキ・ファミリア)に正面から助力を求める行動が良い例だ。何者の都合も関係なく、“灰”はただ己を押し通すだけであり、そしてそれだけの『手段(ちから)』がある。

 おそらくはベル・クラネルの本質が『善性』であるからこそ、()()()()で済んでいるのだろう。もしも“灰”の尊ぶものが『悪』であったなら、迷宮都市(オラリオ)は――いや、世界は()()()()()()()

 何者よりも強く、また不死であるのならば、その答えが当然なのだ。だからこそフィンは、危ぶんでいる。

 

 今はいい。ベル・クラネルという『枷』が、“灰”を縛っている限りは。どのような結果になろうと、少年の生が続く限り、“灰”はフィンの望む一族(パルゥム)の『太陽』に近しい存在となる筈だ。

 だが、その後は? “灰”は死した少年をずっと尊び続けるのか? それとも新たな導きを見出すのか?

 その導きが、『悪』ではない保証が何処にあると言うのか。

 フィンには分からない。それは純粋に判断の材料が足りていないからだ。まだフィンは、“灰”のベルへの献身しか見ていない。それ以外の、“灰”自身の思想や本質、ましてや深海に眠る彼の王の存在など、予測の範囲にもない。

 『アスカたんを神と呼ばん方がええ』――手掛かりはロキの忠告、そして“灰”本人が語ったという物語だけ。それ以上は語らなかった、露骨に“灰”への態度を変えた主神の反応を鑑みても、“灰”にはまだフィンの知らぬ『爆弾』がある。

 

 それは小人族(パルゥム)の今後を左右するのみならず、世界の崩壊をも招きかねない『地雷』。おそらくはきっと、まだ爆発していないのが奇跡に等しい、“灰”の底知れぬ何かだ。

 それを見極めるまで、フィンはあらゆる可能性を考慮する。場合によっては『悪』と化した“灰”を討ち取り、『勇者』の糧とする未来をも。

 出来るかどうかではない。それを為さなければ、きっと世界は滅んでしまうのだ。“灰”と呼ばれる、たった一人の小人族(パルゥム)――たった一人の『個人』によって。

 

「これで、貴公の話は終わりだな。次は、私の番だ」

 

 執務机を挟んだ正面にいる“灰”を、フィンは見据える。

 

「先の話の続きだ。貴公ならば十分に、その語り部の資格があるだろう」

 

 平坦に呟く灰髪の幼女は、凍てついた太陽のような眼でフィンを見返していた。

 

「架空の女神『フィアナ』の神話――それについて、私は知りたい」

 

 その起伏のない銀の半眼の底を見ようとしながら――フィンは朗々と己の信仰する『フィアナ』の物語を“灰”に聞かせた。

 

 

 

 

 二日目の正午。

 ベルへの鍛錬を一時的に中断した“灰”は、貸し切りの応接間で一人の人物と見合っていた。

 【ガネーシャ・ファミリア】団長、【象神の杖(アンクーシャ)】――シャクティ・ヴァルマである。

 

「――まずは謝罪を。ガネーシャの命とはいえ、私は貴方に刃を向けた。それを謝らなければ、話し合いの場も持てないだろう。だから、謝罪する――済まなかった」

「良いだろう。私は許す」

 

 頭を下げるシャクティに、“灰”はただ頷いた。

 文字通りの、それは儀式。“灰”が自らに穿った楔を機能させるための形式だ。それを分かっている双方は、早々に儀式を切り上げ話を始めた。

 

「聞いているとは思うが、現在の都市の様子は芳しくない。特に貴方に対する一般市民の評判は最悪だ。【ガネーシャ・ファミリア】は混乱の収束のため動いているが、【ロキ・ファミリア】を交えた共同宣言でもしなければこの状況は収まらないだろう」

「その話は後でいい。フィン・ディムナがいなければ、通る話も通らない。

 用件は何だ――シャクティ・ヴァルマ」

「……」

 

 率直な“灰”の物言いに沈黙するシャクティは、その蒼い瞳に“灰”を映す。

 灰髪の小人。神々よりも以前から存在し続けているという、本物の不死。

 ガネーシャに明かされている、とある一件にも深く関わっている幼女に、難しい表情でシャクティは口を開いた。

 

「この事態で、私は貴方という人物を否が応でも受け止める事となった。

 “灰”……正直私は、貴方が怖い」

「……」

 

 無言で見つめ返す幼女に、シャクティは続ける。

 

「神々が定めた規則(ルール)、下界に敷いた絶対の禁則(タブー)ですらいとも容易く破ろうとする、貴方が怖い。

 ガネーシャが言っていた。『いかに『群衆の主(ガネーシャ)』と言えど、『群衆と不死の主(ニュー・ガネーシャ)』にはなれない。あの子は……神々(われわれ)では救えない』と。

 意味は分からなかったが、言わんとしている事はもう理解できた。貴方は、神々にすら縛られぬ存在。この時代の例外にして、途方もない力の持ち主。

 だからこそ問いたい。“灰”……貴方は、一体何処へ向かうつもりなんだ?」

 

 真っ直ぐに不死を見つめ、シャクティは問う。

 “灰”はただ、平坦に答えた。それが己の定めた、ただ一つの道であるが故に。

 

「決まっている。私の導きは、ベルだ。アレの行く末に、私は寄り添っているだろう」

「……ベル・クラネルか……年端も行かぬ少年に、世界の命運を委ねねばならんとはな……」

 

 「己の無力を、ここまで呪った事はない」とシャクティは自嘲した。膝に並ぶ握り締められた両拳が、彼女の葛藤を表しているかのようであった。

 暫しそうしていた麗人は、やがて拳の力を緩め、決然とした表情で“灰”と向き合う。

 そして深々と、幼女に頭を下げた。

 

「――“灰”。いずれ貴方の膝下で、都市の安寧が(おびや)かされる時が来るだろう。その時はどうか、都市に住まう無辜の人々を気にかけてほしい」

「……」

「【アポロン・ファミリア】との抗争の折、貴方が住人の逃げる猶予を容認してくれたのは知っている。そうでなければ【ガネーシャ・ファミリア(わたしたち)】も、神ヘスティアも間に合わなかっただろう。

 慈悲ではなかったのかもしれない。貴方にとってはただ、そちらの方が私益に適っていただけかもしれない。

 それでも貴方は、力を持たない人々の安全を(おもんばか)ってくれた。どうかそれを、これからも継続してほしいと――私は伏して願い出る」

 

 そこまで言って、シャクティは目を閉じた。頭を下げたままの麗人が見せるのは、懇願。

 己の無力を認め、世界の無情を悟り、諦念を抱えてなお人々を守ろうとする、気高い意志。それを銀の半眼に収める“灰”は、一つ息をついて眼を閉じた。

 

「顔を上げたまえ。シャクティ・ヴァルマ」

「……受け入れてくれるか?」

「保証は出来ない。あの時私が待ったのは、生者を嫌ったからに過ぎない。

 アレらは、無用だ。不死(わたし)にとっては害ですらある。元を同じくする、だが外れてしまったものに、生者は決して容赦しない。

 分かっている筈だ、シャクティ・ヴァルマ。()()を手助けする我々ならば。

 世界を敵に回すなど――ただただ面倒な事ばかりだ」

「……それを面倒で済ませるからこそ、私は貴方が恐ろしい」

 

 懇願を否定も肯定もしなかった“灰”にシャクティはもう一度頭を下げた。そして「個人的な用件はこれで終わりだ」と明言する。

 それを確認した“灰”は席を立ち、扉に立ち込める霧を取り払った。そのまま扉を開けると、そこには片目をつむる勇者が立っている。

 

「ンー、話は終わったかな? それとも僕が必要になったのかい?」

「後者だ、フィン・ディムナ。私に端を発する都市の混乱、その収束のため、協力を要請する」

「分かったよ。君との契約にもある事だしね。それじゃあ、中で話そうか」

 

 フィンを招き入れた“灰”は扉を閉め、再び霧を張る。次元を断絶する色のない濃霧は、室内で交わされる密談の全てを世界から覆い隠した。

 

 

 

 

 ベル達との死闘を経て深夜、“灰”はリヴェリアの私室に招かれていた。

 リヴェリアに施した魔術講座――その完遂を見届けるためである。

 

「【魔術】は『竜の二相』に始まり、『結晶の秘法』に終わる。一匹の古竜より始まった探求の道は、一旦は古竜の秘宝に終結した。

 だが魔術は、未だソウルの深奥に辿り着かず、道は続いている。

 霧に覆われた蒙なる荒野。それを啓くのは、貴公だ。リヴェリア」

 

 膝をつき、厳かに拝礼するリヴェリアに“灰”が向けるのは『王者の遺骨』だ。

 よもや室内で魔術を放つわけにもいかない。かと言って『黄昏の館』の訓練場は、『結晶の秘法』には手狭に過ぎる。

 故に【不死の闘技】。【カーリー・ファミリア】を通して『神時代』の人々にどのように作用するか存分に試した“灰”は、最も危険性のない方法でリヴェリアの実力を測ろうとしていた。

 傍目には数秒の礼拝。しかしソウルの体感では数時間にも及ぶ魔術行使を経て、“灰”とリヴェリアは【不死の闘技】より帰還する。

 

「うむ。申し分の無い魔術だった。貴公はもう、【魔術師(ソーサラー)】として一人前だ」

「……」

 

 遺骨をしまい、コクリと頷く“灰”を他所に、リヴェリアは肉体の感覚を確かめるように(てのひら)を開閉する。そして眼前に立つ幼女と視線を合わせ、今一度深々と拝礼した。

 

「――感謝する、我が師よ。貴方のおかげで、私はまだ見ぬ世界に辿り着く事が出来た。

 この身に為せる精一杯の恩義を、ここに示そう。本当に、ありがとう――アスカ」

「受け取ろう。だが、これからだぞ。リヴェリア」

 

 杖を両手に捧げられた感謝を受け止め、“灰”は立ち上がるようリヴェリアに促した。最初の魔術師となったハイエルフは、首を擡げる銀の半眼を見下ろす。

 

「ああ。お前と交わした『契約』は、これからだ。『火の時代』が築いた魔術の根幹と奥義は、全て私が受け継いだ。ならば私は、魔術を更に先へ進めなくてはならない」

「そうだ。私が貴公に望むのは、この時代における()()()()()()()()()()()。既に前例はいる。貴公に教えた【集う水流】、そして【火の一閃】はこの時代に生まれし魔術だ。

 片や『火の時代』の黎明期に存在した炎の魔術、失われた最古の再現である【火の一閃】。

 片やソウルと精霊との似通いより見出された、全く新しい水の魔術【集う水流】。

 どちらも貴公の同輩が生み出したもの。故あって名は明かせぬが、その力量は既に悟っているだろう」

「悔しい事にな。僅かばかりの差であろうとも、私が最初であったというのに。まだ見ぬ同輩は、既にお前との契約を果たしている。

 ああ、悔しい事この上ない。師の期待に応えられなかった弟子の苦悩とは、こんなにも歯痒いのだな」

 

 言葉とは裏腹に、リヴェリアは微笑んでいた。それは美しくも挑戦的な、冒険者の表情。

 己がこれより斬り拓く『未知』。そこに一歩先んじている何者かがいるのなら、超えてみせよう。

 師である幼女を見つめる翡翠の瞳に、その高潔な意志が宿っていた。それを観察した“灰”は、そう遠くない内に契約は果たされるだろうと考える。

 都市最強の魔道士。そう謳われるリヴェリアの生み出す魔術は、どれ程のものか――薄い期待を抱く“灰”の思考は、横槍に投げ込まれた声で中断された。

 

「しっかしまあ、訳の分からん事ぎょーさん書いてあるなあ、これ。そもそも何の文字かも分からへんし、リヴェリアはよく理解できたもんや。

 あっ、アスカたーん、ここ分からへんのやけど翻訳してくれへん?」

「「……」」

 

 師と弟子の交流に水を差す能天気な声に、ハイエルフと幼女の沈黙が重なる。頭痛を堪えるように目を閉じたリヴェリアが見れば、私室に備え付けられた事務机に我が物顔でロキが座っている。

 

「……何をしてるんだ、ロキ」

「んー? いやなあ、ドチビの奴がいつまで経っても神会(デナトゥス)()ーへんから暇過ぎて帰ってきたんやけど、アスカたんいる()うやないか。こら会わなあかん思て駆けつけたんや」

「それが、机の物を漁るのと何の関係がある」

「だってうちが部屋入っても気づかへんもーん。アスカたんは視線合ったのに無視されるし、うちはもう悲しゅうて悲しゅうて……」

「それは済まなかったが……おい待て、何をしている!?」

「んー? ラクガキ☆」

 

 広げていたスクロールに羽ペンで何やら書き込んでいるロキに驚倒し、リヴェリアはすぐさま柳眉を逆立てた。

 無理もない。なぜならロキが勝手に何かを書き足しているスクロールこそ、師である“灰”より賜った『黄金のスクロール』だったのだから。

 

「ロキ……!!」

「うひゃー!? リヴェリアが怒ったー!? 退散や、退散っ!」

「待て! 逃がすと思うか!」

 

 怒りのオーラを放つリヴェリアに大袈裟に慌てふためいてロキは遁走する。それを追うハイエルフが廊下に飛び出て数秒、「ぎゃーっ!?」と鳴り響く道化の声を“灰”は無言で聞いていた。

 一体何しに来たのだか。心中に浮かんだ薄い感情を暗闇に還し、幼女は予備のスクロールを取り出す。そして椅子の上に膝立ちになって机に予備のスクロールを置こうとし。

 そこで動きを止めた幼女は、僅かに眼を細めるのだった。

 

 

 

 

 “灰”が【ロキ・ファミリア】に滞在して既に三日目になる。だがなおも、ベルの地獄は終わらない。

 いや、地獄と形容するのは相応しくないだろう。少なくとも当の少年にとって、それは絶望的な破滅の嵐ではなく、(れっき)とした『死闘』だからだ。

 命を懸けた、格上との闘争。死の一歩手前で引き戻されると分かっていても、そんな程度でこの戦いが偽物だと思い知る事はできない。

 

「立て、ベル。次だ」

 

 もう何度聞いたかも分からない、家族(アスカ)の言葉。エストを振り掛けられ、あるいは【奇跡】の使用で復活するベルは、抵抗も許されず蹂躙される。

 成長はしている。『技』と『駆け引き』も、以前とは比べ物にならないほど飛躍している。

 しかし、そうした高みに手を伸ばすごとに実感する、彼我の断絶した力の差。単純な力量、根底に蓄積された『経験』が、天と地ほどに隔たっている。

 ベルは言うに及ばず――少年の憧憬である、アイズ・ヴァレンシュタインでさえも。

 

「くっ――!?」

 

 攻め抜かれる。【魔法(エアリエル)】を発動し、仲間達と培った連携をもって挑んでも、“灰”はまるで意に介さない。

 アイズ達【ロキ・ファミリア】の幹部をただの障害とみなす、“灰”の最小限の関心。それは幾らでも付け入る隙のある明確な『弱点』だ。

 だがそれに、何の意味があると言うのか。アイズの『風』、それを受け取るベートの銀靴(フロスヴィルト)、ティオナとティオネの双子ならではの猛攻撃。

 

 ――その全てを鎧袖一触に斬り払い、“灰”は執拗にベルを狙い続ける。

 

 暴威を前に蹴散らされ、辛うじて放つ反撃も《ファランの大剣》の短刀で弾かれる。特大剣と短刀という異様の二刀流は、深淵狩りによって昇華された『狼の剣技』を存分に振るう。

 反撃を『パリィ』され、大きな隙を晒すアイズ達を“灰”は素通りした。屈辱に、悔しさに身を焼かれる彼らに興味などないと言うように、“灰”はただベルを付け狙い、斬り伏せる。

 

((――――ああ、なんて遠いんだろう))

 

 ベルが、アイズが、同じ想いを心に抱いた。

 その姿は美しく、その眼は恐ろしく、その力は何者よりも強い“灰”。

 斬り伏せられる度に、家族の辿った道の遥か険しさを思い知る。打ち払われる度に、冷たくも暖かな幼女の強さを理解する。

 

(だから――逃げてなんていられない)

(だから――心折れるなんてできない)

 

 ベルは不転を心に誓う。アイズは持てる全てをぶつける。

 ベートも、ティオナも、ティオネもまた、決して諦めない不屈の精神を柱に、ただ一人の不死に立ち向かう。

 燃え上がる命、猛る魂の輝き。ソウルを嗅ぎ取る不死の瞳が、彼らの肉体をも超越しようとする(ソウル)を映し――

 

「――ここまでだ」

 

 いつしか地平線に沈んだ太陽を背に、“灰”は三日目の終了を宣言した。

 

「はっ、はっ、はっ……!!!」

 

 誰も声を上げられなかった。全霊を絞り尽くした彼らは息も絶え絶えに、だが地に崩れる事だけは意地でもやらない。

 それらを一瞥して、【太陽の光の癒し】と【修復】を行使した“灰”は『黄昏の館』へと消えていった。

 残されるベルと、装備だけは復元されたアイズ達。膝に手を突いてゼーゼーと必死に呼吸する少年よりも早く立ち直った【剣姫(けんき)】は、少年の呼吸が整うのを待ってから声を掛ける。

 

「今日も、勝てなかったね……」

「はい……」

「反省と、対策。それからアスカを倒す作戦、考えようか……」

「はい……!」

 

 どれだけ打ちのめされてもめげない姿勢を見せるベルにアイズは微笑んで、まずは反省点を指摘する。

 ティオナとティオネもそれに参加する。ティオネは義理で、ティオナは少年の力になりたいからだ。

 「ケッ、やってらんねーぜ」とベートだけは吐き捨てた。膨らんだ尻尾を振って立ち去る狼人(ウェアウルフ)の後ろ姿を、ベルは“灰”と重ねる。

 孤高を貫くベートの背は、どこか“灰”と似通っている。全ての別離を受け入れているかのように、だが決定的に違う部分があの二人にはある。

 それが何なのかは、ベルには分からない。ベートの内心も、“灰”の心も知れなかった少年は、だからこそ今一度決意した。

 

 何があっても、アスカから逃げない。これからも家族で在り続けるのだと――少年は誓い、この死闘を乗り越えるために全てを懸ける。

 

 

 

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)が成立してから三日間、ヘスティアは仮病に臥せっていた。

 アポロンの眷族に追い回されて体調を崩したと見え透いた看板を立てて、とにかく時間を稼いでいたのだ。

 己の眷族達の近況は聞いている。ミアハやナァーザが都市を歩いて拾ってくる情報は、はっきり言ってひどいものだった。

 【ヘスティア・ファミリア】は闇派閥(イヴィルス)である。特に灰髪の小人族(パルゥム)はその筆頭である。『神殺し』をも恐れぬ大罪人。下界の摂理に剣を向けた忌まわしき小人。

 現在は【ロキ・ファミリア】に監視されていると聞くが、それに腹を立てて暴れていると『黄昏の館』より響く戦闘音に住人は噂を立てていた。都市中からそればかりが聞こえてきて、ベルやリリルカの話はほとんどない。

 

 これが“灰”の、アスカの望んだ事なのか。全ての恐怖、排斥を一身に集め、たった一人だけで背負う。その結果が別離であったとしても、ベルが無事ならそれでいい。その考えを理解してしまうヘスティアは、唇を噛み締めて自分の不甲斐なさを呪った。

 

(主神のボクには、時間を稼ぐ事しかできないなんて……本当にボクは、アスカ君に何もしてあげられない……)

 

 申し出は幼女からだった。それでも受け入れたのはヘスティアだ。子であり、家族であるアスカに報いる事のできない自分をこれでもかと罵って、キッと表情を改めたヘスティアは堂々と扉を開けた。

 摩天楼施設(バベル)30階、神会(デナトゥス)の会場。悪びれない顔で遅刻の謝罪をするヘスティアにアポロンは苛立った声を上げる。それをヘスティアは受け流し、ミアハが補強して拳を握るアポロンに、ロキがパンパンと手を叩いて神会(デナトゥス)を始めさせた。

 戦争遊戯(ウォーゲーム)の勝者が行使できる権利、絶対の要求はベル・クラネルを貰うことだとアポロンは告げる。敗北した場合は何でも言うことを聞くと宣言する男神は、しかし内心に大いなる焦りを抱えていた。

 

 アポロンの最強の眷族、ヒュアキントスの容態は良くない。一命は取り留めたものの、全身の皮膚が炭化する程の雷を浴びた青年はつい先程やっと意識を取り戻したと報告があったくらいだ。

 他の眷族も似たようなものだ。半数が壊滅し、残っているのは前衛ばかり。吹き飛んだ本拠(ホーム)から掻き集めた財を全て使い、他派閥に借金までして治療と立て直しを図っているが、組織としての全力を既に出せない状況であるのは明らかだった。

 

 それを知る、金の無心をされた派閥の神々がアポロンに野次を飛ばす。面白おかしい娯楽を楽しみたいだけの愉快神どもは、単なるいじめでしかないと思っていた戦争遊戯(ウォーゲーム)に立ち込める暗雲を嬉々として笑っていた。

 

「――ヘスティア。戦争遊戯(ウォーゲーム)の形式を決める前に、一つ問い詰めたいことがある!」

 

 だからアポロンは、立ち上がって声を張り上げた。指差されたヘスティアは驚くも、決してしくじれない場面であるだけに毅然とした態度で立ち向かう。

 

「何だい、アポロン。ボクの何を問い詰めたいって言うんだい?」

「決まっている――君が隠していた不正についてだ!」

「なっ――!?」

 

 思いもよらぬアポロンの発言にヘスティアも立ち上がる。見に覚えのない疑惑に、幼女神は反論した。

 

「バカなことを言うな! ボクがいつ不正を働いたって言うんだい!」

「ああ、なんと嘆かわしい。ここにきてしらばっくれるなど、慈愛の女神の名が泣くぞ?

 なぜなら君の不正は明白だ――あの忌々しい灰髪の小人族(パルゥム)を、Lv.(レベル)1などと申請していたのだからな!」

「っ!?」

 

 目を見開くヘスティアに、ここぞとばかりにアポロンは畳み掛ける。

 

「ギルドに提出された冒険者登録を調べさせてもらった。その結果、君の【ファミリア】に所属する団員はLv.(レベル)2が1名、Lv.(レベル)1が2名だと確かに記録されていた!

 しかぁし! あの灰髪の小人族(パルゥム)は明らかにLv.(レベル)1ではなぁい! 私の眷族を痛めつけたのみならず、我が本拠(ホーム)をも破壊したあの魔法! どのような『神の恩恵(ファルナ)』を持とうともLv.(レベル)1ではあれほどの力は使えない!

 故にヘスティア、君は不正を働いたのだ! Lv.(レベル)詐称という、許してはならない罪をな!」

「そ、そんなことあるもんか! アスカ君は何も偽ってなんかいない! 全部あの子の力だ!」

「往生際が悪いぞぉ、ヘスティアぁ〜? それが事実だとしても、『神の力(アルカナム)』で改造した可能性は捨てきれまい」

 

 うろたえるヘスティアにアポロンはニヤリと笑う。

 ベル・クラネルを手に入れるためにアポロンは入念な下調べをした。だが灰髪の小人族(パルゥム)に関してはあまりに荒唐無稽な情報であったため除外してしまった。

 その結果がこれならば、それを逆手に取る。ギルドの公式情報がLv.(レベル)1である以上、何らかの不正が関わっているのは間違いないのだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。よもや『古代』に存在した『本物の英雄』ではあるまいし、アポロンは勝利を確信する。

 

「あの灰髪の小人族(パルゥム)、“灰”と言ったか。名すら偽っているとは滑稽極まるが、そのような不正の存在を公正なる戦争遊戯(ウォーゲーム)で許してはおけない!

 故に私はここに自明を宣言する! 不正なる存在、“灰”はこの戦争遊戯(ウォーゲーム)に参加厳禁だとな!」

「そ、そんなことを許すかぁーっ!?」

「――ならば()()に聞こう。それが一番手っ取り早いだろう?」

 

 激高するヘスティアを鼻で笑って、アポロンはパチンと指を鳴らす。途端、閉められた扉が開き――その仄暗い奥底より、一人の小人族(パルゥム)が歩み出る。

 

 生まれより伸びる灰色の髪。凍てついた太陽のような眼。白く美しい、神の如き美貌。

 

 その肉体を薄い魔力の衣で包む小人族(パルゥム)――“灰”は、男神が歓声を上げ、女神が嫉妬する程に美しい姿をしていた。

 

「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」」」

「あれがアポロンを殺そうとした子供か!」

「美しい……」

「可愛えーっ!」

「あんな姿(なり)で『神殺し』しようとするとか、マジヤバくね!?」

「「「「やっべええええええええええええええええええええええええええっ!!!」」」」

「綺麗ね……」

「チッ……可愛い」

「中身はともかく、外見は完璧だわ」

「何あの胸……ロリ巨乳(ヘスティア)の眷族はロリ巨乳ってこと?」

「「「「羨ましい……」」」」

 

 好き勝手に声を上げる神々は一頻り騒いだ後、一人、また一人と口を閉じた。爛々と輝く神々の目が映すのは、アポロンと灰髪の小人族(パルゥム)だ。

 皆が好奇の視線を向ける。ニヤニヤと口角を上げる神々を片手を上げて制し、アポロンもまたニヤついた笑みで“灰”を睥睨する。

 

「こうして会うのは二度目か……我が愛しい子らを傷つけし者よ」

「……」

 

 アポロンの声に特に反応せず、“灰”は神々を流し見て、ヘスティアに眼を止める。かつて暗月の神が纏った月光の薄衣を羽織る幼女は、可愛らしい手でヘスティアを手招きした。

 

「アスカ君! どうしてここに……!?」

「招致されたのだ、致し方あるまい。それよりヘスティア、『(ロック)』を外せ」

「!?」

「呼ばれた理由など分かっている。時間が惜しい、手短に済ませるぞ」

 

 歩み寄ったヘスティアに一方的にそう言って、“灰”は豪快に上衣を脱いだ。

 肌着も下着もない幼女の素肌が露わになる。たぷんと揺れる神々しい双丘に男神どもが喜色満面で立ち上がった。

 歓声や指笛が飛ぶ会場で、“灰”は一切の関心を示さない。裸体を見られる羞恥など今更感じる事もない不死は、堂々とその場に立っていた。

 「み、見るんじゃなーいっ!?」と慌ててヘスティアが“灰”の灰髪で前を隠す。途端、男神どものブーイングが席巻するが、ヘスティアは本気で威嚇し返した。

 そんな男神どもを女神達は汚物を見るような目で見ていたという。

 

「――ロキ」

 

 その渦中に、古鐘の声は擦り鳴らされる。男神に交じって歓声を上げていた道化の女神は「あん?」とその声に反応する。

 

「来い。貴公に私の【ステイタス】を見せてやる」

 

 続けて放たれた言葉に場は一瞬で静まり、代わりに熱気が支配した。ここにいる七割の神々が浮かされる、好奇の熱。それの行く先は“灰”と、指名されたロキだ。

 

「……うちでええんか?」

「誰でも構わん。さっさと来い」

 

 一応の確認を挟んだロキは、「しゃーないなあ」というポーズを取りながら浮足立ってやってきた。

 道化の女神だ。それくらいの演技、事もない。「ホレ、はよせいドチビ」と『(ロック)』の解除を急かすロキにヘスティアは狼狽える。

 “灰”の指名だ、ヘスティアの口出しは無意味だろう。しかし公衆の面前で『神の恩恵(ファルナ)』の『(ロック)』を解除するのも心情的に踏ん切りがつかない。

 

「――待て! ロキでは駄目だ!」

 

 悩むヘスティアの思考に水を差したのはアポロンだった。彼もまた“灰”の裸体に見惚れていた一柱であるが、煩悩を振り払い疑義を呈する。

 

「そこの小人族(パルゥム)は【ロキ・ファミリア】の監視下にある! しかし何らかの裏取引が関わっている可能性は否定できない!」

「あぁん? なんやアポロン、うちを疑うって言うんか?」

「そうではない! 不正の確認は公正な神の手に委ねるべきだと――」

「フレイヤ」

 

 アポロンの台詞を、“灰”は一言で斬り捨てた。一種の圧、神々すら押し黙る(ソウル)を僅かばかり言葉に込めた幼女は、嫣然(えんぜん)と微笑む美の女神と視線を交わす。

 

「足らぬそうだ。貴公が補え」

「あら、私で良いのかしら?」

「誰でもいいと言った筈だ。本来、このような余興に付き合っている暇など、私にはない」

 

 「だから早くしろ」と言外に発する幼女に、フレイヤはおかしそうに笑って「偶にはこういうのも良いわね」と立ち上がった。

 

「おい、私を差し置いて勝手な真似をするではない!」

「ならば貴公も選べ、アポロン」

「なにっ」

「三度も同じ事を言わせるな。私は【ステイタス】を開示する。その為だけにこの場にいる。

 だが貴公では駄目だ。これより我らは戦うのだからな。故に、貴公が信を置く(もの)を、一人選べ」

「ぐっ……!?」

 

 アポロンは声を詰まらせた。とっさに指名する神を選べなかったからだ。

 ここにいる神々の七割の視線がアポロンに殺到する。俺を選べ私を選んでと好奇と圧に満ちた神々は、別の意味で信用できない。

 なにせ娯楽を楽しむことしか考えていない愉快神どもだ。アポロンの不利になるような判定を下すとも限らない。

 

「――ヘルメス。我が友よ、君に全てを委ねよう」

「えーと……本気(マジ)?」

 

 一斉に視線が集まる中、自分を指差すヘルメスにアポロンは厳かに頷いた。中立を気取る姿勢(スタンス)のヘルメスならば、少なくとも不正の有無ははっきりさせる。

 指名された優男は「参ったな」と困り顔をしつつも、“灰”という『未知』を前に抗えない神特有の飢えを見せる。

 つまり、退屈を吹き飛ばす娯楽。幼女の元に集った三柱を横目に、“灰”は再度ヘスティアに告げた。

 

「ヘスティア。私の『(ロック)』を外せ」

「アスカ君……」

「貴公との約束を、破る事になる。だが、致し方ない。それが規律(ルール)の範疇ならば、私もそれに則ろう」

 

 有無を言わさぬ銀の半眼に、ヘスティアも覚悟を決めた。“灰”の力が知れ渡れば、不正を疑われるのも無理ならぬこと。アポロンの思惑はどうあれ、この状況はいずれ訪れていたと察して。

 佇む幼女の背にヘスティアは一滴の神血(イコル)を落とす。淡い波紋が広がり、彫像のように整った白い背中にヘスティアの眷族の証たる『神の恩恵(ファルナ)』が現れた。

 それを覗き込む三柱。数秒の間、上から下まで完璧に精読した神々は――三者三様の反応を示す。

 

「……フ、フフ――アハハハハハハハハ!」

 

 突然笑声を上げたのは、フレイヤだった。普段の彼女からすれば珍しいという言葉でも足りない、口元を手で覆うくらいの大笑。

 その横でロキは(しか)めっ面をしていた。道化の女神らしからぬ、痛ましいものを見るような目。それも一瞬で、すぐさま道化の仮面を被る。

 そして、ヘルメスは。

 

「――ああ、ああ! なんてことだ!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()――幼女神の口を塞いで、高らかに声を張り上げた。

 

「【魔術】! 【呪術】! 【奇跡】! 魔法が三つも発現している!

 しかもなんだこの説明文は!? 『ウロコのない白竜が探求したソウルの業』とは何だ!? 『火の魔女が創造した混沌の炎を扱う(すべ)』とは!? 何より『神々の物語を学び恩恵を受ける祈り』! まるでオレ達の神話から魔法を形作ってるかのようじゃあないか!

 それだけじゃあない、これは単体の魔法じゃなくて分類(カテゴリー)だ! 詠唱式もない、それはつまり、おそらく彼女は三つ以上の魔法を使える!」

「むーっ!?」

 

 ヘルメスの突然の凶行にヘスティアは目を剥く。

 まさかの、【ステイタス】の読み上げ。ヘルメスの行いはまさしく凶行だ。神々の目前で『神の恩恵(ファルナ)』を開示することでさえ有り得ないというのに、それを読み上げるなど以ての外。

 しかし止められない。不意を打たれたヘスティアは完全に拘束されている。優男とはいえ男神と幼女神、力の差は歴然だった。

 

「ヘルメス!? 貴方何やってるの!?」

「それは許されんぞ!」

「今すぐその行いをやめよ!」

 

 ヘファイストス、タケミカヅチ、ミアハが次々に立ち上がる。当然だ、ヘスティアの盟友として、これを放置する訳にはいかない。止めに走ろうとする三柱は、しかし周囲の神々の手によって阻まれる。

 それもまた当然だった。娯楽に飢える神々が、それに狂喜しない理由がないからだ。泥を他神(たにん)が被ってくれるなら尚更である。

 

「そしてスキル! これはすごいぞ、見たことがない!」

 

 ヘルメスの凶行は続く。ヘスティアの必死の抵抗を何とか取り押さえ、背中に描かれし『神の恩恵(ファルナ)』の内容を読み上げる。

 

「【暗い魂(ダークソウル)】! このスキルの効果は破格だ!

 

 ――――不死となる! それは即ち、彼女が不死身ということだ!」

 

 シン、と静まり返る神会(デナトゥス)。次の瞬間、静寂は爆発した。

 

「「「「――な、何だってええええええええええええええええええええっっっ!?」」」」

 

 ヘルメスの爆弾発言は正しく起爆した。熱狂の渦に叩き込まれる神々に、優男は読み上げを続ける。

 

「このスキルの説明文は四つある!

 一つ、『不死となる』! 二つ、『死亡する度に人間性を損失する』! 三つ、『完全に死亡するまで致命傷を無視して戦闘続行可能』!

 これらを解釈するに、彼女は本物の不死だ! 本当の不死身だ! こんなスキルがあるなんて――こんな子供がいるなんて、ああ、思ってもみなかった!」

「……くっくっくっ、ふあーっはっはっはっはっ! どうやら化けの皮が剥がれたようだな、ヘスティアぁ!? 三つ以上も使える魔法、不死身のスキル! とてもLv.(レベル)1では有り得まい!」

 

 ヘルメスの凶行に面食らったものの、アポロンは勝ち誇る。ヘスティアの不正は今暴かれた、ならば後は自分の有利になるよう事を進めるだけだ。

 

「さあ、我が友、ヘルメスよ! 教えてくれ! その小人族(パルゥム)の本当のLv.(レベル)はいくつだ!?」

「ああ、ああ……その前に聞いてくれ、アポロン。スキルの説明文の四つ目だ。

 ――『【経験値(エクセリア)】獲得不可』。それが最後の説明文さ」

「…………なんだって?」

 

 勝ち誇った顔のまま固まるアポロンに、ヘルメスはもう一度同じ言葉を繰り返す。

 

「『【経験値(エクセリア)】獲得不可』。それがこの子のスキルの効果だ」

「ば、馬鹿な……呪いでもあるまいし、そんなスキルがあるわけ……」

「本当さ。俺は何一つ嘘をついてないぜ? この子の『神の恩恵(ファルナ)』は、成長しないんだ」

「……し、しかし、それが何だと言うのだ! 重要なのはLv.(レベル)、アビリティ! その小人族(パルゥム)の真のLv.(レベル)は――」

「――Lv.(レベル)1よ」

 

 狼狽えるアポロンの反論に被さったのはフレイヤの声だった。目元に溜まった涙を拭う美の女神は、喜悦の混じった微笑みを湛えながら歌うように言う。

 

Lv.(レベル)1、全能力初期値(アビリティオールゼロ)。それが、この子の【ステイタス】よ」

「あ、有り得ない……! そんな馬鹿な事があるわけ……!」

「嘘やない。うちとフレイヤ、あとヘルメスが保証するで。“灰”は、間違いなくLv.(レベル)1や。それもたぶん、最初に『恩恵』を刻まれてから全く成長しとらん。そうとしか考えられへん」

「……一体どういうことだ……! よもや『神の力(アルカナム)』による不正とでも言うのか……!?」

「あら、それこそ有り得ないわ。アポロン」

 

 “灰”の小さな背中を見下ろすフレイヤは、神々の自明を口にする。

 

Lv.(レベル)の詐称ならともかく、実際に『神の恩恵(ファルナ)』を見れば『神の力(アルカナム)』を使ったかどうかなんて一目瞭然でしょう?

 それとも貴方は、ヘスティアが神々(わたしたち)の目を掻い潜る『抜け道』を見つけたとでも言うのかしら?

 ――いいえ、それはないわ。だって私達は超越存在(デウスデア)――零能に身を落としても全知を名乗るからには、それが分からないなんて神失格(ありえない)でしょう?」

「ぐっ……!」

 

 フレイヤの正論にアポロンは反論の言葉を失う。その心中に過ぎるのは多大な焦燥だ。

 まずい、まずいまずいまずい! アポロンは不正の指摘に(かこ)つけて“灰”の不参加を要求する腹だった。そうしなければ勝利も同然の戦争遊戯(ウォーゲーム)が根本から引っ繰り返ってしまうと感じたからだ。

 己が眷族を信頼していない訳ではない。しかし現実に半数が敗れた以上、“灰”の存在はこの上ない不確定要素として場を掻き乱すことになる。

 だからアポロンは勝利を確実なものとするために、何としても“灰”を排除しなければならなかった。故に、足掻く。万が一にも可能性があるのなら、それを試さない理由はない。

 

「だ、だが! ならばその小人族(パルゥム)の力をどう説明する!? あれ程の力、何よりこの私を殺そうとした大罪(つみ)、受け入れるわけにはいかない!

 神聖なる戦争遊戯(ウォーゲーム)に得体の知れない存在の介入は認めない! どのような理由があろうとも、その小人族(パルゥム)の参戦を私は拒否する――」

「――ダメだ、アスカ君!!」

 

 その時。何とかヘルメスの拘束を解いたヘスティアの声と、服を着直した“灰”が動いたのは、同時だった。

 バガァンッッッ!!! と、アポロンの真横で甚大な破砕音が爆発する。一瞬で体を駆け抜けた暴風、耳元の爆音に何の反応もできなかったアポロンは、大量の汗を流しながらおそるおそる横を見る。

 そこには、巨大な鉄塊の如き大斧――《グレートアクス》が突き刺さっていた。

 

「――私には、何の興味もない」

 

 盛大に顔を引き攣らせるアポロンがはっと前を向けば、そこには大円卓(ラウンドテーブル)の上に立つ灰髪の小人族(パルゥム)がいた。

 銀の半眼で太陽神を見下ろす“灰”は、古鐘の声を擦り鳴らす。

 

「この戦争遊戯(ウォーゲーム)も、貴公の戯言も、私にとってはどうでもいい。

 私の参加を禁ずると言うのならそうしろ。その時はただ、貴公の眷族を()()()()にするだけだ」

「なっ……!?」

「手段など、私は選ばない。必要ならば貴公を殺し、この遊戯そのものを瓦解させる」

「わ、私を殺すというのか!? それは世界を敵に回すということだぞ!?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ああ……それならば、何とでも言えば良い。貴公が規律(ルール)の外側で戦うというのなら――私もそうしよう」

 

 神を見下ろす凍てついた太陽のような瞳には、忌諱(きい)もなく、殺意もなく、ただソウルだけが渦巻いていた。

 

「……おい、聞いたか、今の」

「ああ、聞いた聞いた。必要ならアポロンをぶっ殺すってよ……!」

「本物だぁ……! ひひっ、本物の『馬鹿な眷族(ガキ)』だぁ……!」

 

 その巨大なソウル故に、“灰”の真意は神には読めない。いやしかし、だからこそ、“灰”という『未知』に神々は狂喜し、囃し立てる。

 降って湧いた神々すらも見通せぬ存在。楽しまぬなら神ではない。楽しめぬなら神ではない。

 

「貴方、思ったよりも面白いのね」

 

 全ての用は済んだと言わんばかりにアポロンから離れ、帰ろうとする“灰”にフレイヤは声をかける。同じ色をした、だが暗黒と美麗に分かれる銀の半眼と銀瞳は、一瞬だけ絡み合った。

 

「だってそうでしょう? 『神の恩恵(ファルナ)』を受けておきながら、『恩恵(それ)』を否定しているんですもの」

「……『神の恩恵(ファルナ)』など、【誓約】と同じだ。私は『恩恵(これ)』に頼らない」

 

 美の女神とそれだけを交わして、

 

()()()だ、ヘスティア。三度目はない」

 

 己が主神にそう言い放った灰髪の幼女は、会場より立ち去る。

 扉が閉まる前。最後に“灰”は振り返り、ヘスティアの手でギタギタにされるヘルメスを見た。

 ()()()()、あの神は十分に働いた。惜しまぬ報酬を与えようと、そう考えて。

 廊下の暗闇に銀の半眼が光る中、それを閉じ込めるように扉は閉まった。

 

 

 

 

 またあの小人族(パルゥム)が神を殺そうとしたと、都市中で噂が駆け巡った。

 それは神会(デナトゥス)に参加した神々が喧伝したものだ。己の眷族に、道端の民に、面白おかしく楽しそうに神々は吹聴した。

 同時に、この戦争遊戯(ウォーゲーム)の行方を見守ろうとも念を押した。こんなにも興味を(そそ)()()()が、あと数日もすれば開催されるのだ。余計な邪魔は、見ていて()()()

 【ロキ・ファミリア】【ガネーシャ・ファミリア】の再三に渡る『“灰”の監視』宣言もあり、都市は表面上は落ち着きを取り戻している。

 しかしこの状況は、戦争遊戯(ウォーゲーム)が終わるまで変わらないだろうと――寝ずの番を遂行するラウル・ノールドは小さな溜息を吐いた。

 

「何だ? ラウル・ノールド」

「い、いえっ!? なんでもないっす!?」

 

 正面から飛んでくる幼い呟きに、ラウルは大袈裟に慌てふためく。

 うだつの上がらない人間(ヒューマン)の青年を見つめるのは、銀の半眼。神会(デナトゥス)から変わらない、月光の衣に身を任せる灰髪の小人族(パルゥム)だ。

 

「そうか。ならば良い。話を続けろ」

 

 “灰”はそれだけを呟いて、作業に戻る。客室に備え付けられた椅子に腰掛け、窓から差し込む月光を頼りに羽ペンを滑らせる幼女は、何時ぞやの編纂の時のように、とある物語の書き手となっていた。

 カリカリと、ペン先が羊皮紙に引っかかる音と、ラウルの声だけがする。

 

「…………あの。一ついいっすか?」

 

 何処か神聖な空気を発する“灰”に、話を終えたラウルはおずおずと声を掛けた。すると羽ペンがピタリと止まり、凍てついた瞳が再びラウルに向けられる。

 

「何だ」

「……その、“灰”は……――どうして、神様を殺そうだなんて、思えるんすか?」

 

 意を決するラウルの問い掛けは、『神時代』の人類であれば誰もが思う疑問だろう。

 

 『神殺し』。それは下界において最大の禁則(タブー)とされる絶対の罪だ。

 そもそも、なぜ神を殺してはいけないのか。それは(ひとえ)に、神の与える『恩恵』、『神の恩恵(ファルナ)』が、下界の摂理となる程に人類を支えているからである。

 人類社会は『神の恩恵(ファルナ)』を中心に回っている。何故ならば彼らには不倶戴天の脅威――モンスターがいるからだ。

 遥か昔より『大穴』より這い()で、人類を殺戮し続けた怪物達。抗っても抗ってもモンスターが尽きる事はなく、『最初の英雄』が現れるまで人類は絶滅の瀬戸際まで追い詰められていた。

 『最初の英雄』を旗印に、数多の英雄が生まれ、戦い、散った。僅かな大地に生き延びるのみだった人類は次々に土地を奪還し、そしてついには『大穴』にまで辿り着いた。

 迷宮都市の起源。『大穴』から溢れるモンスターの侵攻を防ぐ人類の壁は、『最強の英雄』によって黒竜が打ち払われたのち、神々の降臨した最初の場所となった。

 

 『古代』が終わり、『神時代』が幕を開ける。それは人類の可能性を花開かせる『神の恩恵(ファルナ)』の始まりであり、『神工の英雄』の芽吹きであった。

 『神時代』が始まって千年。『神の恩恵(ファルナ)』はモンスターに対抗する手段として、更なる叡智を得る補佐として、人類の存続を後押ししてきた。

 『神の恩恵(ファルナ)』はもはや、人類の手放せない摂理だ。そしてそれを与える神々は、決して失ってはならない超越存在(デウスデア)なのである。

 だからこそ――神を殺そうとする者は、人類の敵対者に他ならない。神々のルールによって、神は神しか殺してはいけないとされているのも――その実、神を殺そうとするのは、同じ神を除けば()()()()()()()()()()からだ。

 

 全てを失い、復讐に身を落とした善人も、迷宮都市(オラリオ)の崩壊を望む悪人も、()()()()()()()()

 それをすれば、モンスターに身を(やつ)したも同然だ。数多の人類を食い殺してきた怪物達。それと同じ存在に成りたがる人類は、誰もいない。

 何より、定命の者でしかない人類の行き着く先は()()である故に。神を殺せば魂が天に昇った後どうなるかは、想像に難くない。

 怪物は、全人類の敵である。『神殺し』は、モンスターも同然の行いである。そしてそれをすれば、輪廻転生すら望めないかもしれない。

 『神殺し』とは、世界を敵に回す大罪だ。己の未来、次の人生すらもかなぐり捨てる無謀の極みだ。

 

 そんなことを分かり切っている人類は、決して神を殺さない。だからラウルは問う。

 ()()()()()()()()()()()()――()()()()()()()()()()()()()()

 

「……妙な事を聞くな。貴公」

 

 蒼い月光の中にいる“灰”は、暗い銀の輝きを細める。

 そして一つ瞬いて、古鐘の声を擦り鳴らした。

 

「『神殺し』、か。私にとっては有り触れた……いや、それそのものが目的だったのやも知れん。今となっては、無意味な話だがな」

「それって、どういう……」

「ベルに出会うまで、原初の憧憬すら忘れていた私には、理由なんてどうでも良いのだよ。

 憎いから、必要だったから、あるいは邪魔だから。ただそこにいるというだけでも良い。

 私にとって『神殺し』など、『人殺し』と変わりない。『怪物殺し』ともさして差はない。

 皆、同じ事だ。あるのは程度の差だけで、本質は何も変わりない」

「っ……でも! 神様を殺したら世界を敵に回すんスよ!? 居場所がどこにもなくなるっていうのに、何で……!?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 人の世界では、不死(わたし)は呪われた化け物である。地上に怪物の居場所がないように、私に許される安寧などないのだ。

 ああ――だからこそ、今は何よりも貴い。それを守るためならば、世界など――()()()()()()()()()?」

「っ――!?」

 

 ぞくりっっ、とラウルは怖気立った。

 月光に揺らめく銀の光。闇の底から覗き込むその凍てついた輝きは、全てを平等に映している。

 “灰”にとっては、皆同じ。何もかもを平坦に見渡し、殺すか殺さざるべきかで二分している。

 ()()()()()()()。全てを考慮の外に置いて、ただそれだけを全うしている。

 

 ごくりっ、とラウルの喉が鳴る。回答を終えた“灰”は視線を戻し、【神聖文字(ヒエログリフ)】に似た文字で物語を書き綴る。

 その姿に、ある種の憧れにも似た、けれど決してそれではない感情を抱くラウルは――フィンの言葉を思い出す。

 

『“灰”を目指すのはいい、けれど“灰”のようにはなるな』

 

 その真意を、ラウルは今になって理解した。

 この幼女は、『異端』だ。ラウルの憧憬、【ロキ・ファミリア】の英雄達のように『正道』の中にはいない。

 誰にも理解されぬ、異端の道。それを突き進む“灰”は、間違いなく英雄ではなく、けれどそれに足る力を持った存在だ。

 高みを目指すのは、冒険者共通の真理。『正道』であれ、『異端』であれ、力そのものに貴賤はない故に、一見して“灰”はラウルのような凡人を自称する者の到達点に見える。

 

 だが、違うのだ。あの戦いを――ベル・クラネルが挑む『死闘』を見た今なら、痛いほど理解できる。

 導きなど何一つ無い、険しく無情な『異端』の道。それを歩み、突き進み、踏破してなおも前を向く“灰”は、凡人という言葉が陳腐に成り下がる程の壮絶な『経験』を経て強くなった。

 それは『正道』を望むラウル達が決して辿ってはいけない、禁忌の道。力という手段のために目的をも見失うような、全てを捨てて行く道だ。

 ラウルには出来ない。出来てはならない。その道の果てを見る事すら、『毒』に成り得る甘い罠。

 “灰”を目指すということは、ラウル・ノールドの全てを捧げるような危険な賭けだ。それ自体は冒険と変わりなく、それを三度乗り越えてきたからLv.(レベル)4の【超凡夫(ハイ・ノービス)】はいる。

 だが、その果てにまで辿り着いてはならない。それは全てを捨てるのと同義――仲間も、居場所(ファミリア)も、最初に抱いた憧憬(ゆめ)すら忘れる、力だけの修羅と化してしまう。

 

 “灰”は既に辿り着いてしまった。だから手遅れだ、もう戻れない。

 ラウル・ノールドはその道中にいる。『正道』の側には、常に『異端』の道が潜んでいる。

 フィンの忠告は、それを端的に表したものだった。憧憬(もくてき)と手段を、履き違えるなと。『英雄』と“灰”は隣り合っているだけで、決して交わる事はないのだと。

 

「……っ!」

 

 ラウルは指が白くなるほどに、拳を握る。

 ラウル・ノールドは常に諦観を抱いていた。所詮、自分は「名も無き一人」。どれだけフィンや上層部に一目置かれようと、自分では絶対に彼らに追いつけないという諦念がある。

 それでも、歯を食い縛って走ってきた。遥か前を走る彼らに少しでも近づけるよう、必死に足を動かしてきた。

 落伍する者、志半ばに倒れる者、共に走ってくれる仲間を見ながら。

 

 ――その全てを捨て去って、“灰”は英雄の先にいる。

 

 迷わなかったのだろうか。走る事さえ命懸けで、『正道』ですら遥か遠い道のりを、『異端』のままに歩く事を。

 ラウルには分からない。その辛さも、険しさも、眼前の小人が歩んだ足跡の長さも。

 けれど、これだけは分かる。

 

 “灰”は、諦めなかったのだ。どのような困難にも決して心折れず、歩み続けた。

 

(……自分だって……!!)

 

 その姿を見せつけられて、滾らないなら冒険者ではない。

 月光の降り注ぐ一室で、ラウルは強く、決意した。

 

 翌日。

 ベル・クラネルの鍛錬という名の『死闘』に、一人の人間(ヒューマン)が加わった事を――“灰”は何の興味もない瞳で見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラウル・ノールド

 Lv.(レベル)

 力:C601 耐久:C602 器用:C603 敏捷:C604 魔力:I0

 狩人:H 耐異常:H 逃走:I

 

《魔法》

 

《スキル》

人間性情(ヒューマニティ)

・人間性の蓄積。

・蓄積量に応じて『耐久』補正。

・人間性の消費による『運』の上昇。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベルの鍛錬を始めて五日目の夜。

 “灰”は新たなる眷族(かぞく)となった、二人の人間(ヒューマン)と対面していた。

 

「……成程。つまりは義理と、友情か。貴公らが、我らの派閥に加わったのは」

「ああ」

「そうなります」

 

 佇む幼女の前で直立不動を保つのは、ヤマト・(ミコト)とヴェルフ・クロッゾの二名だ。(ミコト)は一度は死地に追いやった【ヘスティア・ファミリア】を見捨てないため、ヴェルフは友であるベルを助けるため、それぞれの理由で改宗(コンバージョン)した。

 ヘスティアの姿はない。彼女は現在、ベルの過酷で残酷な『死闘』に驚倒し、ロキとの無駄な大喧嘩で体力を使い果たし、何ならアスカのことでずっと悩んでいたせいで心労が祟って寝込んでいる。

 改宗(コンバージョン)だけはしっかりやって寝込んだヘスティアを少しばかり労って、“灰”はこの場にいた。ヴェルフと(ミコト)の加入理由を聞いた幼女は、ふう、と透明な息をつく。

 

「理由はどうあれ、歓迎しよう。盛大にとはいかないが……新たな家族となったからには、私に拒む理由はない」

「……意外だな。姉御のことだから、てっきり俺達なんていらねえって言うと思ってた」

「ヴェ、ヴェルフ殿……」

 

 ヴェルフの率直な物言いに(ミコト)が困り顔をする。彼ほどはっきりとは言わないが、(ミコト)も同じ気持ちだったからだ。

 “灰”は強い。18階層の戦いでそれを嫌と言うほど理解している二人は、戦争遊戯(ウォーゲーム)趨勢(すうせい)がどちらに傾くか既に悟っている。

 

「ヘスティアが許したのだ、私に拒む権利はない。我らの派閥は、【ヘスティア・ファミリア】。ベルの家族である限り、私は受け入れ、助けよう」

 

 それを見透かして語る“灰”は、困ったと言うように腕を組んだ。

 

「しかし、今は時期が悪い。私はベルにかかりっきりであるし、夜は夜ですべき事がある。

 貴公らに使える時間は、少ないだろう」

「ああ、それは別にいい。姉御目当てで改宗(はい)ったわけじゃないしな。俺はベルの助けになりたいだけだ。

 ――それから姉御、できればあんたの助けにもな」

「微力ながら、助太刀致します!」

 

 ヴェルフが鉄のような意志で、(ミコト)が刃のようにはっきりと協力を申し出る。暫し思考に没頭した“灰”は、やがて可愛らしい唇を開いた。

 

「であれば、(ミコト)。貴公は明日からベルの鍛錬に加わる事を許可する」

「はい!」

「参加は自由意思だ。やめたければ何時でもやめろ。だが、貴公がそれを望むなら、私は決して手を抜かない」

「望むところです!」

「ヴェルフ。今日の夜は貴公に当てる。何か、相談したい事があるのだろう? 僅かばかりだが、私に出来る範囲で力になろう」

「……やっぱ見抜かれてるか。すまねえ、前言を撤回するようだが、胸を貸してくれ」

 

 張り切る(ミコト)と一旦別れ、“灰”はヴェルフを連れ立って『黄昏の館』の離れに向かった。

 見張りの団員に断ってから空の倉庫を借り、霧を張る。世界との断絶を図り、周囲に影響が出ないよう――おそらくはこれから始める『鍛冶仕事』の被害を出さないよう、“灰”は取り計らった。

 

「それで、ヴェルフ。私に何を相談したい?」

「……こいつのことだ。まずは、見てくれないか」

 

 ヴェルフは背負っていた荷物を取り、布を解いて“灰”に見せる。幼女の眼に映るのは、炎を凝縮したような鍔のない無骨な武器。そのソウルより読み取れる緋色の魔剣、《火月(かづき)》を眺める“灰”に、ヴェルフは呟く。

 

「こいつは俺が、【ヘファイストス・ファミリア】に入って最初に打った魔剣だ。ヘファイストス様に打てと言われて、仕方なく打った一本だ。

 ……俺は、こいつにずっと眠っていて貰いたかった。鍛冶師も使い手も腐らせて、寄り添うこともできず砕けていくなら、ずっと打ち捨てられて眠っていろと、そう思ってた。

 なのに俺は、あの黒いゴライアスと戦う時、こいつに頼ろうとした。そんで、何もできなかった。あの大男は、ベルを助けたってのにな。

 笑っちまうぜ……意地と仲間を天秤にかけて、無様に寝っ転がってただけなんだからな」

 

 深い自嘲と悔恨を相貌に浮かべるヴェルフは、それを振り払って“灰”と向き合う。

 

「俺は今度こそ、ベルの助けになりたい。口だけじゃない、友として、あいつの力になってやりたいんだ。

 だから、姉御――あんたにこいつを、受け取ってほしい。どうかこいつを、ベルのために役立ててくれ」

 

 そう言ってヴェルフは、《火月》を“灰”に差し出した。もう、意地と仲間は天秤にかけない。ベルのために、《火月(こいつ)》を砕いてやってくれと。

 

「……ふむ。くれると言うなら、受け取ろう」

 

 ややあって、コクリと頷いた幼女は緋色の魔剣を手に取った。刀身に手を這わせ、()()()()()()()()()性能を推測する“灰”は、思い出したように呟く。

 

「ああ。そういえば貴公に、言っていなかった事があったな」

「……? 何だ、姉御?」

「私は、()()()()()()()使()()()()()()()()()

「――なんだと!?」

 

 驚愕するヴェルフに、《火月》を検分しながら“灰”は続ける。

 

「以前説明した私の持つ魔剣、使用者の精神力(マインド)を消費する(タイプ)の魔剣だが、あれはどちらかと言うと魔剣の特質ではなく、私の性質だ。

 私は特殊な武器を使用する際、武器の耐久値を消費するか、己の精神力(マインド)を消費するか選べる。精神力(マインド)があればそちらを使うし、なければ耐久値を削る。

 それだけの事なのだが、貴公にとっては意味があろう。だから今、教えておく」

「……どうして今になって、そんなことを?」

 

 抜け切らぬ驚愕に陥りながらも問い掛けるヴェルフに、性能の類推を終えた“灰”は鍛冶道具を取り出しながら語った。

 

「貴公が、私の家族となったからだ。

 ヴェルフ。私は()()()()()()()()()貴公には一定の手助けをするが、それ以上を施すつもりはなかった。貴公自身の成長には、何の興味もなかったからな。

 だが、今は違う。貴公と私は、神血()を分けた家族となった。ならば私には、私の持てる全てで貴公を助ける義務がある。

 それが家族というものだ。それを私は、知っている。だから貴公、ヴェルフ・クロッゾ。これからも私を頼るといい。

 家族の成長は、喜ばしい。それが普遍と、いうものだろう?」

「……そうか。分かった、ありがとう――恩に着る、アスカの姉御」

 

 深々と頭を下げるヴェルフに、「貴公は家族だ、礼はいい」と“灰”は手を振った。小さな木椅子に座る幼女は、岩のような鉄床(アンビル)に《火月》を置く。

 

「さて、それでは私は、これから魔剣を()()()()が、貴公はどうする?」

「……打ち直す?」

「ああ。貴公には悪いが、これは魔剣としては優秀だが、武器としては落第だ。このままでは、使う気になれない。

 だから武器としての使用に耐え得るよう、()()()()。『火の時代』の鍛冶は既に知っているだろう?

 古きに新しきを刻み込む――既に完成した武装を更に昇華させる事に、火の鍛冶の真髄はある。私はそうするつもりだが、後学のために見ていくか?

 きっと貴公の、指針の一つとなるだろう。そのつもりで私は提案したのだが」

「……()()()()()()。なら姉御、俺にそれを()()()()()()()

「ふむ?」

「実は姉御の業を、『火の時代』の高度な鍛冶ってのを見てから、俺に新しい《スキル》が発現したんだ。

 正直、なんでこんな《スキル》が出たのか分からなかった。けどたぶん、きっとこの時のためだったんだと思う。

 だから、手伝わせてくれ。こいつはきっと、あんたの力になる」

 

 神妙な顔をするヴェルフは、新たな《スキル》の効果を告げる。

 

「――ほう。それは、興味深いな」

 

 それを聞いた、幼い不死は。値踏みの眼で鍛冶師を見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴェルフ・クロッゾ

 Lv.(レベル)

 力:I0 耐久:I0 器用:I0 敏捷:I0 魔力:I0

 鍛冶:I

 

《魔法》

【ウィル・オ・ウィスプ】

対魔力魔法(アンチ・マジック・ファイア)

・詠唱式【燃えつきろ、外法の業】

 

《スキル》

魔剣血統(クロッゾ・ブラッド)

・魔剣作製可能。

・作製時における魔剣能力強化。

 

残火双楔(エンバーリット)

・二重変質強化可能。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 六日目の正午。“灰”はギルド本部、万神殿(パンテオン)に足を踏み入れていた。

 再三に渡るギルドからの呼び出し。いい加減鬱陶しくなったので、一息に精算するためである。

 

「――以上が、アスカ氏に課される罰則(ペナルティ)となります。本来、貴方にこのような罰を下す理由はないのですが、アスカ氏の行いを重く見た上層部の決定によって――」

「御託はいい。早く手続きを済ませろ。私は急ぎ、ベルの元へ戻らねばならない」

 

 “灰”はエイナが読み上げる令状を切り上げさせる。ギルドより下った罰則(ペナルティ)――具体的には多額の罰金――を幼女はさっさとヴァリスで支払う。

 

「用件は済んだな」

「ええ、恙無(つつがな)く。アスカ氏の罰則(ペナルティ)の遵守、確認いたしました。今後はこのようなことがないよう、ギルドの規定に従ってください」

 

 ギルドの受付嬢として完璧な対応をしたエイナはそこで言葉を区切り、私情の混じった表情で“灰”に語りかける。

 

「……アスカ氏。貴方と私の関係上、このようなことを言っても意味はないのかもしれません。それでも、言わせてもらいます。

 ――どうか、ベル君の前からいなくならないでください。あの子にとって貴方は、何よりもかけがえのない『家族』。彼はきっと、そう思っているでしょうから」

「考えておこう」

 

 祈るようなエイナの言葉に適当な対応をして、“灰”はさっさとギルドから去っていった。

 小人族(パルゥム)の小さな背を覆う、灰色の髪。その後ろ姿を見送りながら、エイナは悲しそうに眉を下げる。

 

 “灰”に言いたいことは一杯あった。けれどそれをしても、あの荒んだ小人族(パルゥム)との認識の差を深めるだけだ。

 エイナと“灰”は、交わらない。生まれも育ちも、生き方さえ違う両者を繋げるのは、ベル・クラネルという白い少年。

 

(……いつまでもこうしちゃいられない。私は、私にできることをやろう)

 

 自分の頬を叩いて気合を入れたハーフエルフは、ひとまず上層部への陳情書をまとめ上げる。

 今回の“灰”への罰則(ペナルティ)は異例だ。それは“灰”の行動、『神殺し』未遂に対する制裁というより、ギルドが“灰”の手綱を握っていると証明する意味合いが強い。

 ギルドは迷宮都市(オラリオ)の統治者。その統治能力が疑われることはあってはならない。かつて闇派閥(イヴィルス)の絶対根絶を掲げたように、そう噂されている灰髪の小人族(パルゥム)相手なら尚更に。

 けれどそれと、“灰”に対する上層部の態度を受け入れるかは別の話だ。エイナは“灰”の味方ではないが、ベルの味方である。あの少年が悲しむことがないよう、最善を尽くすのがアドバイザーとしての務めだと自負している。

 だから、今回の罰則(ペナルティ)の不当性を訴える。彼女に半分流れるエルフの矜持()がそれを後押しした。

 エイナの奮闘が実を結ぶかは、まだ、誰も分からない。

 

 

 

 

 ――その一瞬に、全てを懸ける。

 特大剣と短刀の二刀流、《狼の剣技》の暴威に曝されるベルは、短刀を楔に地を駆ける動きで灰髪の不死に立ち向かう。

 痛みが失くなるくらい受けた。反射で弾けるくらいそれを知った。ならば後は盗むだけ、この一週間で呆れるほど繰り返してきた稚拙な動きは、もう一端のそれに辿り着いている。

 極めてもいない。使いこなせてもいない。だが使えるようにはなった。ベルは《ヘスティア・ナイフ》と《牛若丸》の二刀流で、『狼の剣技』を再現する。

 

 「ファランの不死隊、深淵の監視者たち」。その物語を、幼いベルは聞かされた覚えがある。

 曰く、深淵を狩る者たち。深淵を監視し、氾濫の予兆あらば、一国をも落とす忌まわしき旅団。

 その不吉なる長兜を、赤い長布のたなびく姿を、集団で敵を狩る不退転の生き様を聞かされたベルは、恐ろしい思いの中に小さな憧憬を溶かしていた。

 

 どんなに落ちぶれた者にも、手放せない矜持はある。彼らに救いはなかったが、それでもなお、己が信念に尽くしていた。

 狼の血を分け合った絆――分かち難い仲間たちと共に。

 

「るォおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 ベートが吼える。幾度となく『狼の剣技』に打ちのめされた狼人(ウェアウルフ)は、己こそが真なる狩人だと知らしめるように“灰”に喰らいつく。

 銀靴(フロスヴィルト)に纏うは【剣姫(アイズ)】の『風』。何度打ち払われようとも牙を剥くベートの猛攻は、着実に“灰”の許容限界(リソース)を削っている。

 

「おらぁああああああああああああああああっ!!!」

「どりゃああああああああああああああああっ!!!」

 

 それに続くのはアマゾネスの姉妹だ。

 【大熱闘(インテンスヒート)】、【大反攻(バックドラフト)】。死に近づく程に全能力を、怒りの丈で力を爆増させるティオナとティオネが、鬱陶しそうに攻撃を捌く“灰”の僅かな注視を掻き集める。

 

「俺だってぇええええええええええええええええっ!!!」

 

 『死闘』に遅れて加わったラウルは必死の援護を繰り返していた。

 武芸百般、全て二流。何一つ極められなかったが故にあらゆる武器を試し、手に取り、鍛錬を繰り返してきた【超凡夫(ハイ・ノービス)】。その蓄積を、諦観を抱えてなお積んできた執念を吐き出さずして何が冒険者か。

 最も“灰”に影響を受けた人間(ヒューマン)は、自身に訪れた変化に未だ気付かず、弓を、投擲武器を、道具(アイテム)を駆使して遠距離より“灰”に仕掛ける。

 

 近距離の三枚、遠距離の一枚。同胞(ふし)侵入(たたかい)で途方もなく“灰”を追い詰めた、最も苦手な多対一。

 

「【神武闘征(しんぶとうせい)】――【フツノミタマ】!!」

 

 更に(ミコト)が、畳み掛ける。

 新たに【ヘスティア・ファミリア】の団員となった(ミコト)は“灰”の『死闘』に戦慄し、それに何度打ちのめされても立ち向かうベルに打ち震え、自分にできる全てを考え、答えを出した。

 魔法による、“灰”の拘束。三方より“灰”に攻撃する三名ごと、幼女を重力の檻に捕える。

 

 不死に重さは悪手だ。その状況を、“灰”は土を舐め啜ってその身に受けてきた。闇は重く、不死は重い。【約束された平和の歩み】の対抗策で、容易にこの重力圏を突破できる。

 それをさせじとベート達が組み付いた。ベートは背後から首をへし折らんと腕を回し、ティオナとティオネがそれぞれ片腕を封鎖する。

 更にラウルが、両脚を狙って遠距離武器を放出する。矢が、投げナイフが、機動力を奪う道具(アイテム)が一斉に“灰”に迫った。

 

「――――『リル・ラファーガ』!!!」

 

 同時に、満を持して放たれるアイズの『必殺』。

 『死闘』の開始から今に至るまで練り上げた魔力を用い、全霊を以て編み上げた『風』の全てを突進に捧げる。まさしく嵐の如き暴風の(つるぎ)が、拘束された“灰”に肉薄する。

 

 背後に組み付き、首級を千切り取ろうとするベート。

 右腕を掴み、今にもへし折らんと力を込めるティオネ。

 左腕を押さえ、両腕で抱えて絶対に離すまいとするティオナ。

 自分に出来る限界まで、“灰”を足止めしようとするラウルと(ミコト)

 “灰”の心臓を抉らんと迫る、アイズ・ヴァレンシュタインの『必殺』。

 

 その全てを、今になってようやく『認識』した“灰”は――刹那、凍てついた太陽の瞳を細めた。

 

 灰髪が、翻る。渾身を込めた一廻転。それだけでベートを、ティオナを、ティオネを弾き飛ばした“灰”は、特大剣の剛閃により発生する剣圧でラウルの攻撃を全て捌く。

 そして特大剣を振り上げ、肉薄する『リル・ラファーガ』を()()()()。アイズの『必殺』、Lv.(レベル)6の『力』を結集した一撃を、ただの一振りで霧散させる。

 ベートが宙を飛ぶ。ティオナ、ティオネが地に叩きつけられる。ラウルの攻撃も、(ミコト)の魔法も意に介さない。アイズの『必殺』が敗れ、後方に弾け飛ぶ。

 

 ――その一瞬に、全てを懸けた。

 

 吹き飛ぶアイズの背後。“灰”に破られた金の少女の『必殺』を取り込んで――アイズが全霊を注いだ『風』を纏ったベルが飛び出す。

 “灰”に最小限の関心しか払われない冒険者たち。彼らは屈辱を飲み込み、痛恨に耐えながら、少年のための『礎』となった。

 全ては、この一瞬のために。関心を払わない“灰”の『弱点』を最大まで突き、許容限界(リソース)を削り、対応できない一撃を少年に託す。

 【英雄願望(アルゴノゥト)】、【不転心誓(ダークサイン)】。この時、初めて限界を超えた少年は、限界解除(リミット・オフ)の訪れと共に大鐘楼(グランドベル)を響かせる。

 追随する、炎の輪。深紅(ルベライト)の瞳を燃え上がらせる暗い魂(ダークソウル)が、昇華された【英雄願望(アルゴノゥト)】の力を更に跳ね上げる。

 

 一撃を。ただ一撃を。眼前の家族に、時代の『頂天』に叩きつける一撃を、ベルは解き放つ。

 

「――」

 

 ああ、それだけは分かっていた。ずっとベルだけを見ていた“灰”は、それが来ると予測していた。

 だからまだ、手を残している。アイズの『必殺』を斬り伏せた反動で使い物にならない特大剣を捨て置き、左手に潜ませた短刀でベルの一撃に対抗する。

 

「あぁああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 

 それをベルも、分かっていた。それだけを振るい、それだけを少年に刻みつけ、覚えさせた『狼の剣技』。

 その一瞬が来れば、必ず“灰”はそうするとベルは確信していた。だから一撃を込めた《ヘスティア・ナイフ》ではなく、《牛若丸》で短刀に挑む。

 両者が振るった、『パリィ』の応酬。短刀と《牛若丸》が互いの敵を喰らわんと噛み合い、火花が弾け――砕け散る。

 互いに柄は手放さなかった。ただ武器だけが、耐えられなかった。“灰”の一手を用いた『賭け』は不発に終わり――少年の一撃が、心臓に迫る。

 

「――」

 

 “灰”にもう手はない。アイズ達に削られた許容限界(リソース)を温存して対抗した一手を砕かれた以上、その一撃を受け入れるしかない。

 けれど。アイズの『風』を纏い、(ミコト)重力圏(まほう)を飛び越え、心臓に刃を突き立てんとするベルの瞳には。

 何も諦めてなどいない、一人の不死が、映っていた。

 

 半歩。

 “灰”の最後の行動、最後の許容限界(リソース)。右足を後ろへ、半歩下げた“灰”は――ただそれだけでベルの一撃を躱す。

 肉薄する漆黒の刃の到達を、ほんの僅かに遅らせるだけの一瞬。だがそれだけあれば、“灰”は新たなる一手を繰り出せる。ベルの一撃を征伐し、少年を斬り伏せ、死の一歩手前まで送り込む『狼の剣技』を刻みつけられる。

 ベルと視線を交わす“灰”は、何一つ変わらなかった。全てを平坦に映す眼は、導きたる少年ですら、己の手で消し去れる。

 

 それが分かった。それを交わした。

 言葉ではなく、魂をも懸けた『死闘』の中で。ベルはやっと、アスカの心に触れられた。

 

 だから。

 

 少年は何も、迷わなかった。

 

「【ファイアボルト】ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

 咆哮する。

 白く輝くベルの右手に、炎雷の力が迸る。それは漆黒の刃(ヘスティア・ナイフ)に流れ、少年の(ソウル)と同調し――一筋の刃となって顕現する。

 名も無き“ソウルの業”。己のソウルを刃と為す、英雄の振るいし古の業。

 

 それは確かに、不死の心臓を貫き――

 

「――――ああ、よくぞ。私の心臓に刃を突き立てた」

 

 全ての音が消えた一瞬。感嘆と、親しみと、薄い喜びの灯った言葉が、古鐘の声となって落ちる。

 “灰”は――アスカは、微笑んでいた。己の導きたる少年に、自らの心臓を貫かれながら。それでもただ純然と、少年の成長を祝うように。

 

「――――アスカ!!!」

 

 (ミコト)の魔法が消え、炎の刃が消失した《ヘスティア・ナイフ》が地に落ちる。

 そのままベルは、家族の名を叫んで。

 微笑むアスカを、抱きしめた。

 

「ごめん、ごめんね……! 痛かったはずなのに……! 僕のためにここまでしてくれて……! 

 ごめんね、アスカ……! ありがとう、アスカ……!! 貴方の家族でいられて――僕は本当に、嬉しいんだ……!!!」

「――――」

 

 珍しく眼を丸くする幼女に、泣くベルの言葉が浴びせられた。

 感謝と謝罪。家族への■と想いの丈。泣いて、叫んで、抱きしめる少年は、心からの言葉を溢れさせる。

 理解と無理解。分かった事と分からない事。お互いにまだ、分かり合えない部分はあるだろう。

 それでももう、逃げないと決めた。アスカの家族で居続けると誓った。

 

 その誓いは――あの日に願った少年の想いは、今ここにようやく、果たされた。

 

「――……ああ、全く。ずっと痛かったのは、貴公の方だろうに。私の事ばかりとは、本当に貴公は――眩しいな」

 

 驚いていたアスカは、フッと目元を和らげ、小さな手を回してベルを抱きしめ返す。

 

「だからこそ、嬉しいよ。そんな貴公が歩む道が、私には何よりも貴いのだ。

 だから、ベル。それを許してくれるなら――これからも共に、歩んでいこう」

 

 少年は泣いて、幼女は微笑んで、互いに抱き合う二人の家族。

 この世界でちっぽけな、有り触れた、けれど不死には望むべくもない、暖かな『絆』。

 どうかこの温もりが、少年の元から消えないでくれますようにと――

 

 呪われた、寄る辺もない、灰髪の不死は――それだけをずっと願っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベル・クラネル

 Lv.(レベル)

 力:SSS1389 耐久:SSS1331 器用:SSS1457 敏捷:SSS1653 魔力:SSS1203

 幸運:I

 

《魔法》

【ファイアボルト】

・速攻魔法

 

《スキル》

憧憬一途(リアリス・フレーゼ)

・早熟する。

懸想(おもい)が続く限り効果持続。

・懸想の丈により効果向上。

 

英雄願望(アルゴノゥト)

能動的行動(アクティブアクション)に対する

 チャージ実行権。

 

不転心誓(ダークサイン)

・誓約条件達成時のみ発動。

・全能力及び逃走を除く全行動の超高補正。

損傷(ダメージ)を無視した行動可能。

・誓約を破棄した場合、24時間全アビリティ能力超低下。

 




※この時点でベルくんは【ランクアップ】可能な状態です。
ヒュアキントス(Lv.(レベル)3)「えっ」

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