雪の中の化け物【完結】   作:LY

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第八話

 

12月19日  23時

 

11区 アオギリの樹アジト前

 

 

 

 

 

作戦が始まってから三時間、俺の所属する第弐隊と主力の第壱隊は敵のアジトに入れず、ずっと後方で待機している。

 

 

 

「暇ですね、平塚先生」

 

「馬鹿者、周りの士気を下げるような発言はやめろ。もう作戦は始まってるんだぞ」

 

「確かに、作戦が始まってから三時間も経ってますね」

 

 

 

前線では俺達の正面方向にある1棟と2棟にいる喰種をライフルで撃っているらしいが、相手には赫子の盾があり11区にあったCCGの支部から調達してきたライフルも装備しているため、かなり苦戦しているらしい。

 

 

 

「正面以外から突撃しようと思っても立地が悪すぎてそれが出来ないし、最悪のスタートだな」

 

「まぁ突撃まで待ちますが、第弐は1棟制圧後に5棟へ向かえばいいんですよね?」

 

「予定通りであればな」

 

 

 

敵のアジトはいくつか建物があるが、大きく分けて1~8棟。

 

手前の一列の左から1,2,3,4棟

奥にある二列目の左から5,6,7,8棟の形で並んでおり、正面の1,2棟の前には下り坂があって非常に戦いにくい地形である。

 

 

 

「…私は第壱だから比企谷の面倒を見てやれない。

君なら大丈夫だと思うが、…やはり心配だな」

 

「……大丈夫だと信じましょう。13区のジェイソンや尾赫の瓶兄弟に遭遇しなければ」

 

 

 

アオギリの正体はCCGでもいまだに掴み切れていないが、少なくともこいつらがアオギリの樹のメンバーであることは分かっている。

 

 

 

「いや、私が心配しているのはそこではない。

一度忠告していると思うが、絶対に手を抜くのは……」

 

 

 

 

「おいおいおいおい!ちょっと待ちやがれーー!!」

 

 

 

「……ん?」

 

 

 

平塚先生は何かを言いかけたが、数メートル先でバイクに引きずられているおっさんの叫び声に反応して言葉が途切れた。

 

 

 

「あれは、……丸手指揮官か?」

 

 

 

そう言っている間にもバイクはエンジンを唸らせ、敵のアジトに向かって一直線に突っ込んでいく。

 

バイクに乗っているのは、…白髪のガキか?

 

 

 

「マル、手ェ離せ!怪我すんぞバカ!」

 

「バカは、こいつ…だっっ!」

 

 

 

バイクの後部を必死で掴んでいた丸手特等もついには手を放す。

 

そうすると重りをなくしたバイクは一気に加速して、下り坂を飛び越え宙を舞う。

 

 

 

 

そして白髪の少年は柵を超えて敵のアジトまで飛んで行き——。

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 

 

 

「こんばん、わっ!!」

 

 

 

 

ズダダダダと大きな音を響き渡らせ、

 

 

 

一瞬のうちに敵の頭上で銃弾の雨を降らせた。

 

 

 

 

 

「……マジか」

 

 

「あれは鈴屋三等だ。……まぁ彼の紹介はまた今度にして、そろそろ気を引き締めるぞ」

 

 

 

平塚先生はアタッシュケースのボタンを押し、クインケを武装する。

 

 

 

「私達の出番の様だ」

 

 

 

とつげぇぇぇぇき!!と丸手特等の声が全員の耳に届き、捜査官達は気迫に満ちた大声を上げて敵のアジトへ突っ込んでいく。

 

 

 

 

 

 

……喰種と人間の殺し合いが始まる。

 

 

 

 

 

 

俺もクインケを手に取り、誰にも聞こえないように呟く。

 

 

 

誰にも聞こえない、

 

 

 

……あの子に伝える事の出来なかった、ただの独り言を。

 

 

 

 

 

「……ごめんな」

 

 

 

 

そして俺は、1棟に向かって走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5棟 六階

 

 

 

私は癪だけれど霧島君が言った通り5棟の上で待機していて、周りに私以外の喰種はいない。

 

 

そんな中、私は瞳を閉じて棟の周りの乱雑した空気の振動を感じ取る。

 

 

 

敵の銃声、赫子と壁の衝突音、白鳩の足音、……誰かの悲鳴。

 

 

 

もう、本格的に戦いが始まっている。

 

 

 

 

「いたぞ、喰種だ!」

 

「囲んでハチの巣にしろ!」

 

 

 

 

薄暗い廊下に散らばっている窓ガラスの破片をじゃりじゃり鳴らし、捜査官が三人やって来る。

 

三人とも持っているのはマシンガン。

 

 

……クインケじゃない。

 

 

 

「これなら楽勝ね」

 

「撃てぇぇぇ!!」

 

 

 

足首をひねらせ地面を強く蹴り、三本のマシンガンから放たれる弾丸が私に届く前に射線から外れる。

 

さすがの喰種でも弾丸を目で追う事は出来ないが、敵の正面にいなければ当たることはない。

 

 

 

「まず一人」

 

「この喰種すばやっ……!」

 

 

 

右足で左方の敵を蹴り飛ばし、止まることなく次の動きに入る。

 

 

 

「この野郎!!」

 

 

 

続いてまたマシンガンを放ってくるが、それをかわして赫子を形成する。

 

 

 

「……なっ」

 

「二本の尾赫…!?」

 

 

「まとめて二人」

 

 

 

双方の赫子で敵の銃を跳ね飛ばし、残りの二人を壁に叩きつける。

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 

 

 

床に倒れた敵はずっと見ていても動く気配がない。

 

 

どうやらうまい具合に気絶してくれたようだ。

 

 

 

 

 

「……この棟もそろそろダメね」

 

 

 

 

 

 

捜査官達が乗り込んできてから一時間ほど経った今、1棟と2棟は既に制圧され、敵はこの5棟と6棟、それに3棟を攻めている。

 

 

 

「霧島君は、…6棟の方に向かったのかしら」

 

 

 

彼の強い赫子の律動を感じる。

 

生意気な態度をとるだけあって、そこら辺の喰種とは比べ物にならない実力は持っているようだ。

たぶんこの棟がまだ制圧されてないのは、ついさっきまで彼が下で戦っていたからだろう。

 

 

 

「私は、どうしようかしら」

 

 

 

捜査官達の足音や律動で相手の大体の戦力は分かる。

 

現状はアオギリの樹が完全に劣勢。もう三割近くの喰種がやられており、このペースだと戦力差も考えると、あと数時間もしないうちに殲滅されてしまう。

 

 

……やっぱり、何かがおかしい。

 

あの人が作った組織がこんなにも簡単にやられてしまうなんて思えないし、その彼女がここにいない理由も分からない。

 

 

 

「……」

 

 

 

…そもそもの話、この戦いに勝つ気があるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こっちに向かった奴らが帰ってきていない。喰種がいるかもしれないから気を付けろ!」

 

「「了解」」

 

 

 

考え事をしている間にまた数名の捜査官達が階段を駆け上がり、私のいる階まで昇ってくる音が聞こえてくる。

 

 

敵の数は三人……いえ、四人ね。

 

 

多分こちらに向かってきているのはさっきと同じでクインケではなくマシンガンを持った兵士。

 

クインケを持っている白鳩はほとんど三棟にいる。

 

 

 

私は敵の足音に耳を傾けながら廊下に出て相手を待ち伏せる。

 

別に彼らの到着を待って発砲される必要はない。

 

 

タイミングを計って最小限の力で無力化すればいい…。

 

 

「あと5秒……」

 

 

ザッザッと大きくなる足音をよく聞き取り、タイミングを計って身構える。

 

私のいる場所から階段までは4メートルほど。全力で近づけば一瞬の距離。

 

 

二本の尾赫を静かに出し、息を殺す…。

 

 

 

…残り1秒。

 

 

 

 

 

「着いたぞ!この階……っ!!」

 

「悪いわね」

 

 

フロアについた瞬間、彼らは目の前にあった赫子に対応できず手前にいた三人は初手で倒せた。

 

たぶん階段を転げ落ちて行ったから、当分は動けないでしょう。

 

 

 

だけど……。

 

 

 

「…チッ、俺だけかよ」

 

 

一人だけそれをかわして私が伸ばした赫子と壁の隙間をくぐり、低い体勢でこちらに向かってくる。

 

他の人達とは違い頭部を守るヘルメットは着けておらず、手に持っているのはクインケのようだ。

 

 

 

「いい反応だったけれど、あなたにも眠ってもらうわ」

 

 

 

二本目の赫子を素早く準備し、向かいの敵を殺さない程度の力で薙ぎ払おうと振りかぶる。

 

 

この狭さならかわすことはできない。

 

 

 

「……やけにゆったり動くな」

 

 

 

と、つい最近どこかで聞いたような声で敵は赫子との衝突直前にそう言った。

 

 

 

そして——————。

 

 

 

 

 

「……嘘でしょ」

 

 

 

 

ゴトッと音を立てて私の赫子はコンクリートの床に落ち、ボロボロとすぐに崩れていく。

 

 

手加減はしていたが、まさか今の一瞬で赫子が切断されるとは思っていなかった。

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

でも私が驚いたのはその事だけじゃない。

 

 

 

私が一番驚いた理由は。

 

 

 

 

「尾赫か、……クインケとの相性は普通だな」

 

 

 

それをやって見せたのが。

 

 

雪の降る夜に公園で出会った捜査官であることだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





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