12月18日
平塚先生に作戦の事を伝えられた翌日から、俺は詳しい作戦の会議や当日ともに行動する人たちとの顔合わせ、それにアオギリの樹の構成員などをよく調べたりして、気づけばもう作戦の前日になっていた。
今日のスケジュールは午後にCCG本部でまた明日の作戦についての話があるが、午前は自由な時間を過ごせる。
しかしこれまた作戦に必要な事があるのでゆったりしているわけにはいかなかった。
9時半頃から自宅を出て、電車に揺られて向かった先はCCG本局のある一区。
だが今回は本局ではなく、CCGのラボラトリーに来た。
「はぁー、相変わらずでかいな」
門前で警備しているおじさんに身分証明書を提示し、入れてもらった敷地を見て思わず呟く。
ラボには数回来たことがあって数日前にも平塚先生と来たが、改めて周りを見回すとかなり広々とした場所だ。
敷地内にはよく分からないが大きな建物がいくつも並んでいて、とても大きな駐車場にトラックが何台も停めてある。
そう言えば今までここに来るのは誰かと一緒だったので一人で来たのは今日が初めてだ。
もしかしたら、一人で歩いているからこんなにも広く感じられるのかもしれない。
それからもへーとかほーとか言って周りの建物を眺めながら歩き、目的地まで到着した。
「すみません、喰種捜査官の比企谷です。地行博士に用事があるのですが…」
「はい、伺っております。そのまま進んでください」
ども、と言って軽く頭を下げて言われた通りそのまま進む。
ふっ、見たか今の完璧な社会人挨拶。
もう俺も完璧な社畜だな…。
そんな事を考えて通路を進み、奥にある少し大きなドアを開いて中に入った。
研究所の中には鉄のような独特の臭いがして、どこからか機械がゴゥンゴゥンと音を鳴らしている。
俺は周りにいる白衣の人達をきょろきょろと見て、キノコ頭の人を探す。
「キノコ、キノコ…っと、……ん?」
「おーい、比企谷くーん!」
数十メートル先に、俺の探しているキノコ頭を発見した。
発見はした。
……うん。
発見はしたのだが……。
「ひゃっはろー!」
キノコの隣に美女がいる。
「地行博士、雪ノ下准特等こんにちは」
「うん、こんにちは比企谷君」
「そんな堅苦しい呼び難しなくていいよ。陽乃って呼んで、八幡君」
「お断りします」
「ハハハ、仲いいね」
なぜか地行博士と一緒にいる雪ノ下陽乃。
まぁたぶん俺と同じ理由だと思うけど…。
「先日頼みましたクインケのメンテナンスはどうですか?」
「ああ、ばっちり仕上げたよ。ちょうど今その話をしていた所なんだ」
はいっと言って地行博士は後ろに置いてあった新品のようなアタッシュケースを俺の手元まで持ち上げる。
ご親切にケースまで綺麗にしてくれたようだ。
「物がいいからついつい張り切っちゃったよ。まだ二等捜査官なのにこんなにいいクインケ持っている子はそういないよ」
「…ええ、ありがとうございます。それではこれで」
「ちょっと待ってよ比企谷君。お姉さんも一緒に行くから」
「いや、ちょっと今からあれなので」
彼女がいるから早く帰ろうと思ったのに、一緒に来られては何の意味もない。
俺は早々に彼女達に背を向け、出口に向かって歩き始めた。
しかし雪ノ下さんも地行博士に挨拶をして、俺の隣をまで小走りでやって来る。
「ねぇ聞いてよ比企谷君。今度の作戦に私が選ばれてないんだけど、これってどう思う?」
「…この作戦のせいで本部が手薄になっても困りますし、雪ノ下准特等は防衛側と言う事じゃないですかね」
「えぇー、でも喰種捜査官は喰種を倒してなんぼでしょ。これじゃあ雪ノ下陽乃伝説が始まらないよ」
…雪ノ下陽乃伝説って何だよ。
「まぁその腹いせに比企谷君を欠員補充に推薦したから別にいいけど」
雪ノ下さんはペロッと舌を出して可愛らしくウインクする。
…と言うか俺が選ばれたのってこの人のせいなの?
「雪ノ下准特等、さすがに可愛く舌を出しても許しませんよ」
「まぁまぁ怒らないで、作戦で活躍したら昇格できるし、それに可愛い私も見れたんだからいい事ばかりでしょ」
「悪いですけど世界一可愛い女の子が身内にいるので、その辺は十分に足りてます」
そう言えば最近小町と話してないな。
……学校で馬鹿な男どもに言い寄られてないか心配だし今度電話してみるか。
「……あぁ、そう言えば准特等に聞きたい事があるんですけど」
「だから准特等なんて堅苦しい呼び難しなくていいよ」
通路を通って出口が近づいてき、コツコツと雪ノ下さんのヒールの音が廊下に響き渡る。
ここにいるのは、俺と彼女だけだ。
「…じゃあ雪ノ下さん。少しプライベートな話をしてもいいですか?」
「ん? 何かな?」
雪ノ下さんは相変わらずニコニコして俺の隣を歩く。
誰にでも愛想を振りまき、今も俺にそれを向けている彼女にこの質問をしたら、
彼女はどんな反応をするだろうか。
「……ただの興味本位ですけど」
コツ、コツと廊下に響く音は一定の間隔を作っている。
まるでメトロノームが音を刻んでいるかのように正確で乱のないテンポだ。
……しかし、
「あなたに、妹っていますか?」
この言葉を発した瞬間、その音は止まった。
*
12月19日 19時45分
11区 アオギリの樹アジト 5棟
外では喰種捜査官達が雄叫びをあげ、全体の士気を上げている。
私はその声を聞きながら、アオギリの樹の戦闘員が着込んでいるフード付きのマントを着用し、仮面を付ける。
視界が少し狭められるが、これで何の特徴もないただの構成員に見えるはず。
「おいテメェ、確かエトの紹介だとか言ってな」
「……何か用かしら?」
丁度着替えが済んだ時、片手に黒いうさぎのような仮面を持った男の子が声をかけてきた。
汚い言葉遣いに、私より年下のくせに高圧的な態度。
この子が高槻さんの言っていた霧島絢都君ね。
「何頼まれたかしらねぇが、邪魔だからずっと上にいろ。まぁ死んでもいいっていうなら別だが」
「あらそう、じゃあお言葉に甘えて上にいるわ」
正直礼儀のなっていない所にいらだちは感じるけれど、今は子供にお説教している場合ではない。
「……始まるわね」
白鳩とアオギリの戦争が始まる。
「誰も、……死ななければいいのに」
無意味な私のつぶやきは誰にも届かず、
一棟と二棟から銃声が鳴り始めた。