雪の中の化け物【完結】   作:LY

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お待たせしました。後日談です。





後日談
Sisters 1


このお話は俺と彼女のとある一日。

 

 

あの時から四年過ぎた、俺たち化け物のお話。

 

 

素敵で幸せな、化け物たちのお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

四年後 一月

 

 

 

 

 

そろそろ人々がお腹を空かせ、昼食を取る時間帯。

 

竹林に挟まれた長い石階段を上がり続け、少し疲れてきたので立ち止まって空を眺める。

 

空には雲が流れているだけで特に何も感じられず、そのうちまた階段を上がり始めた。

 

そんな事を二回ほど繰り返して、墓石の並ぶ墓地までたどり着いた。

 

 

 

「……来たよ、お兄ちゃん」

 

 

 

墓地の中を数十歩進んで、“比企谷家之墓“と書かれたお墓の前でぽつりとそんな事を呟く。

 

風のせいで竹の葉が宙を流れてきて、それと共に言葉がさらわれて行った。

 

静まり返ってしまったこの場所では、私の言葉に返事をする人はいない。

 

 

 

「……」

 

 

 

兄が死んでから、四年近くが過ぎてしまった。

 

 

 

 

 

 

お兄ちゃんは四年前に死んだ。

 

正確には三年と十カ月前、自分の大学受験が終わって数週間後、お兄ちゃんは死んだ。

 

 

前触れが本当に何もなかったと言えば嘘になる。

 

けれど突然の事だった。

 

 

その頃の自分は受験が終わったことに喜んでいたが、頑なに顔を合わせてくれないお兄ちゃんに対して怒ってもいた。

 

メールを何通もやり取りして、何度も会おうと言ったけれど、お兄ちゃんは会ってくれなかった。お母さんの話では、兄はその頃喰種捜査官を辞めて新しい所に住み、お母さんと同じ職場で働いていたそうだ。

 

仕事が忙しいのは仕方がないと思うが、引っ越し先の住所も教えてくれないから会いに行けなかった。

 

ずっとずっと兄に対して怒りを持って、ずっとずっと会いたかった。

 

 

 

なのに、それから兄と顔を合わすことはなかった。

 

二月の末にお兄ちゃんの元上司を名乗る女性喰種捜査官が家を訪ねて来て、玄関で涙を流しながら頭を下げた。

 

君のお兄さんを助けてやれなかったと、彼女はそう言って謝った。

 

 

 

……その時は何も、……一言もしゃべれなかった。

 

 

 

「酷いごみぃちゃん。……結局、最後まで会ってくれなかったね」

 

 

 

最後の最後まで会ってくれない。遺体ですら見ることは叶わなかった。

 

そう考えると、お兄ちゃんを最後に見たのはどのくらい前になるのか。

 

お兄ちゃんと最後に話した時、どんな顔をしていたか……。

 

 

 

 

「こんにちは」

 

 

 

 

自分しかいないと思っていたのに、急に綺麗な声が横から聞こえた。物思いにふけていたし足音も聞こえなかったので少し驚いた。

 

けれど、それ以上に声をかけてきた女の人の美しさに驚いた。

 

 

 

「……こんにちは」

 

 

 

墓石の中を歩いて来る女性に挨拶を返し、こちらに眼差しを向けるその人を見て感嘆する。

 

歳は自分より3つ4つ上だろうか。纏っているオーラがとても大人びているからそれ以上にも見える。

 

整った顔立ちに黒のロングヘアー。テレビに映るアイドルや女優なんて目じゃない美しさだ。

 

 

 

「……ご兄妹の方かしら?」

 

「はい……、兄の……」

 

 

 

女性は自分の左隣りで足を止め、お墓の方を向く。

 

なんだか不思議な感じだ。この女性は隣のお墓に用があるわけでもなさそうだが、だからと言って家のお墓に用があるわけでもないだろう。

 

何やら右手に紙袋を下げているが、それもお参りの品なのかどうか。

 

それになぜ兄妹のお参りだと思ったのだろう。

 

 

 

「何だか恥ずかしいですね。御線香も花も持ってきてなくて……」

 

「別にいいんじゃないかしら。大切なのは気持ちでしょう?」

 

「……そう、ですよね。ありがとうございます」

 

 

 

互いに顔を見ず、ただただ四角い墓石を眺めながら会話を交わす。

 

冷たくて無機質な……お兄ちゃんのいないお墓を眺めて。

 

 

 

「……兄は、……元々喰種捜査官だったんですよ」

 

「そう」

 

 

 

聞かれたわけでもないけど、お兄ちゃんを思い出して語る。

 

きっと話したいからじゃなくて、思い出したいから話している。

 

 

 

「でも、好きでその道に進んだわけじゃなくて、結局は二年くらいで違う仕事を始めたんですけど……」

 

「……」

 

 

 

きっと、……忘れたくないから話している。

 

 

 

「辞めたのに、最後は喰種と喰種捜査官のごたごたに巻き込まれて死んだそうです。遺体は喰種に持って行かれたそうで、だからここに兄は眠っていない」

 

「そう……ね」

 

 

 

ここにお兄ちゃんはいない。だから線香も花も必要なかった。

 

けれど定期的にこの場所へと足を運んでしまう。縋る物が他にないから。

 

遺品なんて何も残らなかった。

 

 

 

「家の兄はバカだったんですよ。自分より家族を優先して、全然自分の事を大切にしてくれなかった」

 

「ええ」

 

「兄の死については詳しく教えてもらえませんでしたけど、どうせ死ぬ前も自分の為じゃなくて誰かのために傷ついたんでしょうね。小町より賢いくせに……バカだから」

 

「ええ」

 

 

 

ずっとお兄ちゃんに守られてきた。自分の知らない所でたくさん傷ついていた。

 

本当に何も返せないまま、いなくなってしまった。

 

 

 

「大学の入学式も成人式も、せっかくの晴れ着なのに見てくれなかった。そばに居て見てくれるだけで良かったのに、兄はずっといなかった」

 

「……」

 

 

 

見て欲しかった、褒めて欲しかった、頭を撫でて欲しかった。

 

甘やかしてくるお兄ちゃんに、もう子供じゃないんだからって、そんな些細な事を話し合いたかった。

 

 

迷惑をかけた分、お兄ちゃんも迷惑をかけて欲しかった。

 

 

 

「お兄ちゃんの……ばか」

 

 

 

流れてきたのは数滴の涙。

 

悲しみ半分怒り半分なので、たったそれだけしか涙は出ない。

 

 

 

「あなたはお兄さんのこと……大好きだったのね」

 

 

 

でもその涙には、確かな熱が込められていた。

 

 

 

「お兄さんもきっと、あなたと同じくらいあなたを愛していたと思うわ」

 

 

 

今でも……、と最後に女性が付け足した時に涙をぬぐった。

 

泣き顔を見せるために来たわけじゃないから、励ましてくれるお姉さんにお礼を言って、出来るだけ笑ってみせた。

 

出来るだけ笑って、お墓に向かって言った。

 

 

 

「お兄ちゃん、小町が最後に話した時、もう大丈夫だから自由に生きてって言ったよね? あの後お兄ちゃんは自由に生きられたのかな?」

 

 

 

我慢しないと泣きそうになるけど絶対に泣かない。

 

笑顔も絶対に崩さない。

 

 

 

「小町のせいで負担ばかり背負ってくれたけど、あの後お兄ちゃんは幸せになってくれたかな?」

 

 

 

ポロポロと何かがこぼれてくるけれど、呼びかけるように問いかけるように最後まで言い切った。

 

 

 

「小町はお兄ちゃんにとって、……自慢の妹になれたのかな?」

 

 

「大丈夫よ、それはこの私が保証する。彼は自由に生きて幸せになった。あなたは世界一自慢の妹よ」

 

 

 

お姉さんはそっと両肩に手を置いてくれて、その時初めて彼女の左手の薬指にリングがはめられている事に気づく。

 

でもそれより、“彼”と言ったことが気になった。

 

その口ぶりはまるでお兄ちゃんを知っているみたいな言い方だから。

 

 

 

「……遅くなってごめんなさい。本当は大学に入学する前に渡さないといけない物だったけれど……。何度言っても会いに行かなくて」

 

「……え?」

 

「まぁ私のせいでもあるから、そこは大目に見てもらえると助かるわ」

 

 

 

よく分からないまま、綺麗なお姉さんは手に持っていた紙袋を渡してくる。

 

中に入っているのは……手のひらサイズの箱。

 

 

 

「今日は会えてよかったわ。今度は引きずってでも彼を連れてくるから、また必ず会いましょう」

 

 

 

最後にポンポンと優しく肩を叩かれて、名前も知らない女の人は石階段の方へと歩いて行ってしまう。

 

思考が追い付いていなくて少しの間呆然としてしまったが、あの女性には聞きたい事がたくさんある。

 

 

 

「あっ、あの!! 何でそんなに優しくしてくれるんですか!!」

 

 

 

遠ざかる彼女に大きな声で問いかける。

 

女性はピクっと反応して石階段の丁度手前で止まった。

 

もっと他に聞きたい事があるはずなのに、口に出したのはなぜかそれだった。

 

 

 

 

「何でって、それは___」

 

 

 

彼女は振り向きながら綺麗な顔でフフっと笑う。

 

彼女の後ろには青い空が広がっていて、一人で見た時よりもずっと広々としている。

 

 

 

 

義妹(いもうと)に優しくしない義姉(あね)はいないでしょう?」

 

 

 

 

「…いも…うと……?」

 

 

 

 

唖然とする姿を見て、彼女はまたフフっと笑って背を向ける。

 

そのまま去って行こうと階段を二歩ほど下りた彼女だが、何かを思い出したようにまた振り返って遠くから言った。

 

 

 

 

「そうそう、あまりこう言った表現はしたことがないから、少々照れくさいのだけれど」

 

「……?」

 

 

 

彼女は本当にやや恥じらって、手元にある紙袋を指さしてこう言った。

 

 

 

 

「それ、雪乃的にポイント高い物を選んだから、……きっと似合うわ」

 

 

 

最後にさよなら、と付け加えて、彼女は石階段を下りて行った。

 

 

段々と姿が階段の下に落ちて行って、頭のてっぺんが見えなくなるまでその人を見つめた。

 

 

 

 

 

「……これは?」

 

 

 

綺麗なお姉さんが居なくなって、手元に残った袋に視線を下し、袋から箱を取り出す。

 

手のひらサイズの黒い箱を開けると、中には控えめに光る金のヘアピンが二本並んでいた。

 

 

 

「ヘアピン……」

 

 

 

何でこんな物を……、と考えようとしたが、よく見ると箱の底にトランプみたいなカードが入っている。

 

それに気づくと丁寧に中身を取り出し、伏せられていたカードを見て、そこに記された言葉を読んだ。

 

 

 

「“Dear my sister”」

 

 

 

洒落たデザインでそう書かれている。

 

英語で意味は……。

 

 

 

 

「親愛なる妹へ____」

 

 

 

 

その時、頭の中にあった昔の記憶が引っかかった。

 

ずっと昔、確かメールで………。

 

 

 

 

「……お兄ちゃん?」

 

 

 

 

大学の合格祝いに高いヘアピンを買ってくれ。

 

本当に欲しかったのもあるが、お兄ちゃんに会いたくてそんな物をねだった事がある。

 

 

 

「あのっ! 待ってください!!」

 

 

 

それに気づいて慌ててお墓の中を走り出す。

 

竹に挟まれた石階段、あれは段数がとても多い。だからあのお姉さんはまだ途中にいるはず。

 

そう思いながらすぐに階段の手前まで行って、私は声を張り上げた。

 

 

 

 

「あなたは一体……っ!!!」

 

 

 

 

だが、その階段には誰もいない。

 

 

静かに。

 

 

静かに竹林が揺れているだけ。

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

不思議なお姉さんは、ふっと姿を消していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




この話の続きというわけではありませんが、まだ後日談あります。
その後も小ネタみたいなのもやるかもしれません。
良ければ読んでください。ただし次話はかなりreのネタバレがあります。

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