雪の中の化け物【完結】   作:LY

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第五十話

 

 

 

七区での戦いが終わって一週間が経った。

 

 

二月もそろそろ終わりをむかえ、もうすぐ三月になる。あの時は雪が雨のように降り注いでいたのに、この一週間は雪が全く降らなかった。

 

今日も曇っているけれど、何となく雪は降りそうにない。時期が春に近づいているから気温が少しずつ上がっているかもしれない。

 

と言っても、最近はただ窓に映る空しか見ていないからよく分からないのだが。

 

 

 

 

「………」

 

 

 

 

二月の五週目、天気は曇り。

 

 

今日も私は、一人きりの朝を向かえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの事件の後、私が目覚めてから最初の数日は当てもなく彷徨い続けた。

 

高槻さんの所から離れて、何も考えずにひたすら歩き回り、気がついたら昼だったり夜だったり朝だったり。どれくらいか分からないけれど、そんな事を繰り返した。

 

何も考えたくなかったから、とにかく歩いた。

 

 

 

そしてその後、ふとしたきっかけでコートの内側にお札が入っている事に気がついた。たぶん高槻さんがあらかじめ忍ばせていたのだろう。手渡しなら絶対に受け取っていない。

 

本来の私なら意地でもそのお金は使わないけれど、もう別にどうだってよかった。

 

適当に電車の駅を探して、見覚えのある駅名の所まで移動した。

 

 

 

 

電車に揺られ、着いたのは8区の駅だった。

 

その駅は8区の隅にあるところで、別に私がもともと住んでいた場所ではない。

 

もとより考えなしに動いている私だったので、足に行き先を任せて頭を空にした。

 

 

 

そしてたどり着いたのが廃業した工場。

 

数日眠っていなかった私はそろそろ限界を迎え、敷地に入って数カ月前にも訪れた自殺スポットの建物の所に行った。

 

前に姉さんが手榴弾を使ったから建物の表側は損傷しているが、まだ建物としては生きているので問題ない。

 

そのまま建物の裏側に向かい、爪でそこにある窓ガラスを割ると内側の鍵を簡単に開けられた。

 

中は事務所みたいなところで、埃っぽいし暖房具もないから外と同じように寒い。

 

だが限界が来た私は糸が切れたみたいに意識が途絶え、床に倒れこんで眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・*

 

 

 

それから二月の五週目である今まで、私は一度も外に出ていない。

 

最初の方に最低限の身の回りの掃除をして寝る場所を作った。

 

時間や日付は部屋の壁に掛けられていた丸型時計を見ればすぐ分かる。最初は止まっていたが日の当たるところに置き続けたら動き出した。ソーラー発電が出来る電波時計だ。

 

 

運が良いのか悪いのか、電気はつかないのに水道が使えるから水分不足で死ぬことはない。

 

建物の上に高架タンクでもあるのだろう。お陰様で死んでしまう理由が無くなった。

 

 

だから今もこうして、晴れもしていない空を窓から見ている。

 

 

たったそれだけで、生きている価値なんて全くない。

 

 

 

 

「……姉さん、……比企谷くん」

 

 

 

 

 

……また、泣き始めた。

 

 

眠りから覚めると涙を流し、泣き止む頃にはまた眠りだす。

 

 

ただそれを繰り返して、無駄な時間を過ごしてきた。

 

 

 

 

「……生きないと、いけないって……分かっているけれど」

 

 

 

 

私を生かした人たちの事を考えると、死ぬわけにはいかないと分かっている。

 

 

 

___でも、それでも。

 

 

 

 

「私は、……もう生きたくない」

 

 

 

 

涙に暮れて、泥のように眠った。

 

そんな事をしても彼らは喜ばないと分かっているのに、それ以外のことは出来ない。

 

これからどう足掻いても、彼と共に過ごしていた時のように笑って生きていける気がしない。

 

なぜ生きているのかよく分からなくなる。

 

 

 

 

「……比企谷くんに、……会いたい」

 

 

 

 

声をあげて泣き出しても、そばに居ると言ってくれた彼はいない。

 

 

何度も何度も彼の名前を呼んだけれど、彼は現れてはくれなかった。

 

 

 

……ただの夢の中でさえも、彼は私の前に現れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

それから一週間ほど寝ると泣くを繰り返して、やっと涙は止まった。

 

 

部屋に籠って空だけ眺めていたから何となく体が重くて関節が固い。

 

だが、とにかく私は遂に動き出し、廃工場をあとにした。

 

 

 

 

 

向かったのはもともと比企谷くんが住んでいた8区のマンション。

 

彼がいるかもしれないと思って私はその場所に行った。

 

 

 

「……」

 

 

 

マンションの前には街灯が並ぶ道路があって、ふとそこで足が止まる。

 

辺りを見回すと決して忘れる事のない記憶が脳に浮かび、不意に彼の面影を探す。

 

 

……私はこの場所で優しさを貰った。

 

 

雨にさらされて凍るように体が冷えていたけれど、傘を差した彼が現れて私に優しさをくれた。

 

嬉しかった。嬉しくて泣いた。

 

化け物の私でもあなたは怖がらずにいてくれた。

 

たぶんこの時から、私はあなたを好きになった。

 

 

 

「……」

 

 

 

でも、それが間違いだったのだろう。

 

彼の優しさに甘えたから、こんな事になってしまった。

 

 

 

「…………いない」

 

 

 

マンションの中に入り、彼の住んでいた部屋の呼び鈴を鳴らしたけれど誰も出てこない。

 

 

 

やっぱり彼はいなかった。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

愚かな私はそれでもまだ彼を探す。

 

夜になって8区から7区に移り、私達が共に過ごしたアパートに向かった。

 

 

 

あれから二週間ほど過ぎたが、テレビやラジオを一切見ていないからあの事件がどれほど注目を浴びたものなのか知らない。

 

しかし作戦の後処理で捜査官がうろついている可能性があること位は分かっている。

 

でもそんな事はどちらでもよくて、私はコートのフードを被りながら夜道を進んだ。

 

 

 

 

落葉樹が並ぶ家の近くの道。そこから橋を渡ってすぐの所。

 

眼に入ったのは数週間ぶりの元我が家。彼と共に過ごし、幸せを感じながら眠れたあのアパート。

 

現在は夜の8時なのだがアパートの部屋から一つも明かりが灯っていない。

 

デスティニーランドの帰りもCCGの作戦の為誰もいないから暗かったけれど、さすがに今はCCGのせいではない。

 

 

 

「……」

 

 

 

……察するに、皆慌ててどこかに引っ越したのだろう。

 

アパートの中から全く音が聞こえない。これは流石におかしい、元々大家さんと私達を除けば二部屋しか使われていなかったけれど、普通に考えれば引っ越したとしか考えられない。

 

だって普通に常識のある人がこう聞かされたらどんな行動に出るだろう。

 

“あなたの住んでいるアパートに人喰いの化け物がいました”。

 

 

 

……普通の人なら怖くて逃げる。またこのアパートに戻ってきたらどうしようかと心配でたまらなくなる。

 

 

実際に、私は戻ってきているわけだし。

 

 

 

 

「鍵は……どうせ閉まっているわよね」

 

 

 

もうこの時点で比企谷くんがいない事は分かってしまった。

 

音のない部屋に彼がいるはずがない。もしかしたら私の帰りを待ってくれているのではないかと思ったが、その期待はあえなく終わった。

 

 

けれど、もうこれ以上どこへも行けない私は二階のベランダの鍵を壊して中に入った。

 

 

 

 

「……ただいま、比企谷くん」

 

 

 

 

案外すんなり入れた部屋の中で、誰もいないのにそう言う。

 

スライド式のドアを開いても、キッチンの方に行っても、彼はどこにもいない。

 

 

 

 

「ねぇ比企谷くん。どうしてお帰りって言ってくれないのよ」

 

 

 

 

暗くて静かな部屋の中で、一人呟き涙がまた出てくる。

 

 

 

……もうよく分からない。

 

 

部屋の家具や荷物は全てなくなっていて、あなたの匂いもしない。

 

あなたの面影を探しても虚しくなる。

 

こんなにもあなたに触れたいのに、あなたはこの世界のどこにもいない。

 

 

 

 

「あなたのせいで、……また涙が出ちゃうじゃない」

 

 

 

 

ねぇ教えてよ比企谷くん。もう私は分からないの。

 

 

 

……私は一体どうやって、これから生きて行けばいいの。

 

 

 

 

あなたのいない世界はあまりにも寒すぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

?区 アオギリ

 

 

 

外で夜の空を見上げも、雲のせいで星が見えない。

 

けれどそんな夜空も悪くない、と思ってもいない事を口ずさんで空を見続けた。

 

 

 

「……エト、この間言っていた隻眼はどうした?」

 

「ダメだった。彼の腕を見せたらさすがに殺しに来てくれると思ったけど……。

あの子、結局すんでのところで止まっちゃった。ちゃんと“喰種”になれたら正式なアオギリのメンバーにしようと思ったのに」

 

 

 

一人で感傷に浸っているとタタラさんがやって来て、前に話した雪乃ちゃんの事を聞いてきた。

 

 

 

「フン、使えないなら殺すべきだ。そいつは君の事を知り過ぎている」

 

「ケタケタケタ、それはダメだね。私は“負けた”から彼女に手を出せない。本当は腕を見せて挑発するのもダメだったんだけど……」

 

 

 

冷たい風が吹いて赤いフードが取れる。他に誰も見ていないし、頭の包帯もほどいてやろうか。

 

そうすれば冬の冷たさで高揚した気分も落ち着くかもしれない。

 

 

 

「……少し遊び過ぎだ。ここ数カ月ずっと顔を出さなかったが何をしていた?」

 

「雪乃ちゃんの観察と“人探し”。片方は楽しかったけど人探しはすごく大変だった」

 

「……?……誰の事だ?」

 

「秘密、言わないのが交渉条件だから。まぁその人もやりたい事を済ませたらこっちに来てもいいみたいだし、もう少しだけ放っておくよ。泳がせていたら例の“カネキ”君が喰いつくかもしれないし」

 

 

 

本当は伝えないといけないが、やっぱり約束は守るべきだ。

 

こんな所で簡単に約束を破っていたら雪乃ちゃんに怒られてしまう。

 

 

 

「……よく分からないな」

 

 

「ケタケタ、それでいいんだよ」

 

 

 

ビューと一際大きな風が吹いて、そろそろ戻ろうかとタタラさんが言う。

 

深く追及してくれないで助かった。

 

 

結局は後からバレてその時怒られると思うが、それはそれでいいか。

 

 

 

 

「ケタケタケタ、本当に面白かったよ。

私と君は似ていると言ったが、それは間違いだ。君は私にできない生き方をしている」

 

 

 

あぁ、からかう相手が居なくなって寂しく感じる。

 

楽しみ過ぎて嫌われてしまったが、まぁそれも仕方ない。

 

 

 

 

 

 

 

「さよなら、私と同じ眼の青年よ。私の分まで幸せになってくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一話を投稿した時から読んでくださっている方々、途中から読み始めた方々も。
お陰様でで50話まで来ました。感想で応援してくださった方々には特に感謝しています。

当初予定していた話数よりも結構多くなったのでびっくりです。

残り二話となりました。最後までやり遂げで見せます。



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