雪の中の化け物【完結】   作:LY

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今更ながらの後輩ちゃんの設定。


身長は156センチ程度で平均的。髪はこげ茶色に染めている。

陽乃から事務処理の仕事ばかり押し付けられて、実戦は陽乃がすぐに喰種を倒してしまうから経験を詰めない。

クインケを持たされたりと雑用ばかりに不満を持つが、戦う陽乃の姿を見るとやはり憧れる。

実はアカデミーの時から陽乃の大ファン。パートナーになると決まり、初めての顔合わせ前日は緊張して眠れなかった。

髪型は陽乃を意識して肩にかかるくらいで切りそろえている。

髪も黒に染め直そうとしたが、さすがに意識していることがバレてしまいそうなので止めておいた。








第四十二話

『後輩ちゃん、照明の近くに二番置いてるから持ってきて。あと三人倒れたから周りの人に運ばせて』

 

 

 

大きな道路の真ん中で一人の女性が化け物に対峙する。

 

冷たい風で綺麗な髪が揺れて、指でインカムを押さえながら彼女は言う。

 

 

 

『それと……、“鎧”も持ってきて。もう一人で戦うから』

 

 

 

一緒に戦っていた味方が倒れても引かない。どれほど私が力を示しても逃げやしない。

 

それどころか凛としてその場に立っている。静かで清らかで、その姿は美しいと言わざるを得ない。

 

ボロボロで片眼が赤い私とは全然違う。

 

スポットライトを浴びて華麗に戦うのは彼女で、私はただの悪役。

 

 

彼女は人間で、私は化け物だ。

 

 

 

「攻撃しないの? 今のうちに倒しておかないと後悔するよ」

 

「あなたこそ逃げないのかしら? 仲間は向こうで倒れているけれど」

 

 

 

照明のある道路の先から何人かの兵士がやって来て、その後ろから大きな声が聞こえてくる。

 

雪ノ下准特等、と聞き覚えのある声で彼女を呼び、二つのアタッシュケースを運んでくる女捜査官。

 

確か8区の廃工場で雪ノ下陽乃と一緒にいた捜査官だ。

 

 

 

「……逃げるわけないでしょ。私は喰種捜査官だよ」

 

 

「……」

 

 

 

そう、……彼女は喰種捜査官で私は化け物。

 

どちらが美しくてどちらが醜いかなんて比べるまでもない。

 

 

 

「准特等!! 二つ持って来ました」

 

「ありがと後輩ちゃん。二番は道の端っこにでも置いておいて。あとは全員撤退させて」

 

 

 

兵士は私が倒した捜査官達を回収して、元来た道に戻って行く。

 

別に後ろから襲ったりはしないけど、やはり私が怖いのか。

 

 

 

「それじゃ、そろそろファイナルラウンドに入ろうか」

 

 

 

彼女はクインケを片手に持ったまま、なぜかCCGの白いコートを脱いで後輩が置いて行ったアタッシュケースに近づく。

 

一つは彼女が言った通り道の端に置かれ、もう一つは彼女の足元に。

 

 

 

「これは特別な時にしか使わないんだけど」

 

 

 

そう言って手に持ったケースの取っ手のボタンを押すと、瞬時に雪ノ下陽乃は姿を変えた。

 

 

 

「鎧……?」

 

 

「すごいでしょ。“アラタ”より先に作った自動着脱式のクインケ。まぁそのうちアラタも自動着脱になると思うけど」

 

 

 

ケースの中から飛び出し、雪ノ下陽乃の体に纏わりついたのは黒い鎧。

 

首から下が全て覆われ、クインケ鋼のような物体が層状に重ねられている。後ろ側だから見にくいが、その鎧には肩甲骨あたりに二つの羽がある。

 

 

 

 

「“エイル”、未完成品にして私の最高傑作。君を殺すために持ってきた私専用の鎧」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぼうっとして意識がハッキリせず、ひたすら引っ張られるがまま足を動かしていたら香水の匂いがした。

 

重たい瞼を必死で開くと目の前には誰かの頬があって、そのきれいな肌と匂いから、私を運んでいるのは女だと分かった。

 

 

 

「君は……」

 

「平塚准特等、目が覚めましたか」

 

 

 

私の腕を自身の首にまわし、懸命に私の体重を支えて引っ張ってくれているのは陽乃の後輩だった。

 

 

 

「すぐに救護班の所まで行きますから、もう少し頑張ってください。とにかく今はここから離れないと」

 

「……頭が、……痛いな」

 

 

 

少し前の記憶を手繰ってみると尾赫を九本生やした化け物を思い出す。

 

たしか田中丸特等が最初にやられて、それから安浦特等と私が一斉にやられてしまったはずだ。頭が痛いから、たぶん頭部を強くぶたれたのだろう。

 

 

 

「……今は雪ノ下准特等がお一人で戦ってします。他の人は邪魔になるから、……全員撤退しろと」

 

「ふん、……相変わらず年下のくせに生意気な奴だ。特等二人を倒した喰種と一対一で戦うとは」

 

 

 

心配そうな後輩とは反対に、私は思わず鼻で笑ってしまう。

 

あれほどの強さを示した相手なのに、それでもなお逃げないのは勝機があるから。

 

特等二人を倒した喰種でも陽乃は負ける気がない。

 

 

 

「あの……、平塚准特等。雪ノ下准特等はお一人でも大丈夫何でしょうか? やはり今すぐにでも増援を……」

 

「いや、今は陽乃をサポートできるほどの捜査官はいない。むしろ邪魔になるだろうな」

 

 

 

もちろん普通のままではあの喰種に勝つことは出来ない。

 

私達四人がかりでこの様だったのだから、普通に考えれば陽乃一人にならなおの事勝つことは出来ない。

 

 

 

だがあの子が……、あの鎧を着たとするならば……。

 

 

 

「あれを纏った陽乃は特等方の力をも凌ぐ。負担の大きい“アラタ”を着られないから作った、陽乃の全力を尽くせる鎧」

 

「……それで本当に、…准特等は勝てるのですか?」

 

「そうだな……、少なくとも私は、あれを纏った陽乃が負ける姿なんて想像できない」

 

 

 

 

 

……きっと陽乃なら勝てるだろう。

 

CCG内では有馬が最強と言われ、それに次ぐ実力者は特等捜査官の名前がよく挙げられる。

 

しかし私からすれば、有馬に次ぐ実力者は陽乃以外ありえない。

 

 

雪ノ下陽乃は天才だ。今はまだ若いと言うだけで、あの子は必ず特等捜査官まで昇りつめる。

 

 

 

「……」

 

 

 

ただ今回に限って言えば気掛かりなことがある。

 

ずっと様子がおかしかった陽乃は、本当にいつも通りに戦ってくれるのだろうか。

 

 

 

 

「……陽乃は強い子だ。負けた私は情けないが、あの子なら勝てるさ」

 

「そう、…ですよね」

 

 

 

 

私は心配そうにする後輩に、そう言って自分の心配を隠した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女がクインケを構えると、層状に重ねられた鎧から独特な排気音が聞こえてくる。

 

私はそのおかしな鎧に疑念を抱くが、赫子を九本そろえて相手に向けた。

 

 

 

「一本ずつ切り落とすか」

 

 

 

前で大口を叩いているが、そんなガチガチの鎧を纏っていたら明らかにスピードが落ちるはず。

 

防御用と考えても違和感が残るものだ。私の赫子相手にそんなもので身を守れると本気で思っているのだろうか。

 

疑問は解せないまま、相手が先に動き出す。

 

 

 

「……それじゃあ、試合開始で」

 

 

 

こちらに向かって助走を始めた相手だが、明らかに先ほどまでより動きが遅い。

 

やはり鎧の重みでスピードが落ちている。

 

 

 

「そんな動きじゃすぐに___」

 

 

 

こちらから仕掛けようとしたが、雪ノ下陽乃の顔は笑う。

 

笑った顔があまりにも冷たすぎて、なぜそんな顔をしているのか全く理解できなかった。

 

 

しかし彼女についてゆっくり考える暇もなく、相手は先手を打ってきた。

 

 

 

「……“ブースター・オン”」

 

 

 

その言葉と共に、両背の翼が爆発するかのように強い風を発生させ、雪ノ下陽乃は急激に加速する。

 

 

 

「速っ!!」

 

 

 

数本の赫子で反射的に向かってきたクインケを弾き、負けじと残りの赫子を繰り出すが、雪ノ下陽乃は大きく飛躍する。

 

そして躱した赫子を踏み台にし、宙返りながら私の頭上を飛び越えて行く。

 

 

 

「まず一本!」

 

「しまっ……!!」

 

 

 

完全に私の視界から外れた彼女は空中で剣を振り、無防備だった尾赫を一本切り落とす。

 

慌てて振り返り相手の位置を確認しようとしたが、すでに着地していた彼女は次のモーションに入っていた。

 

 

 

「九本あっても追いつけなければ意味がない!」

 

 

 

続けて彼女は急加速で突撃してきて、一番右端の尾赫をいとも簡単に切り落とす。

 

逃がさないように赫子を追尾させたが、彼女は素早く走り去って距離を取った。

 

 

 

「……全く、厄介な相手ね」

 

 

 

私も距離を取りたかったので、彼女が近づいて来る前に後ろに下がって息を整える。

 

 

残された七本の尾赫を地面に寝かせ、あの鎧について落ち着いて考察してみた。

 

 

……あの鎧はおそらく防御用に作ったものではなく機動力を上げるためのもの。

 

最初はおもりになると思っていたが、鎧は見た目以上に軽くて雪ノ下陽乃は思っているよりも身軽に動く。

 

そして厄介なのが後ろの羽。

 

羽は爆風を発生させ、彼女の背中を押す推進力になっている。

 

故に彼女は急激に加速して、私の赫子を切り裂いて逃げられる。

 

 

宙を飛んで私の尾赫を斬り落とすぐらいだから、きっと他にも仕掛けがあって、その性能を彼女の高いポテンシャルで使いこなしている。

 

 

詳しい構造は分からないけれど、羽赫の噴出力を利用した精密な鎧と言う事か……。

 

 

 

 

「仲間がいるときから使っていればもっと楽に戦えたのに。……何で最初からその鎧を着なかったのかしら」

 

 

 

単純な疑問が浮かび上がって来たが、その答えを教えてくれる人はいない。

 

まぁ、使用に何かしらの制限があるとかあの速さでは連携がうまく取れないとかそんな理由だと思うけれど。

 

 

 

「何はともあれ、それだけの強さがあるのなら私にとっては都合がいいわね……」

 

 

 

フッと呟いていると、前方にいる雪ノ下陽乃は頭を少し傾けて耳のインカムを聞き入る。

 

さっき倒した彼女の仲間も同じような仕草をして誰かと連絡を取っていた。

 

普通に考えればこの作戦の指揮官や指揮系統の人だろう。

 

 

 

『了解です』

 

 

 

ただ一言そう言って、彼女は耳のインカムから指を放す。

 

小降りになって来た雪が瞳の前を通り過ぎて、私はゆっくりと瞬きをした。

 

 

 

「どうやら対策部が騒がしくなってきたみたい。あっちは比企谷くんを捕まえに行ってるから、もしかしたらもう捕まったかもね」

 

 

 

また冷たい顔で、冷たい声を彼女は発する。

 

彼女はとても美しいけれど、まるで仮面を付けているように機械的。

 

ちゃんと心があるはずなのに、それは熱を持たず固まっている。

 

 

今の雪ノ下陽乃は……見ていると悲しくなってくる。

 

 

 

「……比企谷くんは捕まったりしないわ。バカな事を言わないで」

 

 

 

ザっと一歩踏み出して、私は赤い眼で彼女を睨みつけた。

 

 

 

「なめすぎなのよ。あなたもあなたの仲間たちも。私がただ何も考えずに彼を残してきたと思っているの?」

 

 

 

彼女は自分が言った事と似たような事を私に言われ、少し不快そうにする。

 

だが私は止まることなく彼女に言った。

 

 

 

「向こうが騒がしくなったと言う事は、比企谷くんはもう逃げ出しているわ。彼は絶対捕まったりしない。絶対に捕まえさせはしない。彼を助けるって、……私は誓ったから」

 

 

 

彼を思うと胸が温かくなってくる。

 

 

 

もう、……十分に時間は稼げたかしら。

 

必死に戦っていたからどれだけ時間が過ぎたのか正確には分からない。

 

けれど、そろそろあの人が来ているはず。

 

 

……私の数少ない知人である、あの隻眼の喰種が。

 

 

 

 

「あなたたち如きに、彼が捕まるはずない」

 

 

「……」

 

 

 

 

黙って聞く雪ノ下陽乃は、下ろしていた剣を両手で掴む。

 

もし私が彼女を倒してこの場から逃げ出せば、もう一度あなたに会える。

 

 

 

「……」

 

 

 

でもごめんなさい、比企谷くん。

 

またお弁当を作ってくれと、また一緒にデスティニーランド行こうと言ってくれたけれど。

 

それが叶う事は、……もうないの。

 

 

私は二度と、あなたには会えない。

 

たとえ手足が千切られてもあなたの所に戻りたいけれど、あなたの所に戻ることは出来ない。

 

 

 

「あなたと私が出会って始まった戦い。私が殺されて幕を閉じるか、あなたを殺して幕を閉じるか。……人間のあなたと化け物の私には、それ以外の終わり方はないわ」

 

 

 

だって、私はどうしても目の前の人を放っておけない。

 

私が生き続ける限り、雪ノ下陽乃の人生は狂い続ける。

 

いつまでたっても彼女はあんなにも冷たい顔をしてしまう。

 

 

そう思うと、私はやっぱりこの人を放っておけない……。

 

 

 

「……いいの? このまま戦えば君は死ぬかもしれないよ」

 

 

 

止めていた鎧の風を再発生させ、彼女も一歩ずつ歩み始める。

 

もちろん私が止まることはなかった。

 

 

 

「さぁ、死ぬのはどちらかしら?」

 

 

 

ごめんなさい、比企谷くん。

 

私はもう、こんな冷たい顔をする彼女を放ってはおけません。

 

 

あなたが救ってくれた大切な命だけれど、この心臓は今日止まると思います。

 

 

 

 

「最後に雪が見られて良かった……」

 

 

 

 

 

……何度でも言うわ。

 

 

ごめんなさい、比企谷くん。

 

 

私はこの場所に、死ぬために来ました。

 

 

 

たとえ雪ノ下陽乃が私より弱くても、私はこの戦に勝つつもりはありません。

 

 

ここでちゃんと終わらせるために、私は雪ノ下陽乃に会いに来たから。

 

 

私が殺されることで、雪ノ下陽乃の人生が少しでも救われると信じているから。

 

 

 

 

覚悟を決めるために、あなたにキスをしたから___。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから私は、……雪ノ下陽乃に殺されます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでくださっている方々、いつもありがとうございます。

この作品の完結についてなのですが、そう遠くないうちに来ると思います。

ですので、未完では終わらないでと思う方々ご安心ください。


これからの投稿は三日に一度くらいを目安にしていますので、今後とも是非読んでください。

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