幾人もの兵士をなぎ倒し、小さなビルが並ぶ大通りへと右折する。
曲がり角を曲がると二台の照明が私の姿を照らし、白くて強い光が眼に突き刺ささった。
まるで太陽が私に向かって光を飛ばしているみたいだ。
「……決着を、つけに来たわ」
私が現れると銃を持った兵士は照明の後ろの方へと撤退して行き、逆光の中に二人だけが残る。
一人は前回戦った時と同じ剣のクインケを両手で持ち、その隣は私の知らない女捜査官で細い剣のクインケを持っている。
彼女たちは私と対峙しても動じた態度を一切見せず、片方は怒気の混ざった眼差しを向け、もう片方は冷めた目でこちらを見てくる。
きっと二人とも、……私を殺したいのだ。
「陽乃、やるぞ」
「……了解」
「いきなりね」
二人の会話はそれだけで早々にクインケを構えた彼女たちは動き出す。まるで決まった作業をこなすみたいに迷いなく向かってきた。
それを見た私も戦闘態勢に入り、グネグネと赫子の軟化と硬化を繰り返して三本の尾赫を刃の形状へと変えた。
「今日は手加減しない」
「させる気はない……わっ!」
雪ノ下陽乃に向かって赫子を薙ぎ払う。
しかし彼女は素早く反応してクインケで受け止め、その間にもう一人の女が止まることなく左側から間合いを詰めてくる。
すぐさま繰り出してきた斬撃を避けると空を切り裂く音が鳴った。
「右雪、左女」
眼だけでなく耳にまで意識をとがらせ、左と右を攻めてくる相手に赫子を振りかざす。
二本で視覚の外の相手に攻撃を仕掛け、眼に見える相手は一本で対応する。
これなら二人相手でも対処が出来るはず……。
「2対1で私達に勝てると思ってるの? なめすぎだよ」
「全くだ」
十分な速度で赫子を動かしていたつもりだが、双方共に対応してくる。
私の後ろに回った雪ノ下陽乃は二本の赫子をものともせずにはじき返し、前にいる相手はクインケを使って上手く赫子を捌いてくる。
雪ノ下陽乃はともかくとして、前にいる捜査官が予想以上に手練れで攻撃が当たらない。
まるで比企谷くんの様な動きで動作に無駄がなく早い。
やはり一本の赫子では抑えきれず、女捜査官は剣で赫子を払った反動を使って左足首をねじる。
「ふんっ!!」
「回し蹴り!?」
反射的に右腕を構えて向かってくる相手の右足を止めようとしたが、腕と足がぶつかると私の腕が鈍い音を鳴らして骨が砕ける。
「っ!? 靴のかかとに刃を…!!」
普通の打撃と思い避けなかったのは大きなミスだ。
この状況で片腕を折られてしまうと……。
「陽乃、足を!!」
「分かってる!!」
痛みにより後ろにまわしていた意識が緩くなり、雪ノ下陽乃も赫子の間を縫ってクインケを斬り込む。
「ぐっ!」
斬りこまれたクインケを急いで回避しようとしたが、それも間に合わず、左足の腱が断たれて体勢が崩れる。
そして休む暇もなくクインケを斬りつけてくる相手に、私は必死の思いで赫子を振り返した。
「ちっ、…暴れなぁ」
「静ちゃん、逃げられるよ」
捜査官を押し返し、赫子を一本だけ長く伸ばして離れたビルの壁に突き刺す。
そして赫子にグッと力を入れ、自分の体をビルの方へと引っ張った。
「早く再生を……」
彼女達の攻撃が届かないよう高い所にへばりつき、腕と足の再生を待つ。軽く斬られた程度ならすぐに再生するのだが、腕も足も派手に損傷しているためすぐには治ってくれない。
赫子なら新しいのをすぐに形成できるのだが、生憎と体の再生能力はそこまで高くない。
「連携が厄介ね。ただでさえ一人一人が厄介なのに」
雪ノ下陽乃の階級は准特等でもう一人の捜査官は不明。だけどあれほどの動きをするのだから彼女も准特等以上の実力はあるだろう。
正直言えば二人とも特等捜査官だと言われても違和感を持たない。
「……時間は、どのくらい稼げたのかしら。
比企谷くんは……」
彼の事を一旦思い出してしまうと胸がざわついて落ち着かない。捜査官に捕まらずちゃんと逃げ出せるか心配でたまらなくなる。
もちろんその心配をなくすために手を打ったが……。
「比企谷くん…」
彼の名前を呼んで、脳裏に浮かび上がってくる記憶が私の胸を熱くする。
最初に出会った時から昨日のデスティニーランドまで、たくさん顔を合わせてたくさん話をした。
一緒に買い物をして一緒にコーヒーを味わった。
同じアパートの一室で生活を共にし、彼の布団に潜り込んで眠りについた時もある。
泣いたり怒ったりで随分と彼に迷惑をかけてしまった。
「比企谷くん、あなたの為なら……」
壁にぶら下がっていても特に仕掛けてこない二人を見下ろし、今一度感覚を尖らせる。
もう加減などしていられない。そんな事をしていたらまた先ほどのようにやられてしまう。
今はこの命を最大限に使って時間を稼げばいい。
もとより“勝つ気などない”のだから、ただ一秒でも長く戦えれば。
「君、逃げもせずにいつまでぶら下がっているの?」
丁度腕と足が再生した頃、下でカンカンとクインケを地面に打ち付ける雪ノ下陽乃は冷たい表情のまま言った。
「さっきも言ったでしょ、なめすぎだって。
君が下りてくるのをただ待っているだけだと本気で思っているの?」
「……? ……何の話を……、っ!!」
瞬間、道路に設置された大きな照明の後ろから数回続く発砲音。
驚いて右を向けば、四つの物体がこちらに飛んでくる。
「これはっ、羽赫…!?」
考えるより先に壁を蹴って、ミサイルの様な物体の衝突コースから外れる。
完全に宙に浮いた状態となった私は飛んでくるものから眼を離さず、ミサイルの軌道を見ているとさらに驚いた。
「なっ!!」
軌道から外れた私に合わせるようにミサイルが急に曲がり始める。
そしてすぐに加速して、私の方へと……。
「追尾するなんて!」
頭を下に向けたまま宙を落下し、尾赫でミサイルをはたき落そうとするが、触れた瞬間に爆発して赫子が一本崩れ落ちる。
地面に落下すれば即座に襲われると思い、体勢を直さずそのまま攻撃に移ろうと思ったが、落下点に彼女達はいない。
先ほどまでクインケを構えて私が下りてくるのを待っていたのに。
「ハイアァァァ~~!!」
「っ!!」
地面との衝突前、赫子を使って着地したとき。
またもや照明付近で聞こえる声と音に反応し、すぐに二本の赫子を丸めて壁を作った。
照明の方を向いて一瞬見えたのがいつの間にか移動していた二人の捜査官。
そして追尾型のクインケを持った新しい女捜査官と、こちらに二本が対になった円筒型のクインケを向けるむさくるしい男。
「くっ!次から次へと……」
「マ~~インド!!!」
そして放たれた一撃は強力な衝撃波となり、赫子の壁と激突する。
「っっっ~~~~~!!!!」
「そんなちっぽけな壁ごときで、このハイアーマインドもしくは天使の羽ばたきの攻撃を凌げるわけがないだろう!!」
足を踏ん張り赫子の壁を必死で押し返そうとするが、敵のクインケの火力が高く体がじりじりと後退していく。攻撃を受け止める赫子もボロボロと崩れ始めた。
「吹き飛びたまえっ!!」
「……もたない…っ」
遂に耐え切れなくなった私は衝撃波に当てられ、その勢いで蹴飛ばされた石ころのように何度も道路に体を打ち付けながら後ろに転がる。
赫子を崩され力を出し切っていたので勢いを抑えられず、自然に止まるまで転がり続けた。
「はぁ、……はぁ、……いっ!!!」
うつ伏せの状態で止まり、起き上がるより先に膝を抱えた。
額からは冷や汗が出始め、奥歯をかみしめて自分の右足に触るとすぐに痛みの原因が分かった。
さっきの衝撃波で骨が折れて、足がおかしな方向に曲がっている。赫子で体は守ったつもりだったが、右足だけは衝撃波に巻き込まれたのかもしれない。
「さっき修復したばかりなのに……」
しかし、どれほどの痛みが私を襲おうとも相手は待ってくれず、ぞろぞろと私の方へ向かってくる。
雪ノ下陽乃に静と呼ばれていた捜査官、それと新しく来た二人。
「ふん、CCGでもトップクラスのレディー達に囲まれて死ねるとはなかなかラッキーな喰種だ」
「報告書より尾の数が多いですね。それに本当に隻眼……」
ただでさえ先ほどまでの二人が強いのに、ここに来てさらに増えるなんて。
それに敵のクインケは多分二人とも羽赫。
「田中丸特等、安浦特等、周辺の警備はいいのですか?」
「ええ、丸手特等から許可は貰っています。推定レートより強い喰種だと言う事でこちらに来いと。……ですが、そこまで用心することはなかったようですね」
こちらの方に向かってくる相手は小さく鼻で笑い、這いつくばる私を見下ろした。
「これなら今すぐにでも終わらせられる。
“裏切り者”の方も丸手特等に任せておけば大丈夫でしょう」
「……!」
裏切り者と聞いて肩がピクっと震える。
裏切り者って……。
「そう、…ですか。やはり彼は捕まったら……」
そこまで言うと、話していた二人は私の二メートルほど前で止まり、その後ろで雪ノ下陽乃と男の捜査官が同じように止まる。
吹き飛ばされて照明との距離が遠くなったせいか辺りは急に暗くなったように感じた。
雪ノ下陽乃の顔は前の捜査官で隠れて見ることが出来ない。
「終わりですね。元喰種捜査官が喰種をかくまっていたなんて最悪ですよ。
喰種の隠避による罰則で死刑になった人もいますから」
だが、今は彼女の事を気にしていられない。
ドクンと心臓が跳ね上がって、赫眼周辺が力みだす。
曲がった右足が自ら元の方向へ戻ろうとし、バキバキと音を立てて動き始める。
「まぁその話は後にして、とりあえず目先の任務を終わらせましょうか。確か可能ならば捕獲でしたよね」
「……比企谷くん」
まだ、……まだ駄目だ。
まだ彼が逃げていないかもしれない。
私は彼に約束したのだ。いつか必ず助けると。
「私は、……化け物……」
「では、捕獲しましょうか。誰かRc抑制剤を……」
安浦と呼ばれる特等捜査官が指示を出そうとしたが、彼女は言葉を止めて持っていたクインケを分離させる。
右と左でそれぞれを持ち、ロケットランチャーが二振りの刃を持つクインケへと変わった。
「レディー清子、どうかされましたかな? 早く拘束を……」
「いえ、まだ修復しています。それに何か、……この喰種…」
敵の強さなんて関係ない。私は人を喰らう化け物。
……あの隻眼のフクロウと戦い、生き残った隻眼の化け物。
「あなたたちは喰種殺しの達人なのでしょう? それなら本気で殺しに行っても死なないわよね」
足が元の形へと戻り、赫子を三本同時に成形して立ち上がる。
それを見た捜査官達は数歩下がって道に広がった。
「本気だと? 私と陽乃の二人にやられていたお前が随分と大きな口を叩くな。今更暴れたところで何も……」
「変わるわ。あなたたちは何もわかっていない」
相手の言葉をさえぎって、私は強く言い放つ。
牽制のため三本の赫子を大きく払うと、降る雪は私の赫子を避けて落ちて行く。
さっきまで必死だったから忘れていたが、今は彼と出会った時と同じで雪が降っているのだ。
「……分かっていないわ。あなたたちの目の前にいる生き物が、どれほど危険なのか」
そして私は、いつか自分の中に作ったルールを破った。
誰も傷つけないように、誰も殺さないために作った自分のルールを。
赫包から皮膚を突き破り、私の後ろで揺れ動く尾の数が増えていく。
冷たい空気にさらされた尻尾は歯よりも硬く腕よりも太い尾となり、自在に動き回る。
それを見た捜査官達はさらに数歩下がった。
「……五本。まだ他に赫包が」
「いえ、まだ増えて……」
本当に久しぶりに使う赫包の感触を感じながら、私はさらに赫子を出す。
六本。
七本。
八本目も。
「そっか、君はそんなにも……」
ずっと話していなかった雪ノ下陽乃がやっと口を開き、私と目を合わせる。
やはり彼女の表情は冷たいもので、まるで仮面を付けているみたいだった。
「言ったでしょう、比企谷くん。私はあなたと戦った時よりも三倍は強いって」
そして最後の赫子を作り上げ、九本の尻尾を捜査官の方へと向ける。
威嚇するように先を尖らせ、大きく伸ばし、まるで巨大な生き物のように。
「……君はそんなにも、強かったんだね」
気がつけば四十話まで来ました。
一話から読んでくださっている方々ありがとうございます。