雪の中の化け物【完結】   作:LY

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第二十八話

引っ越し二日目 夜

 

 

 

今日一日を使ってほとんどの荷物を片付け終え、コーヒーを飲みながらお風呂が沸くのを待っていると家のドアが開いた。

 

 

 

「はぁ、疲れた」

 

「お帰りなさい」

 

 

 

最近上手く伝えられるようになった“お帰り”を彼に言う。

 

比企谷君は今日から母親の仕事場で働き始め、見ての通り少し疲れ気味で帰って来た。

 

やはり慣れない環境で働くというのは大変なのだろうか。

 

 

 

「もう少しで湯が沸くから、ゆっくりと浸かって体を休めて」

 

「あぁ、助かる。でも先に入っていいんだぞ」

 

「いいえ、私は大丈夫」

 

 

 

そんなやり取りをして、お風呂の準備が整うまで今日あったことを話し合い、お風呂が沸くと比企谷君が先に入っていった。

 

そして一人になった私はパンさんの人形を飾った自室に入った。

 

 

 

「少し早いけれど、比企谷君も疲れているようだし布団を敷いておきましょうか」

 

 

 

ここで少し、新しい家について再確認しよう。

 

 

私達の借りた部屋は大きく分けて三つの部屋から成り立っている。

 

一つは玄関を入ると目の前に広がっている台所であり食卓が置いてある部屋だ。

細長い感じの部屋で、家具を置いたら通路が狭くなってしまったが通ることは出来る。

トイレやお風呂などはこの部屋から入ることが出来る。

 

そして二つ目と三つ目は私と比企谷君の部屋。

この二つの部屋は一つ目の部屋の奥にあり、左奥がフローリングの床である私の部屋で右奥が畳の床である比企谷君の部屋だ。

 

 

聞いて分かる通り二人で住む割には結構いい感じのアパートだ。

 

家賃だってそんなに高くない。

 

 

 

……だがしかし、全く問題がないわけではない。

 

 

 

「私の部屋と比企谷君の部屋が薄い扉で繋がっているのはどうかと思うわね」

 

 

 

少しプライバシーの観点からは問題が生じる。

 

比企谷君の部屋と私の部屋は隣接していて、スライド式の薄い扉を開けるとお互いに丸見えだ。

 

まぁ元々この二つの部屋は一つの大きい部屋に薄壁と扉を付けて二分割している様なものなので仕方がないと言えば仕方がない。

 

ベランダも比企谷君の部屋と私の部屋の両方から入れる。

 

 

 

「別に比企谷君は私の部屋を覗くような人じゃないからいいけれど」

 

 

 

私達は相変わらず変な関係だ。

 

家族ではないし、もちろん男女交際をしているわけでもない。

 

友達かと言われると少しずれた感じがするし、知り合いよりも関係は深いはずだ。

 

 

比企谷君にそれとなく聞いたことがあるが、彼いわく、

 

“上条さんとインデックスが近いんじゃねえの?アニメしか見てないからよく分からんけど”

 

との事だ。

 

 

正直言って何を言っているのかよく分からなかったけれど、たぶん普通の関係ではないという事なのだろう。

 

 

 

「……はぁ」

 

 

 

自室にある押入れから敷布団を出し、例のスライド式のドアを開けて彼の部屋まで持って行く。

 

もちろん今持ってきたのは、この前一緒に買いに行った布団だ。古い方の布団は渡さない。

 

 

 

「私達って、何なのかしら?」

 

 

 

元喰種捜査官の彼と、半分喰種の私。

 

普通は相容れぬ関係のはずだが、今は一緒に暮らしている。

 

 

 

「私は彼と……」

 

 

 

彼とどうなりたいのか。

 

 

それを考えようとすれば、私は右眼が赤い化け物を思い出してしまう。

 

どうしてもその化け物が思考を邪魔をするのだ。

 

 

 

「“自分の事を好きになれるまで一緒にいる”、ね」

 

 

 

彼はそう言ったが、私は自分の事を好きになれるのだろうか?

 

自分の醜さが嫌で死のうと思ったくらいなのに、今更自分を愛せるだろうか?

 

 

 

私は自室に置いてある鏡の前まで行って、自分の顔を覗き込む。

 

 

 

「……まぁ、このままなら比企谷君も」

 

 

 

自分で言うのも何だが、今の状態なら男性にとって好印象なはずだ。

 

小学生から大学生になるまで何度も告白されてきたのだから間違いない。

 

もちろん私の中身を知らない人達に興味はなく、全員断った。

 

 

 

だけれど、本当の姿はどうだろう。

 

私は眼に力を入れ、自分の嫌いな部分を出した。

 

 

 

「……やっぱり、こんな顔は比企谷君に見せたくないわ」

 

 

 

何度か見られたことはあるが、もう見せられない。

 

こんな顔では異性として見てもらえないわね。

 

 

 

「……難しいのね。男女の関係って」

 

 

 

眼の力を抜き、深いため息をして部屋のパンさんを愛でた。

 

 

それから数十分経って、脱衣所から比企谷君が出てきた。

 

 

 

「雪ノ下、風呂空いたぞ」

 

「ええ、今行くわ」

 

 

 

そしてこの時は気づいていなかったが、私の携帯にメールが届いていた。

 

 

内容はいつもと同じ呼び出し。彼女は忘れた頃にまた現れる。

 

 

私と同じ片眼だけが赤い最強の化け物。

 

 

 

 

[FROM  高槻泉]

 

明日あそぼー

 

 

 

 

 

 

彼女と会うと、決まってろくな事がない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日 朝

 

 

 

 

 

昨日と同じく朝早くから比企谷君が仕事に出た後、私も家を出た。

 

アパートの階段は降りるたびにカン、カンと音がなり、誰かが行き来すると家の中でもすぐわかる。

 

 

 

「ああ、おはよう比企谷さん」

 

「!?」

 

 

 

階段を丁度降り切った時、アパートの物陰から50代くらいのおばさんが顔を出して挨拶をしてきて驚いた。

 

もちろんその存在には気づいていたが、比企谷さんと言われたことにかなり動揺して言葉が返せなかった。

 

 

 

「朝からお出かけ? 旦那さんもさっき出て行ったわね」

 

「いえ、……旦那さんだなんて」

 

 

 

この人はこのアパートの大家さん。

 

寒い冬の朝だと言うのに裸足のサンダルと部屋着にエプロン。

 

とても寒そうな格好をしている人だが、親切で人当たりが良い。それに私達のような若い人でも快く受け入れてくれたいい人だ。

 

 

 

「あらごめんなさい、結婚していなかったのね。てっきり奥さんだと思っていたわ」

 

「奥さんだなんて……」

 

 

 

アハハと大家さんは口大きくあけて笑う。

 

どうやら親切で人当たりがいいだけでなく褒め上手でもある様ね。

 

 

 

「じゃあ行ってらっしゃい。気をつけてね」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

 

そんな何でもない会話を終え、私は最寄りの駅へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高槻さんとは昨日の夜のうちに何通かメールのやり取りをし、待ち合わせは7区ですることにした。

 

いつもは8区で会っていたから7区での待ち合わせは初めてで待ち合わせ場所をどこにするか迷ったが、結局は家の近くにあるデパートを指定した。

 

 

初めて来るところだから何度も道に迷ったけれど、かなり早い時間から家を出たので時間に余裕はある。

 

 

 

 

 

「結構大きいところね」

 

 

 

デパートの自動ドアを通るとすぐにフードコーナーが見え、席に座っている人たちのにぎやかな声が耳に入ってくる。

 

待ち合わせはこのフードコーナーでするのだが待ち合わせ時間まではあと30分もある。

 

だからフードコーナーには行かずエスカレーターを探して二階に上った。

 

 

 

「……服、……カバン、……CD、……本屋」

 

 

 

二階に並ぶ店を見て行き何か彼の好きそうな物を探す。

 

比企谷君がお仕事で頑張っているのに自分だけこんな所に来ているのは申し訳ないし、本当は彼と一緒に来て見て回りたかったが今回は仕方がない。

 

あの赫子怪獣に誘われてしまったのだから無下には出来ないのだ。

 

 

今日はいつもの感謝も込めて彼にプレゼントを買って、今度は休日に二人で来よう。

 

 

 

「比企谷君は読書家だったわね…」

 

 

 

本屋の前で足を止めて彼が持っていた数々の小説を思い出す。

 

たしか高槻作品は持っていなかった。

 

あの人が書いた作品を彼に進めるのは複雑な気持ちになるが、純粋に作品としては素晴らしいものだ。

 

どれか一冊プレゼントに……。

 

 

 

「っ!……これは」

 

 

 

本屋の中に入り小説の置いてある棚に行こうとしたら目の前に私の注意を引くものが置いてあった。

 

それは表紙が見えるように飾られ、そこに書いてある文字が私の脳を刺激する。

 

 

 

 

“二十代になったあなたに読んでもらいたい、意中の相手へのアプローチ”

 

 

 

 

「……二十歳、……アプローチ」

 

 

 

私は吸い寄せられるかのようにその本に近づき、右腕を伸ばす。

 

 

……が。

 

 

 

「……く、くだらないわね。この手の本はそれらしい事を書いてあるだけで、実際には何の効果もないのよ」

 

 

 

すんでの所で手を止める。

 

 

……大丈夫よ、私はこんな本には左右されない。

 

 

 

「コホン、……小説はあっちね」

 

 

 

私は強靭な精神力でその場から立ち去り、見事に小説だけを購入してフードコーナーへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雪乃ちゃん、お待たせ~」

 

「さっきまで時間をつぶしていたから大丈夫です」

 

 

 

フードコーナーの席で待っていると高槻さんは待ち合わせ時間丁度にやって来た。

 

彼女は向かいの席に座り、ジロジロと私の顔を覗き込んでにったりと笑う。

 

 

 

「最近は色々あったようだねぇ」

 

「ええ、だから忙しいです。用件がないのなら帰らせてもらいますよ」

 

 

 

意味ありげに笑みを浮かべるこの人がここ最近の私についてどこまで知っているのか分からない。

 

ただ彼女ならばある程度の事なら察している可能性はある。

 

 

 

「せっかく会いに来たのに相変わらずだね。ちょっとくらい年寄りの会話に付き合ってよ」

 

「あなたは年寄りではないし、私は暇ではありません。話し相手なら他を探してください」

 

「はぁ、悲しい事を言うなぁ」

 

 

 

わざとらしいため息をして彼女はふっと私から視線をそらす。

 

何を見ているかと思って彼女の視線の先を見ると、若い男女のカップルが並んで歩いていた。

 

 

 

「雪乃ちゃんが聞いてくれないのなら、……君の愛しの彼に聞いてもらおっかな」

 

「……」

 

 

 

聞いた瞬間、体がこわばり彼女を睨みつけた。

 

 

 

「フフ、初めて会った時と同じ顔をしている。……あの時の雪乃ちゃんはまだもう少し喰種っぽかったねえ」

 

 

 

今とは違う、と彼女は言い昔を思い出す。

 

 

 

「三年か四年前だったかな? 君は樹へのスカウトをことごとく断り、話をしに行った仲間は全員ボコボコにされて帰って来たから一時期問題になっていたよ」

 

「それは正当防衛です。話を断られたからと言って襲い掛かるなんておかしいでしょう?」

 

「血の気の多い奴らだからね。……まぁ結局、誰も歯が立たないから私が行くことになった」

 

 

 

彼女はまるでいい思い出話の様に語っているが、実際はかなり酷いものだった。

 

 

高槻さんと会うまでの私は力と言うものには絶対の自信があった。

 

父に赫子の使い方を習い、赫子を扱えるようになった私に敵はいなかった。

 

どの喰種も私からすれば弱く、今と同じで手加減をして赫子の本数も制限していた。

 

 

私が出し惜しみなく力を振るう相手に一度たりとも出会わない。

 

 

……だから私は。

 

自分より強い喰種なんて存在しないと本気で思っていた。

 

 

 

「……正直期待はしていなかったけど、戦ってみたら本当に驚かされた。赫者でもなければ私との相性もいいわけではない。なんなら赫子の相性は私の方が有利だったくらいだ」

 

 

 

忘れたくても忘れられない思い出。

 

力の加減などせず、感覚を極限まで尖らせ、赫子も全て使った。

 

……三本だけではなく、本当に全ての尾赫を出した。

 

 

 

 

「いやぁー、あの時は雪乃ちゃんにいくつ内臓を潰されたのか分からないよ。あの後三日間は痛みが続いたのが懐かしいね」

 

 

 

死闘の末、私は敗れた。

 

彼女が私の隻眼に気づき、肉を渡されなければ死んでいたかもしれない。

 

 

 

人生で初めての敗北だった。

 

 

 

「思い出してみたらやっぱりいい思い出だね。それから私達はマブダチだし」

 

「マブダチじゃありません」

 

 

 

あまり意味のある会話じゃないし、そろそろ帰ってもいいだろう。

 

たぶん今日は本当に暇潰しに来ただけなのだろう。

 

 

 

「私は忙しいのでそろそろ帰らせてもらいます。今後は必要のない場合は呼び出さないで下さい」

 

「えぇー、待って待って、二つだけ雪乃ちゃん言っておく事があるんだよ」

 

 

 

椅子から立ち上がる私を引き止め、彼女は言う。

 

 

 

「男のハートを掴むなら、まずは胃袋からってテレビでやってたよ。喰種でも頑張ったら料理できるから、やってみたら?」

 

「……帰ります」

 

 

 

ペロッと舌を出してふざける彼女を見てさすがに我慢できなくなった。

 

 

 

「まぁ待ちなさい。ババァの話は聞いておくものだよ」

 

「……あと一つは何ですか?」

 

 

 

最後の一つを聞けばこれ以上は引き止めないだろうと思って最後の一つを聞く。

 

 

 

「……うん、大切な事だよ」

 

 

 

どうせまたくだらない事だろうと思ったけれど、彼女の顔からはおふざけの色がなくなっていく。

 

……そして私の耳元に顔を近づけ、ボソッと言った。

 

 

 

「……この前のバイトお礼がまだ一つ残っている」

 

 

 

猫のお面を返してもらう事と、母に関しての情報。

 

 

それと。

 

 

 

 

 

「……私に作った借り、上手く利用しなさい」

 

 

 

 

それを言うと、彼女は私から離れた。

 

 

 

「じゃ、そういう事だから。覚えておいてね。あぁ、あと食事はそろそろした方がいいよ。まだそこまでハッキリしてないけど少し顔がやつれてきてるよ」

 

「……頭には入れておきます」

 

 

 

こうして彼女は満足げにデパートの出口に向かい、姿が見えなくなる。

 

 

……私の食事の事は置いといて、結局彼女は何がしたかったのだろうか。

 

 

 

「……本屋さんで料理本を買いましょうか」

 

 

 

考えても彼女の意図は分からず、私はさっき言った本屋に向かう。

 

 

 

 

「借り、……ね」

 

 

 

 

その借りを返して欲しいなんて。

 

 

そんな事を思う日が来るとは、この時の私は思っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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