雪の中の化け物【完結】   作:LY

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第二十三話

 

 

……いい匂いがする。

 

 

 

美味しそうとかそういう事じゃなくて、ただ単純に嗅いでいると落ち着く。

 

 

そんな匂いがする布団だった。

 

 

 

 

「……はぁ、すごい安眠布団。あと三時間はここから出ないわ」

 

 

 

体を丸めて完全に掛け布団の中に潜り込む。

 

そして柔らかくて抱き心地のよい枕を抱いて、鼻から大きく息を吸った。

 

 

 

「もう十時だぞ。あと三時間も寝てたら昼になっちまう」

 

 

 

いい匂いが私の鼻腔をくすぐり、体の力が自然に抜かれてリラックスできる。

 

間違いなく最高級の布団ね。

 

 

 

「これは二度寝確定……」

 

「確定じゃねえよ。そろそろ起きろ」

 

 

 

……何やら外部から雑音が聞こえ、布団が揺さぶられる。

 

私の安眠の邪魔をするなんて。

 

 

 

「……起きねぇ、布団を引き剥がすか」

 

 

「むぅ……」

 

 

 

そんな言葉が聞こえた瞬間、私は掛け布団の四隅を自分の体の下まで引っ張る。

 

 

 

「なっ、丸まりやがった。こらっ、起きなさい。布団にへばりつくな」

 

 

 

そしてその後も外部からの睡眠妨害は続き、5分後に私は目覚めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと起きたか」

 

「……コホン」

 

 

 

布団の上に座り込み、わざとらしく咳払いして冷静になる時間を稼ぐ。

 

周りを見渡すと前に一度見たことがある部屋模様が広がっていて、目の前にはこの部屋の主がいる。

 

 

この部屋にいるのは二度目だ。

 

 

 

「コ、コホン……。とりあえず状況を把握しましょうか」

 

「ああ、どうぞ何なりと聞いてくれ」

 

 

「…そう、じゃあ5W1Hを使って確認しましょうか。ちなみに5W1Hとは英語の……」

 

「それくらい知ってるわ」

 

「あらそう、てっきりアルファベットから教えないといけないかと思っていたわ」

 

「お前は俺を何だと思っているんだ……」

 

 

 

ふぅ……、少し落ち着いてきたわ。

 

ここからは真面目な話よ。

 

 

 

「……では、私がこの状況に置かれている経緯を説明してもらうわ。5W1Hを使って説明しなさい」

 

「どこかの入試問題かよ……。それに今回の説明はそれを使う方が情報伝達しにくい。

……まぁあまり覚えていないかもしれないが、昨日の夜にお前があの後寝ちまったから玄関まで運んで」

 

「……寝てないわよ」

 

「いや、泣き止んだと思ったら寝てたぞ。泣き疲れたんだろ」

 

「説明を続けなさい……」

 

 

 

泣き疲れたから寝るなんて、そんな子供みたいなことを私が……。

 

 

 

「それからずぶ濡れだったからタオルを出しに行ったら急に意識が半分くらい目覚めて、濡れた服が気持ち悪いから風呂に入りたいって」

 

「くっ……」

 

 

 

少し思い出してきた。

 

確かに昨日は家のお風呂を借りて湯船につかった記憶がある。

 

 

それで着替えは……。

 

 

 

「やっぱり」

 

 

 

視線を落とし自身の格好に目をやる。

 

どう見ても私の服じゃない男物の服を着ている。

 

それに下着が……。

 

 

 

「あっ、服は洗濯機の所にあるぞ」

 

 

 

顔から熱を感じつつ、私は急いで服を取りに行った。

 

 

………もう色々と恥ずかし過ぎて、彼の前では自尊心と言ったものがなくなりそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、これからの事なのだけれど……」

 

「ああ」

 

 

 

乾燥機の中に入っていた服を取り出し、服はもちろん下着も着用してまた話を再開する。

 

彼は向かいにある椅子に座り、じっとこちらを見る。

 

 

 

……正直言って、これからどうするべきなのか分からない。

 

昨日捜査官二人に顔を見られてしまった。

 

 

あの人と顔は似ているけれど、それは偶々似ていたと言う事で処理されて実質は何の意味もないだろう。

 

 

つまり他の喰種たちと同じ、正体がばれたら社会には簡単に出ることはできない。

 

大学に戻ることはもうできないし、自分の家もいつ捜査官の手が届くか分からないから居座ることもできない。

 

たった一日で私は多くの物を失い、色々なことが出来なくなってしまった。

 

 

 

 

……いや、それ以前に。

 

 

 

もう私には生きる気力がない。

 

 

 

「……私はもう行くわ。迷惑をかけてごめんなさい」

 

 

 

一度眠って少しスッキリしたが、やはり気持ちは変わらない。

 

一人になればまた自分の事を考え、前と同じように苦しまなければいけない。

 

 

暗い道を立ち止まるのが怖いから歩き続けてきたが、私はもう歩くことにさえ疲れてしまった。

 

 

 

「じゃあこれで……」

 

 

「なぁ“雪ノ下”」

 

 

 

長居するわけにもいかないので別れを告げて立ち上がろうとした時、彼はあの人の名字で私を呼んだ。

 

 

 

「どこへ帰るんだよ?」

 

 

「それは……」

 

 

 

あなたには関係ないわ、といつもなら言うはずなのにそれを言わなかった。

 

なぜかそれを言えずに、ただ立ち止まった。

 

 

 

「また一人になって死にたくなるのか?」

 

 

「………」

 

 

 

…私は彼に何を期待しているのだろう。

 

彼は私とは違う。彼は人間だ。

 

今こうして話している事だっておかしなことだ。

 

 

 

「……お前が寝ている間にCCGの本部に行ってきた」

 

 

「え……?」

 

 

 

今日は休みだけどな、と彼は付け足すが、なぜそんな事を……。

 

それになぜそれを教えるの。

 

 

 

「それで、退職届を出してきた」

 

「……なっ!!」

 

 

 

途端に彼の方を向き、なぜそんな事をしたのか聞こうとした。

 

だが彼は待てと言わんばかりに手のひらをこちらに向け、私の言葉を制す。

 

そしてゆっくりと話の続きをする。

 

 

 

「もちろん雪ノ下がどうとか以前に辞めようと思っていたからちょうどいい機会だったわ。今すぐ辞める事はさすがに出来ないが、あと一カ月くらいで本当に終わる」

 

 

 

また私を雪ノ下と呼ぶ。

 

なぜ彼が私をそう呼ぶかは知らないが、あまり気にせず会話を続けた。

 

 

 

 

「……ちょうどいい機会って何の事かしら?」

 

 

 

 

この時、私は昨日の彼の言葉を思い出した。

 

 

“一人で生きることが出来ないのなら”

 

 

 

「母親にも昨日の夜に相談して、とりあえず同じ仕事場で働かしてもらえるようになったし」

 

 

 

“帰れる場所がないのなら”

 

 

 

「妹にも、迷惑がかかることになっても自由に生きてくれって言われたしな」

 

 

「だから何の話を……」

 

 

 

期待なんてしてはいけないし、彼の優しさに甘えてはいけない。

 

 

そうは分かっていても、こんなにも胸が高鳴っているのはなぜだろう?

 

 

 

 

「………恥ずかしいから二度も言わすなよ。黒歴史が増えるだろ。昨日全部言った」

 

 

「それって……」

 

 

 

心臓がこんな風に高鳴るのは初めての事だった。

 

 

……いや、正確には昨日の夜が初めてだ。

 

 

 

 

「お前が自分の事を好きになれるまで一緒にいる」

 

「っ!?」

 

 

 

心臓の動きが速くなり、また顔が熱くなってきた。

 

 

 

「どうせ行く場所無いんだろ?だったら昨日言った通りだ」

 

 

「昨日って、……それじゃあ」

 

 

 

あんなの、…あんな言葉を本気だとすれば……。

 

 

 

 

「……ここにいろよ」

 

 

 

 

静寂を挟み、真剣な顔をしていた彼は徐々に照れたような表情に変わっていく。

 

そしてその照れを隠すように、彼は変な事を言った。

 

 

 

「……い、今の八幡的にポイント高い」

 

 

 

何を訳の分からないから事を言っているのかしらこの男は。

 

そんな台詞を吐いて罵倒出来れば楽なのだけれど、今の私にそんな余裕はない。

 

 

 

「あの…、それじゃあまるで、………プ、プロ…」

 

 

 

プロポーズみたい、と言いそうになったが口がもごもごして言えない。

 

さすがにそれは言い過ぎかもしれないが、昨日の言葉が本気なら…。

 

 

……い、いや、さすがにそれはないわ、考え過ぎね。

 

 

 

「っ~~!!」

 

 

 

あ、暑い。

 

冬なのに暑いわ。

 

 

この部屋暖房が強すぎないかしら。

 

 

 

 

「………で、ここに住むか?」

 

 

 

恥ずかしいので途中から彼の顔を見ないようにしていたが、そう言われると相手の顔を見ないわけにはいかない。

 

 

私は服の裾を掴み、強い意志を保つ。

 

揺らがないように、揺れ動かないように、彼に言うべき言葉をちゃんと用意した。

 

 

 

……私は化け物で、彼は人間。

 

 

彼が何を言おうと、私が何を思おうと、その事実は変わらない。

 

 

だから私の答えは決まっていた。

 

 

 

 

“あなたと一緒にはいられない”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はい」

 

 

 

 

 

 

 

自分でも驚くくらい、言葉がすんなりと出てきた。

 

 

まるで言いたい言葉が勝手に出てきたみたいで、顔の表情もかなり緩んだのが分かる。

 

 

 

「……あ、……え?」

 

 

 

自分で言った事なのに自分が一番混乱している。

 

彼の目を見つめた瞬間。

 

私が作った答えなど、どこかへと行ってしまった。

 

 

 

「じゃあよろしくな。雪ノ下」

 

 

 

 

そんな事を言って彼は少し微笑み、私の顔はさらに熱を持つ。

 

 

 

こうして化け物の私は、雪の降る夜に出会った捜査官の彼と一緒に暮らすことになった。

 

 

 

 




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