雪の中の化け物【完結】   作:LY

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第二話

……いい匂いがする。

 

 

 

美味しそうとかそういう事じゃなくて、ただ単純に嗅いでいると落ち着く。

 

 

そんな匂いがする布団だった。

 

 

 

 

……。

 

 

 

……布団?

 

 

 

「っ!!」

 

 

 

一気に目が覚め、布団から起き上がる。

 

気がついた私は、どこかも分からない部屋にいた。

 

 

 

「当然だけど、私の家じゃないわね……」

 

 

 

部屋の上の方を見るとデジタル時計が掛けられており、時間は22:13と表示している。

 

……ほとんど丸一日寝ていたのか。

 

 

 

「ここは……」

 

 

 

とりあえず周りを見回すと、左には箪笥や本棚、それにテレビがあり、右には押入れ、後ろにはベランダなど一見して普通の部屋だ。

 

 

部屋の壁には私のコートが吊るされている。腰辺りの部分が破れ、血が染みてボロボロだ。

 

そしてその隣には私のものではないスーツやコートがあった。

 

 

 

「このコート、昨日公園で見た……」

 

 

「入るぞ」

 

 

 

そこまで言うと、部屋のドアが開き、人が入って来た。

 

 

 

「あなた、あの時の」

 

 

「ああ、もう動けるのか?」

 

 

 

私の目の前には、昨日公園で会った男がいる。

 

 

昨日は暗い公園の中だったので多少見にくかったが、間違いなくこの男、……あの喰種捜査官だった。

 

 

 

「まぁ起き上がってるしほとんど……」

 

 

「何の真似よ」

 

 

 

私は男との距離をすぐに詰め、相手の首に爪を突き立てる。

 

男は一瞬驚いた素振りを見せたが、特に動き回らず私の言葉を待った。

 

 

 

 

「あなた、公園にいた白鳩よね。

どういうつもりでこんな事をしているか知らないけど、あなた程度なら一瞬で殺すことが出来るのよ」

 

 

「それはやめていただきたいな。まだかわいい妹を置いて死ぬわけにはいかねえ」

 

 

「じゃあ答えなさい。何が目的なの?」

 

 

 

「……それは…」

 

 

 

私の問いに、男は沈黙する。

 

 

 

本当にこの男の狙いが分からない。

 

白鳩であれば喰種を見れば駆逐するのが当たりまえで、そうでなかったとしても喰種収容所に監禁するはず。

 

前者であれ後者であれ、私をこんなところに置いているのはおかしい。

 

 

それにこの男は武器を持っているようには見えない。

 

 

服にも入っていなさそうだし、もちろん手にも……。

 

 

 

「……あなた、…その左手」

 

「ん? ……あぁこれか。ちょっと階段でつまずいてしまってな。

と言うか、そろそろ喉に爪を突き立てるのはやめてもらえないか」

 

 

 

男の左手は、……いや、たぶん左手から服で隠れている腕まで、白い包帯がまかれている。

そしてその包帯には、ところどころ赤い染みが…。

 

 

 

「くだらない嘘を……。本当に、……何の真似よ」

 

 

 

突き付けていた爪を下し、男から少し距離を取る。

 

 

 

「……おかしいと思ったのよ。あれだけの重症を負ったのに、……まだ生きている事が」

 

 

 

あの時全く治らなかった腹部の傷は、起きたらほとんど塞がっていた。

 

もちろんただ時間が経ったから治ったわけではない。

 

あの傷を治すには、絶対に肉を食べる必要があった。

 

 

 

……。

 

 

つまり、その包帯の下は……。

 

 

 

「……なぜ、そんな事をしたのよ」

 

 

 

胸の中でよく分からない感情が沸き上がり、相手の顔を見ていられなった。

 

私は少しうつむき、視線を落としたまま話を続ける。

 

 

 

「喰種の擁護は重罪。それを擁護どころか生かすなんて。バレたらただでは済まないはずよ」

 

 

「よくご存じで。まぁばれないように上手くやるから大丈夫だろ」

 

 

「何を……、言って……」

 

 

 

 

下を向いていた私だが、男の態度に怒りを感じて射るような視線を向ける。

 

 

 

「さっきから何をふざけた事ばかり言っているの!!

あなたは私の敵でしょ!!

優しいふりなんてしないで!!」

 

 

 

この男の目を見ているとイライラする。

 

 

私に、そんな悲しいそうな目を向けて……。

 

 

 

 

「私に、……優しくしないで」

 

 

 

 

いつの間にか、眼から涙が流れてポロポロと頬を伝っていく。

 

 

別に悲しいわけでもないのに、涙は流れ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前、……その眼」

 

 

「……っ!」

 

 

 

男に言われ、私は我に返って急いで眼を隠す。

 

興奮してしまったため、制御できずに赫眼になっていた。

 

 

 

 

 

「……片眼だけ」

 

 

 

 

 

そう、片眼だけが。

 

 

 

右眼だけが、赫眼になっていた。

 

 

 

 

 

「……もう行くわ」

 

 

男に背を向け、吊るしてある自分のコートを手に取る。

 

 

このボロボロで一部が赤く染まったコートを着ていれば間違いなく目立つが、幸い外は暗いし、人目を避ければ大丈夫だろう。

 

 

 

「……あなた、名前は?」

 

 

 

 

ベランダの戸を開けると部屋に冷たい風が流れてくる。

 

 

 

……私はどうして、人間の名前など聞いているのだろう?

 

 

 

 

「……比企谷だ。比企谷八幡」

 

 

「……そう」

 

 

 

“比企谷八幡”

 

 

変わった名前ね。

 

 

 

 

「私の名前は……」

 

 

 

 

この男を殺さず、さらに名を名乗るなんて、とても愚かな事だと分かっている。

 

 

 

 

でも、

 

 

それでも私は……。

 

 

 

 

「雪乃よ」

 

 

 

 

彼に名前を伝えたくなってしまった。

 

 

 

「雪乃か、綺麗な名前だな」

 

 

 

「……」

 

 

何も言い返すことはできず、ベランダまで行き暗い夜を見上げる。

 

 

昨日と違って、残念ながら雪は降っていない様だ。

 

 

 

 

「……さよなら」

 

 

 

私はそれだけを言い残して、冬の夜へと飛び出した。

 

 

 

 

 

 




読んでくれた方、ありがとうございます。


これから忙しくなるため、次の投稿は8月になると思います。


良ければ気長に待っていて下さい。


(優しめの)感想等はしてくると嬉しいです。

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