雪の中の化け物【完結】   作:LY

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第十六話

見上げた空は一面が曇っていて、あまりいい天気ではない。

 

くすんだ白がずっと遠くまで広がって、どこか息がつまりそうな景色だ。

 

 

 

「まだまだ寒いな」

 

 

 

CCG本部の正面口から外へ出ると肌に冷たい風が当たる。

 

最近は何かと忙しかったが今日はいつもより早く仕事が終わった。

 

 

 

アオギリの喰種収容所襲撃以来、俺を含むCCG関係者は毎日仕事詰めの生活を送り、やっとの思いで事態が落ち着いてきた。

 

ここまで来るのに一カ月ほどかかり、いつの間にか正月を終えて一月の中旬になっていた事にはさすがに驚いた。

 

 

 

「正月は実家に帰るって小町に言ったのに帰りそびれたな。…まずい、これは小町的にポイントかなり低い」

 

 

 

久しぶりに妹のウザ可愛いセリフを思い出す。

 

俺が喰種捜査官になって一人暮らしを始めてからはほとんどあっていない。

 

俺も仕事で忙しく、小町も勉強で忙しいだろうから邪魔しないようにしている。

 

小町は今受験生なのだ。

 

 

 

「第一志望どこだって言ってたかな?」

 

 

 

まぁ正直言えば俺にとって小町の第一志望なんてどこでもいい。

 

小町が行きたいと思える大学に行って、4年間普通に楽しく過ごせたらそれでいい。

 

それ以上は何も望まない。

 

 

 

 

「……君」

 

「はい?」

 

 

 

久しぶりに妹を思いシスコンキャラを安定させている中、CCGの敷地を出てすぐの所ですれ違い際に声をかけられた。

 

俺に声をかけるとは、道でも聞きたいのだろうか。

 

 

 

「君が……、比企谷だね」

 

「そうですけど……」

 

 

 

声をかけてきたのは俺より長身でたぶん年上の男の人。

 

眼鏡をかけて頭は特徴的な白髪。

 

 

……どこかで見たことがあるような気がする。

 

 

 

「雪ノ下や平塚さんが話しているのを聞いたことがある。いい腕をしているらしいね」

 

「いえ、過大評価ですよ」

 

 

 

落ち着いた雰囲気のこの人は雪ノ下さんと平塚先生の名前を出す。

 

この人も捜査官か。

 

 

 

「それに、……不思議な目をしている」

 

 

 

……あぁ、思い出した。

 

こちらをのぞき込んでくるこの人の顔を俺は遠くから一度だけ見たことがあった。

 

最年少で特等捜査官になり、CCG最強と言われている捜査官。

 

 

 

「まさかあなたのような人に声をかけていただけるとは思っていませんでした。有馬特等」

 

「たまたますれ違ったから。それとそんなに畏まらなくていいよ」

 

 

 

有馬貴将。

 

雪ノ下さんをも超える天才でSSSレートと戦い勝ったという。

 

無敗で最強、喰種にとってはまさに死神。CCGの白い死神だな。

 

 

 

「俺、……私の名前をご存じとは思っていませんでした。

雪ノ下准特等や平塚准特等が何を話していたかは分かりませんが、さっき言った通り過大評価です。

私はただの二等捜査官ですよ」

 

「そうかな? 君の戦いは見たことがないが、なぜだか君は強いと思える」

 

 

 

俺の持っていたイメージとは違い、意外と根拠のない事を言う。

 

もっと機械みたいな人かと思っていた。

 

 

 

「……直感ですか?」

 

「かもね。いつか手合わせしようか」

 

 

 

絶対に嫌だな。

 

 

 

「……じゃあそろそろ行くよ。

もう少し話していたいけど用事があるから」

 

「分かりました。……ではまた、機会があれば」

 

 

 

有馬特等の表情は読み取りにくいが、たぶん少しだけ笑って去って行ったと思う。

 

 

あんな顔をする人でも平然と喰種を殺すのだろうか。

 

やはりこの世界では、人間にとってその行為は正義なのだろうか。

 

 

分からない。それが正しい事なのか、それとも誤っている事なのか。

 

 

 

……だが仮に、人にとってその行為は当たり前のことだと感じるのならば。

 

 

 

俺は多分、人間以外の生き物だ。

 

 

 

 

 

「……そろそろ限界だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

有馬貴将と話し終わってからは駅に直行し、早々に8区の家に帰って来た。

 

外見は綺麗でもなく汚くもない安めのマンションで俺の部屋は四階。

 

住んでいるのはもちろん俺一人。

 

 

 

「何で明かりが点いているんだ?」

 

 

 

なのに、なぜか窓から明かりが見える。

 

電気を消し忘れたのか。

 

…まったく、最近の子はエコじゃないな。もっと地球の声に耳を傾けないと。

 

 

 

そんな事を思いながら、ポケットからカギを取り出して鍵穴を回す。

 

しかし、いつもと違って鍵を回す感覚に違和感を持った。

 

 

 

「ん?」

 

 

 

鍵を開けるつもりで回したのに、何故か鍵がかかってしまった。

 

おかしいと思いながら、もう一度鍵を逆回転しドアを開ける。

 

電気だけでなく、鍵もかけ忘れたのか?

 

 

 

「まさか強盗が入っているわけじゃ」

 

 

「おかえりーーー!!」

 

 

 

「は!?」

 

 

 

ただいまも言っていないのに家の中から元気なお帰りが聞こえ、足音がこちらに向かってくる。

 

噂をすれば影、なんて言葉があるが本当に出てきてしまった。

 

 

 

「久しぶり、ごみぃちゃん!!」

 

「そんないい顔でお兄ちゃんをゴミ扱いしてはいけません。

それより何でここにいるの小町ちゃん?」

 

 

 

俺の家の鍵を開け、部屋の電気をつけていたのは妹の小町らしい。

 

高校の制服姿で可愛く出迎えてくれるのは嬉しいが、どうやって中に入ったのだろう?

 

 

 

……いや、そう言えば普通に家の鍵を渡していたな。

 

 

 

 

「いやー、お正月には帰ってくるって言ったのに全然帰ってこないから小町の方が来ちゃいました。

お兄ちゃんの事はボッチだしキモイと思っていたけど、さすがに正月の日を忘れるバカだとは思っていなかったよ。小町ショック!!」

 

「ねぇ、さらっとボコボコに言うのやめてくれない?

もう十分にオーバーキルだわ」

 

 

 

いつもは優しい妹が今日はお怒りの様だ。

 

やはり正月に帰らなかったのが良くなかったらしい。

 

 

 

「帰れなかったのは悪いと思っているが、最近は結構忙しかったんだよ」

 

「別に小町は怒ってないもん。カー君の代わりに怒ってるだけだもん」

 

 

 

……だもんって、この子可愛らしいな。

 

 

 

「今度何か買ってあげるから許してくれ。

それよりこんな所にいて良いのか? そろそろ試験だろ?」

 

「大丈夫、ちゃんとさっきまで勉強してたから」

 

 

 

部屋の中へ引っ張られ、ほらっと言ってテーブルの上を指さす。

 

そこには確かに、赤本やら参考書が広がっている。

 

 

 

「本当はお兄ちゃんがいつ帰って来るか分からなかったから、もう少ししたら書置きだけして帰ろうと思ってたの」

 

「今日はたまたま早く終わったからな」

 

 

 

ふむ、たまには神様もいい事をする。

 

八幡的にポイント高い。

 

 

 

 

と、そんな事を思っていたらいつの間にか小町に見つめられていた。

 

え? なに? まさか惚れられた?

 

 

 

「…お兄ちゃん喰種捜査官になって働きだしたけど、小町ずっと心配だったから見に来たんだよ。

……お兄ちゃん、好きでこの仕事に就いたわけじゃないでしょ?」

 

「ん?何のことですかな?」

 

 

 

怪しまれないように即答で答えたが、小町はジト目で見てくる。

 

 

おかしい、全然色っぽい展開じゃない。

 

いや、妹相手に色っぽい展開とか期待してねえけど。

 

 

 

「隠しても無駄、小町知ってるんだから。

お兄ちゃんはお母さんの負担を減らすために学費の安いCCGのジュニアスクールに行って、小町が普通の大学に行けるように早くから働いているんでしょ」

 

「おいおい、買いかぶり過ぎだ。

俺は死んだ父親の敵を討つために捜査官になったわけで、別に愛する妹の為とかじゃないし。全然そんな感じのあれじゃないし…」

 

「は?何言ってるのお兄ちゃん。

お父さんは普通の交通事故で死んだんでしょ。

喰種は関係ないじゃん」

 

 

 

なぬ、………設定を誤ったか。

 

 

 

「あっ、あ~~違ったわ。

父親じゃなくて愛する恋人の敵を討つためだったわ。

八幡うっかり☆」

 

「キモっ」

 

 

 

おいやめろ、そんな汚いものを見る目をするな。

 

 

 

「友達もできた事ない癖に恋人とか無理無理。その設定が一番無理あるよ。

と言うかそろそろ同じ職場の人で彼女出来たの?

今いい感じの人とか?」

 

「いやない。周りの女性と言えば男より男っぽい10歳くらい年上の人しかいないから」

 

「えぇーー、今日一番期待してた事なのに。

お兄ちゃんが三つくらい年上の美人でお金持ちでスタイル良くて、おまけにバリバリ仕事ができるお姉さんキャラの人を捕まえてるんじゃないかって」

 

「………ねえよ」

 

 

 

妹がめちゃめちゃ的確に嫌なところ突いてくるんですけど。

 

なに?この子あの魔王の事知っているの?

 

 

 

「……まぁ今日はもういいや。

お兄ちゃんの顔見れたし、お母さんにも色々言っとく」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

 

 

ポンポンと軽く小町の頭を撫でる。今日は珍しく髪が乱れるとか言って嫌がらない様だ。

 

 

 

「うん、女を連れ込んだ形跡はないって言っとく」

 

「やめろ」

 

 

 

そうして髪が乱れるくらい、何度も頭を撫でてやった。

 

 

 

 

 

 

 

それから小町はテーブルの上の参考書等を片付け、コートやマフラーを着込んですぐに帰る準備を終えた。

 

駅まで送って行こうとしたが、一人でいいと言ってフラれてしまった。

 

 

 

「じゃあ帰るから、お兄ちゃん元気でね」

 

「ん、受験上手くいくといいな」

 

「うん、頑張る」

 

 

 

そして小町は家のドアを開ける。

 

 

それからゆっくりと振り返り、真剣な声音で俺に言った。

 

 

 

「……ねぇお兄ちゃん。

もう小町もお母さんも大丈夫だから……」

 

「そうか……」

 

 

 

開かれたドアから見える景色は綺麗なもので、黒い空とその下にある住宅からの明かりがいい絵を作っている。

 

ここから見える景色は結構気に入っている。

 

 

 

「だからお兄ちゃんはもう自由に生きてよ。

今更かもしれないけど小町はお兄ちゃんの好きなように生きて欲しい。

……それが例え、小町達に迷惑が掛かっても」

 

「それはダメだろ。兄として良くない」

 

 

 

でも一番綺麗なのはその風景なんかじゃない。

 

 

 

「ダメなんかじゃないよ。

もう小町は十分に迷惑かけちゃったから、今度は小町に迷惑をかけて欲しい」

 

 

 

一番綺麗なのは、コートとマフラーを身に着けその風景を背にしている女の子だ。

 

 

 

「小町とお兄ちゃんは兄妹だから」

 

 

「……ん、そうだな」

 

 

 

小町は17歳で高校三年生だ。

 

もうすぐ大学生になる。

 

 

 

 

もう、子供じゃない。

 

 

 

 

 

「ありがとな、小町。

受験前なのに気を使わせて」

 

「いーよ。ごみぃちゃんは小町がいないとダメダメだから」

 

「言えてる」

 

 

 

 

 

それから少し笑って、小町は最後にこう言って去って行った。

 

 

 

 

「言い忘れていたけど、さっきのセリフ、小町的に超ポイント高い」

 

 

 

 

 

俺の妹は、この照れ隠しする時が一番かわいい。

 

 

これだから俺はシスコンをやめられないのだろう。

 

 

 

 

 

 


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