雪の中の化け物【完結】   作:LY

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読んでくれている方々、いつもありがとうございます。





第十四話

 

数メートル先の少し道が広がった場所で行われているのは、私達を立ち尽くさせるような戦い。

 

私は長い間喰種捜査官をやっているが、こんな動きをする奴は見たことがなかった。

 

 

 

「死ねよ!死ね死ね!!バラバラに切り刻んでやる!!」

 

 

「……」

 

 

 

右腕に巻き付いた鋭い刃を持った甲赫の赫子。

 

間違いない。私の目の前にいるのは“ジャック・ザ・リッパ—”だ。

 

 

 

そしてその喰種と戦っているのは若い青年。

 

両手には異なるクインケを持ち、片方は少し破損している。

 

 

 

「なんでっ!!なんであたらねぇんだよ!!」

 

 

 

荒れ狂う“ジャック・ザ・リッパ—”は休むことなく赫子で切りかかり、辺りの物を綺麗に切断していく。

 

やはり切れ味がいい赫子。あれで捜査官の体やクインケを切り刻んでいたのだろう。

 

 

 

だがしかし、青年とそのクインケが切られることはなかった。

 

 

 

若い捜査官は両手のクインケを使い分け、相手の攻撃を上手く捌ききる。

 

受け止めるのではなく綺麗に受け流していた。

 

 

 

「な、何だこれは……」

 

 

 

何一つ無駄がない美しく綺麗な動き。

 

 

そして異常なまでに静かな動きだった。

 

音を立てているのは赫子があたりの物にぶつかった時だけで、赫子とクインケの衝突音が全くないように感じた。

 

 

そう錯覚させられた。

 

 

 

「……はっ、陽乃!!援護を!!」

 

「……」

 

 

 

急に我に返って陽乃に呼びかける。

 

到着してからずっとその動きに魅入られ、ただただ呆然と見ているだけだった。

 

 

アタッシュケースのボタンを押してクインケを装備する。

 

手筈通り、私が隙を作って陽乃がとどめを……。

 

 

 

「行くぞ陽乃!!」

 

「……って」

 

 

 

クインケを構え大きく一歩踏み出し援護に向かおうとする。

 

早く助けてやらねば。

 

 

 

「待って!!!」

 

 

「っ!?」

 

 

 

だが踏み出した足はそれ以上進むことはなく、むしろ後退させられる。

 

 

後ろから服を掴まれ引っ張り戻された。

 

 

 

「な、……どうした陽乃!?」

 

 

 

引っ張り戻された事にも十分驚いたが、私はそれ以上に彼女の声に驚かされた。

 

陽乃がこんなにも大きな声で叫ぶなんて思ってもみなかった。

 

 

 

「……大丈夫だよ。もう終わるから」

 

 

 

クインケすら出していなかった彼女はなおも戦っている捜査官から目を離さない。

 

この子は、…私以上に魅入られているのか?

 

 

 

「…お前、…その顔」

 

 

 

そして彼女の顔に浮かび上がって来たのはこの場に全く相応しくない表情。

 

今まで陽乃が見せなかった、仮面を覆って見せなかったもの。

 

なぜこの場でそんな顔が。

 

 

 

「笑っているのか……?」

 

 

 

 

 

「…………え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてそれから数分後。

 

陽乃が言った通り若い捜査官と“ジャック・ザ・リッパ—”の戦いは終わった。

 

 

 

ただ予想外の事があったとすれば。

 

 

 

 

“ジャック・ザ・リッパ—”にとどめを刺したのは私だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……。危ないところだったな」

 

「……すみません」

 

 

 

握りしめたクインケで喰種の心臓を突き刺し、動かなくなったのを確認してから気を緩める。

 

生命力の強い喰種だが今は完全に死んでいる。

 

 

 

「陽乃、処理班を呼んでくれ。その間君は、疲れていると思うが私に今回の経緯を説明してくれ」

 

「分かりました」

 

 

 

近くで見てみると目が少しアレだが顔立ちはやっぱり若い。

 

たぶん陽乃よりも年下だろう。

 

 

 

「…じゃあ早速いろいろ教えてもらいたいが、その前に自己紹介しておこう。私は平塚静だ」

 

「俺は、……いえ、私は比企谷二等捜査官です」

 

「ああ、そんなに堅くならなくてもいい。普通に話してくれて構わないよ」

 

 

 

一人称を言い直す彼にできるだけ優しい口調で話し、とりあえず気を抜かせる。

 

それにしてもまだ二等捜査官なのにさっきの動きとは恐れ入るな。

 

最後の詰めは良くなかったが。

 

 

 

「……そうですか。ありがとうございます准特等」

 

「何だ、私の事を知っているのか」

 

 

 

階級を言っていないのに私を准特等と呼ぶことから、彼は私の事を全く知らないわけではない様だ。

 

まぁ担当地区が同じだろうから知っていてもおかしくはない。

 

 

 

「では話をしてもらうが、准特等はやめてくれ。その呼ばれ方はあまり好きじゃない」

 

「はぁ、分かりました」

 

 

 

そして彼は、“ジャック・ザ・リッパ—”と遭遇するまでの話をしてくれた。

 

 

 

 

 

 

話の中で特に複雑な事はなく、やや疲れ気味の頭でもすんなりと入ってきた。

 

 

この青年、比企谷二等は上司と喰種の捜査中に奴と遭遇した。

 

遭遇した、というより奇襲をかけられ、まず初めに上司が狙われたらしい。

 

上司はそれを間一髪避け、クインケを展開して攻撃を受け止めようとしたが残念ながら向こうの方が上手だった。

 

“ジャック・ザ・リッパ—”の赫子は他の喰種と比べても群を抜いて切れ味がいい赫子だ。

 

攻撃を受け止めようとした上司は自分と赫子の間にクインケを構えていたが、そのクインケは敵の赫子によって切断され、攻撃の勢いは止まらず上司の首も無惨な事になったらしい。

 

 

そして比企谷二等と喰種の一騎打ちになり、彼は上司の半破壊したクインケも使って必死で戦い続けた。

 

そして私たちが到着し、その数分後に決着がついた、という事の様だ。

 

 

 

 

 

「殉職した上等の遺体は、……そちらの方に少し進めばあると思います」

 

「…分かった。説明してくれてありがとう」

 

 

 

この若さでもう上司との別れを経験するなど辛いだろう。

 

私はそう思って彼の顔を盗み見た。

 

 

 

「……」

 

 

 

彼は案の定悲しそうな表情をしているがその顔に怒りは一切感じられない。

 

ただ少しの悲しみと寂しさ。…それだけだった。

 

 

 

「私は遺体を確認してくる。君は待っていなさい」

 

 

 

そう言って私は道を少し進んで曲がり角を右折する。

 

そこには彼の言っていた通り殉職した捜査官の遺体があった。

 

喰種によって切られた頭部と体。私はそれらが隠れるようにスーツの上着を被せた。

 

 

やはり何度繰り返しても、仲間の遺体を見るというのはつらいものだ。

 

 

 

 

 

 

————————————。

 

 

 

 

 

 

私が戻って来た時に陽乃がちょうど比企谷に近づいていた。

 

 

 

 

「ねえねえ君、名前はなんて言うの?」

 

 

「……比企谷です」

 

 

 

本部との電話が終わり、この場の空気とは少しズレたテンションの陽乃が比企谷に話しかける。

 

比企谷は見るからに嫌そうな顔だ。

 

 

 

「さっきの動き凄かったね。階級は何なの?あと歳は?」

 

「……二等で二十歳になったばかりです」

 

「えぇースゴイ!二等捜査官なのにあれだけ早く動けるなんて」

 

「こら陽乃。彼は疲れているだろうからあまり聞いてやるな」

 

 

 

普段は空気を読めるのに今は全くそれをせず、自分の聞きたいことを彼女は聞き続ける。

 

 

たぶん今の彼女にとっては場の空気なんてどうでもいいのだろう。

 

陽乃は珍しく感情が高ぶっている。

 

 

 

「ああ、自分の自己紹介がまだだったね。

私の名前は雪ノ下陽乃。比企谷君より三つ上で最近准特等になりました。ちなみに彼氏募集中です!」

 

「……そうですか」

 

「それで、処理班を待っている間に私も静ちゃんみたいに聞きたいことがあるんだけど、君は戦っている時に何を考えていた?」

 

「戦っている時ですか?」

 

 

 

陽乃の変な質問だが、彼は平然と答えた。

 

 

 

「特に何も。……必死で戦っていたので。ただ心臓の拍動は強く感じていました」

 

「…そう、じゃあもう一ついいかな。君の戦いは本当に良かったのに何で最後に手を抜くようなことをしたの?」

 

「……手を抜いた覚えはありません」

 

 

 

陽乃が言っているのは戦いの最後のとどめの事だ。

 

 

彼は“ジャック・ザ・リッパ—”の攻撃を受け流し続けて相手のスキを窺い、敵が大振りになったところで見事にクインケを切りつけた。

 

それからの動きも素晴らしいもので、ひるんだ敵の足を瞬時に斬撃して体勢を崩し、両手のクインケを相手の腕に突き刺した。

 

 

そして四肢をやられた相手は叫び声を上げ、動くこともできず地面に倒れた。

 

 

 

陽乃の言っている問題点はここからだ。

 

 

比企谷はとどめを刺そうとクインケを振り上げた。

 

その瞬間までは完璧な喰種捜査官だった。

 

 

だが彼の腕は不自然に止まった。

 

まるで機械が緊急停止したみたいだった。

 

 

 

そしてその時の彼の顔は、……何かトラウマのようなものを思い出しているようだった。

 

 

 

 

 

「あの時君は敵を殺さなかった。そのせいで敵に勝機を持たせて実際に反撃されたね。静ちゃんが助けに行かなかったら、君は今頃死んでいたよ」

 

「…ですね」

 

 

 

もしかしたらこの子は自分の命を天秤に掛けたうえであのような行動をとったのかもしれない。

 

 

なぜなら彼の態度に反省の色はあるが、後悔の色はないのだから。

 

 

 

「はぁ、君ねぇ。優しいお姉さんだって怒る時は怒るんだよ」

 

 

 

呆れ半分で陽乃はそう言うがさすがに止めに入ってやろう。

 

 

 

「もういいだろ陽乃。それにほら、……そろそろ処理班が来るぞ」

 

 

 

ドタドタと何人かの足音が近づいてくる。

 

思っていたより早い到着なので、もしかしたら電話をかける前から近くにいたのかもしれない。

 

…まぁその辺はどうであれ、これで今日の任務は終わり。

 

 

今回の事件の幕引きだ。

 

 

 

「じゃあ比企谷、君は医療班の方に行くんだ。処理班には私と陽乃が話そう」

 

「分かりました」

 

 

 

それから彼は処理班の足音が聞こえる方に向かい、私達から遠ざかって行く。

 

陽乃はまだ彼と話したいようだが、私が止めておいた。

 

 

 

 

「あぁ、俺も雪ノ下准特等に聞きたいことがあるんですけど」

 

「ん?何かな?」

 

 

去り際に彼は振り返り、陽乃の目を見てこう言った。

 

 

 

 

 

「……喰種を殺すことは本当に正義なのでしょうか?」

 

 

「っ……」

 

 

「俺にはその答えが、…よく分かりません」

 

 

 

 

そして彼はまた歩き出し、陽乃は何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

CCG本部にて

 

 

 

 

「結局君は、何を思ってあんなことを言ったんだろうな」

 

「……?どうかしました?というかさっきから俺にやらせて自分は仕事さぼっていませんか?」

 

「失敬な、部下の監視をしているのだよ」

 

 

 

あれから部下のいない私と上司を失った比企谷はパートナーになった。

 

 

その時からずっと彼を見てきたが、未だに何を抱え、何を考えて戦っているのか分からない。

 

とても不思議な子だ。

 

 

 

「あぁそうだ、“ジャック・ザ・リッパ—”討伐の功績の事、本当にいいのか?賞金だって出ているんだぞ」

 

「その話はもう終わったじゃないですか。蒸し返すのはやめにしましょう」

 

 

 

まったく、本当に呆れたものだ。

 

比企谷は“ジャック・ザ・リッパ—”討伐の後医療班の方に向かい、後日詳しい事を局の者に聞かれたらしいが。

 

 

自分は何もしていません。

 

あれは平塚准特等の功績です。

 

事実あの喰種にとどめを刺したのは平塚准特等ですし。

 

 

などと言って私の功績に仕立て上げた。

 

 

 

 

「この頑固者め。私が不満を持っているのだよ」

 

 

「クインケの所有権を無理やり渡してきたじゃないですか」

 

 

「それだけで納得するわけがないだろう」

 

 

 

 

 

 

とまぁこれ以上話すとまだまだ長くなるから、この辺でこの話は終わりにしよう。

 

 

ただ話には落ちと言うものがないとつまらない。だから彼に一つだけ質問をして終わりにしよう。

 

 

私が今、一番聞きたい質問を————。

 

 

 

 

 

「比企谷、探している答えは見つかったのか?」

 

 

 

 

「……さぁどうでしょう。それより仕事をしてください」

 

 

 

 

 

まったく、……可愛くない部下だ。

 

 

 

 


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