転勤先は異世界でした ~社畜冒険者の異世界営業~ 作:ぐうたら怪人Z
「おい、リア!
それ位にせんかっ!!」
「――す、すみません、ジェラルドさん」
ギルド長に一喝され、しゅんとなるリアさん。
……今、彼女はギルド長を“名前”で呼んでいたな。
彼と、個人的に親しい仲、なのだろうか?
まさか孫娘ということは無いだろうが。
「すまんのぅ、クロダ。
結局、彼女が言いたいことは、じゃ。
<訪問者>の教育に同行するにあたって、教育担当であるお主の実力が信用できない、と。
そういうわけなんじゃよ」
「まあ、どこの馬の骨とも分からない輩と一緒に<次元迷宮>へ潜りたくない、というのは分かります」
ここまでの流れから察せられるかもしれないが、<訪問者>への教育に立ち会うギルド構成員とは、リアさんのことだ。
確かに、うだつの上がらないEランク冒険者である私と冒険を一緒するのは、彼女のプライドが許さないかもしれない。
……実のところ、まだその<訪問者>の教育を私がやると決まったわけではなかったりする。
いや、リアさんのような美少女と共に冒険ができるというのは、かなり魅力的な案件ではあるが。
それは商会の決定次第だ。
とはいえ、その辺りをいちいち指摘しても面倒なので話を先に進めよう。
「では、私の力をお見せすればいいということですね。
つまり、私と模擬戦を行いたい、と」
「ええ、あんたが万に一つあたしに勝てたら、認めてあげる。
万年Eランク冒険者のあんたが、Bランクのあたしに勝てたら、ね」
その台詞、負けフラグですよ。
喉から出かけた言葉をどうにか飲み込む。
「それでは、時間も惜しいですし早速始めましょう。
準備はよろしいですか?」
「ええ、あたしは――これで十分よ」
リアさんの手には金属製の棍が握られていた。
長さ2mはあるソレをびゅんびゅんと華麗に振り回す彼女。
なるほど、様になっている。
まず間違いなく、<
「あんたは?
見たところ、鎧も着てないみたいだけど」
「私もこれで十分ですよ」
「――は?」
少女が、露骨に顔をしかめた。
私の返事が気に障ったらしい。
「何それ。
鎧どころか武器も無し?
ひょっとして、あたしのこと舐めてるの?」
「まさか、そんなことはありません。
この状態で勝負をするという、ただそれだけのことです」
「そんな軽装であたしの攻撃受けたら、下手すりゃ死ぬわよ!?
分かってる!?」
「構いませんよ。
それとも模擬戦は中止しますか?
その場合、私の提案を承諾したということになりますが」
「――むぅうう!!」
埒が明かないと思ったのか、リアさんはギルド長の方へ矛先を変える。
「――ちょっと、ジェラルドさん!!
このバカになんか言ってやってよ!?」
「何か問題があるかのぅ?
準備完了と本人が言っとるじゃないか」
「――うぅぅ」
ギルド長にもきっぱり断言され、呻く少女。
しばし迷っている風だったが、頭を二度三度振ってから、改めて棍を構えた。
「死んでも、恨まないでよね!」
リアさんの視線が私を射貫く。
――ああ、そういうことか。
あの子は、私の身を案じてくれていたわけだ。
気は強そうだが、根本的に優しい人なのだろう。
場違いな感想を抱く横で、ギルド長が私達に見えるように腕を上げた。
「これより、クロダ・セイイチとリア・ヴィーナとの模擬戦を始める。
立会人は儂、ジェラルド・ヘノヴェスが務める。
双方、用意は良いな?」
「はい」
「……ええ」
私とリアさん、それぞれが頷く。
「では――始めぃ!!」
ギルド長が手を降ろすのを合図として模擬戦は始まり――
――そして終わった。
「――あれ?」
きょとんとした、リアさんの声。
彼女の手には、もう棍が握られていない。
「勝負有りっ!!」
ギルド長が私の勝利を宣言する。
うむ、これにて一件落着――
「ちょっと待ちなさいよ!!」
――という訳にはいかず。
「なに、今の!?
あんた、何したのよ!!」
「何をしたと言われましても――
「……矢?」
「クロダの
ジェラルドさんが補足してくれる。
そう。
私は予め、スーツの袖に矢を隠し持っていたのだ。
模擬戦が始まると同時にその矢を飛ばし、リアさんの棍を弾いた次第。
「と、飛ばしたって、どうやって!?
ちょっとした“仕掛け”じゃあり得ない位の速度で飛んで来たわよ!?」
「それはまあ、<
「<射出>!?
あんた、<
「知らなかったのですか?」
「教えておらんよ。
聞かれなかったからのぅ」
飄々と、ギルド長が答える。
まあ、私もリアさんの職業を知らなかったので、平等ではあるが。
なお、<射出>とは<魔法使い>が使う低級スキルの一つで、文字通り矢等の武器を飛ばす効果がある。
火や雷などの魔法攻撃が通用しない相手へ使うことが多い技だが――予め矢を用意しておかなければならないため、少々使い勝手が悪いスキルでもある。
「いや、いやいやいや!
<射出>を使ったとしてもよ!?
おかしいでしょ、あの威力!!
ちょびっと油断してたとはいえ、あたしが視認できないだなんて!!
それに、スキルの発動光も見えなかったし!!」
通常、スキルを使うと発光現象が起きる。
それが発動光だ。
これがあるため、スキルを“隠れて”使うのは至難の業なのだが――
「スキルは、“スキルレベル”を上げることで効果が増します。
低級スキルであっても、レベル次第では高級スキルと同等の威力となり得る。
同時に、スキルレベルが高くなることで、発動光を抑えることも可能なのです」
「そんなこと分かってるわよ!!
でもスキルレベルを上げるどうこうの話じゃないでしょ!
完全に別物じゃないの!!」
むう、なかなか理解して頂けない。
困っていると、ギルド長が助け船を出してくれた。
「のう、リアよ。
スキルレベルの最大値が幾つか知っておるか?」
「そ、それは勿論、知ってます。
100ですよね?」
「うむ。
クロダの<射出>はレベル500じゃ」
「――ごっ!?」
リアさんが息を詰まらせる。
正確には524だが。
「ご、500?
500って、あんた――え?
スキルレベルの最大は100なんじゃ――?」
「100より上にレベルを上げる奴が滅多にいないというだけの話じゃ。
儂もレベル100を超えるスキルの持ち主は数人しか知らん。
クロダはその中でも極め付けじゃの。
どうじゃリア、納得いったか?」
「……はい、分かりました。
我が儘を言ってしまい、申し訳ありませんでした、ジェラルドさん――それに、あんたも」
しおらしく頭を下げるリアさん。
ギルド長だけでなく私に対してもやるあたり、好感度が高い。
だが、突然がばっと顔を上げて、
「で、でも最後に!
スキルレベル500だなんて、どうやって上げたの!?
100にするのだって、普通は何年もかかるのよ!?」
「ああ、それは簡単です。
私、<射出>以外にスキル使えないんですよ」
「――え?」
「他のスキルには一切『ポイント』を振り分けず、ひたすら<射出>だけを鍛えたのです。
気付いたらこんなレベルになってました」
「――お、おう」
リアさんがなんとも言えない表情になった。
そして何かに気付いたように、
「ひょ、ひょっとしてあたし、最初の一撃さえ防げば勝てたんじゃ?」
「そうでしょうね。
そうならないよう、細心の注意を払いましたから」
そもそも(おそらくは)<戦士>であるリアさんに、<魔法使い>である私が真っ向からやりあって勝てるわけが無いのだ。
スキルだけの比べ合いなら<魔法使い>が有利だが、身体能力は<戦士>に大きく水をあけられている。
1対1で<魔法使い>が<戦士>に挑むなど、酒屋での笑い話程度にしかならない。
「な、なんか――納得いかない」
がっくりと肩を落とすリアさん。
いや、申し訳ない。
しかしこれが大人の戦い方なのだ。
――どうか、私を反面教師にして、真っ直ぐに育って頂きたい。