転勤先は異世界でした ~社畜冒険者の異世界営業~ 作:ぐうたら怪人Z
①
東京。
かつて私が住んでいた街。
科学によって栄える文明の都。
ウィンガスト。
今、私が住んでいる街。
剣と魔法によって栄える、冒険者達のフロンティア。
かつて、私はつまらない男だった。
毎日、同じように職場に向かい、同じように仕事をし、同じように家に帰り、同じように飯を食い、同じように寝る。
それをただひたすら繰り返し。
勘違いしないで欲しいのだが、私自身そのような暮らしが嫌いだったわけではない。
何の代り映えの無い日常にも愛着はあったし、社会の歯車として動くことに誇りすら感じていた。
私のような生き方を嘲笑う人は多いだろうが、しかし私はその生活に充足を持っていたのだ。
そんな日々が、突然終わるとは考えてもいなかった。
下る辞令。
異動先は“六龍界”と呼ばれる
最初は、笑った。
次は、うちの人事は頭がおかしくなったのかと心配した。
全て本気だったのだと気づいたのは、
漫画や小説で読んだような、ファンタジーの世界に。
思わず、乾いた笑いをしたのを覚えている。
――うちの会社、まさか異世界に支社を持っていたとは。
平凡な日常よ、さようなら。
驚きばかりの非日常よ、こんにちは。
ごく普通の会社員であった私――
そんな私が、現在どうやって暮らしているのかと言えば――
「お、クロダじゃないか。
今日も時間通りだな」
声がかかる。
考え込んでいたら、もう“目的の場所”へ到着したようだ。
「ボーさん、お疲れ様です。
今日もいつも通り、仕入れてきましたよ」
持っていた袋を目の前の男性へ渡す。
筋骨隆々のとてつもなく背が高い人で――3mは優に越している。
無論、ただの人ではない。
巨人族の生まれなのだそうだ。
本名はボーレンクイロン・ヴァキャ・アンラマウェンスタ・ヴィーマゲウォンという方なのだが、それでは余りに長いので、ボーさんと呼んでいる。
彼は荷物をひょいと受け取ると、中を確認し出す。
「ほほーう、流石は
きっちり、ノルマ分揃ってんな!」
チェックが完了した。
ボーさんは袋を――魔物を倒して手に入れた“素材”が詰まった袋を、棚へ仕舞い込む。
ここは、私の勤めるウィンガスト支社――現地での名は『セレンソン商会』という――の『資材部』だ。
彼は、商会の資材担当なのである。
“社員”がその日集めた素材の管理や、必要な物資の調達を主に行ってくれている。
なお、私は商会の『仕入部』に所属。
それはそれとして。
「あのー、そのEランク主任というのは、もう止めて頂けませんか?」
「何言ってんだ、
素材収集ノルマを達成できなかったことは一度もない『仕入部』期待の有能社員な癖に、まだ冒険者ランクが最低のEだってんだから。
飲み会があれば、一回はお前の話題が出る位だぜ?」
「そ、そうですか」
肩を落とす。
身から出た錆なので仕方ない。
さて、ちょうど話に出たので、冒険者について軽く説明しておこう。
この街で冒険者とは、『冒険者ギルド』に登録した者を指す。
冒険者は、この街の
無論、それ以外に様々な仕事を請け負ってもいいのだが。
そして冒険者は、その功績に応じてA~Eまでのランク付けがなされる。
最高がAで、最低がEだ。
私もこの世界で仕事をするにあたって冒険者登録は済ませている。
ランクは――ボーさんが言った通り、Eである。
「お前がこっちに来てもう“1年”経つだろう。
1年間冒険者を
それで未だにEなんだってんだから、逆に凄い!」
「まあ、ランクによる不自由はしないので」
苦笑いする。
高いランクの方が高級な武器防具を優先的に購入できたり、高位の
私には、特に必要はない。
何故ならば――
「そりゃそうだわな!
お前さん、
大笑いしながら、ボーさんが私の肩を叩いてきた。
若干痛い。
私が顔をしかめたのを見て、彼はすぐに謝ってくる。
「おっと、悪い悪い
――つうかな、なんでもっと奥の方行かないんだ?
そっちの方が見入りもいいだろうに」
「それはそうなんですが――」
「ですが?」
「――その、怖いじゃないですか。
まだ踏み入ったことのない場所を探索するのって」
「……冒険者が言っていい台詞じゃないな」
今度はボーさんが苦笑い。
つまりどういうことかと言えば。
私は、迷宮表層の
冒頭で、私はつまらない男
私は、
この世界でも私は毎日、同じように職場に向かい、同じように仕事をし、同じように家に帰り、同じように飯を食い、同じように寝る。
東京にいた頃と変わらぬ生活を送っている――送ってしまっている。
異世界への転勤などという、前代未聞の事件がその身に起きていながらこの体たらくとは、私のつまらなさはもう筋金入りと言えよう。
――これから始まるのは、そんなつまらない男のお話だ。
ボーさんと別れて私が向かったのは、商会の『販売部』だ。
街の住人に売る商品は勿論、冒険者が使うアイテムも揃っている。
今日の“探索”で消費した分を買い足しに来たのだ。
「失礼します。
備品を購入したいのですが」
「あっ、クロダさんっ!」
挨拶するなり、販売担当の一人が応対に来てくれた。
長い黒髪の、美しい女性。
「今日もお疲れ様です。
探索で怪我などはありませんでしたか?」
「ええ、お陰様で。
いつも通り、こなしてきました」
「それは良かったです。
あ、今日も“いつもの品”をお求めなんですよね?」
「はい」
「少し待っていて下さい。
今、ご用意しますから」
「ありがとうございます、ローラさん」
挨拶の後、棚から備品を取り出していく女性。
この人は、ローラ・リヴェリさんという。
年の頃は私より少し下で、25歳。
セレンソン商会の販売担当をしている社員の一人だ。
私が備品を購入する際は、大抵この人にお世話になっている。
「――ほほぅ」
棚に向かっているローラさんの後姿を見て、思わず息を吐いてしまう。
ローラさんの背は、女性にしては少し高めで大体160を少し越えた位。
物腰丁寧でいつも柔和な表情を浮かべている、商会内でも――いや、ウィンガストでも評判の美人さんだ。
髪は鮮やかな黒色で、それを腰にまで伸ばしたストレートロングヘア。
髪質には艶があり、最早それだけで芸術品といっても良い。
さらに、彼女が着るシックなデザインのロングスカートドレスは、彼女の淑女としての雰囲気をより補強する。
しかも、ドレスの上から見える彼女の肢体は、実に豊満。
豊かな胸に、大きなお尻――まさにボンキュッボンを地で行くスタイルの良さ。
また、スカートからチラリと見える彼女の脚は、グレイのタイツに覆われており、それもまた大人の色気を醸し出す。
……説明がやたらと詳しい?
気に障ったなら申し訳ないが、ご容赦頂きたい。
女性の美しさを細やかに説明するのは、男の義務なのだ。
ちなみに、そんなローラさんを目当てに商会へ通う冒険者も多いと聞く。
中にはプロポーズをした者もいるそうだが、彼女はそれを全て断ってきた。
その理由は――
「お待たせしました」
――見惚れている間に、用意が終わってしまったようだ。
ローラさんが、私の
「鉄製の矢40本と銀製の矢10本、体力回復用ポーションが5個に、魔力回復用ポーションが2個。
これでよろしいですか?」
「はい、問題ありません」
「では、お受け取り下さい」
荷物の入った袋を渡してくれる。
その際。
――ぎゅっ
私の手を、握ってきた。
「――あっと」
ローラさんの手の暖かさに、どきまぎしてしまう。
そんな私にお構いなく、彼女はにっこりと魅力的な笑みを浮かべ、
「明日も、頑張って下さいね」
そんな励ましの言葉を口にする。
――いかん。
心がドキドキしてしまう。
ひょっとして――もしかしたら万に一つの確率で、この
まったく、勘違いも甚だしい。
先程言いかけた、彼女が数々のプロポーズを断ってきた理由。
……彼女には愛する夫が
夫が“いた”。
そう、彼女は未亡人である。
仲睦まじい夫婦だったと聞いているが、私がウィンガストへ来る1年前――今から2年程前に旦那さんは病気でお亡くなりになったらしい。
本人は否定しているが――ローラさんが商会の制服ではなく黒いドレスを着ているのは、喪に服す意味も込めているのだと思う。
2年経った今でも、彼女は亡き夫を愛しているのだろう。
そんなローラさんとオフィスラブを夢見てしまうほど、私はロマンチストではない。
手を出そうなど、考えるだけでも失礼に当たる。
「ところで、クロダさん」
「なんでしょうか?」
改まって、ローラさんが話しかけてきた。
「私、今日はこれで仕事が終わりなんですけど、クロダさんはどうですか?」
「ああ、私の方も終わりです。
後は夕飯を食べて家に帰るだけでして」
「そうですか!
それなら――」
一瞬、躊躇うような様子を見せてから、
「――この後、私と夕飯ご一緒しませんか?」
「え?」
動きが止まってしまう。
「その、昨日少し料理を多く作り過ぎてしまいまして。
余り日持ちしない物なので、なるべく早く片付けたいんです。
……あの、クロダさんの御都合がよければ、ですけどっ!」
…………。
勘違いしてしまうやろぉおおおおおっ!!?
貴女が私のこと好きなんじゃないかって、勘違いしてしまうでしょうがぁっ!!
いや、ダメだ、落ち着け私!
彼女は単に未だ独り身で、寂しく夕飯を食べる私を心配して食事を提供しようとしているだけ!
ただそれだけ!!
それだけなのだ!!
「い、いや、悪いですよ。
ローラさんの手料理を味わいたいのは山々ですが、その、作り過ぎてしまったといういことは、料理は今貴女の家でしょう?
私の家はそこから少々離れていますし――いえ、運ぶのが面倒だからとか、そういうわけではないんですよ!?
運んでる最中に冷えたらとか――いや冷えたらローラさんの料理がまずくなるとかそういうことを考えているわけでは決して無いのですが、まあなんかそんな感じで――!」
……まったく落ち着けていなかった。
しどろもどろになり過ぎて、自分でも何言ってるか分からなくなる。
当然、ローラさんはきょとんとして、
「いえ、私の家で御馳走しようかと思っていたんですが」
…………。
駄目ぇえええっ!!
勘違いするっ!!
勘違いしちゃう!!
夜に女性の家で一緒に食事!?
手料理の次は貴女を味わう番とか、そんな妄想が頭の中に湧いてきてしまう!!
「――あの。
何でしたら、クロダさんの家で御一緒しても――」
上目遣いで私を見るローラさん。
――ふぅ。
私は何を慌てていたのだろう。
ローラさんが私を好き?
そんなバカな。
彼女は、成人した立派な人間だ。
亡夫への愛を貫いている、一途な女性だ。
そんな彼女が、間違いを犯すような真似をするはずがない。
だから――ローラさんの自宅で夕飯を一緒にしたとしても、
自分に都合の良い判断をしている?
いやいや、違う。
現状をしっかりと把握した上で辿り着いた、合理的な判断である。
「――分かりました。
では、
「っ!!
は、はいっ!
しっかり、お相手させて頂きますっ!!」
ローラさんの顔は真っ赤になっていた。
おや、おかしい。
何か私は、変なことを言ってしまっただろうか。
「そ、それじゃあ、すぐ支度しますから!」
「はい、お待ちしております」
ローラさんが仕事場を片付けだし、私はそれを見守る。
少しは手伝いしたいとは思うのだが、いくら同じ会社とはいえ、別部署の備品に軽々しく手をだすのはよろしくない。
――慌ただしい足音が聞こえてきたのは、そんな時だ。
「――ク~ロ~ダく~んっ!!」
続いて、腹へ衝撃。
何が起きたかもわからず、私は吹き飛んだ。