転勤先は異世界でした ~社畜冒険者の異世界営業~   作:ぐうたら怪人Z

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第零話 全ての始まり


 

 

 

 “室坂陽葵(むろさかひなた)”は、ごく普通の学生である。

 特に偏差値が高いわけでも低いわけでも無い学校に通い。

 成績はクラスで中の上程度。

 友達はそれなりにいるし、部活動もぼちぼちやっている。

 総合的に見て、学生として平均的な存在と言える。

 

 今日も陽葵は部活を終え、下校のために昇降口へやってきた。

 下駄箱を開けて――

 

「――うわ、またか」

 

 げんなりする。

 そこには、山のような(・・・・・)ラブレターの束。

 箱に収まりきらなかった分が、ドサっと零れ落ちる。

 無記名のものから、律儀に差出人の氏名を記入しているものまで、様々だ。

 ぱっと見た限り、上級生から下級生、陽葵の知ってる人や知らない人、色々な男子学生の名前が書いてある。

 

 これだけのラブレターを出されれば、喜ぶにせよ嘆くにせよ、戸惑いの一つや二つ浮かべそうなものだが――

 

「――いたずらにしたって、笑えないっつーの」

 

 陽葵はため息を一つ吐いた後、手慣れた手つきで(・・・・・・・・)手紙を纏めると、近くに設置してあるゴミ箱へ投げ入れた。

 驚くべきことに、コレは陽葵にとって日常茶飯事(・・・・・)なのだ。

 

 ――最初の紹介を訂正しよう。

 室坂陽葵は、容姿が非常に(・・・)整っていることを除けば、ごく普通の学生である。

 

「暇人が多いね、どうにも」

 

 また嘆息。

 一大決心をしてラブレターを書いた男子達にとってはとても残念なことに、陽葵はあの手紙を本気のものとして受け取っていなかった。

 ただ、暇な学生が悪戯でやったものだとしか捉えていないのだ。

 ……哀れとしか言いようが無い。

 

 と、それはそれとして。

 

「お、室坂じゃないか。

 今、帰りか?」

 

 どうでもいい一仕事を終えた陽葵に、一人の男子生徒が話しかけてくる。

 

「ん?

 ああ、田中か。

 そうだよ、今帰るとこ」

 

「そうか、じゃあちょうどいいや。

 一緒にそこまで帰ろうぜ」

 

「おう」

 

 彼は、クラスメイトだった。

 陽葵とはよくつるむ、友人の一人だ。

 

 他愛無い話――教師に愚痴であるとか、最近出たゲームであるとか、実に学生らしい話題をしながら、歩を進める。

 そろそろ、田中とは帰り道が別れる頃合いに差し掛かった時。

 

「と、ところでさ、室坂」

 

「どうした?」

 

 少し震える声で、田中が話しかけてきた。

 

「“あの話”、考えてくれたか?」

 

「あの話?

 どの話だよ?」

 

「そ、それはその――」

 

 田中の顔が赤くなる。

 そして意を決したような表情で、口を開く。

 

「――お、俺と、付き合ってくれないかって話だよ!」

 

「はぁ?」

 

 彼とは対照的に、陽葵の表情は冷めたもの。

 呆れ返ったような口調で、

 

「お前、それ本気で言ってんのか?」

 

 陽葵はそう言い放った。

 表情一つ変えないその姿は、脈が一切ないことを露骨に示すもので――

 

「――じょ、じょじょ、冗談に決まってんだろ!?

 俺とお前が付き合うとかあり得ねぇし!!

 こ、ここは笑うところだったんだぞ!?」

 

「だよな!

 ――まったく、最近そういう遊び流行ってんのか?

 何度もやられると、流石に腹立ってくるぞ」

 

「な、何度もされてるのか……」

 

 愕然とする田中だが、それに陽葵は気付かない。

 そのまま道をしばし進んでから、

 

「――と、俺はこっちか。

 じゃあな、室坂。

 また明日!」

 

「おう、また明日な、田中!」

 

 笑顔で見送る。

 それを見た田中が「あーくそ、やっぱ可愛いな、こいつっ」と零したのは、やはり陽葵の耳に届かなかった。

 かわいそうな田中である。

 

 

 

 男子生徒と別れ、今陽葵は大通りの横断歩道前に立っている。

 ここを渡れば、もうすぐ自宅だ。

 信号は赤。

 車の通りは多い。

 幅の広い道路なので、青になるまで時間がかかる。

 

 陽葵は何をするでもなく、ぼーっと信号待ちをしていた。

 その時、だ。

 

「――え?」

 

 陽葵は、後ろから背中を押された。

 突然だったので踏ん張ることもできず、道路へと身を投げ出してしまう。

 

「――うそ」

 

 すぐ目の前には、大きなトラック。

 

 速い。

 青信号だから当然か。

 

 避ける?

 無理、転んでる。

 

 どうする?

 どうにもできない。

 

(――うぁああああああっ!!?)

 

 視界がスローモーションになる。

 ゆっくりと、トラックが近づく。

 自分の身体はぴくりとも動かせない。

 昔の出来事が、頭にフラッシュバックする。

 

 目を瞑る。

 激突する。

 陽葵の人生が、終わる。

 

 ――いや。

 

 最期の瞬間、陽葵の身体が光に包まれた。

 その光と共に、陽葵は消える。

 この世界から、消失する。

 

 

 トラックは、何事も無かった(・・・・・・・)かのように(・・・・・)走り去った。

 

 

 

 

 

 

 ――少し離れた場所で“一連の流れ”を見ていた人物がぼそりと呟く。

 

「ふん、“かくて、運命の扉は開かれた”か。

 待たせたな、勇者共。

 これからお前達を――」

 

 

 

「――(みなごろし)にしてやる」

 

 

 


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