嬉しいですが、あんな退場の仕方をしておいて……。エトが死んだ描写は無かったけど、ナキなんてモロでしたから。
晋三平の方も上手く事が運んだ。
文字通り、元の鞘に収まったのである。
CCGのキッチン、ライは冷やした卵白と砂糖をボールに入れて混ぜ、
角が立つまで泡立てたところへレモンを絞り、少しだけ果汁を加え、さらに混ぜ、メレンゲを作る。
別のボールに混ぜておいたホットケーキミックスと牛乳にメレンゲを混ぜる。正し一度に全部は混ぜず、分けて混ぜた。
メレンゲの塊が無くなったところで生地の完成。
十分に熱したフライパンに等分に分けた生地を入れて焼く。
「ライいる?」
キッチンにシャオが入ってくる、髯丸と晋三平を引き連れて。
「ちょうどいいタイミングだね、今、パンケーキが焼きあがったところだよ」
焼き立てで、ホカホカのパンケーキを皿に盛り付けている。
思い出してみれば、朝からクインクスは何にも食べてはいない。特に晋三平は24区に入ってからは、何も口にしてはいなかった。
シャオ、髯丸、晋三平の腹の虫が鳴く。
「バターとマーガリン、お好きな方をどうぞ。蜂蜜とメイプルシロップも用意しているよ」
3人とも腹の虫の要求に抗えなかった。
「うめー」
最初に声を上げたのは髯丸。声に出さないまでもシャオも晋三平も同意見。
食感はふわふわ、口の中が蕩けるような美味しさ。空腹は最高の調味料というが、そんなのは関係なし。それこそ専門店を開けるレベル、お世辞抜きで。
「ライは強いだけじゃなく、料理も出来るんだ」
髯丸の絶賛で、そうだったとシャオは当初の目的を思い出す。
「ライ、突然で失礼だが、私と一勝負していただきたい」
これこそ、ここへ来た目的。
「六月先輩との一件を聞いた、武道を嗜むものとして、あなたと試合をしてみたいんだ」
どうしても疼きを抑えることが出来ない、武人として。
「解った、受けよう」
それはライにも言えること、一目でシャオが強いと知れる。そんな武人から試合も申し込まれたのだ、断ることなぞ出来ない。
「ありがとう、感謝する。ではトレーニングルームへ行こう――」
シャオの視線は食べかけのパンケーキへ。
「その前に、これを食べてからだ」
トレーニングルームで一定の距離を開けたまま、構えを取るシャオ、何の構えも取らず立っているだけのライ。
両者、動こうとはせず、ただ時間だけが過ぎていく。
「なぁ、ライの奴、隙だらけじゃないか。なんでシャオは攻撃しないんだ?」
髯丸の指摘通り、隙だらけで簡単に倒せそうに見える。
「……」
晋三平も同じ、そうでなくてもクインクスと人間、戦闘力は桁違い。六月との話も信じがたし。
攻撃しないのではない、シャオは攻撃できないのだ。
一見隙だらけのライ。しかし、言い知れぬオーラが渦巻いている、それで踏み込めない。
(この感じ、もしかすると……)
気が付いたことを確かめるため、シャオが仕掛ける。
放たれる蹴り、躱すライ。
躱されるのは計算済み、そのまま足を上げてつま先で顎を狙う。
一歩下がって蹴りを避けると同時に、間合いに踏み込み、一本足だけでバランスの悪くなったところへ蹴手繰り(けたぐり)。
さらに蹴り上げた足を掴むことにより、体制を立て直すのを封じ、押し込むことにより、ダメージを上乗せ。
派手に転ぶシャオ。
晋三平は驚きである、蹴られ殴られボコられたシャオを転ばせた、あんなに隙だらけなのに。
「すげえ」
髯丸は思わず呟く。
「やっぱり――ね」
自分の考えが正しい勝ったことをシャオは確信。
「瞬間空間判断力」
それがライの能力、強さの1つ。
“瞬間空間判断力”と聞いてもピンとこない髯丸と晋三平。
「そんな能力を持つ人を目の当たりにするなんてね」
「好きで身に着けたわけじゃないんだけどね」
シャオの前に出て、手を差し出す。
「私の負けだ」
素直に負けを認め、ライの手を掴んで起き上がる。嬉しそうなシャオ、ライほどの実力者に会えたこと、そして戦えたことが嬉しい。
「シャオ、瞬間空間判断力って何なんだ?」
晋三平が問う。
「それは……」
答え夕としたところ、
「ここにいたのか、ライ」
篠原がトレーニングルームに来た、辛辣な表情。
「一緒に来てくれ、大変なことが起こっている」
トーカ、永近、ニシキ、ヨモ、ヒナミ、リオ、亜門、暁、月山、松前、万丈、バンジョグループ、アヤト、ミザ、才子、ハイル。
“竜”から発掘されたカネキケンの元に集まる面々。
ライとクインクスの新人たちは、最初の再会を譲った。
発掘されてから、ピクリとも動かないカネキケン。死んでいるのかもと思われもしたが脳波はしっかりとあり、生きていることは間違いない。
ただ目を覚まさないだけ。
カネキケンの体の中には、未知の器官が複数存在し、今のところCCGもお手上げ状態。
みんな疲れていたのでうたた寝、才子はカネキケンに突っ伏して睡眠中。
ゆっくり目を開くカネキケン、半身を起こす。
夫婦の絆、一般にトーカが気が付き、目と目が合う。
「トーカちゃん」
周囲を見回す。
「みんな……」
涙が滲み出る。
目を覚ました才子、妻であるトーカを差し置いて抱き着く。
異変に気が付いて、次々とみんなも目を覚ます。
「カネキさん……」
リオももらい泣き。リオだけじゃない、みんな泣く、嬉しさのあまり。
篠原に連れてこられたのは医務室、丸手、黒磐、法寺も来ていた。
そこは修羅場であった。ベットの上に寝かされた人たち、ストレッチャーで運ばれる人たち、みんな苦しんでいた。
「ライくん、どう見ますか?」
法寺が訪ねた。全員、赫眼を発現させ、一見、喰種に見える人たち。
「なるほどね、“竜”は囮で、これが旧多の本命か」
丸手はライの顔を見た。同じことを丸手も考えていたが、それを一目で思い至るとは。
「流石だな」
褒める黒磐、ここにいる特等たちも同じ結論に辿り着いていた。
篠原がライにアイサインを送る。
頷き、スマホを取り出す。
「誰に掛けているんだ?」
聞いてきた丸手。
「この事態に詳しい奴を呼ぶんだ」
電話を終えたのを見計らったように、捜査官が飛び込んできた。その顔色は悪し。
「テレビで大変なことが!」
『レポーターのニムラです、現在4区の繁華街に来ております。ご覧ください、怪物が人を喰っます! これは黙示録の実現なのでしょうか、それとも悪魔の戯れか……』
姿をくらましていた旧多が、レポーター気取りでテレビに出ているではないか。
画面では人を襲う怪物と、怪物を駆除しようとする自衛隊が映し出されていた。
撃たれた怪物は爆発、すると何故か自衛隊の何人かが倒れる。
『さてさてェ、何が起こるかワチゴナドゥ』
篠原、丸手、黒磐、法寺はモニターを凝視、ライだけは違った目で見ていた。
「どうやって放送している!?」
「独自の送出システムを使っているみたいス、探知します」
丸手に部下の馬淵が返答。
『こちら瓜江、現場付近にいたので向かいます』
ウリエの通信が入る。目を覚ましたカネキのリハビリがてら、才子とともに散歩に出ていた。
「動ける奴は現場に急げ」
急いで指示を出す丸手、緊急事態ながら旧多を捕らえるチャンス。
「丸手さん、あの爆発、マズイ気がします」
警告を永近が出す。
捜査官が騒然としている最中、
「現場に行っても旧多は捕まえられない」
エッという顔で、一同はライに注目。
「これは録画だよ、何とか中継に見せかけているけどね」
指摘され、この手のことが得意な馬淵は、改めて観察した見る。隅々まで、よくよく。
「確かに、これ録画ス」
馬淵も気が付いた。
全員がテレビを凝視。中には指摘されても、中継と録画の区別が解らない者も。
「よく気が付きましたね」
法寺、よく見ることで彼も録画であることが解った。
「だって、あまりレベル高くないよ、この映像」
と言ってのけた。
レベルが高くない? 旧多の配信している映像はライに言われて、やっと馬淵も気が付いたほどの出来栄え。決してレベルが低いとは思えない。
かと言って見破ったことを自慢しているのでも、見破れなかった奴を馬鹿にしていないのは誰にでも解る。
種を明かせば、何度か中継に見せかけた録画を見ていただけ。その映像のレベルは秀逸で、聡明な人が見ても中継だと騙されてしまう程のもの、見破れるのはライぐらいだろう。
そもそも彼の作った映像と比べられる方はたまったものではない。
「オイ、瓜江、あの映像は録画だ。おそらく、行っても旧多はいないだろう。それに奴のことだ、罠だと考えて間違えないだろう。引き上げた方が無難だ」
無線で告げる丸手の目はモニターに向けられていた。
画面の中では旧多が怪物の体内にある“毒”についての説明、その“毒”を吸った人間は喰種になると。
『“落とし児”たちは人を喰らい、そのエネルギーを卵管に運ぶ! エネルギーを蓄えた、さらに子供を産む! しかも怪物を殺そうとすれば毒を振りまき、仲間を増やす』
人間の喰種化。生前、有馬が最も危惧していた状況、それは、全ての人間が喰種になること。
「入るよ」
病室に入ってきたライ。
「お見舞い、ご苦労、美形」
ベットで寝ている才子の目の上には、筍の様な物が生えていた。
『ROS』Rc細胞過剰分泌症。赫子に似た嚢腫の形成と異常発達、進行すると激痛や強い嘔気、記憶の混濁、精神退行、五感の著しい鈍化を引き起こす。
シラズの妹も発症している病で治療法は無い。
“落とし児”の撒き散らした、“毒”を浴びた人たちの大半が『ROS』発症させていた。
丸手から連絡を受けて撤退をしようとした時、“落とし児”たちに囲まれた。
才子が“毒”を受けたのはカネキを救出したとき。
『ROS』を発症した才子が殿を務めようとしたが、もう何も出来ず。大切な人を失いたくなかったカネキが一瞬にして、“落とし児”の群れを駆逐。
その後、何故か赫子で出来ていた手が元の手になっていた。
またウリエにも、その兆候が見られるが、微弱なので心配はないレベル。
それほどまでに“落とし児”との戦闘は危険を伴う。
ウリエの鼻孔をいい香りがくすぐる。香りの元はライの手にある紙袋。
「パイシューを持ってきたけど、食べれるか?」
甘いもの体の疲れも心の疲れも、取ってくれる。
「おお、良い匂いがすると思ったら、それか」
才子の食欲は健在、今のところは。
「よく店が開いていたわね」
才子の体のケアをしている貴未。東京の都民は避難していて、開いている店などないはずなのに。
「僕が作ったんだよ、CCGの調理場を借りて」
これに驚くウリエ。
(こいつ、何でもかんでもできんのかよ)
バリバリのモテ技能なのに。本人にその自覚皆無。
「お茶、入れるわね」
貴未はお茶を入れに行く。
食べれるうちに食べておきたい、そう食べれるうちに。
『ROS』患者を受け入れた施設では喰種化した患者が看護士を襲う事件も発生していた。
そして才子にも喰種化の危険性がある。
「心配はいらないさ、もう少しの辛抱だよ」
根拠のない慰めの言葉だが、何故か才子、ウリエ、貴未は本当に何とかなりそうな気がしてきた。
今回はライくんのお菓子作りタイム。何となく、ライくんお菓子作りうまそうと思いました。