ゼロの狩人   作:テアテマ

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06:親友

 キュルケは、昼前に目覚めた。今日は虚無の曜日、授業はない。窓を眺めて、窓ガラスが入っていないことに気付いた。周りが焼け焦げているのを寝ぼけまなこで見つめて、昨晩の出来事を思い出した。

 

「そうだわ、ふぁ、色んな連中が顔を出すから、吹っ飛ばしたんだっけ」

 

 そして、窓の事などまったく気にせずに、起き上がると化粧を始めた。今日は、どうやってジェヴォーダンを口説こうか、と考えるとウキウキしてくる。キュルケもある意味、生まれついての狩人なのだ。

 化粧を終え、自分の部屋から出て、ルイズの部屋の扉をノックした。自分の顎に手を置いて、にっこりと笑う。

 ジェヴォーダンが出てきたら、抱きついてキスをする。

 ルイズが出てきたら、部屋の奥にいるであろう、ジェヴォーダンに流し目を送って中庭でもブラブラしていれば、向こうからアプローチしてくるだろう。

 キュルケは、よもや自分の求愛が拒まれるなどとは露ほども思っていなかった。しかし、ノックの返事はない。あけようとするも鍵がかかっているので、キュルケはなんの躊躇いもなく『アンロック』の呪文をかけた。学院内で『アンロック』の呪文を唱えることは重大な校則違反であるが、キュルケは気にしない。恋の情熱は全てのルールに優越する、というのがツェルプストー家の家訓なのだ。

 しかし、部屋はもぬけの殻だった。2人ともいない。

 

「相変わらず色気のない部屋で……え、なんで?」

 

 おかしな点と言えば、壁に深々と突き刺さるノコギリ状の刃。当然女子の部屋にこんな物騒なアクセサリーがあるはずもない。

 そしてその脇、机のそばの鞄かけにルイズの鞄がない。どこかに出かけたのかと、窓から外を見まわした。

 すると、門から馬に乗って出て行く2人が見えて目を凝らす。果たしてそれは、ルイズとジェヴォーダンだった。

 

「なによー、出かけるの?」

 

 キュルケはつまらなそうに呟いた。それから、ちょっと考え、ルイズの部屋を飛び出した。

 

 

 

 タバサは寮の自分の部屋で、読書を楽しんでいた。青みがかった髪と、ブルーの瞳を持つ彼女は、メガネの奥の目をキラキラと海のように輝かせて本の世界に没頭していた。

 タバサは年より4つも5つも若く見られることが多い。身長は小柄なルイズより5センチも低く、体も細い。しかし、そんなことは気にも留めない。

 他人からどう見られるかなどより、とにかく放っておいてほしいと考えている。

 タバサは虚無の曜日が好きだった。自分の世界に、好きなだけ浸っていられる。彼女にとって他人は、自分の世界に対する無粋な闖入者だ。数少ない例外に属する人間でも、よほどの場合でない限り鬱陶しく感じてしまう。

 その日も、どんどんとドアが叩かれたのでタバサはとりあえず無視し、音が激しくなると杖を振るい『サイレント』の魔法を唱えた。その間、表情はぴくりとも変わらない。

 彼女が無音の世界に落ちると同時に、ドアが勢いよく開かれた。入ってきたのは、キュルケだった。彼女は大げさに何かを喚いたが、『サイレント』の呪文が効果を発揮しているため、タバサには届かない。

 キュルケはタバサの本を取り上げた。そして、タバサの肩を掴んで自分に振り向かせる。タバサは、無表情にキュルケの顔を見つめていた。

 招かれざる客ではあるが、入ってきたのはキュルケである。これが他の相手なら、なんなく部屋から『ウインド・ブレイク』でも使って吹き飛ばすところなのだが、キュルケは数少ない例外だった。

 しかたなく、タバサが『サイレント』の魔法を解くと、いきなりスイッチを入れたオルゴールのように、キュルケの口から言葉が飛び出した。

 

「タバサ、今から出かけるわよ! 早く支度をしてちょうだい!」

 

 タバサは短くボソッとした声で自分の都合を述べた。

 

「虚無の曜日」

 

 それで十分だと言わんばかりに、タバサはキュルケの手から本を取り返そうとした。キュルケが本を掲げると、背の高さのせいでタバサの手は本に届かない。

 

「わかってる、あなたにとって虚無の曜日がどんな日だか、あたしは痛いほどよく知ってるわよ。でも。今はね、そんなこと言ってられないの! 恋なのよ、恋!」

 

 それでわかるでしょ? と言わんばかりのキュルケの態度であるが、タバサは首を振った。キュルケは感情で動くが、タバサは理屈で動く。対照的な2人だが、そんな2人は、なぜか仲が良い。

 

「そうね、あなたは説明しないと動かないのよね! ああもう! あたしね、恋をしたの、でね? その人が今日、あのにっくいヴァリエールと出かけたの! あたしはそれを追って、2人がどこに行くのか突き止めなくちゃいけないの! わかった?」

 

 タバサは首を振った。それでどうして自分に頼むのか、理由がわからなかった。

 

「出かけたのよ! 馬に乗って! あなたの使い魔じゃないと、彼に追いつけないの! ヴァリエールの使い魔の彼よ!」

 

 その言葉に、タバサの眉がピクッと動いた。

 『ヴァリエールの使い魔』。サモン・サーヴァントで平民を召喚したという噂は聞いていたが、タバサはその男を学校の図書室で見たことがあった。

 本を読むふりをして、彼のメモを覗き見て驚愕した。見たことのない文字で書かれたメモだったが、彼は間違いなくこちらの世界の文字の分析を行っていた。召喚の日から1週間ほどしか経っていないというのに、あのメモを見る限り、解読はかなり進んでいたように思える。

 異国から来たのなら文字が違うのも頷ける。だが、どこの世界に、1週間で異国の文字を覚えられる者がいようか。タバサはそれ以来、彼に興味があったのだ。

 その男に、キュルケが恋をした。自分の使い魔で追いかけたいという。タバサは頷いた。なるほど自分も、彼を追いかけたい理由ができた。

 

 

 トリステインの城下町を、ジェヴォーダンとルイズは歩いていた。乗ってきた馬は町の門のそばにある駅に預けてある。ジェヴォーダンも流石に乗馬の経験はなく、腰を痛めてしまった。

 

「くっ、なかなか痛むな……」

「意外ね、あんたなんでも卒なくこなすから、乗馬くらい平気かと思った」

「馬車には乗ったことがあるがな。尤も、死に馬の引く馬車だったがね」

 

 ジェヴォーダンは、物珍しそうに辺りを見回した。白い石造りの街はどれもヤーナムにはない造形ばかり。道端で声を張り上げて、果物や肉や、籠などを売る商人たちの姿。にぎわう人々の喧騒。どれもこれも、ジェヴォーダンにとっては初めてのことだ。

 

「すごい人だな」

「ブルドンネ街。トリステインで1番大きな通りよ。この先にトリステインの宮殿があるわ」

「宮殿か。王女陛下とやらもそこか?」

「たぶんね。それよりあんた、上着の中の財布は大丈夫でしょうね? このへんはスリが多いから」

「あぁ、何人か仕掛けてきたな」

 

 ジェヴォーダンが手に持った剃刀の返り血を袖で拭うと、ルイズはぎょっとした。

 

「あ、あんた何したの!?」

「手を伸ばして来た奴の、手の腱をな。かわいそうだが、2度とスリなど働けない身体になったろう」

 

 涼しい顔でそう言ってのけるジェヴォーダンに、もはやこういう事にもなれてきたルイズは呆れ顔で答える。

 

「ほんと、とんでもない事するわねあんた……」

「人が清く正しく生きる道に戻る手助けをしてやったんだ、感謝してほしいくらいだな」

「でも、それが効くのは手を伸ばすスリだけね。魔法を使われたら1発だわ」

 

 辺りを見渡すが、メイジのような姿のものはいない。ジェヴォーダンは魔法学院で、メイジと平民を見分ける術を覚えた。メイジは、とにかくマントをつけているのだ。

 

「平民しかいないのではないか?」

「だって、貴族は全体の人口の1割いないのよ。あと、こんな下賤なとこ滅多に歩かないわ」

「貴族もスリを働くのか」

「貴族は全員がメイジだけど、メイジのすべてが貴族ってわけじゃないわ。いろんな事情で、勘当されたり家を捨てたり……」

「わかった、もういい。要は没落ということだろう。それを貴族のお前に語らせる義理はない」

「……そう、それならいいわ」

 

 改めて、2人は歩き始める。と、ジェヴォーダンが何かの気配に気がついて振り向いた。

 

「ん……?」

 

 群衆の中を見渡すと、チラと、見覚えのある赤髪。フンとジェヴォーダンは鼻で笑うと、もはや追跡者を意にも留めず、ルイズと共に武器屋を目指した。

 

 

 

 店の中は昼間だというのに薄暗く、ランプの灯りがともっていた。壁や棚に、所狭しと剣や槍が乱雑に並べられ、立派な甲冑が飾ってあった。

 店の奥で、パイプをくわえていた50がらみの親父が、入ってきたルイズを胡散臭げに見つめた。紐タイ留めに描かれた五芒星に気がつくと、慌ててパイプを離し、ドスの利いた声を出した。

 

「旦那。貴族の旦那。うちはまっとうな商売してまさぁ。お上に目をつけられるようなことなんか、これっぽっちもありませんや」

「客よ」

「こりゃあおったまげた。貴族が剣を! おったまげた!」

「どうして?」

「いえ、若奥さま。坊主は聖具をふる、兵隊は剣をふる、貴族は杖をふる、そして陛下はバルコニーから手をおふりになられる、と相場は決まっておりますんで」

「買うのはわたしじゃないわ。使い魔よ」

「忘れておりました。昨今は貴族の使い魔も剣をふるようで」

 

 主人は、商売っ気たっぷりにお愛想を言い、それから、ジェヴォーダンをじろじろと眺めた。

 

「剣をお使いになるのは、この方で?」

 

 ルイズは頷いた。ジェヴォーダンは、棚に並べられた武器を代わる代わる手に取り、ふむーと唸っている。店先にあるものは、どれも武器として単純に過ぎる。気にいるものはないようだ。

 ルイズはそんなジェヴォーダンを無視して言った。

 

「わたしは剣のことなんかわからないから、適当に選んでちょうだい」

 

 主人はいそいそと奥の倉庫に入り、聞かれないよう小声でククッと笑った。

 

「こりゃ、鴨がネギしょってやってきたわい。せいぜい、高く売りつけるとしよう」

 

 彼は1メイルほどの長さの、細身の剣を持って現れた。

 随分華奢な剣であり、片手で扱うものらしく、短めの柄にハンドガードがついている。主人は思い出すように言った。

 

「そういや、昨今は宮廷の家族の方々の間で下僕に剣を持たすのがはやっておりましてね。その際にお選びになるのが、このようなレイピアでさあ」

「貴族の間で、下僕に剣を持たすのがはやってる?」

 

 ルイズが尋ねると、主人はもっともらしく頷いた。

 

「へぇ、なんでも、最近このトリステインの城下町を、盗賊が荒らしておりまして……」

「盗賊?」

「そうでさ。なんでも『土くれ』のフーケとかいう、メイジの盗賊が、貴族のお宝を散々盗みまくってるって噂で。貴族の方々は恐れて、下僕にまで剣を持たせる始末で。へえ」

 

 ルイズは盗賊には興味がなかったので、じろじろと剣を眺めた。しかし、すぐに折れてしまいそうなほどに細い。

 

「もっと太くて大きいのがいいわ」

「お言葉ですが、剣と人には相性ってもんがございます。男と女のように。見たところ、若奥さまの使い魔とやらには、この程度が無難なようで」

「太くて大きいのがいいと、言ったのよ」

 

 ルイズが強く言う。ぺこりと頭を下げ、主人は奥に入った。その際、小声で「素人が!」とつぶやきながら。

 今度は立派な剣を油布で拭きながら、主人は現れた。

 

「これなんかいかがです?」

 

 見事な剣だった。1.5メイルはあろうかという大剣で、柄は両手で扱えるように長く、立派な拵えになっている。ところどころに宝石も散りばめられ、諸刃の刀身は鏡のように輝いている。見るからに切れそうな、頑丈そうな大剣であった。

 

「店1番の業物でさ。貴族のお供をさせるなら、このくらいは腰から下げて欲しいものですな。といっても、こいつを腰から下げるのは、よほどの大男でないと無理でさあ。やっこさんなら……まぁ、ギリギリいけるかどうかというとこですなあ」

「おいくら?」

「何せこいつを鍛えたのは、かの有名なゲルマニアの錬金術師シュペー卿で。魔法がかかってる鉄だって一刀両断でさ。ごらんなさい、ここにその名が刻まれているでしょう? おやすかあ、ありませんで」

「わたしは貴族よ」

 

 ルイズが胸をそらして言うので、主人は淡々と値段を告げた。

 

「エキュー金貨で二千。新金貨なら三千」

「立派な家と、森付きの庭が買えるじゃないの」

「名剣は城に匹敵しますぜ。屋敷で済んだらやすいもんでさ」

「新金貨で、百しか持ってきてないわ」

 

 ルイズは貴族なので、買い物の駆け引きが下手であった。あっけなく財布の中身をばらしたルイズに、主人は話にならない、というように手を振った。

 

「まともな大剣なら、どんなに安くても相場は二百でさ」

 

 ルイズは顔を赤くした。剣がそんなに高いとは知らなかったのだ。

 だがそこへ、ジェヴォーダンが身を乗り出して剣を覗き込み……防疫マスク越しに、ため息をついた。

 

「これでは、ダメだ」

 

 えっというふうに、ルイズと主人がジェヴォーダンを見る。ジェヴォーダンは刀身を指先でコンコンと叩きながら、つまらなそうに言った。

 

「メッキの真鍮製などでは話にならん。名剣だって? 見ろ、シュペー卿とやらの銘が刻まれていると言ったが、こんなエングレーブは素人以下の手のものだ。さしずめまともに客として見てないもの向けの商品だろう」

 

 ルイズが冷たい目で主人に向き直る。禿げ上がった親父の頭に、大粒の脂汗が浮かんでいた。貴族の方は素人で合っていたのだが、使い魔の方はとんでもない食わせ物であったことに、今になって気が付いたのだ。

 だがジェヴォーダンは、さして責める様子もなく淡々と、己のニーズだけを伝えた。

 

「すまんが、事情があって単純な武器を使うわけにいかない身でな。扱いの複雑なものや、願わくば暗器のようなものが望ましい。大きさは問わん、ただ、扱いが難しければ難しいほどいいんだ。難しい要望だと思うが、用立てできるか?」

「へえ、へえ、すぐお持ちします」

 

 主人は慌てて裏に入り、額の汗をぬぐった。

 

「こりゃ、鴨ネギだなんてとんでもない。ありゃあ太い客だ、しっかりしたものを用立てせにゃ」

 

 次に主人が持ってきたのは、複雑に湾曲した曲剣だった。まるで三日月のような独特のフォルムに、ルイズが眉をひそめる。

 

「なあに、それ」

「これは、北の果ての国、カリム伯アルスターの作の1つでさ。扱いの難しさで言えば確たるもので、普通に振り回して扱うようなものではございやせん。このカギ状の刃が、相手の首を刈るのに適してるだけでなく、盾や障害物を越えて敵に刃を届けさせるというものでさあ、へえ」

「ふむ」

 

 ジェヴォーダンは歪んだ刀剣を手に取り、手先でくるくると回してみせる。主人の説明通りの作りであれば確かに簡単に扱えるものではない、だが、それに勝る利点もとても多いように思える。

 

「なるほど、これなら『人』たりえるな」

 

 そう呟いたときだった。乱雑に積み上げられた剣の中から、声がした。低い、男の声だった。

 

「生意気言うんじゃねえ、木偶の坊」

 

 ルイズとジェヴォーダンは声の方を向いた。主人が、頭を抱える。

 

「おめえ、そんなもんを振り回してまともに立ち回れるのか? まともな剣を扱えるようにも見えねえぞ! おでれーた! 冗談じゃねえ! おめえにゃ棒っきれがお似合いさ!」

「……言ってくれるな」

 

 ジェヴォーダンが眼光を鋭くし、声の主を探す。しかし、どこを探しても、人の姿は見えない。

 

「わかったら、さっさと家に帰りな! おめえもだよ! 貴族の娘っ子!」

「失礼ね!」

 

 ジェヴォーダンが声のする方に近づく。

 

「どこにいる?」

「おめえの目は節穴か!」

 

 ジェヴォーダンは驚きのあまり声を失った。声の主は1本の剣だった。錆び付いたボロボロの剣から声は発せられていたのである。

 

「剣が言葉を……?」

 

 ジェヴォーダンがそう言うと、主人が怒鳴り声をあげた。

 

「やい、デル公! お客様に失礼なことを言うんじゃねえ!」

「デル公?」

 

 デル公と呼ばれたこの剣、先ほどの大剣と長さは変わらないが、刀身が細い、薄手の長剣だった。表面の錆のせいで、お世辞にも見栄えがいいとは言えないが。

 

「お客様? 身の丈にあった剣もふれない木偶の坊がお客様? ふざけんじゃねえよ! 耳をちょんぎってやらあ! 顔を出せ!」

「それって、インテリジェンスソード?」

 

 ルイズが、当惑した声をあげた。

 

「そうでさ、若奥さま。意思を持つ魔剣、インテリジェンスソードでさ。いったい、どこの魔術師が始めたんでしょうかねえ、剣をしゃべらせるなんて……。とにかく、こいつはやたらと口は悪いわ、客にケンカは売るわで閉口してまして……。やいデル公! これ以上失礼があったら、貴族に頼んでてめえを溶かしちまうからな!」

「おもしれ! やってみろ! どうせこの世にゃもう、飽き飽きしてたところさ! 溶かしてくれるんなら、上等だ!」

「やってやらあ!」

 

 主人が歩き出すのを、ジェヴォーダンが手を上げて静止した。

 

「溶かすだと? とんでもない、これは凄い剣だ……こいつは、どんな仕掛けなんぞよりも上等だ」

 

 ジェヴォーダンは、その剣を手に取りまじまじと見つめた。

 狩人に仕掛け武器が必要なのは、その仕掛けが動かせる事こそ人の誇示になるため。その仕掛けを扱いこなせることが、まだ獣に落ちていない何よりの証拠になる。

 であれば、会話のできる剣は? それこそ、究極の『人の誇示』を備えていると言える。

 

「デル公と呼ばれていたが、貴公の名は?」

「俺はデルフリンガーさまだ! おきやがれ!」

「名前だけは、一人前でさ」

「俺はジェヴォーダン。デルフリンガー、俺には貴公の価値がわかる。俺は貴公が気に入ったぞ」

「ほーぅ、言いやがるじゃねえか。褒められるっつーのは慣れんぞ、俺様照れっちまう」

 

 ふと、剣は黙りこくった。じっと、ジェヴォーダンを観察するように。

 息を飲むように剣がささやき、小さな声で話し始めた。

 

「おで、れーた。おめ、『使い手』か。いや、それだけじゃない」

 

 その声は、先ほどまでの威勢とは打って変わり、震えていた。

 

「『使い手』?」

「それだけじゃねえ。お前の中にある、これは……いや、これはお前自身が、か? てめ、一体何者だ?」

「……ふん、なるほど、『見える』か。ますます気に入ったぞ、俺はお前を買う」

 

 ジェヴォーダンが言うと、剣は黙りこくった。

 

「ルイズ、これにする」

 

 ルイズはいやそうな声をあげた。

 

「え〜〜〜〜、そんなのにするの? もっと綺麗でしゃべらないのにしなさいよ」

「これ以外ない。この上ない素晴らしい剣だ」

「褒めるねえ、俺様、感激」

「そうは見えないけど……」

 

 ルイズはぶつくさ文句を言ったが、あまりにも気に入っているようなので、主人に尋ねた。

 

「あれ、おいくら?」

「あれなら、百で結構でさ」

「安いじゃない」

「こっちにしてみりゃ、厄介払いみたいなもんでさ。

 

 ジェヴォーダンは、思いついたように振り返り、主人に歩み寄ると耳打ちをした。

 

「主人、貴公の目利きは確かなようだ。今後、武具を用立てする際は、貴公に頼みたい」

「……へへ、旦那さんは、目利きだけでなく商売まで上手と見える。結構でさ、ではこの剣は九十でお売りいたしやす」

「感謝する。ついでに浮いた10で用立てて欲しいものがある」

 

 ジェヴォーダンがさらに小さな声で主人に耳打ちをする。主人はギョッとしたような顔をして、それから店の裏に入り、小さな包みを持って出てきた。

 

「仰られているものに似たものですと、うちではこちらしか……」

 

 ジェヴォーダンは包みを確認し、コクリと頷く。

 

「塗りたくるだけで、仰るような使い方ができるかと思います」

「恩に着る」

 

 ジェヴォーダンは、ルイズに持たされていた財布から金貨をカウンターにぶちまけた。主人は慎重に枚数を確認すると、頷いた。

 

「毎度」

 

 剣を取り、鞘に収めるとジェヴォーダンに手渡した。

 

「どうしても煩いと思ったら、こうやって鞘に入れればおとなしくなりまさあ」

 

 ジェヴォーダンは頷いて、デルフリンガーという名の剣を受け取った。

 

 

 

 

 

 

『土くれ』の二つ名で呼ばれ、トリステイン中の貴族を恐怖に陥れているメイジの盗賊がいる。

 土くれのフーケ。北の貴族の屋敷に、宝石が散りばめられたティアラがあると聞けば、早速赴きこれを頂戴し、南の貴族の別荘に先帝から賜りし家宝の杖があると聞けば、別荘を破壊してこれを頂戴し、東の貴族の豪邸に、北の国の細工師が腕によりをかけて作った石咬みの指輪があると聞いたら一も二もなく頂戴し、西の貴族のワイン倉に、値千金、百年ものヴィンテージワインがあると聞けば喜び勇んで頂戴する。

 まさに神出鬼没、メイジの大怪盗。それが土くれのフーケだった。

 フーケの盗みは行動パターンが読めず、トリステインの治安を預かる王室衛士隊の魔法衛士たちも振り回されているのだった。

 しかし、盗みの方法には共通する点があった。フーケは狙った獲物が隠されたところに忍び込む時には、主に『錬金』の魔法を使い、扉や壁を粘土や砂に変え、穴を開けて潜り込むのだ。

 貴族も当然対策は練る。屋敷の壁やドアは、強力なメイジに頼んでかけられた『固定化』の魔法で『錬金』の魔法から守られている。しかし、フーケの『錬金』は強力であり、たいていの場合『固定化』の呪文などものともしないのであった。

 忍び込むばかりでなく、力任せに屋敷を破壊するときは、フーケは30メイルはあろうかという巨大な土ゴーレムを使う。

 城でも壊せるような巨大な土ゴーレムである。集まった魔法衛士たちを蹴散らし、白昼堂々とお宝を盗み出したこともある。

 そんな土くれのフーケの正体を見たものはいない。男か、女かもわかっていない。わかっているのは、おそらくトライアングルクラスの『土』系統のメイジであること。

 そして、犯行現場の壁に『秘蔵の◯◯、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』と、ふざけたサインを残していくこと。

 そして……いわゆるマジックアイテム、強力な魔法が付与された数々の高名なお宝が何より好きということであった。

 

 

 

 巨大な2つの月が、五階に宝物庫がある魔法学院の本塔を照らしている。

 その塔の壁、垂直に立った人影。土くれのフーケであった。

 フーケは足から伝わってる壁の感触に舌打ちをした。

 

「さすがは魔法学院本塔の壁ね……物理衝撃が弱点? こんなに厚かったら、ちょっとやそっとの魔法じゃどうしようもないじゃないの!」

 

 足の裏で、壁の厚さを測っているのだ。『土』系統のエキスパートであるフーケにとって、そんなことは造作もない。

 

「確かに『固定化』の魔法以外はかかってないみたいだけど……これじゃ私のゴーレムの力でも、壊せそうにないね……」

 

 フーケは、腕を組んで悩んだ。

 

「やっとここまで来たってのに……かといって、『破壊の杖』を諦めるわけにゃあいかないね……」

 

 フーケの目がきらりと光り、腕を組んだまま、じっと考え始めた。

 

 

 

 フーケが本塔の壁に足をつけて悩んでいる頃……ルイズの部屋では、軽い騒動が持ち上がっていた。

 ルイズとジェヴォーダンは、ぽかんとしてキュルケが差し出した剣を見ていた。

 ピカピカと輝きを放つ長剣。それはまさしく、昼の武器屋で見たもの。キュルケは得意げな顔でその剣をジェヴォーダンに送りつけて来たのだ。

 

「ねぇどーう? ダーリンによりお似合いの剣を見つけたから、あたしプレゼントしたくて買って来たのよ」

 

 ルイズとジェヴォーダンを付けていたキュルケは、ルイズがジェヴォーダンに剣を買っていたのを見ていたのだ。そのすぐ後に武器屋に入ったキュルケは、店主をたぶらかしてその大剣を買っていた。当然、その剣の正体を知る由もなく。

 

「知ってる? この剣を鍛えたのはゲルマニアの錬金術師シュペー卿だそうよ? ねえ、あなた、よくって? 剣も女も、生まれはゲルマニアに限るわよ? トリステインの女ときたら、このルイズみたいに嫉妬深くって、気が短くって、ヒステリーで、プライドばっかり高くて、どうしようもないんだから」

 

 胸をはり、声高にそう語ってみせるキュルケ。しかし……そんな様子を見たルイズとジェヴォーダンは、キュルケの予想とは違い、必死で笑いをこらえているようだった。

 

「……何がおかしいの?」

「い、いや、何でもないわよ。ジェ、ジェヴォーダン、あんたその剣貰ってあげなさいよ、ちょっと可哀想じゃない、ぷぷ」

「そうだな、クク」

 

 なんとも可笑しそうな様子の2人に、キュルケは意味がわからないという風に首をかしげる。

 

「なんなのもう!? 何がそんなに面白いのよ!」

「なんでもないわよ、いやほんと……ひひ、げ、ゲルマニアの女ってみんなそうなの? 抜けてるっていうか、単にバカって言うか。あんたこの剣にいくら払ったのよ……にひひひひ」

 

 キュルケの眉がピクピクと動く。相当頭にきているようだ。

 

「言ってくれるわね、ヴァリエール……」

「何よ、ホントのことでしょう? 物の価値のわからない、お牛さん」

 

 2人は同時に自分の杖に手をかけた。

 が、2人の手元につむじ風が舞い上がり、杖を吹き飛ばす。

 

「室内」

 

 それまでじっと本を読んでいたタバサが、杖を掲げて言った。ここでやったら危険であると言いたいのだろう。

 

「で、なんでこの子ここにいるの」

「あたしの友達よ」

「なんで、あんたの友達が私の部屋にいるのよ」

「いいじゃない」

 

 ふと、思い出したように顔を上げたタバサがジェヴォーダンを見る。気付いたジェヴォーダンも、「ん?」と目を合わせる。

 

「……メモ」

「なに?」

「あなたのメモ」

 

 ルイズとキュルケも、ハテナを浮かべて2人の様子を見る。ジェヴォーダンは不思議そうに自前のメモ帳を取り出し、タバサに手渡した。

 タバサはこれまで読んでいた本を傍らに置き、ジェヴォーダンのメモを開く。そしてそれまでの本と同じように、内容に目を凝らしはじめてしまった。

 

「……なんにせよね」

 

 キュルケとルイズが改めて睨み合う。いつものタバサだ、という判断だった。

 

「なによ」

「そろそろ、決着をつけませんこと?」

「そうね」

「ただのメモだぞ」

「ただのメモじゃない」

「あたしね、あんたのこと、だいっきらいなのよ」

「わたしもよ」

「こんな凄い物、見た事がない」

「そう言われてもな」

「気があうわね」

「文脈まで、どうやって?」

「言語の解読なら、先ず接続詞を見つけて……」

「うるさいわねさっきから!」

 

 ルイズが叫び、またキュルケと睨み合う。

 キュルケは微笑んだ後、目を吊り上げた。

 ルイズも、負けじと胸をはり、2人は同時に怒鳴った。

 

「決闘よ!」

「パズルと変わらない、繋がり合うポイントを見つけたら、両サイドの……」

「この方法、他の言語でも応用が効く?」

「恐らくいける」

 

 語り合うジェヴォーダンとタバサに、怒りをむき出しにして睨み合う2人はすでに全く見えていなかった。もちろん2人にも、ジェヴォーダンとタバサの会話は聞こえていない。

 

「もちろん、魔法でよ?」

 

 キュルケが勝ち誇ったように言った。

 ルイズは唇を噛み締めたが、すぐに頷いた。

 

「ええ、望むところよ」

「いいの? ゼロのルイズ……魔法で決闘で、大丈夫なの?」

 

 小ばかにした調子で、キュルケがつぶやく。ルイズは頷いた。自信はない。もちろん、ない。でも、ツェルプストー家の女に魔法で勝負と言われては、引き下がれない。

 

「もちろんよ! 誰が負けるもんですか!」

 

 

 

 本塔の外壁に張りついていたフーケは、誰かが近づく気配を感じた。

 とんっと壁を蹴り、地面へと降り立つ。『レビテーション』を唱えて勢いを殺し、羽毛のように音もなく着地する。そしてすぐに植え込みの中に消えた。

 

 

 

 中庭に現れたのは、ルイズとキュルケと、タバサ、ジェヴォーダンであった。

 

「じゃあ、始めましょうか」

 

 キュルケが言った。ジェヴォーダンは、呆れ返りながらも心配そうに言う。

 

「お前ら、本当に決闘などする気か?」

「そうよ」

 

 ルイズもやる気満々である。

 

「文法解読は? 単に当て読みでは?」

「グループ化して、説文数で判断していた……タバサと言ったか、貴公もすごいな」

 

 全く別のベクトルではあるが、タバサもやる気満々である。メモ帳から目を話すことなく、あれやこれやとジェヴォーダンに質問を飛ばしてくる。

 

「でも、怪我するのもバカらしいわね」

 

 キュルケがそう言うと、ルイズも「そうね」と頷く。そしてキュルケは辺りをきょろきょろと見渡し、近くの木を見つけ、指差した。

 

「アレなんかいいんじゃない?」

 

 見れば、離れたところにある木に、1つの赤々としたリンゴが成っていた。白い石造りの本塔を背に、暗闇の中でいやに赤く、強く主張しているように見えた。

 

「そうね、あれがいいわ」

 

 話をほとんど聞いていなかったタバサとジェヴォーダンも、2人が木になったリンゴを見る様子で、なんとなくどんな勝負になるのか、察しがついた。

 2人が横に並び、キュルケが腕を組んで言う。

 

「いいこと? ヴァリエール。あのリンゴを地面に落とした方が勝ちよ。そうね、ダーリンは勝った方のもの、ってことでいいかしら?」

「……なに? いや、ちょっと待て!」

「……わかったわ」

 

 ジェヴォーダンが口を挟もうとするも、2人には聞こえていない。ジェヴォーダンは頭を抱えた。タバサがぼそっと「もの扱い」と呟く。

 

「使う魔法は自由。ただし、あたしは後攻。そのぐらいはハンデよ」

「いいわ」

「じゃあ、どうぞ」

 

 ルイズは杖を構えた。タバサが杖を軽く振ると、頬を撫でる風が吹く。とても強い風とは言い難いが、枝先のリンゴをゆらゆらと揺らすには十分なものだ。『ファイヤーボール』等の魔法の命中率は高い。動かさなければ、簡単にリンゴに命中してしまう。

 しかし……ルイズには、命中するかしないかを気にする前に、問題があった。魔法が成功するかしないか、である。

 ルイズは悩んだ。どれなら成功するのか。キュルケのファイヤーボールはリンゴを難なく落とすだろう。失敗は許されない。

 悩んだ挙句、ルイズは『ファイヤーボール』を使う事に決めた。小さな火球を目標めがけて打ち込む魔法である。

 短くルーンを呟く。失敗したら……ジェヴォーダンを取られてしまう。そんな事は、絶対に許すわけにはいかない。

 呪文詠唱が完了する。気合を入れて、杖を振った。

 呪文が成功すれば、火の玉がその杖先から飛び出すはずであった。しかし、杖の先からは何も出ない。一瞬遅れて、リンゴの背後、本塔の壁が爆発した。

 強烈な爆風に、ジェヴォーダンは改めて感心する。蔑んでいるわけでも馬鹿にしているわけでもなく、素直にこの爆発を起こせることを評価していた。

 爆風でリンゴが落ちるか、とも思ったが、そう甘くはないようだ。本塔の壁にはヒビが入っている。キュルケは……腹を抱えて笑っていた。

 

「ゼロ! ゼロのルイズ! リンゴじゃなくて壁を爆発させてどうするの! 器用ね! あなたってどんな魔法を使っても爆発させるんだから! あっはっは!」

 

 ルイズは悔しそうに拳を握り締めると、膝をついて俯いた。

 

「さて、わたしの番ね……」

 

 キュルケは余裕の笑みでリンゴを見据えた。風で揺れるリンゴに向け、ルーンを短く呟き、手慣れた仕草で杖を突き出す。

 小さな標的であるため、『ファイヤーボール』も小さめに。さながら火線とも呼べる鋭い炎が、リンゴと枝の間のヘタを見事に打ち抜き、リンゴには傷1つ付けることなく、落下させた。

 リンゴが落ちる。宇宙を司る力、重力になぞらって。

 

「あたしの勝ちね! ヴァリエール!」

 

 

 

 フーケは、中庭の植え込みの中から一部始終を見届けていた。ルイズの魔法で、本塔の壁には大きなヒビが入っていた。

 あの魔法はいったいなんだ? 唱えた呪文は確かに『ファイヤーボール』だったのに、火球は飛ばず、壁が爆発した。

 あんな風に物が爆発する魔法など、聞いたことがない。

 いや、それどころではない。フーケは頭を振った。このチャンスを、逃すわけにはいかない。

 長い長い、詠唱を唱える。呪文が完成し、杖の先端から雫のような魔法が、ポタリと地面に落ちる。

 フーケは、薄く笑った。『土くれ』の、本領を発揮する時が来たのだ。

 音を立て、地面が盛り上がった。

 

 




ショーテル

大きく湾曲した刃を持つ曲剣。
カリム伯アルスターの作の1つであり、
盾の防御を掻い潜ってダメージを与えられる。

トゥメルの末裔たちも振るうその捩じくれた刃は、
首を刈り取る用途にも適している。

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