ゼロの狩人   作:テアテマ

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12:記憶

 ジェヴォーダンが崖下に降りるや否や、ルイズとギーシュはその血みどろの姿に小さく悲鳴をあげた。

 

「ちょっとジェヴォーダン!? あんた、何をしたのよ!」

「……何もどうもあるまい」

「殺したの!?」

 

 ルイズは信じられないと言うように、涼しい顔をしたジェヴォーダンを問い詰める。グリフォンで降り立ったワルドも、しまったという顔をした。

 

「ジェヴォーダン、あんたは……ひ、人を……!」

「こちらを殺そうとしてきた連中だ。何をそんなに驚くことがある」

「……っ!」

「ルイズ、彼は僕たちを守ろうと……」

「黙って!」

 

 ギーシュがルイズをなだめようとするが、彼女は薄く涙を浮かべて、責めるようにジェヴォーダンを見やる。

 ジェヴォーダンはといえば、そんな視線をさして気にした様子すらない。ルイズは、悲しみと怒りで頭がいっぱいになって、声を荒らげた。

 

「殺すことないじゃない! あんたは、なんでそんなひどいこと……」

 

 さらにルイズが声を上げようとした時だった。突然影が差し、聞き覚えのある羽ばたきの音が聞こえてきて、一行は空を見上げた。

 

「シルフィード!」

 

 ルイズが驚きの声をあげる。それはタバサの使い魔の風竜だった。降り立った風竜から、これまた見覚えのある赤髪。キュルケであった。

 

「ダーリーン! 会いたかったわー!」

「会いたかったじゃないわよっ! あんた、何しにきたのよ!」

「朝方、窓から見てたらあんたたちが馬に乗って出かけようとしてるもんだから、急いでタバサを叩き起こして後をつけたのよ」

 

 風竜の上には確かにタバサがちょこんと座り、本をめくっている。本当に寝込みを叩き起こされたのだろう、パジャマ姿だというに気にする様子もない。

 

「ツェルプストー。あのねぇ、これはお忍びなのよ?」

「お忍び? だったらそう言いなさいよ。言ってくれなきゃわからないじゃない……それにしても、襲われた様子だったから急いで降りてきたんだけど、あっという間に終わっちゃったみたいね?」

 

 そうしてキュルケはしなをつくると、グリフォンに跨ったワルドににじり寄っていく。

 

「おひげが素敵よ。あなた、情熱はご存知?」

 

 ワルドは、ちらとキュルケを見やり……片手で押しやった。

 

「あらん?」

「善意は嬉しいが、これ以上近づかないでくれたまえ」

「なんで? どうして? あたしが好きって言ってるのに!」

 

 取りつく島もないワルドの態度にキュルケは怒りの声をあげる。どんな男だって自分に言い寄られたら、どこかに同様の色を見せるものだったのだが……最近はジェヴォーダンといい、ワルドといい、それがない男に出くわしてばかりだ。キュルケは不服そうにワルドを睨んだ。

 

「婚約者が誤解するといけないのでね」

「婚約者? ……なあに、あんたの婚約者だったの?」

 

 ルイズが頬を染める。キュルケはつまらなそうに言って、あらためてワルドの目を見やった。

 なんともいえない、冷たい目。ジェヴォーダンの目も冷たいは冷たいのだが、それにはクールな魅力を感じるものだ。吹き飛ばされた時なんかは受け止めてくれたり、ひどいことを言うにしても冗談が効いていたり、それはそれで好意的に受け止めることができるものばかり。だがワルドは違う。どこまでも冷たく、感情のない目だ。

 つまらない。キュルケはワルドを見限り、今度はジェヴォーダンを見る。

 

「って、あら? ダーリン、血まみれじゃないの!」

「……ダーリンはやめろ」

「あらぁん! じゃあ、あ・な・た?」

「……………」

 

 珍しく、嫌そ〜な目。何やらえらく気に入らない部分に触れたらしく、眉間にしわをよせている。

 かなり珍しいリアクションに、急にジェヴォーダンが可愛く見えてくる。キュルケはにまーっと笑った。

 

「あなた……ささ、血をお拭いいたしますわ」

「はぁ……」

 

 甲斐甲斐しくハンカチを使ってすり寄ってくるキュルケに、ジェヴォーダンは呆れ切ったため息を吐いた。

 ルイズはまた怒鳴ろうとした。ツェルプストーの女に使い魔が取られるのは我慢ならない。が、そっとワルドがそんなルイズの肩に手を置いた。

 ワルドはルイズを見てにっこりと微笑みかける。

 

「ワルド……」

 

 ワルドは何も言わずグリフォンにまたがると颯爽とルイズを抱きかかえた。

 

「今日はラ・ロシェールに一泊して、朝一番の便でアルビオンに渡ろう」

 

 ワルドはそう告げた。

 ルイズはワルドの腕の中、そっと後ろを見た。

 キュルケがジェヴォーダンの馬の後ろに乗って、楽しそうにきゃあきゃあ騒いでいる。

 

 彼はさっき、人を殺してきた。まだコートに残る返り血がそれを物語っている。

 ルイズは胸の中がぎゅうと痛くなるのを感じた。自分の使い魔が、人殺しをした。いくら自分たちを襲ってきた人間とはいえ、殺しをした。それがなんだか、とても辛かった。

 道の向こうに、渓谷に挟まれたラ・ロシェールの街明かりが輝く。一行は夜の道を、その明かりへ向けてまっすぐ進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 ラ・ロシェール最上級の宿『女神の杵』亭に泊まることにした一行は、一階の酒場でその疲れを癒していた。

 『桟橋』へ乗船の交渉に行っていたワルドは、困ったように席に着いた。

 

「アルビオンに渡る船は明後日にならないと出ないようだ」

「急ぎの任務なのに……」

 

 ルイズは口を尖らせるが、ギーシュは明日も休めるとほっとしている様子だった。

 

「船が出せないとは、どういうことだ?」

 

 ジェヴォーダンの解いに、ワルドが答えた。

 

「明日の夜は月が重なる『スヴェル』の月夜だ。その翌日の朝、アルビオンがもっともラ・ロシェールに近づく」

 

 近くとはどういう意味か考え、月の話を出すと言うことは潮の満ち引きだろうと、ジェヴォーダンは勝手に納得した。おそらく航行の難しい航路をいくのだろう。

 ワルドは鍵束を机の上にじゃらりと置いて、みんなに部屋割りを告げる。

 

「キュルケとタバサは相部屋だ。ジェヴォーダンとギーシュが相部屋、僕とルイズは同室だ」

 

 ルイズがはっとして、ワルドの方を見た。

 

「婚約者だからな、当然だろう?」

「そんな、ダメよ! まだ私たち結婚してるわけじゃないじゃない!」

 

 しかしワルドは首を降ってルイズを見つめた。

 

「大事な話があるんだ。二人きりで話したい」

 

 

 

 

 貴族相手の宿、『女神の杵』亭で一番上等な部屋だけあって、ワルドとルイズの部屋はかなり豪華な作りだった。レースで飾られたベッドには天蓋まで付いている。

 テーブルについたワルドは、ワインの栓を抜いて杯に注ぎ、それを飲み干す。

 

「きみも一杯やらないか? ルイズ」

 

 ルイズは言われたままにテーブルについた。ワルドがルイズの杯にワインを満たしていく。自分の杯にも注いで、ワルドはそれを掲げた。

 

「二人に」

 

 ルイズはちょっと俯いて、杯を合わせた。かちん、と陶器の杯が触れあう。

 

「姫殿下から預かった手紙は、きちんと持っているかい?」

 

 ルイズはポケットの上から、アンリエッタから預かった封筒を抑えた。いったいどんな内容なのだろう?

 そして、ウェールズから返してほしい手紙とはどういうものだろう? それはなんとなく、予想がつく気がした。

 ルイズは考え込んで俯く。ワルドはそんな様子を興味深そうに見た。

 

「……ええ」

「心配なのかい? 無事にアルビオンのウェールズ皇太子から、姫殿下の手紙を取り戻せるかどうか」

「そうね、心配だわ……」

「大丈夫だよ、きっと上手く行く。なにせ、僕がついてるんだから」

「そうね、あなたがいればきっと大丈夫よね。あなたは昔から、とても頼もしかったもの。で、大事な話って何?」

 

 ワルドはふと、遠くを見るような目をした。

 

「覚えているかい? あの日の約束。ほら、きみのお屋敷の中庭で……」

「あの、池に浮かんだ小船?」

 

 ワルドは頷く。

 

「きみはいつもご両親に叱られたあと、あそこでいじけていたな。まるで捨てられた子猫のように、うずくまって……」

「本当に、もう、ヘンなことばっかり覚えてるのね」

「そりゃ覚えてるさ」

 

 ワルドは楽しそうに笑った。

 

「きみはいっつもお姉さん達と魔法の才能を比べられて、出来が悪いなんて言われていた。でも僕は、それはずっと間違いだと思っていた。確かにきみは不器用で、失敗ばかりしていたけれど……」

「意地悪ね」

 

 ルイズは頬を膨らませた。

 

「違うんだルイズ、きみは失敗ばかりしていたけど、誰にもないオーラを放っていた。魅力と言ってもいい。それは、君が他の誰にもない特別な力を持っているからさ。僕だって並のメイジじゃない。だからそれがわかる」

「まさか」

「まさかじゃない、例えばそう、君の使い魔……」

 

 ルイズの背筋が、すっと寒くなる。

 

「……ジェヴォーダンのこと?」

「そうだ。君ならわかるだろう、彼は尋常ではない力の持ち主だ。ここに着く前に傭兵の一団に襲われたときも……僕も、自分の目を疑った」

 

 ワルドが纏う空気が、ピリピリと鋭くなる。魔法衛士隊の隊長としての、戦士としての空気だ。

 

「……でもあいつは、人殺しを……」

「あぁ、そうだ。僕が彼の元に駆けつけるまでの間に、彼は恐ろしい殺しをしてみせた。……僕も、戦場で弱いつもりはない。並みのメイジじゃないと言ったろ? だが、あそこまでの数の敵に囲まれて、あぁまで平然としているなんて……想像もできないよ」

 

 ルイズが青い顔をし始めたので、ワルドは慌てて話題を逸らした。

 

「それでだ。その時、武器を掴んだ彼の左手に浮かび上がっていたルーン……。あれは、ただの使い魔のルーンじゃない。あれはまさしく、伝説の使い魔の徴さ」

「伝説の使い魔の徴?」

「そうさ。あれは『ガンダールヴ』の徴だ、始祖ブリミルが用いたと言う、伝説の使い魔さ」

 

 ワルドの目が光った。

 

「ガンダールヴ?」

 

 ルイズが怪訝そうに尋ねた。

 

「誰もが持てる使い魔じゃない。君はそれだけの力を持ったメイジなんだよ」

「信じられないわ……いや、でも……」

 

 ルイズは俯いた。ワルドは冗談を言っているのかもしれない。

 自分はゼロのルイズだ、落ちこぼれ。どう考えたって、ワルドが言うような力が自分にあるとは思えない。

 それよりも……ジェヴォーダンの事が気になった。

 『伝説の使い魔』。そう言われれば、確かにあの異様な強さにも説明がつく気がする。貴族であるギーシュとの決闘に勝ち、フーケを追い詰めたあの実力。

 だが……果たして、そのジェヴォーダンの強さは、そんな使い魔のルーンによってもたらされたようなものだろうか。そうでなければ、ジェヴォーダンはどこにでもいる普通の平民の男だったのだろうか。

 ルイズにはどうしても、そうは思えなかった。『伝説の使い魔』()()()()、あの男の強さは説明しきれない。そう感じるのだ。

 答えないルイズを見て、ワルドが続けた。

 

「きみは偉大なメイジになるだろう、始祖ブリミルのように。歴史に名を残す、素晴らしいメイジになるに違いない、僕はそう予感している」

 

 ワルドは熱っぽい口調でそう言うと、真剣な表情でルイズを見つめた。

 

「ルイズ、この任務が終わったら僕と結婚しよう」

「え……」

 

 突然のプロポーズに、ルイズははっとした顔になった。

 

「僕は魔法衛士隊の隊長で終わるつもりはない。いずれは国を……このハルケギニアを動かすような貴族になりたいと思っている」

「で、でも……わ、わたし、まだ……」

「もう子供じゃない。きみは十六だ、自分の事は自分で決められる年だし、父上も許してくださっている。確かに……」

 

 ワルドはそこで言葉を切ると、顔を上げ、ルイズに顔を近づけた。

 

「確かに、ずっとほったらかしだった事は謝るよ。婚約者なんて言えた義理じゃないこともわかっている。でも、ルイズ、僕にはきみが必要なんだ」

「ワルド……」

 

 ルイズは考えた。なぜか、ジェヴォーダンの事が頭に浮かぶ。

 ワルドと結婚しても、自分はジェヴォーダンを使い魔として傍に置いておくのだろうか?

 ……なぜか、それはできないような気がした。これが犬や猫、カラスやフクロウだったら、こんなに悩まずに済んだに違いない。

 もし、あの奇妙な男をほっぽり出したらどうなるだろう?

 あいつはいつか、異なる宇宙とやらに帰ってしまう。自分の大切な、狩りとやらを成就させるために。

 なぜだかそれが、とても恐ろしいことのように思えた。自分の使い魔が、自分の知り得ないはるか遠くへ行ってしまうだけでなく、なんだか自分の知らない存在になってしまうようで、怖かった。ジェヴォーダンが殺しをしたと知った時、とても悲しかったのも、おそらくそれが理由だったのだろう。

 ルイズは顔を上げた。

 

「でも、でも……」

「でも?」

「……わたしまだ、あなたに釣り合うようなメイジじゃないし……もっともっと修行して……」

 

 ルイズは俯き、少し考えてから続けた。

 

「あのねワルド。小さい頃、わたし思ったの。いつか、皆に認めてもらいたいって。立派な魔法使いになって、父上と母上に誉めてもらうんだって」

 

 ルイズは顔を上げて、ワルドを見つめた。

 

「まだ、わたし、それができてない」

「きみの心の中には、誰かが住み始めたみたいだね」

「そんなことないの! そんなことないのよ!」

 

 ルイズは慌てて否定した。

 

「いいさ、僕にはわかる。わかった、取り消そう。今返事をくれとは言わないよ。でも、この旅が終わったら、きみの気持ちは僕に傾くはずさ」

 

 ルイズは頷いた。

 

「それじゃあ、もう寝ようか。疲れただろう」

 

 それからワルドはルイズに近付いて、唇を合わせようとした。

 ルイズの体が一瞬強張る。それから、ワルドの体をそっと押し戻した。

 

「ルイズ?」

「ごめん、でも、なんか、その……」

 

 ルイズはもじもじとしてワルドを見つめた。ワルドは苦笑いを浮かべて、首を振った。

 

「急がないよ、僕は」

 

 ルイズは再び俯いた。

 どうしてワルドはこんなに優しくて、凛々しいのに……。ずっと憧れていたのに……。

 結婚してくれと言われて、嬉しくないわけじゃない、でも何かが心にひっかかる。

 決して暖かな感情ではないそのひっかかりが、チクリチクリとルイズの心を刺した。

 

 

 

 

「かーっ、泣かせるねぇ。なかなか健気な話じゃあねぇか」

 

 そんな2人の部屋がある屋根の上……。一振りの剣がカチカチと、感嘆の声を漏らした。デルフリンガーである。

 ジェヴォーダンはデルフリンガーを肩に立てかけ、屋根に腰掛けていた。頭上では瞬く星と、重なりかけた2つの月が甘やかな光を地上に垂らしている。

 

「それにしても相棒、盗み聞きとはらしくねぇな」

「……ワルドか、ルイズか、あるいは両方か。貴族側に通じてるスパイがいるとすれば、と思ったが、どうやら見当違いだったようだ」

 

 ふーっとため息を漏らして、ジェヴォーダンは空を見上げる。ヤーナムの地とはまるでバラバラな星の位置、どうやらもう空を読むこともできそうにない。

 

「にしてもよ、相棒。ちょっと聞きたかったんだけど、いいか」

「なんだ」

「相棒、おめえは……殺しが、楽しいのかい」

 

 カチカチとなる鍔。ジェヴォーダンの顔から、わずかな表情が消える。はぁと短い息を吐き、肩にかけた剣を見た。

 

「なぜそう思うんだ?」

「今日の戦いぶりさ。まぁ元々、そういう気質なんだろうかなぁとは思ってたが、おめえさんにとっては都合がよくないんだろ」

 

 デルフリンガーもいつになく真剣な口調で語る。

 

「そりゃあ恐ろしいことだろうよ……『狩りに溺れる』なんてのは」

「……………」

 

 ジェヴォーダンの灰色の目が、遠くを見る。鮮明に思い出せる、今日の『狩り』。

 

 

 

 

「こ、こいつ登ってきやがった!」

「馬鹿野郎が、袋にしてやれ!」

 

 数は20かそこら。半数ほどがボウガンを持っており、もう半数は雑多な刀剣の類や、松明などを手にしている。

 最初の2人が、サーベルを振りかざし怒声を発して襲いかかってきた。

 姿勢を低くしてそれをかわし……同時に、右から迫ってきた男の腹をかっ裂く。鮮血が吹き出し、内臓がこぼれ落ちる。

 斬られた男が絶命するよりも早く、左から迫っていた男の喉元に剣を突き立てる。

 一瞬で白目を向いた男の喉から剣を引き抜くと同時に、返しの刃で後ろから迫った男を袈裟懸けになで斬った。

 

「う、嘘だろ!?」

「ひっ……」

「じょ、冗談じゃ……!」

 

 あっという間に3つの死が振りまかれ、傭兵たちは恐怖におののく。だが狩人は、攻め手を緩めることはない。

 素早いステップで次の獲物に近づき、胴を切り裂くと同時に後ろの男を蹴り飛ばす。蹴られた男が吹き飛んで、ボウガンを撃とうとしていた男に激突する。暴発したボウガンが、別の男の頭に突き刺さった。

 

「野郎!」

 

 素早くボウガンを構えた別の傭兵。だがその瞬間、その額にギザ刃の投げナイフが深々と突き刺さった。

 男が倒れ、その後ろにいた別の男は絶望した。高速で迫る恐ろしい狩人の刃が目の前に迫っていた。

 

「ぼ、ボウガン隊! 前に出ろ前に!」

 

 統率を取っていたのであろう、リーダー各の男がそう叫ぶと、ボウガンを手にした傭兵がその男の周りに並び、すさっと姿勢を落とした。

 ジェヴォーダンはそれを見計らい、近くにいた男の胴に剣を思いっきり突き刺す。金属に体を貫かれた男の断末魔が、喉から漏れる血を泡立てる。

 

「てぇっ!」

 

 ビビビビッと一斉にボウガンが射られ……ジェヴォーダンは、突き刺した男の肢体をさっと前に出した。肉の体が盾となり、次々と矢に射抜かれる。

 

「……っ!」

 

 後に残るは、矢の装填されていないボウガンを抱きかかえた、無力な獲物たち。

 恐ろしい狩人は、刃を翻して死体を投げ捨てると、その獲物に襲いかかった。

 

 デルフリンガーは、確かに見ていた。狩人の顔を。

 分厚い防疫マスク越しでもわかる。その顔は、笑っていた。

 

 

 

 

「……………」

「言ってたな、狩りに溺れないために、俺っちみたいな仕掛けの武器がいるって。そうしないための仕掛け武器で、そうしないために俺を選んだんだろう」

 

 ジェヴォーダンは黙って、空を見上げた。仲睦まじい2つの月。その片割れの赤い光に、かつての師、ゲールマンの言葉を思い出す。

 狩りか、血か、それとも悪夢か。狩人は皆、何かにのまれ、そして飢えている。

 

「戦うなとは言わねえ。必要な時もあるし、相棒だってそこに居場所を感じてるんだろう。だがよ、ただ殺すために殺して、それを楽しむってのは……」

「わかっている。それこそまさに、狩りに溺れるというものだ」

 

 深くため息をつき、肩にかけたデルフリンガーをくるくると弄ぶ。鍔がカチカチと震え、抜き身の刀身を揺らした。

 

「相棒、俺はお前さんを信じてるが……お前は、自分が戦いの中で絶対に我を忘れないって自信はあるんだろうな?」

「………」

 

 ジェヴォーダンは、黙ってデルフリンガーの柄を握った。左手のルーンが淡い光を放ち、体がほのかに軽くなる。その力強い闘志の底に、冷たく凍えるような禍々しさを押し殺して、ジェヴォーダンは答えた。

 

「あぁ……俺は俺のまま、狩りを成就してみせる」

 

 夜風が頬を撫でる。ジェヴォーダンはそのまま、眠らない狩人の夜を、屋根の上で過ごした。

 




使い魔の徴

ジェヴォーダンの左手に現れた使い魔の徴。
神の左手とも呼ばれる、伝説の使い魔のもの。
あらゆる武器、兵器を自在に操る力を得る。

それは魔法を詠唱する主を守るための守護の刃である。
だが狩人に、守るための戦いなど無縁のものだろう。
狩人は、ただ仇なす獣を狩るだけだ。

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