※あの人と主人公が邂逅します。
※あの人のキャラはすまっしゅ! を参考にしているところがあるのでマイペースな人となっています。キャラ崩壊注意。
実技試験が終了し、筆記試験も終えると私は帰路に着いていた。
実技試験が終った直後に二人の様子が少しだけ見えた。爆豪くんの方は余裕のようでドヤ顔を私に向け、緑谷くんはこの世の終わりのような絶望の表情で落胆していた。前者は手応えがあったようで、後者はこけてしまったのだろうか。
人のことを心配しているが、私も結構やらかしてしまっているため、人のことが言えない。咄嗟に人助けや0Pヴィランを倒すなどポイントにならないことをしたのだ。性というものは、なかなか変えられないがもう少しなんとかならないのだろうか。
反省するところは色々あるし、これからのヴィラン活動も不安になる。いつまでもこうでは、いつかヒーローたちを裏切るときに苦労しそうだ。
反省しながら家のドアを開けると、小さなちゃぶ台の前に見覚えのある人物たちが茶を飲んでいた。
「ただいま…」
「おかえりー無事に終わってよかったな!」
「おかえりなさい。受験、お疲れ様です。お茶出しますよ」
そこにいたのは入試に協力してくれた二人だった。二人の顔を見てさらに気が重くなったが、無理やり作り笑いをしてお父さんの隣に座った。黒霧さんは薬缶で沸かしたお湯をティーバックが入っている湯呑に注ぎ込み、それを私の前に置いた。
「どうでしたか?」
「筆記は手応えありましたし…まあ、大丈夫だと思います」
「それならいいですが…元気、ないですね」
図星をつかれて目を逸らす。
すると、何かを感じ取ったのか父がしばらく考え込んだ後に話しかけてきた。
「忍…実技試験でなんかやらかした?」
「え?」
「『筆記は手応えあった』ってことは…実技は良くなかったってことだろ?」
いつもは適当なくせに、こういうときだけ鋭いのはどうしてだろうか。父の言葉に不安になったのか黒霧さんが、じっと見つめてきた。
これはもう、言い逃れはできなさそうだ。私は深いため息をついた。
自発的に私は正座をして試験概要と試験中にした行動を簡潔にまとめて話す。
二人は相槌を打ち、時には眉間に皺を寄せて顔を歪ませ、時には首をひねっていた。最後まで口出しはせず聞き終えると、二人はがっくりと大きく肩を落とした。
「つまり…忍さんはポイントを順調に稼いでいたのにもかかわらず、途中で受験者を助けただけでなく、倒さなくてもいい仮想ヴィランを倒しに行ったと?」
「…はい」
「忍さん…あなた、ヴィランの自覚ありますか?」
グサリとくる言葉の刃と冷たい視線が突き刺さった。黒霧さんに言われると、とても心にくる。
「…ありますよ。多分」
苦笑いを浮かべながら言うと、にらまれた。普段は優しくしてもらっている分、無言の威圧はキツイ。
しばらく睨まれていたら、父が私の頭に手を置いてきた。何事かと顔を上げると、父はとても穏やかな表情で笑っていた。
「まったく、本当にお前は仕方ないな…」
「お父さん?」
「今回はヒーローを出し抜くためにやったんだろ?」
まさか、今の話を聞いて許してくれるのだろうか。相当娘に甘い気がするが、父のことだから可能性は捨てきれない。
心の中で期待していた矢先、
頭が砕けるかと錯覚するほど強い握力で鷲掴みされた。
あまりの痛みで悲鳴もあげられず、恐る恐る父の顔色を伺う。表情はとても穏やかであったが、こめかみに青筋が浮かんでいた。
あ、コレ珍しく怒ってるわ。と察してしまった。
「今回はそういうことにしてあげるけど、自分がヴィランだってこと時々忘れすぎじゃない? これで不合格だったらどうすんだ? 言い逃れできないぞ。あとなに俺の個性使ってんの?あれ忍の切り札じゃん。 ヒーローに情報与えてどうすんの? 情報ひとつで命とりになることあるって知ってるよね? それにあの個性は一歩間違えれば大怪我するの分かってんの? 今回は一瞬しか使わなかったからよかったけどな。ちゃんと個性の使いどきを考えろ」
「痛い痛い痛い! お父さん、力強すぎ…!」
「大丈夫。そう簡単に砕けない。人間の頭蓋骨の可能性を信じろ」
「そこは加減をしなさいよ!」
怒りのあまりカタコト気味に喋る父は加減を知らないのか頭からミシミシという効果音まで聞こえてきそうだった。それほど痛いのである。
ちらりと黒霧さんに助けを求めて視線を送ると、ジト目で見られた。
「自業自得です」
バッサリと切られて私は頭の物理的な痛みに耐える中、どんな人でも怒るときは怒るのだと痛感していた。
・
・
・
入試から一週間がすぎた。あの後筆記試験は自己採点で合格ラインだったのを確認できたものの父と黒霧さんから連絡は来ない。こんな出来損ないのヴィランに呆れて処刑の準備でもしているのだろうか。
その可能性が捨てきれないため毎日通知が来ないかポストの前で怯える日々が続いている。通知は雄英から手紙で送られるのである。このデジタルが普及している世の中でアナログ的な方法でそういうものが届くのは珍しい。
「ないわね…」
買い物から帰ってきてポストの中を確認するが、雄英からきてなかった。明日に届くのだろうか。少なくとも明日で生きるか死ぬか明白となる。
今日の夕飯が最期になってしまうかもしれないので奮発して大好物の鳥の照り焼きにした。気分が落ち込む中、鍵を取り出してドアを開けた。
「…え?」
「よう。遅かったな」
そこにはちゃぶ台を座椅子代わりにして携帯ゲームをする男性がいた。
頭から足までゆっくり見る。その男性はかなり細身で全身黒い服を着ており、顔には掌をデザインした一風変わったマスクをしていた。よく観察すると薬指には指先まで包み込んでいる黒いサポーターのようなものをしている。歳は20代ほどのように見えた。
…誰だ。
この不健康そうな引きこもり生活をしてそうな人。
男性は私に手を振った後、ゲームに集中し始めた。どうやら、こっちに見向きもしないようだ。マイペースな人なのだろうか。それはともかくまず私がするべきことは棒立ちになることじゃない。
「すいません。部屋を間違えました」
落ち着いて一旦ドアを閉め、部屋の表札を見直す。間違いなくそこには『狩野』と書かれている。私の家に間違いない。鍵もかけたはずだが、中に侵入されていた。しかも優雅にゲームをやっていた。
なるほど、あれは愉快な不法侵入者というやつか。
わざわざこのアパートに侵入するとは物好き過ぎる。金目のものはないがどういうことだろうか。ここは冷静に警察に連絡を入れるかと思案していると、ふと男性の不気味さに違和感を覚える。
金目のものを盗むとしたら、そこに住む住民を待つ必要はない。しかも私の顔を知っているようだった。帰宅した瞬間に殺そうする素振りを見せなかったことから変質殺人鬼ではなさそうだが、あの見た目は悪党にしか見えない……うん? 悪党?
「というか、ヴィラン!?」
「お前もヴィランだろうが」
「何で知ってるんですか!?」
「黒霧から聞いた」
「黒霧さんから…ああ、なるほど」
ドアを勢いよく開けて叫ぶと、男性は耳を塞いで鬱陶しそうに手をヒラヒラと振る。
私がヴィランなのを知っているのはヴィラン連合だけだ。黒霧さんから聞いたなら納得する。風貌からヴィランなのは予想ついていたが黒霧さんのことを呼び捨てにしていたということは、幹部よりも上の立場にいる人物なのだろう。
と、仮定すれば幹部よりも偉い人が我が家でゲームをして待っているという構造はなかなかシュールのように思える。
幹部の上となると社長だと思うが…この人、ヴィラン連合の社長ならこれからの先行きが不安でしかない。おそらくこの人は黒霧さんの個性を使って家に侵入したのだろう。それも無断に。
そして、なによりちゃぶ台を椅子に使っていることが許せない。
「そんな驚くことか?」
「あのですね。誰もいないはずの家に帰宅したら、自分の上司が呑気にゲームしているとか、日本で石油掘り当てるくらいの確率ですよ。どんな衝撃的な出来事だと思ってるんですか」
「呑気じゃねぇよ。この家、なんもねぇから暇つぶしでやってんだよ」
「はぁ…」
「裏面のボスに対抗するためにレベル上げと錬金コンプのために伝説の防具材料を探してたんだ。じゃなきゃこんなクソ狭ぇ家にいるわけねぇだろ。わかるか?」
「とりあえず、あなたにとってゲームは生きがいということだけが分かりました」
「よくわかってんじゃねぇか」
そう言うと上司の男性…もとい上司さんは微笑する。一方、私は会話をしてますます部下として不安になった。
この人がこの数年間私をスパイに任命して期間未定のヒーロー侵入の密偵活動をするように命じたのだろうか。どういうつもりで命令したのか不安だ。
…そして、そこはかとなくブラック上司臭がするのは気のせいだと言いたい。
「そういえば、お前さ。父親に無理やりヴィランにされたんだって?」
ゲーム画面に視線を向けたまま上司さんは唐突にそう切り出してきた。
そこまで情報が回っているなら無理に加入しなくてもよかったのではと言いかけたが、数年間もヴィランを続けている身としてはあまりそういう意見は出すべきでないだろう。否定することもなく、私は頷いた。
「それがなにか」
「どうして続けてるんだ?」
「……どういう意味ですか?」
「別に途中で辞めてもよかったんじゃないのか? つーか、警察に頼るんじゃなくて切羽詰まってヒーローに頼れば自由になったかもしんねぇだろ…なんせ、ヒーロー様は困った人間には優しいからな」
少し含みあるような言い方をしているのは気になったが、その通りな気がした。
実はいうと、父親から強制的にヴィランにされてから翌日に、私は警察を頼って自分がヴィランにされたことを訴えた。しかし、契約方法がアレなだけに警察側は子供の手の込んだいたずらと思い込み、本気で相手されなかった。
その反応に当時の私は「やっぱりな」と思った。なぜなら、信じられない話だと検討がついていたからである。ついでに、いたずらといわれることも想定内なため驚くこともなかった。
「ヒーローに頼って変わるのなら、自力で連合を辞めてますよ」
「……ヒーローは嫌いか?」
「嫌いじゃないですよ。ただもう…どうでもいいというか」
警察が無理ならヒーローにも頼る選択もあった。しかし、ヒーローもあまり宛にできないと判断してしまったのだ。
法律では警察の方が権限が上でヒーローはその下位組織に位置付けられており、主な仕事であるヴィランの捕縛はヒーロー、逮捕は警察という役割分担がされている。
基本的にヒーローは職務を全うするためなら個性使用は許可されているが、警察は個性を”武”として使用しないのである。
役割分担というのは響きはいいが、こういった特殊なケースに対してどうすればいいのか、きちんと対策を考えるべきである。
そして、宛がなくなった私はヤケクソになって今に至る。
そこまで情報が筒抜けとは、ヴィラン連合は思った以上に優秀らしい。
だとすれば、あのまま警察が私の訴えを信じていたら殺されていたのかもしれない。そう考えると私は何度も死線を潜り抜けていたらしい。ある意味幸運だが、不幸も連続して五分五分だろうか。
そんなことを考えていると、上司さんは私の顔を見つめてはっきりといった。
「じゃあ、どうして1人で生きる道を選ばなかったんだ?」
時が止まった。そう思うほどの核心を突かれた。
警察やヒーローを頼れないのなら、すべてを投げ出して失踪する手もあった。それも思い浮かんでいたが、実行することはなかった。
ゲームの音が耳につき、畳部屋のにおいが一層濃く感じる。体が蛇に睨まれた蛙のように動かない。
言い訳は色々脳内で浮かぶが、なぜか打ち消されてしまう。マスク越しに見える鋭い眼光から逃れられないと体の芯まで感じてしまったのかもしれない。
極度の緊張で喉を鳴らしてしまう。言い訳が通じないなら、言うしかない。覚悟を決めて私は口を開いた。
「それは…このヴィラン連合で」
「忍!! 大変だ!! ――って弔くん!?」
意を決して口を開くと背後から日光と風が入ってくる。振り返ると、そこには何かの手紙を握りしめて息を乱した父がいた。
父は上司が来ていたことを知らなかったのか、かなり驚いていた。上司さんは父の登場に舌打ちをしてゲームを閉じる。
「ちょっと、舌打ちすることないでしょ。弔くん」
「俺はアンタが嫌いだ。消えろ死ね」
「またまた~嫌も嫌も好きの内ってやつだろ?」
「殺してやろうか?」
「じゃあ、せめてちゃぶ台から降りてくれない? それ、座椅子じゃなくて机だからね」
部屋に入ると父は押し入れに向かい、座布団を敷く。上司さんは面倒臭そうにしながらちゃぶ台から降りて座布団に座った。
私はそれを見届けてから聞き耳を立て、買ってきたものを冷蔵庫に入れていく。父が来たことで空気が変わって少しだけ安心した。
「それにしても…我が連合のリーダー様がわざわざここに来て何の用なの?」
「ああ、少しあいつに聞きたいことがあってな…けどやっぱいいや。誰かさんのせいで興味失せた」
「なになに~? 『好きなタイプはどんな人?』みたいなこと聞きたかったの? 忍に一目惚れしちゃった?」
「誰があんなクソガキに惚れるか、目ん玉くり抜かれて死ね」
「弔くん…実はツンデレなの?」
「殺すぞ」
どうやら、上司さんの名前は弔といい、連合のリーダーらしい。
つまり予想通り、弔さんは社長的な立場なのだろうか。そう冷静に分析しているなかでも、繰り広げられる会話の温度差がひどすぎてハラハラする。
どう見ても父の方が年上だが、立場は向こうの方が上という異色さがある。なんというかストレスで胸が痛くなった。
「そうだ。弔くんもいることだし、黒霧呼んでみんなで結果見ない?」
「何の結果よ?」
「今ポストみたら雄英から通知が来てたぞ。ほら」
まるで、話題の映画を見に行こうと言い出すような軽いノリで父が取り出したのは、今時珍しい洋形封筒だった。差出人のところには「雄英高等学校」と堂々と書かれてある。
ついに来たか…。けど、なんでこのタイミングでくるのだ。
せめて明日に来てほしかったと私はひそかに運命の神様を呪った。
ノートで黒霧さんに連絡をすると、ほんの10秒ほどでワープで黒霧さんはきた。かなり慌てた様子で来たようでスーツが皺になっている。なにやら雑務に追われていたらしいが、知らせを受けて放り投げてきたという。すごく申し訳ないことをした。
ちゃぶ台に手紙を置き、それを囲うように全員が座る。ちゃぶ台もまさかこんな大人数に囲まれるなんて夢にも思わなかっただろう。この部屋に引っ越してきてから共に生きているのだから驚いているだろう。
「早よ開けろ。いつまでウジウジしてんだ」
「死柄木弔…彼女も心の準備がいると思うのでしばし待ってください」
「忍。今ここで待ったところで結果は変わんないから。すぐに開けた方が楽になるぞー」
「アンタは黙ってください」
現実逃避をしていると大人三人の声によって現実へ引き戻される。あまり時間をかけるとダメなようで、覚悟を決める。深呼吸をして封を切った。
そこには円状の小型機械と説明書き、それと数枚何か重要そうな紙が入っていた。てっきり紙一枚だけだと思っていたため全員が首を傾げた。説明書きによると機械にあるスイッチを押せば結果が発表されるらしい
なんだこのバライティーチックな合格発表方法。
普通に紙で書けばいいのに、雄英はエンタテイナーしないと気が済まないのだろうか。恐る恐るスイッチを押すと、そこから光が現れて映像が飛び出る。
そこに映し出されたのはスーツの後姿を見せる筋骨隆々な男性であった。見覚えのある姿に目を丸くしているとその男性はこちらに振り返った。
『私が投影された―――!!!』
「…オールマイト? え? なんで!?」
その男性の正体は黄色いスーツを着たオールマイトだった。
どういうことだ。彼は雄英のOBだが合格発表する義務はないはずだ。特別にゲスト出演できているのだろうか。
「おい、黒霧。超不快なモンが映ってんだけどぶっ壊していいか?」
「気持ちはわかりますが合否が判明していません。待ってください」
「オールマイト筋肉ムキムキだな! あと雄英の技術どうなってんだ? なぁすごくね?」
「黙れクズ」
「忍、今の聞いた!? 黒霧が暴言吐いたよ!? パワハラってやつじゃね!?」
「アンタら…いい加減にしないと爆音防犯ブザー鳴らしますよ」
巷で爆音並みの騒音で警報を鳴らすことに定評のある防犯ブザーをちらつかせ、睨みつけると全員静かになった。さすがに爆音で人を呼ばれたくないらしい。
オールマイトの話は進んでいたが大した話ではなく、聞き流した。画面の端で誰かの手が映るとオールマイトは『わかったよ』と了承した。
『あの時以来だね、狩野少女! 実は私がここにいるのは、この春から雄英に勤めることにしたからだ』
「つ、勤める!?」
急展開すぎて叫んでしまう。
オールマイトがヒーロー科で随一有名な大学で教育職員免許を取得しているのはしっていたが、まさかこのタイミングで発覚するとは思わなかった。世間ではまだ発表していないところをみると受験生にだけは伝えようとしているのだろうか。
それより、大きな収穫があった。
「つまり…オールマイトが、雄英の教師になるってことか…」
「そういうことになりますね」
「へぇー…」
悪い大人たちがニヤリと笑う。
情報ひとつで命取りになるとはよくいうものだ。この情報は大き過ぎる。オールマイトが雄英の教師になるのは予想外だったが、逆に言えばオールマイトの居場所がほとんど特定できたことになる。
ヴィラン連合がオールマイトを倒す計画を立てる時間が与えられたのである。
『筆記は合格ラインで、敵Pは40Pと高得点…そして、最も素晴らしかったのは君の行動力だった』
「え?」
「は?」
『先の入試! 見ていたのは敵Pのみあらず!』
私と弔さんが思わず声を漏らしていると、オールマイトはリモコンを操作して画像を出す。私が試験中に女子を背負って救助する場面と0Pヴィランを真っ二つにしたVTRが流れた。
『君はあの巨大0Pヴィランを前に人助けをし、受験者を守るために倒した…ハラハラした場面はあったが、正しい事をした人間を排斥しちまうヒーロー科などあってたまるかって話だよ!』
その言葉に一瞬だけ呼吸することを忘れてしまった。
正しいこと…。
そうか、私はヒーローとして正しいことをやったのだ。
自分の手を見ると震えていた。やったことは、あのヘドロ事件とほとんど同じだった。ただ違ったのはあの時と比べて力をつけたことだ。あのときはオールマイトがいなかったら、きっと死んでいた。しかし、今回は自力で救い出し、自分も無事だったのだ。
ヴィランとしてはうれしくない言葉であるが、褒められて思わず口角が上がりかけてしまう。一方、弔さんは大きく舌打ちをした。
「そんなの、きれい事だろうが…」
『きれい事!? 上等さ! 命を賭してきれい事実践するお仕事だ!』
「あ…?」
奇跡的に会話が成立しているが、弔さんの機嫌が急降下した。黒霧は弔さんを抑え、父はため息をついた。
すると、画面は切り替わり『救助P』と大きな文字が映し出される。
『
「い、1位!?」
驚愕で立ち上がってしまった。ヒーローらしい行動をして点数が稼げるなんて思いもしなかった。しかも敵Pよりも高得点で目を丸くしてしまう。蛙吹梅雨とは蛙の個性の彼女のことをいっているのだろう。
それより、1位ってなんだ。特訓していたとはいえ、いくらなんでも出来すぎである。不合格にならないように点数を稼いでいたが、ここまでくるとやってしまった感がある。
ただでさえヘドロ事件で目立ってしまっているのに、入試1位は目立つ。スパイをしているうえでこれはないのではないか。ちらりと大人たちの反応を確認すると、弔さんは興味なさそうに「へぇ」とだけ言い、黒霧さんは小さく拍手をし、父に至っては自慢げに鼻を鳴らしていた。
とりあえず問題視はしてなさそうだが、父の反応が一番ムカついた。
『来いよ。狩野少女…
「くっだらねぇ…」
オールマイトが画面上で手を差し伸べた瞬間、弔さんが投影機を押しつぶすように腕を振り下ろし、それを握る。
すると、投影機は音もたてることもなく数秒のうちにちゃぶ台の上で塵となった。弔さんがその手を開くと塵は空気に溶け込み、跡形もなくなった。突然のことで声も上げられなかった。静寂が訪れる。
弔さんの個性なのだろうか。どういう仕組みで塵にしたのかわからなかったが、恐ろしい個性だ。ぞわりと背筋に冷たい何かが走る。
「死柄木弔…何も壊さなくても」
「いいだろ。合格だっつーんだし、むしろここまで聞いただけでもありがたいと思え」
注意する黒霧さんを弔さんは首をかいて不機嫌そうになる。そのとき、マスクからわずがに覗く瞳が明確な殺意が宿っていた。口角が不気味なほどにあがり、弔さんは笑った。
「オールマイトが教師か…面白そうなことになってきたなぁ…」
無邪気な子どもと同じように、純粋そうな声色と憎しみに満ちた表情とのギャップを感じた。今まで味わったことのない禍々しい気配が肌まで伝わる。それに伝染していくように黒霧さんも普段の雰囲気から一変し、凄惨なものとなっていた。
ああ、そうか。
どうして黒霧さんではなく、この人がヴィラン連合のリーダーとなっているのか少しだけ理解できた気がした。
納得したのと同時に、自分がどれだけ危険な組織にいるのか、思い知らされた。そして、隣にいる父がどんな顔をしているのか見たくなかった。目を泳がせていると弔さんが話しかけて来た。
「なぁ…どうなるんだと思う? 『平和の象徴』がヴィランに殺されたら…」
弔さんの視線が移動し、私を見る。その問いかけに震え上がりそうになる声を落ち着かせ、まっすぐ弔さんと目を合わせる。
「現在、オールマイトが現れたことで劇的に犯罪率は低下し『平和』となっています。そう考えると『平和の象徴』の存在がいなくなれば、抑圧されてしまったヴィランが以前のように犯罪が多発するかと思います」
「それだけじゃねぇよ」
無難な答えを出すと父が割り込んで来た。得意げな表情でペラペラと喋り出した。
「今まで自制して犯罪を犯さなかったヴィランたちは大暴れすることで、世界は大混乱して悪が蔓延る社会になって、ヴィラン側の英雄が動き出し、ヒーローと全面戦争になる…かもな」
「ヴィラン側の英雄?」
「俺たちヴィランにとってカリスマ的存在で……悪の支配者だ。事情で今は動けないが…まあ、忍は
『まだ』とはどういうことだろう。私が完全にヴィランの立場になった時に全てを話すということなのか。それともヴィラン連合にもっと貢献してから話すことなのか。
いずれにしてもヴィラン側の英雄が動けば、世界が歪むのはほぼ確実だ。
もしも、このヴィラン連合の思惑通りことが進めば…世間はどうなってしまうのだろうか。全く想像がつかない。
「おい、忍」
「はい!?」
ふと弔さんに名前を呼ばれて肩が跳ねる。弔さんはこちらにサポーターをしたままの手を差し伸べて来た。
「そういうわけで、これからよろしくな」
「はい。よろしくお願いします……弔さん」
差し出された手を握ると弔さんは目を大きく開いた。ついでにその様子を見ていた黒霧さんは焦ったかのように手を伸ばしていた。
今、私は何かおかしなことをしただろうか。普通に握手しただけでこんなに驚くことだろうか。首を傾げていると呆れた表情で弔さんが口を開いた。
「…お前、俺の個性わかってるか?」
「触れたものを塵にする個性ですよね? でも、今それ関係ありますか?」
「普通触ることをためらうだろうが」
「…どうしてですか?」
確かに個性自体恐ろしければ、弔さん自身も怖いところがある。正直、ギャップの激しさで苦手意識も若干ある。
けど、それで握手を求めてきた手を断る理由にならない。個性を使われたら…なんて可能性は一切考えなかった。手が塵になってしまうのは嫌だが、少なくともこの人は私がヴィランでいる限りはそういうことはしない。
どうしてそう言い切れるのかは私自身もわからない。けど、そう見えたのである。
「はぁ…嫌な部下がいたもんだな」
「嫌な部下をうまく使うのも上司の役目ですよ」
「そうかよ。わざわざいらんアドバイスありがとな」
無難な返事をしたはずなのに嫌味を込められて返された。弔さんは手を離すといつの間にかサポーターを外していた方の指に再びそれをつけてゲームを再開した。
一体、今のはなんだったのだろう。
考え込んでいると黒霧さんが私の肩を叩いた。振り返ると黒霧さんはとても嬉しそうに笑っていた。
「合格、おめでとうございます。よく頑張りましたね…」
「…いいえ。黒霧さんのおかげですよ」
「私は確かに勉強の支援をしましたが、勝ち取ったのは他ならぬあなた自身の力ですよ。本当によかったです」
「はい…ありがとうございました」
黒霧さんの祝福の言葉に私は気恥ずかしくなって俯いた。途端に顔や耳が熱くなる。なんだこれ、恥ずかしい。こんなに恥ずかしくなるものか。
こうして努力を褒められた経験が少ないため、どう対応すればいいのか戸惑ってしまう。返事がうまく言えない。言葉が詰まる。顔があげられない。そして、なにより堰を切ったかのように別の感情が胸の中でいっぱいになった。
軽くパニックになっていると父が接近して来た。
「合格して当然だろ。だって忍、すごく頑張ってたもんな」
「お父さん…」
「でもまあ、合格おめでとさん」
「…うん」
父がとても嬉しそうに頭をくしゃくしゃにするほど激しく撫でた。髪が乱れるから嫌だとか、恥ずかしいからやめてとか、言いたいことはあった。
だが、それ以上に心の底から沸き起こる喜びに何も言えなくなっていた。それどころか、涙が出そうになる。泣くのをこらえていると何かを察した父は手を挙げた。
「よし! 忍の合格記念にケーキ4人前買って食うか! 黒霧のおごりで!」
「そこはあなたが払ってくださいよ」
「金がない」
きっとこの関係は、とても危険で危なっかしくて、油断すれば切り捨てられ、命を落としてしまうほど殺伐としている。おそらく私がヴィランである限り、この縁が絶ちきれないだろう。
そんな不安定で、哀れで、歪な関係だ。
でも、今だけはこの人たちと喜びを分かち合うことくらいはいいかもしれない。
「黒霧、俺チーズ」
「ショートケーキ、お願いします…」
「俺はモンブランだからよろしく! ワープですぐいけるだろ?」
「あの…みなさん。私を便利な使いっ走りと思ってませんか?」
狭い空間の中、にぎやかになった部屋に心が少しだけ、くすぐったくなった。
・
・
・
合格通知を開封してから、時間が経つのは早かった。あっという間に出会いの春を迎えて私は着替えていた。
深緑色のスカートをウエストまで上げてグレーのブレザーに身を包み、黒霧さんから習った結び方でネクタイを締める。身支度を整えると荷物を持って家を出た。
「いってきます」
本日から、私は雄英高校の生徒としてスパイをすることになった。
学校の情報をできる限り連合に流すのが任務なのである。あまりにも重大な任務で腰が引けてしまいそうになるが、任された以上はやるしかない。
昨晩ノートをチェックした際に黒霧さんからきた連絡事項を脳裏に浮かべる。
『忍さん。初日はおそらくガイダンスや入学式だけだと思うので、まずは担任の先生が誰なのか見てください。それから、生徒の名前と顔をできるだけ覚えてください。交友関係は重要ですから』
『よろしくお願いします』
仕事の内容を思い浮かべて気合が入る。これから私はヒーローやその卵たちに囲まれて過ごすのだ。気を引き締めなければならない。
「せめて…緑谷くんと爆豪くんとは、違うクラスがいいな…」
このとき私は自分が立ててはいけないフラグを形成していることに気づかずに呟いてしまい、
この約1時間後に、運命の神様は非情であると悟ることになる。
正直、執筆してて超楽しかった回です。
ほのぼのしてますが、これがこの小説内のヴィラン連合です。
余談
主人公が死柄木さんの手型マスクにつっこまないのは一風変わったファッションだと思っているからです。
その後、こんなやりとりがあったとか
死「一応言っとくが、これに触ったら殺す」
忍「はい。分かりました(こだわりファッションなら触られたくないのかな)」
死(意外と物わかりいいなこいつ)
補足
死柄木さんの指先サポーターは個性を発動させないようにする予防です。あの個性で普通にゲームしたらゲーム機がおじゃんになるので…ちなみにサポーターをするのは今の所ゲームするとき限定のようです。
救助Pが微妙なのは試験最後の私的感情が走った行動のせいです。あれがなかったら55P位いってました。
体育祭の宣誓…どうなるんでしょうかね。