とあるヴィラン少女の話   作:サシノット

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今回は入試の前半までです。

※主人公が無双タイムしてます。

※途中の時間飛ばし過ぎじゃね? と思いますが、時間をぶっ飛ばします。慈悲はない。




活動報告7 入試、始まりました

通院して一週間後、治療を受けた私は包帯がすっかりとれて、両腕で動かせるようになった。

 

片腕の生活は不便で窮屈していたのでこれは嬉しい。退院したことをノートを書いて黒霧さんに伝えると箇条書きで課題が伝えられる。その量はとても多く、私は本当に国立の高校に受験するのだなと実感した。

 

学校へ登校すると緑谷くんが眠そうにしていた。トレーニングは相当きついらしく、数日前から筋肉痛を訴えていたが、大丈夫なのだろうか。

 

一方の爆豪くんはあれから何事もなかったかのように大人しくなった。静かすぎて怖かった。どういうわけかアレ以来は何も会話もなくなったのである。お互い受験生ということもあり、勉強に集中できて有り難い。

 

学校もそこそこに過ごして一時帰宅した後、私はある場所へ向かっていた。

 

私の住む地域では、街の発展が進んでいるなか老朽化が進んで廃れた建物も存在する。そういう場所にヴィランが息をひそめている可能性が高いため住民は近づかないが、呼び出された場所はその建物の一つで低層ビルであった。

 

人気のないビルへ入り、階段で屋上へ上がっていく。中を見る限り建物自体は古いが人目もつかないようで無人だった。屋上の扉を開けると、奥で笑顔の父が立っていた。

 

「よう。来たな忍」

「うん、来たくなかったけど来たよ」

「初っ端から素直だな」

 

正直に言って何が悪いだろうか。

『特訓しようZE☆ ここに集合!』と、位置情報付きのウザいメールを受け取った私の気持ちを少しは考えて欲しい。というか呼び出すなら迎えに来て欲しかった。本当にデリカシーない男だ。

 

「質問あるんだけど、いい?」

「なんだ?」

「お父さんって強いの?」

 

手を挙げて質問をすると、父は胸を張ってドヤ顔で答えた。

 

「聞いて驚くな忍……ヴィラン界の宮本武蔵、それが俺さ」

「うわ…マジだった」

 

自称、宮本武蔵は本当のことだった。嘘であって欲しかった。顔を歪めて後退りをすると父が肩を揺さぶってきた。

 

「なにその顔!? なんで引いてるの!?」

「引いてないわ。ドン引きしてる」

「余計やめて! ドン引きしないで!! 武蔵かっこいいじゃん! 俺がこの通り名でやってること恥ずかしいと思ってるの!? それとも痛いって思ってる!?」

「お父さん…必死すぎて気持ち悪いわよ」

「ストレートなディスりもやめて! 心に来る!」

 

心に来るようにわざと言っている。悲観的に叫ぶ父が本当に強いのか疑った。こんなクズ男が到底強いとは思えない。

 

「おふざけはこれくらいにして…忍の個性の話をしよう」

 

改まった父は深呼吸をして、私と向き合った。

 

「忍の個性『シーフ』の個性模倣は万能性あるし、めっちゃ便利な個性だ。けど、その分個性のデメリットを体のダメージとして受け止めてしまう欠点がある」

「そうね…」

「そこで……まずは個性を模倣しても耐えられる体づくりと、個性を使わないである程度できるように特訓をする」

「…思ったより普通ね」

「仕方ないだろ、今まで戦闘訓練してこなかったんだから」

 

そう。父の言った通り、戦闘訓練などやったことがない。今までのスパイ活動はノートにヒーローのことを書くだけの仕事だったこともあり、個性を使うこともあまりなかった。

 

実は言うと、あのヘドロ事件が初戦闘である。よく生き残ったと改めて思う。

 

基礎体力をつけることは納得できたが、もう一つの目標に疑問を持った。

 

「ある程度できるようにするって…具体的にどんなことできるようにするのよ?」

「それは…口で説明するより見た方が早いか…」

「え?」

「ついて来て」

 

そう言って父は後ろへ振り向いて、真っ直ぐ歩き出した。止まる様子はなく、徐々にペースを上げて端の方へ行く。この屋上はフェンスや囲いが一切されていない。しかもここは4階建ての約15mほどの高さがあるビルである。

 

焦った私は父の後を追いかけた。

父がやろうとしていることを察してしまった。やがて父は端の方に立つとこちらに振り向いた。風に煽られれば、落下してしまう位置にハラハラする。

 

「嘘よね。お父さん…?」

 

血の気が失せていく感覚に陥る。確認のために顔を上げると、父はいつものように飄々とした表情でニッコリと笑った。

 

「忍…ちゃんと見ててくれよ」

 

強風が吹き、それを合図に父は軽く後ろへジャンプする。反射的に手を伸ばしたがその手は空を切り、父の体は重力に従って落ちて行く。

 

「お父さん!!」

 

身を乗り出して下を覗き込む。

 

落下スピードが激しくなる中、父は窓の縁にある僅かな凹凸に掴まり、懸垂の要領で落下のスピードを落とし、手を離して降下する。再び下の階へ落ちると同じことをしていった。それを連続していく様は木を滑り降りていく猿を彷彿させた。

 

音もなく無事着地すると、父はこちらを見上げて手を振る。

 

「こんなことができるように基礎体力をつけような!」

 

簡単にいうが、この男は指の力だけでこの高さを降りたのである。個性抜きでこんなことが出来るのは離れ業にしか思えない。要するにこういったことを10ヶ月で出来るようにするのがミッションである。

 

つまり…

 

「人間、卒業しろと…?」

 

父は強い以前に人間を少し辞めていた。

こうして、私はとんでもない人と10カ月特訓をすることになった。

 

 

 

 

 

 

 

月日というものはあっという間に過ぎ去り、10ヶ月経った。

 

正直言おう…この10ヶ月、死にかけた。

 

実戦訓練と言う名の半殺しマッチやら個性使わないで落ちたらあの世のバランスゲームをやったり、壁ジャンプの特訓にアクション映画よろしくのビルからビルへ飛び移ったり、時には町内一周ランニングやアーケード街に行き交う人々の間をすり抜けるなど…とにかく普通の特訓なんてなかった。

 

冗談抜きで死にかけた。父があんなにスパルタとは…。

 

「大丈夫ですか。忍さん」

「はい。回想してました」

「…頭の調子が悪いようですね」

「一応正常ですよ。黒霧さん」

 

回想にふけていると、課題の答え合わせをする黒霧さんがため息をついた。黒霧さんはこの10ヶ月、家庭教師をしてくれた。その教え方はとても上手く、一度解説してくれたところがすらすらと解けていった。

 

おかげでみるみるうちに学力が上がり、筆記は模試A判定を出せた。黒霧先生すごい。

 

「いよいよ。明日ですね」

「…そうですね」

「この10ヶ月間の努力が実るのか、明日で決まります」

 

明日は私の生死を分ける運命の日である。

 

合格して雄英に行き、情報収集するには生徒として密偵するのが任務だ。その大前提として雄英の生徒にならなければならない。そのため、私は10ヶ月死ぬ気で特訓や勉強をした。

 

だったら、不合格したら浪人させてください。と言いたいがそれを言わせないのがヴィラン連合というブラック組織であった。唯一の救いは黒霧さんが優しいことだと思う。

 

「次に会う時は、合格通知が来た時ですね」

「はい。そうですね」

 

合格通知が来たら黒霧さんに連絡するよう言われている。そしたら『ワープ』でこちらに来ることになっているのだ。

 

要するに合否確認は少なくとも私と黒霧さんが同時に見ることになっている。これで不合格になれば、黒霧さんの手によって殺されるのだろうか。

 

そう思うとヴィラン連合って本当にブラック企業だ。理不尽しかない。

 

しかし、黒霧さんにはこの10カ月お世話になった。黒霧さんのためにも合格したい気持ちが強い。心配そうにする黒霧さんに私は笑った。

 

「必ず合格するので楽しみにしてください」

「……楽しみにしてますよ」

 

黒霧さんは花丸を書いて、私に問題集を渡した。彼の黒いモヤだらけの顔が、少しだけ笑っている気がした。

 

 

 

2月26日 雄英高校受験日の午前8時35分。

私は雄英高校の入試試験会場にいた。当然、学校の入試なので校舎が会場になるのだが、とても高校とは思えないほど大きい。思わず校門前でボーっと建物を見上げてしまった。

 

プレッシャーと重い期待にドクドクと動く心臓を落ち着かせるため、大きく深呼吸をする。

 

 

「やれることは、すべてやったわ。あとは自分を信じること…よし」

 

 

小さく私は呟いて気合を入れなおし、会場へ足を踏み出した。

 

 

 

案内された会場はコンサートホールのような作りであった。ステージを囲むよう会場席は階段式になっており、舞台が見下せるようになっていた。本当にここの施設はデカイのが分かる。

 

受験番号で席が指定されていた。席には筆記試験の会場についてや、実技試験の概要が記載されているプリントが置かれている。

 

ピリピリとした空気の中自分の席を探し、そこに座ってそれらを見通していると「っげ」と聞き覚えのある嫌そうな声が近くでした。そこへ目を向けると予想通りの人物がいた。

 

「あ。爆豪くん」

「なんでてめぇがそこにいんだよ」

「座席指定ですから受験番号が連番だと隣になりますよ」

「デクとてめぇに、はさまれるのがうぜぇ…失せろ」

「言い方を変えます。指定席なので諦めてください」

 

受験番号が連番になってしまうのは同じ学校のため受験届を出す時間がかぶりやすい。私たちは三人同時に申し込んだのでこうなっているのだ。

 

受験してくることを知っていても、見知った顔が同じ会場に来ると気が楽になってしまう。彼が奥に移動できるように場所を空けるとガンを飛ばしながら自分の席に腰かけた。受験会場にも関わらずいつも通りの態度でいる彼はすごいと思う。

 

「いつにも増して不機嫌ですね。嫌な事でもありました?」

「朝からデクとてめぇのツラを見て憂鬱だっつーの」

「え…まだ入学してもいないのに五月病を発症しましたか? 気が早いですね」

「…試験前に殺されてぇのか?」

「殺す前にプリントを見て下さい。ここに他の受験生を怪我させたら強制失格と書いてありますよ」

 

注意すると爆豪くんはイライラしながらプリントを眺めた。配布されているプリントの端にしっかりと『他者への妨害を行うアンチヒーロー行為禁止』と書かれてある。その欄を見た爆豪くんはこちらを横目で睨みつけて舌打ちをした。

 

このやり取りをするのも久しぶりで、なんだかほんわかしてしまう。そのことが顔に出ていたのか爆豪くんは「ニヤニヤすんな」と目で威嚇してきた。これ以上刺激すると本気で爆破されそうだ。

 

大人しく前を向いて入試説明が始まるのを待っていると、緑谷くんがフラフラとした足取りで奥から来た。顔はなぜか赤く、口元が緩んでいる。

 

まさか、風邪でも引いたのだろうか。不審げに緑谷くんを見ていた爆豪くんを越して話しかけた。

 

「おはよう、緑谷くん」

「おはよう…」

「なにぼーっとしてんの? 風邪、引いちゃったの?」

 

ブリキの人形のごとく不気味に、かたい動きで首をこちらに向けた緑谷くんは深刻な表情でボソっと言う。

 

「さっき……じょ、女子と喋っちゃった…」

「…そう。よかったわね女の子と話せて」

 

なんともアレなことだが、心配したので気が抜けてしまう。一方、爆豪くんは「くだらねぇ」と一言漏らしていた。気持ちは分かる。

 

だが、言われてみれば緑谷くんは私以外の女子と喋ったことなかった気がする。爆豪くんに目を付けられている彼に話しかけるクラスメイトは私以外にいなかった。

 

思えば初めて話しかけられた時、緑谷くんは挙動不審だった。もしかしたら女子の前だと緊張してしまう気質なのかもしれない。

 

冷静に分析していると、私の返答に何を思ったのか緑谷くんは慌て始めた。

 

「い、いや! ち、違うよ! 狩野さんは女の子だけど僕の中では趣味の合う友達であまり意識していないというかそもそも狩野さんは高嶺の華過ぎて手に届きづらくて意識もできなかったというか、女子ってことは分かってるけどイマイチそういう感じじゃなくて、とにかく狩野さんは友達で………あれ、僕なに言ってるんだろ?」

 

「本当、何を言ってるの?」

 

突然始まった謎の言い訳に私は首を傾げた。言い訳をしている当の本人も、途中で素に戻って同じように首をかしげていた。今のは一体何だったのだろうか。

 

私たちがキョトンとしていたのが気に食わなかったのか、ずっとそこに挟まれていた爆豪くんが耐えきれず叫んだ。

 

「うっせぇよクソナードども!! てめぇら俺をはさんでうぜぇ会話すんじゃねぇ!」

「ひぃぃ! ごめん、かっちゃん!」

「二言くらいしか会話してませんけど? 今の会話に不快になるようなことありました?」

「俺がうるせぇと思ったらうっせぇんだ! わかったか!?」

「なるほど。ジャイアニズムですね」

「それで納得すんな!!」

「ふ、二人ともここ会場だから静かに…」

「元はと言えばてめぇのせいだろうが! クソデク!!」

「ごめんなさい!」

 

仰る通りだが、今一番煩いのは間違いなく爆豪くんである。

 

ギロリと一斉に受験生が私たちを睨みつけた。そりゃあそうだ、一世一代の大勝負をする受験前にこんなに騒がれては迷惑である。

 

あまりの集中砲火に緑谷くんは委縮したが、爆豪くんは特に気にすることもなく堂々と席に座っていた。正直、迷惑をかけた一因でもあるのでなんとも言えない。

 

冷たい視線を浴びながらしばらく待つと会場の電灯が暗くなり、ステージにスポットライトがあてられる。裏から誰が出てきたのを合図に舞台のカーテンが開けられ、巨大なモニターが出現する。

 

それに気を取られていると、教卓の前に立った誰かがマイク越しに大声で喋り始めた。

 

「受験生のリスナー。今日は俺のライブにようこそ! Everybody Say…HEY!!」

 

輝く金髪にサングラスをかけ、チョビ髭を生やしている男性が高々と宣言をする。しかし、突然のテンションの高さとノリについていける猛者は誰もおらずシラけてしまった。

 

「ボイスヒーローのプレゼントマイク…?」

 

そこには人気プロヒーローの1人、プレゼントマイクがいた。彼は『ヴォイス』という凄まじい音量の声を発し、また高低音も自由自在に操れるという強力な個性を持っている。

 

かなりのおしゃべり好きで、その明るい性格から副業でTVやラジオのMCを勤めている。体育祭の司会進行など雄英の行事に参加しているのは知っていたが、まさか入試のレクチャーに来るとは思わなかった。

 

「すごいぃ…ラジオ毎週聞いているよ感激だなぁ。雄英の講師はみんなヒーローなんだぁ…」

「うるせぇ」

 

ヒーローオタクの緑谷くんにとって、これは嬉しいサプライズだろう。目がこの場にいる誰よりも輝いていた。緊張がほぐれて何よりだ。

 

プレゼントマイクの説明と同時にモニターにはシミュレーションを分かりやすくしたドット絵のアニメーションが流された。受験生はプレゼントマイク、敵の見立てとしてロボットのシルエットが映し出される。

 

 

実技試験の概要を簡単にまとめると以下の通りだ。

・試験時間は10分。

・模擬市街地演習を行う。

・持ち込みは自由。各指定の会場へ向かうこと。

 

・受験者は1P(ポイント)~3P(ポイント)の攻略難易度順に割り振られた多数の仮想ヴィラン(ロボット)を個性で行動不能にさせて(ヴィラン)P(ポイント)を稼ぐ。

・なお、敵Pは実技試験の点数となる。

・他人攻撃のアンチヒーロー行為は禁止。

・ルールさえ守れば個性は使いたい放題。

 

 

演習会場はA〜Gの7つに分かれており、受付で配られた受験票に会場が表記されていた。

 

「つまり、ダチ同士で協力させねぇってことか」

「そうみたいですね。個人の実力を見るなら周りは敵の方が点数つけやすいですし、別にいいと思いますが…」

「確かに、受験番号は連番なのに会場が違うね…」

 

受験票を覗き込めば爆豪くんはA。緑谷くんはB。私はCと見事に分かれていた。その間、爆豪くんは勝手に受験票を見られたのが不快だったのか脅してきたがスルーした。

 

正直、同じ会場にしても協力する気は毛頭ない。本音を言えば二人が合格して欲しくないからだ。理由は察してほしい。

 

しかし、悲しいことにこのような実技試験なら爆豪くんは確実に合格するだろう。派手で強力な個性持ちの彼とこの試験の相性が良すぎるのだ。

 

舌打ちをした爆豪くんはボソリと呟いた。

 

「これじゃてめえらを潰せねぇじゃねぇか」

「……」

 

その言葉に二度見してしまったのは仕方ないだろう。ヒーローらしからぬ発言をしている方が隣にいて落ち着ける人間がいたら教えて欲しい。

 

本当にこの人は私よりも圧倒的ヴィランっぽい。

 

それにしても、実にシンプルでわかりやすい試験だ。ただ気になる点があった。プレゼントマイクの話が終わるまで待つことにした。しかし、話の途中でピンと手が上がった。

 

「質問よろしいでしょうか!」

「OK」

 

質問をしたのは眼鏡をかけた真面目そうな男子だった。プレゼントマイクは快く了解をするとその男子にライトが当てられる。プリントを指しながら男子は続けた。

 

「プリントには4種のヴィランが記載されています! 誤載であれば、日本最高峰である雄英にて恥ずべき事態! 我々受験者は規範となるヒーローのご指導を求め、この場に座しているのです!」

 

堂々と意見を言うその男子受験者に感心した。受験生の立場をわきまえているとはいえ、あそこまで主張ができる肝はすごい思ったのである。

 

そして質問の内容も私が気になっていたところを指摘してくれた。これはありがたい。

 

すると男子受験者は視線に気づいたのか、こちらに振り向いて私たち3人を指した。

 

「ついでにそこにいる君たち! 先ほどから煩わしい…気が散る。物見遊山なら即刻、ここから立ち去れ!」

 

…なるほど。彼は真面目なゆえに先程からうるさくしていた私たちを目の敵にしていたようだ。喧嘩を売られた。

 

「すみません…」

「すみませんでした」

「…けっ、うぜぇ」

 

私と緑谷くんは頭を下げて謝ったが、爆豪くんは無視していた。この人もこの人で肝が据わっている。

 

「OK、OK受験番号7111くん。ナイスなお便りサンキューな」

 

プレゼントマイクは微笑するとモニターに再びドット絵が現れた。0Pと表示されたシルエットにプレゼントマイクが逃げている様子が映された。

 

「4種目のヴィランは0P。そいつはいわば、お邪魔虫。各会場に一体、ところせましと大暴れしているギミックよ。倒せなくもないが、倒しても意味はない。リスナーにはうまく避けることをおすすめするぜ」

「ありがとうございます。失礼いたしました」

 

男子受験者は丁寧に礼をした後、背筋をまっすぐにしたまま座った。

 

4種目の仮想ヴィランが0Pで危険があるためか、妨害要員で入るらしい。

 

なんというか…少し引っかかった。

 

単純に戦闘力を見るだけならステージギミックを用意する必要ない。わざわざ受験生にメリットがない仕掛けをするにはそれなりの理由があるはずだ。

 

だが、合格が最優先だ。試験にイチイチ疑問に持ったらきりが無い。頭を振って思考を振り払うとプレゼントマイクは話の締めを行った。

 

「俺からは以上だ。最後にリスナーへわが校の校訓をプレゼントしよう」

 

プレゼントマイクは改まり、会場全員が静まった。

モニターにはUとAが重なる雄英の校章が中央に大きく映る。

 

「かの英雄、ナポレオン・ボナパルトは言った…『真の英雄とは、人生の不幸を乗り越えていく者』と」

 

 

「さらに向こうへ…『Plus(プルス) Ultra(ウルトラ)』」

 

 

プレゼントマイクが言った言葉に会場の空気が一層ピリッと張り詰めた。

 

「『人生の不幸を乗り越えていく者』…ね」

 

その校訓の意味が心に突き刺さり、私は深いため息をついてしまった。

 

 

 

 

緑谷くん達と別れ、学校が所有するバスの案内で実技試験会場Cに着くと、巨大な門がそびえ立っていた。会場の規模は分からないが、都市をイメージした街並みが演習場となっている。もはや学校内ではなく、都市の中に放り込まれているようだ。

 

都市部であればあるほどヴィランの犯罪率が高いのは知っていたが、既にそういった想定で模擬試験を行うとは合理的と言えばいいだろうか。

 

個人的にはロボットを使うよりも、対人の方が見えてくるものがあると思うが大人の事情というものだろう。

 

「あ、すみません」

「ケロ、気にしなくていいわよ」

 

ぼーっとしていたら誰かの肩にぶつかった。

 

ぶつかったその人は女の子だった。身長は私よりも低め、猫背気味で綺麗な長い髪に大きな瞳をした子であった。内心かわいいと思っていたら、顔を見上げられる。

 

「あなた、随分余裕のようね。羨ましいわ」

 

口元に指を添えて彼女は羨ましそうに言う。

 

…どうしたら、そんな風に見えるのだろうか。心の中では緊張しすぎて軽く走馬灯っぽいものが脳内で流れている。しかしそれを言うわけにもいかず、私はできるだけ不快にさせないように言葉を選んだ。

 

「余裕じゃないですよ。ドキドキして吐いちゃいそうです」

「真顔で言うことじゃないと思うわよ」

「いや、真面目にそう思ってて…」

 

 

「ーーーハイ、スタート!!」

 

 

会話を弾ませていたら、上から男性の声が聞こえた。見上げれば門の上にプレゼント・マイクが腕を回して急かしていた。

 

「どうしたぁ!? 実践にカウントなんざねぇんだよ! 走れ走れぇ! 賽は投げられてんだぞ!!」

 

既に門が開かれており、一斉に走り出した。少しタイミングをずらして私も走り出す。

 

全員が大通りに走る中、私はあえて小道へ駆け出す。ああいった目立つ場所に仮想ヴィランはいるだろうが、序盤は誰にも邪魔されない目立たないところからポイントを稼ぐ作戦である。

 

ライバル達と奪い合いにするなら体力が切れ始める後半からでいい。そこからが大量のポイントを稼ぐ好機なのである。後ろを振り返ると誰も付いてこなかった。これはポイントを独り占めできそうだ。

 

1人で突き進んでいくと建物から何かが出てきた。そこには、車輪をつけて両腕に散弾銃を構えた1Pヴィランがいた。

 

『標的確認…ブッ殺ス!!』

「口悪いわね。このロボ…」

 

音声機能を搭載していることに感心していると標的が突っ込んできた。タイミングを見計らって跳躍し、頭上を越える。ターゲットを見失った1Pヴィランに向けて手を伸ばす。

 

「Steal!」

 

盗み出したのは、散弾銃だった。思いの外重い質量に驚いたが、両手で持てば行けそうだ。発砲しようと思ったが肝心のトリガーがなかった。ロボ専用に改造されているせいで人間は使えない仕様となっていた。

 

「いらないから、返すわ」

 

体を空中で捻って着地をすると、仮想ヴィランの頭に目掛けて小さな『爆破』で勢いをつけて投げつける。見事にそれをあたり、仮想ヴィランは倒れた。

 

「これで1P…」

 

個性『爆破』は汗をニトロのようなものに変異させて爆破するものだ。つまり、汗をかけばかくほど爆破の威力が増す。そのために準備運動は必須だ。

 

しかし試験時間はたったの10分だ。準備運動をしつつ、ポイントを稼がねばならない。

 

「借りるわよ。爆豪くん…」

 

爆破をターボの要領で使い、弾丸ライナーのごとく低く飛びつつ駆け抜ける。道行くところにの仮想ヴィランが次々と現れ、すれ違う。目立つ個性ゆえか引き寄せられ、仮想ヴィランたちは束になって追いかけてきた。

 

後ろを見れば、1Pが3体、2Pが4体、奥に3Pが1体バラバラに迫ってきた。思った以上に釣れて笑ってしまう。T字の分かれ道に差し掛かると私は爆破の軌道を変えて行き止まりギリギリで上空に飛んで、ぶつかるのを回避した。

 

一度爆破をやめて自由落下する。落下中に予想外の行動に立ち尽くしている仮想ヴィランが目に入り、位置を確認した。地面へ激突する寸前で斜めに向けて爆破を展開する。仮想ヴィランに向かって突っ込んだ。

 

頭部や首部を最低限の爆破で流れるように倒していく。奥にいる3Pの頭部に乗っかり、大きな爆破で破壊した。爆破の威力が増しているのは移動中にかいた汗のおかげである。

 

やはり、この個性は強すぎである。

 

「残り6分30秒!!」

 

プレゼントマイクの声が会場全体に響いた。

ここまでの私のポイントは15P。体もあったまってきたし、そろそろ大通りに出ていくタイミングのようだ。手首を捻ってターボの軌道をコントロールし、大通りへ出る。

 

そこには仮想ヴィランたちの残骸と闘い続ける受験生たちがいた。しかし、受験生は疲弊し始めているのか肩で息をして動きが鈍い。

 

これはチャンスだ。

 

 

ボン!!!

 

 

私は頭上に手を掲げて最大爆風を放った。けたたましい爆音と煙にその場にいる全員が目を向けた。遠くにいるものも含めて目視できる仮想ヴィランは、1Pが4体、2Pが6体、3Pが4体…計28P。

 

これを全て倒せば敵Pが43Pとなる。

 

準備運動のおかげで爆破の調子も上がって来た。今なら一撃で1Pヴィランは一掃できる。こうなればもう止められない。残り時間は6分…倒すには十分な時間だ。

 

『標的確認、標的確認』

『ターゲットロック、ターゲットロック』

『ブッ殺ス、ブッ殺ス、ブッ殺ス!!!』

 

仮想ヴィランたちが取り囲んできた。さっきの爆破で吊られてしまったようだ。狙い通りすぎて思わず顔がにやけてしまう。

 

 

「さあ、始めましょうか」

 

 

私は微笑んで、獲物に飛びかかった。




主人公が特訓でパワーアップしました。

マイク先生はC会場にいます。緑谷くんの方はミッドナイト先生辺りが行ってるんじゃないですかねー(棒読み)
もしくはマイク先生7つの会場を移動しながら見てるんですかね。あり得ないですが。


梅雨ちゃんとは次回もっと絡ませます。
空白の10ヶ月は番外編や回想などで少しずつアップする予定です。

黒霧さんとのほのぼのや父親との特訓、いつか書きたいです。

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