とあるヴィラン少女の話   作:サシノット

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ヴィラン連合では欠かせない二人とあの方の登場です。


※前半シリアス
※今回は会話文長い。口調とか違っているかも。



活動報告5 任務を言い渡されました

「は? 今、なんて?」

 

その男は不満を孕ませながら顔を上げた。

その部屋は暗く、照明の役割は果たしていない、唯一の光は部屋にあるパソコンからのものだけだ。

そこに二人の男がいた。一人はパソコンの前の回転椅子に座り、もう一人はその隣でぽつんと立っていた。

パソコンには通信アプリが搭載されており、独特の低い声質がスピーカー越しに聞こえる。

 

『だから、あの計画を彼女に任せると言ったんだよ』

「このクソガキに?」

 

男が指で突いて指したのはパソコンの画面だった。

そこには本日の夕方前に起きた事件の…とある場面を切りとった動画が再生されていた。

【ヘドロ事件、決死の救助をする勇敢な少年少女】とつけられたタイトルの動画は話題が話題を呼んで再生数は急上昇、殿堂入り目前まで迫っていた。

 

男の指す子どもは少女だった。

 

彼女は男たちと同じヴィランでありながら己の体をボロボロにして、ヴィランに捕まった少年を無事に救い出した。

 

サイトでは彼女のことを『期待のヒーローの卵』『将来有望の救世主』『勇気ある行動に出た少女』と評価する一方で、

 

『社会のルールを破った未熟者』『無謀なことをした餓鬼』『一歩間違えれば自殺志願者』と揶揄もされていた。

 

男は目を細めてもう一度問いかけると、画面越しの男は『そうだよ』と肯定した。

 

「…それはさすがにないだろ。却下だ却下」

『どうしてだい?』

「説明する必要あるか?」

 

男は自身の首に爪を立て、ガリガリと引っ掻き始める。

 

「ヴィランのくせに人助けする…ヒーローもどきだ。挙げ句の果てには自分を犠牲にしてお友達を逃がそうと自己犠牲をやってのける。あんなの、ヴィランじゃない。完全に頭がバグってるとしか思えない」

 

男は彼女の正体を知っていた。

なぜなら、彼は彼女の上司だからだ。

 

上司、といっても直接会ったわけでもない。しかも、この事件で初めて彼女の存在を知ったのだ。ほとんど知らないに等しい。彼女の人間性を理解した男はますます自傷行為が止まらない。

 

『確かに彼女は、我々とは違いヒーローに近い存在だ。心根はオールマイトに限りなく近い…真のヒーローの器もあるだろう』

「余計ダメだろ…わかってんならさっさと取り消せよ」

『それはできない』

「あ? なんでだよ?」

 

男の首はすでに爪痕だらけとなり、痛々しくなっていた。男の返答に不満を思ったか苛立ちを募らせる。

 

『彼女を最高のヴィランにしたいと思わないか?』

 

そのひと言に、男はピタリと動きを止めた。

しばし沈黙が流れる。

やがて男は気だるそうに頭をかいた。

 

「俺に何をやらせたいの?」

『特別なことはしなくていい。手筈通り進んだら、彼女を好きなように"コマ"として使ってほしいんだ。ただし、壊さないようにね。丁重に扱って我々ヴィラン側に加担する確証が得たら、こちらに引き込んでほしい』

「先生…なんでそこまで、あいつにこだわるの?」

『こだわるさ。君にとって大事な"コマ"になり得る存在だからね』

「ふーん…」

『彼女は放っておけばヒーローになるだろう…だが、彼女はこちら側にいる。平和の象徴を壊すのに、使えると思わないかい?』

 

男は考える。

彼女に利用価値があるのを今回の事件で理解した。だが同時に、彼女の底に眠る正義感も見えた。さらに、先生が自分に彼女を動かすよう指示が出した。これは文字通り好きに動かしていいということだろう。

 

男は笑う。そして残虐なことを思いついた。

彼女にあるヒーローの素質が邪魔なのなら、それ自体を破壊すればいいんだと。

 

そのために、あえて彼女を正義と悪の狭間に立たせて、苦しませて苦しませて、最後に闇へ落とせば…彼女は自分の最高傑作になること間違いない。

 

それはまるでRPGの勇者を動かす魔王の気分だった。

勇者が人々を守り、街を救い続けていく。だが、その勇者は人々を奈落の底へ叩き落とすために魔王と手を組んでいた。

 

最後に勇者は裏切って、仲間を自らの手で葬り去り、魔王の手下となる…。

 

そしたら勇者(彼女)はどんな瞳で仲間(ヒーロー)たちを見下すのだろうか。

 

「ああ…いいかもなぁ…」

 

恍惚に男は呟いた。

あの正義感で一杯の光がこちらの闇に染まることを想像するだけで男の高揚感に満ちていった。先生のいうそれはB級のクソゲー並のシナリオだが、それはそれで面白そうだと考え直した。その様子は生まれて初めて欲しかった玩具を与えられた子供ようだった。

 

「いいよ先生。その件、乗った」

『じゃあ、頼んだよ。(とむら)

 

通信が切れて再び沈黙が包む。

くるりと回転椅子を回し、男は隣の男に指示を出した。

 

「黒霧」

「はい」

 

黒霧と呼ばれた男は、自身を纏う黒い霧を操作してある場所へワープしていく。黒霧がいなくなった後、男はもう一度動画を再生する。少女が拳を振りかざす場面で一時停止をして画面に触れる。

 

「1年後…会えるといいな、狩野 忍」

 

その男、死柄木(しがらき) (とむら)は不気味に笑った。

 

 

 

 

目を開けたら白い天井だった。

記憶喪失や気絶した主人公がよく使い回している表現を私は頭の中で再生した。体を起こすとズキズキと痛みが走る。腕は包帯でぐるぐるに巻かれ、ぽつんと一人ベッドの上にいた。

 

私はどうやら病院の個室にいるらしい。

 

「医療保険…さすがにお父さん払ってるよね?」

 

第一声がそれなのは仕方ないと思う。

普通は払っているはずだ。というか払わなければ多額の費用が家計を火の車にする。だが、あのクズ男なら支払いをケチっている可能性もある。この日本でどれだけの人が保険にお世話になっているのか考えてほしい。

 

周囲を見渡すと個室だからか部屋はきちんと掃除され、テレビやクーラーなどが備え付けられている。ベッドの端には私の制服と鞄があった。買い物袋はどこにいったのだろうか。冷蔵庫の中にあれば嬉しいが、他の誰かに盗られた可能性もある。1000円がパアになったかもしれない事実に肩を落とした。

 

あれからどのくらい時間が経ったのだろうか。不安定な足取りで私は鞄にあるスマホを取り出す。日程を確認するとあれから丸一日経っていて、現在の時刻は夕方。一日中私は気絶していたらしい。

 

入院費がどうなることやら…心配ね。

のんきなことを考えているとスマホから着信が来た。その名前を見た瞬間、私は驚いた。

 

【お父さん】

 

連絡先は一応知っている。だが、むこうから連絡を寄こしたのは初めてだ。

緊張して震える指で電話をとった。

 

「もしもし」

『やっとつながった!!! 無事か忍!!』

「うるさ…切っていい?」

『切っちゃダメ!!』

 

あまりの声の音量にキーンと耳鳴りがなった。

思わずスマホを耳から遠ざけた。

 

「オールマイトのおかげで無事よ。腕は負傷したけど、多分『治療系』個性の人が病院にいると思うしすぐ退院できるんじゃない?」

 

総合病院には常時『治療系』の医師が1人はいるよう法律で決められている。腕の複雑骨折は辛いものだが、個性を使った治療を受ければ、早めに学校への復帰ができるだろう。

 

『そうか…よかった…ニュースでお前がヴィランに飛び出すわ、腕がボロボロになるわ、火傷するわ、気絶するわで心臓止まるかと…死んじまうかと思った』

 

心配する父の声に、居たたまれなくなった。あまり娘のことを見ていないとはいえ、父の身内は私しかいない。私がこの世からいなくなれば、この人は独りぼっちになるのだ。

 

…まあ、この人のことだから新しい奥さんとすぐに子ども作って幸せな家庭生活営みそうではあるが。クズ男ゆえに。

 

だが、不本意ながらも不安にさせてしまった。それは事実であるし、少し罪悪感もあった。

 

「死ぬって、大袈裟すぎじゃない? あのときプロヒーローが現場にいたのよ。いつまでもヒーローが動かないからイライラして自殺志願者が飛び出したら嫌でも動くと思って走ったの。でもまあ、まさか大怪我するとは思わなかったけどね…自業自得よ」

 

『…ああ、確かに自業自得だな』

 

饒舌ぎみに私は誤魔化しながら話した。父は私の話に相槌を打って同意をしたが、やがて重い口を開く。

 

『けどよ。忍は友達を助けるために飛び出したんだろ?』

 

図星を突かれて、私は黙ってしまった。

無言を肯定したと捉えたのか父はため息をつく。

 

『本当…お前はーーー』

「え?」

『なんでもない。ただの独り言』

 

父は私はやったことを特に怒りも叱りもしなかった。むしろ、何かを懐かしむように微笑するが漏れているだけだった。後半、何て父が言っていたのか聞き取れなかったが、きっといつもの調子でろくなことではないだろう。

 

すると父は何かを思い出しかのように声をあげた。

 

『あ、多分そろそろアイツがそっちに来て連絡すると思うから』

「あいつ?」

『お前も知ってるだろ。あーでも、アイツ脅かすの好きだからな急に現れたりして』

「…その幽霊じみた人ってどんな人?」

『うーん…一言でいうと』

 

説明しづらそうに父は考えあぐねた。父が言う『アイツ』は、口ぶりからして私も知っている人物でお父さんの知り合い…一体、誰なのだろうか。その人物が気になり、私は父の言葉に耳を傾けた。

 

 

『巨大まっ●ろくろすけ!』

 

ピッ

 

 

思わず電話を切った。

なぜそこで某アニメ制作会社のオリジナル妖怪の名前が出るのか。その人にも妖怪にも失礼すぎる。聞くだけ無駄だった。

 

「水…」

「はい。どうぞ」

「ありがとうございます…」

 

喉がカラカラになって、飲み物を探していると横からコップに入った水が渡された。ありがたく受け取って落ち着くために飲む。

 

それにしても父が連絡してくるとは驚きだった。連絡するとしても放送事故レベルで怪我した娘を叱りつけて二度とこんなことが起きないように注意するのが定石だ。それなのにあまり咎めることはなかった。親としてはどうかと思うが、私としては嬉しいが…

 

 

………ていうか、今誰かいなかった?

 

 

恐る恐る振り向くと、そこには全身黒いモヤモヤが掛かった人がいた。職質されてもおかしくない容姿に、思わず水を落としそうになる。

 

「おはようございます。狩野忍さん」

 

…疲れすぎてついに目までおかしくなったか私。

お父さんが予知した巨大まっ●ろくろすけに見えるとは疲れてる。しかも人語を喋っていて幻聴も聞こえているらしい。

だが、妖怪でも挨拶された以上返さないわけにもいかない。礼儀は必要だ。私は失礼のないように明るく笑顔で答えた。

 

「おはようございますススワタリさん。私を煤だらけにするイタズラをしにきましたか?」

「…ススワタリではありません。あとコレは煤ではありません」

「またまたご冗談を」

 

全身煤ならば触れば黒く汚れるだろう。失礼を承知でモヤに触れる。しかし、それは霧状のものになっているようで、触れた感覚はなく、煤らしきものは付着していなかった。

 

……どうやら、私は真面目に幻覚を見ているようだ。

 

「なるほど、幻覚ですね」

「違います。現実です」

「じゃあ網膜が変異して変なものが見えている? オールマイトの個性のデメリットで…さすがナンバーワンヒーローの個性…恐ろしいわ」

「私は体をこの黒いモヤのようなもので覆っているだけです。あなたの目は正常なので現実逃避しないでください」

 

哀れに思ったのか丁寧に解説をしてくれた。その人曰く、正体を隠す名目で黒いモヤ状のものを身に纏っているらしい。妖怪ではなく人間のようだ。わざわざ正体を隠すために黒いモヤを体に覆うのって意外と労力がいると思うのだが…人に顔をみられたら嫌がるシャイな人なのだろうか。

 

そんなアホなことを考えていると黒い人は頭を下げて淡々と話し始めた。

 

「本日は重要な連絡事項がありまして、直接伺いました」

「その前にどちら様でしょうか? 初対面ですよね?」

「……これを見ていただければ分かると思いますが」

 

そう言って黒い人は紙に何かを書き出し始めた。覗き見ると『ありがとうございます』とメッセージが明朝体に近い文字が書かれていた。

 

そこで私は、数年間やりとりをし続けた相手の癖字とそっくりなのに気づいた。ヴィラン活動をしていて、ともに仕事をしていた人だ。私は息を飲み込んで尋ねた。

 

「もしかして、黒霧さんですか?」

「はい」

 

衝撃。

 

まさにその一言だろう。

会いたかった相手が急に現れると思考が停止してしまった。

 

今までコンタクトをとらなかったのに、どうして急に顔を合わせに来たのか。会いたいとは思っていたが黒霧さんの立場上、それは叶わないと思っていた。だが、黒霧さんはここにいる。つまり…さっき父が言った重要機密事項を言いに来た。

 

その要因はどう考えても…あのヘドロ事件だろう。

きっと黒霧さんは「なんだこのクソ部下!? 正義と悪をはき違えてるよ! クビクビ!」と心の中で思っているだろう。

 

要するに黒霧さんは不甲斐ない部下に解雇宣言しに来たのだ。ノートも回収しなきゃならないし、何より秘密を知ってしまった人間であるため裏の社会、もしくは死へ招待するつもりだろう。父の口ぶりからして前者の可能性が高いからまだ安心するのだが…絶対に悪い知らせを持ってきたに違いない。

 

深いため息をつくと黒霧さんが冷静に喋り出した。

 

「解雇通告ではありませんよ」

「…心の中、読みました?」

「表情に出てました」

 

そんなに顔に出ていたのだろうか。自分の頬を触ってみると冷や汗らしき汗が付着していた。相当私はテンパっていたらしい。

 

「今回の事件で、あなたはヒーロー側に加担したことや、世間で顔を知られたことは確かに反省すべきところでしょう」

 

黒霧さんはリモコンを操作してテレビをつける。

画面に現れたのは興奮気味にヘドロ事件を解説するアナウンサー、テロップには『ヒーロー、対応法に議論が殺到』と書かれてあった。

 

「しかし、一部であるがあなたの行動で社会が動きました」

「…はい?」

 

私の行動で社会が動いた?

目を丸くしていると評論家らしく人が5人ほど映り、感情をむき出しにして激しい口論をしていた。

要約すると「あの少年と少女はヒーローを見限って自分たちのやれることを全うして友人を救けに行った。ヒーローたちはその間、棒立ちでオールマイトが来なかったらどうなっていたことか」と言っている。

 

「あなたはあのオールマイトの個性を模倣し、一撃で敵を倒した。素晴らしい成果と評価されました。そして、我々の戦力になると『ある方』が判断しました」

 

黒霧さんは称賛してくれた。私があの時した行動はヴィラン連合にとって都合の良い方向へ転がったようだ。そして、ヒーロー側にとっては世間で物議をかもす厄介な案件となったらしい。

 

『オールマイトが来る前に少女がいなかったら、人質の少年は助かっていなかったかもしれません。他のヒーローは一体、何をしていたんですかね』

『映像を見る限り明らかに少年は限界だった。彼を見捨てるとはヒーローにあるまじき行為!』

『周囲の救助活動をするのは賢明ですが、有利な個性のヒーローが来るまで放置するとは…これはヒーロー協会に抗議がいきますよ』

『オールマイトが来るまで命がけで時間を稼いだ少女こそヒーローではないか!?』

 

テレビに映る評論家たちが口々に批判する。

 

なんか私の知らないところで…持ち上げられてすごいことになってる。

 

I am ヴィラン。Not ヒーローなのに、なぜか私は将来有望のヒーローと賛美されている。意味が分からない。いや、こんな意味の分からない状況に放り込んだのは私だけど。

 

え? みんなすごい人を褒めるけど、その少女の中身は人質の少年の下着を何度か盗んだことのある「クソ泥」だよ?

 

ちゃんと少女の履歴を調べてからヒーロー論を述べてほしい。ついでにいえば窃盗罪を犯している子どもを真のヒーローと切実に呼ばないでほしい。日本の将来が不安になるからやめてほしい。みんな冷静になって考えてください。

 

「どうかしましたか?」

「いや、ここまで評価されるとは思わなくて……」

 

むしろ、あの行動は非難されるものと思った。私は法律に規定されているヒーロー以外で無許可個性使用禁止のルールを破り、業務執行妨害をやらかした。それなのに世間では勇敢な子どもと称賛されている。

 

自分たちで決めたルールを破った人物を褒めたたえるとは、なんともおかしい話だ。

 

裏では社会を陥れるための活動をする私を褒める世間は、一体どんな正義を求めているのだろうか。彼らにとってヒーローとはなんなのだろうか。運よく私はオールマイトに救われただけなのに、どうしてこんなに評価されているのか全く分からなかった。

 

「本題に入ります。あなたにとっては願ってもいない仕事を依頼しに来ました」

 

黒霧さんが仕切りなおすように言った。嫌な予感がする。ここまで持ち上げられてやる仕事の内容はロクなものではないだろう。これを機に連合に合流して活動本格化とかだろう。

 

 

「雄英高校ヒーロー科に進学し、密偵活動をすること。期間は未定です」

 

 

…予想の遥か斜め上だった。

 

密偵って…スパイってことよね?

進学ってなに? ヴィランって高校通っていいの?

学校に進学して学校の潜入調査して何を報告すればいいの?

というか、その高校の名前聞き覚えあるんですけど。

期間未定って何? え? どういうこと?

 

軽く脳内でパニックを起こしながら、私は手を挙げて質問をした。

 

「すいません。雄英って、あの有名な国立のヒーロー学校でヒーロー科は偏差値70越え、入学倍率が300越えという数字がおかしい高校のことですか?」

「…その高校で合っています」

 

私は頭を抱えた。その高校は爆豪くんと緑谷くんが目指している高校だ。しかも全国からエリートが集い、噂によると教師には著名なプロヒーローが務めているといわれる学校でもある。少しでも怪しい動きをすれば教師からの抹殺は待った無しだろう。命がけすぎる。行きたくないのが本音だ。

 

無駄な抵抗だと思うが、一応言い訳をしてみる。

 

「あのー…受かる保障ありませんよ。そこってヒーロー科最難関高校ですよ? 毎年必ずある実践方式テストは機密でどうなっているのか分かりませんし、筆記も必死にやって合格できるか分からないんですが…」

「だから、合格してください」

「どこをどうしたら『だから』ってなるんですか?」

「必ず合格してくださいね」

 

完全にスルーされた。

黒霧さんは文通していた時と違ってゴリ押ししてくるタイプのようだ。

 

雄英ヒーロー科の受験内容は筆記と内容が機密な実技試験の2つだ。

しかも毎年1万人を超える受験生に対して36人しか合格者が出ないと言われている。なぜそんな学校に私が合格する前提ではなしているのだろうか。任務の内容がアレすぎて前提を間違えていないか。

 

いや待って。もしかしたら不正する気で話しているのかもしれない。何らかの手段を使って不正して合格することを想定しているはずだ。そうじゃなければこんな無茶振り任務を言い渡すはずがない。

 

「それで受験まで私は何をすれば…」

「受験に向けて課題をこちらから与えます。私が週に2、3度ほどそちらに訪問して家庭教師をしますね」

「…勉強、教えてくれるんですか?」

「はい。必ず合格するために、こちらは手厚くサポートします」

 

黒霧さんはいたって真面目に答えた。その返事に私は気が遠くなりそうだった。

 

ガチだった…実力勝負のガチ受験だった。不正なし、正面突破する方向性のようだ。

 

ヴィランなのにルールに則って受験を受けるんだとかツッコミはどうでもいいとして、プレッシャーが半端ないのは気のせいだと思いたい。これで不合格になったらどうなるか考えたくもない。浪人する猶予を与えてくれるほど組織は優しくないだろう。ブラック企業ならそんなことしてくれるはずもない。

 

「それと雄英の受験日までの10カ月は特訓が必須。体を鍛えなければなりません」

「それも黒霧さんが指導してくれるんですか?」

「いいえ。残念ながら私は戦闘向きな個性ではありませんし、得意ではないのです」

「では誰が…?」

 

 

「先ほど、あなたの父親が名乗りを挙げました」

「はいぃ?」

 

間抜けな返事をしてしまった。

要するに、実技試験の特訓指導者は父がやるらしい。

娘の私がいうのも何だが…人選ミスだ。

 

家族はほったらかしにするわ、女の人とイチャコラ行為を見せつけてくるわ、酒を飲んで甘えてくるクズ男が個性強化の特訓指導者とはどういうことだ? 私は眉間を抑えつけた。

 

「こんなこと私が言うのはおかしいと思いますが、父って…強いんですか?」

「…残念ながら私は彼との付き合いが長いですが、彼が本気で戦闘をしているところを見たことはありません。ただ…」

「ただ?」

「……自称、ヴィラン界の宮本武蔵らしいですよ」

「全国の宮本武蔵ファンさんから斬られそうなネーミングですね」

 

頭がますます痛い。剣術で二刀流(正確には二天一流)を生み出した租で剣豪と呼ばれた偉人の名前を自称する時点で恥ずかしいし痛い。むしろ父は斬られて死ぬ運命持ちの疫病神だ。ファンに出会ったら惨殺待った無しだろう。

 

父がどれくらい強いのか知らないが、一応スパイの指導を任せられるほどヴィラン連合のなかで信頼を置ける立場にいるらしい。安心すればいいんだか、嘆けばいいのか微妙である。

 

ここでとても気になることを切り出してみた。

 

「ちなみに…不合格になって、雄英高校に進学できなかった場合は…」

「…それ相当の対処をします」

「つまり死ねと?」

「……」

「あ、はい。分かりました。死ぬ気で頑張ります」

 

もはや想定内だったため驚きもせず私は頷いた。黒霧さんはそんな私の様子を見て再びお辞儀をした。

 

「それでは、そろそろ行きますね。何か気になることがあればいつも通りに」

「はい。分かりました」

 

黒霧さんは体の一部であるモヤを一箇所に集めてブラックホールのようなホール状の空間を作り出した。そこへ近づき、黒霧さんの体が包まれていった。そして、姿が完全に見えなくなると黒いモヤが風とともに流されて消えていった。

 

「消えた…?」

 

気がつけば黒霧さんがいた場所は誰もいなくなっていた。

 

黒霧さんの個性なのだろう。

『ワープ』と言えばいいのだろうか。また逢う機会があればコピーを試してみたいものだ。

 

それにしても驚いた。世間は私のことを真のヒーローと言って、連合が私をそこまで評価して、私をあの雄英高校にスパイ活動しろと任務を言い渡すとは…しかも不合格になったら死ぬことになるなんて……。

 

 

「どうしてこうなった!!?」

 

 

病院で私は叫んだ。

 

ありのまま起こったことをまとめると、

世間は『勇敢な少女に便乗してヒーロー非難しよ! よし持ち上げていけ!』

ヴィラン連合は『お前使えるから雄英でスパイしろよ。入試合格は当たり前だろ? 不合格したら死刑な』

黒霧さんは『死刑にならないよう家庭教師しますから勉強頑張りましょうね』

父は『オッス! オラ自称宮本武蔵! 忍の指導することになったからよろしくな!』と言っているのだ。

 

誰がこんな超展開が予想できるのだろうか。全員勝手すぎるし反応がオーバーすぎる。そして私のしたことを好評価しすぎだ。大したことしていないのに、どうしてここまで食いつくのだ。

 

英雄と言われても、自殺願望者と言われてもスパイになれと言われても私は私がしたいことをしただけで肩書きが欲しいわけでもない。そして社畜になりたいわけでもない。解雇された方がマシだった。

 

でも、救おうとしたこと自体は後悔はしてない。

あの時爆豪くんを見捨てていたら、それこそ後悔していた。そうなったら、私は自分を許せないと思う。

 

「…まずは落ち着こう」

 

パンクしそうな脳みそを冷やすために水をゆっくり飲む。ゴクゴクと喉を潤していくと、ドドドドと地響きが起こった。

 

「わーたーしーがーー!

お見舞いにケーキを持って来たーー!!!」

「ぶはっ!!」

 

勢いよくドアが開かれ、予想外の人物の登場に水を噴き出してしまった。

気管に入ってしまったのか息が苦しい、咳き込むと怪我の反動で体が悲鳴をあげた。悶絶するほどの痛みへのピタゴラスイッチにベッドでのたうち回る。

 

「ごほっごほっ! お、オール…ごほっ!」

「大丈夫!? 水を噴き出すほど驚いちゃった?」

 

その人物、オールマイトは汗をかきながら私の背中をさすって落ち着かせようとしていた。優しいが、その行為をされると辛く感じるのは気のせいだろうか。ある程度落ち着いた私は彼を睨んだ。

 

「普通にノックして入ってください。 殺す気ですか?」

「す、すまない…サプライズがしたくて…」

「お見舞いの常識、入院者には優しくすること。 それくらいヒーローだから知ってますよね? これで怪我が悪化したらどうするんですか? 窒息しかけて怪我悪化とか笑えないんですけど」

「本当…ごめんなさい」

 

あのナンバーワンヒーローで平和の象徴と謳われた人が少女に向かって本気で謝っていた。そっぽを向くと慌てたオールマイトは再び謝りながら白い長方形の箱を差し出した。

 

「な、何のケーキが食べたい? 好きなの、選んでいいよ」

 

そう言って箱の中を見せてきた。覗き込めばチーズケーキ、ショートケーキ、イチゴのタルトやモンブラン、さらにはアップルパイが1人分ずつ綺麗に並べてあった。甘いものをあまり食べない私にとってそれは宝箱のような輝きを放っていた。

 

ご機嫌とりなのは明白だが、ゴクリと喉を鳴らしてしまう。

 

「…ショートケーキ」

「どうぞ!」

 

別にケーキに屈したわけではない。勿体無いから食べるだけだ。紙皿に乗せられるショートケーキに私はそう念じた。決して言い訳ではない。

 

そのとき椅子をベッドの近くに寄せられる。近くに来た体格の威圧感に私は息を飲んだ。

 

「食べるついでに、ちょっとお話しない?」

 

大人って、本当に勝手だ。

ちゃっかりと席に座って笑顔のオールマイトを見て私はそう痛感した。




連合が使用しているテレビはパソコンに変更されました。

安心してください、クズ男は医療保険はちゃんと払ってます。この後銀行に駆け込んだ父親は退院したタイミングで入院費を払います。

クズな父親はああみえて結構強いです。クズだけど。

余談。入学試験編のプロット作成時の作者
作者「ああヤバイ絡ませたい原作キャラが多い…! 私の亀展開じゃ1人絡ませたら多分入試編がちょうど良い感じなると思う…!! 誰がいいんだ…!?」

15分後

作者「よし。読者の皆様に聞こう。需要と供給のバランス考えようぜ」

ということで、活動報告にてアンケートがあります。アンケートに答えたい方はお手数ですが活動報告のページへ移動をお願いします。

次回の更新ですが、しばらく時間がかかります。



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