とあるヴィラン少女の話   作:サシノット

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※今回は割とシリアスです
※原作並みのグロ表現があります



活動報告4 腕を砕きました

「勝った…」

 

大勝利とはこのことだろう。

 

全力疾走でチラシにあった住所まで行き、タイムセールスに間に合った。安い価格だけあって争奪戦が激しく、苦戦した。だから少々ずるいけれど、個性の『Steal』を行使してお目当ての商品を勝ち取っていったのだ。予算内に大量の食材を確保するとここまで気持ちいいとは思わなかった。

 

現在、私は商店街から少し離れた公園のベンチで休憩をしている。

過酷な争奪戦でひと汗かいて、普段は決して買わない缶ジュースで勝利をかみしめていた。

 

ジュースを飲んでいるのにかみしめる? …言葉的に違う気がするが、まあ気にしないでおこう。

 

甘い柑橘系のジュースは好物の1つであり、心が満たされていく。多少のハプニングがあったが、こんなにいい日があっていいのだろうか。帰ってノートの整理をして夕飯を食べて寝ることを考えると充実した日といえよう。

 

気分が良くて鼻歌を歌っていると

…突然の揺れと爆音が公園を襲った。

 

「きゃ―――!!!地震―――!!」

「なんだ!? 外の方から爆発音がしたぞ!?」

「爆発!? ヴィランがきたの!?」

 

混乱した人々は次々とパニックになる。おそらく近くで爆発系の個性を持つヴィランがいるのだろう。こうも派手にやるとヒーローたちは出動する。つまり私も仕事をする時間が来た。

 

一日に三回もヴィラン出現の現場に遭遇するなんて…残業手当とかにならないのかな。

 

商店街の方から爆音が断続的に聞こえてくる。

それはまるで『休みはない。勉強しろ』と告げてくる昼休み終わりのチャイムのようだった。

 

「分かってるわよ…行けばいいんでしょ…」

 

私は憂鬱になりながら、缶をゴミ箱へ捨てると荷物をまとめて商店街へ向かった。

 

 

 

 

商店街には既に野次馬やメディア、ヒーローたちが集まっていた。少しでも様子が見られるように人の間を抜けて前の方へ行く。

 

激しい爆発の影響で商店街は炎が燃え広がっており、黒い煙が立ちこもっていた。建物の一部が壊されて瓦礫やガラスの破片があり、足の踏み場も悪そうだった。遠くにいるはずなのにとても暑い。火の粉が目に入りそうで顔をしかめてしまう。

 

買い物袋を肩にかけ、鞄からノートとシャーペンを取り出していつものように構える。現場にいるヒーローは5人。

 

若手実力派ヒーローのシンリンカムイ。

パワー系ヒーローのデステゴロ。

災害救助のスペシャリストのバックドラフト。

バードヒーローのヒッチクックドゥードゥル。

ベースボールヒーローのスラッガー。

 

バックドラフトが個性で消火活動、シンリンカムイは商店街に取り残された人々を救出していた。さすがプロヒーロー。瞬時に現場の状況を把握して自分たちがどう動けばいいのか分かっているようだ。

しかも、ルーキーヒーローのMt.レディも現場に急行しているらしい。

 

この様子なら、今朝の事件のようにすぐ解決してくれるだろう。

こんなにヒーローがいるなら色々データがとれる。そう思い、ペンを走らせていく。

 

ある程度まとめられたところで、肝心の暴れているヴィランがどんな者か気になり、視線をあげると私は頭が真っ白になった。

 

そこには、オールマイトが捕まえたはずのヘドロヴィランがいた。

そして、またヘドロで何か包みこんでいるようで、そこから爆発がしているようだ。その姿はまるで、緑谷くんが体を乗っ取られそうになったときと同じだった。

 

『体を乗っ取るのさ。大丈夫だよお友達が苦しいのは数十秒だけ、あとは楽になる』

 

脳裏にヴィランが喋っていたことがフラッシュバックする。

目を凝らすと、ヴィランが纏わり付いている人が見えた。

逆立っている金髪に、私と同じ中学の学ラン、『爆発系』の個性で必死に抵抗している人物。

 

「爆豪くん…?」

 

人質にされているのは、爆豪くんだった。

手汗がにじみ出てペンを握りしめる。一日で二度も知り合いが人質にされる事件に出くわすとは、どんな希少事故を起こしているんだ。しかも今回はあの爆豪くんが人質にされている。

 

だが、さっきの緑谷くんのようにヒーローが助けてくれるだろう。あのとき私しかいないと思ったから助けようと思った。今回はプロヒーローがいるのだ。

 

おそらくあのヴィランはなんらかの方法でペットボトルから脱出した。そしてオールマイトに対抗できる手段を探して、爆豪くんに狙いを定めた。だが、爆豪くんの予想外の抵抗で悪目立ちしてヒーローたちに囲まれてかなり切羽詰まっているはずだ。それならつけ入れる隙はある。

 

人質のことは気にせず私はいつも通り仕事を全うすれば

 

「有利な個性のヒーローがいない!」

 

 

…え?

 

 

ヒーローのその言葉に耳を疑った。

 

「私、二車線以上ないと無理…!」

「爆炎系は我の苦手とするところ! 今日は他に譲ってやろう!」

「消火で手が一杯だよ! 消防車まだ? 状況、どうなってんの!?」

「ベトベトで掴めねぇし、いい個性の子どもが抵抗してもがいている!」

「おかげで地雷原だ! 三重で手が出しづれぇ!」

 

圧倒的にヒーローが不利な状況に、ヒーローたちは動けなかった。

皆、口々に大声で話す。

 

「ダメだ! これを解決できるのは今この場にいねぇぞ!」

「だれか有利な個性の奴が来るまで待つしかねぇ!」

「それまで被害を抑えよう!」

「なに、すぐに誰か来るさ! あの子には悪いが、もう少し耐えてもらおう!」

 

確かに

有利なヒーローがくれば解決できるだろう。

それまで他の市民に被害が及ばないように、避難や火を消し止めるのは正しい選択だ。

 

けど

 

すぐに誰か、来てくれるだろう?

今この場に解決できるヒーローはいないから待つ?

だから、もう少し人質に耐えてもらう?

 

何を言ってるんだ、この人たち。

 

 

「ヒーローが…“誰か”に助けを求めてどうするのよ…」

 

 

彼らは気づいているのだろうか。

いくら爆豪くんがタフだからといっても、限界はある。爆破の威力が徐々になくなってきているのが証拠だ。

あのヴィランは爆豪くんを人質にしているだけでなく、体を乗っ取ろうとしている。

さっきヴィランが言ったことが正しければ、体を乗っ取られた人は…死ぬ。

 

 

有利な個性のヒーローがこの場に来るとも限らない。おそらく、タイムリミットはすぐそこまで来ている。

このままでは、彼が死んでしまう。

 

 

野次馬やヒーローたちを一瞥すると、全員『誰でもいいからなんとかしてくれ』と目で言っているようだった。その目は、他人事でアクション映画を見る様に傍観しているだけだ。誰も、彼を助けようと動いていなかった。

 

私はその事実に失望し、自分に苛立った。

人々は何を勘違いしているのだ。今ここで起こっているのはエンターテイメントじゃない、命がけの現場だ。そして、多くの人は一人の命が危機に曝されているのに棒立ちしているだけ。その行為が見殺しだというのに彼らに自覚がないようにみえた。

 

だからって私が何かできることがあるのか?

私に、何かできることがあるのか?

ここで黙って傍観している私も…ここにいる人と同じだ。

 

 

パキッ

 

 

力を込めたせいか、シャーペンの芯が折れてしまった。

相当、私は頭にきているらしい。

 

一旦冷静になるため、人混みをかき分けながら後ろへ下がった。野次馬の最前線であんなものを見るのは耐え難かったのである。単純に目を背けたくなったのか、現実逃避している自覚はあった。

 

そこで、ボサボサとした髪と焦げたノートを抱えた見覚えのある男の子を見つけてしまった。

 

彼は口元を手で覆い隠し、肩を震わせていた。

 

「緑谷くん…!? どうしてここに…?」

「…狩野さん。状況は?」

 

虚ろな目で彼は私に尋ねた。その異様な雰囲気に息をのみ込んで、私は状況を伝える。

 

「人質がいてヒーローが手を出せない。ずっとあそこで耐えているみたいなの…」

「そんな…!」

「緑谷くん、オールマイトは? あのヴィランはオールマイトに捕まえられていたんじゃ…」

 

オールマイトはペットボトルに詰めて警察に届けに行ったはずだ。どうしてヘドロヴィランがあそこから脱出しているのかは、この際どうでもいい。オールマイトならこの状況を打破してくれる確信があった。

 

しかし、彼は何も言わず狼狽えるだけだった。その反応に私は脈を大きく打った。

 

「…いないの?」

 

そのとき

大爆発がした。

 

最大級の爆破を放ったようだ。これを行なったと言うことは、本当に彼は限界まできている。

 

固唾を飲んでいると

ーーそれは急に起こったのだ。

 

「緑谷くん…!?」

 

緑谷くんが一心不乱に駆け出したのだ。

なぜ彼が動いたのか分からない。だけど、なんとなくわかってしまうのは何故だろうか。

 

彼がどこに向かっているのかを察した私は手を伸ばす。だが、それは虚しくも空を切った。止めるために追いかけて、彼が向かう場所へ目を向けると、ぶるりと背筋に何かが走った。

 

ここにいる間、ずっと爆豪くんの目を見ないようにした。

その目を見れば、自分の中の何かが破裂する予感がしたからだ。

 

 

そんな中、

無意識に助けを求めるその目と、目が合ってしまった。

 

 

「ーー戻れ!! ()()()()!!」

 

後ろから誰かの声が聞こえる。

気づいたら私は鞄も、買い物袋も、ノートも、

全部、投げ捨てて走り出していた。

 

この行為はダメだって分かっているはずだ。

一般人としても、社会のルールとしてもヒーローに任せるのが安全で、そうするべきだから。

 

けれど…それでも動いてしまった。

 

「そのまま走って!」

「狩野さん!? なんで…!?」

「なんでって…!」

 

緑谷くんと並行して走ると彼は焦った表情で尋ねてきた。

背後にヒーローたちが呼び止める声がする。

守るべき市民がヴィランに突っ込んでいるから当然だ。野次馬は茫然として、メディアは興奮気味に実況しているだろう。

 

なにしてるんだろう、私。

何でついて行っちゃったんだろ。

一応ヴィランなのに、どうして人を助けようとしているの。

こんなことしても無駄なのに。

無駄死になるかもしれないのに。

 

どうして?

 

理由なんて、自分でも分からない。

自分でも理解できていないのに、人に説明できるわけがない。

だから…私は心底くだらない言い訳をした。

 

()()()()()()()()()()!」

 

地面に散らばる小さな破片やガラスを踏みつけながら地雷原に向かう。

ヘドロヴィランが警戒してこちらに腕を鞭のようにしならせて攻撃を仕掛けてきた。

 

「ノート13! 25ページ!」

「うん!」

 

二人しか分からない言葉で指示を出すと緑谷くんは背負っていたリュックをヴィランへ投げつける。ファスナーが開いていたのか中身が出て行く。ヴィランの顔に当たって少しだけ怯んだ。

 

「こざかしい!」

「Steal!」

 

すぐにヴィランは復帰する。しかしそれを待っていた。私はヴィランがリュックに触れた瞬間を狙って、リュックを盗み出した。

 

「もう一回!」

「なに…!?」

 

盗み出したリュックを再び投げつける。見事顔面にヒットする。同じ手のせいで怯まなかったが、隙を与えることはできた。その隙に一気に接近する。

 

「かっちゃん!」

 

一足先に緑谷くんが爆豪くんのもとへたどり着く。爆豪くんにまとわりつくヘドロを懸命に手で引き剥がそうとするも、ベトベトで掴みにくいせいか、効果がないように見える。

 

「なんでてめぇらが!?」

「足が勝手に! なんでって分からないけど!」

 

一足遅れて私もたどり着く。迎撃に備えて()()を発動する。その時見た緑谷くんは脚や手、声までも震え上がっていて、とても助けに来た人とは思えなかった。

 

「君が助けを求める顔してた」

 

けれど、そう言った緑谷くんはこの場にいる誰よりも、ヒーローだった。

 

「もう少しなんだから、邪魔するな!」

 

――おかげで最大の隙が生まれた。

 

緑谷くんと腕を振り下ろそうとするヴィランの間に無理やり割り込んで巻き込まないように緑谷くんを後ろへ突き飛ばす。そして、ヴィランの顔面に両手を向ける。

 

手に力を集中する。さっき手汗を掻いたおかげか、思った以上に早く出せそうだ。

常にCopyのストックにしている2つのうち1つの個性、()()()()()()()()()よかったとこれほど思ったことはない。

 

汗がニトロのようなものに変質していき小さな爆破が起こる。

 

「『爆破』!!」

 

それをヴィランの眼球に向けて放つ。猫騙し程度の威力だが、その不意打ちにヴィランは仰け反り、目を抑える。

わずかだが、拘束が緩んだ。

 

「目があぁぁ!!」

「掴まって!」

 

彼の手を掴んで、引きづり出そうとする。しかし一体化がかなり進行しているせいか、なかなか抜け出せない。もたもたすればヴィランが攻撃を仕掛けてくる。こんな超近距離で攻撃を受ければ一たまりもない。体力吸収のDrainを使おうか迷ったが、下手をすれば爆豪くんの体力も奪ってしまう。もう1つのストックしてある個性は爆豪くんを巻き込んでしまう。

 

だから、()()()()()()()()

 

腰を低くして彼の手を離さないように強く握りしめて、空いた手で拳をつくる。

一度しか視ていない個性で、制御はできない。だが、今はこれに掛けるしかない。

 

脳裏に稲妻が走った。

その力は無数の光が全身に紡がれていくようだった。

私の体に、心に、すべてに何かがこみ上げてくる。

 

あまりのパワーに制服の袖が破れ、風が全身を纏う。

足を大きく踏み込み、拳を振りかざして叫んだ。

 

 

「『TEXAS(テキサス) SMASH(スマッシュ)』!!!」

 

 

手ごたえは、ほとんどなかった。

それでも生み出された風は威力が増していき、ヴィランは後方へ飛ばした。商店街の奥へ押し込まれてヘドロもバラバラに散っていく。纏った空気は弾き出されたように広がり、辺りに落ちてあったゴミやガラスの破片が舞う。

 

どうやら引き剥がすことに成功したようだ。

掴んだ手には、救いたかった人が確かにそこにいた。

 

「大丈夫?」

「……」

 

やっとの思いで助けられた彼に呼びかけるが、彼は目を大きく開け、膝をついて動けなくなっていた。

目立った外傷はないが、よっぽどヴィランに体力を消耗されてしまったのか、心がどこか行ってしまっているようだった。立ち上がらせようと手を引っ張ると意識が戻った彼は私の手を強引に振りほどいた。

 

「爆豪くん?」

 

俯いてしまっているため、彼がどんな表情をしているのかは分からない。ただ『触るな、見るな』と彼の纏う雰囲気が言っている気がした。彼を傍観していると緑谷くんが駆け寄ってきた。

 

「かっちゃん! 狩野さん! 無事!?」

「あ…緑谷、く」

 

振り返ったその時、突然足が痙攣して糸が切られた操り人形のように倒れてしまった。

咄嗟に顔を庇ったため大きなけがはないが、これは痛い。

 

私は拳を放った腕をちらりと確認する。

腕は砕けたかのようにぐにゃぐにゃと原形をとどめていなかった。しかも内出血をきたしたのか皮膚も紫へ変色している。ハッキリ言って超グロい。

 

おまけに腕の損傷が激しすぎて痛覚が全く機能していないようだ。そのせいですぐに気付けなかった。TEXAS SMASHを放ってからおかしいと思ったが、ここまで酷いとは思わなかった。

 

どんなに便利な個性でも、必ずデメリットというものが存在する。

 

緑谷くんのノートにはなかったが『Copy』には大きな欠点がある。

この『Copy』は使用後、コピーした個性のデメリットが大きく反映される。それは、下手をすればオリジナルよりもダメージが入ってしまうのだ。

 

「う、腕が…狩野さん!!」

 

爆豪くんの個性は汗線を刺激するので、しばらく汗がとまらなくなる。それと爆破の熱で火傷を負う。その2つが主なデメリットだ。おかげで汗はダラダラと出ていて手のひらがヒリヒリしている。

 

さらに今回はオールマイトの個性も使用した。

単純な増強系の個性だと思ったが、身体の負荷は相当なものらしく、拳を繰り出した腕が個性に耐え切れなかったのだ。

 

完成度は低いはずなのに、ここまでとは…。

 

「あはは…無理、しちゃった」

 

要するにコピーした個性を使用すれば、その反動がヤバいのだ。

駆け寄ってくる緑谷くんに精一杯笑いかけるが、彼の顔は真っ青になっていく。

 

こんなデメリットがあったなんて知らない。オールマイトが無傷だったのは、力のコントロールが完璧にしていたからだろう。鍛えてなかったら体そのものが崩壊するようなものだ。

 

一度吹き飛ばした煙だが、火事の影響で辺りはまた煙が立ち込めていた。出入り口付近から私の様子は見えないだろう。

煙が晴れるまで地面と仲良く横になったほうがいいかもしれない。そんな冗談をのん気に考えていると、奥から瓦礫が派手に壊れる音がした。

 

 

「このクソ餓鬼が…」

 

 

その声に、ぞっと悪寒が走った。

 

顔を上げると、吹き飛ばしたヘドロヴィランが殺意をむき出して私を睨みつけてきた。どうやらさっきの一撃だけでは倒し切れなかったらしい。

 

「殺してやる!!!」

 

ヴィランのもとへ、散っていったヘドロが集まっていく。確実に殺すため、完全体になろうとしているだろう。本能が危険を察知した。無理やり体を起こして膝をつけれたものの、脱力感に襲われて立ち上がることができなかった。このままでは逃げられない。

 

「かっちゃん!」

「触んなデク…! てめえの助けなんざ…」

「今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ!」

「おい…!」

 

爆豪くんのもとへ緑谷くんが寄る。爆豪くんは立とうとしているが、思うように力が入らないのか動けずにいた。

無理もない。彼はヴィランに必死に抵抗して体力を限界まで削られている。おそらく煙を吸って一酸化炭素中毒も軽く起こしているだろう。解放されたとはいえ、すぐ体を自由に動かせるわけない。

 

煙のせいで視界が悪い。ヒーローたちが助けに来るより先に、ヴィランが攻撃するのほぼ確実だ。私の近くにいる二人は巻き添いを食らうだろう。

 

私と爆豪くんはまともに動けない。今の私たちに、対抗手段はない。動ける緑谷くんだけ。彼には二人の人間を担いでいける体力はないだろう。

 

三人が助かるには、絶望的な状況。

……なら、もうコレしかやれることはないだろう。

 

「二人とも、お願いがあるの」

 

抵抗をみせる爆豪くんに、無理やり肩を貸した緑谷くん。

必死に動く彼らに私はひどいエゴを押し付けた。

 

 

「私を置いて逃げて」

 

 

私の一言に、爆豪くんと緑谷くんは大きく目開いた。

いち早く意味を理解した緑谷くんは激しく咎める。

 

「な、なに言ってんだ!?」

「足に力入らないの! 立ち上がっても走れない! 私がいたら確実に逃げれない!」

「でも…置いて行けるわけないだろ! 君も一緒に逃げるんだ!」

「馬鹿ね、アンタ二人も人担げないでしょ!? 一緒に逃げられるわけない!」

「それくらいなんとかする! だから早く!」

「分かってよ緑谷くん! これが最善の手なの!」

「なにが最善だ!? 馬鹿なこと言ってないでつかまれ! まだ間に合う!」

 

切羽詰まっている中の押し問答、お互い救いたい思いでぶつかった。ラチがあかないと判断した私は動ける手を彼らに向ける。それがどういう意図があるのか理解した緑谷くんが腕を引き寄せようとするが、もう遅い。

 

私はCopyを発動し、『爆破』で彼らを飛ばした。威力を弱めたので怪我はしてないだろう。

 

「そんなっ…!」

「ごめんね…」

 

その謝罪の一言に、彼がどう聞こえているのか、そもそも聞こえているのか分からない。どんな意味で言っているのか私自身も分からない。

頬に一粒の涙が伝った。

 

「…今まで、ありがとう」

 

言い残す言葉があまりにもありきたりで、おかしくなって私は笑った。

 

それはスローモーションのようだった。

 

憤慨に満ちたヴィランの叫び声が聞こえる。

遠くで複数の駆け出す足音がする。きっと、煙が晴れてきて状況を理解したヒーローたちが緑谷くんと爆豪くんを保護しに行ったのだろう。

 

ヴィランは今、瀕死の私しか見ていない。

あの様子だと二人を標的にする余裕もなさそうだ。

 

それなら、瀕死の私ができることは攻撃を大人しく受けて、数秒でも時間を稼ぐことだけだ。

その間にシンリンカムイが二人を回収してくれるだろう。そしたら、デステゴロたちが協力してあのヴィランを捕まえてくれる。

 

大丈夫、この街の平和を支えてくれたヒーローたちだもの。

人質がいなくなれば、あんな小物ヴィランに本気でかかれば倒してくれるはず。

 

それで事件は解決する。

 

これでいいの。

ヴィランのくせにヒーローの真似事をしようとするから罰が当たったのよ。

 

それに、私一人の犠牲で未来のヒーローを救えたのなら、いいじゃない。

ヴィランとして彼らと敵対することはなくなったのだし、かけがえのない友達も守れた。

 

これで、いいのよ…。

 

私は迫り来る死の気配を感じ、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおお!!!」

「デク!!」

 

誰かの雄叫びと、誰かを呼ぶ声に目を開けた。

予想通り、ヒーローたちの方へ飛ばしたおかげでシンリンカムイが個性で爆豪くんを早く保護することができた。しかし、緑谷くんはそれを振り払い、ボロボロになりながらこっちに向かっていた。

 

「なんで…なんで戻ってきたのよ! 死にたいの!?」

 

震える声を隠すように、私は疑問を吐き出した。

対して彼は激情を表すかのように叫ぶ。

 

友達(きみ)を、見捨てられるわけないだろ!!」

 

その言葉に、私は場違いにも実に彼らしいと思った。彼にとって、友達を置いて自分だけ助かるのは愚行らしい。

 

いつもはオドオドして、臆病で、優柔不断な態度もあったり、たまに変な奇行に走る彼だが、心の底に眠っている正義感と勇気は私よりもすごい…そんな彼だから友達になりたいと思えたのだ。

 

「死ねぇええ!!」

 

ヘドロヴィランが完全体になった。背後からヘドロの影が迫る。緑谷くんが手を伸ばす。けれど数mも離れているから間に合うはずもない。

 

あれに飲み込まれたら、死ぬだろう。

万事休すか…。

 

そのときだった。

遠くから疾風の如く何かが高速で移動し、私とヴィランの間に立った。

 

「情けない。本当に情けない…!君に諭したのに、己が実践しなくて情けない…!」

 

後ろを振り向くと、さっきまでここにいなかった彼がいた。

彼は体に白い煙をまとって血反吐を吐きながら、ヘドロの攻撃を半身で受け止めていた。

 

「少年少女! 私が来た!!」

 

オールマイトが来てくれた。

たった一人のヒーローが助けに来てくれただけなのに、私は不思議とひどく安心してしまう。

 

彼は空いた片手を私に伸ばし、負傷していない腕を掴む。その手は力強く、何かの強い思いが私にまで伝わった。

 

「ヒーローは…いつも命がけ!!」

 

奥歯を噛み締めて彼はヘドロの攻撃を受けた半身を踏ん張って、驚異的なスピードで引っこ抜き、殴るモーションに入った。

 

風が、煙が、光が、

ーーーすべて彼の拳へ集まっていく。

 

 

DETROIT(デトロイト) SMASH(スマッシュ)!!!!」

 

 

放たれた拳はヴィランに命中した。

 

それは、先ほどトンネルで見たパンチと、私が放ったTEXAS SMASHとは全く別のもので、あまりの風圧に緑谷くんやヒーローたちが体制を低くして身を守っていた。

 

至近距離にいる私は吹き飛ばされないようにオールマイトの手にしがみつくしかできない。

 

拳を受けたヘドロヴィランはその衝撃でヘドロが空中で散り散りになりながら、空へ吹き飛ばされる。

 

「雨…?」

 

その威力は想像を絶するもので、拳の風圧で頭上の雲の形でさえ変え、さらに上昇気流を発生させて晴れだった天気が雨になった。拳一つで、彼は天気を変えてしまったのだ。

 

降りしきる雨の中、彼を見上げる。

DETROIT SMASHを放った反動なのか、僅かにふらついた。だが決して彼はつないだ手を離さずしっかりと立っていた。

まるで彼は自分の使命を全うするかのように、この場にいる者全員に笑顔を向ける。

 

「これが、平和の象徴…オールマイト…」

 

 

 

 

その英雄の姿を見て、私の意識は途絶えた。

 




主人公は「どうして助けに行ったのか?」と聞かれたら「勝手に体が動いた」と普通に答えるヴィランでありながらヒーローの素質を持っている矛盾している子です。

ヴィランとしての活動は次回か、次回の次回あたりから本格化します。

戦闘描写、難しい…。

余談ですが
オールマイトはなんで原作通りすぐに助けに行かなかったの? という疑問があると思いますが、主人公がヘドロヴィランをぶっ飛ばして判断が遅れたからです。

オールマイトならそんな凡ミスしないよ。という声が聞こえます。
言われても仕方ないです…でも、緑谷くんのカッコイイシーンを書きたかったんです!!(血涙&土下座)

ごめんなさい全国のオールマイトファンのみなさん!!

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