※後半はほとんど勢いで書いています。
ようこそ、ツッコミ不足の世界。
細かいところは気にしないでください。
ノートを回収して私と緑谷くんは帰路についた。私が住むボロアパートと緑谷くんが住むマンションは、ほぼ方向や帰るルートが同じであるため、一緒に帰っている。
いつもならヒーロー話で盛り上がるが、今日はそんな気分になれなかった。チラチラと緑谷くんが私に視線をやり、何か言いたげにしていた。
「どうしたの。気になることでもある?」
「あ…実は、その確認したいことがあって」
催促してみると緑谷くんは足を止めた。私も足を止めて彼の方へ振り向くと、彼の表情が強張っている。
「分かってるわよ。緑谷くん」
「…じゃあ、やっぱり君は」
「ええ。あのことよね…」
彼の言う確認したいことには、心当たりがある。アレを確認するのは彼にとって勇気がいることだろう。
私は少しでも彼の緊張を解せるように微笑んだ。
「雑巾計画のことなら諦めてないわよ」
「そっち!? ていうか諦めてなかったの!?」
「え? これじゃないの?」
「違うよ! もう終わった話だと思ってたから気にしてなかったし…って、そうじゃなくて!」
違ったらしい。
てっきり幼馴染の下着問題を心配しているのかと思った。緑谷くんはしばらく戸惑った後、震える声で尋ねてきた。
「どうして狩野さんは、ヒーロー科がある学校に行かないの?」
「…え?」
「狩野さんが行こうとしてる学校…普通科しかないから」
そうだったんだ。全然知らなかった。
現在、この社会にある高校は、都心を中心にヒーロー科がほとんど設けている。これはヒーローの人材をより多く育成するためにヒーロー科は必要だと当時の文部科学省が謳い、50年以上も前に政策として取り入れられているからだ。
しかし、ヒーロー科を設けるのに財産が学校にない場合や、非戦闘的な個性や無個性の人を配慮して普通科のみの学校も一部であるが存在している。
適当に私が進路希望の紙に書いた高校はそうだったらしい。以前、緑谷くんに進路希望の紙をこっそり見せたとき不思議な顔をされたことがある。彼のことだから名のあるヒーロー科の学校を覚えているのだろう。しかし、見せられた高校名はまったく知らないところで目を丸くしていたのだ。
そう考えると、校長が私を必死に引き留めようとしていたのも納得いく。しつこかったのはそういうことだったらしい。
「その…ほら、狩野さんだったら、皆を笑顔にするようなヒーローになれるんじゃないかなって思って…」
「緑谷くん…それ笑顔と苦笑いを間違えてない?」
「どうしてここでネガティブな解釈するのかな…」
そう話しながら見つめられる目は、憧れ、羨望、情景、それらすべてが入り混じっていた。
その視線が痛く感じて、思わずそっぽ向いてしまう。
「『盗む』個性をもったヒーローって微妙じゃない。笑顔の前に『没個性ヒーロー』って苦笑いされるのが目に見えるわ」
『物を盗む』のは精々、窃盗犯が盗んだものを取り返すくらいしか役に立たない。その役割はヒーローじゃなくても警察でもできる。ヴィラン向けだとよく言われるこの個性に緑谷くんはどこにヒーローの素質があると思ったのだろうか。
肩をすくませながら言うと緑谷くんは首を横に振った。
「盗めるのは、物だけじゃないでしょ」
話を逸らしたくて歩き出そうとすると、彼はそう言った。
振り返ると緑谷くんはいつになく真っ直ぐな目で私を見つめてきた。いつもはオドオドと怯えているのに彼が時折見せる気迫は圧倒される。この目も苦手だ。
「体力も…個性も盗める」
彼の言うように、私は『物だけでなく、体力や個性を盗める』
彼が以前見せてくれたヒーローノートに私のデータがあった。そこにはこんなことが書かれてあった。
個性『シーフ』
盗むこと全般を得意とする個性であり、物はもちろん。相手の個性を模倣、体力の吸収なども可能。
物を盗む 技名:Steal
半径15m以内にいる相手の持ち物を一つ盗める。身に着けているものでも可。
長所
武器などを奪い、戦力を減らせる戦法が可能。道具を使用して戦う個性相手には相性抜群。
短所
座標を合わせる必要があるため、視界を奪われたら標的にした物ではなく別の物を盗んでしまう可能性がある。二つ以上の物を同時に盗むのは不可。
相手の個性模倣 技名:Copy
直接見た視覚から情報を得た場合のみ相手の個性を模倣できる。
長所
一度コピーした個性をストックすることが可能で、相手の個性を見れば見るほど精度も増して戦略の幅が広がる。
短所
発動系、変形系の個性限定で模倣可能。異形系は不可能。
なお、視覚情報から個性を得るため、目に見えない精神干渉する個性などは模倣できない。
体力吸収 技名:Drain
相手に直接触れたときのみ発動できる
触れている限り体力吸収することが可能
長所
第三者の体力を媒介することも可能。負傷者や消耗している一般市民への支援もできる。
短所
怪我を治すことはできない。
相手に触れなければならないため危険性が伴う。
敵に関節技を掛けられたら形勢逆転されやすい。
大方これが私の個性だ。よく特徴を捉えていると思う。
要するに大抵のものを『盗める』個性。
先ほど爆豪くんの下着を盗んだStealは個性の一部だ。
さすがに臓器やら命やら心を盗むことはできないが、個性を盗めるのは大きい。
普段、物を盗む『Steal』しか使わないのは、それなりの
何て言い訳するか考え込んでいると緑谷くんは気まずそうにした。
「もしかして…かっちゃんに言われたこと、気にしてるの?」
「…なんで爆豪くんがそこで出てくるのよ?」
「さっき言われてたから」
…そういえば今朝言われたわね。
ムカついてすぐ反撃したけど。
「緑谷くん…私が誰かの一言で『はいそうですね』と素直に頷くと思う?」
「…むしろ自分の意見に素直で、ガンガン反論して正当化しそうかな」
「ぶっちゃけたわね」
むしろ、堂々と言いにくいことを言える緑谷くんも大概だと思う。
彼は割と、私とは対等に話している。
特にヒーロー考察で意見が食い違ったり、検討違いが発生した時はズバズバと彼は意見を出す。このとき緑谷くんとあまり口論したくない。ほとんど言い負かされた記憶しかないのだ。
「それとも、特別な理由とかあるの?」
「まあ、色々遅いからね…」
「え? 遅いってどういうこと?」
「あ…」
しまった。
特別な理由と聞かれて、つい口が滑ってしまった。
「じゃ、じゃあ私こっちだから!」
「え? か、狩野さん!?」
丁度、分岐点の目印であるトンネルにたどり着いて、私は逃げるようにして早歩きをした。
ヒーローにならない理由なんて単純だ。
私がヴィランだからである。中学を卒業したら本格的なヴィラン活動が始まる。
緑谷くんと友達になったのは成り行きである。
彼がヒーローオタクだったのも偶然、その分析ノートが素晴らしかったのも偶然だ。
おそらく私が一般人として生きれるのはこの1年が最後。
緑谷くんとは普通の友達として別れたい。
けれど、今の態度は流石に不自然だった。明日にでも言い訳をすればいいだろう。
家に帰ったら、まず今朝のノートをまとめる作業をしようと切り替えていたら、それは突然聞こえた。
「うわぁああ!」
電車の音にかき消されそうな小さな悲鳴が耳に届いた。
振り返ると緑谷くんと別れた先のトンネルが視界に入る。
嫌な予感がして私は慌てて道を引き返した。トンネルの上に走る電車が通過していく。騒音のせいで他の音が聞こえない。暗いトンネルを覗くと鼻が曲がりそうなほどの異臭がした。その臭いを我慢しながら目を凝らすと、ドロドロとしたヘドロの山が何かを包み込みながら、うねうねと動いていた。
あまりの信じられない光景に息を呑んでしまう。思わず後ずさりすると靴を鳴らしてしまった。
「誰だ!?」
ヘドロがこちらに振り返る。
赤く大きな瞳、2mほどある泥の山、生まれながら体が変質している異形系の個性だろう。とてもじゃないが同じ人間とは思えない容姿だった。
「動くな! 動けばこいつを殺す!」
ヘドロが包んでいたのは、緑谷くんだった。彼の体のほとんどがヘドロにまみれ、鼻や口を塞がれている。人質にされているのだ。
私は冷や汗をかきながら、両手を上げて何もしない意思を示した。
「彼に何をする気?」
「体を乗っ取るのさ。大丈夫だよお友達が苦しいのは数十秒だけ、あとは楽になる」
その言葉が何を指しているのか理解すると、目の前が真っ赤になる。
このヴィラン…人を殺す気だ。
こんな人目のつかない場所に出現した。通報してヒーローを待つこともできない。緑谷くんの様子が苦しそうなのは体が乗っ取られかけている証拠だ。彼を今、助けられるのは私しかいない。
私は、ある『2つの個性』を常にCopyでストックしており、いつでも使えるようにしている。
1つはオリジナルほど大した威力は出せないが、ある程度コントロールができる爆発系の個性。だが、これを使って彼を救えるかは微妙だ。
もう1つは一振りすればなんでも真っ二つにできる個性。それを使えば彼を救助出来るかもしれない。
だが、威力がありすぎるゆえに私はコントロールできない。下手をすれば相手や人質を殺してしまうかもしれない危険な個性だ。
ごくりと唾を飲み、緊張が走る。
「まさか、あんなのがこの街に来ていたとは思わなかった…助かるよ。君は僕のヒーローだ…」
「~~ッ!!?」
迷ってる暇はないようだ。
私は右手に力を集中させて、ヴィランのもとへ駆け出した。
次の瞬間、私とヴィランの間にあったマンホールの蓋が宙に舞った。呆気にとられていると何か大きな人影が飛び出す。その背中はその場の空気をガラリと変えた。
「もう大丈夫だ。少年少女…」
思わず目をこすって確認してしまう。その姿はまるで何度も何度も液晶越しにみたヒーローだった。脳裏に刻まれたその姿を間違えるはずない。現実だと理解するのに遅れてしまう。
「私が来た!」
ナンバーワンヒーロー…オールマイトがそこにいた。
彼は標的を定め、ヴィランへ突っ込んでいく。突如として現れた救世主にヴィランは慌てていた。
彼は拳を作り、懐に入る。あまりにも早いスピードに目が追いつかない。その間ヴィランは何もできずに棒立ちしていた。
「
拳から生み出された風圧がヴィランを吹き飛ばす。
ヘドロは四散していき、緑谷くんの五体が地面に投げ出された。
「うぅっ…」
「緑谷くん!!」
鞄を投げ捨て、慌てて駆け寄り、体を起こして脈や呼吸を確認した。彼は気絶しているだけだと分かり脱力する。
「よかった…生きてる」
「少年は大丈夫そうかい?」
「はい。助けて頂き、ありがとうござい……なにしてるんですか?」
お礼を言いに、振り返るとオールマイトは空のペットボトル軽く潰し、それをヘドロに当てると空気の圧力で吸い込まれていった。吸い込めなかった分は慎重に手ですくい上げて中へ入れているようだ。
「何って、詰めてるんだよ」
「ヴィランって詰め放題の商品でしたっけ?」
ツッコミを入れるとオールマイトは高々に笑う。
「HAHAHAHA! なかなか面白いジョークを言うね少女!」
「目の前で起こっていることをそのまま言ってるだけですよ」
「んんー現実的!」
天を仰ぐオールマイトのリアクションがオーバーに見えるのは気のせいだろうか、アメリカンっぽい人はオーバーが好きなのだろうか。
そんなどうでもいい疑問を抱いていると、寝ていた緑谷くんが目を覚ました。
「狩野、さん?」
「おはよう緑谷くん」
「あれ? 確か僕…夢にオールマイトが…」
「夢じゃないわよ。ほら」
「え? う、うわあああ!!?」
オールマイトを目視した緑谷くんは俊敏な動きで後ずさりした。その動きはまるで殺虫剤に怯えたGのようだ。憧れは目の前に現れると近寄りがたくなるというが、こうなるのか。変な感想を思っているとオールマイトは笑い出した。
「いやぁー悪かった。ヴィラン退治に巻き込んでしまった。いつもはこんなミスしないのだが、オフだったのと、慣れない土地で浮かれちゃったのかな? AHAHAHAHA!」
なるほど。
オールマイトが白Tシャツ姿なのはオフだったから。彼がこの街に来たのは……事務所付近の六本木でも手に入らない地元限定のコンビニグッズを買うため? だからコーラのペットボトルがあるのか…多分違う、そうじゃない。でも、なんでこの地域にきたんだろう。
……そこはどうでもいいか。観光だよ多分。
そう考えると、今回のヴィラン退治は残業に入るのだろうか、ヒーローも忙しくて大変そうだ。
けど、1つだけツッコミがある。
「はしゃいだオフでも、マンホールから『こんにちは』するのは普通できませんよ」
「ちょ、チョベリグなサプライズ登場だっただろう!? ヒーローはいつどこで登場するのか分からないからね!」
「その定義でいうならヴィランも同じこと言えますけど…あとチョベリグって、言葉のチョイス古いですね」
「…え、古いの?」
「何世代前の言葉だと思ってるんですか?」
「そんなに古かったっけ!? チョベリグ!」
チョベリグとは、1世代ほど前に日本で流行った言葉で、「超ベリーグッド」の略称である。
それを、今時の若者が使えると考えてるということは…オールマイトは思った以上におじさんの可能性がある。貴重な情報だ。黒霧さんに需要あるが不明だが念のため、後でノートにメモをしよう。
「かかかかか、かか、かり、か、狩野さん!」
「はい狩野さんです」
「お、お願いがあるんですけど!」
「はい何ですか」
相当混乱している緑谷くんは私の名前すら噛みまくっていた。おそらく一番会いたかった人に会えて現実を受け止めきれないのだろう。彼のことだから私に頬をつねって欲しいと提案する。他でもない友達の頼みだ。喜んでつねってあげよう。
背中をさすって落ち着かせると彼はいたって真面目に言った。
「僕の頬を本気でビンタして。僕まだ夢見てるかも」
予想の斜め上をいく提案に、思わずちょっと引いてしまった。
「あのね…さすがの私でも友達を引っ叩くのは抵抗あるんだけど」
「それは分かってるけど、あまりにも目の前の出来事が信じられなくて…」
「分かるわよオールマイトは憧れだものね。でも、つねる程度で分かると思うし…」
「お願い狩野さん! 遠慮せずに思いっきりお願い!」
「…わかったわ」
ここまでお願いされたら断りづらいし、なにより実体験で興奮した人(主にお父さん)を落ち着かせるのにはこういうのが丁度いいのを知っている。目をぎゅっと閉じる彼の頬へ狙いを定めて、私は思い切り平手をかました。
バシン!!
衝撃が想定外だったのか緑谷くんは横に倒れた。
オールマイトはなぜかギョッとして顔色が青ざめている。
「まさかのフルスイング!? やりすぎじゃないかな!?」
「え…思い切りお願いって言ってたから」
「それは言葉の綾だろう!? 容赦ない音がしたけど、大丈夫かい少年!?」
倒れた緑谷くんに高速で頬を軽めに叩くオールマイト、その光景はシュールとしか思えなかった。数十回叩いたところで、緑谷くんの目がカッと開いた。
「痛い! 夢じゃない!! 本物のオールマイトだ!! 生だとやっぱり画風が、全然違う!」
「復活はやッ!!」
脊椎反射並みのスピードで起き上がった緑谷くんに、オールマイトも驚きを隠せない。しかも、緑谷くんの鼻から赤いものが垂れてきた。焦って今朝駅前でもらったポケットティッシュを鼻の下に押し当てる。
「鼻血出てるわよ。ほらティッシュ使って」
「ご、ごめん! つい興奮しちゃって…」
「いいのよ。困ったときはお互い様、それが友達よ」
「狩野さん…」
「冷静になって少年!! いい話風にまとめてるけど、鼻血の原因間違いなく彼女からのビンタだよね!? 絶対興奮だけで出た鼻血じゃないよね!? ねえ気づいて!」
友達の提案通りにやっただけなのに、オールマイトはひどいことを言い出した。冷静になるのはオールマイトの方だ。
あまり責められるのは嫌だったので、キラキラと尊敬の眼差しをオールマイトに向けた。
「さすがナンバーワンヒーロー…ツッコミも冴え渡ってますね」
「い、いや…それほどでも…」
普段はツッコミに回っていないのかオールマイトは頬を赤らめ、本気で照れているようだった。
調子に乗って私はオールマイトに向けて手を叩いて賛美する。
「よっ! 世界一カッコいいヒーロー! 笑いのセンスもピカイチな平和の象徴! ファンサービスも素敵で痺れちゃいます!」
「こら、おだてても何もでないぞ。ファンサービスは平等に行うのもヒーローだからね、当然のことだよ」
お世辞なのがバレてしまった。あからさま過ぎたらしい。
「でもまあ、いつもより気合入れたサインしようかな」
ファン贔屓していいんかい、平和の象徴。
さっきの言葉はどこいった?
「サイン!? まさかオールマイトの直筆サインを本人から提案してくれるなんて、僕は人生で一番幸せなひと時を今過ごしているんじゃ…生まれてきてよかった…!! どこにサインしてもらおうかな定番は色紙だけど手元に無いからノートでいいかな」
「いいと思うよ緑谷くん」
自分でやっておいてアレだけど、ナンバーワンヒーローが意外と乙女でびっくりした。あと緑谷くんマシンガントークで感動を表現する癖が前面に出て怖いことになってる。
「でもサインはこれ詰めてからでいいかな!」
「はいもちろん!!」
「ついでに私にもサインください」
「OK! もちろんそのつもりだよ!」
「ありがとうございます!」
なんだろう。このヴィラン襲撃された直後なのにテンポのいい会話。
さり気なくヴィランを『これ』扱いしているオールマイトはさすがとしか言えない。
1分後、
無事にヘドロを詰めたオールマイトは上機嫌でノートにサインをしてくれた。
ノート見開き1ページにわたって「ALL MIGHT」と書かれた。心なしか筆圧が凄まじく強い。現在、隣の緑谷くんは感動のあまり滝のように涙を流してオールマイトと握手をしていた。
彼の大ファンな緑谷くんには悪いが、私がオールマイトのサインをもらったのは、ヴィラン連合に遭遇したことを伝えるためだ。ナンバーワンヒーローのサインの特徴くらい向こうは分かっているはず。
黒霧さんが今頃「は?」ってなってるのが目に見えているのは仕方ない。急にサインが浮き出るから意味わからないと思う。
後でサインの端に時間と場所を書いておくといいだろう。途中でトラブルはあったが、スパイらしいことができてよかった。
「あ、ありがとうございます!! 家宝に! 家の宝に――!!」
「OK!」
一通りファンサービスを受けた緑谷くんはサインを家宝宣言して、高速で直角に頭を下げ続けた。オールマイトは満足げに親指を立てて了解を取る。
…うん。そろそろこのノリやめよう。
つかれてきた。
「じゃあ、私はコイツを警察に届けるので…液晶越しにまた会おう!」
丁度帰ってくれるようだ。5分ほどであったが、なかなか濃密な時間が過ごせた。ヘドロヴィランもいつ起きるのか分からないし、判断的にも正しいだろう。
屈伸運動をし始めたオールマイトに、緑谷くんは声を震わせた。
「え…もう?」
「ヒーローは常に敵と時間との闘いさ」
「友達を助けていただき、そして貴重な時間、ありがとうございました」
お礼を言うと彼は親指を立て、スマイルで答えてくれた。準備運動を終えた彼はクラウチングスタートの構えを取る。
「それでは、今後とも応援よろしくー!!!」
彼は踏み込んで脚力だけで文字通り飛び立った。一回飛んだだけで背中が小さくなっていく。飛距離100mは優に超えているだろう。
あれが、オールマイト。
ーー今後、敵対していく存在だ。
力の差があり過ぎて現実味がない。連合は彼を本気で潰すと連絡があったが、私には途方にも叶わない夢のようだ。
彼を倒すとしたら、連合は何で迎え撃つつもりだろうか。もっとも、今はそんな疑問を抱いても仕方ない。
すぐに頭の中をリセットし、緑谷くんに話しかけようとした。
しかし、そこに彼はいなかった。
「緑谷くん…?」
辺りを見渡しがどこにもいない。さっきまで隣に確かにいた。最後に姿を見たのはオールマイトが飛び立つ前で……飛び立つ前で?
思考を停止したまま飛んでいる彼の方を見上げた。遠目で分かりづらいが、彼の腰に見覚えのある制服、靴、そして黄色い大きなリュックがあった。その正体を特定した私は思わず口角をひくつかせた。
ーー緑谷くんだ。あれ。
ファンの行き過ぎでヒーローとフライアウェーするとは、さすが行動派オタク…いやいや感心してる場合じゃない。一歩間違えれば大事故起こす危険行為そのものだ。
ここからでは、私は何もできない。オールマイトの体型なら緑谷くん一人ぐらい余裕で運べるだろう。そして彼はファンサービスが素晴らしい。さらに彼は紳士だ。
「オールマイトなら、家まで送ってくれるよね…多分」
そう信じることにした。
これ以上ツッコミ入れるのはもう無理だ。疲れた。
早く家に帰ってノート整理と夕飯の支度をしなければならない。明日になればいつも通りの日常が始まる。友達のオタク行動をいちいち気にしては身がもたない。
そう固く決心した私は、今度こそ歩き出す。
その時、風がなびいてチラシの紙が私の顔へ直撃した。痛くはないがタイミング…そして前が見えない。
「なにこれ?」
イライラしながらそれをつまんで眺める。
『田等院商店街付近にて緊急タイムセールス!』
…広告チラシだった。貧乏人には嬉しい情報なのでせっかくだし、目を通してみる。軽い気持ちで見渡すと…目玉が飛び出るかと思った。
卵10個の1パック108円、イチゴ1パック150円、白菜(1/2カット)100円、うどん5パック188円などなど書かれてあり、安すぎて胸が痛くなった。
財布を覗くと1000円ほど入っていた。脳内でチラシに載っている食材の値段と所持金を照らし合わせて計算した。
…いける。
野口英世様の力を借りればタイムセールスで勝つることができる。うまくいけばセールス中の79円のアレも買えるだろう。これはいくしかない。
「夕飯は鳥の照り焼きよ!」
一番好きな食べ物を食べるために、私は家と別方向の商店街方面へ走り出した。
ちなみにスーパーの価格は某スーパーの値段を参考にしています。
展開が亀スピードで申し訳ないです。
ヘドロ事件は明日の18時に更新予定です。
こちらはギャグがほとんどないシリアスとなっています。