とあるヴィラン少女の話   作:サシノット

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※タグでもお知らせしましたが主人公の個性は原作キャラと被っています
あと…主人公は肝が据わっています。はい。


活動報告2 友達はヒーローオタクな人です

かくして私はヴィラン連合に加入させられ、ノートを書くことになった。

 

そのノートを書くにあたってルールと注意事項が主に三つ。

・ノートのページがなくなった場合、父の名義で家に宅配で届く。

・連絡事項をすべてノートで行う。

・必要がなくなったと判断された情報は連絡事項分のページを切り取って破棄するのが基本とする。

 

ついでに、携帯などの連絡手段をやめている理由は警察などに情報が漏洩した場合、厄介だからと書かれていた。携帯の連絡先が知られれば色々とメアドやら電話番号を変えたり新しく買いなおさないといけないのが面倒なのだろう。前例があったのかかなり警戒しているように見えた。

 

私のするスパイ活動は、この近辺で起こる事件を対処するプロヒーローたちがいる現場に向かい、ノートを書き留めること。その書き留めた内容は個性『共有』の力で黒霧(くろぎり)さんのもとへ情報がいち早く届くのだ。

 

ちなみにヒーローが活躍する現場を特定するため、後日連合から支給されたスマホ(なんとタダでもらった)からネットの書き込みやニュースなどの情報で現場に向かっている。

 

…このスマホで黒霧さんと連絡するのはダメなのだろうか。

 

この数年間、ヴィラン活動で黒霧さんという人と連絡を取り合っている。連絡と言っても、もっとこうやって書いてほしいとか、某ヒーローのことについても調べてほしいなどの軽いものばかりだ。黒霧さんの素性は詳しく知らないが、ヴィラン連合の幹部的ポジションにいるのがわかった。ノートに書いたことすべてを見てくれているようで律儀に毎回『ありがとうございます』と丁寧に連絡事項に書いてくれる優しい人であった。もっとも、お互いのためいまだに顔を合わせたことはないのが残念だ。

 

この数年で変わったことと言えば、もう一つ。

友達ができた。

 

「ねえ狩野さん! 今朝デビューしたMt.レディっていうヒーローがいたんだけど巨大化の個性どう思う? 僕が思うにあの個性は人気が出そうだけどそれに伴う街への被害を考えると限定的な活動になりそうだし、大きさは20mいきそうなんだ、それとね――」

 

クラスメイトのヒーロー観察が趣味で、本気でヒーローを目指しているヒーローオタクの緑谷(みどりや)出久(いずく)くんは生き生きと喋っていた。

 

 

彼は私の友達である。

 

 

「そうね。彼女の個性は多少強力なヴィランなら体格差で倒せそうだけど、彼女が活躍できそうなのは二車線以上のスペースが必要かしら」

「確かに…狭い場所で転んだり誤って建物に攻撃したら周囲の被害が想定できるし、建物の密集地だと市民にも被害が及びそうなんだよ…今日デビューしたばかりだから事務所も活動する場所に今後調整が入るかもね」

「あと巨大化が自分で調整できるのか分からないわ。現場を見たけど20mくらいはあったと思うから…自分の意志で10mに調整したり、体の一部分を巨大化できればさらに強力になるかも」

「そっか! そういうことができると建物内での戦闘も可能になるか、それに腕のみの巨大化が可能ならパンチの威力が計り知れなくなるんじゃ…そしたら巨大化する前の彼女の身長を推測して拳の大きさの仮説を立ててみる必要があるか?」

 

すると緑谷くんはブツブツと言いながらノートを広げて目にも止まらぬ早さで計算式を書き始めた。その様子に周りにいたクラスメイトは私たちから物理的に距離を離れてヒソヒソとなにやら耳打ちをしていた。気持ちは少しわかる。

 

このように私たちは周りの目をお構いなしにヒーローオタク会話をほとんど毎日繰り広げている。

 

緑谷くんはこの超常社会では珍しい“無個性”である。

本来、個性は4歳ごろまでに両親のどちらか、あるいは複合的な個性が発現する。緑谷くんは発現をしなかったらしい。それでも憧れである“平和の象徴”と謳われるオールマイトと同じヒーローになりたいという。

 

そんな緑谷くんと出会ったのは中学2年の頃であった。そのときも私は仕事でヒーロー観察をしていた。そこで行く先々で緑谷くんと出会っていき、制服も同じクラスも同じ観察ノートのタイトルが『将来の為のヒーロー分析ノート』とカモフラージュのためにつけたタイトルと同じだった。それに気づいた緑谷くんが同志ではないかと恐る恐る言ってきたので、私は特に考えもせずに頷いてしまったのだ。

 

それ以来、緑谷くんは私と行動するようになった。クラスも中二から同じ、通学時間、休み時間、昼休み、帰り道と二人でいるようになった。そのせいで私がヒーロー志望だと勘違いされているが放置した。なぜなら彼の分析ノートは事細かにヒーローの長所や短所が書かれていたからだ。

 

そのノートの書き方が見やすく、大変参考になった。おかげで仕事も順調に進められたし、彼の分析力が高く見ている視点もいい、会話をしているとそのヒーローの特性が分かってしまうのだ。これでヒーローに興味ないと言ったら彼との仲は悪くなってしまうだろう。それはなんとなく嫌なので黙っておくことにした。

 

しかし、そのことを気にいらない人がこの学校にはいた。その人は大きく舌打ちをしてわざとらしく自分の机に脚を置いて音を立てる。その音で緑谷くんは肩を大きく跳ねさせて怯え、クラス全体が静まり返った。

 

「さっきからぺちゃくちゃうるせぇぞ、石ころどもが…」

 

その人は同じクラスメイトであり、緑谷くんの幼馴染でもあり、ヒーロー志望の爆豪(ばくごう)勝己(かつき)くんであった。彼の個性は『爆破』手のひらから汗線からニトロのようなものを出してそれが爆発する…いわゆる優秀な個性をもっていた。

そんな彼は机に脚をかけてふんぞり返っていた。その姿をちらりと見て、私は…緑谷くんとの会話を再開した。

 

「緑谷くん。考察ある? 見ておきたいんだけど」

「え…う、うん。一応次のページにまとめてあるけど…」

「無視すんなオラァ!」

 

個性を使って彼は私と緑谷くんが使用している机に飛び移って、小爆破を起こした。緑谷くんは瞬時に飛び退いて回避し、私は広げていた緑谷くんのノートを咄嗟に庇い、事なきを得た。かまってあげないとノートを爆破しに来るのを理解し、仕方なく彼と向き合った。

 

「静かにしてくださいよ爆太郎さん」

「誰が爆太郎だ!?」

「鏡でも用意しましょうか? そこに映った人が爆太郎さんです」

「死ね!」

 

超常社会では基本的に個性使用禁止になっているが、大人の目が届かない場所で密かに発動する人もいる。隠れて個性を使う子どもは意外にも多い。目の前の爆豪くんのように。

 

というより、机に土足はやばいのでは…。

机に心配していると爆豪くんは落ち着いてきたのか話をつづけた。

 

「お前ら無駄な事するんじゃねぇよ。デクは無個性で、お前の個性は没個性の上に、ヴィラン向きだしな。ヒーローになる資格すらねぇ」

 

彼の言うことは正しい。ヴィラン向きどころかすでにヴィランになってるし、私にヒーローになる資格もない。どうして的確に言い当てられるのか疑問に思う。

私が無言なのをいいことに爆豪くんは高々に笑った。

 

「俺はな。あの、オールマイトをも超えて…トップヒーローになり、必ずや高額納税者ランキングに名を刻む! だから石ころが無駄な努力しているのを見るとイラつくんだよ!」

 

実際、爆豪くんは頭が良く偏差値は79越え、個性無しでも運動神経は学校トップ。個性も派手でかなり強力だ。要するに性格を除けばこの学校においてのチート的存在である。そんな彼は自信満々に宣言し、ドヤ顔だった。

 

「こんなに横暴でお金に目がくらんだ夢を豪語できるのはすごいと思います。見ていて清々しいですね」

「…あ?」

 

素直な感想を言うと爆豪くんのこめかみに青筋が浮かんでいた。煽ったつもりはないが、腹が立ったらしい。爆豪くんが片手で肩をつかみ、もう片方の手で爆破をちらつかせてきた。彼は女子でも容赦ないのだ。

 

これは色々とまずい。その光景に緑谷くんは情けない声を出して怯えていた。助けは呼べそうにもない。個性を使われたら個性で対抗するしかない。私は仕方なくポケットに手を突っ込んで個性を発動させた。

 

「Steal」

 

個性を発動した途端に爆豪くんは後方へ飛ぶ。避けたつもりだろうけど、もう遅い。ポケットに突っ込んであった手を取り出し、目の前でそれを見せびらかす。女子はそれを見て真っ赤になり、男子はドン引きの表情を浮かべ、緑谷くんは顔を真っ青にしていた。標的にされた爆豪くんは怒りで顔がえげつないことになっていた。

 

Steal…それは名の通り盗む技。相手の所持品を自分の手元へ瞬間移動させる。

 

この状況で一番取られてほしくない物といえばアレしかなかったので盗ませてもらった。大抵の人が穿いているもの。そして日常で穿いてなかったら動きづらくなるアレ。

 

要するに、爆豪くんの下着を個性で盗んだのである。

拍手喝采のついでに悲鳴も喝采となった。

 

「正当防衛ですからね。怒らないでくださいよ」

「てめぇ!! ぶっ殺す!!!」

「殺せるものなら殺してください」

「爆破してやる!!!」

 

お決まりのセリフを聞かせてもらい、廊下へ飛びだす。後ろには鬼が追いかけてきた。

 

実は爆豪くんの下着を盗ませてもらったのはこれが初めてではない。彼があまりにも緑谷くんと私に絡むので初めて出会ったときに盗ませてもらった。あのときは爆豪くんは怒りで顔が真っ赤になり、夜まで続く鬼ごっこをして散々な目に遭った。ある意味トラウマになりかけた出来事だと振り返る。

 

それ以来、執拗に絡んできたときのみ発動させている。女子が男子の下着を盗んでいる事実に一部痴女扱いされているが、そんなこと知らない。あくまでも正当防衛である。

 

運動神経は爆豪くんが圧倒的に高いし、足も向こうが速い。このままだと捕まる。だから、毎回追いかけられているときはより安全に、より短距離のゴールを決めていた。

 

「先生――!!」

「っげ」

 

廊下で物品を運んでいた教師を見つけて目の前で止まった。すると爆豪くんは物陰に隠れる。

 

「どうしたんだ狩野?」

「お勤めご苦労様です。手伝いますよ」

「あ…ああ、ありがとう。じゃあ手伝ってくれ」

「はい」

 

教師は物品を私に渡して、視聴覚室へ一緒に運び出す。爆豪くんはクラスのみんな曰くみみっちい性格をしているため、この学校の外面では成績優秀で素晴らしい生徒として活躍している。しかも私が話しかけた教師は生活指導員。喧嘩で個性を使ったと言われたら成績に影響が出るかもしれない。そう思っているからか爆豪くんはこれ以上手を出せないのだ。

 

作戦勝ち、一件落着である。

 

「そうだ。狩野」

「なんですか?」

「放課後、少し校長室に残ってくれないか? 校長直々に話があるそうだ」

「…はい。わかりました」

 

前言撤回、落着してなかった。その一言に顔を引きつってしまう。

 

校長室に呼ばれるって…私なにかしたっけ?

心当たりがな………いや、私ヴィランじゃん。心当たりないほうがおかしい。

 

色々自覚したところで後ろから大きく鼻で笑うような声がした。振り返らなくても誰がしたのかよくわかる。

 

 

なんというか…無性にイラっとした。

よし。ポケットに入れた下着、雑巾にしよう。

 

 

重い物品を運びながら半ば本気でそう決意した。

 

 

 

 

爆豪くんから追い掛け回されていたところを先生に助けられ、教室に戻ったらチャイムが鳴った。緑谷くんに心配されたが「なんでもない」と言うと彼は自分の席につく。それと同時に先生が教室に入った。どうせ大したことを話さないだろうと決めつけ、こっそり膝の上でノートを開いて中身を確認した。

 

左ページの半分ほどは手描きのイラストで占められており、空いているスペースには大まかな特徴を書き出し、右のページには詳細を記載してある。

 

ヒーロー名:Mt.レディ

個性:巨大化

特徴:推定160cmから20mへ全身の巨大化が可能。巨大化の調整ができるかは今後の活躍次第で判断する。飛び蹴りなど派手な物理攻撃を好みにしている可能性が高い。

長所:並の個性なら体格差で勝る。

短所:狭い場所では活動困難。建物内での戦闘が不向き。

 

他に書き加えることがないか、今朝の事件について携帯でチェックしていると爆音がした。

はっとして辺りを見渡すとクラスのみんながなぜか個性を発動していた。後ろを振り向くと爆豪くんが緑谷くんにまた絡んでいた。

 

「こらデク…没個性どころか無個性のテメェが…なんで俺と同じ土俵に立てるんだ!?」

「まっ…違う! 待って、かっちゃん! 別に張り合おうとかそんなのは全然…本当だよ!」

 

話が見えなかったが、床に散らばっている進路希望の紙を拾い上げると、どうしてこうなったのか分かった。どうやら緑谷くんの志望高校がバレたようだ。

 

雄英高校とはプロヒーローが多数輩出している日本屈指の名門校。それゆえヒーロー科の人気は絶大で例年入試倍率は300倍越えとなかなか数字のおかしい学校でもある。だが爆豪くんは唯一この折寺中のなかで合格園内にいる実力者であるらしい。エリート街道を行く彼のことを考えれば当然雄英に行きたいのだろう。

 

その一方で緑谷くんも同じ雄英高校を第一志望校にしていた。こっそり彼は2年の後期ごろ、私だけに進路を教えてくれていた。理由はオールマイトが卒業した高校だからだそうだ。二人が同じ志望校なのは知っていたが、ここまで爆豪くんが嫌がるとは思わなかった。

 

教室の奥に追い詰められた緑谷くんはきょろきょろしながらも反論した。

 

「ただ…小さい頃からの目標なんだ。それに…その…やってみないと分かんないし」

「なーにがやってみないとだ!? 記念受験か!? てめえが何をやれるんだ? 無個性のくせによぉ!」

 

爆豪くんの言葉に教室中の空気が賛同していた。この世界で無個性は致命的すぎる。ヒーローを目指すくらいなら警察になった方がまだ可能性はある。残念ながら私たちはそんな理不尽で残酷な世界で生きている。夢やら理想を描く前に現実を見たほうが賢明だと言われる世界なのだ。

 

「何をやれるか…か」

 

ヒーローになれない私には他人の進路なんて関係ない。

そう思いなおし、私は再びノートに視線を落とした。

 

 

 

 

「君は、雄英高校にいかないのかい?」

 

放課後、校長室に呼ばれていきなり切り出されたのはその一言と進路希望の紙だった。

 

中学3年生ともなれば進路を聞き出す機会が増えた。私は高校に行けるお金もないと判断して高校進学することをほぼ諦めている。というより、中学卒業後に本格的なヴィラン活動をするため高校に行けなくなる。しかしそれを素直に書くのは無理なので適当な高校を書いて提出した。校長はそれが気に食わないらしい。

 

「それは一体どういう…」

「そのままだよ。君は爆豪くんの次に頭が良く、個性も使いこなせていると話に聞く。君も当然進路はヒーロー科なんだろう?」

 

ヒーロー科という一言に顔が引きつってしまう。この世界ではヒーローは絶対的な人気を集めている。クラス全員の進路希望はヒーローになるでまかり通っており、それは教師が今朝のように進路希望の紙を配るのを諦めて勝手に進路先を決めつけられるほどである。人気職にもほどがある。

 

「雄英は私なんかが行けるところでは…それに、爆豪くんがいるじゃないですか。彼ならきっと雄英に入学できますし」

「確かに、彼は模試でA判定を出しているし個性も強力で、余程のことがない限り不合格にはならないだろう…だが本音を言えば、爆豪くんと一緒に雄英に行ってこの学校から二人も雄英入学したことを宣伝したいのだが…」

「宣伝って堂々と言っちゃう校長は正直すぎだと思います」

 

危うく校長の下着を『Steal』するところだったが、堪えた。

よく頑張った私。

 

その後長く説得されたがやんわりと断って帰宅することにした。教室に戻ろうとドアに手を掛けると中から何かモメている声がした。聞き耳を立ててみると爆豪くんが緑谷くんに絡んでいるようだ。

 

…改めて思うけれど、どれだけ彼は緑谷くんに絡みたいんだろうか。

 

「いやいや、流石になんか言い返せよ」

「言ってやんなよ。可哀想に、彼はまだ現実を見れていないのです」

 

ドア越しに聞こえるのは無個性な緑谷くんに向けての忠告だった。話の流れ的に、今朝のことを言っているのだろう。彼が雄英に受けるのは自由だと思っているが、爆豪くんは緑谷くんに受けてほしくないらしい。どうしてなのかは分からないが、彼はよっぽど緑谷くんのことが嫌いのようだ。

 

「そんなにヒーローに就きてぇんなら、効率いい方法あるぜ…()()は個性が宿ると信じて屋上からのワンチャンダイブ!」

 

足音が止まり、すぐそこまで来ているところで爆豪くんがあざ笑うように言う。

その言葉を聞き、反射的にドアを強めに開けた。音を立てたドアが開かれ、目の前には爆豪くんが立っている。

 

突然の登場に爆豪くんと取り巻き男子2人は驚愕している。緑谷くんは今朝と同じように青い顔をしていた。

 

「てめぇ…!」

「…そこどいてくれませんか? 教室に入れないので」

 

自分でも驚くほど声が落ち着いていた。自分が今どんな顔しているのか分からないが、爆豪を除く彼らが穏やかではないのは明白だった。

 

「ああ、いいぜ」

 

いつもならば突っかかっていくる爆豪くんだったが、今回は素直にどいてくれた。これには面をくらってしまう。

 

「珍しいですね。あなたが人に道を譲るなんて」

「はっ…校長に呼び出しくらった奴が将来俺を超えるとは思えないからな。コレは貸しだ」

 

どうやらこれは彼なりの情けのつもりらしい。道を譲っただけで貸しを要求されるのは理不尽なのだが、爆豪くんの言うことなのだから仕方ない。

 

でも…なんというか、うん。

()()()カチンと来た。

 

「…下着盗まれてノーパンの人に言われたくないですよ」

「ノーパンじゃねぇよ!! 替えがあるわ!!」

 

小声で言ったのにもかかわらず彼には聞こえたようだ。どれだけ地獄耳なのだろう。

というより…替え用意してたのか。いつ着替えたのだろう。少なくとも今朝はノーパンだったと思うけれど。

 

「それはよかったです。危うく爆豪くんが変質者になるんじゃないかと授業中ヒヤヒヤしてました」

「ヒヤヒヤしただと? テメェのことだからそんなこと微塵にも思ってねぇだろ…!」

「はい。よくわかりましたね。正解です」

「ナメんな。カス同然の考えくらい読めるわ。特にテメェの思考が単純なんだよ」

「へぇーわざわざカス同然の思考を読もうとするなんて…それに、あなたもカスの気持ちが分かるんですか。カスの視点に立って心情を読み取って頂けるなんて素敵ですね…さすが優等生様です」

 

バチバチと私と爆豪くんの間に見えない火花が散る。

会話はキャッチボールが大事というが、彼との会話は全力でドッヂボールをしている感覚だ。片方が全力で投げ、片方はそれを受け止め、投げ返す感覚である。彼はどう思っているのかは知らないが、内心私は彼と話すことはとても楽しんでいる。

 

「つーかいい加減パンツ返せや! このクソ泥!」

「…そんなキレないでくださいよ。返しますから」

 

本当は雑巾にする予定であったが、本人から返却要求されたのではそれは難しいだろう。諦めて返すことにした。

 

机のフックにぶら下がっている家庭科で作った手さげ袋の中にそれがある。駆け足でそれを探し当て、端を摘まんで彼のもとへ行くと舌打ちをされながら奪われる。よっぽどその下着がお気に入りなのか。

 

「ったく毎度毎度、個性で人の下着奪いやがって…」

「正当防衛を悪く言わないでください。先に仕掛けたのはそっちじゃないですか」

「…っち」

 

自分に非があったのを感じているのか、特に反論してこなかった。意外にも彼は冷静なようだ。

そのまま大人しく教室を出ていこうとする彼の後ろ姿を見て、私はトドメをさした。

 

「あ、それと…キレすぎると体に悪いので気を付けてください。心のカルシウム足りてないんじゃないですか?」

 

緑谷くんは滝のような冷や汗をかき、取り巻きの2人は機械仕掛けの人形のごとく顔を爆豪くんの方へ向けた。問題の爆豪くんはぴたりと立ち止まり、親の仇を見るような目で睨んでいた。怒りのあまりどす黒いオーラと爆破が漏れ出ている。

 

「ぶっ殺す…」

「勝己! さすがにそれはダメだ! 成績に響くぞ!」

「そうだよ! ムカつくのは分かるけど抑えて!」

 

取り巻きの2人が危険を察知して爆豪くんを止めにかかる。しかし彼らでは爆豪くんは手に余るだろう。そう予測し、私は緑谷くんと自分の荷物を担ぎ、緑谷くんの手を引いて教室を飛び出した。急に引っ張られたことに驚いたのか緑谷くんは走りながら目を丸くしていた。

 

「え!?」

「こういうときは逃げるが勝ちだよ緑谷くん!」

「待てゴラァ!!」

 

本日二回目の鬼ごっこ。

一回目とは違って状況は不利かもしれないが、これはこれで楽しい。スマホを取り出して時間を確認する。

 

「緑谷くん。もっと全力で走って、遅い」

「はぁ…はぁ…ぜぇ、全力だって…!」

「あと少しで撒けるから頑張って!」

 

緑谷くんに喝を入れて急かしていく。後ろは唸りながら追いかけてくる鬼が見え隠れしていた。とにかく全力疾走する緑谷くんは涙目になっている。

階段を駆け下りて目的のところまで行くと、予想通りの人物がそこにいた。

 

「お疲れ様です先生!」

「廊下を走るな狩野! 緑谷!」

「はーい!」

「すいません先生!」

 

今朝の生活指導教員が職員室前にいた。今の時間は職員会議が始まる寸前の時間帯だ。先生に注意されながらそこを通り抜けると後ろから追ってくる気配がなくなった。彼は先生に対して上辺だけ取り繕っている。ここで個性を使って追い掛け回していることがバレたらどうなるか察知したらしい。こういうときの判断力が優れている彼には感謝だ。

 

多分明日、爆豪くんに会ったら爆破されるだろうな…と他人事のように私は思った。

 

 

 

 

爆豪くんを撒いた私たちは校舎裏に隠れた。

緑谷くんが息切れを激しくしながらフラフラになって私の隣に来た。

 

「大丈夫?」

「はぁ、はぁ…うん。だ、大丈夫。数年くらいの寿命が縮んだ気がするけど…」

「え? どうして?」

「目の前で友達と幼馴染の口喧嘩してるところみると居たたまれなくなったし…二人が怖すぎて…しかも逃げきっちゃうって…」

「喧嘩って…普通に会話しただけよ。何言ってるの?」

「あれが普通なら僕は胃薬が手放せなくなるね…」

 

そういいながら緑谷くんは屈みながらお腹を抑えていた。

普通に友達と幼馴染がほほえましい会話をしているだけなのに、どうして寿命が短くなるのか、どうして胃薬が必要になるのだろうか分からない。不思議に思っていると緑谷くんは何かに気づいたように辺りをキョロキョロし始めた。

 

「どうしたの?」

「その…ここら辺にあると思うから…」

「なにが?」

「あ…」

 

彼の視線が、木々の木陰にある小さな池にとまった。彼はそこへ近づき、池に浸った何かを拾い上げる。それは、緑谷くんが大事にしている『将来の為のヒーロー分析ノート』だった。よく見るとそのノートの表紙が焦げていた。まるで()()されたかのように。

 

そのノートの状態で、私は色々と察した。

 

「どうしたの。それ」

「え、えっと…! 手が滑って落としちゃって! 焦げているのはその、気のせいだと思うよ! あははは!」

「へぇー…」

 

苦笑いをしながら緑谷くんはノートを背後に隠した。彼なりに気を遣っているのだろう。だけど、それは逆効果である。

 

爆豪くんは緑谷くんのこと嫌いだとは思っていたけど……ここまでとはね。

 

お父さん以外には割と温厚な方だと、自分で思ってたけど…これは我慢できない。怒りで手を握りしめていると、なぜか緑谷くんは怯えかえっていた。

 

「緑谷くん…次は絶対に雑巾にするから安心して」

「何の話か分からないけどやめてほしいかな! すごく嫌な予感がする!」

「え? 爆豪くんの下着を雑巾に…」

「アウトだよ!! それダメ! やっちゃダメだよ!! ていうか下着って雑巾にしていいものなの!? 汚くない!?」

「洗えば使えるわよ。生理的に受け付けない人もいるけど。私は大丈夫だから」

 

 

このあと、めちゃくちゃ緑谷くんが必死にやめてほしいと言ったので雑巾計画は廃止された。

解せぬ。

 

 




爆豪くんと主人公の会話は書いてて楽しいです。
こんな友達と幼馴染がいたら緑谷くんじゃなくても胃を痛めますねー(棒読み


区切りが悪いのでオールマイト登場と主人公の個性詳細については次回の話に載せます。
ごめんなさいオールマイト…。



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