とあるヴィラン少女の話   作:サシノット

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今回は、展開が忙しいです。


※いつも以上に長いです。
※キャラ崩壊注意


活動ファイル3 上司がUSJに来ました
活動報告16 上司が突撃訪問しました


作戦会議を終え、数日が経ち…例の救助訓練が行われる日となった。ヒーロー基礎学が始まることでみんな気合が入っているようだ。教卓の前に立つ相澤先生は授業開始前に生徒の前で知らせをした。

 

「今日のヒーロー基礎学だが…俺とオールマイト、そしてもう一人の三人体制で見ることになった」

 

先日確認したカリキュラムでは『13号とオールマイトの二人が人命救助訓練の引率』のはずだった。それが相澤先生を含めた3人になったのは、特例だ。こうなったのは、弔さんとマスコミによるプチ襲撃による警戒態勢だろう。確かに、マスコミが押し入るのはセキュリティを完璧にしていた雄英にとって、警戒すべき事態だ。

 

相澤先生の知らせが終わると、みんなが自分のコスチュームを取りに行く。私はシャーペンとあるものを取り出してポケットにしまった。

 

 

USJは学校から約3kmほど距離があり、そこまでは学校専属のバスで移動する。そして今回、人命救助をするにあたって、コスチュームの着用は各自の判断することになっている。それは活動を限定してしまうコスチュームへの配慮であった。

 

とはいっても、コスチュームを着ていないのは対人戦闘訓練でコスチュームをボロボロにしてしまった緑谷くんだけで、他のみんなは着用している。

 

「あれ? 狩野さん、メモ持って行くの?」

 

私はシャーペンと手のひらサイズのシンプルなデザインのメモを持ち出すと、緑谷くんが話しかけてきた。

 

「ええ。ノートつけるとき、細かいことまで覚えられてないことに最近気づいて…相澤先生にも許可取っているから大丈夫よ」

「そっか。確かに今までは記憶頼りに色々ノートをつけてたけど、メモか…いいかもしれない。今度僕もやってみるよ」

「君たち! 喋っていないで番号順に並びたまえ!」

 

メモをしまって、くるくると手元でペンを回しながら答えると緑谷くんは納得してくれた。二人で話していると、ホイッスルをくわえて出席番号順になるよう誘導するフルスロットルな飯田くんに大声で注意された。クラスのみんなはその指示に従って並んでいく。

 

緑谷くんから指名を委員長の受けた飯田くんはこうして真面目に仕事を取り組んでいる。気合がいつもよりもすごいのは本人曰く「指名を受ける前に、一票僕に投票してくれた人がいた。その人のためにも頑張りたいのだ」という。

 

その話を聞いて、私が投票したことをなんとなくむずかゆくなって言えなかった。

 

 

 

「こういうタイプだった! くそう!」

 

バス車内にて、飯田くんはへこんでいた。彼の予想では二人がけの前向きタイプだっただろう。しかしまさかの前方部は横向きで後方部は前向きの混合タイプであった。ドンマイである。

 

こうなれば自由席になるが、緑谷くんは前方部で梅雨ちゃんと砂籐力道(さとうりきどう)くんに挟まれて着席をしていた。

 

後方部に着くと、目立つ位置に爆豪くんが窓側の席に一人いた。隣が空席なのに気づき、笑顔を浮かべながら尋ねてみる。

 

「すみません。と」

「なりに来たらぶっ殺す」

「わかりました。諦めますね」

 

知ってた。隣に行こうとした時点で睨まれてダメな予感はしていた。食い気味に拒絶されるとは思わなかったが。

 

一つ後ろの空いている席に座る。この後のことを考えると、体力温存しておきたいので、仮眠をとっていいかもしれない。ぼんやりとそんなことを思っていると、私のところに立ち止まっている人影が視界の端に映る。

 

「隣、いいか?」

「…どうぞ」

 

顔を上げて確認をすると、そこには(とどろき)焦凍(しょうと)くんがいた。予想外の人物に目を丸くしたが、断る理由もないため席を詰めてスペースを空ける。すると、轟くんは座った。

 

彼はヒーローランキング2位、フレイムヒーローエンデヴァーの息子で『半冷半燃』という氷と炎を操れる個性を持つ少年だ。対人戦闘訓練で5階建のビルを凍らすというチート業を魅せた要注意人物でもある。

 

今の時点では、炎の個性を使用したところを見ていない。まだ彼の全力を見ていない。つまるところ、このA組の中でもトップに立つ人物と言っても過言じゃない。

 

考察を進めていくと、ふと大きなあくびをしてしまう。手で口元を覆うと轟くんが不思議そうな顔をした。

 

「なんだ。夜更かしでもしたか?」

「夜更かしというより…ヒーロー基礎学が楽しみでよく眠れなかったんです」

「なんだそれ」

 

もちろん嘘だ。昨晩は、襲撃作戦の内容を何度もシミュレーションやら、任務の確認をしていた。おかげで睡眠時間を少し削る羽目になった。少々子どもじみた言い訳だが、仕方ない。まともな言い訳が思いつかないのだ。

 

呆れたのか轟くんは肩をすくませながら、意外そうに私を見た。

 

「お前、意外とガキみたいなところあるんだな」

「高校生は十分子どもですよ。ヒーロー基礎学が翌日みんなで遠出するピクニックと同じで、楽しみで仕方がない高校生もいますって」

 

かなり無理やりな意見であるが、どうかこれで納得してほしい。そんな願いを込めていると、轟くんは視線を上に泳がせ、なにやら思案をしていた。しばらくすると、真剣な眼差しで彼は言った。

 

「ピクニックってアレか『バナナはおやつに入りますか?』っつー決まりの質問があるやつ」

「……」

「違うのか?」

「えっと…ちょっと待ってください。今思い出すので」

 

予想外の切り返しに、咄嗟に言葉が出なかった。眉間を抑えて、小学生時の頃に渡された遠足のしおりを必死に記憶をめぐらす。思い出すとポンと手を叩いて彼と向き合った。

 

「思い出しました『バナナはおやつに入りません』と事前にしおりに書いてありました」

「対策されてたのかよ。先生もやるな」

「あ。それと、おやつは300円までということも書いてあった気が…」

「ああ、俺もそうだった。菓子を持ち運んで食うのに、なんでそんなルールがあるんだ?」

「アレですよ。きっと社会の基本、物の売買はどういうものか実践でやってほしかったんじゃないですか」

「へぇ。そんな狙いがあったのかアレには」

 

割と適当に言ったことだったが、轟くんは深く頷いて共感し、ゆったりと船をこぎだし始めた。実は彼も眠かったようだ。

 

「悪い。寝るわ」

「どうぞ、着いたら起こしますね」

「ん、悪い」

 

腕を組んで背もたれに寄り掛かると、彼はそのまま目を瞑る。寝息が聞こえた。眠い思いをしていたのは私のはずなのに、会話をしたら一気に目が覚めてしまった。

 

冷静になっても、彼との会話の展開が斜め上にいっていた。どうして私はクラスで一番強いかもしれない彼と、遠足のおやつの話をしていたのだろうか…分からない。とりあえず誤魔化せたことはよかった。

 

「んだとコラ! 出すわ!」

 

ほっとしていると突然前方から爆豪くんが大声を上げて立ちあがっていた。どうやら前方で何か話題があったらしい。後ろに座る障子目蔵(しょうじめぞう)くんに振り向いて小声で尋ねる。

 

「すいません、彼らは一体何の話で盛り上がってたんですか?」

「ああ。爆豪はキレてばかりで将来的に人気が出なさそうという話をしてな」

「なるほど。それは盛り上がりますね」

「んだとクソ泥!!」

 

納得をしていたら、怒りの矛先を私に向けられた。ちゃんと小声で言ったはずだが、しっかり彼の耳に届いてしまったらしい。

 

ヒーロー職は芸能と似ている。働きに応じて収入が入るが、人々から支持されるかによってその額も変わってくる。彼は納税者ランキングに名を刻むのが将来の夢らしいので、大きく関わってくるだろう。

 

客観的にこれまでの言動を思い出しながら、じっと彼を見て分析をしていると、彼は不快そうに顔を歪めていた。分析を終えると私は真顔で彼に伝えた。

 

「とりあえず…女性票は壊滅的かと思いますよ」

「なんだそのナード的分析は!? クソか!?」

「正直、将来性はいいと思いますし、見た目も…多分イケメン? の部類に入るんじゃないですか? 個性も強力で強さに憧れる男性からはおそらく人気出ると思いますよ。ただ性格が致命的でちょっと……女性はそういうところ見ますからね」

「おい、性格が致命的ってどういうことだ?」

「…黙秘権を行使します」

「んだゴラ!?」

 

あくまで独断と偏見による分析なのであてにならないが、キレられてしまった。この人は決して悪い人ではない、だがいい人とも言い難い気難しい性格ゆえに、もったいないのだ。

 

私たちの話を聞いていた前方の席にいた上鳴くんは力強く頷いた。

 

「確かに。この付き合いの浅さですでに、クソを下水で煮込んだような性格と認識されるってすげぇよ」

「てめぇのボキャブラリーは何だコラ殺すぞ!!」

 

上鳴くんの的確なツッコミに激怒した爆豪くんは手すりを掴み、歯を食いしばりながら身を乗り出す。心なしか爆豪くんの額からは汗がにじみ出ている。図星だろうか。

 

「ぷっ」

「あ?」

「す、すみませんっ…」

 

大声を上げそうになるのを必死に我慢していたが、空気が口の端から漏れてしまった。声が笑っているせいで上ずり、お腹が痛い。手でお腹を抑えていると、鬼神を彷彿とさせる恐ろしい顔つきで爆豪くんがこちらにゆっくりと振り向いた。

 

「なに笑ってんだぁ?」

「く、クソを下水で煮込んだ性格っていう表現が…ツボにっ…」

「よしわかった。てめぇから殺す!!」

「ま、待ってくださいっ…ふ、腹筋が…腹筋がよじれて痛い…」

「うるせぇぞお前ら。もう着くぞ、いい加減にしとけ」

 

相澤先生からのお咎めで、爆豪くんは不満ながらも席に座ってくれた。なんだかんだ根っこは真面目な人である。その一方で、私は顔を赤くして肩を小刻みに震わせていた。

 

 

 

 

目的地はUSJに到着すると建物の入り口で待っていたのは、13号だった。13号は災害救助でめざましい活躍をしている紳士的なヒーロー、個性はどんなものも吸い込んで塵に変える『ブラックホール』。この個性で、どんな災害からも人を救いあげるのだ。

 

緑谷くんと麗日さんが興奮する横で私は、周囲を見回した。オールマイトがいない。サプライズ登場でもするために中で待機しているのだろうか。

 

メモに『到着、これから中に入ります』と書くと空白部分に『了解』と黒霧さんの文字が浮かび上がった。

 

このメモは既に『共有』の個性でヴィラン連合と連絡を取り合えるようになっている。かなりアナログな方法だが、無線は電波をハッキングする個性を使う予定なのでこちらもそれは使えない、タイムラグが発生するが今の私たちに有能な連絡手段なのだ。

 

バスに乗車する前に相澤先生…もといイレイザーヘッドが同行することも伝えてある。予定と多少違うが、それでも作戦を実行すると先程弔さんから返事がきていた。よっぽど平和の象徴を潰したいようだ。

 

中に入ると設計図通りの構造となっている。全体が巨大ドームとなっており、ゾーンごとにまたドーム状となっているものもある。しかし、肝心のオールマイトがいなかった。

 

「先生。オールマイトは? 確か三人で見ると仰ってましたよね?」

「…急用で遅れるそうだ」

「そうですか…」

「まあ、必ずくると言っているらしいから顔くらいは出すと思うぞ」

「わかりました」

 

ため息をつきながら答えるイレイザーヘッドに、嘘はついてないように見える。またしても予定と違う。先生たちもこれはアクシデントと思っているのか、呆れているように見える。

 

オールマイトがいないなか、13号が生徒全員に呼びかけて集合させた。小言と言う名の注意事項を言うのだろう。これは話の内容をメモするフリをして連絡が取れる絶好の機会だ。私は後ろの方へ行き、13号が話始めたのと同時にメモを取り出して状況を簡潔に伝えた。

 

『オールマイト不在、しかし後から来る予定。どうしますか?』

 

すると割と早く返事が来た。

 

『すぐに作戦を決行する』

 

オールマイトが来るまで決行しないものだと思っていたが、生徒嬲り殺しをするつもりのようだ。

 

ああ、始まってしまう。手汗がにじみ出てきた。メモとシャーペンを懐にいれる。

 

「この授業では、心機一転! 人命のために個性をどう活用するか学んでいきましょう。君たちの力は人を傷つけるためにあるのではない」

 

13号の話が耳に入り、ほとんど無意識に口角が上がった。

 

「助けるためにあるのだと心得て帰ってくださいな」

 

13号の言葉にA組のみんなは拍手が起こった。ヒーローの心得を聞けて感動したのだろう。ほとんど話を聞けてないが、おそらくヒーローにとって『個性をどう使えばいいのか』そんな心得でも聞けただろう。

 

「以上、ご静聴ありがとうございました!」

 

13号が紳士的にお辞儀をする。さらに大きな拍手が巻き起こった。小さく手を叩きながら、ちらりとUSJ内に設置しているライトへ目を向ける。バチバチと火花が舞い、点滅する。

 

来た…合図だ。

 

広場の中心にある噴水付近に、空間を歪ませる黒い霧のものが小さく出現した。黒い霧が次第に台風のように広がっていく、その中から手が見えた。

 

あれは、弔さんの手だ。その後ろから、例の脳無も見える。静かに私は手を高く上げると、みんなの視線が集まるのを感じた。

 

「先生」

「なんでしょう?」

「あれは、なんですか?」

 

広場の方を指差すと一斉に視線がそこへ集まる。切島くんがヴィランを発見して声を上げる。イレイザーヘッドはいち早くその正体に気付き、叫んだ。

 

「なんだありゃ? また入試ん時みたいなもう始まってんぞパターン?」

「一かたまりになって動くな!! 13号! 生徒を守れ!」

 

 

「あれは…ヴィランだ!!」

 

 

次々とヴィランがゲートを通じて侵入してきた。イレイザーヘッドの制止に生徒たちは身を固くする。その言葉を理解した彼らに緊張が走る。弔さんと黒霧さんがこちらを見て、弔さんが手をあげる。

 

どうやら私がワープ指定した3()()の確認ができたようだ。侵入者用センサーの反応がないところをみると、電波をジャックできた。これで外部からの連絡が断たれた。第一段階はうまくいった。

 

第二段階は、黒霧さんがうまく私たちをワープさせることだ。生徒たちは少々パニックになりながらも、冷静に状況を分析をしている。イレイザーヘッドはゴーグルを装備して戦闘体制をとり、広場にいるヴィランたちを見据えた。

 

「先生は!? 一人で戦うんですか!? あの数じゃいくら個性を消すと言っても! イレイザーヘッドの戦闘スタイルは敵の個性を消してからの捕縛だ。正面戦闘は…」

「一芸だけじゃ、ヒーローは務まらん」

 

緑谷くんの言葉に、イレイザーヘッドは淡々と答えた。その一言は、生徒を安心させるような声色であった。

 

「13号! 任せたぞ」

 

捕縛武器を掴み、跳躍して一気に広場へ降りる。待ちかねていた射撃系の個性を持つヴィランがイレイザーヘッドに自身の個性が備えた銃口を構える。イレイザーヘッドの髪が上がり、射撃隊のヴィランが不自然に止まる。抹消を発動して、個性を無効化したのだ。その隙にイレイザーヘッドが捕縛武器を操り、射撃隊のヴィランを拘束し、空中へ引っ張り上げる。

 

一気に力で一か所へまとめ上げると、ヴィランたちは互いの頭部に衝突し、地面へ伏せた。縛り上げていた捕縛武器を回収して、イレイザーヘッドは再び戦闘態勢をとると、華麗な動きを見たヴィランたちが怯みだす。

 

「あれが見ただけで個性を消すっつうイレイザーヘッドか!?」

「消すー!? 俺らみたいな異形型のも消してくれるのかぁ!?」

「いや無理だ」

 

今度は大柄の異形系のヴィランが対峙する。数発殴りかかるところでイレイザーヘッドは素早く躱し、懐に入り込んで、異形していない顔面にストレートを放つ。ヴィランの体が仰け反り、バランスを崩す。その隙に捕縛武器で浮いた片足を縛る。

 

背後から迫り来る別ヴィランからの強烈なフックを体を逸らして避け、回し蹴りを叩き込む。思わぬ反撃にヴィランは背後にいた数人を巻き込んで倒れる。異形型のヴィランを縛っていた捕縛武器を叩きつけるように引っ張り上げれば、異形系のヴィランがそこへ急降下して束になってかかったヴィランたちが行動不能となった。あっという間に5人ほどのヴィランを倒してしまったのだ。

 

遠目ですべて視ていた私は13号の後ろについて立ち止まっていた緑谷くんと驚いていた。

 

「多対一こそ先生の得意分野だったんだ」

「分析してる場合じゃない! 早く避難を!」

「させませんよ」

 

出入り口まであと数十m、イレイザーヘッドが瞬きをしている間にワープで素早く移動し、そこを立ちふさがるようにして黒霧さんが現れた。黒霧さんの登場で全員足を止める。

 

「初めまして。我々はヴィラン連合。僭越ながら、この度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせていただいたのは、平和の象徴…オールマイトに息絶えて頂きたいと思ってのことでして…」

 

やはりワープさせる前に狙いを言ってしまうのか。そこまで狙いを言わなくていいのにと毒づいていると、生徒の束から抜け出す影が二つ見えた。

 

飛び出した影は爆豪くんと切島くんだった。二人はそれぞれ拳を振りかざし、同時に黒霧さんへ攻撃を繰り出した。爆発と砂煙が舞い、黒霧さんの姿が見えなくなる。思わず声を上げそうになったが、唇を噛んで耐えた。

 

「その前に俺たちにやられることは考えてなかったか!?」

 

うん、全く想定してなかった。言葉に出さなかったが、返事しそうになる。オールマイトばかり作戦を集中していたため生徒の方は雑に作戦を考えていたのだ。

 

まさか、今の一撃で黒霧さんダウンしたかと不安になったが、黒霧さんはギリギリで回避していたのか姿を現した。ヒーロー側の奇襲でこんなにヒヤヒヤする体験は滅多にないだろう。内臓が絶叫マシーンに乗った時のように浮いた感覚がした。

 

「危ない危ない…そう、生徒とはいえど優秀な金の卵」

 

無事でよかった。これで黒霧さんが倒れたらゲームオーバーだ。ヴィラン連合のデビュー戦が1分で終わる悲しい結末になるところだった。危ない。本当に危ない。

 

13号はブラックホールを発動するよう、迎撃準備をしていた。しかし、前に二人が出てしまったため周囲を巻き込んでしまう個性を発動できずにいた。これは好機だ。

 

「ダメだ。どきなさい二人とも!」

「散らして…嬲り殺す」

 

黒霧さんがワープゲートを発動する。視界が悪くなるなか、走り出して誰かの手を掴んで引っ張って走り出した。

 

 

 

体が黒い霧に包み込まれて、目を開けると所々コンクリートが崩れ、亀裂が走る建物の中にいた。手を掴んだ相手を確認する。そこには芦戸三奈(あしどみな)さんがいた。

 

彼女はキョロキョロと辺りを見渡して焦りながらも、状況を把握しようとしていた。

 

「な、なにここ!?」

「ワープで移動されたようです。怪我はありませんか?」

「ない…けど」

「これから怪我どころか、もっと酷い目に遭うぜお嬢さんたち」

 

振り返ると、10名ほどのヴィランがこちらを見て薄気味悪く笑っていた。私は芦戸さんの前に立ち、震えた彼女とつないでいる手に力を込めて握る。

 

「お嬢さんなんて柄じゃありませんが、敬意を払っていただきありがとうございます。こんな挨拶されるとは思いませんでしたが」

「お嬢さんらには恨みはねぇが、悪いな…死柄木さんからの命令だ。やれ!」

 

ちらりと窓を確認する。気づかれないように片腕を硬化しておくと、リーダー格らしき男が叫べば一斉に飛びかかってきた。

 

先頭に出るヴィランの顔面に向けて拳を放つ。倒れこむヴィランを足蹴りして後ろにいる数人ごと吹き飛ばす。素早く硬化から爆破に切り替え、黒煙で目隠しをする。芦戸さんを引っ張って窓へ向かって走り出すと、芦戸さんは転けそうになりながらも付いて来てくれた。

 

「窓に向かって走って! 立ち止まらないで!」

「う、うん!」

「逃げる気だ!! 追え!!」

 

手を離して芦戸さんを先頭に行かせる。後ろから集団が襲いかかり、必死に足を動かしていると前方で待機していた短剣を持つヴィランが脱出口前に現れた。武器に一瞬怯む芦戸さんを爆破を利用したブーストで追い抜かしてその勢いのまま首筋へかかと落としをする。その衝撃にヴィランは倒れこんで気を失う。

 

「すご…」

「早くこっちに!」

 

壊れかけた窓を爆破で吹き飛ばす。窓際に足をかけて手を伸ばすと、彼女は外の光景を見るとぴたりと立ち止まる。その背後からヴィランの集団が距離を詰めてきた。

 

「芦戸さん! 跳んで!」

「けど狩野、ここ3階…!」

「大丈夫! 私を信じて!」

 

一瞬、戸惑いが見えた。けれど彼女は覚悟を決めて私に向かって跳躍する。彼女の体に片腕を回し、勢いのまま私たちは落下した。地面が迫り、彼女が祈るように縮こまる。

 

空いた手を地面に向けて、最大火力で爆破を炸裂する。重力に逆らい、二人分の体重を支えた爆破の火力を上げると、宙に舞った。ヴィランたちが私たちを指さして、イレイザーヘッドと対峙した射撃隊に似た容姿のヴィランが指をこちらに向ける。

 

射撃される。本能的に感じ取り、横へ手を向けて方向転換をする。射撃されているなか、スピードを上げて避けていく。バランスを保ちながら飛行すると、別の建物に完全に壊れている窓が見えた。あそこに行けば、一時的に避難ができる。

 

「手、離さないでください」

「うん…!」

 

彼女に回した手に力を籠め、できるだけ引き寄せる。ターボしたエネルギーを爆発に変え、そこへ向かう。射撃の範囲を超えたのか、音が止んだ。必要以上にペースを上げているせいで風を切り、身体が裂かれそうになる。爆破を止め、勢いを殺し、空中で彼女を抱え込むように体制を変える。

 

硬化の個性でガチガチに背中を鉄にすると、吸い込まれるように建物中に入る。体勢を横に変えて床に転がり込んで打ち身をすると、勢いがなくなっていく。背中が壁にぶつかると、完全に止まった。硬化のおかげで痛みはないがなかなか衝撃が来る。

 

間一髪だった。入試に比べて爆破の個性を使えるようになったが、少し無茶をしたせいで手がひりひりとした。腕の中で芦戸さんは強張っていた。さすがに空中飛行は衝撃的だったらしい。

 

「大丈夫ですか?」

「空中飛行って…こんなに心臓に悪いんだね…」

「嫌でしたか?」

「…心の中で若干楽しんじゃった自分がいてびっくりした」

「そうですか。楽しめて何よりです」

「いやいや今は楽しんじゃダメでしょ! 馬鹿なあたしでもわかるよ!」

 

飛び起きて芦戸さんが離れる。どうやらヴィランから離れたことで安心したらしい。ツッコミも入れられるほど元気になった。ツッコミが終わると、頭をうならせて悲観的に叫んだ。

 

「もう! ヴィラン現れたと思ったら知らない場所にいるし! 敵陣のど真ん中にワープされてたし! オールマイトを殺すとか怖いこと言ってるし! そのヴィランとリアル鬼ごっこするし散々だよ!」

「びっくりしましたね」

「冷静な感想だね!? 普通もっと慌てない!?」

「…慌ててどうにかなる状況なら、慌てますよ」

 

ため息交じりに落ち着いて言及すれば、彼女は口を噤んだ。少し冷静になってくれたようだ。一時はどうにかなったが、これからのことも考えなければならない。

 

今の私は()()()()()()()()()なのだから、ヴィランと戦わなければならない。

 

 

 

作戦決行前夜、私は最後の確認をするために弔さんと黒霧さんに呼び出されてバーにいた。二人はそこにいたが、父は他に用があるらしくいなかった。3人で打ち合わせをしたのは当日の私のことであった。

 

『いいか忍。この作戦はあくまでお前が教師や学校に信頼を置かせるため、いわば今後動きやすいようにする陽動さ』

 

『しつこいですが、用意したヴィランは数はそろってはいますが、一人ひとりは三下レベル…オールマイトを殺し損ねた場合は彼らは捨て駒となります。密偵者であるあなたの素性を話していません』

 

二人の言葉に弔さんはともかく、捨て駒と容赦なく言う黒霧さんもヴィランなんだと思った。それより、作戦成功、失敗に関わらず私がスパイであることを部下には伝えないらしい。警察に捕まった場合は当然であるが事情聴取される。そこで私のことがバレないように彼らにも秘密にすると言う。

 

敵を騙すにはまず味方から…と言うことだろう。割と作戦がエグい。それに一つ気になることがある。

 

『万が一、そのヴィランたちに私がやられたらどうするんですか?』

 

本気でそのヴィランたちが私を嬲り殺しにするつもりなら、やられる可能性もある。私の質問に弔さんはからかうように薄く笑った。

 

『そうだな…めでたく祝って墓でも建ててやるよ』

『死柄木弔、冗談でもそのようなことは…』

『え? 私のお墓建ててくれるんですか? 意外と弔さん優しいんですね』

 

黒霧さんが制止するタイミングと同時に素直な感想を言うと、二人はしばらく固まった。小首をかしげていると弔さんが大きく舌打ちをした。

 

『っち、面白くねぇ。なんで嫌味を好意的に受け取るんだよコイツ…』

 

嫌味だったんだ。部下のために墓石を買ってくれると言ったことに優しさを感じたが、そうではないらしい。私の感性はおかしいのだろうか。自分の感性に疑問を抱いていると弔さんが人差し指を立ててニヤリと笑った。

 

『ならよ。倒壊ゾーンにいるヴィランにお前のことをバラして、奴らと協力して生徒を袋叩きにしてもいいな。一人だけ巻き込むなら、お前が裏切り者だってこともバレないだろうし』

 

その提案に、私は唇をかんだ。頭の中で言葉をじっくりと考えて、口に出した。

 

『それはどうかと思いますよ。怪しまれないよう今後の布石をつくるのに、一緒にいた生徒が亡くなって私が無傷なら疑われますよ』

『…慎重に考えてんだな』

『慎重すぎるくらいが丁度と思います』

『てっきり、殺すのが嫌で従いたくないのかと思ったぜ』

『……そんなつもりはありませんよ』

『…まあ、生徒よりもオールマイトが重要だ。どうでもいいか』

 

こうして私がすることが決まった。それは『ヴィランの襲撃を受けた一生徒を演じる』ことだ。ここで適当にヴィランの相手をして、作戦終了後の学校側の動きを監視する。重要なのは今後の方だと判断してくれたらしい。

 

彼らは()()()()()()()()()。だから…

 

 

 

「芦戸さん。ヴィランたちと極力戦闘を避けて、応援が来るまで待ちましょう」

 

私は雄英生として自分で思う最善を尽くすだけだ。

 

連合が撤退のタイミングは時々メモを芦戸さんに見られないように注意を払って確認をとればいい。撤退の合図が出れば、このヴィランたちを戦闘不能にするか、助けが来るまで持ちこたえるかの二択だ。安全策で後者を選ぶ。ワープされた建物から離れられたとはいえ、ここにいることはバレているだろう。彼らがここに来る前に作戦を練って置かねばならない。

 

作戦を考えていると、芦戸さんが小さく声を震わせながら、頭を私に下げた。

 

「ごめん…」

「え?」

「足手まといになってるよね…あたし。狩野のおかげで助かったから…」

 

彼女は何一つ悪くない。いきなりのヴィラン奇襲に戸惑うのは当たり前で、命の危機が突然襲ってくれば冷静になれないだろう。それに私は意図的に彼女をここに連れてきた。私が内通者だということを悟らせないように、証人となってもらうために。

 

「いいえ。謝るのは、私の方です」

 

私は彼女を騙して、信頼を勝ち取るために利用する。ヒーローとしての正義感の欠片すらない、無粋な動機で彼女を守るのだ。目を逸らして苦笑いを浮かべた。

 

「ヴィランの動きに、もっと早く反応できていれば…あのワープから逃れられたのかも、しれませんから…」

「狩野…?」

「すみません…」

「……ああもう!」

 

その言葉に芦戸さんは目を丸くする。すると彼女は突然首を横に激しく振って、自分の頬を叩いた。バチンと音が立ち、思った以上に痛かったのか頬をさすっていた。心配していると、彼女は両手を上げてはきはきと喋る。

 

「やめやめ! 暗い気持ちになってもしゃーないよね! 気持ち切り替えよう!」

「芦戸さん…」

「過ぎたことは仕方ないし、どう二人で乗り切るか考えよう! きっと、誰かが異変に気付いて先生たちが助けてくれるよ。それまで一緒に頑張ろう! あたしも…協力するから!」

 

 

「だから、そんな顔しないでよ!」

 

 

両手で頬を優しく包まれる。手の平がとても暖かい。彼女の目は、真っすぐに私を射抜いた。その瞳に、私はあの事件時の緑谷くんを思い出した。似ているのだ。あのときの彼と、今の彼女はヒーローの卵だと実感させられる。

 

「…ありがとうございます」

 

謝罪を込めた言葉に、芦戸さんは泣きそうな顔をしていた。

 




始まりましたUSJ編。
現在、判明している生徒の分布。

・倒壊ゾーン
 →主人公、芦戸


余談
戦闘シーン書いていて「ヴィラン」がゲシュタルト崩壊しかけました。人数多すぎるんですよ…自分でヴィランって書いて「このヴィランはどこのお宅のヴィラン? あれ? 兄弟がいるんですけど…」となって相澤先生の戦闘シーンで、異形系のヴィランが双子がいるような描写になって大混乱しました。修正したので大丈夫です。

あと、思った以上に轟くんが天然…というより、電波キャラになってびっくりしてます。


次回予告
あるゾーンでバトルが起きます。

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