とあるヴィラン少女の話   作:サシノット

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今回はヴィラン連合パートです。


※個性について独自解釈が入っています。
※地の文が気持ち多めです。ゆっくり展開。
※シリアス成分多めで一部、残酷描写がされてます。





活動報告15 作戦会議しました

「黒霧さん。おかわりお願いします」

「はい。どうぞ」

 

早めの夕食を済ませ、18時半になると黒霧さんが約束通り迎えに来てくれた。黒霧さんのワープで移動した先は街の隅にある小さなバーだった。壁はレンガが基調とされており、カウンター席が5つほど並んでいる。そのカウンター席の正面にはカクテルやウイスキーなどのボトルが多く閑寂した雰囲気がある。

 

私が着いたとき、弔さんと父の姿が見えなかった。二人を待つ間、私は黒霧さんの勧めで少しだけバーの雰囲気を満喫していた。なんと無料で提供してくれるといってくれたので、贅沢にコーラを頼んでしまった。普段は飲めない贅沢な喉ごしに小さな幸せを感じる。

 

「大丈夫ですか。忍さん」

「なにがですか? もしかしてコーラのガブ飲みに伴う腹痛の心配ですか?」

「そ、それも心配ですが……少々、無理をしているように見えたので」

 

都合の悪い指摘に、手にしていたグラスが揺れ、眉をゆがめてしまう。だが、私はすぐに口角を上げた。

 

「無理してませんよ。むしろ元気なくらいです」

「…それなら、いいですが」

 

無理をしているというより、不安なのだ。これから発表される作戦で私の今後が決まる。気が気でないせいで学校では上の空となってしまって寝不足になって授業中、うたた寝をしてしまった。おかげで相澤先生やプレゼントマイクに注意されてしまい、緑谷くんに心配されてしまった。

 

そのときは笑って誤魔化しといたが、今後はもっとうまく隠さねばならない。今後の課題が見つかり、肩を落としてしまう。

 

黒霧さんはコーラの入ったボトルをカウンターの裏にしまった。そろそろ、弔さんとお父さんがくるのを感じ取ったのだろう。私もグラスをテーブルの隅に寄せて、席から立つ。

 

バーにある古びたドアが開く。父と弔さんが入ってきた。うつむき気味に歩いていた父が私と目が合うと、いつものような調子でテンションをあげて手を振ってきた。

 

「ひさしぶり忍! いやぁ、忍と仕事ができるなんて、人生何があるのか分からないもんだな!」

「…いつみてもそのテンションうざいわね」

「そこはうざいじゃなくて、元気いっぱいなお父さんって言ってほしかったな!」

「その要求がうざいわよ」

「うるさいな…作戦会議するぞ」

 

軽く父をあしらうと、弔さんがカウンター席に座る。正面に黒霧さんが立ち、弔さんを挟む形で私と父が座る。黒霧さんがカウンターの裏から1mほどのマップらしきものを取り出し、それをテーブルに広げる。

 

マップ中央あたりに『セントラル広場』と書かれた円を取り囲むように『倒壊ゾーン』『土砂ゾーン』『山岳ゾーン』『火災ゾーン』『水難ゾーン』『暴風・大雨ゾーン』と文字が時計回りで書いてある。何の地図なのか見当がつかず、疑問に思っていると弔さんが口を開いた。

 

 

「USJを襲撃する」

 

 

「USJって、大阪の?」

「もしかして…このメンバーでUSJ遊ぶの!? 大丈夫? 実際このメンバーで行ったらシュールじゃない!?」

「んなわけあるか。塵にするぞ」

 

突然大阪の有名なテーマパークの名前を出されて首をかしげてしまう。一方、父はテンションが上がったのか勢いよく立ち上がったが、弔さんに手を向けられると、父は瞬時に席に戻った。情けない父の姿にため息をついてしまう。すると、黒霧さんが仕切り直すように咳払いをした。

 

「昨日に拝借したカリキュラムによると『(U)みたいな(S)害や(J)故ルーム』略してUSJに、忍さんが所属する1-Aが救助訓練をすることになっています。そこを襲撃する…と死柄木弔は言っています」

「…ああ。そうだ」

 

黒霧さんの説明で、USJ違いだと判明した。とりあえず雄英は大人の事情をもPlus Ultraが可能なんだと思った。そこに関して深くツッコミを入れてはいけない気がした。

 

 

作戦の主な流れは以下の通りだ。

 

まず授業開始時、セントラル広場に弔さんと黒霧さん…それと10名ほどのヴィランがワープで登場する。

 

このヴィランは黒霧さんと弔さんが呼びかけて集まったヴィランであり、正式なメンバーではない。その人数は約70名ほどらしい。このヴィランたちは非正規雇用者、もしくは派遣社員ということだろうか。アホな発想だが、個人的にそういう考え方がしっくりきた。

 

そして、ヒーロー側はおそらく授業をみる予定のオールマイトとスペースヒーロー13号は、生徒の避難を最優先して外部へ連絡して応援を呼ぶだろう。そこでセンサー対策では電波妨害が可能な個性を持つヴィランが個性で、連絡手段の機能停止させる。

 

生徒の方はワープで黒霧さんが出入り口に回り込んで、個性を使い、生徒をゾーンごとに散り散りにする。ここで戦力を分散させるという。

 

「各ゾーンに有利な個性の奴らを10人は待機させている。ワープしてきた生徒をそこで嬲り殺す」

 

嬲り殺し。

その言葉に眉をしかめてしまう。

 

だが、その作戦はある意味妥当なのかもしれない。生徒を放っておけば学校に応援を呼ばれて、返り討ちに遭う。それを回避するためには、USJ内で閉じ込める必要がある。単純な作戦に見えて、先のことを考えているようだ。

 

作戦内容に耳を傾けていると、ふと弔さんが私を指してニヤリと笑った。

 

「当日や、作戦決行後にもやることもあるが…その前に忍にやってほしいことがある」

「…何でしょうか?」

「生徒をどう散らすのかを考えてほしい。個性知ってんなら、不利な場所もわかるだろう?」

 

生徒の配置決め。それが私に課された命令であった。ごくりと喉を鳴らしてしまう。

 

「随分重要なことを任せるんですね」

「そりゃあ、俺よりお前の方がお友達を理解しているだろう?」

 

確かに、今までのスパイ活動したおかげで生徒の個性やそれに伴う欠点も大体把握している。弔さんが実際に個性を見た私に任せるのも納得はしている。だが、何か違和感を覚えた。

 

黒霧さんの『ワープゲート』は体を黒いモヤに変化させて、離れた空間につないでワープゲートを形成して座標移動が可能な個性だ。個性は身体機能と同じで、便利な個性であっても身体の負荷が掛かる。ゲートを開くのにも数は限られており、21名を別々の場所に移すのは難しい。

 

となれば、数名ほど入れる大きめのゲートをつくり、まとめて移動させるやり方しかできない。

 

「黒霧の個性、わかってるよな?」

「…はい」

「黒霧のゲートにも限度がある。だから、人数を絞ってそいつらの周囲にいた奴もまとめてワープさせる。ある程度なら待機させる人数をどう割くのかも、お前が決めて構わない。利用できるもんは利用しろ」

 

 

「確実に殺せる奴を殺るのか、それとも強力な個性のやつを潰すのか、お前が決めろ」

 

 

肩に軽く手を置かれ、囁かれる。

 

潜められたその声の裏側にどんな意図や、悪意があるのか計り知れない。汗が額から首筋へ伝っていく。一瞬だけ、呼吸の仕方が分からなくなり、目の前が暗くなっていく。

 

つまり、弔さんは『殺す相手はお前が決めろ』と言っているのだ。それも、自分で考えた策略によって殺める方法で。

 

口を噤んでいると、弔さんが不審に思ったのか顔を覗き込んできた。

 

「どうした? なにか不満でもあるなら、素直に言ってくれてもいいぜ」

「…いいえ。ありません」

「そうか。なら、いいな」

 

作戦内容自体は、合理的な方法だと思う。初手で奇襲を仕掛け、生徒をバラつかせることによって教師たちは焦ってくる。オールマイトなら、生徒がそんな状況であれば命を賭してでも救いに行く。心理的に追い詰めていく方針らしい。

 

それで万が一、生徒に危害が加えられたとメディアが報じれば雄英の名誉もガタ落ちとなる。それによって世間もヒーローに不信感を持つ。これでヴィラン側にとって動きやすい状況を作れるというわけだ。ただしこれはヴィラン連合がオールマイトに勝てる前提の話だ。

 

いくらこちらに弔さんや父がいるからといっても、勝てる保証もない。それほどオールマイトは強敵なのだ。

 

「それでオールマイトを倒せるんですか?」

「いいや。それだけじゃ、あいつに勝てねぇよ…だから、とっておきを出す」

 

そういってテーブルの上に置かれたのは、写真だった。そこに写っていたのは脳味噌をむき出しにし、全身が黒く染まった筋骨隆々な体をしている人間のようなものがいた。果たして、それを人間と言っていいのか怪しい禍々しい外見であった。

 

「こいつは脳無(のうむ)。対オールマイト兵器で『超再生』『ショック無効』を持つ…オールマイトの100%のパワーに耐えられる()()()()()超高性能人間さ…」

 

薄気味悪く笑う弔さんは、とても愉快そうであった。

 

個性を複数持つ人間は、数少ないがいる。それは親からの遺伝で複合的に持つ場合だが、弔さんの口ぶりからしてこの脳無というのは身体を改造して別の個性を手に入れた人間というのだろう。人間を改造する話はにわかに信じがたいが、そういった個性を持つ研究者がいるなら納得できる。

 

考察をしていると、弔さんが黒霧さんを指して説明をつづけた。

 

「こいつでオールマイトを拘束して、黒霧のワープで身体が半端にとどまった状態にする。そこでゲートを閉じて…オールマイトを引きちぎる」

 

一見すると、その計画は実際に成功する確率が低いように感じられた。しかし、この脳無が、本当にオールマイトのスピードやパワーについていけるとすれば…殺害は可能だ。

 

父が弔さんが出した脳無の写真をつまみ上げて眺める。ひらひらと左右に振りながら写真を見るとつまらなそうに「ふーん」と相槌をした。

 

「それで、俺は何をすればいいんだ? さっきから名前が出てないんだけど」

 

そういえば、父の役割を聞いていなかった。父の実力は全く知らない。だが一つ言えるのは、父がこのヴィラン連合で主戦力なるのは間違いない。

 

オールマイトを殺害する算段で父の名前は出なかった。父が参戦すると聞かされていたため、どんな役目があるのか気になっていた。妥当なのは黒霧さんのサポート、もしくは弔さんの護衛といったところだろうか。予想を立てていると、弔さんはなぜか私を指した。

 

「お前は…忍のサポートだ。こいつの指示には必ず従え。それだけ全うしろ」

 

意外な指示に、その場にいたみんなの目を見開かせた。いち早く指示を理解した父が肘杖をつきながら確認をする。

 

「それは…平和の象徴潰しには参加すんなってことか?」

「ああ、そうだ」

 

即答で頷く弔さんに、父は少し困ったように目を泳がせた。戸惑っていると、黒霧さんが前に出て弔さんに言及をした。

 

「死柄木弔。あなたは彼の実力は資料で知っているはず。この男と協力すれば、オールマイトを殺せる可能性も飛躍的に上がります。なぜ彼を後方に? それに彼は…」

「うるさい。こいつがいなくても脳無だけで十分だ。誰がこんな奴の助けを借りるかよ」

 

黒霧さんの助言に、聞く耳を持たなくなった弔さんは、苛ついた様子で自身の首元に爪を立ててガリガリと引っ掻き始めた。その様子に違和感を覚える。昨晩、弔さんは私に父が作戦参加することをノートに明記していた。実力を買って指名したと思っていたがそうではないらしい。

 

「弔さん…どうして父を今回の襲撃に加えたんですか?」

「…先生がこいつを使えって言ったから仕方なくな」

 

少し考えるそぶりを見せた弔さんは、問いに答えてくれた。弔さんの言う先生のことはよくわからないが、相当父のことが気に食わないのはわかった。一体、父は何をやらかしたのだろうか。ここまで嫌われる人間がいると清々しい。その返答に、父は肩をすくませた。

 

「わかった。弔くんがそう言うなら、俺は忍の指示に従う。そっちの加勢は基本的に考えなきゃいいんだな?」

「話が早くて助かるぜ」

 

そんな父と弔さんのやり取りに、黒霧さんはため息をついていた。

 

 

 

 

「眠い…」

 

現在時刻は深夜2時。私は完全に徹夜をしていた。翌日は日曜日で学校が休みだったこともあり、帰宅してから命令通り配置を早速考えることにした。

 

クラスのみんなの個性は把握しているし、ある程度の弱点もわかっている。例えば、梅雨ちゃんは水難ゾーンが戦場で一番有利であるが、火災ゾーンへ移動させたら思うように動けなくなるだろう。ほかのみんなも個性的に不利な場所はわかる。確実に生徒を殺害することはできる。

 

けれど…オールマイトだけが狙いなのに、クラスのみんなを巻き込むのは嫌だ。

 

だが、これであからさまに生徒に有利になる地形へ行かせてもまずい。ヒーロー科最高峰の雄英にくるヒーロー志望の人がそんな状況に放り込まれて、敵の狙いがオールマイトを消すことが判明していたらどうする。

 

普通は先生にヴィランを任せて応援を待つ。その方が賢明だ。けれど…もしもヴィランの実力が大したことじゃないと思い違いをすれば

 

「オールマイトを助けにいく…よね」

 

平和の象徴を殺そうとする相手をヒーローの卵たちが放っておくはずない。少しでも加勢をしてオールマイトを守りに行く、もしくはヴィラン連合の逮捕に協力をする。

 

 

それはダメだ。そうなったら…脳無に殺される。

 

 

脳無は、オールマイトの100%のパワーに耐えられる戦士であり、オールマイト以上の戦闘力があると言っていた。つまり、一瞬で人を殺せる力を持ってる。

 

脳無に接触させるのは危険すぎる。脳無だけでなく、触れたら塵にしてしまう個性を持つ弔さんや、ゲートを閉じて体を切断できる黒霧さんも同様だ。

 

ゾーンに散りばめるヴィランは、チンピラ同然の実力と弔さんは言っていた。A組にはゲームバランスを崩す存在が3名ほどいる。

 

その3人をどうにかしなければならないが、協力してくれるヴィランたちだけでは時間稼ぎになるのかも怪しい。早めにオールマイトは潰すと言っていたが、オールマイトの実力を考えればそう簡単にいくはずもない。

 

いっそのこと、私自らが動いて時間稼ぎをすることも考えたが、弔さんは『作戦決行後にもやることがある』と言っていた。今回でオールマイトを倒せるにしても、倒せないにしてもその後のヒーロー側の動きを密偵する必要があると、判断している。裏切る行為は今回できない。

 

問題はそれだけでなく、父のこともある。私のサポートに来たなら、生徒を嬲り殺しをする気だろう。

 

頭が断続的に上下に揺れて手に力が入らなくなる。帰ってから、ずっと取り組んでいるせいで集中力が持たなくなって来ているらしい。

 

「や、ば…」

 

瞼が重い。抗うことができず、視界が黒く塗りつぶされてしまった。

 

 

まばたきをする感覚で目を開けると、そこは私の家ではなかった。見渡す限り、夕焼けのように赤く染まっている何もない空間に、立っていた。

 

声を出そうとするも、口が動くだけで声にならない。喉を触ってみるも、痛みはない。本当に声が出ないだけだ。周囲を再び見渡す。

 

すると、二つほど人影が見えた。目を凝らすと、見覚えのあるシルエットをしている。手を振ろうとした瞬間、一人の姿を見て、悪寒が走った。

 

その人物の頬や服に真っ赤な液体が飛び散っている。その腕は眩い光を放ち、鋭利な刃物に変異している。その刃の一部は血が付着していた。そこからポタポタと音を立てて雫が垂れる。刃にはどれだけの血を吸ってきたのだろうか、落ちる血が止まる気配がなかった。

 

むせかえるような光景に吐き気がして、口元を抑える。

 

顔を上げると不意に人物と目が合った。ゆらりと焦点の合わない目をしていた。その近くに怯えきって腰を抜かす顔の無い誰かがいた。獲物を見据えた人物は口角を大きく吊り上げた。その瞬間、考える前に身体が勝手に走り出していた。

 

手を伸ばして駆け出すも、不思議と近づいていくはずの距離がどんどん離れていく。叫んでも声が出ない。

 

その人物はゆっくり相手を見ると容赦なく首を掴み、体を持ち上げる。抵抗して暴れる人物に、刃にした腕を胸部に向けて振り下ろし――

 

 

 

その直後に飛び起きて、目が覚ました。周囲を確認する。そこは、私の家であった。びっしょりと全身に冷や汗をかいて、息が乱れる。心臓も忙しなく動いていた。

 

「なんだったの、今の…」

 

どうやら一瞬だけ寝てしまったらしい。疲労のせいで気を失ってしまったのだろうか。おかげで悪夢を見てしまった。頭がずきりと痛んで顔が歪み、息を整える。悪夢をフラッシュバックで思い出し、くしゃりとメモを握りつぶした。

 

「殺させない…絶対に殺させないわよ」

 

弱気になってはダメだ。このままでは悪夢が現実になってしまう。腕を伸ばして眠気を少しでも飛ばす。その周囲には構想を作る際に使用したメモが大量に床に散らばっていた。気が付けば手の側面が黒くなり、指も痺れていた。

 

「どうやって、一人も広場に行かせないようにして脳無と接触させないようにするか…なおかつ、それを弔さんたちに悟られないようにして移動先を考えて…お父さんのことも考えなきゃ。あとはヒーロー側に私の動きが怪しまれないように、私の配置も決めなきゃ」

 

やることが多すぎる。けれど、ここで折れるわけにいかない。生徒のデータは黒霧さんの元に送られている。その気になれば、不利な場所を想定することもできたはずだ。

 

私がやるしかない。投げ出したら、取り返しのつかないことをしてしまう。

 

「やんなきゃ、なんとかしなきゃ…私がなんとかしなきゃ、だれがやるの…私がやるんだ」

 

きっと道はある。

全てをやり遂げられる方法がきっとあるはずだ。できることは限られているが、なんとか見つけるしかない。

 

「大丈夫よ。わたしは…まだ、がんばれる…」

 

自分に言い聞かせると、A組の個性が書かれたノートを取り出して見直す。床の上に散らばる大量のメモを拾い上げてそれを参考にもう一度構想を練る。白紙の紙にUSJの全体図を簡潔に書き出す。頬を叩いて、気合いを入れて構成を考え出しそうと回りきっていない頭を回す。

 

次の瞬間、視界が何かに遮られて真っ暗になる。突然のことで放心する。目の周りにかけて大きな手の平の感触がした。背後に誰かいるようだ。

 

「だーれだ!?」

 

その一言で、私はその正体がでわかった。

こんなふざけたことをするのは一人しかいない。特定できた同時に、ふつふつとそれまで溜まった鬱憤が胸の中で蘇り、頭に血がのぼる感覚がした。

 

「…お父さん」

「せいかーい! いやぁ、ひさびさに家に帰りたくなってさ。そしたら忍、起きてたからびっくりした。そんでさ、たまにはこういう粋なサプライズしたくなって…どうだった?」

「そうね…」

 

なぜか父は少し焦った様子で目隠しを外す。私はそんな父に微笑んで

 

渾身の力を込めた拳を父の腹に向けて放った。

 

「ぐほっっ!!?」

 

見事にそれは急所を突き、不意打ちで攻撃を受けた父は嫌な声を発すると、体をくの字に曲げてお腹を抑えながら床に転がった。よほど痛かったのか、全身が痙攣しているようにも見える。しかし今まで受けた私の理不尽に比べれば、きっと安いものだろう。少しすっきりした。

 

だが、ここであることに気づき、私はハッとする。

 

「しまった…硬化で顔面殴ればよかった」

「何、末恐ろしいこと言ってんだ…! 危うく胃袋の中身をリバースするところだったぞ…!」

「ごめんなさい。反射的に殺意が芽生えて、気づいたら殴ってた」

「サラリと出たな本音が。そんなにサプライズが気に入らなかったか?」

「それもあるけど、タイミングの問題ね」

 

どうやら、この人は合鍵で家に入ってきたらしい。集中していて全く気付かなかった。いつもなら、休日の昼間や学校から帰宅したときに時々くるはずだが、こんな深夜に訪ねるとは珍しい。予想外の訪問に、さっきまで考えていた構想を忘れてしまった。一気に力が抜けたせいでまた睡魔が襲い掛かってきた。

 

重くなった瞼をこすっていると、父はお腹を抑えつつも、起き上がっていた。

 

さっきの夢のせいだろうか、いつもの父と違って見える。同時に嫌なことがよぎり、首を振ってそれを振り払う。

 

色々考えすぎて、それと寝不足のせいでまともな思考ができなくなっている。いい加減、睡眠をとらないとまずい。立ち上がろうとしたが、うまく足に力が入らない。そういえば構想を考えている途中で足がしびれていたのを忘れていた。なかなか立たない私を心配したのか、父が手を差し伸べてきた。

 

「大丈夫か? 手を貸すぞ」

「いい…すぐに立てる」

 

首を横に振って、自力でなんとか無理やり立つ。ちゃぶ台の上に散らばる大量のメモを片付ける。そのうちの一枚を床に落とすと、父がそれを拾い上げてメモの内容を眺め始めた。

 

「すげぇメモの量だな」

「…お父さんには関係ないでしょ」

「いやいや関係あるし。俺、今回の仕事は『忍のサポート』だからさ、どんな指示されるのか検討つけたいだろ」

 

父への命令は、オールマイト殺しに関与しない私のサポートだった。あの指示の様子は、どこかそぐわないところがあったはずだ。ここには私と父しかいない。なら、聞いても支障はないだろう。

 

「お父さんは…弔さんの指示、どう思う? 不満とかないの?」

 

その質問に、ピタリと父が動きを止めた。表情を固くしたまま、拾ったメモを渡してきた。

 

「いいか忍。俺は死柄木弔の命令に従う…これは絶対だ。不満なんてねぇよ」

「なにそれ…都合良いように使われても文句言えないってこと?」

「そうかもな。けどよ…今回俺が受けた仕事は『忍をサポートする』()()だ」

 

理不尽なことをさらりと言うと、不意に父と目が合った。一瞬、あの悪夢を想起してしまって肩が跳ねてしまう。

 

「だから…多少無茶な注文をされても、俺は忍の指示を実行する」

「…は?」

 

言われたことが理解できなかった。思わず声を漏らすと、父は力強い目で私を射抜いた。

 

「襲撃の目的は『平和の象徴を潰す』こと。それさえ達成すれば、ヴィラン連合の目的は果たせる…それの支障さえなければ、お前の()()でいい。彼も言っていたよな『利用できるモンは利用しろ』ってさ」

 

その言葉に、父が言いたいことがだんだんわかってきた。意図に気づき、私は雷に打たれたような感覚に陥った。この人が、そういうつもりで言っている事実がとても信じられなかったのだ。

 

 

「なあ、忍。俺はどうすればいい? どうお前が守りたいものを守ればいい?」

 

 

その一言で、今までの不安が吹っ飛んでいった。

この人は、間違いなく強い。

父は弔さんの命令には必ず従う。

その弔さんが私の指示に従えと父に言った。

 

それはつまり、父の力を借りて、みんなを生かすことができるかもしれない。

 

とっさにノートを開き、これまでの情報を別の紙に軽くまとめて書く。これまでの構想をまとめ、殴り書きで配置を決めていく。父をうまく利用すれば、ヴィランとしての作戦を実行しつつ、クラスのみんなを広場に行かせない方法が。脳無と接触させないように調整できる。そう思うだけで疲れ切った体に鞭を討って、取り組むことができた。すぐにできた完成図に、私は達成感を覚えた。

 

「お父さん…」

「なんだ?」

 

これは、大きな賭けだ。本当にこの人を信頼していいのかわからない。だが、今の私が頼れるのはこの人しかいない。この人を利用するしか、みんなを守れない。

 

「協力してほしいことがあるの。アンタにしか、頼めないことがある」

 

私がそう切り出すと、父はわずかに笑っている気がした。

 




このときの死柄木さんは、ヒーローをナメてます。なので原作どおり作戦に甘いところがあります。父親が動きました。どう意図があって主人公に協力しているのか、いつか書きます。楽しみにしてください。

死柄木さんがどういうつもりで主人公にA組の初期位置を決めさせているのか…それはUSJ編のどこかで書ければいいと思います。

USJ編ではこういう経緯があるので、原作と一部生徒の配置が異なります。


余談
どうしてクズ父親を殴った? と言われたら、私は笑顔で答えます。
執筆中にぶん殴りたくなったからです。


次回予告
主人公がおなかを抱えて笑います。

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