とあるヴィラン少女の話   作:サシノット

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今回はほのぼのっぽいものが多いです。

※書きたいところを詰め込みました。
※『僕のヒーローアカデミア 雄英白書Ⅰ』にあったセリフのオマージュがあります。ご注意ください。





活動報告14 委員長を決めました

『今日の昼、マスコミを味方にして教師用カリキュラムをパクる。ジャマすんなよ』

 

 

「…はい?」

 

対人戦闘訓練を受けた翌日の早朝6時、ノートを開くと上司から学校プチ襲撃予告がされていた。

 

起き上がり目をこすってノートを見直す。このノートで連絡をとるのは黒霧さんだけだが、それは見慣れた明朝体に近い文字ではなかった。全体的に文字の傾きが右下がり、少々つぶれているところが目立っていた見たこともない文字だった。

 

このノートの存在を知っている人物は限られている。そのため犯人は誰なのか瞬時にわかった。

 

「弔さんの字ってこんな感じなんだ…」

 

初めて見た上司の文字に感動を覚えていると、内容が目に付いた。

 

私が入学したことで生徒用のカリキュラムを取得はできたが、そこには学校の教育方針と授業の概要、それと基本的な担当教員のデータしかなかった。

 

当たり前だが、生徒用に渡される情報は基本的なものしかない。そこで今回、学校側の動向を探るために教師のカリキュラムを奪うことにしたのだろう。

 

唐突に発表された計画に私は肩を落とした。

 

雄英は最新型の設備が備えており、セキュリティがすごいのだ。校内には無数のセンサーが張り巡らせれており、センサーに反応すれば雄英バリアーと呼ばれる城壁システムが起動して侵入を許さない。

 

オールマイトが雄英の教師になったことは世間で知れ渡っていき、この連日は雄英高校前でマスコミが取材すべく一日中張り込んでいた。

 

平和の象徴と謳われたヒーローが突然母校の教師になったことは世間でそれなりの衝撃になったらしい。弔さんの個性を使い、彼らをうまく操ればカリキュラムを奪うことは可能だろう。

 

てっきりそういった盗む仕事は私に命令するかと思ったが、私が動くのはまだ早いと判断しているのか、それとも自分が動いた方が確実だと思っているのか。いずれにせよあまり信頼されていないようだ。

 

連絡がきた以上、返事をしなければならない。シャーペンを取り出してすらすらとメッセージを書きだす。

 

『わかりました。マスコミとの初めての共同作業頑張ってください』

『やめろ キモイ』

 

大きめの文字ですぐに返事が来て、思わずクスリと笑ってしまう。布団から抜け出して私はいつも通り、朝の支度をし始めた。

 

 

 

 

駅から出るとテレビ用のカメラや、美人アナウンサーが街の人々にインタビューをしていた。特に雄英の制服を着る生徒にアプローチしており、実際にオールマイトの授業を受けた生徒をターゲットにしているようだ。

 

ああいったインタビューはあまり受けたくないため、無視して学校へ向かう。駅から雄英まで約5分ほどの道のりが遠くに感じる。

 

いつもは緑谷くんと会話をしながら登校しているが、今日は昨日の対人戦闘訓練で負った傷を治すため、緑谷くんは先に学校に早く行って保健室でリカバリーを受けている。

 

一人で歩くとここまで遠く感じるんだと思っていると、見覚えのある後ろ姿が見えた。

 

「あ、爆豪くん」

「…あ?」

 

話しかけると、律儀に彼は振り向いた。

昨日のことがあって、気まずい気もするが名前を呼んで反応があった。調子が悪ければ彼なら無視をする。返事があったということは、もう落ち込んでいないはずだ。一応確認するため、私は笑顔で挨拶をした。

 

「おはようございます。今日はいい天気ですね」

「死ね」

 

彼は私を睨みつけてそそくさと学校に向かって歩き出す。どうやら睨みつけるほどの元気が出たらしい。よかったと安心して、彼の後ろを歩く。すると、急に足を止めて彼はこちらに振り向いてきた。つられて立ち止まると、ますます眉間のシワが増していく。

 

「なんでついてくんだ…」

「行き着く先が同じ教室だからです」

「俺の視界から失せろ。別の道行けや。んで前にも後ろにも立つな」

「朝から全開ですね」

 

軽快な三テンポ理不尽に、薄笑いしてしまう。

 

しかし困った。遠回りするにも一度来た道を引き返さなければならない。それはかなり面倒くさいもので、戻りたくない。そして、彼の発言によって前にも後ろにも行けなくなった。

 

なら、前にも後ろにも立たなければいい話である。

 

私は駆け足で彼に追いつき、彼と並行して歩く。歩幅が大きい彼に合わせているため、少々早歩きになるがこれで大丈夫なはずだ。彼のペースについていくと、一瞬キョトンとした爆豪くんは口元を引くつかせながら尋ねてきた。

 

「おい…どうして隣にいるんだ?」

「前も後ろもダメなので横ならアリかと…」

「トンチを聞いてんじゃねぇよ。殺すぞ」

「いい案と思ったんですが…嫌でした?」

「不快しかねぇよ。離れろ」

 

どうやらお気に召さなかったらしい。だが、離れてほしいと言うことは後ろを歩いていい許可が出た。時間も余裕があるため、ゆっくりマスコミをかわしながら行けばHRには間に合いそうだ。

 

「すみません!」

 

スピードを緩めたそのとき、道を塞ぐようにポニーテールの女性とカメラマンが飛び出してきた。突然現れ、びっくりしていると女性がマイクを爆豪くんに向けた。

 

「オールマイトの……あれ?」

 

何かに気づいた女性は、しばらく私たちの顔をじっと見つめて声をあげた。

 

「君たち…ヘドロ事件の二人よね!? 雄英の制服着てるってことは…同じ学校に通ってるの!? もしかしてクラスも同じだったりする!?」

 

女性が大声で言ったせいか、各々で取材していたはずのマスコミ陣も一斉に私たちに注目をする。

 

「本当だ。あの子たちってあの時の…」

「すげぇ、あれから雄英生になったんだ」

「でもあの実力なら納得できるな」

 

その瞬間、ぐるるる~と私のお腹が嫌な音を立てた。

 

マジか。まだその事件覚えているのか。

 

血の気が失せて、めまいがしてくる。今の私は顔面蒼白になっているだろう。そして隣にいる彼の顔を見たくない。どんな顔をしているのかわからないが、良く思っていないのはほぼ確実である。心なしか殺意が漏れ出ている気がするが、きっと気のせいである。

 

そんな私たちの様子を知ってか知らずか、女性はカメラマンと何やら相談をし始めていた。その隙に荷物を肩から外して抱え込む。隣の彼はもう限界だ。

 

一歩踏み込んだその時、女性が私たちの方へ振り返り、両手を合わせて小首をかしげた。

 

「ねえ、インタビューさせてもらっていい? それとお願いがあるんだけど…」

 

あ、もう嫌な予感しかしない。この後続く言葉を聞きたくない。

 

「二人をツーショットで撮らせてほし」

 

 

次の瞬間、私と爆豪くんは走り出した。

 

 

「待って! せめて話を…ていうか二人とも足速っ!!」

 

 

オールマイトから救われた二人に教師オールマイトについて聞けば、話題性や数字もとれてマスコミにはメリットがある。

 

 

だが、あの事件のことをあまり言わないでほしい。

 

 

あれがきっかけで私はヴィランに目をかけられて、死にかけるほどの特訓を10か月間行い、こうしてスパイ活動をするようになった。あのときの行動は後悔していないが、掘り返すのはやめてほしい。

 

メディアには悪いが踏み込んでほしくない領域を荒らされるのは許容できない。それは隣で爆ギレしている彼も思ったようである。

 

「なんで私たち一緒に走ってるんですか!? 余計目立ってますよ!」

「知るかボケ!! 俺は即てめぇから離れたかったんだよ!」

「奇遇です私も即あの場から離れたかったんですよ! 私たち気が合いますね!」

「クソが!! 朝からてめぇの顔を見るわ、黒歴史掘り返されるわで最悪だ!! 死ね!!」

「死にません! 生きます!」

「そこは死んどけカス!!」

 

悲鳴に近い叫びをしながら、男女二人が全力疾走するその光景に、大半の人は呆然としていた。

 

コンクリートで固められた道であるが、もはや砂煙を巻き上げる勢いで走り出した私たちは、接触しそうな歩行者を持ち前の運動神経で次々と避ける。

 

校門前の報道陣を猛スピードで人込みの間を駆け抜け、滑り込むように校門を潜り抜けた。ゴールにたどり着くと、短時間の急速な運動によって動機が激しく、肩で息をする。爆豪くんのスピードについていくとなると体力の消耗が激しいのだ。おそらく、今ので個性なしの短距離走の自己ベストを更新した。

 

他のマスコミが私たちに気づき、学校に踏み込んだそのとき雄英バリアーが作動して分厚いゲートが現れ、門が閉まる。雄英バリアーのシステムに今だけは感謝せねばならない。

 

顔を上げると爆豪くんはいつもの4割増しの殺意で睨みつけてきた。謝罪しようにも息切れが激しすぎて言葉が出ない。

 

困っていると妙な視線を真横で感じだ。振り向くと、相澤先生がなんともいえない微妙な表情で、こちらを見ていた。

 

「……お前ら、本当に仲いいんだな」

「仲いいわけあるかクソが!」

 

教師に対して威嚇した爆豪くんは大きく舌打ちをすると、校舎へ向かっていった。その後ろ姿は相当機嫌が悪そうに見える。しばらく話しかけない方がいいだろう。即爆破される。

 

「狩野。お前、大丈夫か?」

「い、いや…ちょっときついです」

 

トップスピードの勢いで駆け抜けて、足元がふらついた。とりあえず息を整えれば大丈夫だが、もう少し時間がかかりそうだ。

 

そのとき、ほかの生徒が校門の前に立ったのかバリアーが解けた。一人生徒が入ると、バリアーが反応しないギリギリの位置で先ほどの女性が服装や髪形を乱れながらも、身を乗り出して私に手を振った。

 

「よかったいた! ねえヘドロの君! そこからでも、一言だけでいいからコメントを!」

 

すごいあの人、あそこから走って校門までに来たのだ。足の速さは爆豪くんや私に匹敵していた。

その勇ましいプロ根性に一周回って感心してしまう。身をボロボロにしてまで仕事を全うするその姿は尊敬してしまった。

 

「すごいですね…」

「……教室に入ってろ。俺が何とかする」

「え?」

 

手を振るかどうか迷っていると、相澤先生がなぜか苛立った様子でマスコミ陣の方へ向かう。門を出ないところまで行くと淡々とした口調でしゃべりだした。

 

「すみません。申し訳ないですが、お引き取り下さい」

「でも、あの子は…!」

「彼女は…あの事件で活躍した人物だったかもしれませんが、今この場にいる彼女は雄英の生徒です。むやみやたらと過去を掘り返す非合理的なことはやめてください」

 

口調は冷静に感じる。しかしその声色はわずかに怒りが含まれているようだった。先生が放つその空気に、マスコミ陣はごくりと喉を鳴らした。

 

「もう一度言いますよ。お引き取り下さい」

 

その一言だけ言うと、相澤先生は引き返してきた。

 

イレイザーヘッドは合理主義の考えを持つ人物だ。ここには最低限注意するつもりで来たはずだ。しかし、先生は生徒のためにマスコミへ批判的な言葉を選んで追い返した。

 

その姿はヒーローとしてではなく教師としての鏡だと言える。立ち尽くしている私の顔を見ると、相澤先生はため息をついた。

 

「なんだ。まだいたのか」

「…相澤先生、ミノムシみたいで怖いとか思っていてすいませんでした」

「は?」

 

背筋をぴんと立たせて、頭を深く下げてしまう。

それは、先生が「怖い人」から「いい人」へ印象が変化した瞬間であった。

 

 

HRが始まると、先生は昨日の対人戦闘訓練をVTRで見たことを告げ、爆豪くんと緑谷くんに注意をした。片方は暴走し、片方は無茶をしたのだから仕方ないだろう。

 

「さて、HRの本題だ…急で悪いが今日は君らに」

 

緊張が走る。また入学のときのような臨時テストがくるかとクラス全員が身構えた。

 

「学級委員長を決めてもらう」

「学校っぽいの来た―――!!!」

 

相澤先生の一言に、安堵と歓喜が入り混じり、クラス中が盛り上がった。次々と委員長に名乗り出る生徒がクラスのほとんどを占めた。その中には緑谷くんも小さく手を挙げている。

 

普通科の学級委員長は雑務を任されることが多いが、このヒーロー科では先生からの連絡事項や重要なことをクラスに伝えるだけではなく、集団を導くというトップヒーローの素地が鍛えられる役として人気なのである。

 

私は単純にやりたくないので、手を挙げていない。密偵者なのだからやらなきゃならないかもしれないが、これ以上の多忙は嫌なのだ。

 

早く決めてほしいと心の中で思っていると飯田くんが大声を上げてみんなを制止した。

 

「静粛にしたまえ! ”多”をけん引する責任重大な仕事だぞ…! 『やりたい者』がやれるモノではないだろう! 周囲からの信頼があってこそ務まる聖務…! 民主主義に乗っ取り、真のリーダーを皆で決めるというなら…」

「まさか…投票で決めるんですか?」

「さすが狩野くん! わかってるな!」

「あー…なんとなく、そうかなと思いました」

 

話の流れをなんとなく察して言うんじゃなかった。飯田くんがこれまで以上に目を輝かせている。確かに私のように他人に任せたい人がいるなら投票で決めた方が手っ取り早い。

 

だが、同時に問題もある。それを言うかどうか迷っていると、梅雨ちゃんと切島くんが飯田くんへ振り向いた。

 

「日も浅いのに信頼もクソもないわ飯田ちゃん」

「そんなん皆自分に入れらぁ!」

「言いますね。梅雨ちゃん、切島くん」

 

二人の鋭い指摘に飯田くんは「だからこそいいのだ」と説得し、相澤先生に意見を言ったところ時間内に決めれば何でもいいらしい。

 

投票用紙が配られ、みんながそれぞれ名前を書く。途中で飯田くんがうなって相澤先生が注意する場面があったが、無事に書き終えることができた。

 

開票の結果…麗日さん、私、轟くんは0票、クラスのほとんどは1票、八百万さんが2票、そして緑谷くんが3票得ていた。この結果に緑谷くんは驚愕し、その反対に2票得た八百万さんは悔しそうな表情を浮かべていた。

 

「じゃあ委員長は緑谷、副委員長は八百万だ」

「マママ、マジで…マジでか」

 

教壇の前に立つ二人を温かい拍手が祝福する。一部この結果に不満そうな人がいたが、これで一件落着である。

 

 

お昼休みになり、私たちは食堂に来ていた。

私は本日のおすすめと言われた照り焼きセットを、麗日さんは焼き魚定食、緑谷くんはかつ丼、飯田くんはカレーを注文した。

 

「お米がうまい! この魚もおいしい!」

「麗日さん。こっちの照り焼きも美味しいですよ。一口どうぞ」

「じゃあ、お言葉に甘えて……うん! 美味しい! お礼に魚どうぞ!」

「ありがとうございます。では……うん。美味しいですね…!」

「だよね!」

 

麗日さんに同意を求められ、コクコクと力強く頷いた。分けられた焼き魚は程よい焼き加減と魚の肉厚が絶妙で魚のうまみを引き出していた。

 

雄英の学食はとても安価な値段で食べられる上に、味もピカイチで天国にいる気分になるのだ。ほっぺ抑えて笑顔になる彼女につられて笑ってしまう。

 

食べ進めていくと隣の緑谷くんの箸が進んでいないのに気付いた。それどころか何やらため息をついている。かつ丼は緑谷くんの好物のはずだが、一体どうしたのだろうか。

 

「なに、どうしたの?」

「いざ委員長やるとなると務まるか不安で…」

「まだそれ言ってるの?」

「思わず自分に投票しちゃったけど…冷静に考えて狩野さんのほうがいいかなって、途中で後悔してたし」

「冷静に考えなくていいわむしろ後悔しないで」

「そ、そうかな?」

「そうよ。委員長に任されたんだから堂々とすればいいのよ」

 

早口で否定すると緑谷くんは戸惑いながらも頷いてくれた。とりあえず、自分に投票してくれてよかった。これ以上クラスの人に期待感を抱かれると色々まずいのだ。すると、麗日さんと飯田くんが同意して首を縦に振った。

 

「大丈夫。デクくんなら務まるって!」

「そうだぞ。緑谷くんのここぞという時の胆力や判断力は“多”をけん引するに値する。だから君に投票したんだ」

「え? 緑谷くんに投票したんですか?」

「ああ」

「でも飯田くんもやりたかったんですよね?」

「“やりたい”と相応しいか否かは別の話…僕は僕の正しいと思う判断をしたまでだ」

 

投票法を発案したので、てっきり飯田くんはあの方法で委員長になる自信があるかと思ったが、真面目すぎたゆえに発案したらしい。自分がやりたかったのに、他人に投票するのは相当な葛藤があったはずだ。

 

彼なりに色々考えた結果が、相応しいと思った人が緑谷くんだったという。そういう考え方もあるのだと思っていると、麗日さんが首を傾げた。

 

「『僕』…! ちょっと思ってたけど、飯田くんって坊ちゃん!?」

「ぼっ!!」

 

麗日さんの一言に言葉を詰まらせていたが、やがて飯田くんは観念したかのように話してくれた。

 

飯田くんの家庭は代々ヒーロー一家で、飯田くんはその一家の次男だという。長男は東京都に事務所を構えており、65人もの相棒を雇う規律を守り人を導く、模範的なヒーローのインゲニウムだという。正直、大物すぎるヒーローの兄弟が目の前にいる事実に驚いた。

 

これはノートに追記しなければならない情報だ。雄英に入学するのだから先代からヒーローをする家庭のなかで育った人物もいる。こうした情報も念のため報告すべきなのだろう。

 

「人を導く立場はまだ俺には早いと思う。正直、狩野くんと迷ったが…緑谷くんが就任するのが正しいと判断した!」

「…待ってください飯田くん」

「ん? どうしたんだ?」

 

聞き捨てならないことをサラリと言われ、冷や汗をかいてしまう。

 

「私と緑谷くんで迷ったんですか?」

「ああ。だが、投票用紙に二名以上の名前を記入すれば無効票になる。それで迷った末に緑谷くんの方を…」

 

そういえば名前を書くとき、飯田くんは一人うなっていた。それは私と緑谷くんのどちらに票を入れるのか迷ったからなのだ。あぶない。

 

これで緑谷くんと飯田くんに票を入れられ、私が気の迷いで自分に票を入れてたら、私が委員長になっていた。実は運命的に委員長回避していた事実に、恐怖で箸の持つ手が震えてきた。

 

その時、けたたましい警音が校舎中に響き渡る。

 

 

『セキュリティ3が突破されました。生徒のみなさんは速やかに屋外へ避難してください』

 

 

来た。弔さんがマスコミと一緒に突撃してきた。

セキュリティ3は校舎外で最後のセキュリテェイシステムのことだ。そこが突破されたということは、校舎内に侵入した証拠となる。

 

さすが弔さんだ。おそらく個性でセキュリティで発動したバリアーを塵に変えた。それによってマスコミも侵入できたのだ。ここで私がすべきことは、一生徒としての行動をすることだ。

 

食堂にいる生徒全員が一斉に非常口の方へ走り出す。私は三人と共に誘導に従って移動を始める。

 

さすが最高峰と評される雄英高校だ。迅速な対応で生徒はすぐに移動できている。ただ…

 

「迅速すぎてパニックになってるわね…」

「冷静に言ってる場合じゃないよ!」

 

全校生徒が一気にパニックになったため、人波が尋常じゃない。満員電車の中をそのまま後ろから押されて移動している感覚と同じだ。人が密集しているためもみくしゃとなり、思うように動けない。

 

麗日さんと飯田くんとも一緒に移動したはずだが、いつの間にかはぐれてしまった。今はなんとか緑谷くんが隣にいるが、はぐれるのも時間の問題そうだ。

 

最悪、一人で避難して後で合流すればいいかと考えていると、背後から強い力で押されてしまった。

 

「あぶない!」

 

不意打ちの衝撃で倒れかけたところを、緑谷くんが腕をつかみ引き寄せてくれたおかげで転倒することはなかった。代わりに引き寄せた力によって、緑谷くんへ体重を預ける形となってしまった。肩が彼の胸元に当たる。彼が反対の肩を支えてくれた。

 

「大丈夫!?」

「え…うん。平気だけど」

「狩野さん、手を掴んで! はぐれないように!」

「ええ…わかった」

 

倒れてもすぐに起き上がるつもりだったため、びっくりした。結果として彼に助けられてしまった。申し訳なく思っていると、手を差し伸べられる。私は戸惑いながらもその手を握った。

 

その手は、とても硬かった。

 

中学の頃はペンだこしかなかった彼の手は皮膚が硬く、手の平は肉刺ができていた。その感触に、緑谷くんは成長してるんだなと場違いにも思ってしまった。

 

握り返すと彼が手汗をかいているのに気付いた。この状況でどう切り抜けるのか必死に考えているのだろう。そのせいで手汗がすごいことになっているのだろう。

 

汗で滑らないようさらに強く握り返したそのとき、頭上からエンジン音がした。

 

「飯田くん!?」

 

見上げれば、飯田くんが縦回転しながら空中移動をしていた。おそらく麗日さんの『無重力』を利用して宙に浮いているが、うまくコントロールできていないようだ。やがて飯田くんは壁にぶつかり、非常口の看板の上に立つと飯田くんはぶつかったままの体勢で大声を上げた。

 

「大丈ー夫!!! ただのマスコミです! なにもパニックになることもありません。ここは雄英! 最高峰の人間に相応しい行動をとりましょう!!」

 

短く、端的に、それでいて大胆に呼びかけたことで、非常口付近にいた人たちは冷静さを取り戻していく。その場に立ち止まり、少しずつ状況を把握した生徒たちは、やがて報道陣が原因だとわかると各々教室へ帰っていった。

 

 

 

その後、警察が駆けつけてマスコミが追い返された。

 

飯田くんと麗日さんと無事に合流した私と緑谷くんは二人の後ろをついていくように歩いた。幸い、パニックが起きてから治まるまで時間は約10分ほどであった。果たして弔さんは目的を達成できたのか心配していると、緑谷くんは何やら気難しい顔をしていた。

 

また何か難しいことを考えているらしい。飯田くんの勇姿を見て何か思うことでもあったのだろうか。しばらく無言のまま歩いていると、唐突に緑谷くんがこちらに振り向き、耳打ちをしてきた。

 

「ねえ、狩野さん」

「なに?」

「狩野さんは誰に投票したの?」

 

突然さっきの選挙のことを言われ、面を食らう。本当はそういうことは言わない方がいいが、投票はすでにしてしまったため時効だろう。前を歩く二人に気づかれないよう、私は小声で同じように耳打ちをして答えた。

 

「飯田くんだけど。それがなに?」

 

理由は先ほど選挙法を発案したとき、みんなを納得させた説得力と、率直な意見を一声で皆に伝える意志の強さを感じたからだ。そういったリーダーシップは飯田くんが適任だと判断した。

 

過ぎたことをどうして問うのか疑問に思っていると、緑谷くんはとてもうれしそうに頬を赤らめ、大きく頷いた。

 

「やっぱりそうだよね!」

「ん? どういうこと?」

「ありがとう狩野さん! おかげで言えるよ!」

「いや、どういうことなの?」

 

急にテンションが上がった様子の緑谷くんに、首を傾げてしまう。前を歩いていた二人も同じように首をかしげていた。

 

 

チャイムが鳴り、午後のHRでは学級委員長以外の委員長決めを執り行うことになった。クラスメイトの前で司会進行役は委員長になった緑谷くん、黒板の書記は八百万さんで進行することになった。緑谷くんが緊張気味に声を震わせながら、司会を始めた。

 

「で、ではほかの委員決めを執り行ってまいります!……けどその前にいいですか?」

「ん?」

「やっぱり飯田くんが委員長になるべきだと思います」

 

マジかい緑谷くん。ここで委員長を指名するのかい。

 

まさかの委員長辞退に、反対意見が出るのかとひやひやした。だが、非常口の活躍を見ていた上鳴くんと切島くんの後押しや、効率主義の相澤先生が早くしろとキレかけ、最終的に飯田くんが学級委員長を務めることになった。

 

飯田くんはとてもうれしそうに委員決めの司会進行に回り、副委員長の八百万さんは複雑な顔をしていた。

 

 

 

 

帰宅すると、私はノートを取り出した。

 

あれだけの騒ぎになったのだから、弔さんの作戦が成功したいのか確認したかったのだ。深呼吸を一つして、部屋の片隅でゆっくり開いた。

 

『カリキュラムを盗むのに成功。明日19時にオールマイトを殺しの作戦の打ち合わせをする。18時半には帰宅しろ。黒霧が迎えに行く』

 

どうやらうまくいったようだ。そのカリキュラムにいいことが書いてあったのか、早速動き出すようだ。

 

普通なら、スパイの私がいるのだからもう少し様子を見るなり、情報を集めるなり手があるはずなのに、オールマイトを殺したくて仕方ないという狂気がつぶれた文字から感じ取れる。

 

弔さんは私が思っている以上に大人ではないかもしれない。スパイの私に何をするのかあまり想像したくないものだ。ため息をついて続きを見る。すると、そこに書かれてあったのは、私の想像以上のものだった。

 

 

『お前の親父も作戦に参加する。初めての親子共闘だな』

 

 

パサリとノートが手から離れた。あまりの衝撃的なことで、上手く力が入らなかったのだ。慌てて拾いなおし、連絡のページを見直す。間違いなくそこには父がオールマイト殺しに参加をすると明記してあった。

 

「…うそでしょ」

 

父が参戦する事実に、私は目の前が真っ暗になった。

 




書きたいものを全部詰め込むとこうなりました。特に主人公と爆豪くんのところが書きたかったんです…個人的に執筆して楽しかったです。
今回は盛り込んでいった達成感ある回となりました。


次回予告
次回、主人公が色々考えて寝不足になります。シリアス成分多い話になりそうです。

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