※今回は長いです。
※終盤、残酷な描写が少しされています。注意。
雄英高校の校風の真意を知り、入学早々の洗礼を受けて体力テストが始まった。
最初の種目は『50m走』。
体力テストでは出席番号の近い者同士がペアとなり、同時に記録を測るようにしている。私の出席番号は8番、7番の人を探していると、金髪に黒いメッシュの入った明るい印象が強い男子が話しかけてきた。
彼は
最初の走者は梅雨ちゃんと飯田くん。計測ロボットの合図をすると、クラウチングスタートの構えから走り出す。飯田くんのふくらはぎからエンジンのようなものが噴射し、目にも止まらない速さでゴールを切る。記録は「3秒04」だった。
飯田くんの個性は脚が速くなる個性のようだ。制服のズボンで見えなかったが、彼は体の一部が異形化しているタイプのようだ。元々体の一部が変形していることで発動する個性はコピーできないため、私は彼の個性を模倣できないのである。
その後、飯田くんに続いて、50m走でクラスメイトの個性が次々と明らかになる。
へそからレーザーが撃てる人、バイクを造りだして生み出す人、腕からテープを出して飛ぶ人など強力な個性が見れた。
「爆速!!」
「うわあ!」
現在計測を行っている爆豪くんは両手を後ろにし、爆風を利用して駆け抜けていた。隣で計測している透明人間の女の子が被害を受けていた。個性の性質上、隣にいれば巻き込めざるえない行為とはいえ、平気でよくできると皮肉なことを思ってしまった。
その結果、爆豪くんの記録は「4秒13」。中学の頃は確か5秒58だったので、1秒45もタイムが縮んでいた。飯田くんに及ばないとはいえなかなかの好記録である。
「狩野、そろそろ行こうぜ」
「はい。今行きます」
上鳴くんに呼ばれてスタート地点へ急いで、クラウチングスタートの構えをとる。
『Ready…GO!!』
初めの一歩を踏み出すと爆豪くんと同じように両腕を後ろにして『爆破』の個性を発動し、実技試験と同じように加速して飛翔する。
「4秒95」
ゴールにたどり着くとロボットが記録を言う。結果は中学よりも1秒75ほど速くなっていた。爆破の範囲を意図的に狭めたことで多少は速くなったのだろう。
分析しながらゴール地点から離れ、再び種目の見物をし始める。次の走者は緑谷くんと髪が葡萄のような玉が無数にある男子だった。おそらくあの髪型は個性の一部なのだろう。
スタートの合図を出すと二人は走り出す。個性を発動する様子もなく、二人は普通に走り抜けてゴールした。ほとんど同着のように見える。
緑谷の結果は「7秒02」中学の時は7秒48だったので速くなっているが、このテストではみんな個性を使い、大記録を出す。このままでは緑谷くんが最下位になることが容易に想像できた。
ブツブツと緑谷くんは何か独り言を呟き始めていた。きっとこのピンチをどう切り抜けるのか思索しているのだろう。何か助言でもしたいところだったが、相澤先生に体育館へ移動するように指示が出されて話しかけるタイミングを失った。
その後の記録はダイジェストで申し訳ないが、こんな感じだ。
2種目目『握力』→右42
3種目目『立ち幅跳び』→3182cm(爆破個性使用、なお爆豪くんはこれの倍以上いった)
4種目目『反復横跳び』→69回(個性なし)
はっきり言おう、中学のときより明らかに伸びている。父との10か月特訓の成果が大きいのだろう。あの血のにじむような努力が報われていて少しだけうれしくなる。
それよりもクラスメイトの個性が優秀すぎる。握力では腕が複数もつ男子が540kgwと桁違いの記録を出し、立ち幅跳びで爆豪くんをはじめ飯田くんも大記録、反復横跳びでは個性を利用して100回以上の人がいた。
おかげで大体のクラスメイトの個性はわかったものの、Copyしたい人を絞りきれていない。困ったものだ。
そして現在5種目目の『ボール投げ』を行っている。
「『爆破』!!!」
デモンストレーションと同じようにボールに爆風を乗せて投げ込むと「560.1m」の記録が出た。デモンストレーションよりも記録が伸びて満足する。
投げ終えると、手の平から煙が出て手が痺れていた。指を動かしてみるとヒリヒリとしみるような痛みが走った。どうやら、これ以上火力を上げるのは無理そうだ。一番使い慣れている個性とは言え、限度を考えなければならない。
ちなみにこのボール投げで緑谷くんに話しかけた女子が「∞」をだした。爆豪くんは「705.2m」という才能マンらしい恐ろしい記録を叩き出して、ドヤ顔で私を嘲笑っていた。彼は私を抜かすたびにその顔を向けるが、飽きないのだろうか。それだけ意識されているといえばよいのか、微妙な心境だ。
「次、緑谷」
緑谷くんが名前を呼ばれて前に出る。ここまで緑谷くんは平凡的な記録しかとれていない。このままでは最下位になる。残る種目は『ボール投げ』『上体起こし』『長座体前屈』『持久走』の4つ、仕掛けるとしたらこの種目しかない。
覚悟を決めたかのように息を呑み、緑谷くんは大きく振りかぶる。ボールを離す直前で腕が眩く光った。
だが次の瞬間、腕の輝きが失い、投げられたボールは平凡な放物線を描いた。記録は「46m」であった。
「な…今、確かに使おうって」
「個性を”消した”」
絶望したような表情を浮かべる緑谷くんに対して相澤先生の個性が発動していた。首元の包帯と髪が浮き、目が赤く光っている。包帯が浮かんだことで、首元に隠れていた黄色いゴーグルが現れた。
思い出した。見ただけで相手の個性を消してしまう…『抹消』の個性を持つヒーロー。
「抹消ヒーロー…イレイザーヘッド…」
ヒーロー活動中はゴーグルで素顔を隠しているせいで気づかなかった。
イレイザーヘッドは、仕事に差し支えるなどの理由からメディアへの露出を嫌うアングラ系ヒーローで情報が少ない。中学の頃に緑谷くんが少し知っていた程度で世間ではマイナーな部類とされるヒーローだ。
合理主義で、メディア嫌いなことは知っているが、その人が担任の先生になるとは…生徒としてもスパイとしても、かなりきつい。
心の中で毒づいていると、相澤先生は緑谷くんを捕縛武器の包帯で引き寄せて何か指導をし始めた。その様子を遠目で見ている飯田くんが首を傾げた。
「指導を受けたのか?」
「除籍宣告だ…てめぇもそう思うだろ?」
「…なんの当てつけですか爆豪くん」
隣にいる爆豪くんから話を振られて私は肩を落とした。その態度が嫌だったのか爆豪くんは鋭く睨まれた。
「そもそも、無個性のあいつが入試で合格したことと、てめぇが1位だってことが気に食わねぇ。何か裏があって仕込んだんじゃねぇのか?」
「…え?」
意外なことを言われて、私は目を丸くしてしまった。爆豪くんの瞳は焦燥と怒気を帯びていた。
自分よりも上の存在がいると焦ってしまうのだろうか。おそらく救助Pの仕組みを知らないのだろう。あれがなければ彼の方が上なのは確実だ。たった一度順位を抜かされただけで気にしすぎると思った。
それよりも
合格発表の日、私は弔さんと黒霧さん、お父さんに祝われた。寝静まろうと布団に入ったところで緑谷くんから電話が来たのだ。眠いなか、その電話を取ると彼は興奮ぎみに合格したことと、もう一つ私に重大なことを言った。
『個性が発現したんだ!』
その一言で、眠気が一気に飛んでいった。個性の内容は早口気味であまり聞き取れなかったが、とにかく超パワーを発揮する個性で、個性が強力すぎるため調整がまだできていないということも聞いていた。
てっきり幼馴染の爆豪くんにも話していると思っていた。この様子だと、まったく知らないようだ。
「知らないんですか?」
「何をだ?」
「緑谷くんは無個性じゃありませんよ」
「…は? なんだそのクソ情報。個性の発現は4歳までだ。あいつは中坊になっても無個性だった。てめぇも知ってるだろ?」
爆豪くんは、こちらに振り返り信じられないといわんばかりに目を見開いた。その態度で確信に変わった。緑谷くんは、私にしか個性があることを伝えていないのだ。
だとすれば、緑谷くんは相当爆豪くんに悪いことをしている。私に知らせるくらいなら、彼にも知らせる必要があるはずなのに、どういうわけか言っていないのだから。
なんというか、緑谷くんも爆豪くんに苦手意識があるせいで距離の取り方を間違えているようだ。関係がこじれた原因は爆豪くんであるが、緑谷くんにも問題がありそうである。
そんなことを頭に浮かべていると、ちょうど相澤先生から指導が終わり、緑谷くんが二回目のボール投げを行おうとしていた。
彼はブツブツと何か独り言を言っているようで、投げるのはその独り言がなくなったときだろう。その間に私は爆豪くんに質問をした。
「じゃあ、どうして彼はここにいるんですか?」
「だからそれは裏があって」
「では…どうして相澤先生は個性を消す『抹消』を使って、彼を止めたんですか?」
その問いに、彼は一瞬固まった。それがどういう意味なのか、理解してしまいそうになったからだ。
「彼には…個性がありますよ」
私が発言したのと同時に、緑谷くんが動いた。目を大きく開き、腕を大きく振り上げる。先ほどのような腕に輝きはない。その代わりに、ボールに添えている人差し指が輝きだした。
「SMASH!!」
次の瞬間、轟音とともにボールがすさまじい勢いで空へ突き進む。あっという間にボールが見えなくなった。
それはまるで、空気を貫き、風圧を生み出して近くにいたこちらにまで風がきた。記録は「705.3m」…やっとヒーローらしい記録を出せたのだ。
「先生……まだ、動けます…!」
涙目になりながら、緑谷くんはこぶしを作って先生に言った。輝いていた人差し指は変色し、かなり腫れあがっている。おそらく指先のみに個性を発動させたのだろう。
話に聞いていたが、想像以上の超パワーだ。
それに、まるでアレは……
「オールマイトに、そっくり…」
この社会にて、個性がダダ被りするケースはある。オールマイトと同じような個性を発現したのなら…彼はこの社会において希望となり、ヴィランにとって脅威となるだろう。ごくりと息を呑んでいると隣にいる爆豪くんが大きく口を開き、体を震わせていた。
「どういうことだ、こら! ワケを言えデクてめぇ!!」
「爆豪くん…!?」
爆豪くんが爆破の構えをとりながら、緑谷くんに向かって飛び出した。緑谷くんが悲鳴をあげて身を固くしていると、ひゅるりと爆豪くんの背後から顔や胸に何かが高速で巻き付いた。それを引っ張られ、爆豪くんは動けなくなる。
「んだこの布は…!? 固てぇ…!」
「炭素繊維に特殊合金の鋼線を編み込んだ“捕縛武器”だ」
巻き付いていたものの正体は、相澤先生…もといイレイザーヘッドが愛用している捕縛武器であった。しかも『抹消』を使用して『爆破』の個性を封じている。
個性の性質上、イレイザーヘッドは捕縛が得意分野のヒーローだ。こうして問題行為を行おうとする生徒一人くらいの拘束は造作もないのだろう。
「たくっ…何度も何度も個性使わせるんじゃねぇよ……俺はドライアイなんだ…!」
個性『抹消』は相手を見続ければ、個性を無効化することが可能である。しかし、まばたきをすれば無効化の効果は解けてしまう。つまり、目が乾きやすいのだ。個性のデメリットとはいえドライアイになると辛いものだろう。
密かに先生へ同情していると、次の種目へ移るよう指示が出された。緑谷くんはそっと爆豪くんから離れてこっちに来た。
「大丈夫?」
「な、なんとか…」
次の種目の準備をすすめられていく中、指の腫れ具合がよく見れた。それは複雑骨折や内出血をしているかのような…壊れた指をしていた。見ているこっちが痛々しく感じる。
「あれが、緑谷くんの個性?」
「うん…まだ調整ができてなくて、危なっかしいんだけどね」
「…確かに、調整できないのは痛いわね」
どこかで見たことあるようなデメリットとそっくりだ。本来ならスパイらしく彼に個性の詳細を聞くべきだろう。さらに言うなら、デメリットのことをもっと追究すべきなのだろう。
しかし、それよりも私は友達として、とても嬉しくなった。
「でも…かっこよかったよ」
無個性と馬鹿にされて、理不尽な差別を受け、それでもヒーローを志して自らの力だけで勝ち取った。
私の知らないところでどれだけ努力したのだろう、どれだけつらい思いをしたのだろう。それらを共感することはできないが、乗り越えて個性を手に入れた彼を心から称賛したかったのだ。ほとんど自然に言葉が出た。
「まあ…一発撃ったらバキバキになるっていう欠点あるから、それがなかったらもっと良いんけどね。その個性、改善の余地がけっこうありそうだし、それに……って、聞いてる?」
なんだか恥ずかしくなって欠点の指摘をしていると、緑谷くんが一向に返事をしてこなかった。気になって顔を上げると、緑谷くんはゆでダコ並みに顔を真っ赤にして耳から煙のようなものを噴き出していた。
体温が急激に上昇したように見えるが、これも個性の欠点なのだろうか。
「きききき、聞こえてるよ!!」
「機関車みたいに煙出てるけど、それも個性のデメリット?」
「こ、これは不意打ちの天然にやられて…」
「え…?」
「なんでもないです!!」
意味不明なことを口走っていたが、緑谷くんは緑谷くんであった。
・
その後…『上体起こし』『長座体前屈』『持久走』では、私は個性なしで乗り切り、全種目を終えた。全員、一旦集合して先生の話に耳を傾ける。
各種目の評点を合計した数がトータルとなり、それが順位となる。最下位は除籍される運命だ。クラス全体に緊張が走っていた。口頭で説明せず順位を一括開示された。
私の順位は8位であった。自分が最下位じゃないことに安堵し、今度は最下位の名前欄を見る。
最下位は……緑谷くんだった。
その結果に緑谷くんは悔しそうに歯を食いしばる。私はその様子を見ていられなくて俯いてしまう。すると、先生が鼻で笑う声がした。
「ちなみに除籍は嘘な」
「……はい?」
「君らの最大限を引き出す合理的虚偽」
「は―――――!!?」
まさに騙された大賞に匹敵するほどの演出だった。一部を除いてクラス全体が驚愕の声を叫びあげた。
それにしても、生徒の如何が教師の自由だとしても嘘をついて鼓舞するとは斬新だ。すっかり騙されてしまい、力が抜けてしまう。先生は本日の授業が終了したのを告げて、緑谷くんに保健室利用書を渡す。
入学初日は個性把握テストをしたことでクラスメイトの個性が判明し、担任の先生の正体もわかった。そして、自分がこのクラスでどれくらいの実力なのも、大体想定することができた。ここまで出来れば上出来である。
あとはこれをノートにまとめて報告すれば――
「あ、それと狩野」
「はい?」
「放課後、職員室に来い。話がある」
「……わかりました」
脳内で予定を立てていたら、呼び出しされた。気力がほとんどないまま了解すると、これまでペアで記録をとっていた上鳴くんが苦笑いをしながら近づいてきた。
「入学初日から職員室に呼び出しって、ヤバくね?」
「私、なにかやらかした覚えないんですが…」
「…前科があるだろうが」
ボソっと被害者の爆豪くんがツッコミを入れていたが、私はスルーを決め込んだ。
・
・
教室に戻ってカリキュラムと資料を受け取り、HRを終えた後に相澤先生の後をついていき職員室へきた。
室内は普通の高校と変わっておらず、学年や学科ごとに職員たちのデスクが分かれているようだ。壁に備え付けられている棚には教育や学校関連の資料が並べられていた。職員室を見回っていると「キョロキョロするな」と注意された。
相澤先生のデスクにつくと先生は椅子に腰かけ、メモらしきものを取り出した。メモを取り出すほど重大な話なのだろうか。
「話とはなんでしょうか?」
「入試でモニター越しにお前を見たんだが…0Pヴィランを両断したろ」
「…しましたね。思い切り」
脳内で再生したのは、父の個性を使って0Pヴィランを真っ二つにした場面であった。まさか、あの仮想ヴィランの損害がひどいから請求がくるという話なのだろうか、それだったら同じことをした緑谷も呼ばれているはずだ。
と、なれば…個性の話をしたいようだ。
「一応言っとくが、アレを人に向けるなよ」
「わかってますよ。ヒーローはあくまで法に則り、ヴィランを捕縛をすることです。今回は相手がロボットだったので使用しました。言われなくとも、人には絶対に使いませんよ」
現代のプロヒーローは、犯罪を犯すヴィランを捕まえるために個性を行使している。逆を言えば、いくらヴィランとはいえ、人を殺すのは禁止なのだ。それをすればクソな行為とレッテルを張られて最悪、ヒーロー免許をはく奪されてしまうのだ。
あの個性について咎めるだけなら教室内でもよかったはずだ。こうしてわざわざ職員室に呼ぶということは、
「資料を見たが、お前は個性を盗むことができると書いてある……だからアレは誰かの個性だと俺は思っている」
「そうですか…」
「誰の個性か聞いていいか?」
やはり尋問もどきが来た。
あれだけ派手に個性を使えばまた尋問されるのは予測できていた。オールマイトのときとはちがって今度は真実を知っている。父親がヴィランとわかってしまえば、私もヴィランなのがバレてしまう。疑いを晴らすために、父からも「誰かに訊かれるかもしれないから」と言って言い訳は用意してあった。
嘘をつくのは苦手だ。
だが、これから私は偽り続けなければならない。それが私の仕事で、やるべきことなら、やるしかないのである。
「ヴィランの個性をコピーしました」
私は相澤先生の質問に答えた。先生はその一言に気怠そうな空気が緊張感を含んだものに変わった。
「昔、ヴィランと遭遇しました。あの個性はそのときにCopyしました」
「…なぜそいつがヴィランだと分かった?」
「姿が明らかに悪い感じでしたからね。すぐにヴィランだと認識できました」
「…いつどこで遭遇した?」
「あれは5歳くらいでしたから…10年ほど前だと思います。そのとき、家の近くの路地裏で見たような……父とはぐれて迷子になっていたときに遭遇しました」
メモを書き留めていた先生の手が止まる。どこか違和感があったらしい。
「ヴィランがいたなら、逃げるなり大人を呼んで助けを求めることを学んでいるはずだ。なぜそれをしなかった?」
「あのヴィランは、私に危害を加えませんでした。だから、大丈夫だと思って…それに、個性がカッコよかったのを鮮明に覚えています。だから私はアレをコピーしたのだと思います」
「………なるほどね」
一応納得したのか先生は話をつづけた。
「…ヴィランの容姿は覚えているか?」
「目元は黒いマスクをして…口元は変なお面みたいなものをつけてましたね。それがどうかしました?」
とぼけて首をかしげると、先生はため息をついて「なんでもない」と言う。それ以上は言及せず、尋問が終わった。
「悪いな。少しお前の個性に興味あって…時間をとらせてすまなかった」
「いいえ。普通、あんな危険な個性ある生徒を放っておけませんよ。相澤先生の判断は正しいです」
「…そうか。もう帰っていいぞ。おつかれ」
「はい、失礼しました。相澤先生、さよなら」
「ん。さよなら」
深く礼をして職員室から出ていく。もう一度礼をしてドアを閉めると玄関のほうへ歩き出した。
父から用意された言い訳は三つ
『コピーした個性はヴィランの個性であること』
『10年前に遭遇したこと』そして『ヴィランの容姿の特徴』だ。
その三つを言えば大丈夫だと父は言っていたが、果たしてアレでごまかせたのか分からない。あの嘘を信じてくれたなら、あの個性の説明しなくて楽である。今後は、あの個性を控えたほうがよさそうだ。
「ノート…つくんなきゃ」
尋問を終え、今回の体力テストで視たクラスの個性を整理するために、私は駆け足で帰路についた。
・
・
「10年前…口元は面、目元はマスク…そして両腕が刃物に変化するヴィラン……あいつしか思い当たらねぇな」
狩野忍に軽い尋問を終えた相澤消太はデスクで肩を落とした。
彼女を放課後、職員室に呼び出したのは入試で0Pヴィランを倒したあの個性のことを直接聞くためだった。資料によれば、彼女の個性は『シーフ』。体力、物、そして個性を盗む個性である。
本日の個性把握テストでは爆豪の『爆破』のみ発動していた。他にストックしてある個性も見ておきたかったが、テストの内容に合理的だったのは『爆破』だけだったということだろう。
彼女もまたヒーローの卵で、無限の可能性を秘めている生徒である。将来を導く立場の教師として彼女の成長や未来を見届けなければならない。
それよりも、嫌な予感が的中してしまった。
目薬を点して一旦落ち着く。教師に普及されているパソコンにインターネットをつなげて、ある名前を打ち込むと古い映像と警察庁が運営するHPサイトの一部、『指名手配者の一覧』にヒットした。相澤はヒットしたリンクをクリックする。
そこには警察庁が公表する犯罪者の顔写真、ヴィランネーム、本名、身長、犯罪歴などが載っていた。マウスを操作してスクロールしていくと、目元には黒いマスクに、口元には甲冑で作られたような面の男が映し出された。
相澤はため息をついて頭を掻いた。
「どうしたもんか…」
狩野の資料を改めてみているとノックもなしに職員室のドアが開く。振り向くとそこには業務を終えて少し疲弊した様子のプレゼントマイクがいた。マイクは相澤の存在に気づくと疲れた様子を隠すように姿勢を正して大きな声を上げた。
「ようイレイザー! 浮かない顔してどうした? 浮かない顔がさらに浮かない顔になってるぞ!」
「もとからこんなんだ」
相澤とマイクは同期で友人関係である。性格が正反対なためか仲良しなのが意外だとよく言われる。マイクは相澤の近くにくると資料を見て「Oh!」とオーバーなリアクションをして指さした。
「それ入試一位の狩野じゃん! すごかったよなあの真っ二つにした個性! あれはシビィだったぜ! 緑谷とは違った爽快感があって最高にCoolでよ。思わず」
「なあ、マイク」
「人がしゃべってるのに水差すのかよ。空気読めよイレイザー」
「『武蔵』は知っているよな?」
マイクの喋りを中断させて、相澤は投げかけた。マイクは眉を歪ませて、真剣な顔つきになった。
「ひと昔前にいた凶悪ヴィランだろ? 20年前に突如現れて裏社会の人間を容赦なく斬っていく…斬り裂き魔だったか?」
「ああ。殺す人間は決まって裏社会の人間。それも極道集団の幹部やブレーンのみを標的にしていた。一時はヴィジランテの一員だと思われ、裏社会のヒーローと呼ばれたな」
ヴィジランテとは、法律に依らず自発的に治安活動を行う者のことであり、いわゆる自警団である。この超常社会の黎明期はプロヒーロー制度が確立されていなく、ヴィジランテが犯罪を取り締まり、ヒーローの原点となった非合法ヒーローである。
しかし、法制が確立された現在では、私的な自警行為そのものが犯罪である。つまり、ヴィランの変種的扱いとなるのだ。それゆえヴィジランテの人口は劇的に減り、今や化石と同じ希少な存在となった。
武蔵は、ヒーロー免許を取得しておらず裏社会に粛清するダークヒーローと、もてはやされた経歴を持つ。そのため人々からは支持され、ヴィジランテと呼ばれていたのだ。
だが、それだけの経歴だけではない。彼が有名になったのは”12年前の事件”であった。
相澤は喋りながら、今度は動画サイトを開く。再生されたのは、当時の”ある事件”についてのニュース中継の一部であった。
現場とみられる市街から離れた森の入り口には警察が取り囲み、ブルーシートで目隠しされていた。アナウンサーはそこから引いた場所でアナウンスをした。
『今月29日、
動画はアナウンサーが話した内容を下に字幕が表示され、見やすいようになっていた。そのニュースをきっかけに畳みかけるようにして情報が伝えられていく。
『現場は無残なこととなっており、木々が一掃されたかのように平地となったといいます。警察によると、この事件で死傷したヴィランは20名以上、重傷者1名を除いてその場にいたヴィランは死亡したといいます。警察は重傷者の容態が落ち着き次第、事情聴取をするということです』
『速報です。ヴィラン大量事件の犯人が特定されました。先ほど、事件に巻き込まれたヴィランに事情聴取をしたところ、犯人の特徴から武蔵というヴィランが犯人と断定しました』
『武蔵は、8年ほど前から極道団やヴィラン組織を斬ることで有名なダークヒーローでした。その正体は謎に包まれ、熱狂的なファンや一部では信者がいるといわれています。警察は調査を進め、さらに事情聴取を進めていくようです』
『速報です。先月起きたヴィラン大量虐殺の被害者の中に、ヒーローがいることが判明しました。繰り返しお伝えします。先月起きたヴィラン大量虐殺の被害者の中にヒーローがいることが判明しました。警察が現場に残された遺留品を調べたところ、ヒーロー免許が現場にあったそうです。このヒーローは、先月29日から行方不明となっていたそうです。警察はこのヒーローの事件発展までの足取りを早急に調査を進めるようです』
画面が切り替わり、今度は賦千夏市の住民へインタビューされている様子が映し出された。
『がっかりです…ファンだったのに……』
『ヴィランだけならともかく、ヒーローを殺すのはダメっしょ。ヴィランは結局ヴィランだったってことか』
『ダークヒーローの正体が悪人だったなんて今どき珍しくないと思います。なにがあったのか知りませんが、一般人を巻き込むのはやめてほしいですね』
『しかも犯人が逃亡中って…早く捕まえてください! こんな恐ろしいヴィランがいたら、寝られません!』
『……彼は、大馬鹿者ですね』
インタビューに答えた者は落胆、軽蔑、冷淡、憎悪、悲哀といったさまざまな反応があり、どれも世間の本音を暴露されているような内容であった。
インタビューの映像が切り替わる。不吉なBGMが流れ、当時武蔵の容姿を偶然撮れた一枚画像とともに武蔵の経歴が表示された。
その画像に切り替わったところでマイクが口を開いた。
「噂じゃ現場を血の海に変え、嬉々として次々と相手を斬り刻んだって話だったな。まったく…胸糞悪い話だぜ」
マイクは相澤と違い、感情が出やすい。不快に思った内容に舌打ちをして、乱暴に自慢の髪をかいた。相澤はその様子を横目に話を続ける。
「その後は2年ほど消息不明になるも、活動を再開したのか10年前から時折用心棒として活躍するなどの目撃情報が出た。人を殺めて金を稼いでいたのかとか、根の葉もない噂まで流れた。まあこれは、あくまでネットの意見だから真実かどうかは分からないがな」
事件後、武蔵の足取りをつかめず、手を焼いていた。そんなときに武蔵が悪の味方をしたと時々目撃情報が寄せられた。警察はその組織を調査するなどの対策をしたが武蔵らしき人物はいなくなっているという。
このことから警察は武蔵が活動を極道に移転し、悪事を働いていることで指名手配犯となった。現在もこうして逃走を続けているという。
「けど…武蔵の目撃情報はこの5年間一切無くなったろ。どうして今その話をするんだ?」
「狩野が、過去に武蔵と接触をした可能性が高い」
「…なんだって?」
「特徴を聞いたが、目撃情報の武蔵と一致する…入試で見たあの個性の正体は、武蔵の『
個性『刃化』
その名の通り、腕を刃に変化させる個性。詳しいことはわかっていないが、一振りすれば家屋やコンクリート製の建物も真っ二つにできる強すぎる個性である。
彼女は悪くない。当時5歳ならば個性も発現したばかりでコントロールが困難で、近くに親や大人がいなかったせいで個性を模倣してよいのか判断もつかなかったのだろう。そのせいで10年経った今でもあの個性が使えるようになっている。
あの様子ではコピーをした相手はヴィランの認識はしているものの、そのヴィランの正体が大物だということに気づいていない様子だ。本人のためにもあまり言及すべきではないだろう。
それにしても厄介な生徒を引き受けてしまったのかもしれない。と相澤は思った。
「本人曰く、邂逅したのは10年前くらいだ…おそらく武蔵が用心棒として活躍していた期間に接触をした」
「…狩野となにか、あったってことか?」
「かもな……まったく、今年の担当クラスは世話の焼ける生徒がたくさんいそうだ」
相澤はそう言って、サイトを閉じた。
父親について
世間やヒーローから見たヴィランとしての父親はこんな感じです。
ひどい経歴をもっています。これの詳細をかくのはすごく先になると思います。全てがわかるまで時間かかります。ご了承ください。
※武蔵はヴィランネームです。本名じゃありません。
時間軸のまとめ
20年前
武蔵登場、当時は極悪人のみ手を下すダークヒーロー的な存在であった。
12年前
ヴィラン大量虐殺事件の犯人と断定される。その後2年は消息不明となる。
ちなみに賦千夏市はオリジナル地名です。某ゲームの惑星が元ネタ。
10年前~5年前まで
ヴィランや極道の用心棒として時々目撃される。ヒーロー界で存在が恐れられる。これを受けて警察は指名手配犯と認定する。
ここ5年間
活動休止したのか目撃情報なし。行方不明となる。
どうして彼は事件を起こしたのか。どうして彼がヴィラン連合にいるのか。どうして彼が娘を無理やりヴィランにしたのか。そもそも彼は何者なのか。
少しずつわかっていくので楽しみにしてください。
余談
ふと思ったんですが、この小説に恋愛要素って需要ありますかね?
今まではそういった描写を意識して執筆していませんでしたが、客観的に見て「あれ?」という場面がところどころあったので、いっそ意識して書いたほうがいい? でもこの作品の需要あるか? と迷っています。
活動報告にてアンケートをとっています。物語に大きく関わるのでできるだけ多くの読者の方に協力していただきたいです。おねがいします。