※別名:主人公の闇っぽい何かが見える回。
※終盤は勢いで書いているところがあります。色々と注意。
※いつもより短めで亀展開。
活動報告10 入学初日から心が痛いです
家から徒歩で駅に着き、地下鉄を乗り継いで40分。雄英の校舎が見えた。受験の時はただただ大きい校舎だと思っていたが、生徒と言う立場になると風格ある城にしかみえない。
ここに侵入して情報を盗み、連合へ伝達するのが私の役割だ。緊張が走って心臓がバクバクと音を立てる。
素性がバレたらアウトのスパイ活動初日。
まずは先生とクラスメイトの顔と名前、あと個性のことが分かれば上出来だ。さすがに一日で全員と仲良くなるのは難しいが、少しずつ馴染んでいけばいい話である。スパイゆえ生徒としてあくまで自然体に振舞わなければならない。
「よし…いくか」
覚悟を決めて正門を潜り抜けていった。
例年雄英高校は一般入試の定員が36名、推薦4名で合計40名がヒーロー科に在籍することとなり、2クラスに分かれる。つまり、1クラス20名しかいないのだ。
しかし、なぜか今年のヒーロー科一年は一般入試合格者38名、推薦4名の総勢42名という。なんでも諸事情があるからと合格者宛の手紙で書かれてあった。諸事情については詳しく説明してくれなかったが、入学してから説明してくれるのだろうか。
日本屈指の敷地面積を誇る雄英高校は、多種多様な演習施設に徹底したユニバーサルデザイン、公式HPからは演習場や教室に案内してくれる専用の地図アプリもダウンロードできるという優れた施設となっている。
スマホに表示される地図アプリを頼りに教室へ向かうと、バリアフリーのためか4mほどの「1-A」と表示されている大きな扉が見えた。
ここが、私のクラスだ。ドアに手をかけて深呼吸をする。
第一印象は大事だ。これによって今後の交友関係も変わってくる。ドアを開けたら無難に近くの席の人と挨拶をするのがいいだろう。脳内でイメージを膨らませてスライド式のドアを開けた。
「あ…」
「あ?」
扉を開けて目に飛び込んだのは、奥の方で制服を着崩し、堂々と机に足をかける…見覚えのある不良っぽい人がいた。その人とばっちりと目が合う。
私は耐えきれず、無言でそっと扉を閉めた。
「マジか…」
思わず目元を抑えて壁に手をついて落胆してしまう。
あの風貌、あの態度、あの姿。
間違いない、あれは爆豪くんだ。どうやら彼はクラスメイトらしい。
神様、どうして爆豪くんと同じクラスなんでしょうか。
彼がいると第一印象もクソもない。普段の私しか出せなくなる。なにより彼がいるとスパイ活動がすごくしづらい。
これで緑谷くんも同じクラスだったらと考えると…頭が痛い。
両手で頭を抱えていると閉めたドアが勢いよく開いた。びっくりして視線を向けるとポケットに手を突っ込んで眉間にしわを寄せ、こめかみに青筋を浮かべる…もはやデフォルトの表情をした爆豪くんがいた。
「おい。人の顔見ていきなり閉めだすなんてな…いい度胸してんな」
「閉めだしてません。出て行っただけです」
「どっちにしろムカつく態度とんじゃねぇよ!」
案の定、怒ってらっしゃった。
彼は知り合いに無視されるのが気にくわないらしい。
「すいません。爆豪くんと同じクラスという事実に夢だと思いました。現実が受け入れられなくて」
「そうか。じゃあ、脳天爆破して現実を認識してみるか? 喜んで協力してやるよ。そんで死ね!」
「髪と制服が焦げるので遠慮しますね」
早口で丁重に断ってスキップをし、軽快な動きで彼の横を通って教室に入ると、視線の雨が降り注いだ。
わかってはいたが、今のですごく目立った。入学初日はなかなか人と会話しづらいというのに、あんな会話をすれば注目するだろう。自分の席を探していると見覚えのある女の子が見えた。
「あ、入試のときの…」
「ケロ。あなたも合格したのね」
入試で出会った蛙個性の可愛い子だ。予鈴が鳴るまで時間があるのを確認して、せっかく挨拶もしてくれたので彼女の席に近づいた。
「同じクラスだったんですね。嬉しいです」
「ええ。あたしもうれしいわ。ああ、あたしは蛙吹梅雨。梅雨ちゃんと呼んで」
「私は狩野忍です。一年間よろしくお願いします。梅雨ちゃん」
「忍ちゃんね。よろしく」
軽く挨拶をすると梅雨ちゃんは、冷めてしまったのか席に戻ろうとする爆豪くんを見て首をかしげた。
「さっき会話していた彼は…忍ちゃんのお友達?」
「はあ!? 誰がこいつなんかと――!」
「はいそうです。彼は爆豪勝己くんといって、同じ中学出身でクラスも同じだったんです」
「やっぱり。すごく仲良さそうだったからそう思ったのよ」
「無視すんじゃねぇよ!! あとダチ認定すんな!」
ぐるりと驚異の早さで爆豪くんが振り向いた。梅雨ちゃんが華麗に爆豪くんをスルーしていく。どうやら彼女は冷静沈着でちょっとやそっとのことでは驚かないようだ。
爆豪くんとの初対面であれだけバッサリいくのは凄い。
梅雨ちゃんに感心していると教室のドアが開かれる。そこへ視線を向けると緑掛かったくせ毛に、そばかすで地味めな男の子…緑谷くんが緊張した顔つきでそこにいた。
「お、おはよう狩野さん…!」
「…おはよう。緑谷くん」
どうやら運命の神様というのは残酷な展開がお好きなようだ。
ヒクつきそうな顔を必死で抑えて私は笑って緑谷くんに手を振った。それに気づいた緑谷くんは少しはにかみながら手を振り返してくれた。
「また同じクラスね」
「うん! 狩野さんとまた同じでよかったよ。変に浮かずに済みそうだし」
「待ってそれどういう意味?」
「なんでもない! 気にしないで!」
緑谷くんは焦った様子で両手と首を大きく振ってごまかした。さらっと失礼なことを言われた気がするが、おそらく緊張しすぎて本音が出てしまったのだろう。気にしないでおこう。
緑谷くんが教室に入ると、爆豪くんは一瞥した後に席へ戻った。ヘドロ事件以降、爆豪くんは緑谷くんのことを更に嫌悪するようになった。会話する気も失せているらしい。
二人の関係は以前よりも増して、こじれているようだ。
なんだかやるせなくてため息をついていると、梅雨ちゃんの後ろに座っていた男子が立ち上がり、カクカクとした独特の腕の動きをしながらこちらに近づいてきた。
顔を見れば、その人は入試で質問と私たち3人を注意した眼鏡の男子はだった。彼は背筋を伸ばして私たちの前で立ち止まった。
「おはよう。俺は私立聡明中学出身の
「私は市立折寺中学出身の狩野です。隣の彼は同じ中学の…」
「ぼ、僕は緑谷。よろしく飯田くん」
会釈をすると緑谷くんは焦りながら自己紹介をする。すると、飯田くんは深刻そうな顔つきになって緑谷くんの方を向いた。
「緑谷くん…君はあの実技試験の構造に気づいていたのだな?」
「え?」
「俺は気づけなかった…君を見誤っていたよ。悔しいが、君の方が上手だったようだ」
「ごめん…気づいていなかったよ」
歯を食いしばって飯田くんは言ったが、緑谷くんは困ったように苦笑いを浮かべていた。
どうやら飯田くんは、緑谷くんが入試で救助Pの存在に気づいたと推測したのだろう。
救助Pで乗り切れたことは事前に緑谷くん本人からの電話で聞いていた。おそらく、そういう点数については口外してはいけないのだろうが、お互いテンションが高くなってしまったので気にせず話してしまったのだ。
それと、その日にもう一つ衝撃的なことを聞かされた。それについて聞きたいことがたくさんあったが、何かと忙しくて聞く余裕がなかった。詳しくは入学式とガイダンスを終えた後にゆっくり本人に聞くつもりだ。
「そのモサモサ頭は! 地味めの!」
「あ、いい人…!」
そのとき、緑谷くんの後ろから明るい女の子の声がした。振り返ると、前髪の両端が長い茶髪のショトボブをしたほんわかとした雰囲気をした女子がいた。緑谷くんは彼女に気づき、真っ赤にして独特なポーズで腕で顔を覆った。
「そりゃそうだパンチ凄かったもん! ところで今日って式とかガイダンスだけかな? 先生ってどんな人なんだろうね?」
腕を大きく上下させてパンチの威力を表現しているのか、可愛らしい動作をする。裏表があまりなさそうな溌剌としている子のようだ。ネガティブ思考の緑谷くんを引っ張ってくれるような子で相性がよさそうである。
それにしても彼女は入学初日で緊張しながら話しているというのに、緑谷くんは一向に目を合わせて会話をしていない。何をしているのだろう。
「緑谷くん。そろそろ彼女に目を合わせて話してみなさい。コミュ障にもほどがあるわ」
「ち、近くて無理…」
「乙女か」
「お友達ごっこしたいなら、他所へ行け」
冷静にツッコミを入れていたら、突然後ろから低い男性の声が聞こえた。声がした方へ振り返ると先ほどまで何もなかった廊下に寝袋が転がっていた。
その場にいた全員が思考停止し、見つめていると寝返りを打って寝袋がこちらに振り返った。顔の方を見ると目は充血し、無精髭に肩まで伸びきったボサボサした髪の30代前後と見られる男性が包まっていた。
「ここはヒーロー科だぞ」
男性は軽く注意した後にどこからか取り出したゼリー飲料を咥えて一気に飲み干す。飲み終えるとモゾモゾと動き出してファスナーを開けて起き上がった。
何この人、ミノムシみたいで普通に怖い。
「ハイ、静かになるまで8秒かかりました。時間は有限、君たちは合理性に欠くね」
そういって男性は教室へ入っていく。口ぶりからすると教師のようだ。ヒーロー科に在籍する教師となると、彼はおそらくプロヒーローだ。
しかし、今まで記録したノートにこの人のことを書いた覚えがない。書き留めたのかもしれないが、いずれにせよ先生の個性が分からなければ正体がつかめない。
「担任の
気だるそうにそう言いのけたその人は、まさかの担任だった。
・
・
「個性把握テストォ!!?」
相澤先生が担任と判明したのちに、体操着を着るよう指示をされてグランドへ行くとそう発表された。クラスの大半は驚き、叫んだ。
「入学式は!? ガイダンスは!?」
「ヒーローになるなら、そんな悠長な行事出る時間ないよ」
先生は意見を否定して遠回しに「無い」という。学校で入学式なしというのは斬新である。アレは必須行事でないことに驚いた。
まさか入学初日で入学式もガイダンスもなしとは思わなかった。そのせいで相澤先生以外の教師を把握できなかった。今日は諦めて、他の教師については明日以降見ることにしよう。気持ちを切り替えていると相澤先生は私たちを見てきた。
「雄英は自由な校風が売り文句、そしてそれは先生側もまた然り」
そう、雄英高校は基本的に自由だ。
教師の許可さえとれば、個性を使用して演習場での特訓やサポートアイテムの開発を日夜研究などができる。
普通の高校ではできないことを生徒が独自でやれるという自由も雄英高校が人気な理由の一つである。それにしても、教師も生徒の扱いを自由にしていいとは、雄英の方針はなかなかワイルドのようだ。
「お前たちも中学のころからやってるだろう? 個性使用禁止の体力テスト」
考察をしていると、相澤先生からの説明が始まった。
個性把握テストの概要をまとめると以下の通りだ。
・個性使用禁止の体力テストと同じ8種目を行う。
・その8種目は『ボール投げ』『立ち幅跳び』『50m走』『持久走』『握力』『反復横跳び』『上体起こし』『長座体前屈』である。
・今回の体力テストでは、個性使用が認められる。
・最低限の種目ルールさえ守れば、各自は己を活かす個性の創意工夫をしてもよい。
要するに、この個性把握テストを通じて『自分の力量を把握しろ』と言いたいのだろう。今までは法律を守って個性を使う機会がかなり限られていた。良くも悪くも抑圧されてしまったため、今の自分がどれだけの力があるのか把握していない人もいるのだ。
これは、文部科学省が推奨する個性使用禁止の体力テストよりも合理的にわかる。それに、この機会に便乗してクラスメイトの個性も判明する。そして上手くいけばCopyも出来る。まさに一石二鳥だ。
相澤先生に心の中で感謝をしていると、先生はこちらをちらりと見てきた。
「そういえば実技入試成績のトップは…狩野だったな」
その一言にクラス全員の視線が私に集まった。視線を浴びて私は顔が真っ青になった。
「……はい。一応」
相澤先生からの不意打ちに冗談抜きで喀血するかと思った。
ちなみに緑谷くんと爆豪くんには合格したと言ったが、成績までは報告していない。緑谷くんはともかく、爆豪くんに言えば厄介なことになりそうだったからだ。
横目で様子を見ると緑谷くんは目を輝かせ、爆豪くんは一瞬目を丸くした後にドス黒いオーラをまとわせて血走った目で睨んできた。その眼光は人を殺せそうなほど鋭かった。
名前を呼ばれて前に出ると大きめのボールを軽く投げられる。それを反射的にキャッチすると相澤先生が質問をしてきた。
「中学のとき、ソフトボール投げ何mだった?」
「…21mです」
「じゃあ、個性を使ってやってみろ。円から出なきゃ何してもいい。早よ、思いっ切りな」
「わかりました」
大量の視線を向けられているなか、グランドに描かれた白いサークルに立つ。バクバクと激しく動く心臓を深呼吸して落ち着かせ、軽く肩のストレッチをする。
個性を使ってボール投げをするのは初めてだ。私がストックしている個性でボール投げに向いているのはアレしかない。脳内でイメージを固めると円に出ないようにして後ろに下がり、助走をつける。
円に出る寸前で力一杯腕を振り下ろし、ボールを離すギリギリで個性を発動した。
「『爆破』!!!」
球威に爆風を乗せたボールは、天へと昇ってあっという間に見えなくなった。
「まず、自分の“最大限”を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段」
相澤先生の手元にあるスマホには「543.5m」と表示されていた。どうやら今投げたソフトボール投げの記録のようだ。今日初めて爆破の個性を使うことや手汗もあまりかいていなかったことを考えれば妥当な記録だろう。
飛躍的に上がった記録にクラスメイトは声をあげて喜んでいた。
「なにこれ! 面白そう!」
「個性思いっきり使えんだ! さすがヒーロー科!」
「面白そう…か」
そのとき、不敵に相澤先生が薄く笑った。
その笑みに私は無茶難題を押し付ける時の弔さんと同じような気配を感じ、背筋が凍りつくような嫌な予感がした。
「ヒーローになるための3年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?」
突然の問いかけに、そこ場にいた全員、とっさに答えることができなかった。相澤先生の雰囲気が一変して戸惑っているのだろう。生徒たちが棒立ちになっているのを見て、先生は更に笑みが深くなる。
「よし。8種目トータル成績最下位の者は、見込み無しと判断し…除籍処分としよう」
その言葉にクラスメイトのほとんどが不満げに声を上げる。その一方で、私は拍子抜けしてしまった。
「生徒の如何は
髪をかきあげて相澤先生はニヤリと笑った。
よかった。その程度だったら、まだなんとかなる。そう思い、私はそっと胸を撫で下ろした。
てっきり『ナメた態度とったからクラス全員除籍』だと思ったのだ。それに比べれば1人だけ除籍ならまだ許容できる。雄英もなかなかキツイことをするが想像よりも優しそうだ。
…だからと言って自分が最下位にならない保証はないが、それでも今まで受けた理不尽と比較すればマシである。
「最下位除籍って…!入学初日ですよ!? いや、初日じゃなくても理不尽過ぎる!」
「…え? そんなに理不尽と思いませんけど」
「狩野さん…?」
「あ…」
だから、うっかり口が滑ってしまったのだろう。
隠れようと思うが、デモンストレーションに駆り出されたため目立つ位置にいる。今動けば余計に目立つのは明白で、私が喋ってしまったのは一目瞭然で、空耳だと言い逃れできない。
なにしてんだ私。
密偵者なのに自ら注目を浴びにいってどうする。致命的なミスを犯した。
理不尽だと訴えた彼女は標的を私に変えて、私の言ったことに反論した。
「どうしてそう思うの!? せっかく入学するまでみんな一生懸命勉強したり、特訓して頑張ってきたのに、除籍処分ってあんまりじゃない!」
「…なに言ってるんですか」
必死に訴えている彼女の言い分は分かる。
ヒーローになるため、それまで必死に努力をしてやっと掴み取ったチャンスかと思えば、理不尽な試練にぶち当たっているのだ。それは腹がたつだろう。
「世の中は理不尽で溢れかえってるんですよ」
私の一言で何を感じ取ったのか、クラスの空気が張り詰めた。どうやら、私は無意識にきつい言い方をしてしまったらしい。
だが、ここにいる彼らは本当の理不尽を知っているだろうか。
あるときは世間で過大評価されプレッシャーとなり、出かけると子どもから尊敬の眼差しを向けられて、時折知らない人から握手やサインを求められたり、学校では好奇の目に晒されて居たたまれなくなったことがあるだろうか。
またあるときはヒーローから謎の期待をされ「理想のサイドキックは?」というインタビューで時々冗談で「ヘドロ事件の英雄」と言われて、それを上司に面白おかしく言われて恥ずかしい思いをしたことがあるだろうか。
さらには、ヴィランからの無茶ぶりで死にかけるほどの特訓を受け、上司が無断で家に訪問してくつろいできたり、学校でスパイ活動しているのを悟られずに過ごすと決めた矢先に、入学初日に除籍処分の危機に曝される。
なによりも、実の親からワンクリック詐欺もどきの被害を受けたことがあるだろうか。
そして、こんな過剰な理不尽を受けると怒りやら悲しみを通り越して”無”になるのを知っているだろうか。
理不尽を知らない彼らに小言を言っておかなければ、腹の虫がおさまりそうにない。
だが、仕事をしている上でストレートに愚痴を言及することはできない。それを言ったら完全にアウトだ。別の話に持っていく必要がある。ぐるぐると頭を回転するとオールマイトの顔が思い浮かんだ。
そうだ。ここはヒーロー科だ。
きっと緑谷くんと同じでオールマイトに憧れてここに来た人もいるだろう。彼には悪いが、話のネタとして使わせてもらうことにする。
目を瞑って記憶を巡らし、ヒーローにとっての理不尽を思い出しながら口を開いた。
「この雄英高校出身で現在『平和の象徴』と謳われるナンバーワンヒーローのオールマイトは自然災害、大事故、厄災、さらに暴れ回るヴィランたち……それらの理不尽な障害から人々を救いだし、彼は生きる伝説となっています」
思い出すのはオールマイトがヘドロ事件前に緑谷くんを助けた場面だった。何の前触れもなく現れたヴィランを相手に、一瞬で人を救い、倒してしまった。
その後ろ姿は、まさにヒーローの背中であった。彼ほどヒーローらしい英雄は見たことがない。だから、彼は生きる伝説となっているのだ。
「ヒーローはそんな理不尽を幾度もぶっ壊していますよ。だから今が『平和』と言われているんです。
かなりハードルの高い話をしているが、ここにいる全員はヒーローを志す子たちだ。将来、ナンバーワンヒーローになる可能性が高い。
「オールマイトのようになりたい、もしくはナンバーワンになりたいなら…この程度の試練、乗り切らないと話にもならないと思いませんか?」
言い終えるとクラスのほとんどが呆然したのか口を半開きにしていた。痛い沈黙が流れて私は大量に冷や汗をかいた。
やばい。やっちゃったかもしれない。
誤魔化すためにヒーロー論っぽいものを言ったが、むこうからしたら入試一位で調子乗ってる奴がベラベラ偉そうなこと言っててウザいと思われてもおかしくない。
とっさに相澤先生へ視線でフォローを頼むが、何を思ったのか黙って頷いていた。
どうして納得したように先生は頷いているんだ。オールマイトの逸話はあっているから安心しろという意味か、それとも『俺にはこの空気吸えないから無理、自分でなんとかしろ』ということか、どっちにしろ私の助けに気づいていない。
誰か罵倒でも、批判でもいいから何か言って欲しい。無言タイムは辛い。
「狩野って…実はアツイやつなんだな!」
ん? 今なんて?
声のした方を見ると、片目に傷跡がある赤髪の男の子が尊敬の眼差しで私を見つめていた。
「言われてみればそうだ…それがヒーローだ。また気づけなかった…」
「入試受かってちょっと浮かれてたけど、言われてみればあたしらはヒーローになるためにここにいるんだよね!」
「確かに、この程度の試練を乗り越えなければ話にならないな!」
「さすが入試一位! 言葉の重みが違うぜ!」
それを筆頭に次々と賞賛の声が上がり、雰囲気が変わった。
なんか知らないが、すごい持ち上げられてる。そこまで私は大したことを言ってもいないのにクラス全員の闘志に火がついたようだ。なぜだかその様子に、ものすごいデジャブを感じた。
内心焦っていると、反論をしていた女の子が申し訳なさそうな顔で近づいてきた。
「狩野さん…ごめんね。あたし、無責任なこと言ってた」
「…え?」
「この理不尽に対してヒーローの理想像を伝えた上に、みんなに発破をかけて奮い立たせるなんてすごいよ! 思わず鳥肌立っちゃった。なんというか…カリスマだね! おかげですごくやる気出た!」
彼女はガッツポーズをして笑顔になった。
言っていることはかなりザックリとしているが、要するに私は彼らを激励したことになったらしい。
確かに激励っぽいことはしたが、言いたいことが微妙に違う。
私は『将来、もっと理不尽な目に遭うから今のうちに理不尽に慣れた方がいい』と言いたかっただけだ。そこまで深い意味で言っていない。
そして、デジャブの正体に気づいた。そうだこれは、ヘドロ事件後のマスコミ報道を想起させるほど酷似しているのだ。本人よりも周りが盛り上がっていてある種の疎外感があった。それにそっくりだった。
恐る恐る彼らへ視線を走らせると、既に各々個性の調整や精神統一を行なっていた。どうやら、もう手遅れのようだ。
「…それはよかったです」
私は遠い目になりながら頷いた。
それと同時にこの純粋な心を持つこの子たちを騙し続けないといけないのかと、心が雑巾絞りされたかのように痛くなった。
今回のまとめ
A組の半数近く「狩野マジカッケー!!」
主人公「どうしてそうなった!!?」
※早速、温度差が発生しました。
飯田くん…ごめんなさい。爆豪くんとの会話に混ざったら長くなり過ぎて区切りづらくなったんです…。
なんで21人ずつ? 諸事情って何?
→実技試験で合格圏内者が同率3名が出てしまい、学力で決めようとしたが奇跡的に同じ点数で校長が「合格圏内者が3人いるんだし、クラス42名でも大丈夫さ。3人とも合格にして教育しよう!」と提案したから。雄英は自由が校風で教師側もそれは然りであるため…
…という名のご都合主義です。色々考えたら一人キャラを増やした方が都合がいいためです。
対人戦闘訓練や他の行事などの人数調整はこれからします。B組の方は…あの子にしようと思っています。皆さんは予想ついていると思います。
わかっていても、お口チャックでお願いします。
余談
主人公のストレス解消法はひたすら寝て忘れる。出かけて気分転換をする。奮発して好きな食べ物を食べる。あと特訓を口実にクズ父親に殴りかかることです。