ロクでなし魔術講師と月香の狩人   作:蛮鬼

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第2巻
第6夜 変わる物、変わらぬ者


 『アルザーノ帝国魔術学院自爆テロ未遂事件』

 

 1人の非常勤講師の活躍により、最悪の結末を回避するに至ったこの事件は、関わった組織や諸々の事情もあり、表向きにはグレン1人が解決したものとして、その上で社会的不安を生じさせぬよう内密に処理された。

 だが、物事はそう上手くいかないのが世の常と言うべきか。

 事件収束から1日も経たぬうちに、帝国宮廷魔導士団の情報統制を無に帰すが如く、()()は消し去られた闇の内より現出した。

 

 アルザーノ帝国魔術学院、その学院下に築かれたフェジテの街。

 その街のとある空き家に目を付けたのか、ソレらは惨たらしい様を晒して、フェジテの住民たちの視線を集めた。

 

 学院を襲撃したテロリスト。

 ジン=ガニスと、レイク=フォーエンハイム――その2人の()()

 この世ならざる恐ろしい何かを見てきたかのような、恐怖に染まり切った顔のまま絶命したらしい2人の生首は、想像以上にフェジテ、ひいては帝国政府そのものを震撼させた。

 

 犯人は『血塗れの殺人鬼』。

 表の世界にその名が広まったのが4年前。裏の世界、闇社会に生きる者ならば、もはや知らぬ者のいない連続殺人鬼。

 魔術を使えぬ身でありながら、夜な夜な外道魔術師を狩り殺す彼の名は魔術師たちに大いに恐れられ、同時に魔術を扱えぬ一部の一般人からは英雄視さえされる程に賞賛されていた。

 だが今回の一件は、それまでに彼が得て来た民衆からの好意を、全て己に対する恐怖へと変えてしまう程に凄惨たるものだった。

 

 

『求める者よ――かねて“()”を恐れたまえ』

 

 

 空き家の壁にこれでもかと大量に使われた血によって書かれた、誰かへの警告。

 使われた血はまず間違いなく、ジンやレイクのものなのだろう。それ故に、その警句に対する民衆たちの恐怖は倍増する形となった。

 道を踏み外し、己以外を実験材料としてしか見ていない外道魔術師たちを狩る殺人鬼。

 例え帝国や魔術師たちが彼を悪人と称し、罵ろうとも、自分たちだけは彼を信じている――そう思っていたのだろう。

 

 だが、彼の為すべき行いは民衆たちの想像を遥かに上回るモノだった。

 一般人だろうと魔術師だろうと関係ない。人の道を外れ、真に悪へと堕ちた者をこそ誅する処刑人。

 その行いはどこまでも純粋で、だからこそ常人には理解し難く、この生首事件を機に彼を応援していた者の数は減少していくこととなった。

 

 その様を見る者が見れば、きっとこう思うだろう。

 かつてのヤーナム――未だ狩人が英雄で在り得た頃から、侮蔑の存在へと成り果てて行く過程。その再現のようだ、と。

 

 

 

 

 

 

「――よろしかったのですか?」

 

 

 古工房の扉近くより、人形がそんな問いを彼に掛けた。

 工房内でいつもの如く、狩道具の修理を行っていた彼の手がその声によってふと止まり、手にしていた金槌が机に置かれる。

 

 

「……何がだ?」

 

「先日の貴方様の行いです。

 民より獲得してきた人気を、自ら手放すようなあの行い……狩人様、あれは本当に貴方様にとって、必要なことだったのでしょうか?」

 

 

 現実世界のジンとレイクの肉体を使い、作り上げた血の警告。

 およそ人の身では為し得ない――否、為そうとすら思わないであろう悍ましい所業を目にし、これまで『血塗れの殺人鬼』(ギルバート)を慕っていた民衆の内、その大半が彼から離れていった。

 民衆の味方、魔術(ちから)なき者たちの救い主、夜の執行者。

 人を人とも思わない外道魔術師たちを葬る狩人の行いは、何も知らぬ民衆からすれば英雄的行動とさえ見えたのだろう。

 

 だが、今回の一件で以て彼らの思い描く偶像は打ち砕かれた。

 自分たちを外道の魔の手から守り続けて来た英雄は、正真正銘、本物の()()()だという現実を、改めて突きつけられたのだ。

 そしてそれこそが――狩人ギルバートにとっての狙いでもあった。

 

 

「人気などは必要ない。そも、民衆が殺人鬼を英雄と崇めるなど、それこそ世も末というモノだろう……」

 

「故に、自らを悪逆の象徴に?」

 

「……そんな大げさなものじゃない。ただ、認識を改めさせただけだ」

 

 

 工房の奥。簡素な布を被されただけの()()に近付き、それを思い切り取り払う。

 備え付けられたランプに照らされ、露わとなったのは2人の男。

 テロリスト――かの悪名高き『天の智慧研究会』の構成員、ジン=ガニスとレイク=フォーエンハイムだ。

 

 かつては幾人もの罪なき人を殺め、悪行の限りを尽くしたであろう2人の外道魔術師だったが、今の彼らには魔術師どころか人間、生物としての自由はない。

 

 

「かの老ゲールマンは、この夢に身を置きながら、だが現実に自身の肉体を有してはいなかった。

 それが月の上位者の権能(ちから)によるものだとしたら、かの魔物を屠った俺も――と思ったのだが……」

 

「――ッ、――ッ!」

 

「ああ……猿轡を外すつもりはない。

 苦痛に悶える人の叫声など、耳障りで仕方がない」

 

 

 虚空に左手を伸ばし、その空間のみを歪め、挿し入れる。

 そこから取り出し、掌中に収めたものは1つの頭蓋――いや、それはただの頭蓋ではない。

 頭蓋の割れ目から漏れ出るのは、並ならぬ神秘を宿した人外の智慧。

 常人ならばその断片すら取り込んだ瞬間、膨大過ぎる知識と神秘に堪えかね、発狂するのは必然。

 

 だがだからこそ、これを使う意味があるのだ。

 

 

「お前たちの言っていた声――『夢の声』と言ったか?

 それについて詳しく聞きたいのだが……」

 

「――ッ」

 

「ああ、分かっている。喋る気などは毛頭ないのだろう。

 此方としても……そう容易く口を開いて貰えるとは思っていない――だが」

 

 

 頭蓋を握る左手に僅かだが力が籠る。

 それに伴い、掌中の頭蓋より軋む音が鳴り、割れ目より知識、そのごく僅かな断片が漏れ出て、ジンの体へと吸い込まれていった。

 

 

「――ッ!? ――ッ!!」

 

 

 その直後、ジンの両目が見開かれ、狂ったようにその身を痙攣させた。

 びくんッ! とまるで陸に打ち上げられた魚のように身を震わせ、限界にまでその目を見開く彼の姿は、さながら拷問中の虜囚そのものだ。

 何が起きたのかと、隣のレイクもその目を開き、彼の様子を見ているが、そんな彼らを冷たい眼差しで見つめたまま、ギルバートは言葉を続けた。

 

 

「この通り、吐かせるための道具は幾らでもある。

 故に外道共、無駄な忍耐は止めたまえよ……苦悶が一層、長く続くだけだ」

 

 

 悶え苦しむジンの姿に、ギルバートは驚くほどに反応を示さない。

 驚愕も、哀れみも、憤怒も、喜悦も。

 如何なる感情を露わとすることもせず、ただ静かに眺めているのみ。

 

 いや、もはや彼の瞳にはきっと、ジンとレイクは生物としてすら映っていないのだろう。

 悪行の限りを尽くした外道など人に非ず。

 人の姿を模しただけの――ただの肉袋だ。

 

 

「さあ……お前たちはどうすれば、吐いてくれる?」

 

 

 もはや現実の体は存在せず、精神のみと成り果てた彼に逃げ場はなく。

 夢の主の意のまま、その最期の瞬間まで道具として生かされ続ける。

 まるで、それこそが彼らに対する罰であるかのように――。

 

 

 

 

 

 

 ――自爆テロ未遂事件から一月後。

 

 どうもグレンは、正式にこの学院の講師として就職することが決まったそうだ。

 それまでは真面目な授業を行うようになったとはいえ、魔術嫌いは変わらぬままだった彼が、何故そのような形に至ったのかは分からない。

 いや、分からないというのは間違いだ。

 現にギルバートは、何故にグレンが正式に講師となったのかの理由について、その大体を察している。

 だが、そこまでだ。彼は別段、グレンに強い興味があるわけではなく、彼がどうなろうと知ったことではない。

 

 いつの日だったか、彼に助言らしいものを授けたことはあったのだが、あれは単なる気まぐれも同じだ。2度目があるかどうか、それこそ分からぬものだ。

 けれども、いざ狩人として行動する際には、あの男はそれなりに使える。

 ヤーナムの狩人たちほどではないにしろ、魔術に依らない近接戦闘能力。

 そして対魔術師用の切り札、固有魔術【愚者の世界】。

 あの2人を拷問した末、ギルバートが求めるモノは彼らの属していた組織『天の智慧研究会』の近くにあることが分かり、かの魔術結社はどうもグレンの教え子であるルミアを狙っているそうだ。

 

 かの組織に狙われているという点では、ギルバートも同じなのだが、ルミアも狙われているとなれば、あのグレンが黙って見ている筈がない。

 

 

(クセはあるが、それさえ注意すれば使い勝手の良い駒だ)

 

「――ん。ギルバート君」

 

「ん……? ――あっ、はい! 何でしょうか、学院長?」

 

 

 考えごとを1度止め、呼び掛けてくる学院長の声に遅れながら応じる。

 あの事件の際、ギルバートは一応、学院内に居ることとなっていた。

 目的は違えども、狩人としてグレンと共に事件を解決に導いた彼であるが、そのことを学院の関係者――特に学院長には知られるわけにはいかなかった。

 

 故に学会から彼らが戻って来た際、彼は即座に学院長のもとへ向かい、言い訳をしたのだ。

 一般人である自分の力など、学院の生徒にさえ劣る脆弱なもの。

 だから医務室を離れ、学院内のどこかに隠れていた――と。

 

 聞く者が聞けば、何という無責任な男だと怒りを露わにし、罵詈雑言を浴びせてきただろう。

 だが、表向きとはいえギルバートは一般人だ。

 魔術の1つも扱えない、ただの町医者に外道とはいえ凄腕の魔術師たちに戦うことなどできる筈もなく、それが理由で講師・教授陣は彼のことを強く非難することはできなかった。

 故に今回の呼び出しについても、あの事件絡みのことならばそれほど強く責任は問われまい。

 

 

「大分遅くなってしまってすまないね。先月の一件、本当に申し訳なかった。ギルバート君」

 

「い、いえ……私の方こそ、申し訳ありません。

 医務室を任されておきながら、生徒を放って1人隠れるなど……」

 

「それはいいんだ。こういう言い方はよくないのだろうが、儂や講師、生徒たちは魔術の担い手。

 だが君はただの一般人。優れた医療技術を持っているとはいえ、魔術師ではない君に外道魔術師(テロリスト)の迎撃を任せるなど、それこそ大きな間違いだ」

 

「……学院長」

 

「まぁ、生徒を放って自分だけ隠れてました、というのは流石に教育者として見過ごせんがね」

 

「……すみません」

 

 

 幸いにも、生徒たちからの批判の類はなかった。

 未熟とはいえ、彼らも魔術師の卵ということなのか。魔術師と一般人の差というものを理解し、その上でギルバートを許してくれた。

 流石に全員とまではいかなかったが、理解ある生徒――特にあのルミア=ティンジェルという女子生徒は、彼のことを庇いさえしてくれた。

 

 

(そう言えば、元から優しい性格の娘ではあったが……流石にバレてはいないだろうな?)

 

「さて、この件に関してはここまでとして。

 そろそろ本題に入ろうか」

 

「……?」

 

 

 本題――確かに学院長はそう言った。

 つまり自分をここに呼んだのは、例の事件に対して何らかの責任を取って貰う……そういう話があってのことではないらしい。

 

 

「実は――」

 

 

 豊かに蓄えられた口髭が動き、覆い隠されていた口から紡がれた言葉。

 その言葉を耳にし、ギルバートが珍しく驚愕の表情を表わしたのは、その直後のことであった。

 

 

「ギルバート君、すまないが君――グレン君の補佐、頼めるかね?」

 

 

 

 

 

 

 狩人ギルバートは、『1つの可能性』を見落としていた。

 

 古都ヤーナムでの一夜の出来事。

 狩人たちの存在理由でもある『獣狩りの夜』が終わり、その直後に彼はこの未知なる世界に飛ばされた。

 そこで魔術を知り、それを扱う魔術師を知り、そして道を外れ、心を獣へと堕とした外道魔術師たちの存在を知った。

 

 数多の知識を得て、未知なる技術を知り、それを悪用する狂人を知った以上、彼が為すべきは狂人共の鏖殺、そして自らを飛ばした何者かの正体を探ることだった。

 成程、実に彼らしい。

 ヤーナムを生きた者、平らに連なる幾多もの世界に存在する『最後の狩人たち』――その1人である彼の行いとしては、深く納得できてしまう行動だ。

 

 だがそれ故に――彼は見落としていたのだ。

 1つの物事に縛られ、それにのみ意識を集めてしまうほど彼の視野は狭くはないが、それでも限界はある。

 ()()()()()は、その限界の外にあったものだ。

 摩訶不思議なる別の世界に飛ばされたのは、何も()()()()()()()()()ということだ。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ………!」

 

 

 逃げる。

 逃げる逃げる逃げる。

 後のことなど考えず、たがひたすらに逃げる続ける。

 

 逃走し続けている男は、魔術師――世間でいう外道魔術師と呼ばれる者たちの1人だ。

 とは言っても、『天の智慧研究会』のような大組織に属するほどの者ではなく、裏を探せばどこにでも居そうな野良の外道魔術師だ。

 だが野良とはいえ、外道は外道。そして魔術師は魔術師だ。

 己が好奇が何かに向けられれば、その衝動を抑えることはできず、その内側を探りたくなるのが彼らという生き物だ。

 

 『好奇心は猫を殺す』という諺があり、今の彼はまさに、己が好奇心によって引き起こされたものに殺されようとしている最中なのだ。

 

 

「あぁ――!?」

 

 

 街を抜け、人気のない草原を走り抜けた先にあったのは崖。

 下に広がる森林は、夜闇の中にあることもあってか黒々しく、一層その不気味さを増して男を今か今かと待ち続けている。

 冗談ではない。こんな高さから落ちでもすれば、自分の身など容易く死に至る。

 

 【ゲイル・ブロウ】あたりを使えば、突風によって勢いを和らげ、落下しても激痛程度で済むかもしれないが……

 

 

()()()が追って来ない筈がない……!」

 

 

 ――()()()

 

 まただ。また聞こえた!

 他の者では決して耳にすることのできない、()()()()()()()、その音色を。

 即ちそれは、未だ彼を狙う刺客が追跡し続けていることの証明。

 例え地の果てまで逃げようとも、あの男は決して諦めない。

 

 何者も逃れることなど叶わない。

 あの男……血に塗れ、狂気を纏うあの()()()

 血に濡れた()()()を被る、あの男からは――!

 

 

「が――ぁ……っ!?」

 

 

 ずぶり――と、嫌な音が耳に響く。

 腹の半ば辺りより突き出たソレは、まるで生き物のように蠢く切っ先。

 鉄や木のそれではない、もっと生々しい何かでできたソレを受けた魔術師は、何が起きたのか理解できぬまま意識を失い、死に絶えた後に崖から真下の森へと落ちていった。

 

 そして、その光景を崖より見下ろす男が1人。

 

 

「愚かな……」

 

 

 男の姿は、外道魔術師の男が言っていた通りのものだった。

 血に塗れた異邦の衣服。頭の上から被った、恐ろしい獣の皮。

 携えた得物も剣や槍などの類ではない、尋常ならざる長大さを誇った異形――その正体は槌。

 

 脈動する長槌を肩に担ぎ、血塗れのままで森を見下ろすその姿は帝国内、特にフェジテで有名な『血塗れの殺人鬼』にも似ていた。

 

 

「知るべきではないこと……それに近付く愚か者。

 世は変われども、人の性はやはり変わらぬ……か」

 

 

 妖しく輝く月を見上げ、男がそんな呟きを漏らす。

 そしてズボンのポケットにあった宝石――貸し出された通信魔導器が震動したのは、その直後のことであった。

 

 




 次回より原作2巻に突入です。

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