ロクでなし魔術講師と月香の狩人   作:蛮鬼

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 久々に短期で投稿&一万字超え。
 新ゲームやりながらよく投稿できたなと自分でも驚いている蛮鬼でした。

 それでは今回もどうぞ。


第24夜 矛盾の英雄、二面の狩人

「――まず手始めにグレン、君は一年余り前のあの事件を覚えているかい?」

 

 

 酷薄な笑みを湛え、不気味な眼差しを向けたままジャティスが問う。

 その問いかけにグレンは短く歯軋り、当たり前だろと忌々し気に返した。

 

 

「忘れる筈がねぇ……テメェの引き起こしたあの事件のせいで、どれだけの人命が失われたと思ってる……!」

 

「そうだね、大勢死んだね。……そして彼女――セラも」

 

「――!」

 

 

 右手に握る拳銃の撃鉄を引き起こし、今にも銃口を向けんとするグレンを黒腕が遮る。

 

 

「今は堪えろ」

 

「……っ」

 

「だがねグレン、あの事件の全ては正義のためだったんだ」

 

 

 は? とここでグレンとギルバートの反応が初めて被った。

 グレンは直接の関係者として、ギルバートは裏世界での情報網を通して事件の内容を知っていたからこそ、そのような反応が出たのだろう。

 幾十を超える膨大な犠牲者たち、もたらされた悲劇、後に刻まれた爪痕。

 その全てが正義のためと言い張るジャティスの思考を、彼らは本気で疑ったのだ。

 

 

「グレン、そして月香。君たちは知らないだろうが、この国はとある邪悪な意思の下に創られた魔国なんだ。

 いずれ来たる最悪の脅威を除くためにも、この帝国は滅びるべきなんだ」

 

 

 帝国を滅ぼす――そう言い張るジャティスの姿は、はっきり言って狂っているとしか言い様がないだろう。

 現に件の事件を知らないシスティーナは、彼が何の躊躇いも無く国家滅亡を肯定する姿に恐怖し、彼の正気をグレンたち以上に疑っていた。

 

 

「故に僕は一年前、正義を執行した。君の言う通り犠牲者は多数出たが、それでも目的達成のためにはあまりにも小さかった。

 しかし……善行とはまず、自分ができることから始めるべき、と言うだろう?

 理想だけを掲げ、しかし何もせずに座して待つなど、それこそ僕の忌み嫌う偽善者共と同じに成り果ててしまう」

 

 

 だが――と。そこでジャティスは一息吐き、その淀んだ灰色の双眸を一層大きく見開き、グレンを強く凝視した。

 

 

「そんな僕の前にあの時立ちはだかったのが君だ、グレン! 君は僕と相対し、僕の完璧なる行動予測すら凌駕して打ち勝った!

 僕の正義が、君の正義に敗れた瞬間だった……!」

 

「……そうかよ。回りくどくあの事件を模して、こんな状況にまで至らせたのは、結局のところ、俺への復讐ってことかよ」

 

「……復讐?」

 

「違うかよ。結局てめぇは、俺に敗けたことが気に入らなかったんだろう?

 てめぇの語る正義ってヤツが、俺みたいな奴に敗北したことを認められなかったんだろ?

 ……いいぜ、逆恨みも甚だしいところだが、どっちにしろてめぇをぶち殺すことに変わりは――」

 

「……ふざけるな」

 

 

 その瞬間より、ジャティスの纏う空気が一変した。

 纏う狂気は熱を帯び、病人のように白かった肌は怒気で僅かに赤みを帯びる。

 そして狂的な薄ら笑いは失われ、そこにはこれまでに見たことのない怒貌が表われていた。

 

 

「ふざけるなよグレン……! 君は僕を侮辱する気か!」

 

「っ!?」

 

「この僕が、そんな下劣で無意味で、一時の感情の発散にしかならない非生産的な行為に手など染めるものか……!」

 

「……では、貴様は何のために再び、このような状況を生み出したというのだ?」

 

「愚問だね、月香。さっきも言ったろう? ――正義のためさ」

 

 

 口を開けば正義、正義、と。

 この時点でギルバートのジャティスに対する評価は最底辺にあったが、それとは別にジャティスを単なる夢想家と見ることは出来ていなかった。

 そもそも、ただの夢想を語る馬鹿者ならば、かつてや今回のような凶行に手を染める筈もない。

 

 

「これは謂わば『挑戦』さ。グレン、かつて僕の正義は君に敗れ去った。真の悪を知り、正しき正義に目覚め、正義のために魂すらも捧げると誓ったこの僕が……君のような何も知らない『愚者』の正義に敗けたままなど、あってはならない! 断じて否だ……!」

 

「……そうかよ。つまりてめぇは……」

 

「ああ、そうさ。僕は証明する。あの日の敗北が、何かの間違いであったと。僕の正義こそが、偽りのない真実であることを証明する」

 

 

 

 

「君を打倒し、この僕こそが――真の『正義の魔法使い』となる……!」

 

 

 

 

 高らかなる宣言の後、沈黙がその場を支配する。

 彼に与したアルフレートを除けば、ジャティスに対する各人の反応は呆れ、困惑、そして侮蔑と……決してよろしいものではなかった。

 それでもジャティスは語り続けた。まるで自身の抱く夢を友人に語る、幼き子供のように。

 

 

「グレン、月香! 君たちには話そう! 僕はこの国と世界の真実を知ると同時に、世界の全ての理を支配する存在を知ったんだ!

 そう――『禁忌教典』(アカシックレコード)だ!」

 

「……!」

 

「……? 何だ、それは」

 

「だが、あの力はあまりにも人知を超えている! 人が触れていい代物じゃあない!

 邪悪の手に渡れば、この世界はたちまち滅び去ってしまうだろう! だからこそ! あれを所有するべきは、絶対的に正しい人間だけなんだッ!!」

 

「では、その絶対的正義の人間とは……いや」

 

「ああ、語るまでもないだろう! この僕が、あの力を押さえなくてはならない! だけどね、僕は絶えず自問しているんだ。

 究極的なるあの力の所有は、何よりも優先して行うべき義務である筈なのに、肝心のこの僕は、かつてグレンの正義に1度敗北を喫している。そんな僕に『禁忌教典』(アカシックレコード)を手にする資格があるのか? いや、断じて否だ!

 例え世界の全てが認めても、この僕自身がそれを許さない! 認めない!」

 

 

 剥き出した眼球を血走らせて、ジャティスの言葉が加速する。

 

 

「だからこそグレン! 僕は君を倒し、揺るぎない純白の正義と共に『禁忌教典』(アカシックレコード)を手にする資格を得る!

 そしてその力で『正義の魔法使い』となり、この帝国を、天の智慧研究会を、否――この世全ての悪を駆逐し、真の平和をこの世界に築く!」

 

「……」

 

「分かるかいグレン!? この全ての悪は、絶対的正義の執行者たる僕の手によって滅殺されるんだ!

 この僕がいる限り、この世界に『悪』という存在は一片たりとも許さない! 真っ白に漂白してやる! (みなごろし)だッ!!」

 

「ぁ……ああ……ああ……ッ!」

 

 

 ようやくジャティスの演説が終わると共に、力の無い声を上げて、システィーナがその場にへたり込む。

 無理もなかった。口走る全てが狂的で、およそまともな部分が何一つとして存在しないその語りの最中、しかしジャティスはただの1度も自身の言動を疑いはしなかった。

 狂的で、しかし真っ直ぐで、決して折れることを知らない眼差しはいっそ清々しささえ感じさせて――だからこそシスティーナは、ジャティスに対して恐れを抱いてしまった。

 

 ()()()()()――その一言で、全てが片付いてしまう程に、ジャティスという人間は、もはや後戻りのできない狂気に憑りつかれていた。

 だが――ジャティスの語りは、まだ終わりではなかった。

 

 

「だが――信条を曲げるようで癪だけど、この世に在って然るべき『悪』も存在する――君だよ、月香」

 

「……!」

 

「……何を考えてやがる、ジャティス」

 

「手を組もう、英雄殿」

 

 

 その突然の提案に、グレンとシスティーナは絶句した。

 あれだけ悪を許さないと言っておきながら、存在すべき悪もいると述べたこともそうだが、何よりこの場面で勧誘を行って来たジャティスのその行為に、2人は驚愕を隠せなかった。

 

 一方、勧誘を呼び掛けられた当の本人(ギルバート)は目立った反応は見せず、しかし枯れ羽帽子の下に覗く双眸を一層険しいものへと変え、ジャティスとアルフレートを睨み据えていた。

 

 

「君は悪だ。外道魔術師共を殺戮し、市民の平穏を保ってきたとはいえ、数ヶ月前の血文字のメッセージもあって、少なくとも世間からの一般的な評価は君を『悪』と定義付けている」

 

「……それがどうした」

 

「だが、その行いの本質に邪性はない。どれだけ惨たらしく殺そうと、どれだけ多くの血を流すことになろうとも、それは君の信念による行いの結果であり、その果ては必ずと言っていいほど秩序の保存に終着していた。……ギリギリではあったけどね」

 

 

 そう、ジャティスは適確に真実を見抜いていた。

 残酷な手口、凄惨な殺戮現場、非人道的行動の数々。

 多くの人間、少なくとも同じ魔術を扱う者たちならば、その恐怖心から彼を悪と定め、忌み嫌っているだろう。

 事実、彼の凶行はこの4年間、帝国の夜を支配し続け、事件が起きる度に方々で騒ぎが生まれ、混沌が一時その場を包んでいた。

 だが、ジャティスは全く別の見方で彼の凶行を観察していた。

 

 

「そもそも、君が度々外道魔術師共を誅殺しなければ、連中は今より一層幅を利かせ、この世界の闇に跋扈していたことだろう。

 比類なき巨悪が力ある者にとっての敵ならば、鼠の如く散らばる無数の悪党は、力なき者たちにとっての脅威だからね。その行動を抑制し、絶えず削り続けることの労苦がどれほどのものか、この国の偽善者共は知らないのさ」

 

 

 もたらす混沌は一時のものなれど、その一時の混乱が半永久的な秩序を支えていたこともまた事実だ。

 もしも、彼が魔術師狩りの恐怖を広めていなければ、今頃この帝国の裏では一層外道魔術師たちが蔓延り、さらなる悪事を働き、人々の安寧を脅かしていたことだろう。つまりは――

 

 

「月香、君という社会的大悪の凶行が、奇しくも他の悪党共の抑え役となっていたんだ。

 それは、あの忌まわしい天の智慧研究会さえも例外ではなく、だからこそ僕は君という悪を特例として認めることにしたんだ。

 悪を以て悪を制する――『偽悪の英雄』として、ね」

 

「……貴様に讃えられても、嬉しくも何ともないがな」

 

「そう言わないでくれ。……さて、他にも語りたいことは山ほどあるが、時間は有限だ。それに、先の話で僕が君を誘った理由の説明にはなっただろう。

 偽悪の英雄、アルフレートたち異境の狩人の頂点へと至った超人『月香の狩人』。この世界の平和のため、悪の撲滅のためにも、どうかその力を貸してくれ」

 

 

 尊大さを感じさせる口調は変わらぬものの、その眼差しと意思は真剣そのもの。

 全悪の滅殺のため、絶対的正義成就のためにも、ジャティスは本気でギルバートを欲していた。

 手段はどうあれ、ジャティスの正義に捧ぐ意思と覚悟は本物だ。それこそ正気を失い、狂気に心身を堕としてしまう程に。

 それこそ信仰にも似た強烈な奉身に感銘を受けたからか、同じく狂信の気があるアルフレートも、彼の同士となったのだろう。

 

 

「ギルバート先生……」

 

「月香……」

 

 

 すぐ傍で自分を呼ぶ声がした。

 1つは不安を隠し切れず、自分に縋るようなか細い声。

 1つは低く静かに、しかし確かな信頼を寄せた声。

 

 

(……悩むまでもない)

 

 

 だが、即答はせず、ギルバートは暫しの沈黙を選び取った。

 グレンとの決闘を望む以上、ジャティスが中毒者たちを此処に集め、袋叩きにするという可能性は先程のやり取りから皆無と確信できる。

 故に他の援軍が来る可能性がある以上、時間が限られているのはジャティスの方であり、グレンやギルバートに対してはその限りではない。

 この沈黙は、その許された時間あっての行為であり、彼が()()で敵と相対するためのその前準備のようなものだった。

 

 

「……あらゆる物事は、正しき道にて用いるべき」

 

「なに……?」

 

「筆は学業に、食器は食事に、医術は医療に……あらゆる物事には、それぞれに正しき用途というものがある。

 数ある用途の中において、本来在るべき分野の中で用いてこそ、物も技術も、概念すらも真の意味を発揮する」

 

 

 ――だが。

 

 

「だがどうだ。魔術も、医術も、本来あるべきとは全く異なる用途で使われ、外道の術技と成り果てているではないか。

 俺の扱うこのノコギリも、貴様の扱うその錬金術とやらも、今や血に塗れ、外道の手足と化し、腐れ果ててしまっている」

 

「……何が言いたいんだ、君は」

 

「……分からんのか?」

 

 

 刹那、枯れ羽帽子の下の眼光が変わる。

 それは怒気を孕み、嫌悪の念で塗り固められ、ドス黒い殺意——憎悪の視線。

 

 

「貴様が口煩く紡ぐ『正義』とやらも、既に意味を失くしていると言っているのだ。

 正しきを為す? ……笑わせるな。違えた道で用いられたその瞬間より、その正義は正義足りえん。

 虐殺あっての正義など、俺や医療教会の連中と同じ、救いようのない――だッ!!」

 

「っ! 貴様――ッ!!」

 

 

 瞳に怒りを宿しながら吼えるジャティス。

 そんな彼を睨みつけ、ギルバートは携えた全ての武装を虚空へ戻すと、また新たな狩人武器を引き抜いて、その両手に握り締めて――。

 

 

「フ――ッ!」

 

 

 すかさず()()――放たれた水銀の魔弾が、ジャティスの心臓を抉らんと豪速で迫る。

 堅牢な獣皮さえも貫く弾丸。しかしそれは、再び突き立てられた車輪によって防がれた。――だが、

 

 

「……っ」

 

 

 車輪の一部が大きく削られている。

 生半可な攻撃ではビクともしない、名高き聖者が率いた処刑隊の主武器が、ここまでの損傷を受けるなど初めてのことだった。

 何が原因かとギルバートの方を見やると、アルフレートの視線は彼が握る左手の銃器――古めかしい装飾が施された古式銃へと注がれた。

 

 

「貴様――その()()は……!」

 

「――小僧!」

 

「……ああ!」

 

 

 相手が冷静さを取り戻すよりも前に、2人は行動に出た。

 互いの銃弾を撃ち放ち、ジャティスたちを牽制しながら準備を整えていく。

 

 

「行け、システィーナ君!」

 

「ここはもうお前の居ていい世界じゃねぇ! 互いの命を賭けた、本当の殺し合い(クソッたれ)の世界だ!」

 

「せん、せい……。――ッ!」

 

 

 2人の怒声に圧倒されながらも、システィーナは最後の力を振り絞り、踵を返してその場から立ち去った。

 これでいい。これで誰も巻き込まなくて済む。見せなくていいものを見せずに済む。

 本気の殺し合いへと――移れる。

 

 

「――殺るぞ」

 

 

 刃が煌めく。引き金が引かれる。魔術が蠢動する。

 ――異端者(ロクでなし)たちの殺し合い(たたかい)が、始まる。

 

 

 

 

 

 

 ――銃声が鳴り響く。

 

 放たれた弾丸が結晶体のような姿をした精霊を砕くと、その下へ砕けた結晶片が粉雪のように降り注ぎ、やがて溶けるように消えていく。

 

 

「まだまだ!」

 

 

 しかし、ジャティスは手を止めない。

 突き出した手から疑似霊素粒子粉末(パラ・エテリオンパウダー)を振り撒くと、それらがジャティスの深層意識野にいる神魔の姿を模り、新たな尖兵として具現する。

 【彼女の左手】(レーズ・レフト)――“黄金の剣を握る左手”の形をした異形の精霊は、たちまち数を増やし、その全てが大海を泳ぐ鮫の如く繰り出し、グレンへと襲い掛かる。

 

 

「屈め!」

 

 

 飛来する剣群の猛襲を、けれどもそれ以上の数で放たれた銃弾が阻止する。

 一発一発が必滅の威力を孕んだ銃弾。それらが異形の精霊を悉く砕き、その全てを欠片と変えて消していく。

 その様子を見ながら、銃弾の射手――()()()()()を構えたギルバートが、その銃口をジャティスへ向けようとしたその時――絹を裂くような甲高い裂帛を伴い、強烈な重撃が振り下ろされた。

 

 

「ヒャアアアアアアアアァ――ッ!!」

 

「ヌゥ……!」

 

 

 瞬時に後方へ跳ぶ(バックステップ)。そしてすかさずの連続射撃。

 二丁拳銃から放たれ、展開された弾幕がアルフレートに猛襲する。

 車輪の一撃で噴き出た土煙のせいで見えないが、あの弾幕を全て回避するのは至難の業だ。

 かと言って先程と同じように車輪を盾に防ごうにも、新たな拳銃――『エヴェリン』の血に依った破壊力は、車輪の防御さえも削り取る。

 それはあちら方も知っているだろうし、ならば防御に徹することはできず、数発の被弾を覚悟で回避を取る、と。そう読んでいたが……

 

 

「……!」

 

 

 土煙が突如晴れる。

 吹かれた豪風が土色のカーテンを取り除くと、その隙間から豪速で巨大な()()が飛んでくる。

 

 

(回避——いや、間に合わん……!)

 

 

 完全回避が不可能と悟ると、ギルバートは動きを変えた。

 ギリギリにまで体躯を左に動かすと、右手の銃を変形――大振りな騎士剣へと変えると、その刀身で飛来する大物を受け、そして流す。

 軌道を変えられた大物――車輪はそのまま飛んでいき、轟音を伴ってその先にあった建物の壁を粉砕した。

 

 

「……」

 

「……嘆かわしい」

 

 

 声のした方向を振り向く。そこには、やはりアルフレートの姿が見えたが、その有り様は先とは大きく異なっていた。

 薄汚れた白の聖布は撃ち抜かれ、生じた孔より滲み出る血で鮮やかな赤に彩られている。

 面積の多い胴は勿論のこと、手足のあちこちからも血が垂れ流れ、その全てが銃弾の命中箇所であることを物語っていた。

 

 

「嘆かわしい……貴方ともあろう御人が、よりにもよってそのような()()()()()をお使いになろうとは」

 

 

 多量の出血も厭わぬまま、長銃を片手にアルフレートが突進する。

 およそ重傷を帯びているとは思えない速度で迫るアルフレートに、ギルバートは左手のエヴェリンと右手の変形騎士剣(レイテルパラッシュ)で応戦しようと構える。

 だがアルフレートにその気はない。長射程狙撃こそを求めた長銃で出来る、精一杯の連射を繰り返しながら疾走しつつ、彼の体躯はギルバートの横を通り抜けた。

 

 瞬間、アルフレートの狙いを悟ったギルバートがすぐさま騎士剣を銃へと変形させ、再び弾幕を張るべく発砲する。

 が、時既に遅し。砕かれた壁の先に埋もれる車輪を引き抜くと、それを担ぐようにして構えたまま、再び豪速の突進が仕掛けられる。

 無数の弾丸も、それら全てに被弾することも厭わぬままの突進。

 死兵も同然の戦法に思わず絶句するギルバートだったが、すぐさま古式銃と銃剣――否、銃剣を仕舞い込み、瞬時に取り出した鋼の大剣(ルドウイークの聖剣)を垂直に突き立て、盾と為して受け止めた。

 

 

「貴方は否定なされるでしょうが、貴方が今日まで積み上げてきた行いは、紛れもなく偉業でした。

 多くの人命を散らしたのは事実でしょうが、それも仕方のないこと。何せ彼らは、どうしようもない外道だったのですからね」

 

「くぅ――シャアアッ!」

 

 

 押し迫る車輪を大剣の薙ぎ払いにより、アルフレートごと吹き飛ばす。

 人外的剛力で以て放たれた薙ぎ払いは強く、けれどもアルフレートは車輪に自身の重みを加え、強引に落下することですぐさま着地。そして再び車輪と長銃を構えてギルバートに向き直った。

 

 

「偉業を成した者は、須く英雄と称賛されるべきです。そして英雄には、それ相応の振る舞いや装いが要求される。

 我が師、ローゲリウスがそうであったようにね」

 

「……そんなにも気に入らないか、この古式銃(エヴェリン)が」

 

「ええ、気に入りませんとも。そしてそれを平然と扱う今の貴方も」

 

 

 黄金の三角兜の下で、アルフレートが怒気を混ぜた声を吐き出したのが分かる。

 おそらくその兜の下で、怒りに満ち溢れた凶相が浮かび上がっているに違いない。

 

 

「貴方のおかげで私は、あの悍ましい売女めを討ち取れました。師を列聖の殉教者として奉るという、最後の悲願も果たせました。

 あの狂った古都の中において、あれ程誰かのために奔走できた貴方だからこそ、私はジャティス殿に貴方を推したのです。……だと言うのに」

 

 

 バキンッ――と、硬いものが割れる音がした。兜の下で、アルフレートが自らの奥歯を噛み砕いたのだろう。

 

 

「何故に貴方がソレを使う! 否、あの騎士剣も、思い出せばカインハーストの卑しき従僕共が扱った穢れた刃であった筈!

 英雄ならば、それに相応しい得物があった筈です! 今貴方が手にするルドウイーク卿の剣も、我ら狩人の象徴にして、貴方の代名詞であるノコギリ鉈も、その手に飾るに相応しい得物は他にもあった筈だ! なのに!」

 

「……クッ――ハハ」

 

 

 笑声――漏れ出た声がソレであると気付くのに、そう時間は掛からなかった。

 直接相対するアルフレートは勿論、別の戦闘を行っていたグレンとジャティスすらも一瞬手を止め、思わずそちらに目を向けた。

 

 

「ハハハ――クッ、ハハハハハ……!」

 

「……何故笑っているのですか」

 

「ハハハッ……いや、すまない。あまりに青い発言ゆえ、笑いを堪えられなかった」

 

「青い……私の言葉が、青いと?」

 

「ああ、そうだ。英雄? 相応しい武器? それなりの装い? ――くだらん」

 

 

 そう吐き捨てたギルバートの姿は、先程ジャティスに正しき用途の何たるかを説いた時とはまるで別人のものだった。

 憎悪を胸に秘め、そこから溢れ出る怒気ゆえの灼炎が先の姿ならば、今の彼は氷。

 どこまでも冷たい、理想を無駄と吐き捨て、現実の優勢こそを求め、徹する氷鬼。

 かけ離れた性質の二面性に、同じ古都の同業たるアルフレートも、三角兜の下で目を丸くしていた。

 

 

「先の俺の言葉も中々に青かったが、あれは心情ゆえの発言だ。大目に見てくれ。

 だがアルフレート……貴方のそれは単なる理想像だ。理想を語ることそのものを咎めはしないが、それを他者に押し付け、強要するのはどうかと思うぞ?」

 

「……っ。ならば貴方は、自ら否定するというのか。民衆が求め、彼らが捧げてくれた英雄としての名を!」

 

「俺は英雄ではない」

 

 

 底冷えするような極冷の一声が響く。

 

 

「道を外れたとはいえ、他者の殺戮を良しとする男を英雄と呼んでいいのか? ……違うだろう。

 英雄というのは、常に日向に在り続け、万民の希望の星となるべく立ち上がった者のことを言う。

 日陰に潜み、血を撒き散らし、命を軽々と奪い続ける男が冠していい称号ではない。

 あのルドウイークでさえ、最期は英雄としてではなく厄介者として葬られ、後にあの悪夢を彷徨ったのだ」

 

 

 大剣をそのまま突き立て、新たに虚空から得物を取り出し、手に取る。

 仕掛け武器――否、それはもはや人の手掛けた武器ではない。

 数多に擁する彼の得物の中において、異質さならば1、2を争うほどの奇怪極まるモノ。

 自らを英雄ではないと断じ、アルフレートの言葉を理想と吐き捨てるギルバートが、一層彼の語る理想像を冒涜するに相応しい逸品であった。

 

 

「そら、続きだ。どちらの信念を貫き通すか……張り合おうじゃないか。アルフレート」

 

 

 紡ぐ言葉に呼応するように、握りしめた異形の腕槌(小アメンの腕)の先端が不気味に蠢いた――。

 

 

 

 

 

 

「――かあああああァッ!!」

 

 

 魔力を纏った剛拳が頭蓋を砕く。

 飢えた獣も同然となった中毒者の頭部は、ただそれだけで熟れ過ぎた果実のように爆ぜて、中身を盛大にぶちまけながら消失した。

 

 

「ふいィ……全く、手こずらせおって」

 

「ですが、これで周囲一帯の中毒者は掃討できた筈です」

 

 

 宝石を片手に握り締めて、少年――《法王》のクリストフは、肩越しにそう老人(バーナード)に言った。

 ゴキゴキと肩を鳴らして、腕の調子を確かめるバーナードやクリストフとは別に、もう1人――アルベルトは鷹の如き目付きで周囲を見回しながら警戒を続けていた。

 

 

「だが警戒を緩めるな。いつどこで奴らが飛び出てくるか分からん」

 

「アル坊の言う通りじゃな。しっかし、末期中毒者の死体が上がったと聞いて来て見れば、今度は中毒者集団に襲われるとは」

 

「そうですね。タイミング的にも出来過ぎている……ところでバーナードさん、右腕の調子はどうですか?」

 

「うむ? おう、全然問題ないぞい。ほれ、この通りじゃ!」

 

 

 自身の回復ぶりを見せつけるように、バーナードはその太い()()をクリストフの前に突き出し、自慢の筋肉をこれでもかと隆起させた。

 

 

「いやぁ、右腕の方で助かったわい。あの時千切れ飛んだのが左腕だったら、儂ぁもう魔導士引退せにゃならん羽目になっとったからなぁ。

 魔術を扱う者にとって、左腕の損失はそのまま魔術師にとっての死へと繋がる。例え無事に繋がったとしても、もう以前のように万全に魔術を振るうことはできんからのぉ」

 

「……その腕を断った張本人が、今ではグレンと行動を共にしているというのは、何とも奇妙な話ではあるがな」

 

「……」

 

 

 サイネリア島での一件の後、アルベルトはギルバートの正体を同僚たちへと明かした。

 その異質極まる身体については伏せたものの、帝国を震え上がらせた稀代の殺人鬼が帝国最高峰の魔術学院に勤め、現在はかつての同僚であるグレンの下にいるとなると、流石に動揺を隠し切れなかった。

 それでも彼らがこうして大人しくしているのは、偏にアルベルトの説得のおかげと言えた。

 

 

「……?」

 

 

 そんな最中、ふとアルベルトの双眸が妙な人影を捉えた。

 彼でなくても、その存在を認知できる程度の距離先には居るのだが、いざ詳しい姿を確認するとなると、残り2人の視力では限界があった。

 

 

「何じゃアルベルト、何か見つけたのか?」

 

「あれは……中毒者、なのでしょうか?」

 

「いや……あれは……」

 

 

 言葉で表すなら、その人物は“奇妙”の一言に尽きた。

 頭部は白い包帯で覆われており、無造作に伸ばした髭を蓄えた口元を除けば、何も見えはしなかった。

 しかし、そんな頭部とは対称に首から下の装いは皆無に等しく、薄汚れたズボンを除く全ての箇所が露出し、上半身に至っては完全な裸だった。

 そんな奇人がフラフラと歩み寄り、ゆっくりと、しかし確実にアルベルトたちの下へ近づいていた。

 

 

「あの包帯男、土気色の肌をしている……!」

 

「つまり、あの人も中毒者ということですか?」

 

「にしちゃァ様子が変だのぉ。呻き声も上げんし、襲い掛かって来るような様子にも見えん」

 

「ぁ、あ、あ……ああぁ……」

 

 

 三者が口々に言っていると、包帯男が突然声を上げ始めた。

 それは呻きにも、あるいは泣き声にも聞こえる何か。

 虚空に手を伸ばし、意味のない言葉を吐き出し続けるその様は、まるで大切なものを失くし、探し求める幼子にも見えなくはないが、その奇妙な動作が一層彼らの警戒を強めた。

 

 

「あ、ぁぁ、ぁぁぁぁ……アレはどこだ。アレは、どこにあるんだ……?」

 

「アレ……?」

 

「アレが無きゃダメなんだ……アレが無くちゃ、俺は、もう――ぐぅッ」

 

 

 呟く声が止むと、突然男は頭を押さえ、その場に蹲る。

 痩せさらばえた痩躯が蹲ることで一層男の肉体的貧困さを増させたが、直後、その印象は一気に吹き飛ぶこととなった。

 

 

「あ――ぁ、ああ――あああああああああああああアアアアアアアアッ!!!

 

 

 絶叫が轟く。引き裂くような悲鳴が響き渡る。

 蹲る男の体躯はたちまち膨れ上がり、その肌は炭のように黒ずんでいく。

 変貌した体躯からは剛毛が伸び、連なり、鎧の如く全身を覆い尽くす。

 手足の爪には鋭さが宿り、開いた口から覗く犬歯は太く、長く伸びて、剣もさながらの獣牙と化した。

 そして頭部を覆う包帯は破け、露わとなった顔には、その異形の巨体に相応しい赤目の獣面が飾られていた。

 

 

「な……ッ!」

 

「異能力者――いえ、これは……!」

 

「人が……怪物となっただと――!」

 

『ぐ、ぅぅ……何が、獣だ……。お前らこそ――』

 

 

 

 

 

『――お前らこそ、血塗れだろうがぁッ!!』

 

 

 

 

 

 

 周囲の建物さえ凌駕する巨躯を震わせて、雷迸らせる“恐ろしき獣”が悲鳴の如き咆哮を上げた。

 

 

 




 そう言えばランキングに久々にロクアカ原作の作品が載ってましたね。
 クロスオーバーではない作品は手掛けたことはないのですが、あれ程の完成度の作品は中々お目に掛かれないので楽しく拝読させて頂いております。
 
 ちなみに私は現在、仁王2プレイ中。
 今はようやく二章に突入(遅い)したところです。
 もし機会があったらマッチングで出会うかもしれませんが、その時はよろしくお願いします。

 

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