ロクでなし魔術講師と月香の狩人   作:蛮鬼

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 投稿した21話と、投稿予定の22話の間におきた話です。
 


間話 真夜中にて

 夜闇に覆われたフェジテの街。

 人気が失せたその時刻に、とある裏通りにて2つの人影が存在していた。

 その1人――車椅子に腰掛けた、些少な気配の老人が目の前に転がる()()を観察するように凝視していると、やがて何かを悟ったのか、不意にその口を開き呟いた。

 

 

「……これは、単なる野良犬の仕業ではないな」

 

「ええ」

 

 

 老人の呟きに、車椅子を押していたもう1人の人物――長身を男装で固めた女性は、肯定の言葉と共に首肯した。

 

 

「この“土気色の肌”そのものは、被害者の患っていた病によるものだろうが、この食い千切られた箇所は野良犬の類によるものではないだろう」

 

「加えて、この腕の欠損……断面から察するに、無理矢理千切り取ったというわけでもない。

 確かな知性を持った生物でなければ、このようなことはできるはずがない」

 

「そうだ、マリア。……だが、だとすると……」

 

 

 自身も未だ知らぬ未知に対し、僅かながら興味が湧いたが、それ以上に老人はこの被害者の腕を奪い去った者――仮称『人喰い』に対する危機感を抱いて止まなかった。

 シモンを通じて得た連続食人事件、その犯人の正体を探るべく表に出てきたが、調査の結果は老人にとっての『最悪』となる可能性が高かった。

 

 

「人の常識など容易に覆す……それが『ヤーナムの獣』です」

 

「そうだな。だが問題は、仮にこの食人事件が『ヤーナムの獣』の仕業だとして、何故に今ヤーナムの獣が現れたかについてだが……マリア、心当たりはあるかね?」

 

「……確証はありませんが、おそらくミコラーシュが関係しているかと」

 

「そうか……」

 

 

 ミコラーシュ――老人の母校たる、とある大学を大元に創設された1つの学派、その創設者。

 サイネリア島の一件、その報告の中に含まれていた彼の情報は、正直に言って老人たちヤーナムの狩人にとっては、好ましくないものだった。

 上位者の力を借りたとはいえ、あの学派はヤーナムに最大の危機を齎した元凶なのだ。

 そしてその長たる狂人が、よりにもよってあの最後の狩人(ギルバート)と同じ『なりそこない』と化してこの異界に来ていたとなれば、いつまでも静観している場合ではない。

 

 

『天使の塵』(エンジェル・ダスト)……だったか。ただでさえこのフェジテという街は今、渾沌が渦巻いている。

 これ以上の厄介事が増えれば、この街を拠点としている“彼”の行動にも少なからず影響が出るだろう」

 

「では、今後の方針は如何しますか?」

 

「決まっている――『ヤーナムの獣』を討つ。デュラがまた何か言ってくるかもしれないが、これ以上の被害拡大に目を背けるわけにもいかない。ヤーナムの災禍は、同じヤーナムの者の手によって鎮める……」

 

 

 吐き出す言葉とは裏腹に、老人の声に怒りはなかった。

 ヤーナムに由来する災禍。その全ての元凶は老人たちの母校たる1つの大学であり、そこに属し、共に未知への狂熱に浮かされていた以上、老人も同罪だった。

 だから加害者に怒りはない。いや、この跡からして自らの意思で行っている以上、それとはまた別の怒りを向ける時が来るかもしれないが、今は置いておこう。

 

 

「それからゲールマン、1つ伝えておくべきことがあります」

 

「ん……何だね?」

 

「シモンが帝国政府の人物より得た情報——先ほど貴方が口にした『天使の塵』(エンジェル・ダスト)なる魔薬の服用者、その変死体にも、同じような捕食の形跡があったそうです」

 

「何と……」

 

 

 最悪の魔薬と称される『天使の塵』。その投与後の効果については、今回の騒ぎの大本ということもあってゲールマンらも独自に調べ上げ、知り得ている。

 だからこそ驚愕した。かの魔薬を投与された変死体を、食人者がもし捕食していたとなれば、どのような変化が起きるかまるで想像がつかない。

 

 死体となってもなお、その効果は残っているのか。あるいは被投与者が死亡した時点で、その効果は失われるものなのか。

 後者であればありがたいが、もしも前者であるのなら、件の食人者はゲールマンらの予想を上回る災禍へと成長する可能性が出てくる。

 そうなれば、もはや民間に被害を出さず、そして自分たちの存在を秘匿しつつ討伐することは不可能となる。

 

 

「……嫌なことばかりが続くものだな」

 

「ええ……本当に」

 

「——暗い雰囲気のところ申し訳ないけど、ちょっといいかい?」

 

 

 不意に聞こえた新たな一声。

 夜闇に覆われた裏通りの先に視線を向けると、そこには見慣れた鴉羽の装束を纏う人物の姿があった――アイリーンである。

 

 

「アイリーンか……それで、何かあったのか?」

 

「ああ、あったとも。良い報せと悪い報せ、それが1つずつだけどね」

 

 

 特徴的な嘴の仮面(ペストマスク)の奥で、ため息と共に吐き出されたその声は、心なしか暗さが勝っているように聞こえた。

 それでも情報は共有せねばと思い、やってきた彼女にその報告を促すと、彼女も諦めたように肩を竦め、再びペストマスクの奥から声を発した。

 

 

「まず良い報せだね。随分前から姿を消していた処刑隊……アルフレートの奴が見つかった」

 

「ようやく見つかったか」

 

「しかし、今までどこにいたのか……」

 

 

 姿をくらませていた同士がようやく見つかったという報告は、悪報続きの彼らにとっては、久しぶりに喜べる内容だった。

 だが、アイリーンの纏う暗さが晴れることはなく、寧ろ一層その濃さを増しながら、彼女は続く『悪い報せ』について語り始めた。

 

 

「そして悪い報せだが――」

 

 

 

 


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