「——ではこれより、グレン、レオス両講師を指揮官においての、魔導兵団戦を開始する!」
審判兼運営を務める講師の1人、ハーレイの高らかなる宣言が轟く。
遂にやってきた魔導兵団戦の日。
今日まで両講師とも生徒たちの訓練に励み、その成果を見せる時が来たのだ。
魔導兵団戦が初めてということもあり、まずはハーレイがルールを説明し始める。
使う魔術は安全を期して初等魔術のみ。それに当たった生徒は『戦死』と見なし、戦場から除外されていく。
万が一に怪我をしても、学院勤めの法医師——セシリアが立ち会っているため、その点についても問題ない。
「すみません、セシリア先生。こんなことにお付き合い頂いて」
「いえ、全然大丈夫ですよ。体調の方も優れていますし、念には念をでお薬もちゃんと服用してきましたので」
それに、と。にこやかな顔付きのまま、セシリアはギルバートを見つめながら先を続ける。
「何だか、久しぶりな気がするんです。ギルバート先生とこうして、ちゃんと法医師らしい仕事ができるのが」
「それは……その、すみません。最近、妙に用事が増えてしまって」
「ふふっ、大丈夫です。怒っていませんので」
にこやかに答えるセシリアに、申し訳なさで一杯になるギルバート。
しかし、残念ながらこの魔導兵団戦。参加するのはグレンと彼の生徒たちだけではないのだ。
補佐という立場もあって、ギルバートも一兵として参戦しなければならなかった――いや、そうなってしまったのだ。
「小ぞ――グレン先生が頼み込んで、それをレオス先生も承諾してしまいましたから……すみません。また治療をお任せする形になってしまって」
「構いません。さ、行ってきてください。グレン先生も待ってますよ」
「はい。……ああ、そうだ。これをお願いします」
「へ? ……っ、うわぁ!?」
纏っていた白衣を脱ぎ、それをセシリアに渡す。
普段は白衣を羽織っているため、他の講師陣は目にすることはなかったが、その姿を目にして、僅かながらに講師陣から驚愕の声が上がる。
大柄な体躯であることは一目見れば分かることだが、その白衣の下に隠された体躯も、その背丈に相応しく鍛え上げられ、とてもではないが一介の町医者とは思えないほどの逞しさがあった。
「ではハーレイ先生、約定通り、2組の方に加勢させて頂きます」
「あ、ああ。……一応、規定では講師による攻性行為は禁じられている。
が、貴様は魔術師ですらない一般人だ。なので今回、貴様だけは特別に肉体のみを用いた行為ならば、攻性行為を認められている」
「へぇ、それはまた……ですが、レオス先生はそのことをご承知なので?」
「無論だ。そうでなければ、このようなことを口にしたりなどはしない」
普段よりも一層不機嫌さを増した顔のまま、ハーレイが睨み据えてくるが、一々そんなことを気にするほどギルバートも気にし屋ではなかった。
「そうですか。では、お言葉に甘えてそうさせて貰います。
セシリア先生、少しの間、白衣をお願いします」
「はい。頑張ってくださいね」
「それから、生徒を必要以上に痛めつける行為は厳禁だ。もしもこれを破った場合、その時点で――」
「あの、ハーレイ先生? もうギルバート先生、行っちゃいましたけど……」
その時には、セシリアの言葉通りギルバートの姿はなく、グレンらの方へ合流せんと猛進している彼を確認した後、会場にハーレイの怒号が響き渡った。
*
事前の準備が整い、魔導兵団戦が開始されて少しの後。
遠見の魔術で戦場の様子、さらには双陣営のそれぞれの動きを見ていた講師陣大半の考えは、この時点で既に1つに纏まっていた。
“流石はレオス先生”――軍用魔術の第一線級研究者たるレオスの采配は見事の一言に尽き、さらには僅か1週間ばかりの時間で、彼が指導した生徒たちは講師陣も目を見張るほどの動きを見せているのだから、彼の手腕を讃えるのは当然だった。
だが、その中でただ1人、別の考えを持つ講師がいた――ハーレイだった。
彼は知っている。グレン=レーダスという男を。
あの男がその裏に隠し持つ、正道を捻じ曲げ、上回る邪道の手腕を。
(レオス殿は軍用魔術の第一級研究者……他の面子が言う通り、兵団戦の指揮戦術に精通しているのは当然のこと。
能力面でも全体的に見て、個々ではどうしても劣る2組ではレオス殿のクラスには勝てん。
……そう、
加えて今回の魔導兵団戦、ハーレイ個人にとっては、もう1人不穏分子がいた。
ギルバート――少し前まではセシリアの補佐のみを受け持っていた平民。
魔術師ですらない町医者如きの参加を何故かグレンは望み、レオスもそれを承諾してしまった。
何の能力もない輩ならば、幾らあのグレン=レーダスでも兵団戦に参加させたりはしない筈だ。
であれば、導き出される答えは1つ――あの男が、グレンが参加を希望するだけの
(
レオス殿、くれぐれも油断めされるな……!)
そして時間はさらに過ぎ、ハーレイの不安の一部は現実のものと化した。
初の交戦時、グレン陣営、レオス陣営の戦況は
訓練されたレオスの生徒たちは、その教えに忠実な
だが対するグレン陣営は、何と
数の差を覆した理由は単純——熟練度だ。
数の多さゆえに総合戦力では勝る三人一組だが、それはあくまでその陣形での連携練度が充分に達していれば話だ。
如何にレオスの手腕が優れているとはいえ、所詮彼ら生徒は戦闘に関してはずぶの素人。本番になるとどうしてももたつきが出てしまう。
しかし、グレン陣営の二人一組の場合、数こそ劣るものの逆にその数の少なさが連携熟練度の向上を早める要因となっていた。
行使できる戦術はシンプルでこそあるものの、それゆえに分かり易く、動きに余計な無駄が省け、最終的にはより実戦的な陣形としての完成を早められるのだ。
さらには、丘はリィエルという怪物が陣取り、特務分室で鍛えた戦闘感覚と、その卓越した身体能力でレオス陣営の丘制圧分隊を1人で圧倒。
精神的に追い詰められ始めたレオスは、いよいよ戦いの舞台を森へと移行し始めた。
(ま、そう来るだろうなぁ……)
そして無論、その考えを読んでいないグレンではなかった。
ニヤニヤといやらしい笑みを湛え、レオスがいるであろう方角をヌメッとした目付きで見つめるグレンに、その横で彼の様子を見ていたギルバートが呆れたように嘆息した。
「事が思い通りに運ぶのは喜ばしいことだが、何故だろうな……お前のその下品な笑みを見ると、全くその感情が湧いてこない」
「まあそう言うなよ。最強の
丘っつう頭を押さえられてる以上、狙撃を気にして中央への進軍もなし。となりゃあ、必然的に戦場は森へと移るってわけだ」
「だからアレだけの
「逆タマのためならボクちゃん、どんな汚い手も使っちゃいまーす。うぷぷぷぷ……!」
「……まあいい。それで、森に来た生徒たちの誘導は、俺たち2人で行えばいいのだな?」
「おうよ。まさか、今さらになって怖くなったとか言い出すわけねえよな?」
「当然だ」
「よしっ。それじゃあ……」
「ああ。では……」
――始めよう。
「ふっはははははははははは! 括目せい、皆の衆! グレン=レーダス大先生様軍の総大将はここにいるぞぉおおおおおおおおッ!!」
森の中を駆け走りながら、いっそ清々しささえ感じる高笑いを伴い、グレンが叫び回る。
森中に木霊する彼の声を耳にしながら、同様に木々を掻い潜り、疾走するギルバートは心中で深い呆れを抱き、軽く嘆息した。
作戦とはいえ、指揮官自らが最前線に姿を晒し、のみならず己の存在を隠すどころか、逆に可能限りに目立たたせるその行為は、はっきり言って路地裏で遊ぶ悪ガキも同然のものだった。
賛同したのは自身も同じことなのだが、下手をすれば一気に勝負がついてしまう博打性の高いこの作戦には、一片の気の緩みも、そして油断も許されない。……の筈なのだが。
「あの小僧……まさか楽しんでやってるんじゃあないだろうな?」
「ついでに副将、ギルバート先生もどっかにいるぞぉぉおおおおおおおおッ!!」
耳に響くグレンの声に乗せられた内容を聞き取り、思わず反射的に舌打ちを鳴らす。
囮役としての務め果たすならば、自ら目立ち、意識を集中させることこそが重要だ。
だが今の声には、明らかに少ないながらも悪意のようなものが感じられた。
「やっぱり楽しんでいるではないか、あの阿呆……!」
「――いたぞぉッ!!」
「――!」
疾走の途中、遂に自身の姿を捉えたらしいレオス陣営の生徒たちが声を上げ、続々と生徒たちが集まり始める。
数にして8人――多くはなくとも、決して少ないとは言えない人数だ。
加えて、一撃でも貰えばその時点で『戦死』扱い。被弾無しで、かつ過度なダメージを与えない程度に抑えて全滅させる他ない。
「貰っ――!?」
指を突き出し、詠唱せんとしたリーダーらしき男子生徒のセリフが突如途切れる。
それは何故か。答えは至って単純だ。
「――まずは、1人だ」
倒れた男子生徒の後ろに
一体何が起きたのか、戦闘においては素人でしかない生徒たちには分からなかったが、彼が行った行動は1つだ。
『背後に回り、手刀で首を薙いで意識を刈り取った』――それだけである。
言葉にすれば何の複雑性もない行為に思えるだろうが、実際それを生徒たちに認識させずに行うには、相応に高い身体能力が求められた。
だがその点においては問題なかった。
ギルバートの正体はヤーナムの狩人。人外魔境が跋扈する古き都で、獣と堕ちた成り果て共を相手に戦ってきた彼の力は、常人の域などとうに超えている。
況して『速さ』こそを戦いに求める狩人の駿足を、戦場経験皆無の学生如きに追えるはずが無かった。
「ら、《雷せ》――がッ!?」
「ライア!? ――ぁッ」
続けて2人、3人と。
手刀で虚空を薙ぐ度に、生徒たちの体が次々と地に伏し倒れていく。
後遺症が残らぬよう、そしてそう時を置かずに目が覚める程度にまで力を加減しているとはいえ、尋常の域を超えた狩人の繰り出す技はたかが学徒に耐えられるものではなく、瞬く間にその場にいた生徒たちの体は地に伏した。
「だぁーっははははははははははは!!」
そして丁度同じ頃、そう遠くない場所で
続けて聞こえてきた何かの仕掛けが起動する音と生徒たちの悲鳴から察するに、どうやら彼の方も上手くやったらしい。
……声から察せられる彼の態度は、相変わらずこの状況を楽しんでいるようにしか思えなかったが。
「な――何だコレッ!?」
「ん?」
新たに聞こえた声の方へと振り向くと、そこには別の隊らしきレオス陣営の生徒たちの姿があった。
クラスメイトの予想外の姿に対してもそうだろうが、それ以上に仲間たちの横たわる場にいるのが
魔術師ですらない、ただの一般人相手に端くれとはいえ魔術を学ぶ自分たちが全滅させられていたのだ。その反応は正しい。
そして――
「……対多数は苦手なのだが、まあ仕方ない」
吐き出す言葉とは裏腹に、拳を鳴らして歩み出すギルバートの姿には、魔術師に対する恐れなど欠片たりとも見当たらない。
これは殺し合いにあらず。されど狩りではある。
命の奪い合いという項目を引いただけの、互いを狩り合うという行為に違いはない。
「さあ君たち――覚悟はいいかね?」
口角を吊り上げ、睨み据えてくるギルバートの姿は、さながら獲物を前にした飢狼のようだった。
*
結果的に言うと、魔導兵団戦の勝敗は引き分けに終わった。
元々力量で上回るレオス陣営は、その力でグレン陣営の戦力を着々と削っていたのだが、グレン考案の二人一組による戦法と、システィーナやリィエルなどといった一部のずば抜けた生徒たちの活躍、そして森におけるグレンとギルバートの奇策――という名の半ば反則行為によってレオス陣営も戦力を削られ、結果両陣営の戦力が八割を切ったところで試合は戦いは幕を引かれ、ルールに則り引き分けとなったのだ。
演習舞台の近場にあるアストリア湖に集合した2年2組の生徒たちは、激闘から来る疲労を吐き出すように息を切らしていた。
「ぜぇ……ぜぇ……つ、疲れたー……!」
「でも……生き残ったぞ……!」
疲れを露わにする者もいれば、全力を尽くし、最後まで生存したことに喜びを見出す者もいる。
互いを励まし合い、にぎやかに談笑する彼らの姿には、微笑ましさすら感じられた。
「生徒たちも誰一人として目立った怪我をせず、無事に終われて良かったですね」
「ええ。机に噛り付くだけでなく、僅かばかりですが身体的にもちゃんと鍛えていて助かりました。
おかげでこちらも、良い具合に打ちこめた」
「打ち込めたって……ギルバート先生、一体何をしたんですか?」
預かっていた白衣を渡しながら、セシリアが怪訝そうに問う。
「いえ、特には。ただレオス先生の生徒たちに、少しばかり『本物』を経験させてあげただけです」
「本物……? 先生、お医者様ですよね?」
「医者とは言っても、色々あるんですよ」
はぐらかすように言うと、白衣を再び纏ってギルバートはセシリアに礼を言った後、グレンの方へと向かった。
当の彼は生徒たちの奮闘を労いつつ、彼らと楽し気に言葉を交わしていた。
そして彼へと声を掛けようとした、丁度その時だった。
「——何なんですか、あの体たらくは!」
グレンたちから少し離れた場所で、空を裂くような怒声が響き、思わずそれを耳にした者たち全員が首を縮ませた。
見れば生徒たちを集めて、レオスが彼らを叱りつけていた。
叩きつけるような怒声に逆らえる者はおらず、彼の生徒たちは何も言えぬまま、黙って彼の言葉を受け止めるしかなかった。
「……まるで別人のようだな、今の彼は」
「ギルバート……ああ。演習前の余裕が嘘みてえだ」
絶えず続く激しい叱咤に、流石に別クラスとはいえ哀れに思ったのか2人はレオスの下にまで行き、それ以上の行為を阻むように声を掛けた。
「そもそも貴方たちが、もっと私の指示にきちんと従い、作戦行動を遂行していれば――」
「レオス先生、もうそこまでで良いでしょう」
「それにアンタ、ちっと筋が違うんじゃねーか? 兵隊の失態は指揮官の責だろ?」
「……っ!」
自分の行為を邪魔された挙句、己にこそ責任があると言われてか、レオスは小さく歯軋ると、その怒りの視線をグレンたちへと向けた。
「うるさい、貴方がた如きが私に意見するなッ!」
「そうは言いましても……それに先生、少々具合が悪いのではないですか? 心なしか、顔色が悪く見えますが……」
「誰のせいだと思っているんですか!? そもそも貴方がたが、あのような反則を――いえ、もはやそんなことはどうでもいい。それよりも……!」
息を荒げ、余裕を欠いた顔のまま睨み続けるレオスは、片方の手袋を外すと、それをグレンの胸へ叩きつけるように投げつけた。
「再戦です! 今度は、私が貴方に決闘を申し込む!」
「……お前、まだ白猫を諦めねえのか?」
「当然です! システィーナに魔導考古学を諦めさせ、私の妻とするまでは――」
「貴方、まだそのような……」
「……いいぜ」
「グレン……先生?」
叩きつけられ、地面に落ちた手袋を拾い上げ、その決闘に応じようとグレンが顔を上げて……。
「——いい加減にしてよ!」
三者の間に割り込むように、システィーナの甲高い一声が響き渡る。
「黙ってれば、2人で盛り上がって人を物みたいに……こんな勝負で勝っても、私が求婚を受けると思ってるの!?」
「……すみません、システィーナ。その件については、心から――ぁ」
「——っと!」
ぐらり、と。倒れかけたレオスの体をギルバートが受け止め、支える。
その瞬間に僅かだが彼の肌に触れ、そこから感じた
(
「……!」
違和感の正体を掴むよりも早く、レオスは乱暴げにギルバートの手を振り解き、再びグレンを睨みつける。
それに何を感じ取ったのか、グレンは演習時のふざけた態度が嘘のような静けさで、彼の視線に対する返答を吐き出した。
「——日時は明日の放課後。場所は学院の中庭。一対一の決闘戦で勝負だ、レオス」
「……!」
その言葉に、システィーナは思わず絶句した。
先程の自分の言葉を聞いていたのかと言わんばかりに目を見開き、睨むように彼を見据えるが、当のグレンは変わらず冷めた姿のままだ。
「致死性の魔術は禁止で、それ以外の全手段を解禁――このルールで、決着をつけようぜ」
「ほう……いいのですか? 」
「馬鹿か。これで勝ちゃあ、一生遊んで暮らせるんだぜ? ここで身体張らねーで、一体どこで――」
氷のような冷たさを伴う態度が再び一変。
言動も先と同じ真剣みの欠いたものへと戻ったが、その言葉が心からのものでないことぐらいは分かる。
魔導士時代のグレンを知り、かつその本気の敵意を幾度となく叩きつけられたギルバートだからこそ分かる差異だ。
だからこそ――本音を隠すための偽笑へ向けて平手が振るわれたのは、ある意味当然のことだった。
「……」
「——嫌いよ。貴方なんて」
「っ――システィーナ君!」
目に涙を溜め、帰還用の馬車の1つへ駆けて行ったシスティーナを呼び止めんと声を発するも、彼女は止まらない。
「システィ!? ちょっと待って!」
「システィ、すごく怒ってる……なんで?」
その彼女を追いかける形でルミアとリィエルも続き、そんな彼女たちの後ろ姿を見送った後、レオスはグレンへ向けて嘲笑を向けた。
「ふっ……やれやれ。貴方は彼女を諦めた方がいいんじゃないですか?」
「……ほっとけ」
赤く腫れた頬を軽く擦りつつ、状況をはらはらとしながら見守っていた生徒たちへグレンは解散の声を告げる。
その様子にレオスは最後まで忌々しげな表情を湛え、生徒や他の講師陣同様、フェジテへ帰還するための馬車に乗るべく去って行った。
「……小僧」
周りに誰もいなくなったその場所で、ギルバートは本来の呼称でグレンを呼ぶ。
本音を隠すために偽りを吐き、そして理解されなかったグレンの姿に、彼はかつて自分が感じたものと同じ孤独を見出していた。
*
「——くそっ、グレン=レーダス……本当に忌々しい男です!」
自前の馬車で帰路についたレオスは、車内でそれまでに溜め込んでいた不満を一気にぶちまけた。
その悪態を聞きながら、御者台に座り、手綱を取る青年は微笑を湛えながら応じた。
「あいつはそういう男なんだよ、レオス。魔術師としては君や僕の足元にも及ばないが、百戦中九十九回敗ける戦いでも、残る一回の勝利を必ず最初に引き当ててみせる……そういう男なんだ」
「随分とグレン先生を買ってらっしゃるのですね?」
不満げに呟くレオスとは対称に、御者の青年は一層笑みを深め、喜ばしそうに「当然だよ」と返す。
その返答が増々彼の苛立ちを高め、レオスの端正な顔が歪んでいく。
「ですが、たった今貴方が口にしたように、あの程度の三流魔術師など私の敵ではありませんよ」
「無理だよ」
「は――?」
素っ頓狂な声が車内に響く。
「君如きに負けるようなら、僕の『正義』がグレンに敗れるはずもない」
「……」
「それにシスティーナを手に入れれば、フィーベル家が手に入る……? 馬鹿だな。上流階級のお家問題を、そんな個人的婚姻1つでどうこうできるはずもないだろう。この短絡的思考に違和感を覚えない時点で……いや、これ以上は余計か」
青年の言葉が並べられていく内に、レオスのただでさえ悪い顔色は一層悪化していった。
その様子を小窓越しに確認してから、青年はその笑みを薄ら笑いへと変え――冷たく言い放つ。
「最後に、君が栄光を掴めない理由を教えよう」
「……それは」
「それはね――」
――
ごふっ――。
車内から聞こえた何かを吐き出す音を最後に、以降レオスが語り掛けてくることはなかった。
そうして彼の最期を確認すると、青年は衣服の内に仕舞っていた通信魔導器を取り出し、それを耳に当ててから再び口を開いた。
「彼が死んだ。いよいよ今回の計画も大詰めだ」
『——』
「ああ。やはりあの医務室補佐、只者ではないようだね。最後まで生き残っていたようだよ」
魔導器越しの相手の口調が昂り、喜悦を混じったものへと変わっていく。
他人については然して興味もない青年であったが、この通信相手がそこまで熱く語り、同時に複雑な感情を抱いてやまない人物に対しては、若干ながら興味が湧いていた。
「もしも君の言葉通りならば、次の機会で必ず彼は己の正体、それへと繋がる一端を見せてくるだろう。……分かっているさ。そこで最終確認を済ませた上で彼が
僕は僕の『正義』を確固たるものとし、君は今度こそ、
「——共にこの穢れた
更新しない間にロクアカも刊が増えて、色んな人物が出て来ましたね。
私としては、日の輪の国が気になるところですが。