ロクでなし魔術講師と月香の狩人   作:蛮鬼

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 お待たせしました。
 仕事やら何やらで遅くなりましたが最新話です。


第10夜 信ずるが故に

 噛み合う刃。睨み合う両者。

 

 初めて邂逅を果たした場所とは異なれども、路地裏という舞台で再びの邂逅を果たしたのは、ある意味運命的だった。

 帝国宮廷魔導士団『特務分室』執行者ナンバー7、『戦車』リィエル=レイフォード。

 外道狩りの大量殺戮者。今や闇世界において知らぬ者なき処刑者、『血塗れの殺人鬼』ギルバート。

 

 共に近接戦闘においては卓越した力量を誇る両者が刃を交えれば、後にやるべきことは決まっている。

 

 

「リィエル=レイフォード……『特務分室』の魔導士が、何故にここへ……」

 

「言ったはず。今度こそ――斬る!」

 

 

 斬る――。

 その言葉が、意思が偽りのない真であると証明するように、リィエルの大剣が押し出される。

 鉈の刃に掛かる重みが増し、直後の爆発的な押し出しによって鍔迫り合いが遂に解けた。

 

 幾百幾千を超える夜の中で、ノコギリ鉈は彼が最も愛用した得物だ。

 使い勝手の良さから始まり、その威力、少ないながらも状況に合わせた変形機構。

 多くの要素から彼はこれまでにおいて、この武器を好んで使ってはきたが、それでも万能というわけではない。

 

 事実、リィエルの持つ大剣は受けて防ぐには重く、何よりその使い手の戦い方が厄介だ。

 狩人にも言えることではあるが、正統な剣術ではなく、我流剣術を扱う彼女の剣技は隙こそ見られるが、それを補ってあまりあるモノを彼女は有していたのだ。

 

 

「なら……」

 

 

 鍔迫り合いを解かれた直後に後方へと跳躍し、短銃による銃撃の牽制で時間を稼ぎつつ、得物を握る右手で虚空に歪みを生み出す。

 幻想(ユメ)と現実を交わらせる歪みの内に右手を差し込み、握り持っていたノコギリ鉈を手放すと、代わりに2つの武具をその手に取った。

 

 ずるり、と歪みより引き抜かれた2つの内、1つは一振りの剣だった。

 血錆の1つも見当たらないその刀身は白銀の輝きを湛えいて、その輝きに恥じない切れ味も備え持っている。

 そしてもう1つは白銀の剣とは異なる、重量感溢れる『鉄塊』で、それを背に負うとギルバートは新たに手にした銀の剣でリィエルの攻撃を受け、しかし先程と同じく後方へと跳んで再度彼女との間に距離を取った。

 

 

「武器を変えても同じ――!」

 

 

 常人ではまずあり得ない身体能力を駆使し、石畳を蹴って跳び上がるとリィエルは大上段の構えに移行した。

 落下の勢いを利用した一撃。隙こそ大きいものの、喰らえばまず両断は免れない必殺の一撃。

 取るべき手段は数多あるが、あの一撃に対処するとなればやはり回避か、もしくは強力な飛び道具の類で撃ち落とすのが一番だ。

 

 そしてそれを理解している上で、ギルバートは銃器ではなく、剣を選んだ。

 判断の誤りでもなければ、諦めによるものでもなく。

 偏に()()()こそが、銃器を上回るリィエルへの対処、その最適解であると信ずるが故に。

 

 徐々に迫るリィエルを見つめつつ、彼は背に帯びた鉄塊――巨大過ぎる鞘に右手の剣を挿し入れ、()()させた。

 

 

「ヌゥン――ッ!」

 

 

 合体し、真の姿となった剣――『ルドウイークの聖剣』を肩に担ぐように構え、直後に低い雄叫びを伴って鋼鉄の大刃が振るわれる。

 衝突。そして直後の豪風と轟音。

 再び鍔迫り合いとなる両者は、だが先程とは明らかな差異が見られた。

 

 

「ぐ、ぅ……!?」

 

 

 ()()()()()()

 あのリィエルが。脳筋的思考の人間とはいえ、特務分室一の魔導剣士たる『戦車』のリィエル=レイフォードが、真正面からのぶつかり合いで押し負けている――!

 

 

「どうした? 貴様の土俵だぞ……!」

 

 

 マスクで隠された口元を僅かに歪め、柄にさらなる力を込める。

 ガリガリと噛み合う刃の内、ギルバートの握る大剣の刃がリィエルの刃を削るように動き出す。

 大剣の刃はやがて敵対者を切り裂かんと奥へ奥へと押し出され、そして。

 

 ぴしり――と嫌な音を奏でた直後に、リィエルの担う大剣が砕かれた。

 

 

「――っ!?」

 

「シ――ッ!」

 

 

 相も変わらずの無表情とはいえど、全てを察せられないわけではない。

 例えば今の反応。剣が砕かれたや否や、すぐに後ろに跳んで距離を取った。

 数多の戦闘経験から導き出された判断であると、多くの者はそう考えるだろう。

 

 だが、別の見方で見れば、彼女は武器を失った現状を『まずい』と判断したとも取れる。

 リィエル=レイフォードの戦闘スタイル、およびその技能を知り得ているからこそ分かる。

 次に彼女がすべきことは……

 

 

「……《万象に希う・我が腕に・剛毅なる――」

 

「――的中」

 

 

 唇の動き、そして地面に伸ばされる左手を見るに、彼女が何らかの魔術の詠唱を行っていることは明らか。

 ()()()()だ。大剣を砕かれれば、彼女は必ず次の大剣錬成に移る。

 場合によっては1秒にも満たないが、それでもその瞬間こそが彼女の隙。

 

 大剣を右手持ちに持ち替え、空いた左手をコートの内側に手を突っ込み、引き抜くと共にナイフを数本投擲する。

 先日の一件もある故、特務分室の人間の殺害は言うまでもなく選択の外。

 だがこのまま戦闘が長引けば、此度の事件解決のために必要な時間が減り、成功率が減少するのは必然。

 

 故に求められるのは相手を殺さず、その上での早期の決着。

 人外の筋力で投げ放たれたナイフは異常なまでの速さで迫り、それに対してリィエルは錬成したばかりの大剣で薙ぎ払い、直撃を防いだ。

 だがその時には、彼女の視線の先にギルバートの姿はなく、路地裏特有の薄暗さがあるだけだ。

 

 

「どこ――ッ!?」

 

 

 瞬間、リィエルは本能的に己が身に対する危機を察し、その場で直上に跳躍した。

 直後、彼女が居た場所を鉄塊が薙ぎ払う。

 豪風を伴い、石畳や壁さえも容易く砕いたその一撃は、だがよく見てみれば()()()()攻撃ではなかった。

 

 

(剣の、側面……?)

 

 

 敵を切り裂くための刃ではなく、刃のついていない側面で薙ぎ払いにかかったのは、即ち“斬る”のではなく“打つ”ことを目的としたため。

 決着をつけるためならば、刃を用いた攻めが最適であるはず。なのに何故、彼はわざわざ側面で殴り掛かるようなやり方に出たのか。

 尤も、彼の剛力とあの大剣の重量を考えれば、斬撃だろうと殴打だろうと必殺に変わりはないのだろうが……。

 

 

「よく避ける……。――!」

 

 

 余裕を欠き、跳躍した相手が次にどんな行動に出るのかは分かっていた。

 空中からの落下攻撃か、あるいは武器の投擲か。数多の戦闘経験から絞り出された彼の予想は、だが思わぬ一撃によって無と帰された。

 路地裏の先、表通り寄りの場所より放たれた一条の閃光。

 さながらそれは獲物を狙う飢狼の如く空を駆け抜け、真っ直ぐにギルバートのもとへと迫り来ていた。

 

 

「――ぉあッ!」

 

 

 防御が間に合わぬと悟った彼は大剣を左手持ちに変えて、即座に虚空に再び歪みを生み出し、そこから新たな武器――青い雷光を迸らせる鉄鎚を取り出す。

 そして取り出した瞬間、その鉄球型の鎚頭を迫る紫電にぶつけるよう振るう。

 バチバチッ! と電撃音が鳴り響き、視界が一瞬青と紫に塗り潰されるも、回復もまた早く、そう間を置かずにギルバートは得物を握り締めたまま紫電の放ち手たる輩の姿を視認し――そして何かを理解したかのようにその双眼を細めた。

 

 

「……そうか。アレが2年前の狙撃手……」

 

「……」

 

 

 呟かれたギルバートの言葉は小さく、故に他の者に聞かれることはない。

 だがそれを聞き取ったかのように狙撃手――藍色がかった黒い長髪の青年魔導士はキッとギルバートを睨み据えて、そのまま歩を進め、グレンたちのもとへと歩み寄った。

 

 

「お前……アルベルト!?」

 

「……久しぶりだな、グレン。そして……」

 

 

 グレンからギルバートへと視線を移し、ほんの一瞬のみ彼を睨むとアルベルトはすぐさま詠唱し、右手を頭上に掲げた。

 魔術の起動音と共に展開される魔力盾。

 神秘的な光を湛える非物質の盾は、振り下ろされた大質量の一撃を見事防ぎ切り、()()()()()()ギルバートを大刃から守った。

 

 

「……何で邪魔するの、アルベルト?」

 

「邪魔ではない。お前の行いを阻止しただけのことだ」

 

「そいつは『血塗れの殺人鬼』」

 

「知っている。その上でお前を止めたのだ。

 上から出ているこの男への対処は、殺害ではなく捕縛。

 例え未遂とはいえ、殺害行為は明らかなる命令違反だ」

 

 

 ――大人しく下がれ、リィエル。

 

 猛禽を思わせる鋭い視線は、ただそれだけで人を射殺せそうなほどだ。

 言葉で言い聞かせても、リィエルという少女は素直に言うことを聞くような人間ではない。

 だがこの場においては、アルベルトの言葉に従うように大剣を引き、変わらぬ無表情のままグレンをじっと見つめた。

 

 

「……場所を変える。付いて来い」

 

 

 場を制したアルベルトはこの機を逃さぬうちに、他の4人へと新たな言葉を発する。

 先程の戦闘音から、おそらく親衛隊がここへやって来るだろう。

 それを理解した彼らはアルベルトに従うように、路地裏のさらに奥へと進み、その姿を薄闇の中に消した。

 

 

 

 

 

 

「――さて、グレン。まずは聞かせて貰おうか」

 

 

 路地裏のさらに奥。

 最奥寄りの場所でようやく歩みを止めたアルベルトはくるりと体の向きを反転させ、グレン、そしてその傍にいるギルバートを見つめた。

 

 

「聞かせろって、一体何を言えばいいんだよ?」

 

「その男……お前の傍にいる黒衣の輩についてだ」

 

 

 やはりそうきたか。

 グレンも同じことを思っているだろうが、アルベルトたちがまずグレンに尋ね訊いてくることがあるとすれば、その1つは間違いなくギルバートとの関係だ。

 先程の魔術狙撃を見て分かったことだが、2年前、初めて彼ら『特務分室』と刃を交えた時、最後の瞬間にギルバートの狩帽子を掠めた閃光の放ち手――それがこのアルベルトだ。

 

 あれだけの距離間で正確な狙撃を成して見せた男だ。きっと並外れた視力を有していることは確かだ。

 ならばあの時点で自分の姿は確認しているだろうし、故にかつての戦友がかつての敵と共に居ることに対し、何らかの疑問を抱くのは当然のことだ。

 

 

「その男が何者なのか。それを分からぬお前ではあるまい」

 

「……ああ。多分、こん中じゃこいつのことを一番よく知ってるかもな」

 

「ならば何故共にいる。外道殺しとはいえ、この男は犯罪者だ。

 もし今の姿を他者に見られでもしたら、共犯者と思われてもおかしくないぞ」

 

「それも承知の上だ。だが、それでも今回の件は――」

 

「それについては俺たちも承知している。そして情報を加えるならば、今回の件は女王陛下の意思によるものではない」

 

「……ってことは、つまり」

 

「ああ。王室親衛隊……おそらくはその総隊長、ゼーロスの独断によるものだろう」

 

 

 王室親衛隊総隊長ゼーロス。

 40年前の奉神戦争において、その名を馳せた英雄。

 二刀細剣の達人であり、かつて執行者ナンバー8《剛毅》であった頃のバーナードと共に、敵国の将兵たちを震え上がらせた猛者だ。

 

 彼を一言で表わすのなら『忠義者』であり、その言葉通り彼の王室に対する忠誠心は生半可なものではなく、ある意味では狂気的とさえ見る者もいるだろう。

 故に今回のような出来事も、女王に対する忠誠をもとに引き起こされたと考えられなくもない。

 

 

「そこのルミア嬢が噂の『廃棄王女』だとするのなら、それをどこかで聞きつけた親衛隊が女王の名誉を守らんと行動し、その末の暴走であると思えなくもない」

 

「だが、そいつは無理があるだろ。いくらあいつらとて、不敬罪を犯してまでこんなことをしようとは思わない筈だ」

 

 

 グレンの言葉に、アルベルトも同様に頷いた。

 思えなくはないが、それを正解と呼ぶには至らない。

 王室親衛隊は王室に対する忠義者の集まりではあるが、己が身を滅ぼすような愚行を犯すほど忠義に狂ってはいない。……その筈だ。

 

 

「話がずれたな。今回の一件について、女王陛下の意思は存在しないことは言っておこう。

 そして話を戻そう、グレン。……何故にその男の手を取った」

 

「……」

 

 

 紡がれるその言葉からは、僅かながら怒りが感じ取れた。

 それもそのはずだ。何せ先日、とある地方都市で起きた連続殺人事件の詳細を確認すべく向かったバーナードらが、『血塗れの殺人鬼』(ギルバート)の手によって傷を負わされたのだ。

 そしてバーナードに至っては片腕を千切り飛ばされ、現在は帝国政府の有する優秀な法医師たちの手によって現在治療中だ。

 

 

「……随分と噛み付くじゃあないか、狙撃手。

 俺が小僧(グレン)と組むことが、それ程に嫌なのか?」

 

「……貴様にそれを、語る必要があるか?」

 

 

 キッと睨みつけて来るアルベルト。

 それとは対称に、ギルバートはマスクの下で不敵な笑みを湛えて「ないな」と小さく呟いた。

 我ながら愚かな問いかけだと、彼は思う。こういう如何にも感情を露わにしない輩ほど、内側では誰よりも熱く感情を燃やしているものだ。

 

 殺しこそしなかったとはいえ。優れた医療者が味方に居て、完全治癒の可能性があるとはいえ。

 狩人ギルバートはアルベルトにとって、戦友の片腕を奪い取らんとした仇なのだから。

 

 

「『血塗れの殺人鬼』。裏社会において、今や知らぬ者なき闇の処刑人。

 悪を以て悪を滅す英雄、などと謳う者も少なくはないが、所詮お前は殺人者。

 如何なる理由があろうとも、貴様の身が罪人であることに変わりはない」

 

 

 人を殺めて来た――その点においては、アルベルトたち『特務分室』も同じであった。

 だが彼らの行為は、政府(うえ)より下された命のもとに行われてきた任務であり、言うなれば正当な手続きを踏んだ上でのものだ。

 場合によってはかつての友さえ殺めることになろう彼らの任務は、ただの殺害行為と同一に見ることは、少なくともそういう事情を知る者たちならば決して出来はしないだろう。

 

 一方、ギルバートの殺人は彼らのように義務や仕事ではなく、あくまで個人的な行為に過ぎない。

 私的願望のもとに実行されるそれは、例えどれほども高潔な理想のもとに行われようとも、第三者たちの視点から見れば、一般に知られる殺人鬼と大して変わりない行為でしかない、

 

 それを見分けるためにこそ、アルベルトは普段の彼ならば使わないような挑発じみた言葉を口にしたのだ。

 この言葉に対する反応次第で、彼の本性、少なくともその一端が読み取れる。

 自身の行いを凄惨さを自覚せず、ただ理想に酔った英雄紛いの殺人鬼ならばそれでいい。

 

 そしてもし、己が行いの歪さ、凄惨さを自覚した上で殺戮行為に励む輩であるのなら……

 

 

「――否定はしない」

 

 

 アルベルトの言葉に対するギルバートの答え。

 それは、これまでの彼の行いを考えれば容易とはいかずとも察することが不可能というわけではなかった。

 いや、だからこそだろうか。アルベルトとしては、その答えが外れて欲しかったという思いも少なからずあった。

 

 己以外の誰かを殺し、その行動に酔いしれ、快楽を見出すだけの()()()狂人ならば、躊躇うことなく始末することもできる。そもそも、もし彼がそういう人物であったのなら帝国の民が彼を英雄視することはなく、帝国政府も捕縛などではなく、抹殺という手段を取れていたはずだ。

 だが、そういう類の人間でなかったからこそ、ただの殺人鬼1人に帝国政府は今日まで手こずらされてきたというわけだ。

 

 

「お前、何を……っ!?」

 

「狙撃手、お前の言う通りだ。どれ程に高潔で、どれ程に大層な理由があろうとも、所詮は殺戮。

 例え奪い取った命が獣のモノであろうとも……その時点で俺は殺戮者(ざいにん)だ」

 

 

 だが――と、そこで1度言葉を区切り、目深に被った狩帽子を指で押し上げ、その目元を晒す。

 たまらぬ血の臭いと、理解し難き狂気の渦の只中に在り続け、深く濁ったその双眸。

 病と呪いに滅んだ古都の夜闇すらも及ばぬ黒瞳には、だがこれまでに見せたことのなかった“熱”が確かに存在していた。

 

 

「だが、()()()()()()()

 人世における罪人の呼び名()()を恐れていては、己が信念を貫くことはできん。

 そしてその程度の理由で捻じ曲げられるほど、俺の信念は脆くはない」

 

「……よくしゃべるな。

 一体何が、貴様の心内に引っ掛かった?」

 

「愚問を。貴様ほどの男ならば、とうに気付いているはずだろう?」

 

 

 狂人というものは、1人の例外なく厄介な輩であることをギルバートは知っている。

 狂気とは、人を魔物へと変貌させ得る劇薬のようなものだ。

 だがそれは生来のものを除けば、そう簡単に生じるものではない。

 

 狂気とは、生ある者が抱く信心。全ての行動の基礎たる信念より生まれ出でるもの。

 ビルゲンワースも、メンシス学派も、その他の多くの狩人たちも信ずるモノがあったからこそ狂気を生み、あのような冒涜的、狂気的行動を始めたのだ。

 

 そして彼もまた、1つの狂気を抱えて、己が信念のもとに目的を果たさんと歩み続けているのだ。

 

 

「言いたいことは終いか? ならばこれ以上、無駄に時間を削るな魔導士。

 此度の一件において、この小僧共に与えられた時間は有限だ」

 

「……最後に1つ聞かせろ、殺人鬼」

 

「……何だ?」

 

「貴様は……何故、外道魔術師共を狙う?」

 

 

 これは純粋にアルベルト、そしてグレンたちにとっての疑問でもあった。

 何故、この男は外道魔術師たちを狙うのか。

 かの結社に属する者共ならば、何か有益な情報を有している可能性もあり得るが、彼がこれまでに殺めた外道魔術師たちの中には結社以外の連中もいた。いや、寧ろそちらの割合の方が多いくらいだ。

 

 

「……決まっている。奴らが、『獣』だからだ」

 

「獣……? 何を……外道とはいえ、奴らは人間だ」

 

「快楽と智慧を求め、それらを貪ることしか頭に無い連中など、獣も同然だ」

 

「……」

 

「故に狩る。獣を狩るのは、我ら『狩人』の務めだ」

 

 

 きっと誰にも理解されない。そして自身も、誰かに理解して貰おうとは思わない。

 かつて所属し、そして己に組織の長たる役目を任せ、後にどこかへ消えてしまった男曰く。

 

 『きっと誰にも理解されぬだろう。だからこそ、俺は同士たちを愛するのだ』

 

 あの男の言葉ではないが、きっと己が使命(しんねん)を理解できる者は居ないだろう。

 それでいい。自分で言うのも何だが、このような考えを抱く輩に理解を示すなど、それこそどこかが狂っていることの証明なのだから。

 

 ――リン。

 

 

「……?」

 

 

 不意に。耳奥に1つの音が響く。

 鉄と鉄とが打ち合う、だが剣や斧のそれとは異なる透き通った音色。

 だがしかし、何故かその音色に対してギルバートは良い感情を抱くことができなかった。

 

 頭のどこかに埋もれている筈の、聞き覚えのあるその音。

 これは鐘だ。鐘の鳴音だ。

 ヤーナムの地において幾度となく聴き、いつの日か当たり前のものと化したモノ。

 しかし、この音色はヤーナムで聴いた大鐘(グランドベル)のものとは違う。

 

 ヤーナムであって、ヤーナムではない歪んだ世界。

 雨の止まぬ蹂躙された漁村。血の池に浸った死体置き場、その先にある暗い廊。

 そこで鳴り響いた、不吉の鐘音。

 

 

「――っ!」

 

 

 まさか、とギルバートはアルベルトらから視線を外し、グレンらのいる方角へと振り向き、その先へと視線を注ぐ。

 黒衣の狩人の視線の先。薄暗い路地裏へと足を踏み入れ、進み来るのは1人の男。

 纏う装いから察するに、彼がこの帝国出身の者ではないことは明白だ。

 だがそれ以上に、彼が頭に被る頭巾擬き――枝分かれした双角を備え持つ恐ろしき獣皮の存在が、彼らにその男が只人ではないことを知らせていた。

 

 

「……ようやく。ようやく会えたな」

 

「貴様……!」

 

 

 珍しく目を見開き、驚愕を含ませた声を上げるギルバート。

 その彼の反応を面白がるように、獣皮の異邦人は頭巾の下で口元を歪め――不気味に笑んで、笑声を発するのだった。

 

 




 ロクアカ最新9巻でましたね。
 ようやく登場した天の智慧研究会第三団『天位』のメンバーですが……まさかセリカと同クラスの怪物だったとは。
 あれほどの傑物が6人揃い、うち5人が死に、その上で打倒できた邪神の眷族って一体……。

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