畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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と見せかけてばすてき公開記念更新回でした。


九五話:厳寒払う暖衣

「朝風呂だーっ!!」

 

 かぽーん、と。

 そんな音がしそうながらんどうの浴場で、俺は力の限り伸びをした。いやあ、昨日も言ったけどチベスナに雪見風呂の良さを教えてやらねば──というのは脇に置いても、温泉って珍しいからな。多分宿泊施設のロッジ地帯にも探せば風呂はあったんだろうが、電気が死んでるだろうし……。こうやって温かい風呂に入れるのは、此処を逃せばいつ巡り合えるかもわからないレベルなのである。であればこそ、今のうちにもう満足というまで入りつくしておかねば。

 

「チーターなんだかノリノリだと思いますよ?」

「文明的なフレンズということは即ち綺麗好きなフレンズということでもあるからな」

 

 旅の最中も何だかんだでたまの水浴びは欠かせないからな。多分チーターって水浴びとかしない部類なんだろうけど俺はがっつりするというくらいには、このへんはヒトだった頃の習慣が色濃く残っている部分でもある。

 まぁなんだかんだ言って、俺ってけっこうヒトの習慣残ってるけどな。

 

「確かに、チーターは水浴び好きだと思いますよ。温かい水だったらなおさら……チーター寒いの嫌いですし」

「寒いのが嫌いだからお湯好きってわけじゃないが」

 

 そこは別にどうでもいいんだよ。お風呂だからいいんであってだな……。

 

「それはともかく、だ。せっかくラッキーからジャパリまんもらってきたんだし食べようぜ。これでチベスナも少しは風流が分かるだろ」

 

 しかもジャパリまんが湯気をまとってちょっとふっくらしてたりしてなかったりというおまけつきだ。お風呂で食べるとこういういいこともあるんだな。

 

「もぐもぐ……確かにちょっとおいしいかもしれないと思いますよ?」

「おい湯舟に入ってから食えよ!」

 

 まだ浴場に入ったばっかりなんだからさ……。ったく、せっかちなヤツだな。ここは俺が食い方を見せてやるとするか……。

 ちゃぷん、と俺は水面ならぬ湯面に足を付けてお湯加減を確かめ、大丈夫だと確認して湯舟に入っていく。ちなみに俺もチベスナも今回は事前に身体を洗ってあるのでマナー的にもばっちりだ。もっとも身体を洗った後でジャパリまん取ったりなんだりしてたせいでちょっと身体が冷えたりもしていたのだが。

 ともあれそこはフレンズの肉体、ヒトだったら軽く湯冷めしているところでも『ちょっと寒い』程度で済むのがありがたい。っていうかヒトだったらこの格好で外歩いてる時点で二、三回は凍死してたからな。

 ミニスカサイハイソックスでよく此処まで生きてこれたよ……と我ながら思う。っていうかもうちょっとスカート伸ばせないかな? サンドスター頑張ってくれよ。

 

「はー、いいお湯だ……」

「あっチーター! お湯がジャパリまんに!」

「しみこまないうちにかかった部分だけ食え……」

「あんこゾーンの中に入ったと思いますよー!?」

 

 今はもう、この世の全てを穏やかな心で許せるような気さえする。

 悟りの境地に辿り着いた俺の心は、今はもう明鏡止水……。人間道どころか天道(六道輪廻の一番すごいところ)に到達せんばかりの勢い……。ギンギツネとキタキツネは朝からお風呂入るとか何考えてんの? って顔しながらいい雰囲気になってゲーセンコーナーに戻っていったから乱入の心配はないし──平和だ…………。

 と。

 

「あっ、チーターごめんなさいと思いますよ」

 

 ばしゃっ。

 

 ……………………。

 

「チベスナテメェコラぁ!! ジャパリまんにお湯をコラぁ!!」

「ひゃー! しみこまないうちにかかった部分だけ食べればいいと思いますよー!」

 

の の の の の の

 

ゆきやまちほー

 

九五話:厳寒払う暖衣

 

の の の の の の

 

 まぁ色々あったが、お陰でだいぶ羽を伸ばすことはできた。チベスナも──

 

「お風呂に入ってジャパリまん食べると心なしかいつもよりおいしかったと思いますよ。たまにお湯がしみてふやふやしてましたけど」

 

 とご満悦だ。ちょっと不満がありそうだがご満悦ということにしておこう。

 

「で、とりあえず此処でやるべきことは()()終わったわけだが──」

 

 そういう感じで自室(お座敷)に戻ってきた俺は、対面に座るチベスナにそう切り出した。

 雪遊びにキタキツネ・ギンギツネとの交流、温泉を堪能し……おおよそ温泉旅館に求めていた全てのことを達成した。もはや雪山地方には心残りはない──ただ一点を除いては!

 

「ほぼ? 何か残ってると思いますよ?」

「忘れたかチベスナ。防寒着だよ!」

 

 そう、そもそもこの温泉宿に来る前、スキー場に行こうかどうかで迷ったりしていたのも防寒着があるかどうか──みたいな論点だったはずだ。この温泉宿に防寒着があるかどうか、そこのところは定かではないが、だがないと決まったわけでもないし、一応探してみる価値はあるだろう。

 で、防寒着を見つけたらそれを着て水辺地方だ。チベスナの世話にならなくて済むぞ。

 

「ああ、そういえばそんな話だったと思いますよ。じゃあこの後は毛皮探しと思いますよ?」

「まぁそうだな」

 

 とはいえ、やみくもに探してもしょうがなくはあるんだよな。もう九時過ぎだし、天候悪化のことを考えると、出かけるなら余裕をもって昼前には出たいからチンタラしていられないし。

 まず最初に思いつくのはギンギツネ、だが──。

 

「じゃあギンギツネに聞きに行こうと思いますよ!」

「その線は薄いだろうなぁ……」

 

 と、俺は結論付けた。

 簡単な推論だ。アニメにおけるかばんのいわゆる『叡智シーン』において、ギンギツネは自分たちの『毛皮』──服が脱げることを知ったわけだが、事前に防寒着の存在を知っているならば多分ギンギツネなら服が脱げる事実にも気づけていたはずだ。

 と考えると、多分ギンギツネは『毛皮』として、つまり自分が身に着けているもの以外の衣服の存在は知らないと考えられる。そしてキタキツネもそれに同じ。

 つまり、この件に関しては俺たちで頑張らねばならないというわけだ。あとせっかくなんだか楽しそうな雰囲気してたんだし、邪魔するのも悪いしな。二人には出発するときに挨拶する程度にしておこう。

 

「えー、それならどうすると思いますよ?」

「おそらく……」

 

 言いながら、俺は部屋全体を見渡してみる。

 

「あるとするなら……此処、だな」

 

 そして静かに、そう宣言した。

 横で俺の言葉をじっと聞いていたチベスナが、その宣言に目を丸くする。

 

「ええ? ここですか? またまたチーター、服なんてないと思いますよ。大丈夫ですか? ジャパリまん食べますか?」

「腹減っておかしなこと言ってるわけじゃないしそもそもラッキーいないだろうが」

 

 ここ温泉宿だし、探せばいるのかもしれんが……じゃなくて。

 

「見ろよこのお座敷。ギンギツネとキタキツネがよく使っているみたいだが、部屋に置かれたものはほとんど動かされた形跡がない。うっすら埃すら溜まってるだろ」

 

 言いながら、俺は隅っこの方に積まれた長机を指でなぞってみる。外からの風が吹いているからかサンドスターの効果か、長年掃除されていないにしては埃の量は圧倒的に少ないが、それでもドレスグローブに包まれた指にはうっすらと埃が付着していた。

 

「それがどうしたと思いますよ?」

「あの二人、ここをそこまで細かくいじくり回してないんだよ」

 

 俺は手早く結論をまとめた。

 あんまり回りくどいこと言ってるとチベスナが飽きるからな。俺はもうちょっと持って回った言い回しの方が好きだけど……。

 

「他にも客室らしき場所はあるがどれも此処ほど広くはなかったし、ほかのフレンズが漁ったのかけっこう散らかってたりしたからな。ゲーセンやロビーのような普段使いしてる場所にあったら二人が気付くだろうし、可能性があるとすればここなんだよ」

 

 そう説明すると、チベスナも納得したように頷いていた。よし、そうと決まれば捜索開始である。

 このお座敷は──東西南北がそれぞれ東側:温泉、西側:入口、北側:テレビやら長机やら布団やら、南側:押し入れという感じになっている。

 見た感じちょっと眺めた程度の場所に防寒着らしきものが隠れていそうな場所はないので──あるとすれば、南側:押し入れ!

 

「ここだーっ!」

 

 ガターン! と勢いよく押し入れを開けてみると、

 もわっ、と。

 

「ぐわっ!? げほ、げほ!」

 

 思いっきり埃が巻き上げられて、溜まらず俺はむせ返った。なんだこれ……!

 

「う゛ー、煙いと思いますよ。」

「くっそ、なんだこれ、煙…………だなこれ、埃だと思うけど」

 

 手を高速であおいで煙を払いながら見てみると、中に入っていたのは……草。

 

「煙がすごいと思いますよー……」

「草……いやこれ藁か? よく見たら石とかもあるし……」

 

 別のフレンズが押し入れに入れてた宝物、ってところか? ここだけ物凄い埃っぽいのは、多分外部から砂とかも入っててそれが充満しちゃってたってことなんだろうな。

 うーん、一応奥の方も見てみるが……やっぱ防寒着らしきものはないだろうなぁ……。

 

「ん? チーターあれを見るといいと思いますよ!」

 

 と、あきらめがちだった俺の肩をチベスナが叩く。

 

「あんだよ?」

「ほらあれ、藁の下の方だと思いますよ。あれもしかしたらぼうかんぎじゃないですか?」

「んなわけ……あ」

 

 言いながら煙いのを我慢して藁をかき分けてみると、その下になんと…………ふわふわの毛が随所にあしらわれたダウンジャケットがあった。しかも殆ど破れもない! ちょっと煙いのが難点だが……。

 

「ふふん。チベスナさんお手柄だと思いますよ」

「いや、ほんとにお手柄だなチベスナ。助かった、これで寒さを乗り越えられるぞ」

 

 どうもふわふわの毛がうまい具合に藁に同化して、なおかつ埃や押し入れの中の暗さで俺の目では上手く見抜けなかったみたいだが、暗がりに強いチベスナがいて助かった。危なく目の前の防寒対策を素通りするところだった……。

 

「ともかく、これで防寒着も回収したし……ギンギツネとキタキツネに挨拶して、此処出るかー」

 

 最悪もう一泊でもいいんだが、今なら余裕をもって次の地方に行けるしな。

 

「あら? 二人ともどうしたのそんなもの持って」

 

 と、そこでちょうどよい具合に、後ろから声が聞こえてきた。

 振り返るとそこには、キタキツネと連れ立って戻ってきたらしきギンギツネの姿が。いや本当にちょうどいいタイミングだったな。

 

「ああ、ちょうどよかった。二人とも、これ、俺にくれないか?」

「? 別にいいけど……どうしたのそれ?」

「いやなに、そこの押し入れで見つけてな。俺にはこれが必要なもんで」

 

 そう言うと、ギンギツネは一層意味が分からなくなったようでさらに首を傾げてしまった。まあ、別に詳しく説明するほどのものでもないので軽く流させてもらうが……。

 

「んで、もう一通り遊んだし、俺たちはそろそろ次の地方に向けて出発するよ」

 

 そして、俺は改めてギンギツネにそう伝える。思えば一日だけだったがだいぶ世話になったなあ……。温泉、また機会があればどんどん行きたいな。

 

「えー、もう行っちゃうのー……?」

「こーら、キタキツネ。チーター達は旅してるんだから引き留めないの」

「また来ると思いますよ!」

 

 そしてチベスナとキタキツネは何やら友情めいたやりとりをしてるし。チベスナってわりと知らないうちに現地のフレンズと仲良くなってること多いよな。今回はゲームの絡みだと思うけども。

 

「……チーター、今回はありがとね、色々と」

「俺は何もしてないけどな……」

 

 いやほんと。なんかキタキツネと知らぬ間に仲直りしてたみたいだけど、俺が狙ってやったわけじゃないし……。ギンギツネの力だよねあれは。

 なんていうかこう、俺の知らないところで俺が知らないままドラマが始まって終わった感というか……。

 

「……そうだ。二人とも、これ」

 

 そこで、俺は『恒例』にしていたのを思い出して、懐から宝石のようなアクセサリを手渡す。

 

「……これは?」

「ジャパリシアターのお土産だ。俺達の縄張りは平原地方のジャパリシアターってとこでな。そのお土産を、こうして各地のフレンズに配ってるってわけだ」

「へぇ~……そうなんだ……」

「これなんかすごいね……装備したらMP上がりそう……」

「アナタそれげぇむの話でしょ」

 

 実際、なんかパワーストーンめいてるしMP上がりそうではある。

 

「じゃぱりしあたーに行けばいくらでももらえるから、ぜひともこっちに来るといいと思いますよ!」

「そうね……へいげんちほーは遠いけど、気が向いたら行くわ!」

「旅するならちゃんと装備固めないとね」

「アナタそれげぇむの話でしょ」

 

 再びのギンギツネのツッコミに、朗らかに笑いつつ。

 俺達はキツネコンビの温泉宿を後にしたのだった。

 

の の の の の の

 

「そういえばチーター、やどでえいが撮らなくてよかったと思いますよ? せっかくの温泉だったのに……」

「あー、いいんだよ。前々からちょっと気にしてはいたしな」

「……? かんとくなのに、しょくむたいまんだと思いますよ?」

「かんとくじゃないが」

 

 ……ハンドバッグの中にあるカメラや()()()()といった撮影道具の重さを確かめながら、俺は最後にこう続けた。

 

「…………あまりはしゃぎすぎても、疲れるからな」




・まぁなんだかんだ言って、俺ってけっこうヒトの習慣残ってるけどな。
ここイキリチーター。

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