朝の匂いがした。
「んみゃ…………」
…………何を言ってるのか自分でもよくわからないが、なんか……朝の匂いがしたので目が覚めた。
目をこすりながら上体を起こすと、ちょうど朝日が昇って少ししたくらいの時間だった。この季節の日の出の時刻がどのくらいか知らないけど……六時くらいか? この時間に目覚まし時計もなく自然に目が覚めるなんて、かなり早起きだな……。いやまぁ、昨日は日が沈んだらとっとと寝ちまったから、そういう意味で睡眠時間は普通くらいなのかもしれないけど。
フレンズってけっこう夜行性なヤツもいたりするから、生活リズムが合わなかったらどうしよう……と思ったけど、幸いにもここの連中に夜行性のフレンズはいないっぽいな。チベスナも普通に昼行性で、俺よりも早くすやすや寝息を立ててたくらいだし。
そのチベスナは、と……。
「…………むにゃ……」
寝てら。
わざわざ起こすのも悪いので、ほかの連中を起こさないようにゆっくりと起き上がると、俺は一旦陣地から出て朝の陽ざしを浴びる。
「みゃん…………~~~~っ!」
伸びをしてやると、一気に眠気が削ぎ落とされるようだった。ヒトだったころは顔を洗って歯を磨いて飯食わないとなかなか目が覚めなかったもんだが……。この体だと、そんなこともないらしい。さすがフレンズ…………いや、若さか?
…………若さ、なぁ。
飛び跳ねた思考を現実に引き戻しながら、俺は改めて自分の身体に視線を落とす。
昨日はそんな場合じゃねぇとばかりに身体能力のテストをして、その後チベスナと会って、なし崩し的に色々とやっていたので、全く考えなかったが……。
俺今、若い…………女の子の身体になっちゃってるんだよなぁ。
いや、若い、ってわざわざ注釈するほど、生前の俺もおじさんだったわけじゃないけども……。
それ以前にけものの本能とのギャップに目が行きがちだが、普通に考えれば性別が変わっているわけだし、そっちもかなり大きな変化なんだよな。胸もあるし、髪も長いし、股間はすーすーするし……。
「………………普通ならもっと気にするはず、だよなぁ」
にもかかわらず、今こうして改めて考えても、いまいち自分の身体に対する違和感というのが沸いてこない。……最初にもっとかけ離れた獣の身体を体感してしまったせいか、今更性別が違うくらいは些末な問題だと感じるようになってしまったのかもしれないな。よく分からんが。
「まぁ、胸はそれでも気になるけども……」
ためしに両手でブラウスの上から形を確かめてみると、しっかり大きなおっぱい。これはこのフレンズの状態になって初めて生まれたものだから、やっぱり新鮮だ。……お、意外と柔らかくない…………? ……あ、これブラジャーがついてるのか。フレンズでもブラジャーつけてるんだなー……。
「……チーター? 何してるんだと思いますよ?」
「うおわっみゃみゃみゃみゃあ!?」
と、後ろから唐突に声をかけられた俺は思わず手をバッ! と胸から離して、わたわたとしてしまう。……っていうか、またネコっぽい言動になってしまった…………くっ。
「? 何を慌ててるのですか? 変なチーターだと思いますよ」
「…………いきなり声をかけられたからびっくりしただけだよ」
振り向くと、そこにはまだ眠そうに眼を擦っているチベスナの姿。
気になった俺は、なんとなしにチベスナに問いかける。
「チベスナは、フレンズになったときって身体のギャップをどうしてた?」
性別云々の違和感は別にしても、俺はまだフレンズ――というかけものの特性とまだ折り合いをつけられていない。その自覚は、ちゃんとある。
たまに出るネコっぽい所作とか、気を抜くと野性をあらわにしてしまう本能とか、あと耳とかしっぽとか。そういうのが出てくるのをまだ受け入れられてないというか、いまだに慣れてない。多分この先も、慣れることはないんじゃないかなぁと思う。
チベスナの場合はけものとヒトの関係が逆だが、やっぱり最初は色々と困ったりすることもあったんじゃないだろうか。
それゆえ、何か参考にできることがあったらな……と思っての問いかけだったのだが。
「は? ギャップですか? そんなもの特になかったと思いますよ」
…………コイツのようなおバカには、無意味な問いかけだったかもしれない。
「強いていうなら山道が歩きやすくなったというくらいでしょうか。あと、色々器用になったと思いますよ。そのくらいですね、ギャップらしいギャップは。困ったりしたことはなかったと思いますよ」
「…………そうか」
「チーターは困ってたりしているんですか? 確かに巣が体と合わなくて色々困っているフレンズがいるという話は聞くと思いますけど……」
「まぁ、困ってるわけじゃないんだけどな。ほかのフレンズはどうしてるんだろ、って思ってさ」
この分だと、元動物だったころと比べたりして悩んでいるフレンズって、いないかいたとしてもかなり珍しい部類なんだろうな……。
「そんなこと考えてても、おなかがすくだけだと思いますよ」
……大体にして、こういう感じで悩みをほっぽりだしちゃうような連中の集まりだろうし、フレンズって。
まぁこんなヤツの隣にいると、そんな風に色々と難しく考えるのも馬鹿らしくなってくるよなぁ。
おなかがすく、か。
…………そういえば、言われてみれば腹がへってきたな。考えてみれば、フレンズ化してから一度も飯食ってない……。そのわりにはあんまり飢餓感とかなかったが、野生動物は狩りに失敗したら何日も飯を食わずに生活するハメになるから空腹に強いんかね。
適当に考えていると、チベスナはあたりをきょろきょろと見回しだす。手をひさしのように目の上にかざしながら(フレンズでもやるんだなこのポーズ)あたりを見回していたチベスナは、やがて何かを発見したらしい。
「そういえばおなかがすきましたね。ええと、こういうときにはボスが近くに……あ! いました。ちょうどボスがジャパリまんを持ってきてくれたところだと思いますよ。ボス! ジャパリまん二つ欲しいと思いますよ」
「お……こいつが」
その視線を追って、俺もそいつを発見する。
水色の、長めの耳を持った可愛らしいマスコット然としたもふもふの物体――ボス、あるいはラッキービースト。
チベスナの後ろから様子をうかがってみると、頭の上にジャパリまんが入った籠を乗せたそいつと軽く目が合った気がした。とりあえず、ぺこりと会釈をしておく。
「いただきますと思いますよ、ボス。あ、そうそう。あっちの方にほかにもフレンズがいるから、あとでジャパリまんを分けておいてあげてほしいと思いますよ」
『…………………………』
そう言って、チベスナはジャパリまんを持ってラッキーから離れる。…………が、当のラッキーはその場から動こうとしない。むしろ、何やら小刻みに震えているようだった。
「……? どうしたんです? ボス、もうジャパリまんは充分だと思い、」
『アワ、アワワワワワ、検索中、検索中…………』
………………。
へ?
「…………しゃ、」
今、コイツ……。
「喋ったああああああああああああああああ!?!?!?」
「ボスが喋ったぁ?」
すぐさま陣地に戻った俺とチベスナは、急いで陣地のフレンズ達を起こして今さっき起こったことを説明した。
ラッキーが喋った……そのイレギュラーさは、俺も分かっている。なにせ、ラッキーは基本的にフレンズの前では全くしゃべらないのだから。
それが、『検索中』……つまり何かしらのトラブルに見舞われて、何をすればいいのか分からないとき特有のぽんこつリアクションを見せたとあれば……何かあるだろう。ひょっとしたら何か、ヤバイことでもあるのかもしれない。そう思ったら迂闊に朝の談笑などしていられない。
……が、話を聞いたヘラジカ組はといえばのんきなもので、
「はっはっは、そんなわけがないだろう!」
「チベスナ、ボスは絶対に喋らないんですのよ?」
「二人とも、寝ぼけてたんじゃないかなー」
「チーターはともかくチベスナさんが寝ぼけていたというのですか! 失礼だと思いますよ! チーターはともかく!」
「おいこら、それどういう意味だ」
失礼なチベスナにアイアンクローをかましつつ、
「痛い痛い痛い痛い」
「だが、確かにラッキーが喋ってるのを聞いたんだ。此処で言い合っても仕方ないし、ちょっと来てくれないか。それで分かるだろ」
「だから痛いと思いますよ!?」
「ふむ。そういうことなら、いいだろう」
俺の提案に、ヘラジカは快く首を縦に振ってくれた。よかった。よかったついでに、俺はチベスナの顔面にも恩赦を出してやる。
さて、これでラッキーの姿を見ればヘラジカ組もまともに取り合ってくれるようになる、と思うが…………。
「…………あれ?」
いざ現場に行ってみると、そこにはもうラッキーはいなかった。
…………おかしいな。さっきは確かにいたはず……。すると、俺達がヘラジカに状況を報告しに陣地に戻っていた間に『検索中状態』が解除されて、元の持ち場に戻ってしまった……という感じだろうか。なんて間の悪い……。しかも結局検索中状態になった理由は分かんないし。
「ほら、寝ぼけていただけだったでござるよ」
「むぅ……気のせいならもうちょっと寝ていたかった、ですぅ……」
「はっはっは! 早起きはジャパリまん三日分の得というしな! いいことじゃないか!」
眠そうに眼を擦るヤマアラシに、ヘラジカは鷹揚に笑って窘めていた。ていうか、『早起きはジャパリまん三日分の得』なんてことわざあったのか。なんとなく意味は分かるけども……。
…………ま、考えても仕方がないか。へいげんちほーの異変なら、このちほーにいるうちにまたラッキーに会えば何か分かるかもしれないし。それより今は、早くライオンの城に向かうとするか。せっかく早めに目覚めたんだし、先を急ごう。
「じゃあ、俺達はそろそろ行く。ヘラジカ、昨日は楽しかったよ。寝床貸してくれてありがとう」
「気にするな。私達も、えいがのさつえい楽しかったぞ!」
「ええ、また近くに来たら、此処に寄ってくださいですわ。歓迎しますわよ」
「ふふん。チベスナさんがパークに名を轟かせた暁には、むーびーすたーチベスナが泊まった縄張りとして宣伝することを許すと思いますよ」
いや、それは多分いらないと思う。
「……それと、チーターはまたいずれ、私と戦おう。私は待っているぞ!」
「……………………待たなくていいから」
すげぇ執念だな、ヘラジカ……。
呆れつつも、俺達は手を振りながら、和やかにヘラジカ達と別れていく。
ヘラジカ達も、いつまでも手を振り返していてくれた。
「しかし本当のことだったのに、ひどいと思いますよ」
なんて言いながら、チベスナは手に持ったジャパリまんを頬張っている。その横顔は、やはり不満げな色を多分に宿していた。さながらやけ食いってとこか。
「そうは言っても、見ていたのは俺達だけだからなぁ。あむ。……しょうがないところもあるんじゃねぇの?」
「チベスナさんは真実を話しているというのに……」
別に嘘だと思われたからって何かあるわけでもないし、いいじゃないか。
あむ。
………………しかし、初めてジャパリまんを食べたが、うまいな。
俺の食っているのはチョコ味なのだが、そもそもジャパリまんっていろんな味があるのかってところからして新鮮だった。
アニメで畑からチョイとか言ってたから、てっきり野菜ジュースみたいに菜食主義者が喜びそうな風味なのかと思っていたが……全然違う。むしろここからどう野菜が抽出できるんだってレベルで、普通に菓子パンだった。
この分だとほかにもバリエーションが多いだろうに、これで飽きたとか言っている博士と助手はかなり舌が肥えているなぁ……。
少なくとも、前世の俺の食事のラインナップよりはバリエーション豊富だと思うぞ、これ。………………文明的とはいったい。
「もぐもぐ……」
「……チーター、その味のジャパリまん気に入ったんですか? さっきから凄い機嫌がよさそうだと思いますよ」
「あん?」
「チーターは機嫌がいい時は耳がすごくピクピクするからすぐわかると思いますよ」
「はっっっ!?!?!?」
言われて、俺は思わず手で耳を抑える。
そ、そんな……そんな癖が俺にあったのか……!? あ、そういえば前にチベスナが俺が照れていると言い当てたことがあったっけ。その時ももしや、俺の耳がぴくぴくしていたというのか……!?
「な、なんでもっと早く言わねぇんだよおっ!!」
俺は思わず吠えた。
「ひい! 教えてあげたのにいきなり吠えるのはひどいと思いますよ!」
「俺にとっては死活問題なんだよ! クソ、我がポーカーフェイスがこんな意外なところで崩されていただなんて……!」
「チーター、別にポーカーフェイスではないと思いますよ?」
何言ってんだか。感情をコントロールできるこの俺がポーカーフェイスでないわけがあるまいに。
「それより、そろそろライオンの縄張りに入るころだぞ」
話を切り替えるように俺が言うと、チベスナも居住まいを正して少しだけ警戒を表面に滲ませる。
というのも、昨日――寝る少し前くらいに、シロサイから話があったのだ。
『ライオンの縄張りは二人のフレンズが場を守っていますわ。合戦を始めてからというもの、向こうもピリピリしていることが多くなったので、下手に縄張りに入ればつっかかられる可能性もありますの』
…………ということらしい。
そういえば、アニメでもかばん達が通行止めを食らってたっけな。言われるまでそういう剣呑な雰囲気の話は忘れかけていたので、正直けっこう助かった。
そういうことであれば、俺としても心の準備をすることができるし――――と。
「おい、お前ら。此処で何してる」
…………噂をすれば影。
俺達二人の前に、二つのフレンズの影が現れた。
今更だけどお約束のTS描写でもするか! ……と思って書き始めたのですが、なんか違うなと思ったのでやめておきました。旅が進んだら水浴び回とか書きたいなぁ。