畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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八三話:並木道を越えて

「……ねむい」

 

 翌朝。

 ソリの中、俺は重い瞼を無理やりこじ開けながら呟いた。身体を起こしてみると、微かに小鳥の囀りが聞こえてくる。朝だ。いや、朝なのは分かっている。というか俺のチーター並の体内時計(?)が朝であることを告げている。

 ただ…………、

 

「ねむい」

 

 ひたすら眠い。フレンズになってから朝は大体目覚めばっちりだったので、こうも眠いのはなんか人間時代を思い出してちょっと懐かしいな。

 

「お? チーターようやく起きたと思いますよ」

 

 と、そこでどうやらごろごろしていたらしきチベスナが俺の様子に反応してきた。チベスナはだいぶ前から起きてたらしい。時計を確認してみると……現在時刻、午前七時。

 まぁ人間基準で言えば普通の朝起きなんだが、普段日の出とともに目覚める系の生活をしている俺としてはだいぶの寝坊だ。

 というのも、昨日はオオカミ先生脚本による映画にちょっとハマりすぎてしまい……。途中でアリツカゲラが見回りに行ったり、限界に達したチベスナが寝落ちした後も、二人で映画の話とか漫画の話とかしてかなり夜更かししてしまったのである。確か寝に行った時の時間が夜の一〇時すぎくらいだったから、普段日暮れとともに寝る生活をしていた俺としては徹夜並の夜更かしだったと言える。

 でもお蔭で、だいぶ色んな『為になる話』を聞けたと思う。俺もこの経験を生かして、次に書く脚本はさらに面白いものにできるはずだ。多分。今までのはシロウト仕事だったからアレだったけどな。

 

「さ、チーター。今日はどうすると思いますよ?」

 

 俺がソリから降りたのを見計らって、チベスナがそう問いかけてくる。

 うーん、どうするかな。眠いが……まぁ眠気は歩いていれば自然ととれると思うし。とりあえず、出発するのは確定。ただ、この後は雪山地方なんだよなぁ……。

 

「とりあえず、ロッジを出た後上に羽織るものでも探しながら雪山地方に行くことにするか」

「はおるものと思いますよ?」

「あー、アーケードにレインコート──『追加の毛皮』あったろ? あれのモコモコした版だよ。雪山地方は寒いからな、お前はともかく……俺はそういうのがないと、辛い」

 

 っていうか、多分アーケードでも探せば厚手のコートくらい見つかったんじゃないか? なんであの時の俺は前以て探しておくということを怠っていたのか……。……いやまぁ、観光地的に考えて雪山地方近くに防寒グッズを売ってる場所くらいはあるはずだし、大丈夫大丈夫……。

 

「高いところもダメなら寒いところもダメって、本当にダメダメですね」

「…………」

「あ! 今のなしだと思いますよ! なしだから意地悪なことを言ってはいけないと思いますよ!」

「吐いた唾は呑めぬということわざをその身に刻み込んでやろうかこのポンコツは……」

 

 まぁそれはさておき。

 

「んじゃ、チェックアウトするからオオカミ先生とアリツカゲラに挨拶しに行くぞ」

「チェックアウトってなんだと思いますよ?」

 

 ん? ああ……そういえばチェックアウトってフレンズには耳馴染みのない言葉だな。

 というか、ロッジでチェックアウトって言うんだろうか? なんかホテルみたいなノリでこう言ってみたものの、正直自信ないな……。まぁ間違ってても誰も気づかないしべつにいいけど。

 

「チェックアウトってのは、宿から出るときの手続きだよ。ここに来たとき、アリツカゲラが出迎えてくれただろ? アレの反対みたいなもん」

「なるほどー」

 

 まぁ実際にはもっと色々あるんだけれども……フレンズ流にするとこんなもんだろう。

 ああ、こうして『フレンズにも分かるような形』に単純化していく中で、ヒトの文化というものは簡潔になってフレンズの中に根付いていくのかね……。

 そう考えると、今のフレンズの中にあるなんとなくトンチキな文化がどうやって根付いていったのか、なんとなく読めてくる気がする。

 

の の の の の の

 

ろっじ

 

八三話:並木道を越えて

 

の の の の の の

 

「もう行くのか」

 

 チェックアウト(という名の出立前挨拶)をすると、ロビーにいたオオカミ先生が少し寂しげにそう言った。まぁ、俺とオオカミ先生はわりと意気投合してたからな……。寂しがってくれるのはちょっと嬉しい。

 

「昨日話した通り、旅が終わったら多分俺達はジャパリシアターに居座るから。今度はオオカミ先生がこっちまで来てくれよ」

「確か、へいげんちほーだったっけ? 遠いなぁ。ま、久々に旅がしたくなったら会いに行くよ」

「わたしも、いずれご挨拶させていただきますね~」

 

 クールに笑うオオカミ先生の横で、アリツカゲラが笑みを見せる。二人が来るとなれば、ボロッボロの映画館のままにはしておけないな。色々と片付けをしておかないと。

 

「ああ、待ってる」

「そうだ! チーター。アレ渡さないとと思いますよ! あのあくせさり!」

「おう、そうだったな……」

 

 そういえば。

 宣伝の為に、出会ったフレンズにアクセサリを配ってるんだった。すんなり再会の約束をしてしまったので普通に忘れてた。俺はソリの荷台からガサゴソとアクセサリを取り出し、二人に手渡しておく。

 

「これは?」

「ふっふっふ……これはだなぁ……」

「うっ……怖い話はやめてくれよ」

 

 にまぁ、と笑顔を浮かべてやると、オオカミ先生が嫌な顔をした。オオカミ先生、自分は怖い話するのに怖い話されるのは嫌いなんだよな。なんで自分の怖い話は大丈夫なのに他人の怖い話はダメなんだろうか。

 

「ま、『お土産』みたいなもんだ。ジャパリシアターで新たに配る予定の品物だな。今は記念として出会ったフレンズみんなに配ってるんだが」

「なるほど」

「はぁ~……きれいですね、ありがとうございます~」

「どういたしましてと思いますよ! それはじゃぱりしあたーに行けばまたもらえるので是非来るといいと思いますよ!」

「いや行くとさっきから言ってるけども」

 

 うん、だからあげる意味ないんだよな。まぁ、出会いの記念という意味もあるから全く無意味ではないのだが。

 

「じゃあ、またな二人とも」

「ばいばいだと思いますよ!」

「ああ、またいずれ」

「またのお越しをお待ちしております~」

 

 互いにそう言い合って。

 俺達は、ロッジ・アリツカを後にした。

 

の の の の の の

 

 のだが……。

 

「ん~……けっこうギリギリだな」

 

 ロッジ地帯の道なき道を歩きながら、俺はぽつりと呟いた。

 ロッジ・アリツカを出発して雪山地方に向かい始めてから、およそ三時間。地図を見た感じ、現状はかなりの『綱渡り』だということが見て取れた。

 

「何がです?」

「いや、俺の体力がな」

「なんだかみっともないことを言い出したと思いますよ……」

「そんなことないだろ!」

 

 呆れたように言うチベスナに、俺は憤慨しながら言い返す。

 確かにチベスナは慣れた地形でぐっすりばっちり睡眠だったかもしれないが、俺はついうっかり夜更かししちまったからな。

 というか、考えてみればあのオレンジホテルでの墜落事件からまだ一日も経っていないのである。あの疲れはまだ体に残っているわけで、しかも眠りも浅かったからな……流石の俺もこのくらいの道じゃ疲れたりもしないが、そろそろ時間的に休憩してもいい頃合いだ。

 ただし。

 

「ゆきやまちほー、もうすぐなんですよね? あともうちょっとのところで休憩とかいやだと思いますよ」

 

 という問題があるのであった。

 ロッジ・アリツカはロッジ地帯の中でも雪山地方にほど近く、ぶっちゃけあと三〇分も歩けばフレンズの足なら雪山地方なのである。

 だが、一方で雪山地方は……確実に疲れる。それを考えると、無理せず休憩しておいた方がのちのちの為になる気もするのだ。

 

 というか、結局売店は見つからんし……地図にもそれっぽい場所は見当たらなかったし。いったいどういうことなんだ。雪山地方に行くなら最初から防寒着は用意しておけってことなのか? フレンズに防寒着が用意できるわけないだろ! ジャパリパークはもっとフレンズのことを考えろ!

 

「だからギリギリだなって話」

 

 そんな内面の憤り(いや、ジャパリパークはけっこう頑張ってると思うけどな)を抑えつつ、俺はチベスナに答える。

 そうは言っても頑張ればいけなくはないのかなーと思っていたりするのだが、昨日の夜更かしと墜落がけっこう響いてるからな……。無理して最悪その先にセルリアンがいでもしたら、だいぶピンチになるし。

 まだ動けるっていう段階で休憩した方が安全といえば安全なんだが……チベスナの言うことももっとも。あともう少しというところで休憩するのはだいぶ歯がゆい。だからどうするか、というところだったのだが。

 

「……まぁでも、チーターがバテちゃったらそれはそれで困ると思いますよ。仕方ないので後ろに乗ってもいいと思いますよ」

 

 と、そんな風に悩んでいると、チベスナがそう言いながらソリの荷台を指差した。

 ……珍しい。チベスナが俺が楽することを許容するとは。

 そんな感情が耳に出てしまっていたのか、チベスナは少しむすっとしながら俺に言う。

 

「何をそんな耳をしているんだと思いますよ。チベスナさんいつもは寛大だと思いますよ」

「寛大なヤツは口癖みたいに自分のことを寛大とか言わないけどな」

 

 あとやはり耳なのか。

 俺は耳を抑えながら、ソリの荷台に乗り込む。あー、ガタガタ揺れはするものの、サバンナ地方とかと違ってまだ平地って感じだし、何より歩かなくていい分やっぱり体力は回復できるなぁ。

 

「あ! チーター、ソリの中で丸くなってると思いますよ! 乗っていいとは言いましたけどそこまでくつろいでいいとは言ってないと思いますよ!」

「は!?」

 

 しまった! 休もうと考えるあまり猫っぽい休み方になってしまっていた……!

 

「ずーん……」

「? 別に正座しろとまでは言わないと思いますよ……もうちょっとくつろげばいいと思いますよ」

 

 気を取り直して、ソリ移動。

 天然の並木道をソリでずりずり移動しながら、チベスナは視線だけこちらに向けつつ問いかけてくる。

 

「それでチーター、この後はどっちに行けばいいと思いますよ?」

 

「ん? あー、そうだな」

 

 言われて、俺は地図と方位磁針を広げる。

 もう地図の見方もかなり慣れたもので、太陽の方向や周囲の景色、方位磁針あと時間とかを見るだけで、今までとは比較にならないくらい正確に現在地が割り出せるようになっていた。

 ……慣れとかあんまり関係ないな。現在地を参照するのに使える道具が集まっただけだな。

 

「今のところまっすぐで大丈夫。っつか、多分もうすぐ見えてくると思うんだが――」

 

 なんて言っていると。

 不意に、俺の鼻が『匂いの変化』を感じ取った。

 今までに何度となく体験した、空気の匂いが変化する感覚。それは、そのまま気候の変化の前兆だ。この感覚が出てきたときには、決まって──

 

「わあ! チーター見てください! 前! すごいと思いますよ!」

 

 飛び跳ねるチベスナ。いや、お前がそうしてるとソリに乗ってる俺は何も見えないんだが……なんて思いつつソリから身を乗り出して、俺はぼやきかけた口が固まったのを自覚した。

 

 そこは、一面の銀世界。

 

 今まであった緑が、そのまま白に置換された結晶の景色は、昼下がりの日差しを照り返してきらきらと輝いていた。

 こういうときはあれだな、こう言った方がいいかもしれん。

 

 ──並木道を抜けると、そこは雪国でした。




次回からまたしばらくチーターがポンコツになります(寒いし山なので)。

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