畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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七七話:女王の事件簿

 外観のぼろっぼろぷりとは裏腹に、ロビーはわりと普通のホテルっぽい外観だった。エントランスのガラス戸こそ粉々に砕け散ってしまって地面にガラス片が散乱しているが、大きな破壊はそれ以外には見られなかった。

 内装も外のオレンジっぷりからは想像もつかないくらいまともだった。やはり外観があんな感じなのはジャパリパークの雰囲気を壊さない為の工夫であって、別にコンセプト的なものがあるというわけではないのだろう。

 

「ふむふむ」

「チーター、色々見てると思いますよ。そんなに気になりますか、ここ」

「まぁそこそこにな」

 

 いや、思い返せば人工物らしい人工物なんて見慣れてるっちゃ見慣れてるのだが、ホテルというのは前世でもあまり利用してこなかったもんで、なんとなく目新しい感があるのだ。

 

「あ、ソリはロビーに置いて行けよ」

「えー、なんでですか?」

「だって邪魔じゃん」

 

 そのソリけっこうでかいし、小回りききづらいからホテルの中まで引っ張っていったら移動で凄い難儀するのが目に浮かぶ。という意味も込めてばっさりと切り捨てると、チベスナもそりゃそうだという顔で頷いていた。

 特に問題なく意思疎通を済ませた俺がふとチベスナから意識を外したところで──そういえばアミメキリンの姿がないことに気付いた。勝手に先行したか?

 

「ねぇねぇ、ここなんだか入れるみたいよ! 何か怪しいわね……」

 

 などと思っていたら、ロビーにある受付の内側に潜り込んで何やら色々物色している様子だった。

 言ってることは探偵っぽい(?)が、やってることはフツーのフレンズだから、それ。

 

「おお! それはかうんたーだと思いますよ。チベスナさんもさばんなちほーのあーけーどで見たと思いますよ!」

 

 案の定、フツーのフレンズがアミメキリンに乗っかってカウンターの方へ突撃していく。

 あんまこのへんで時間を食われると、あとあと余裕がなくなってくるので勘弁してほしいんだがなぁ……。

 

の の の の の の

 

ろっじ

 

七七話:女王の事件簿

 

の の の の の の

 

 薄れている案内板を確認する限り、ホテルは五階建てらしい。スイートルームみたいな概念はないらしく、どの部屋も一律で普通の部屋なあたりは流石ジャパリパークと言ったところか。というか、あの外観なのに意外とどの部屋も均一な広さになっていることには驚いた。絶対変な形の格安部屋があると思ったんだが。

 

 で、俺達は二階を歩いていた。

 一階にも色々ありそうだったのだが、それよりアミメキリンが『これだけ高いたてもの……きっと謎も高いところにあるわね!』と高いところに強い興味を示したので、それに流された形である。

 俺的にはあんまり高いと老朽化で床が抜けた時とか怖いから、低い階で満足させたいんだがな。

 

「しかし、こう……なんか不思議な感触だなあ」

 

 歩きながら、俺はそんなことを呟いた。

 足元のカーペット、どうもふかふかしているのだが……フレンズになってからこっち、硬い地面か草か木の上しか歩いてこなかったから、こういう半端にもふもふしたものの上を歩いてると、なんかフレンズの上を歩いているような感じがしてなんとなく居心地が悪いんだよな……。

 

「確かに……なんかチーターを踏んだ時みたいな感じがすると思いますよ」

「おい」

 

 お前その感触を覚えてるってことは寝ぼけてる時に俺を踏んでる自覚があるな?

 

「むう……確かに。これは…………事件ね!」

 

 あ、アミメキリンがまた始まった。

 

「事件……ですか?」

「そうよ! 草でも土でもない、不思議な地面……これは間違いなく事件ね!!」

「おお」

 

 どこから事件につなげるというのだろうか。廊下を歩きつつ扉が開くかどうか確認しつつ(流石に鍵がかかっているらしく、開く扉は一つもなかった)耳だけ傾ける。

 ちなみに、最近フレンズの身体に慣れたからか、本当に耳だけ傾けることができるようになったのである。こう……こめかみの上のあたりに神経を集中させると、ぴくぴくっと耳を動かせるのだ。頑張ると耳の向きも若干変えられる。まぁ、今はまだ若干だが。

 

「まず、怪しいのはこの床が何でできてるかということよ」

「確かに、床が一番怪しいのは明らかだと思いますよ」

 

 チベスナとアミメキリンがその場に立ち止ったので、置いて行かないように俺も立ち止まる。

 こうして廊下の窓から外を眺めると……なんか文明って感じがするよな。割れてる窓がもう少し少なかったらさらに文明感に浸れたのだが。

 

「つまり、怪しいところを探せば…………なっ!!!!」

「め、めくれたと思いますよ!?」

 

 カーペットをめくって目を丸くしている二人をよそに、俺はさらに窓から身を乗り出して外の様子を見る。

 流石に二階では遠くまで見通せるというわけにはいかないが、それでも高い位置から眺める草原の景色は絶景といって差し支えない。この位置からこれなら、ホテルのプライベートな空間から眺めるジャパリパークの景色は最高だったんだろうなぁ。

 ……と思うが、不思議とその光景に心惹かれない自分がいることに、ふと気づいた。

 

「ばかな……この感触は変装だったというの!?」

「つまり…………かいとう!!」

「ち、チベスナ!? かいとうって……!?」

 

 俺は、高いところからこの自然を眺めるより自然の中からその光景を見上げる方が、なんとなく好きだな。

 この身体というのもあると思うが、近くから見る景色の方が色々なものが見える気がする。泥とか折れた枝とか、近くに行くとやっぱ汚いものも見えてくるが……その分思い出の解像度みたいなものも上がるというか。

 

「かいとう、えいがで見たことがあると思いますよ! 変装の達人です!」

「くっ……やっぱり事件だったというのね! これは黙っていられないわ! 急いで上の階に行くわよ、チベスナ!」

「もちろんだと思いますよ!」

 

 あ、動き出した。

 二人が走り出したのに合わせて、俺も窓から覗く景色に別れを告げ、二人を追いかける。

 風が気持ちよかったなぁ。

 

の の の の の の

 

 ところ変わって、ホテルの五階。

 馬鹿のコントが終わったので、ようやく真面目に探索を開始することとなった。というか元々ここに来たのはアミメキリンの新たな住処──事件っぽいイメージのする場所を探す一環なのであって、カーペットをめくっては事件だのと馬鹿みたいな遊びをするためではないのである。二人は是非とも反省してもらいたい。

 全くツッコミを入れなかった俺が言うのもなんだが。

 

「チーター、そういえば急にカメラを取り出したけどどうしたんだと思いますよ?」

「資料映像でも撮っておこうと思って」

 

 そんなことをこたえる俺の手には、カメラが握られていた。

 まぁ、こんなそれっぽいロケーションを前に色々撮らなかったらそれは嘘だよねってことで。最上階にやってきたタイミングで、俺は意気揚々とカメラを回しているのだった。

 お蔭で色々なものが撮れている。窓から差し込む日差しだったり、どこかくすんだ壁紙だったり、下の階に輪をかけてボロボロな床だったり。

 というか床に関してはところどころカーペットが破壊されてたりしてるんだが……ここで戦闘でもあったんだろうか。なんかやだな、そういう爪痕みたいなのを目の当たりにすると。

 

「うーん、なんかわくわくしてきたと思いますよ! こっちとか扉開いてると思いますよ!」

「おいおい、あんまはしゃぐなよ……」

 

 しかしそんな風に気分が落ち始める俺とは対照的に、チベスナはすっかり探検気分が高まってしまっているようだった。アミメキリンも同じように鼻息荒く探索に付き合っているあたり、あの二人は本当に気が合うというか……基本的にチベスナはどのフレンズともうまいことやっていけてる気がするのは気のせいだろうか。

 

 ──そんな、憧憬のような感情を抱きながら、チベスナをカメラに映していたのが、おそらくは最大の失敗。

 

 正確に言うなら、それに気を取られていて、足元の注意が散漫になっていたこと──だろうか。

 そう、俺はその瞬間、確かにチベスナに気を取られていた。下の階に輪をかけて床がボロボロになっていて、戦闘の残り香すら感じられるような状況だったというのに……迂闊にも。

 

「あ、」

 

 そんなつぶやきが、俺とチベスナ、二人の口から同時に漏れた。

 ずぼ、という何かが陥没するような音と共に、俺の見えている世界が傾いた瞬間だった。

 

「ッ、ば──!!」

 

 老朽化や破壊によって脆くなっていた床が抜けた。

 その事実に気付いた瞬間、俺の世界は急速に緩慢になっていく。

 幸い、このパターンは既に高山地帯で経験済みだ。この場合、俺が第一に考えるべきはこの手荷物の無事。ということで手に持ったカメラをチベスナの方へ放り投げ、それから腕を振ることでトートバッグを横合いに放り捨てる。

 

 これでよし。

 さて、後顧の憂いを断ったことで改めて自覚するのだが――俺、ひょっとして落ちてる?

 落ちてる……のか? 五階の高さから、床が抜けて……落ちてるのか??

 にわかに信じがたいが、スローモーションの世界の中で俺は確かにゆっくりと落下し始めている。

 えぇ……踏んだ床が抜けるなんて、それどんな低確率だよ。我ながら事件(ネタ)に事欠かないなぁ……。

 

 ともあれ、そんな危機的状況ではあったが、俺は意外にも冷静だった。

 というのも、このくらいは危機的状況ではあっても危機ではないのだ。何せ、俺の速度はまさしく神速。軸足が床と共に落下していたとしても、落下前にもう片方の足に重心をずらして飛びのくことなど朝飯前なのである。今昼過ぎだが。

 

「──ふっ!!」

 

 というわけで、俺はもう片方の足に力を込めて、床を蹴る。光を帯びた左足が、傾きかけた俺の身体を浮かせ──、

 

 ずぼっ。

 

 ──ることなく、そのまま地面を貫いた。

 

「ばっ……」

 

 それはつまり、両足が乗っていた周辺の床が丸ごと破損したということで。

 万策尽きた俺が辿る道は、一つしかなかった。

 

「馬鹿なぁぁぁああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………ぁぁぁ…………」

 

 その日、俺はチベスナに『ドップラー効果』というものがどんなものか身を以て教えることになった。

 

の の の の の の

 

「……あのチーター、大丈夫?」

「ああ、うん……びっくりした……」

 

 フレンズというのは得だ。普通の人間なら五階相当の高さから落ちれば死ぬしかないが、フレンズならびっくりするだけで済むのだから。

 フレンズというのは得だ。普通の人間ならまず経験することのできない『自分の身体の形にあいた穴』を見上げるという体験をするができたのだから。

 ちなみに、俺は普通の人間の心を持ったフレンズなので、ちっとも得には感じなかったが。

 

 結局あの後、急いで下に降りてきたチベスナとアミメキリンに地面にめり込んだ状態から助けてもらった俺は、ロビーでちょっと休んでいた。

 流石にあの悲劇を見た後ではアミメキリンも探索しまくりたいとはならなかったらしく、比較的おとなしかった。

 気を取り直した俺はそんなアミメキリンの様子を見ていたのだが……この分だと、アミメキリンもここを探偵修行の場所にすることはないだろうなぁ……危ないし。

 

「しかし、ここは危ないからダメだな。別の場所を……」

「そのことなんだけど」

 

 別の場所に行くか、という提案をしようとしたところで、アミメキリンがそんな俺の言葉を遮るように口を開いた。

 神妙な面持ちのアミメキリンは次にこう続ける。

 

「わたし、ここでもう少し修行してみようと思うの。色々怪しいところがあったし……名探偵たるもの、謎を前に逃げちゃいけないもの!」

「お前の前にある謎、殆ど自家生産の謎だけどな」

「打倒かいとうだと思いますよ!」

 

 まぁ、アミメキリンがいいならそれでいいけども……ほんとにいいのか? 危ないぞ? 床抜けるぞ? 怖いぞ? 半泣きになるぞ?

 いや俺はなってないが。

 

「そういうことだから、アナタ達とはここでお別れね。今日も一緒に泊まるなら別だけど」

「いや、俺達は先を急ぐよ」

 

 アミメキリンの遠回しな提案に、俺は答えながらロビーに置いておいたソリに戻り『あるもの』を手に取る。

 ……これからやることこそ、ある意味で『これ』を持っていくことに決めた最大の理由だったりするんだな、これが。

 

「はいこれ、アミメキリンに、記念のプレゼントだ」

 

 言いながら、俺はアミメキリンに従業員の宿泊施設で見つけたアクセサリーを渡した。

 

「ぷれぜんと……?」

「おみやげみたいなもんだよ」

 

 俺はにやりと笑いながら、こう言う。

 

「俺達の縄張りのジャパリシアターの新名物になる予定のものだ。もっと欲しかったら、平原地方まで来いよ」

 

 これこそ、俺がアクセサリを回収した理由。

 子供向けの映画とかって、大体入場特典があるものじゃないか。ジャパリシアターに戻ったあと、あの寂れた映画館に客を入れるにはどうしたらいいか……その答えが、これだ。

 つまり旅をしている間に、色んなフレンズにこのアクセサリを配って、ジャパリシアターを宣伝する!

 こうすれば旅が終わった後にジャパリシアターに戻っても、客が来ない~なんて無様なことにはなるまい。

 

「おお…………おお! チーター! チーター! さすがかんとくだと思いますよ! なんかいい感じじゃないですか」

「かんとくじゃないが」

「いいわね! きちんと名探偵になったら、遊びに行くわ!」

 

 …………それ、結局永久に遊びに来ないのでは……?

 

 などと思いつつ、俺とチベスナはアミメキリンと別れ、次なるロッジへと向かうのであった。

 さて、宣伝の効果はいかほどになるかねぇ……。続けてみないと分からんか。




その気になればいつもの加速で落下を回避できたのですが、油断してたのでその気になる暇がありませんでした(敗戦の弁)。

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