残すところ三ちほー……気付けば遠いところまで来たものです。
七一話:去りし者達の残り香 ・
「けっこう木が増えてきたと思いますよ?」
歩いていると、不意にチベスナがそんなことを言った。
言われてあたりを見渡してみると、確かにあたりに見える木の密度が多くなっているような気がした。
……いや、遊園地に木が少なかったというわけでもないんだけどな。普通の自然公園レベルの自然はあったし。ただ、自然公園というのはあくまで『公園』であり、『自然そのもの』ではないということを、俺はこのジャパリパークを旅して学んだ。
なんというか、本当の自然って……ヒトに都合よくできてないんだよな。道とかまっすぐじゃないし。なんなら道ないし。草だし。そこらへんは平原地方で歩き回ってるうちに完全に慣れてしまったが。
「いよいよロッジ地帯に入ってきたってことだな」
そんなことを、足元の草を蹴飛ばしながら(蹴ったら斬れるから間違ってない)言うと、チベスナは目を輝かせながらこんなことを聞いてきた。
「ろっじ! ろっじにはどんなものがあると思いますよ?」
「寝床しかねぇんじゃねぇかな……」
だってロッジだし。
そんなことを言いながら、俺は地図を広げてみる。……予想通り、ロッジにアトラクションらしいアトラクションはないようだった。見た感じ、野生動物を観察する為のロッジが点々と並んでいる……そんな空間らしい。
ジャングル地方にもあったブンブンもいくつか確認できた。やはりあのブンブンっていうのは野生動物を観察するやぐらみたいな建造物だったらしいな。
「そんなはずないと思いますよ! パークにアトラクションがないちほーなんてないと思いますよ!」
「無茶言うなよ」
いや確かにどこの地方にも何かしらあったが、ジャングル地方とかけっこう微妙な地方もあったじゃないか。
と思いつつ、一応地図をさらに調べてみると……、
「ん~……ここはなんだろう?」
「どこだと思いますよ!?」
「わっ、食いつきいいな……ここだよ、ここ」
地図に身を乗り出してきたチベスナに若干驚きつつ、俺は地図のある一点を指差してやる。
キョウシュウエリアにやってきた観光客が寝泊まりするのに使われていたであろうロッジ地帯は、森の中にぽつぽつと宿泊施設が建っている地方だが……その木々で埋め尽くされた中に一か所だけ、木が植えられていない箇所があるのだ。
「……? べつになにもないと思いますよ?」
「そうだ。
「あっ!」
そこまで言うと、チベスナもようやく気付いたらしい。
「木がないということは、誰かが切り倒したということ。つまりその分の木で何かが作られてるということですね!」
「チベスナにしては考えた方だけどそういうことじゃないんだよなぁ……」
俺達みたいな突貫工事じゃないんだから、ジャパリパークの人間がそんな行き当たりばったりに木を伐採するわけないだろ。それも地図に反映されるようなレベルで……。
「えー。じゃあどういうことだと思いますよ?」
「つまり、ここには『木を植えることができない理由』があるってことだよ。たとえば、地図上では平地だけど実はここに何かが立ち並んでる……とか」
「なんだと思いますよ?」
「そこまでは分からん」
あっさり答えると、チベスナはちょっとがっかりしたような表情を見せた。エスパーじゃないんだからこの地図だけで分かるわけないじゃん。
……でもまぁ、何かの建造物だったら地図に書かない理由はないし、建設途中か、あるいは移動施設か仮説テントみたいな期間限定のアトラクションか……そのへんじゃないだろうか。
「なんにせよ、とりあえずそこ行きましょう。寝床はいっぱいあるから安心して探検できると思いますよ!」
「今更気づいたが、屋内だとソリを入れるのがちょっと面倒だな……」
特にブンブンとかだと野外に放置するしかないな。
そんな俺のぼやきと共に、ロッジ地帯の旅は始まりを告げたのだった。
そして到着した。
件の木のない場所はフレンズの足なら歩いて三〇分ほどのところだったので、特に休憩が必要ない距離だったのも大きい。とはいえ、ヒグマとの模擬戦のせいで俺もけっこう疲れが残ってるから、油断は禁物だがな。
で、問題の場所だが…………、
「なんもないなぁ」
「だと思いますよ」
俺達の眼前に広がる景色は、まさしく『空き地』であった。
何かしらのテントが設置されていたりするわけでもなく、ただ空き地。木は狩られているどころか最初から生えてすらおらず、切り株一つない状態だった。一応雑草は生えているようだが……これ、パークが運営されていた当時は完全に更地だったよな。
「人為的な匂いを感じるが……」
「チベスナさんは何の匂いも感じないと思いますよ?」
「雰囲気の話をしてんだよ」
『だったら最初からそう言えばいいと思いますよ』とブースカ言うチベスナは無視して、オレは周辺の探索を始める。
そういえば、フレンズってけっこう敏感に匂いを感じ取ることができるからこういう慣用句的な言い回しも通じないケースがあるんだよなあ……。
たとえば『猫の手も借りたい』って言ったら、『なんでキツネはダメなんだと思いますよ?』って真顔で言われたし。そういうことじゃないんだよなぁ。まあ、人間の言い回しなんかフレンズに通じないのはある意味当然なのだが……。
「む!」
と、ぼんやりそんなことを考えていると、不意にチベスナが妙な声を出した。
「なんだチベスナ、妙な声出して」
「妙ではないと思いますよ」
チベスナは視線を地面に向けたままそう言って、
「さっきチーターが匂いの話をしてたからちょっと注意深く匂いを嗅いでみたんだと思いますよ」
おお。
「そうしたら……なんか、変な匂いがこのへんから少し……」
「おお」
「なんかリアクション薄いと思いますよ?」
いやいや。それなりに驚いてるぞ、俺は。
「ともかく……多分、この下に何かあると思いますよ。チベスナさんの勘はそう言ってます」
「最終的には勘なのか」
そこらへんはまぁチベスナらしいといえばチベスナらしいが……。
ともあれ、久々にお手柄じゃないか? チベスナ。なるほど地下とは俺も想像できなかった。
確かに地下に何かあるなら、地図上には何もなくて当然だ。スタッフオンリーの施設なら、入園者用の地図に何も書いてないって言うのも納得だし……。
ともあれ、地下というなら後はやることも決まったな。
「つまり、此処掘れわんわんってわけか」
「???」
あ、この言い回しも伝わらないか。
そういうわけで、チベスナの指示の通りに地面を軽く掘ってみると――すぐに、鉄製の扉みたいなものが顔を出した。なんか物々しいな……。研究施設とか出てくるのか? 俺なんかいやだぞ、ジャパリパークの闇みたいな感じの真実とか……。
「おお! なんかえいがで見たと思いますよ!」
だが、そんな風に尻込みする俺とは裏腹に、チベスナの方はどんどん乗り気になっていってしまわれている。確かにチベスナ的には映画で見た光景ってことでそりゃノリノリになるんだろうけどもさー……
「……まぁ、行くか」
「おー! と思いますよ」
とはいえ、俺も別に興味がないというわけではない。
むしろ興味はビンビンなので、フレンズの膂力で無理やり鉄扉を持ち上げる。鍵の類はかかっていないらしく(そりゃそうだ、こんな鉄の扉、持ち上げる為の装置を用意するだけで一苦労だし鍵の必要がないからな)、扉は簡単に開いた。
果たして、その内部は――――。
「……暗くてよく見えん」
やはりというべきか、真っ暗闇だった。
地下に階段が続く現代的な施設ということは分かるのだが、いかんせん中が暗すぎる。普通に五メートル先は真っ暗闇で全然見えなかった。
「チベスナさんもよく見えないと思いますよ」
横にいるチベスナもそう言って、内部をじっと見据えている。
俺は懐中電灯をトートバッグから取り出しつつ、
「じゃあ、探索始めるか。鬼が出るか蛇が出るか……」
「チーター」
「何が出てくるのやらってことだよ」
セルリアンってことはないと思うが。
そんな軽口を叩きながら、俺達は階段を慎重に降りていく。どんな風になっているかと若干心配だった俺だが、幸いにも施設内部に特に変わった様子はなく……というか、階段を五メートル降りたあたりで広い部屋に出た。
どうやら、ここがこの施設のロビー(?)のようなものらしい。
「あっ、ここにでんきのスイッチがあると思いますよ」
懐中電灯であたりを照らしていると――そう言って、チベスナがぱっと壁を叩く。途端に、周囲が明るくなった。
「お……動力が生きてたか。これはついてるな」
っていうかジャパリパークの施設の動力、物持ちよすぎないか? ジャパリカフェとか遊園地のアトラクションが整備すれば普通に動かせるのに今更だが……。
さて、そんな施設の内部だが。
「どうもここは……宿泊施設……?」
の、ようだった。
とはいえ、入園者用の宿泊施設というにはちょっと娯楽性に欠けるつくりなので、多分パーク従業員の宿泊施設といったところなのだろう。そう考えれば、無機質な中に微妙にある妙な生活感にも納得がいく。
しかし、パーク従業員の宿泊施設かぁ……。表にはぽつぽつ宿泊施設があるというのに、パーク従業員の宿泊施設はこんな風に目立たない場所なんだな。
動物園で遊園地なわけだから運営サイドの生活臭はなるべく排除したいんだろうが、にしたって地下に施設を作るレベルで徹底してると凄いとしか言いようがないな……。
「しゅくはくしせつ……ですか? 誰が使ってたんでしょう?」
「それは多分……、あー、誰だろうな」
思わず『従業員だろ』と言いかけて、そういえば俺がそんな情報知る機会は今までなかったな……と思い直し、適当に言葉を濁す。
というか、パーク従業員の全貌とか俺も分からんし……。ミライさんがパークガイドなのは知ってるが、パークガイドってそもそも何する人なんだ? 確かアプリ版では主人公の仲間だったらしいけど……。
「ともかく、色々見て回らないことには何も分からないな」
「今は使われてないみたいですけど、何かあると思いますよ?」
「どうだろうな……」
ここがパーク従業員が使っていた宿泊施設なら、私物の類は持って帰ってるだろうし……。そう考えると、何もない状態になってそうな気がしないでもない。
と。
「……ん? なんだと思いますよ?」
そんなことを考えていると、またしてもチベスナが何かに気付いたようだった。
「どうしたんだ? チベスナ」
「チーター、紙だと思いますよ」
そう言って、チベスナは俺に一枚の紙を見せる。
紙には何かの地図と思しき絵が描かれ……そこに幾つかの赤い点が打ってあった。……いや、違う。これは『何かの地図』じゃなくて……。
「ここの地図、か?」
「おお! ちず! やはりそうだと思いましたよ。これでここがさらに調べやすくなったと思いますよ」
…………チベスナは無邪気にはしゃいでいるようだったが、俺は内心、疑問でいっぱいだった。
なんで、アトラクションでもない施設で……こんな宝探しみたいな状況に出くわすんだ……?
出入り口の鉄扉は『鍵がかかってない=フレンズじゃないと開かない/フレンズなら出入り自由』ってことで、パーク従業員とフレンズの関係性が垣間見える部分でもあります。
◆支援イラスト◆
竜胆様より。ありがとうございました!
ニコニコ静画でも掲載されているのでそちらも是非ご覧ください。
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