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そして翌朝。
目が覚めた俺は、まず目覚めの快適さを怪訝に思った。
……なんのこっちゃと思うかもしれないが、基本的に俺の目覚めはあんまりよくない。たいてい、一緒に寝ているチベスナが俺の上におっ被さったり足で鳩尾を抉り込んできたり尻尾が鼻先を掠りまくったりしているからだ。
にもかかわらず、今朝はそれがない。珍しいこともあるもんだ――と半分寝たままの頭でそう考えた俺の意識は、そこで完全に覚醒する。
「ハッ! あのバカ落ちたか!?」
寝床にした広場の中心には、正方形の穴が空いている。一辺が大体二メートルくらいだったから、チベスナなら寝返りの果てに落下していてもおかしくはない。
まぁその場合夜中にチベスナが喚いていなかったのが不自然だが――と思いつつ、俺は急いで穴から地面を覗き込む。そこには――、
「……むにゃ……」
……どういう風に落ちたのか、大穴から垂れ下がった登攀用の網に身体を突っ込んだ状態で気持ちよさそうに寝ているチベスナの姿があった。
まぁ、あの分だと多分寝返りを打った拍子に穴に落ちたタイミングで、偶然網に引っ掛かったとかそういう感じなんだろうな。
…………。
なんつーか……。
「……あれ、引っ張り出すの地味に面倒臭そうだな」
人を脱力させることにかけては、チベスナの右に出る者はいないんじゃないかと思わされる朝の一幕だった。
で、ハンター達の助けもあって数分ほどでチベスナを引っ張り出すことができたその後で。
俺達は、明るくなってようやく全貌がしっかりと見えるようになったアスレチックでのんびりとしていた。
「へぇ、ここ、こんな風になってるんだな」
広場から見ると、全体というわけではないがかなりの範囲を眺めることができた。
感覚としては……大型のアスレチックが何棟も建っていて、それらが橋で渡されているような感じだった。
各アスレチックは特定の遊具に特化しているようで、俺達が寝床に使っていたアスレチックは登攀系の遊具の集合体のようだった。階段はもちろん網がぶら下がっていたりのぼり棒が建っていたりボルダリングの壁みたいなのが設置されているのはその為なのだろう。
しかし、特化したものをまとめておくっていうのは分かるんだが、こういうのって分散させておいた方がいいんじゃないだろうか。似たようなものが密集してたら、子供的にはすぐ飽きそうな気がするんだが。
…………ああ、子供だけじゃなくフレンズの需要も計算に入れてるのかもしれないな。フレンズなら何かに登るのが好きな種類だと一日中時間を潰してそうだ。子供も、フレンズと一緒なら似たようなのでも一日中遊べそうだし。
そう考えると、ここはフレンズと触れ合うための施設みたいなものだったんだろう。よく考えられてるもんだ。
「そういえばチーター、昨日言ってたさつえいっていうのはどうするんだ?」
さてどこを見ようかな――などと思っていた俺の背に、ヒグマが声をかける。
「ああ、もちろんやるさ。だが……その前にロケハンしないとな」
「ろけはん?」
「撮影場所を色々見て回るってことだよ」
実は昨日寝る前にどんな話を撮影するかについては考えてあるんだが、その為の撮影場所は暗かったからまだあんまり分かってない。だから撮影に映る前に、一通りアスレチックに何があるかを見ておきたいってわけだ。
「なるほど。下見をするっていうことだな」
「そういうこと」
「それで、いったいどんな話を撮るんですか?」
なんてことを話していると、キンシコウも話に加わってきた。いい質問だ。特にキンシコウ、お前がするとな……。
「秘密。ま、そんな難しいもんじゃないさ」
「そうでしょうか。初めてなので心配なんですけど……」
「大丈夫大丈夫、あのチベスナでもなんとかなるレベルなんだしさ」
「チーター! それどういう意味だと思いますよ!」
あ、聞こえてたか。
というわけで、ロケハンである。
まぁ、ロケハンといっても基本的に撮る内容はショートムービーなので、撮影場所も三か所くらい。撮影の内容も既に大まかには決まっているので、この工程にそこまで時間をかけるつもりはない。精々……一時間くらいか。チベスナが遊びたがるのを計算に入れても、まぁまぁぼちぼちといったところだろう。
「ここは……なんですかね?」
「水場も兼ねた飛び石ゾーンみたいな感じっぽいな」
興味津々で問いかけてくるリカオンに、俺は眼前のアスレチックを観察しながら答える。
俺達がまず最初にやってきたのは、そこそこ大きな池の中に木製の足場が何個も散りばめられた一角だ。一応池の上を跨ぐようにアスレチックも建てられていて、滑車つきのロープで移動したり普通に橋で移動したりもできるようになっているらしい。
ちなみにこの足場、ただの木の板のものもあるのだが、板全体が坂道のようになっているものもあるので、普通に跳びながら移動しようとしたら傾斜のせいで転がって水に落ちる……みたいなことも起こりかねなかったりする。
フレンズ向けにするためのバランス調整なんだと思うが、子供にやらせるにはちょっと難易度高すぎるんじゃねぇかな。
「へぇ。こんなのもあるのか」
「遊園地ってよりは公園の設備みたいなもんだけども」
ジャパリパークらしいといえばジャパリパークらしいが。
「あっ、もしかしてこれ滑れると思いますよ!?」
と、色々見ているとチベスナが滑車つきのロープに目を付けたらしい。野生の勘ゆえかあっさりと遊び方を理解したとみえるチベスナは、ロープにしがみついたまま池を横断していく。
シャアアアアという滑車の回転音がなんだかスピーディだが……遠目に見ている分にはあんまり速そうな感じしないんだよな、あれ。乗ってる時は確かにめっちゃ速いような気分になるんだが。
「おぉ! なんですかそれ! 面白そうですね!」
「リカオン。わたし達の目的を忘れるなよ」
「うぅ、はい……」
あ、チベスナの後に続きそうになってたリカオンがヒグマに窘められた。
一応建前的には俺達の護衛が目的だからなぁ、三人とも。チベスナと一緒になって楽しんじゃってたら、そりゃね。俺なら『一人で突出したチベスナを追いかけるのに最も合理的な選択をしました!』といって滑車つきロープで遊ぶけども。
まぁ、フレンズにそんな悪知恵はできないか。
「次は……なんでしょう?」
続いて俺達がやってきたのは、高い櫓のような建物から無数の滑り台が伸びたような、そんな不思議な造形のアスレチックだった。櫓を登るには階段を使わないといけないが、他のアスレチックからの橋もちゃんとかかっているので登る手間は省けた。
「ここは滑り台コーナーみたいだな」
コーナーっていうかなんていうか。しかし細長いアスレチックから無数の滑り台が伸びているのを見ると、なんかイカみたいな外観だな……。
「これはどういうものなんですか?」
「簡単だよ。この坂から下に滑り降りるだけ」
「それだけですか?」
キンシコウは怪訝そうに首を傾げていたが、本当にそれだけだ。
それだけでもけっこうなスピードが出せるから、ヒトにとっては面白いもんなんだよ。安全だしな。
まぁ、フレンズにとってはいまいちピンと来ないかもしれないので、フレンズも楽しめる遊び方については工夫の余地がありそうだが。
「ま、ヒトはこういうので遊んでいたってことだろうな」
「ヒト……?」
あっ、やばいまた口滑らせた。
「おっと! 俺はロケハンに集中するからな!」
やや強引に話を切り上げて、俺はキンシコウから離れていく。
さて、問題の滑り台だが……けっこう長い。何せ櫓の高さがそこそこある(大体目測で五メートルくらい)のだ。普通の滑り台なんてどんなに高くても二メートルがいいところだろうし、通常の倍の高さともなればその分滑る長さも長くなるのは当然の帰結である。
「えーと……大体滑る角度が三〇度くらいと考えると、直角三角形だから……。…………三平方の定理って何対何対何だっけ? 正三角形を二等分にしたのが一対二対ルート三で……」
えー、大体一〇メートルくらいだな。一〇メートルも滑るのか。長いなやっぱ……。
「チーター、さっきからブツブツ言ってどうしたんだと思いますよ?」
「ん? いや、ちょっと計算してた。気にするな」
「ならいいと思いますよ。なんかちょっとおかしかったので」
「悪かったな……」
別にいいじゃん。ちょっと気になっちゃったんだよ何メートル滑るのかなって。
「次は……なんだ? ここ」
「記念撮影用の看板みたいだな」
で、次なるアトラクション。
滑り台でたーのしー! したチベスナやリカオンを追いかけて滑り降りた俺達は、その先にあった看板の前で集合していた。
なんてことはない、動物のイラストが描かれた看板である。絵の顔にあたる部分がくり抜かれており、そこに顔を入れて記念撮影できる感じになっているようだ。
「きねんさつえい?」
「んー……説明するよりやってみた方が早いかもな。ヒグマとキンシコウ、あそこの穴から顔出してみてくれないか?」
「別にいいが……」
「はい。分かりました」
俺が指示をすると、ヒグマとキンシコウは一人は怪訝そうに、一人は素直に看板の穴から顔を出す。
そして誕生する……ファンシーなイラストの顔がヒグマとキンシコウになる現象。これはけっこうシュールだな……。
「ぶっ」
あ、リカオンが噴出した。
「なっ!? おいチーター! これ今どうなってるんだ? なんかすごい恥ずかしいことになってないか……?」
「いいからいいから。今から記念撮影するから」
言いながら、俺はカメラを取り出してヒグマとキンシコウ目がけパシャリ。
ヒグマは自分がどういう風に映っているか分かっているらしく恥ずかしそうにしているが…………キンシコウはなんか和やかなスマイルだな。こういうの普通に楽しめるタチなんだろうか。けっこう真面目な性格してるのに意外だ。
「よし、撮れたぞ」
二人に呼びかけると、ヒグマとキンシコウに加えてリカオンとチベスナも集まり、カメラの周りはちょっとした人だかりが形成された。
「これが『記念撮影』だ」
「なっ……! ちょ、これ……。そもそもどういう仕組みなんだとかは置いといて……こんな恥ずかしいことになってたのか!?」
「気にしすぎだよ」
こういうのは楽しまなきゃ損だからな。
「そうですよヒグマさん。けっこうおもしろいですよ、これ」
「うう……」
「うぷぷ、いいですねこれ。もっと撮りましょうよぉ」
「…………」
あ。これダメなヤツだな。
「チベスナ、ちょっと離れておこうな」
「了解だと思いますよ」
なんて感じで俺とチベスナが自主的に避難し、キンシコウもにこにこ笑顔のまま軽くポジションを変えた直後。
「調子に、乗るなっ!」
ヒグマの雷が、リカオンに落ちた。
映画回にしようと思ってたら何故かロケハンで一話が終わってました。