畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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六七話:夜暗がりの催物跡

 それからほどなくして、ヒグマ達は戻ってきた。

 ヒグマもリカオンもさして疲弊した様子はなく、本当に余裕で切り抜けてきたらしい。当たり前のように戦い、当たり前のように勝つ。ハンターのハンターたる所以を見た気がした。

 

「待たせたな。さて、これからだが」

 

 合流したヒグマは、開口一番にそう切り出してきた。この後はアスレチックに行くとかだった気がするが――どうも、ヒグマの様子を見るとそんな感じではない。

 まぁ、ある意味当然か。今までのなんだかんだで遊びに付き合ってくれていたヒグマがレアだったんだし。

 

「この短時間に、そこそこ大型のセルリアンが二体現れていた。このあたりは危険だ。ハンターでもないお前達をここにいさせるわけにはいかない」

 

 ヒグマの言葉はつまり、『お遊びは終了』という意味である。

 まぁ、俺もこのへんについて異論はない。実際俺もヒグマと同意見だからな。

 短時間にセルリアンに二回かち合ったってことは、いつ三回目が来てもおかしくないってことだ。そんな危険な場所では、のんびり遊びを楽しむこともできまい。セルリアンに遭遇する度に一旦避難するのも面倒だしな。

 

 とはいえ。

 

「いや、無理だ」

 

 俺は俺で、それを承服できない理由があるのだが。

 

「……なんでだ?」

 

 比較的物分かりがよかった俺の拒否に、ヒグマの雰囲気がぴりっと鋭くなる。他のハンター達も怪訝な表情を浮かべていた。

 それに合わせるようにして、チベスナも不思議そうに首を傾げる。

 

「チベスナさんもなんでだと思いますよ? セルリアンは倒せばいいと思いますけど……」

「チベスナの能天気は論外だが」

 

 戦う回数が多くなるとハンター達の負担がキツくなる一方だろ。俺達が助太刀するのもそれはそれでアレだし。

 そもそも大前提として、『安全>遊び』に決まっているだろう。

 

「まだ気付かないか?」

 

 言いながら、俺は空を指差す。

 日は既にだいぶ傾き、夕暮れと言って相違ない景色に色づいていた。

 現在地は遊園地のほぼ中心であり、ここからロッジまでは普通に数時間はかかる。俺の足だと何度か休憩を挟まないといけないからな。

 そして、(チーター)は昼行性である。

 ついでに、チベスナも昼行性である。

 

「夜になると、俺は眠くなるんだよ」

 

 こんな衝撃の事実みたいな感じで言うことじゃないが。

 

「あー……」

 

 案の定、ぴりっとしていたヒグマは拍子抜けの事実に軽く肩透かしを食っているようだった。だが、ここまで旅をしてきた俺だからこそ声を大にして言いたい。寝床選びは大事だと!

 

「俺は文明的なフレンズだからな。野宿とか勘弁だし、完全に日が暮れる前にしっかりした寝床を見つけたいんだよ」

「我慢しろよ」

 

 そんな俺の最低限文化的な望みを、ヒグマはばっさりと切り捨てる。

 

「やだ」

 

 なので、俺もばっさりと拒否した。

 いやね? 俺も本当の本当に切羽詰まった状況ならもちろん考えるさ。だが、此処は遊園地。セルリアンに襲われる確率の少ない、隠れることができる施設などそれこそいくらでもあるのだ。

 それらを完全スルーして、安全の為に眠いのを我慢して疲れを押して遊園地の外まで移動……人それを『本末転倒』と言う。

 

「それに、だ。お前たちがハンターとして優秀なのと同じように、俺達だってこれまで旅をしてきた経験ってものがある」

「チーターは途中で頑張りすぎてバテバテになってたと思いますよ?」

「………………あれはまだ経験が足りなかった頃だからいいの」

 

 閑話休題。

 

「ともかく! これまで旅をしていく中で、俺達は『安全な寝床の見つけ方』については一家言あるんだ。下手に夜になるまで歩くより、ここで寝床を探した方が最終的には安全だ」

「う、ううむ……」

 

 それでも、ヒグマはなんとも言えない程度には渋っているようだった。さあこれはもうひと押しか、と思ったところで、

 

「まぁまぁヒグマさん」

 

 横で事態の推移を見守っていたらしいキンシコウが、ヒグマのフォローに入った。この人、ほんとできたフレンズだなぁと思う。

 

「話を聞く限り、チーターさんの言っていることも一理あるんじゃないですか? わたし達ハンターと同じように……チーターさんにも、こだわりみたいなものはあるんでしょうし、ね?」

「う……」

 

 そう言われると、ヒグマはすっと嫌な顔を引っ込めた。おお、流石にいつも一緒にいるだけあって、ヒグマを説得する為のツボは抑えているらしい。やっぱヒグマも他人のプロ意識みたいなのは尊重するんだろうか?

 

「そういうことなら……お前らを頼らせてもらおう。パークを旅してきたお前らの智慧、見せてもらうぞ」

「おう、望むところだ。なあ、チベスナ。……チベスナ?」

 

 隣にいたはずのチベスナに呼びかけてみるが、横に視線を向けてみると、いつの間にかそこにいたチベスナは影も形もなくなっていた。あれ、さっきまでいたのに、どこ行ったんだあいつ?

 

「さあ、気を取り直して大アスレチックだと思いますよ!」

「えぇ~! やっぱり行くんですかぁ? オーダーきついですよぉ~」

 

 …………きょろきょろとあたりを見渡してみると、少し離れたところでチベスナとリカオンが一緒になって歩いていた。リカオン、いやいやという体でやっているようだが声色的には完全に乗り気だな。

 

「アイツら……」

「ま、いいんじゃないか? 大アスレチックがここから近くにあるのは確かだし、何より『()アスレチック』って言うくらいだからな。多分寝るときに身を隠せるくらいの大きさはあるだろ」

 

 呆れたように呟くヒグマを、俺は軽い調子で宥める。

 まぁ当のチベスナは遊ぶ気満々だし、リカオンも似たようなモンみたいだが……仮に大アスレチックが寝床として不十分でも、準備や補強は俺とヒグマとキンシコウがいれば事足りるし、今回はおバカが多少遊んでいても問題ない。

 

「ほんとに大丈夫なのかぁ? なんか、思ったより適当で心配だぞ、わたし」

「心配しすぎだよ」

 

 なんだかちょっと情けない感じのヒグマに、俺は苦笑しながら答える。ハンターとしては色んな危険に備えたいってところなんだろうけども。

 

「…………それに、ガチガチに計画を立ててもどうせなんかの拍子にボロボロになったりするからな……。多少ゆるく作っとかないと……」

 

 ちょっと死んだ気分になりながら言うと、ほんのり空気が凍り付いた気がした。

 

「……あー、すまん。そうだな、今回はお前の指示に従うよ」

「さ、さあ! 早く行かないと二人に置いて行かれてしまいますよ。……というかあの二人、どんどん先に行ってますけど行き先知らないのでは……?」

 

 あっ。

 

「やべえ、追うぞ!」

 

 キンシコウの指摘にはっとした俺とヒグマは、急いで二人を追いかけるのだった。

 

の の の の の の

 

ゆうえんち

 

六七話:夜暗がりの催物跡

 

の の の の の の

 

 とはいえ、そんな風にチベスナとリカオンが先行していたお蔭か、大アスレチックまではそんなに時間はかからなかった。

 

「おー、ここが大アスレチック……」

 

 空を見上げるようにして呟くチベスナの感嘆の声も宜なるかな。

 そう、『ここ』が大アスレチック。……『これ』ではない。つまり、このアトラクションはぱっと見ただけでは施設を越えて地形の一つに見える、ということだ。

 

「なんだここ……こんなものがあったのか」

 

 ヒグマもまた、同じように感嘆の声を上げる。

 もう薄暗いので、ディティールについては俺の目ではよく分からないが――全体的なシルエットは『木組みの城』といったところか。

 巨大滑り台やのぼり棒、ゆらゆら揺れる橋にブランコ、登攀壁、ハムスターがぐるぐる回るやつ(?)などなど、様々なアスレチックが寄り集まって一つの城としてシルエットを形作っているようだった。

 そういうわけなのでそこまでしっかりと城を模しているわけではないが、意外としっかりした作りになっている。少なくとも、余計な補強などをしなくても夜風くらいは凌げそうだ。

 

「チーターチーター、これはなんだと思いますよ? すごく長い坂があると思いますよ?」

「それは滑り台」

「おおー! 登りづらいと思いますよ!?」

「滑るものだからな」

 

 一度はやりたくなるよね、滑り台逆走。

 

「えーと……ここから登れそうだな」

 

 懐中電灯片手に(近づくとアスレチックの陰で完全に周りが見えなくなったのだ)入り口を探していると、ほどなくして滑り台の登り口を見つけるに至った。

 ここから登ることに決め、俺はソリから寝るときに使うタオルを回収し、トートバッグの中に無造作に突っ込んだ。それから用意しておいた懐中電灯のスイッチを入れる。

 

「チーター、それなんだ?」

「懐中電灯だと思いますよ!」

 

 懐中電灯を持つ俺に問いかけてきたヒグマに、いつの間にやら戻ってきていたチベスナが元気よく答えた。うむ、俺が答えるまでもなかったか。

 

「こうやって手でぐるぐる回すと、暗いところでもよく見えるようになると思いますよ。チーターは夜目がきかないのでこれがないと真っ暗なところじゃダメダメだと思いますよ」

「ダメダメは余計だ。……もともと映画の撮影の為に持ってきたものを便利使いしている自覚はあるけども」

 

 便利だから仕方ない。それに夜目がきかないと懐中電灯の有無は死活問題なんだよな……。

 

「えいが?」

 

 登り口の階段を上って大アスレチックの二階にやってきたところで、リカオンが俺の言葉に首を傾げた。

 ……ああ、そういえばまだ映画撮影の旅とかそのへんの話はしてなかったっけ。

 

「映画っていうのは、この『カメラ』で撮った映像で作る……言うなれば『大げさなごっこ遊び』だな」

「ふふん。何を隠そうチベスナさんはえいがの主役をいっぱいこなすむーびーすたー。チーターはそのえいがを撮影するかんとくだと思いますよ」

「監督じゃないが」

 

 ぐらぐら揺れる丸太の端を渡ると、屋根のある広場のような場所に着いた。中央部分に穴が開いており、何やら網のようなものが垂れ下がっている。多分、あの網を伝ってここに登る……という感じなのだろう。

 うむ、広さ的にここなら十分寝られそうだ。今日の寝床はここにしよう。

 

「そうだチーター。三人にもチベスナさん達の作品を見せてあげるといいと思いますよ」

 

 チベスナはそう提案するが……。……。

 

「ダメだな。今日は遅いし」

「えー! ちょっとだけならいいと思いますよ! それにカメラなら暗くても見えると思いますよ!」

「とかなんとか言って絶対長くなるって分かってるからダメだ。もったいないし」

 

 駄々をこねるチベスナを宥めていると、分かったような分からないような顔をしたキンシコウが首を傾げる。

 

「うーん……よく分からないですけど、『えいが』というのはその道具を使って私達のことを見たりすればできるもの……なんですか?」

「ま、そんなところだな」

 

 概ねそんな感じである。

 

「三人さえよければ、明日にでも一緒に撮影してみないか? 今日は遅いから寝るけど」

 

 言いながら、俺はトートバッグから持ってきたタオルを取り出し、ヒグマとキンシコウに渡し、自分で持ったものを床に広げる。

 すると俺のやり方を見たヒグマとキンシコウも、同じようにタオルを広げて寝床を作ってくれた。……しかしここ、チベスナが寝てる間に下に落ちそうだなぁ。

 

「わたしは……まぁ、少しなら別にいいが」

「ふふ。わたしもやってみたいですね」

「わたしも興味ありますよ!」

 

 提案に対して帰ってきたのは、三者三様の快諾。いやよかった。キンシコウやリカオンはともかく、ヒグマは渋るかとも思ったんだが……すんなりOKしてくれた。

 

「…………たまには、ハンターじゃないフレンズの目線で行動してみるのも、色々と勉強になるしな」

 

 ちょっと照れた感じで言ったヒグマは、そのまま敷いたタオルの上に寝そべった。……にしても勉強って、真面目だとは思ってたけど本当に真面目だなぁ、ヒグマ。

 というかフレンズが勉強という概念を知っていたことが意外だ。

 

 そんな感心を胸に秘めつつ、なんだかんだで寝支度を済ませた俺達はそれぞれ思い思いの態勢で敷いたタオルの上に寝そべる。

 

「それじゃ、おやすみ。明日の撮影に向けて、体力を養わないとな!」

「さつえいって、そんなに体力を使うのか……?」

 

 けっこう使うぞ。主にツッコミとかで。


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