「さあ次は何のアトラクションに行くと思いますよ?」
スワンボートから降りた後、チベスナは開口一番そんなことを言った。
ちなみに、スワンボートはかなり楽しめた。漕いでいるとどうも『順路』のようなものが存在していて、その順路に従って進んでいくと、何やら物語めいたものが見えてくるのだ。岸部に立っている看板だったり聞こえてくるスピーカーの音声だったりで。
言うなれば、体感型絵本ってところか。ジェットコースターの順番待ちの間に横で始まる小芝居めいた部分だけを独立特化させた感じというか。
チベスナはもちろん、スワンボートなんて漕いだりしている間、外界と隔絶された空間でお喋りするだけのものだと思っていた俺でも、この意外な『アトラクション感』はけっこう面白かった。
「うーん、そうだな」
チベスナの言葉に、俺は地図を広げてみる。
すると、ヒグマとキンシコウがひょっこりとそれを覗いてきた。
「おお! すごいなぁこれ……パークに何があるか分かるのか」
「これは便利ですね……どこで見つけたんですか?」
流石ハンターというか、一発で地図の用途を看破してくれた。
「へいげんだよ。ライオンの城で見つけてな」
「ああ……とすると、あのあたりか。へいげんちほーは大体がフレンズのなわばりだから、わたし達はあまり干渉しないんだが……」
そうだったのか。
でも確かに、ライオン達はもちろんヘラジカ達も『自分の縄張りは自分で守る』みたいな意識があったような気がするしな。
「でも、多分探せばアトラクション施設のどっかしらにあると思うぞ」
こういうのって、どこにでもあるものだと思うしな。むしろないと色々困るし。……で、こっちの地図に集中しているヒグマとキンシコウはいいんだが、さっきから全く話に参加してないチベスナとリカオンは……。
「リカオン、これを見るといいと思いますよ」
「な、なんですかこれ!? 不思議な形です……」
「チベスナさんも遠目で見たときは噴水だと思っていたのですが、これは……」
なんか遊園地のモニュメントを前にしてはしゃいでいた。
「リカオンのヤツ……」
「まぁまぁ、いいじゃないですかヒグマさん。わたし達がチーターさんと話している間、リカオンがチベスナさんを護衛してくれていたと思えば」
「アレが護衛しているときの顔か? ……まぁいいが」
めっちゃ楽しそうにはしてるよね。
ともあれ。
「次のアトラクションなー、ここから一番近くて、今でも遊べそうなのは…………ゴーカート乗り場か」
「ごーかーと! なんだと思いますよそれは!」
地図を指差してみると、話を聞きつけたチベスナがすごい勢いで戻ってきた。お前あのモニュメントはもういいの?
「ゴーカートっていうのは……なんていうか、さっきのスワンボートの陸上版みたいなもんだ。必ずしも漕がなくていいけど」
「……陸の上なら歩けばいいのでは? 何が面白いのか分からないと思いますよ」
「素直な感想ありがとう」
でも多分、お前はめっちゃ気に入ると思うよ、ゴーカート。運転できればの話だが。
「ただ歩くよりも楽なんだよ。多分」
「ふむ……それはチーターには便利だと思いますよ」
「俺に限らずな」
お前が何を言いたいのかは分かるが。
ちなみに、多分と言ったのはアライさんやフェネックの『ばすてき』を思い出したからだ。もうだいぶ見てないので細かいところは忘れてるが、タイヤを探す為にバスっぽい足漕ぎの何か(?)に乗ってたっていうメインの話の流れは覚えてる。確か、あれは大して速くなかったと思うし。
「チーター、そのゴーカートって、どの程度速いんだ?」
「さあ……どうだろうな。多分、フレンズの足なら走ったほうが速いとは思うが」
「やっぱり歩くのと変わらないと思いますよ!」
「まぁまぁチベスナさん」
話の腰を折りそうだったチベスナが、キンシコウに宥められる。キンシコウ、いると話がスムーズに進んで有難いなぁ……。
「ただ、こういうのは移動手段というよりは、乗ること自体がアトラクションの一部というか。さっきのスワンボートもそうだったろ?」
「チベスナさんはそれより漕ぐのでいっぱいいっぱいだったと思いますよ」
「それはごめん」
俺は漕ぎたくなかったからさ……。
「そうですよぉ。わたしも色々見たかったけどヒグマさんもキンシコウさんも交代してくれないんですもん」
そこで、リカオンもチベスナの不満に乗っかるようにして愚痴を漏らす。なんかハンターの中の関係性がよく分かる一言だな。
それに対しヒグマは憮然と――というかちょっと気まずそうに言い返す。
「……お前がやりたいって言うからやらせてやったんだ。最後までやり遂げるものだろ」
「そんなぁ」
「うふふ。そんなこと言ってヒグマさん、アトラクションが楽しくてそれどころじゃなかったんじゃないですか?」
「なっ!? おまっ、キンシコウ何言ってるんだ!」
「えー、そうなんですかー?」
「ちがうっ!」
ひょっこり顔を出したキンシコウの言葉に、ヒグマは顔を赤くしながら食いついた。そんなヒグマを見ながら、リカオンもなんか『それならいいか』みたいな気分になっているようである。
…………凄いな、キンシコウ。ヒグマの恥エピソードを織り交ぜることでリカオンの溜飲を下ろしつつ、どさくさに紛れて自分も漕ぎ手をやらなかったという落ち度をごまかしてるぞ。
「あ、ここですか? ごーかーと乗り場」
そんなハンター達のやり取りには微塵も興味を見せず、チベスナは迅速にゴーカート乗り場を発見すると、たたたーっとそのまま駆け寄ってしまう。リカオンもゴーカートを見つけるや否や、ヒグマとのやりとりは切り上げてチベスナの後を追った。
「此処は……こんなところがあったのか」
感慨深げに言ったのはヒグマだ。
俺達の目の前には、運動会のときに使う屋根型テントを数倍頑丈にしたようなつくりの建物があった。半開きになった金属柵のゲートには、様々な種類の乗り物が停車している。
距離的には先ほどの観覧車だのなんだのから少し離れたところだが、林を隔てている上にそこまで背の高い建物でもなかったので、ヒグマ達ハンターも見つけていなかったのだろう。
「チーター! どれが動かせるやつだと思いますよー?」
「さあな……動かしてみないことには分からんが、多分漕ぐタイプ以外は動かせないと思うぞ。ラッキーもいないし」
言いながら、俺は先行するチベスナの後を追ってゲートの中へ入っていく。
テントの中には機関車の乗り物、パンダの乗り物、犬の乗り物、流木の乗り物、普通の車の乗り物など、本当に様々な乗り物がある――が、その殆どは経年を感じさせる汚れがびっしりと張り付いていた。機関車の乗り物など、隙間から草が生えているほどだ。あれでは手入れをしないと動かせまい。
そして流石の俺も、こういう機械類を整備できるほどの技術は持ち合わせていない。ラッキーでもいれば話は別だが……。
「ラッキー? ああ、ボスのことか」
そんな俺の呟きに反応したヒグマの一言に、俺は思わずぎょっとした。
しまった……! そういえばフレンズって、特別な事情がない限りラッキーのことはボスって呼ぶんだった! アニメでかばんがラッキーさんラッキーさんって言ってたからなんとなく俺もラッキーって呼んでた!
な、なんて誤魔化そう……俺はまだラッキービーストという呼称は知らないわけで………………いや? そういえばツチノコと会ったときに言ってたっけ……? まぁ言ってたってことにしとくか。
「そういえば、博士や助手もそんな呼び方をしてたな……」
……と思ってたら、勝手に納得してた。そういうことでいいのか……。そういえばチベスナも完全にスルーしてたが、そういうことで納得していたんだろうか。
「それより、乗り物を見繕おう。このあたりのは大体ダメなヤツだからな……」
「えっ、これとか乗ってみたいと思いますよ?」
言いながら、チベスナは『の』のマークが入ったオレンジ色のカートをぺしぺし叩く。
「あー、これは完全に電動だな」
「そんな! じゃあこの足元の奥の方にあるこれはなんですか!?」
チベスナはそう言って、カートの足元に首を突っ込みながら言った。……いや、こっからだと何のこと言ってるのか分からないが……アクセルペダルのことでも言ってるんだろうか?
「それはアクセルと言ってだな……アーケードで見た照明のスイッチみたいなもんだよ」
「……あー、そういうことなんですか……」
流石にチベスナは文明の利器にそこそこ触れただけあって、そこは分かるみたいだな。
「チーターさんチーターさん。あれなんかどうですか?」
そう言いながらリカオンが指さしたのは、何か翼が横に取り付けられた形の三輪車だった。見た感じ、走るとタイヤの動きに連動して翼が動くとかそういう感じなのだろう。何の意味があるんだろうか……。…………揚力で運転補助とか? ないか。
「うーん、まぁ、そういうのは大丈夫なんじゃないかな……」
けっこうボロくなってそうではあるが、『ばすてき』で登場した二人乗りの足漕ぎ車は普通に動かせてたし、多分大丈夫だろう。
「やった! じゃあわたしはこれにします」
「ああいうのはOKなのか。それじゃあ……チーター、これとかどうだ?」
そう言ってヒグマが引っ張り出したのは、キャラものっぽいデザインの一輪車だった。色々あるなぁここ。
とはいえ、流石にハンターだけあって学習能力と適応力はチベスナの比じゃない。
「ああ、いいんじゃないか? 一輪車は乗るの難しそうだが、ヒグマならまぁ大丈夫だろ」
「これ、一輪車っていうのか」
「それじゃあ、わたしはこれにしましょうか」
しげしげと一輪車に視線を落とすヒグマの横で、キンシコウがさらりとスケボーを持って行った。キンシコウはそれでいいのか? 車感全然ないが、それ。
「むむむ……しかたない。チーター、これはどうだと思いますよ?」
その一方で、だいぶカートに未練があったらしいチベスナもようやく諦めて機械要素のない車を持ってきたようだった。
「これなら、スワンボートみたいに漕いで動かせそうだと思いますよ」
チベスナが持ってきたのは、ヒト二人が入れるくらいの足漕ぎ車だった。なんというか……全体的な仕組みというか骨組みは、『明治時代のオモシロ自転車』という感じ。
上にはけもの耳の生えた屋根があり、旗が立てられている。旗とタイヤに『の』のマークが描かれているあたりが実にジャパリパークという感じだ。なんというか、全体的に『ばすてき』を思い出すデザインだなー。
……そういえばこの『の』のマーク、もとはといえば『けものフレンズ』の『の』から来てるんだよな? この世界には『けものフレンズ』という言葉は存在しないはずなんだが、どうしてこのマークができたんだろう。
「さあチーター。チベスナさん達はこれできまりだと思いますよ。いざ乗ろうと思いますよ!」
そんなどうでもいいことを考えていた俺の手を、チベスナが引っ張る。いやまぁ別に一緒に乗るのは構わないけどさ……。
「チベスナ、この車小さくないか? チベスナですらキツそうなのに、俺とか絶対に入りきらないだろ……」
「そんなこと、やってみなくちゃ分からないと思いますよ!」
「分かるわ! 明らかに俺が狭くて困るわ!」
というわけでこれは却下。
仕方がないので、これと同系統のものを探すことに。
「これとかどうだ? これなら俺でも窮屈じゃなさそうだ」
そう言って、俺は奥まった場所にしまわれていた足漕ぎ車を取り出す。
「それ、今度はチベスナさんの足が届かなさそうだと思いますよ」
「別にいいじゃん、それはそれで面白そうだし」
「チベスナさんは漕げなくて全然面白くないと思いますよ!」
というわけでこれも却下。
しかし、大きいのも小さいのもダメとなると……。
「うーん、なかなかちょうどいいサイズが見つからないな……」
意外にも俺達の車選びはかなり難航していた。そもそも、俺とチベスナの体格がけっこう違うんだよな。チベスナは中学生くらいで俺は大学生くらいだからな……普通にかなり隔たりがある。
「いっそ、ボスを探してごーかーとを直してもらうのはどうです? あーけーどのときみたいに」
「そもそもラッキーがこんなところに来るわけないだろ」
遊園地はメンテが行き届いてないみたいだしな。フレンズが暮らしてない分ラッキーも来ないんだろうけど。
「チーター、チベスナ、まだやってるのか?」
と、どうしようか考えていたら、ヒグマが一輪車に乗りながら戻ってきた。……完全に乗りこなしてる。っていうかヒグマ、一輪車を楽しみすぎでは?
「あははは! ヒグマさん面白いですよそれ!」
そんなヒグマを指差しながら、リカオンは白い翼をはためかせながらそのへんを走っていた。お前もかなり面白いぞ。
……で、そのさらに向こうでキンシコウがスケボーを駆っている。シュールだ。
「うむむ……ハンター達、かなりの楽しみっぷりだと思いますよ。チベスナさん達もパークを旅する者として負けられない……!」
旅する者としてって……そこまで俺達は矜持のある旅人だったか? なんとなく旅をしていろいろ遊んでいるだけのような……。
……まぁ、旅する中でけっこう経験も積んだとは思うけども。足りないものがあるなら付け足す、みたいな心構えというか――。
「はっ!」
そこまで考えて、俺はあることに気付いた。
「あ、チーター、何か思いついたと思いますよ?」
「任せろ。今完璧に思いついた」
そう。足りないものがあるなら、付け足せばいいのだ。
今までだって俺達はそうしてきた。荷物を持ち運ぶ為にトートバッグを手に入れたり、暑さをしのぐためにタオルを使ったり、さらに色んな荷物を持ち運ぶ為にソリを作ったり……。
そんな俺達が、今ここにある車たちに手を加えない理由はない。
それこそ、俺達の――旅人の矜持というものだ。多分。
俺は、チベスナが最初に引っ張ってきた足漕ぎ車を掴みながら言う。
「チベスナ、ソリを持ってきてくれ。――我に策あり、だ!」
『「ばすてき」を思い出すデザインだなー』なんて思っているチーターですが、それがアライさん達の乗っていたバス的なものそのものです。
ちなみに、『ばすてきなもの』の正式名称はタンデム自転車というそうですね。