畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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感想四〇〇件ありがとうございます。
個人的に、1話と12話のカバのセリフがフレンズ的価値観の神髄だと思っています。


五六話:野生の掟

 セルリアンを(カバの裏拳一発で)打破した俺達は、そのまま水場のある丘の上を目指して歩いていた。

 雨季だけあって……と言えばいいのか、坂道でも踏み固められた土以外は青々とした緑が茂っている。まぁ、流石にさっきの原っぱみたいに背の高い草じゃないので歩きにくいといったことはないが……反面、踏み固められた分地面が凹んでいるせいか、歩きやすいところは大体水がたまっていて……。

 

「……おいチベスナ、もうちょい慎重に歩いてくれ。さっきから泥が撥ねてる」

 

 ソリを曳いているチベスナの雑な移動により、すぐ後ろにいる俺がとても割を食っているのだった。足の甲から足首にかけてが泥まみれなんだが……。

 

「別に泥くらい気にしなくていいと思いますよ。雨の日はすぐつくじゃないですか」

「雨の日に自然に泥が撥ねるのとお前のソリで飛び散るのじゃ量と不愉快度が大きく変わるんだよ」

 

 特に量が。

 

「と言われても、チベスナさん別にわざとやってるわけじゃないと思いますよ。……あ、そうです。さっき泥を払うときにやったようにやればいいのでは?」

「足の甲に足首だからな……。靴を解除しても泥が足にそのまま付着するだけで何の解決にもならねぇし」

 

 かといって、足を大げさに振るって泥を払うというのも……チベスナがどうしようもない以上いたちごっこにしかならないし、何よりいちいちそういうことやってると足が余計に疲れるし。

 これはアレだな、俺が後ろにいるというポジショニング自体が間違いだったとかそういうパターンだな。と悟ってとりあえずチベスナを追い抜こうとしていた、ちょうどその時。

 

「あの……先ほどからくつ? が何とか言ってますが、何の話ですの?」

 

 いつもの調子でそんなやりとりをしていた俺達の話を俺の横で聞いていたカバ(なお、彼女も足元が泥まみれである)が不思議そうに首を傾げた。

 あー、そっか。カバは服の概念とか知らないもんな。ってこれなんかフレンズ相手に毎回やってる気がするが。

 

「毛皮のことだよ。フレンズの身体だと脱げるし慣れれば念じると消せるようになる」

「はぁ、そうだったんですの。面白いですわね――」

「あっ」

 

 嫌な予感がした俺は、すぐさま首を横に振る。

 

「あら、本当ね。何だか面白いわ」

「カバの毛皮は一気に消えるんですね?」

「普通は一気に消えるものではないんですの?」

「チベスナさんは一個ずつ消せると思いますよ! えへん」

 

 ………………なんか色々言っているようだが、さっさと服を再発現してほしい。じゃないと首を戻すに戻せないんだよな。戻しちゃったら、色々と、その、見えちゃうし。

 

の の の の の の

 

さばんなちほー

 

五六話:野生の掟

 

の の の の の の

 

 そんなわけでライダースーツを解除したカバに再発現を促した俺は、無事に丘の上の水場に到着することができた。

 ちなみにカバが再発現したというので安心して前を見たらチベスナもなんか脱いでたので軽く怒った。ほら案の定足が直接泥まみれで気持ち悪くなってんじゃん。バカめ。

 

「ようやっと洗えると思いますよー」

「ほんとにな」

 

 俺の脚もようやく洗える。泥は気持ち悪いよね……。

 …………しかし、此処がカバの住処つまりかばんとサーバルたちもいずれは立ち寄ることになる水場なんだなー。記憶にあるアニメの景色とは、やはりだいぶ違う。草木の色が青々としているというのももちろんそうだが、カバやかばん、サーバルに注目していたから、わりと景色を覚えてないのだ。

 たとえば木が意外と少なくて向こうに広がる草原がよく見えることだったりとか、泉からあふれ出た水が川になって右手の方に流れて行ってるとか。そういえばこんな風になってたっけ……と、なまじちょっとだけ記憶に残っているもんだから余計に新鮮な風景に見える。

 

「チーター、なんだか今日はいつにもまして色々見てると思いますよ?」

「ん、まあな……。こういうじめっとした感じの場所って珍しいし」

 

 泉のほとりに二人して並んで座って、足を突っ込んでじゃぶじゃぶと洗っていると、ふいにチベスナがそんなことを言った。

 まさか『見たことある景色がけっこう変わってて新鮮』なんて言うわけにもいかないので、俺はチベスナの言葉に適当に答えつつ足を泉から出す。そしてタオルで足の水気を拭いて、そのまま脚にサイハイソックスと靴を発現、と。

 

「よし」

 

 いい感じいい感じ。

 チベスナにタオルを手渡した俺は、そのままよいしょと立ち上がる。

 

「毛皮を脱いでその下の汚れを洗うなんて、変わったフレンズですわね……」

「ま、俺は文明的なフレンズだからな。チベスナは多分なんとなく付き合ってるだけだが」

 

 そんな様子を横から見ていたカバに、俺はそう言いつつ向き直った。カバはなんとなく俺達のやっているのを不気味がっているようだった。

 ああ、懐かしいなこういうリアクション。今はこの有様だが、最初はチベスナも毛皮が脱げるという事実にドン引きしていたっけ。まぁ今でもあんまり自分が服を着ているという意識はないみたいだが。

 

「チベスナさんも、むーびーすたーですからね。むーびーすたーたるもの身なりはきれいにしないといけないと思いますよ」

「……むーびーすたー、ですの?」

「えいがの主役をやるすごいフレンズのことだと思いますよ! えいがっていうのは……えっと」

「簡単に言うと、凄い大げさなごっこ遊び」

「そう! それだと思いますよ!」

 

 肝心の説明を俺任せにするんじゃない。

 カバに色々と拙い説明をしているチベスナの脇で、俺はトートバッグから水筒を二つ取り出すと、ふたを開けて泉の水で軽くすすぎ、そして水を満タンまで入れておく。蓋をして、と……。

 

「よし、水入れ終わった」

「あ、もうですか?」

「おう。もう行くぞ」

 

 言いながら、俺は行きがけの駄賃にとばかりに泉のほとりで身をかがめて、水面に口をつけて水を飲む。チベスナも横で同じように水を………………ハッ!? まて、なんで俺はまたイヌ飲みで水飲んでるんだ!? ネコなのに……いやそういう問題じゃねぇ!

 

「……あら? チーター、大丈夫ですの? もしかして溺れてるのかしら?」

「えっ。ち、チーター! ……ああなんだ、いつもみたいに固まってるだけだと思いますよ。紛らわしい」

 

 ……はっ。なんか今すごいディスられた気がする。

 

「ほら、チーター早く行きましょう。ぬいぐるみがチベスナさんを待っていると思いますよ」

 

 顔を上げてみると、既にチベスナがソリを曳いて坂を下ろうとしているところだった。……どうでもいいが、それそのまま逆下るのめっちゃ危なそうだから気をつけろよ。地面ぬかるんでるし。

 

「……いつもは危なっかしいフレンズには気を付けるよう言うんですけどね」

 

 おっかなびっくり坂を下ろうと足元の様子を見ているチベスナと、その様子を後ろから見ていた俺に、カバが去り際にそんなことを言った。

 振り返った俺達に、カバは微笑みを浮かべながら言う。

 

「アナタ達、どっちもどこか危なっかしいのに……二人揃ってると、何故だか安心して見ていられますわ。素敵なコンビなんですのね」

「ふふん! そりゃそうだと思いますよ。チベスナさんとチーターはむーびーすたーとかんとくですので」

「俺は監督じゃないしお前も自称だけどな」

 

 編集作業ができてないから、まともなフィルムはまだ一枚もないし。

 

「…………でもまぁ、コイツとの腐れ縁ももう今更か」

 

 ほんの一〇日ちょいしか一緒にいないのに、もう何か月もいたような感覚になっている。……そういうヤツを旅の道連れにできるのは、得難い幸運だ。それは素直に思う。

 ただ、それはそれとして俺一人だとどこか危なっかしいってどういうことだ。ちょっとネコっぽい動作になったことに衝撃を受けていただけだというのに……。

 

「ジャパリパークの掟は、自分の身は自分で守ること。……でも、アナタ達なら言われなくても自分()の身は自分()で守れそうですわね」

「もちろん!」

 

 安心したように頷くカバに、チベスナは屈託のない笑みで応える。

 こうしてみると安心するときの言動ひとつとってみても世話焼きっぽさがにじみ出ているというかなんというか。安心の仕方も『自分が世話を焼くような余地がなくてよかった』って感じだし。

 なんかヘラジカやライオンとかとは違った意味で、調子が狂うフレンズだったなー。

 

「じゃ、またな。カバ」

「案内ありがとうと思いますよー!」

「ええ、また。さばんなちほーに寄ることがあったら、また来るんですのよ~」

 

 そう言って、互いに手を振りながら俺達は別れた。

 世話焼きなカバは先ほどの言動の通り、何度も何度も注意したりするようなことはなく、本当にそれっきり何も言わなかった。

 

の の の の の の

 

 それから、歩くこと数時間。

 途中坂道でチベスナが足を滑らせて、俺が慌ててソリを掴んで足を光らせてその場で踏ん張り事なきを得る……みたいなちょっとしたアクシデントはあったものの、あとはおおむね順調な旅路を進んでいた。

 

「今日はなんだか涼しいしあたりも湿気てるので、喉が乾かないと思いますよー」

「それは多分さっき水分補給をしたからだと思うが」

 

 もう泥にも慣れたらしく、チベスナはすっかり上機嫌でソリを曳く。心なしか動く速度も上がったような気がするくらいだ。

 いや、実際に上がってるんだろう。俺もチベスナも、だんだんこの泥濘の地に慣れてきた。この調子なら、大きな川が出てきても渡り切ってみせる! ……みたいな意気込みを持ち始めていた、ちょうどその時だった。

 

「…………ん?」

 

 (チーター)の視覚が、遠く――一キロ近く先に、サバンナには似ても似つかない人工物の影を捉えたのは。

 これは…………もしや。あのファンシーなシルエットが満載の建物群は……!

 

「チベスナ、ついに到着したみたいだぞ!」

「え? どこにですか?」

 

 泥の地形を克服した喜びで当初の目的をすっかり忘れてんじゃねぇよ。

 

「アーケードだよ! キョウシュウアーケード!」

「あ、あ! ぬいぐるみ!」

「そう……いやそこじゃないけど、まぁそういうことだ」

 

 いやー……夜になる前に着いてよかった。途中ジャングル地方で川まで引き返したりとだいぶタイムロスがあったから、今日中に着けるかどうか心配だったのだ。だが、アーケードまで来ればこっちのものである。建物いっぱいだから屋内で寝ることだってできるしな。

 ああ素晴らしきかな文化的生活。キャンピングカーが欲しくなる。

 

「ささ、それじゃ急いで行こうと思いますよ! ぬいぐるみがチベスナさんを待ってます!」

 

 そんな風に今晩の寝心地に思いを馳せている俺をよそに、チベスナは目を輝かせてソリを曳く足を急がせる。おい馬鹿だからそうすると泥が余計飛び撥ねるんだっつの。あーあー荷台の中にもちょっと撥ねてんじゃん。いったいどういう飛び方したんだ……。

 ん? ……あ、そうじゃん。チベスナがぬいぐるみを持っていくとして、地面がこの様子だと……十中八九泥が撥ねてぬいぐるみにかかるだろうなぁ。どうやって汚さずに運んでいこうか。

 

 うーん……ま、後で考えるか。


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