畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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久々に大人数での撮影パートです。


五二話:密林劇団撮影風景

 さて、映画撮影だが……。

 

「そういえば、えきすとら? っていうのを使うとかって言ってなかったっけ? あれはどうするの?」

 

 撮影しようという話になったところで、ジャガーが首を傾げる。そう、ジャングル地方にはフレンズがたくさんいるから、そういったフレンズにエキストラを頼むような内容で映画を撮ろうという話はかねてよりしていたのだ。

 エキストラ、そしてソリ。……ソリだけでも、通常であれば無茶振りもいいところ。そこにさらにエキストラを起用するようなストーリーをとなれば当然至難の業になる……ところなのだが。

 

「フッフッフ。この三日間、俺が手先の器用さだけを鍛えていたと思っているのか?」

 

 俺は不敵な笑みを浮かべ、ジャガーに答える。

 実はもともと、あの三日間でエキストラを使うようなシナリオについては用意していたのだ。いくらなんでも三日間ずっと手先を動かすだけでは暇だったからな。だから後はそこにソリ要素を加えればいい。そう考えれば、無理難題ではあっても不可能というほどではない。

 そんな感じで言い切った俺に、チベスナが何やら期待の視線を投げかけながら言う。

 

「まさかチーター……ということは……既に……!」

「でももうちょっと考える時間がほしいから、その間にエキストラやってくれるフレンズとか集めておこう」

 

 まぁ、だからといってすぐに作れるっていう話でもないんだが。既にできてる脚本に新たな要素をぶち込んで綺麗に整えないといけないわけだからな。

 

「なんだ……まだできてなかったんだと思いますよ。期待しちゃったじゃないですか。まぎらわしい」

「なんで俺無茶振りされた上に呆れられてるんだ……?」

 

 毎度のことながら理不尽すぎる……。

 ま、それより今は仲間集めが先決か。

 

の の の の の の

 

 ということで、仲間を集めて参りました。

 姿かたちも様々な少女たちを横一列に並べた俺は、撮影する前の自己紹介を始める。

 

「俺はチーター。こっちはチベットスナギツネのチベスナ。で、あっちがジャガー。さっき言ったからみんな知ってるとは思うが、俺達は映画の撮影をしている。今回はみんなにもそれに協力してもらいたいが――」

 

 総勢九人のフレンズは、物珍しそうな様子で俺の話を聞いている。

 九人……映画のエキストラとしては多いんだか少ないんだかよく分からない数だが、俺が管理できるエキストラの人数としてはこのあたりが最大だろう。

 ……経験を積んだ今でこの人数が限界だというわけだから、最初の方に撮ったヘラジカ組の撮影がどれだけ無謀だったかって話だよな。チベスナ含めて七人だっけ。そりゃ配役の管理もできなくなるというものだ。今ならともかく。

 

「――その前に、おのおの自己紹介をしてくれ。見知った相手もいるかもしれんが、同じ映画を撮る仲間同士、改めてって感じで」

「……了解した。キングコブラだ」

 

 俺の言葉に真っ先に応えたのは、休養していた三日間の間に洞窟の近くで知り合ったフードを被った少女――キングコブラだった。それに続くように他のフレンズも自己紹介をしてくれる。

 

「インドゾウよ~~~」

「みっ、ミナミコアリクイだよっ」

「アクシスジカだよ!」

「あたしはフォッサ!」

「マレーバク……」

「エリマキトカゲだよー!」

「クジャクです」

「タスマニアデビルだぞぉ」

「オカピだぞ~」

 

 フレンズ達は口々に自己紹介をしてくれる。……しかしこれ、半分くらいはここまでの道のりや休養期間中に知り合ったフレンズだからこんな感じのあっさり自己紹介でも分かるが、もし全員初対面だったら頭がこんがらがりそうだな……特にタスマニアデビルとオカピのあたり。

 自己紹介を終えると、キングコブラが徐に口を開く。

 

「それで、そのえいが? というのはどういうものを作るんだ」

「ああ、それについては既に――」

「はいは~~い。わたし、踊りがいっぱいあるのがやりたいな~~」

 

 全員を招集した段階で既に練り終えている……と言おうとしたところで、割って入るようにのんきな口調でインドゾウが言った。それを皮切りに、他のフレンズ達も一斉に話し出す。

 

「わたしはあんまり激しいのは……のんびりで……」

「わたしがカッコよく映ってるのがいいぞぉ」

「どんなものでもいいですけど、やっぱりこの自慢の羽が映えるようにしたいですね」

「わたしのエリマキも! わたしのエリマキも!」

「じゃあわたしのこの自慢のしっぽも……」

「いいなあお前ら、きれいなのがあってー」

「アクシスジカも、立派な角があるんじゃないか……?」

「キングコブラこそ、立派な頭してると思うけどなー」

 

 ……瞬く間に、その場はジャングルらしいカオスな喧噪に包まれた。

 くっ……! わかっちゃいたが喋り始めると一気に収拾がつかなくなるな……! だが、ここで放置していては映画は撮影以前の段階で空中分解してしまいかねない。

 

「あー待て待て! 撮る映画の内容は俺が決める! っていうかお前ら、エキストラだから! どう頑張っても主役級は無理だから!」

「主役はチベスナさんですからね。えっへん」

 

 お前も話をややこしくするなや。

 べしん。

 

「えー……そうなんだー。残念」

「まぁわたしはそれでも一向に構わないが……」

 

 と言いつつ口々にがっかりと肩を落とすフレンズ達。すぐさま立ち去ったりはしないが、それでもやはり撮影に対する興味は落胆と共に目減りしているようだった。

 それに対し、俺は不満の逃げ道を作ってやるつもりで言い添える。

 

「ただまあ……ちゃんとエキストラやってくれたら、あとでソリに乗せてやるから」

 

 そう言うと、ジャングル地方のフレンズ達は目に見えてやる気を取り戻した。

 ヘラジカ組との撮影では、フレンズの好きにやらせてはダメだということを学んだ。そしてライオン組では、逆に押さえつけてフレンズ達の不満を放置してもダメだということを学んだ。

 要するに、フレンズの『やりたいこと』を捻じ曲げてこっちの意向に沿わせたければ、捻じ曲げた分の『何か』を提供してやればいいのだ。まぁ連中は基本的に優しいので『本気でお願いする』とかでも聞いてくれるのだろうが、そこはそれ。文明的なフレンズを自称する以上、ウィンウィンの取引を心掛けなくてはなるまい。

 

「うし。みんな異論はなさげだな」

 

 全員がこっちの意向に従ってくれそうなのを確認した俺は、そんな九人、チベスナ、ジャガーと向き合って頷く。

 

「――さあ、撮影の始まりだ。タイトルは……『激走! ジャングルサンタクロース』!」

 

の の の の の の

 

じゃんぐるちほー

 

五二話:密林劇団撮影風景

 

の の の の の の

 

『サンタクロース』

 

 そんな呟きと共に、ソリが映し出される。

 新品同様のソリの中身は様々な物品が所せましと並べられている。トートバッグ、ダクトテープ、大量のタオル、水筒、その他もろもろ……総じて地味ではあるが、品物の数はそこそこだ。

 そんなソリを映しながら、声は続ける。

 

『えー……ふだんはゆきのなかをはしる、サンタクロースだが、なかにはれいがいもそんざいする……たとえばみなみはんきゅー。……きせつがぎゃくなので、みずぎのサンタクロースがなみにのったりもする』

 

 …………カンペ読み感丸出しの棒読みだったが、声の主――無論チベスナである――にしてみれば上出来だろう。

 

『だとするならば。……たとえばじゃんぐるのさんたは、こんなことをしているかもしれない……』

 

 セリフがそこまで読み上げられると、カメラが一気に空を映し出す。

 数秒ほど雲のない、密林に縁どられた青空を映し出していたカメラだったが、やがてもう一度視線を落とし、ソリを映す。さきほどよりもヒキの画で撮られたソリの傍らには、少女――チベスナが佇んでいた。

 カメラを上に向けている間に移動してきたのだ。

 

『さて、今年もこの時期がやってきたと思いますよ』

 

 ソリを曳きながら、チベスナは若干の棒読みでそう切り出した。

 

『くりすます。サンタクロースであるチベスナさんにとっては一年の集大成だと思いますよ。みなみはんきゅーじゃんぐるちほー担当として、頑張らなくては……!』

 

 説明セリフを読み上げながら、チベスナはソリに乗せられた品物の数々を見る。

 

『ええと……これを、ジャガーに渡せばいいんですね。ついでに、途中で九人のフレンズがいるからその子たちにも配ると……頑張ると思いますよ!』

 

 ぐっ、とチベスナは顔の前で両手を握る。かくして、サンタクロース・チベスナの季節外れにも程があるプレゼント配りが始まったのだった。

 

『行くと思いますよー!』

『おお、ありがとう』

 

 胡坐をかいて座っていたキングコブラにタオルを手渡し、

 

『こっちも渡すと思いますよー!』

『ちょうど欲しかったの~~。助かるわ~~』

 

 踊って汗をかいていたインドゾウにタオルを手渡し、

 

『へいお待ちと思いますよ!』

『なっ、なんだよっ! びっくりしただろっ!』

 

 多分素で驚いたミナミコアリクイにもタオルを手渡し、

 

『お? これ舐めればいいの?』

『食べ物ではないと思いますよ!』

 

 首を傾げたアクシスジカにもタオルを手渡し、

 

『毎度ありがとうございますと思いますよ!』

『なんかふかふかしてて面白いねぇ、これ』

 

 初めて見るものに興味津々なフォッサにもタオルを手渡し、

 

『やっぱこれだねと思いますよ!』

『ジャパリまん食べるときに使えるかも……』

 

 既にジャパリまんを咥えているマレーバクにもタオルを手渡し、

 

『チベスナ宅急便の到着だと思いますよ!』

『わっ、びっくりしたぁ。なんでたっきゅうびん……?』

 

 既にサンタ設定を忘れてるチベスナに首を傾げるエリマキトカゲにもタオルを手渡し、

 

『チベスナ様のお通りだと思いますよ!』

『わぁ、ありがとうございます』

 

 思う存分羽を広げながら涼しげに受け取るクジャクにもタオルを手渡し、

 

『じゃんじゃん渡していくと思いますよ!』

『おお~いいじゃないかこれ。ありがとなぁ』

 

 にんまりと嬉しそうなタスマニアデビルにもタオルを手渡し、

 

『さあこれでラストだと思いますよ!』

『これってどうやって使うんだろ~?』

 

 最後の最後で今更な疑問を言い出したオカピにもタオルを手渡し――――。

 

『よし! これで残るはジャガーだけだと思いますよ!』

 

 九人のフレンズの間をソリで激走したチベスナはそう言って最後の狙いを据える。サンタクロース・チベスナがまだプレゼントを渡していないフレンズはただ一人、ジャガーである。その彼女にプレゼントを渡してこそ、今年のサンタクロースの仕事は完遂するのだ。

 サンタクロースの割にここまで見事にタオルしか渡してないということにはツッコミを入れてはいけない。それはそういうものなのである。

 

『ジャガー……待ってると思いますよ! 今行きますから!』

 

 チベスナがそう言うと、ソリとチベスナを映していたカメラは、彼女の前方にあるジャングル製の並木道を映し出す。……そして。

 びゅん! と、そんな並木道をチベスナはソリを曳いて走り去っていった。

 

『……到着! と思いますよ!』

 

 並木道を通り過ぎると、そこにはネコ科特有の意匠の少女――ジャガーが座り込んでいた。

 彼女の姿を認めたチベスナは、猛スピードでの移動から急ブレーキをかけてジャガーの近くで静止する。ザザザザ! という豪快な音が聞こえたが、新品のソリが壊れる様子はない。

 しかしそんなチベスナには意を介さず(耳は動いた)、ジャガーは独り言を漏らす。

 

『はぁ、今年のくりすますも何もないのかなぁ。さびしいなぁ』

『……そんなことはないと思いますよ!』

 

 ザッ! と。

 肩を落とすジャガーに、チベスナはドヤ顔をキメながら前に進む。そこで初めて、ジャガーは顔を上げてチベスナの方を見た。

 

『ま、まさか……さんたくろーす……?』

『いかにも、チベスナさんがサンタクロースだと思いますよ』

 

 チベスナほど安心できないサンタクロースもまれだと思うが。

 

『さあ、今年一年良い子にしていたジャガーには、チベスナクロースからプレゼントだと思いますよ!』

 

 ついにサンタクロースと融合を果たしてしまったチベスナは、そう言いながらタオルを手渡す。……他に色々とソリの中に仕込んであるにも拘らず、この期に及んでのタオル推しである。おそらく脚本・チーターの遊び心であろう。

 それに対しジャガーは、

 

『おお。これは助かる……』

 

 そう言いながら、有難そうにタオルを受け取っていた。何が助かるのかは誰にも分からない。

 

『フッフッフ。一年を良い子に過ごしていたフレンズには、サンタクロースがやってきてプレゼントを渡してくれると思いますよ。みんなもいい子にしていれば、一年の終わりにサンタクロースが来てくれるかも……?』

 

 チベスナは最後に、カメラ目線になってそう呼びかける。どうやら今回は教育番組系を目指していたらしい。

 ともあれ、最後に教訓話めいたものも入ったので、これで終了――、

 

『よし。カット! みんなお疲れ、かなりいい感じに、』

『では、これにてチベスナクロースは帰ります! さらばー!』

 

 ――で済んだらよかったのだが。

 

 途中のソリの激走シーンが楽しすぎたのか、チベスナはソリを曳いて猛然と走り去って行ってしまう。

 

『あ、コラ! チベスナ待て! もう終わってるから! 撮影終わってるからあんまソリを乱暴に扱うな!』

『えー? ダメなんですか?』

 

 それをチーターの瞬発力で即座に追いすがって見せたチーターに、チベスナは軽く振り返りながら不服そうな表情を浮かべる。チベスナ的にはカッコよく走り去ってエンディングにしたかったのだろうが、残念ながら今日は教育番組風なのでそういうカッコよく爽やかなエンディングは求められていないのだ。

 

『しょうがないと思いますよ』

 

 チベスナもけっこう走れて満足したのだろう。そう言うと、ブレーキを掛けながらチーターの方へ振り返る。

 

 これがいけなかった。

 

 考えてもみてほしい。高速で走った状態から急ブレーキをかければ、当然ながら慣性が発生する。通常であればその慣性は普通に受け止められる。ソリは縦長の構造だから、縦向きに慣性がかかっているうちは頑丈なのである。

 ただし。

 これが横向きの慣性だったなら、どうだろうか。

 持ち手の部分はあくまで棒。強度的には脆弱と言わざるを得ない代物だ。そこに慣性が一気にかかれば。

 

 そう。

 

 待ち受けているのは、慣性に耐え切れずに発生する自壊である。

 

『あっ』

『えっ?』

 

 バキッ、と。いっそあっさりなくらいにへし折れて持ち手部分と分離した荷台は、そのまま慣性に従ってゴロゴロと吹っ飛び……。

 中に入れていた荷物ごと、ぐしゃぐしゃになってしまった。

 

の の の の の の

 

「えぐ……えぐ……」

「泣くなチベスナ、壊れちゃったもんはしょうがない」

 

 そんな感じの俺達の前には、ボロボロのソリが置かれていた。

 一応、シルエットとしては元通りにはなっている。へし折れた持ち手部分も整えなおしたことで短くはなっているが概ね元通りだし。

 荷台部分は後ろの部分の破損が激しかったので完全修復とまではいかなかったが、ダクトテープさんのお蔭でまぁまぁ形にはなっている。

 ただ、調子に乗りすぎて念願のソリを破壊してしまったチベスナの精神ダメージは計り知れないものがあり。

 さっきからこうして、チベスナはメソメソモードに入っているのであった。

 一応、映画に関しては教訓を出したところで完結はしているので、今回は珍しく成功の部類なのだが…………なんとも、毎度のことながら最後まで締まらないなぁ俺達。

 

「元気出せ。また作ればいいから。もう作り方は分かってるんだし」

「分かったと思いますよ……ぐすっ」

 

 普段であれば『何やってんだこのバカ野郎』くらいのツッコミは入れるところなのだが、当人もうちゃんと反省してるみたいだし……追い打ちをかけるのはあまりやりたくないので、こんな感じで慰めているのであった。

 ちなみに他のフレンズは壊れたとかあんまり気にしていないらしく、俺の修復作業を興味深そうに見ていたり、拾って使わなかった破片で遊んだりしている。

 実際に手伝ってくれたジャガーは事態の深刻さをなんとなく理解しているのか、チベスナを慰めていてくれたが。

 

「あれ、これもう使わないの?」

「ん? ああ。全体的にボロくなっちまったから旅に使うには不安だし、それに後ろの部分が壊れてるからな……いつ外れて荷物が落ちるか分からないし」

「そうなんだ。じゃあこれ、わたしにくれない? いつも引っ張ってるのより大きいし、岸に乗り上げるときに便利そうだから」

 

 と、ジャガーは期待したような視線を向けて提案してくる。

 おー……ジャガー運送が進化するっていうわけか。

 

「別にいいぞ。むしろ、使ってくれるんだったら喜んで渡すよ」

「ありがとう! お礼にまた作るの手伝うね」

 

 ジャガーがそう言うと、他のフレンズ達もボロボロのソリで遊ぶ手を止めてこっちの方を見てくる。どうやら彼女たちも、俺達を手伝うつもりはあるらしいな。

 

「…………こりゃ、どうやら思ったより早くソリ第二号は作れそうだな」

 

 なお、ソリは大勢のフレンズの協力の甲斐あって日が暮れる前には完成することができた……ということは、言い添えておこう。




オセロットは多分寝てます。

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