そしてチベスナ里帰り編でもあります(多分すぐ終わります)。
三四話:語られる少女の昔日
トンネルを抜けると、そこは砂漠だった。
「うぎゃー!? なんだか凄い光だと思いますよ!?」
……うだるような暑さ、照りつける太陽。意気揚々と外界に飛び出していった俺とチベスナは、思わずそこで目を抑える。
傍から見たらすっごい間抜けな光景だろうなぁ……。
「あぁぁぁぁあ…………明暗の差がヤバイ……いきなり太陽の光がモロに……」
目を抑えながら、俺達は必死に光に目を馴らしていく。しかしその間にも太陽は残酷に照り付けてくるわけで……タオルターバンあってよかった。多分砂漠を抜けたら捨てることになると思うが。
というか、トンネルを抜けたら砂漠地方脱出だ! みたいな気分でいたけど、よく考えなくてもトンネルは多分砂漠地方を移動する為の手段だから、砂漠地方の外に繋がってるはずがないんだよな。つまりトンネルを抜けた後も若干砂漠を歩かなくてはならないわけだ。
「ぐぅ……さっさと歩かないと熱中症でやられるし……。行くぞ、チベスナー」
「熱中症ってなんだと思いますよ?」
「…………暑くてすごく疲れること」
「ならもうチベスナさん熱中症だと思いますよ…………」
熱中症はほんの数分でなるようなものじゃないぞ。……いや、水分がない状態だったら五分くらいでなるかもな……。医学の知識とかがあるわけじゃないから断言できない。とりあえず、水は渡しておくか。自分のタイミングで飲んだ方が安全だろ。
「ほら、水筒持っとけ。なくなったら水場に行くまで飲めないから慎重にな」
「やったー! 水だと思いますよ!」
「聞けよ!!」
速攻で水を飲もうとするチベスナを、俺は慌てて抑える。この即決っぷりである。コイツほんと馬鹿なんじゃないかな?
「ちくしょう、このままだと水筒があっても関係なくチベスナが熱でやられそうだ……。こうなったらもう一刻も早く砂漠を抜けるしかねぇ!」
「チーターもちゃんと水飲んだ方がいいと思いますよ?」
ちゃんと節約しないとあとあとキツイだろうが!
「うだー…………」
そんな感じで大急ぎで砂漠を抜けた俺達だったが…………わりと平然としているチベスナとは対照的に、俺は軽くダウンしていた。
ちなみにタオルターバンは二人とも既に分解して、地面に敷いて敷物として活用していた。砂に塗れちゃうけどもうターバンは必要ないし別にいいさ。
「だから言ったと思いますよ」
「違うから……これはチーターだからスタミナが削れやすくてこうなってるだけだし…………」
正直に言うと、俺は軽く熱中症っぽくなっていた。
というのも、水を出し惜しみしすぎたのだ。ここで飲むと後がきつくなる……そう思って温存していた結果、あまりにも水を飲まな過ぎた。結果として俺は砂漠を抜けた後、木陰でこうして休むハメになったというわけである。
くそう……こういうときに限ってチベスナは『大事な水だから後にとっておくと思いますよ』とか言わないで普通に飲むんだよなぁ。やはり生存に必要なものは出し惜しみしないという野性の知恵なのだろうか?
チベスナに野性とか、もっともかけ離れた組み合わせの一つだと思うが。
「それで、いよいよこうざんですけど、どこに行きましょうか」
「んー……それなんだけどなー…………」
タオルの上に寝転びながら、俺は地図を広げて見せる。
あー……木陰だと風が涼しい。風が髪を撫でてくれる感覚がこれほど気持ちいいものだとは。長い髪も悪くないなぁ……。
……ちょっと思考がわき道にそれつつ、俺は高山のあたり――ジャパリパークのほぼ中心付近に位置するエリア――を指さして見せる。
「このあたり、あんまりアトラクションがないんだよな」
そう。
実は高山――意外と見どころが少ない。
というのも、此処は山がちな地形が多いので施設を作る場所が少ないのだろう。一応、頂にヘリポートだの空港だののある山とかもあったりするが、いちいち名所を巡るのに山を越えたりするのは…………非常に面倒。
ただでさえ疲れてる上にチーターの特性としてスタミナがあんまりないというのに、登山とかいうさらに疲れることをするのは…………いやだ!
「だから、高山はスルーして、ジャングル地方に行こうかなって……」
「あ、そうだ。久々に前の巣の様子を見てみたいと思いますよ」
というわけで高山地方編スキップの流れに誘導しようとしたが、そうは問屋が卸してくれなかった。そうだよ高山地方はチベスナの故郷だったじゃん……!
「えー……それ、また今度じゃダメか?」
「せっかく来たんだから今行きたいと思いますよ!」
「でも今俺すっごく疲れてるし……」
「ここで休めばいいと思いますよ。それに、巣はこの近くだったので大丈夫だと思いますよ」
そう言いながら、チベスナは高山の西部付近を指さす。
砂漠地方は高山の西側にあって、今俺は高山の一帯に足を踏み入れたばかりなので……確かに近いな。ここからなら三〇分くらいで着きそうだ。
…………この世の全てが平面で構成されていたなら、な。
「分かったよ。とりあえず、チベスナの巣が今どうなってるのか見てみよう。そのあとどうするか、歩きながら考えるかー……」
とはいえ俺もチベスナがもともと住んでいた場所がどんなところか興味がないわけではないので、とりあえず行ってみてから考えるという行き当たりばったり戦法をとることにした。
こういうその場その場な行動選択も旅の醍醐味だと思うしな。
「チベスナの住んでたところって、どんなところだったんだ?」
「気になりますか? 気になりますか?」
なんとなしにそう問いかけてみると、チベスナは一気に身を乗り出してきた。……言いたくて仕方ないって感じだな。そういえば、何度か話には出てきてたけど俺からチベスナの昔のことについて聞くことってあんまりなかったような。
もしかしたら、今までも言いたくて仕方がなかったりしたのかもしれないな……。
「じゃあ教えてあげると思いますよ」
「まだ何も言ってないんだが……」
チベスナは俺の呟きも軽くスルーして、朗々と語りだす。
「チベスナさんの誕生…………あれはよく晴れた日のことでした」
「そういうのいいから」
お前の住んでたところを聞くって話だったろ。
「えー。チーターはつれないと思いますよ……」
「めんどくせぇなお前……」
今更も今更だが。
「高山って言っても色々あるだろ? 林があるとか、岩山とか……チベスナの住んでたあたりはどうだったんだ?」
「チベスナさんがいたところに木はあんまりありませんでしたね」
チベスナが語るに任せているといつまでも話が始まらないとみて、俺は自分から話題を提供して話の流れを誘導していく。ふむふむ、木がない、と。
「岩山だったってことか?」
「いえ? 普通に草は結構生えてたと思いますよ。というかチベスナさんは確かにこうざんに住んでましたが、別に山育ちではないと思いますよ」
「…………?」
んん? どういうことだ? 高山の出身なら山育ちじゃないのか? 高山は山ではなかった……? …………ああいや、そういうことか。
「つまり高原で暮らしてたってことか?」
「こーげん??」
「高いところにある草原」
「おお! まさしくそれだと思いますよ!」
やっぱりな。
ジャパリパークの地名って地形名や気候名から来ていることが多いから誤解しやすいが、そこにその地形や気候しかないってわけじゃないんだよな。たとえば湖畔は草原地方の一部だが、あそこの周りは林がある。
もっと言えばこの周りにも、そこそこ木は生い茂ってる。ジャパリパークの地名はあくまで全体の地形や気候を見た時に大半を占めているものが設定されているってことなんだな。
それに高原くらいだったら、まぁ高山の範疇に入れてもいいとは思うし。
「確かに、チベスナさんはこーげんに穴を掘って暮らしていたと思いますよ。でも、山にもよく登っていましたね。水場があったので……」
「水場か」
「ええ。いろんなフレンズがいっぱいいたと思いますよ。ただ、たまに厄介なのが出てきたと思いますよ……」
そう言うと、チベスナは嫌なことを思い出したとばかりに眉を顰める。おお、チベスナがそんな顔するなんて珍しい。厄介なの……セルリアンか何かだろうか? だとしたら洒落にならないな。巣に行くついでに退治とかしていった方がいいんだろうか……。
「厄介って、どんな感じなんだ?」
「どんなって……もう一度顔を合わせたら絶対に逃げられないと思いますよ」
「ヤバイな……」
絶対に逃げられないって、しかも高山に特化したチベスナでも、だろ? それなり以上にすばやくて、しかも悪路をものともしない移動性能を持ったセルリアンか……。
「しかも、とんでもなくうるさくて……」
「うるさい?」
なんだろう……セルリアンは確かに特徴的な鳴き声を出したりするけど、そこまでうるさいってほどじゃないよな……? 新種……?
「どこまででも飛んでくるし……」
…………あ、これセルリアンじゃないな。
「ほんと、凄まじいフレンズだったと思いますよ」
「しかもフレンズなのか…………」
うるさくて、飛ぶフレンズ。
…………まぁなんとなく正体は分かる気がするけど、強いて言わないでおこう。うん。しかも、水を補給しなくちゃいけないから水場に行くのは必須なんだよなぁ……。やっぱり今からでも山を登るのやめたりできないだろうか。
「今はどうなのか分からないですけどね。うるさくなくなっていればいいのですが」
「多分うるさいままだと思う……」
ヤツには悪いが、こればっかりはね……。確か耳のいいサーバルが至近距離でくらったらしばらくピヨピヨするレベルの騒音だから、俺が聞いても多分ピヨピヨするだろう。いやだなぁ……会いたくねぇなぁ……。
「まぁ、それは別にいいと思いますよ。他には、山の斜面においしい実をつける木が生えてたりとか……」
「おお、山のけものっぽい」
多分俺が食べに行っても転げ落ちるのが関の山だろうが、チベスナなら問題なくとれるんだろうな。もしまだ残ってたら、チベスナに取りに行ってもらうとかもいいかもしれない。
「たまーに間違って転がったりすることもありましたが……」
「失敗するんかい!」
駄目じゃん!
チベスナの性格からしてこういうときはたまーにどころかけっこうな頻度で失敗してるってことだし! あぶねぇ、知らずに任せて転がり落ちるチベスナを追いかけたりするハメになるところだったぞこれ。
「まぁまぁ、基本的にはこうざんも楽しいところだと思いますよ。チーターも元気出ましたか?」
「ん……まぁそうだな」
言われてみれば、もう普通に起き上がってチベスナのボケにツッコミを入れるくらいにまでは体力も回復してきてるな。だいぶ話し込んでたらしい。
ただ、今日は朝早くに活動を開始したとはいえ、ピラミッドで色々探索したりなんだりした後だから、もうすぐ日が暮れそうなんだよなぁ……。
「なぁチベスナ、山登りは明日にしないか? 今からだと多分登ってる最中あたりで日が暮れる」
「えー…………まぁいいですけど」
「すまんな」
言いながら、俺は完全に立ち上がって、敷物にしていたタオルを拾い上げる。
ちょうど傍には木、そして手にタオル。……今こそ、オアシスで習得した寝床作成術を使う時である。
「じゃ、寝る準備するぞー」
「はぁい」
傾きかけた太陽を頭上に、俺とチベスナは寝床の作成準備を始める。
あー、明日は登山かぁ。ゆっくり休んで体力を取り戻さなければ……。
もしかして:ラストエリクサー症候群