今後ともよろしくお願いします!
「──というわけで、二人して同時に飛び込んで、あんな感じになっていたんだ」
ジャパリカフェにて。
店の主であるアルパカに案内され、俺達はとりあえず店内のテーブル席に腰かけ、此処に至るまでの事情を説明していた。
まぁ事情説明って言っても、そういえばカフェに行ってなかったことを思い出したとか、山を登る方法で口論になったとか、競争することになったとか、勝敗がギリギリだったから二人してなりふり構わず飛び込んだとか、その程度のことだが。
……いや大分説明してるな。
「なるほどねぇ~。二人とも相変わらず楽しそうでよかったよぉ」
「とんでもないと思いますよ。チーターのせいでチベスナさんはかなり疲れました」
「こっちのセリフだからなオイ。お前が意地張らずに俺の作戦を受け入れていればだな……」
「チーターの方こそチベスナさんの言うことを聞いてれば今頃はこうはならなかったと思いますよ!」
「二人ともかふぇに遊びにきてくれてうれしいなぁ! お茶飲むぅ? お茶あるよぉ。疲れもとれるよぉ」
「…………」
「…………」
…………なんつーか、毒気が抜かれるっつーか。
言い争っていても横でアルパカがニコニコしてると、こっちもそれ以上やり合う気がなくなってしまうな……。
まぁ、それに実際、終わったことで色々言い合ってても生産性がないしな。うん。
「……んじゃ、お茶もらうか。何か種類とかあるか?」
「んぇー? えっとねぇー、赤いお茶と、緑のお茶と、茶色いお茶と、喉にいいお茶と、身体がぽかぽかになるお茶と、苦いお茶があるよぉ。ミルクもあるよぉ」
「意外と種類あるな……」
赤いお茶は紅茶、緑のお茶は緑茶として……茶色いお茶ってなんだろ。麦茶とかウーロン茶とかか?
のどにいいお茶はなんだろうな……ミントティーとか? 身体がぽかぽかになるお茶は多分ジンジャーティーだと思うけど。
んで、苦いお茶は皆目見当がつかんな。センブリ茶とか?*1
「チベスナさんはミルクが飲みたいと思いますよ!」
「お茶を飲めよ」
此処喫茶店だぞ! 何の躊躇もなくミルクを頼む馬鹿がいるか!
「チベスナにはとりあえず苦いお茶を。俺は……赤いお茶で」
「あ! チーター! 勝手にチベスナさんのお茶を注文してはいけないと思いますよ! しかも苦いお茶!!」
「苦いお茶を飲めるヤツはカッコいいらしいぞ」
「飲むと思いますよ」
拳を振り上げて気炎を巻くチベスナだったが、俺の言葉にあっさりと姿勢を正した。フッ、チョロいぜ。
とはいえ頼んですぐにお茶が出てくるわけではもちろんないため、居住まいを正したチベスナとの会話は続く。
「ところでチーター。チーターはさっきのお茶が何か分かってたと思いますよ?」
「ん? ああ。多少はな……。流石にアレだけで完全に分かるほどお茶には詳しくないが、なんとなくの予想は立てられるぞ」
「じゃあチーターは赤いお茶が好きなんだと思いますよ?」
「うーん……?」
言われて、俺はちょっと答えに窮してしまった。
というのも、紅茶が好きかと言われたら俺はそんなに好きではないなぁ……という感じなんだよな。
いや、苦手というわけではない。むしろどっちかというと好きという部類には含まれると思う。ただ、特別好き! というほどの感情がないというか。
どっちかっていうと、夏場のあっついときに飲む麦茶とかウーロン茶とかの方が好きっていうか……。
じゃあなんで安牌っぽい茶色いお茶を選ばなかったんだって話だけど、やっぱ喫茶店まで来て麦茶だのウーロン茶だのを頼むのってなんか違うじゃん? 喫茶店に来たからには……紅茶を飲みたいじゃん。
つまりそういうことなのである。
「チーター、好きでもないものを頼んだんだと思いますよ?」
しかし、そんな俺の機微までは読み取れないチベスナは、呆れたような物言いで語弊のありまくることを言いだす。
そんなことを言えば、絶賛お茶淹れ中のアルパカの耳にも入るわけで……。
「チーター赤いお茶好きじゃないのぉ?」
と、案の定アルパカが不安そうにこちらの方を覗き込んできた。
俺は慌てて立ち上がりながら、
「違う違う! チベスナ誤解を招くようなこと言うな!」
「えー、チーターが妙な態度だからいけないんだと思いますよ」
「ちょっと言い淀んだだけだろ! 俺はだな……単なるお茶の味の好みだけじゃなく、喫茶店というロケーションからくる味わいの変化とかそういったものを考慮に入れてだな」
「チーター」
「『話が長い』じゃあねーんだよ!」
確かになんかろくろを回しながら話しちゃったけども!
「……まぁ要するに、だ。喫茶店には喫茶店に合うお茶っていうのがあるんだよ」
食い合わせみたいなモンだ。紅茶に白米は合わないが、パンには合うからな。
「ふーん……。いまいちよく分からないと思いますよ」
「二人ともぉ、お待たせぇ」
と、聞いても良く分からないことはわりとあっさり流すチベスナの脇から、アルパカがカップを二つ載せたお盆を持って戻ってきた。
さて、アルパカが持ってきた飲み物の答え合わせだが……実は俺、さっき淹れてる時点で正解には気づいてたんだよな。嗅ぎ覚えのある匂いだったし、何よりフレンズの基本性能で嗅覚は人間時代よりはるかによくなってるから。
まず赤いお茶。これは俺の予想通り、紅茶だった。詳しくない俺は茶葉とか全然分からないが、匂いの感じからしてコンビニで売ってる清涼飲料水的な紅茶とは比較にならないくらい『それっぽい』匂いである。
ダージリンとか……アールグレイとか……オレンジペコとか……? いや、本当に全然分からないので言ってるだけだが。*2
次に苦いお茶の方だが、これは意外な答えになった。
その答えと言うのが──コーヒーである。
お茶なのにコーヒー!? と匂いを嗅いだときは思ったものだが、言われてみれば当然かもしれない。
アルパカは淹れるお茶の名前なんて分からないだろうし、淹れ方が全然違ったとしてもそもそも『お茶』以外の枠組みを知らないんだから味とか色とかで『〇〇なお茶』という判断をくだすのは自然な流れである。
まぁ、そんな答え合わせはわりとどうでもいい。
問題はアルパカが、コーヒーを出してきたということである。
チベスナにコーヒーを飲ませたら毒になるんじゃないか……という懸念はしてない。元がイヌ科のキツネといっても、今はフレンズだしな。精々にがーって言う程度だろう。
実は俺、コーヒーがけっこう好きなのだ。
もともとは眠気覚ましの為に飲んでたんだけどな。
眠気を覚ますために砂糖もミルクも入れずに飲んでいたら苦みに慣れてきて、苦みに慣れてきたら今度は細かい味の違いにも気付けるようになったのだ。
まさか此処にコーヒーがあるとは思っていなかったので、最初こそ紅茶を頼んでいたが……コーヒーがあるなら、おそらく飲めないであろうチベスナに無理やり飲ますより、交換して俺が飲みたい。
「うげー……すごい苦そうだと思いますよ。これは泥ですか?」
「コーヒーって言うんだよ、それ」
俺は口元をひん曲げてコーヒーを見つめるチベスナの横合いから、真っ黒い鏡面を覗き込むようにして口を挟む。
それからチベスナの手からひょいとカップを取って、
「まぁ分かってたが、飲めそうもないな。俺のと交換にしよう」
と、自然な流れで提案した。
無論チベスナがそれを断るはずもなく。
「チーター、苦いの好きなんだと思いますよ? 絶対に無理だと思いますよ……。後悔しても知らないと思いますよ。チベスナさんはもらいましたからね」
「すげぇ念押すなお前」
そんなにコーヒーの匂いが嫌だったか。まだ子供だなぁ、チベスナは……。
言いながら、俺はコーヒーカップをついと傾ける。
うわにっっっっが。*3
「チーター、お茶の種類も詳しいのぉ? よかったら色々教えてほしいなぁ! ………………ところで大丈夫ぅ? すごい顔してるけどぉ」
「……だ、大丈夫。久々だから、舌が慣れてなかっただけだ」
「ミルクもあるよぉ?」
「大丈夫だから!」
自分から交換しておいてミルクと砂糖とかあまりにも格好がつかなさすぎる……。いや、残すくらいなら入れるけど、慣れれば普通に飲めるようにはなるはずだから。
「……で、お茶の種類だけどさ。そんなに詳しいわけじゃないんだよなぁ、俺も。精々赤いお茶は『紅茶』で、緑のお茶は『緑茶』、苦いお茶は『コーヒー』って言うことくらいかね……確実なのは」
「十分! 十分だよぉ! いやぁチーターは物知りだねぇ! 助かるよぉ!」
「えっへん」
べつにチベスナの手柄ではないからな。いつものことだけど。
「それでチーター、この後はどうするのぉ?」
「この後?」
コーヒーの苦みに段々と舌も慣れてきた頃。*4
ふと、お盆を持って傍に控えてくれていたアルパカが、そんなことを問いかけてきた。この後……? 特に何もないが。
あ、時間的に今から帰ろうとすると途中で日が暮れるから、今日はカフェで一泊したいな。そういう意味では『この後どうするか』について考えがないわけでもないが……。
「いやねぇ、チーター達っていつも旅してるでしょぉ? この後も、こうざんのどっかに行くのかなぁってねぇ」
「ああ、そういう……」
言われて、俺は得心がいった。
確かにアルパカには旅をしているときの姿しか見せてなかったもんな。最初に事情説明をしたときも、俺達がジャパリシアターに本格的に居着いたって話はしなかったし。
「実は俺達、ジャパリシアターに本格的に住み着いたんだ。だから今はもう旅はしてない。今日も、此処には遊びに来ただけだな」
「色々落ち着いて、らいばるであるアルパカにも報告したかったと思いますよ!」
「まぁ、このまま帰ると途中で日が暮れるから、アルパカがよければここで一泊させてもらいたいが……それ以外に今日やることはないかな」
と、チベスナの所感も交えつつ質問に答えると、アルパカは意外そうな表情を浮かべた。
やっぱり俺達がこの後どっか旅に行くと思ってたんだろうか。
「あ、そうなのぉ? いやねぇ、実は最近、かふぇのこと教えてくれた子にまた会ってねぇ。灰色の子ねぇ」
「ああ」
そういえば、アルパカにカフェのことを伝えたのってジャイアントペンギンだったっけ。*5
当時は気付かなかったが、実際にジャイアントペンギンと出会った今なら分かる。
灰色のカラーリング。ヘビのフレンズにも似た風貌──つまりフードを持つ服装。鳥のような手、つまり手を覆うほどの袖。そして頭につけている妙なモノ──ヘッドホン。
極めつけに、ジャイアントペンギンの出身地は高山地帯である。アルパカと出会う可能性は、他の地方よりもよほど高いといえるだろう。
それに、ジャイアントペンギンならカフェのこととかも色々知ってて当然という感じだしな。細かいところを聞いたのは博士助手だとしても、最初のきっかけになったのはジャイアントペンギンで間違いあるまい。
「で、その灰色の子にチーター達のこと話したらねぇ、『あいつらまだはくぶつかん行ってないだろーし、オススメしとけ。にししし』ってぇ」
うおー……博物館に行ったことないなんて一度も言ってなかった(むしろ話題に出して行ったことある風な雰囲気出してた)のに完璧に読まれておる……。
にしても、オススメしとけ、か……。
「あたしはどんなところなのか分からないんだけどねぇ、今日ここに泊まるなら、ちょっと時間余るでしょぉ?」
「いいと思いますけど……チーター、大丈夫と思いますよ? こうざんだと疲れると思いますよ?」
「大丈夫だよぉ」
チベスナのなめくさったセリフを朗らかに否定したのは、もちろん俺ではなく──意外にもアルパカだった。
俺は反射的に反駁しようとした口の形のまま、思わず固まってしまう。
「チーターもチベスナも、はじめて会った時は凄く大変そうにしてたけどぉ、今は二人とも、全然ヨユーだもんねぇ。二人ならはくぶつかんなんてチョチョイのチョイだよぉ」
「だそうだぞ、チベスナ」
「ふふん。確かにチベスナさん達は成長していると思いますよ」
あ、褒められたカウントなんだ、今のは……。
褒められるとすぐ乗せられるよな、お前……。という呆れを視線に乗せてジト目を向けていると、チベスナはそんな俺の視線には気づかず、颯爽と立ち上がった。
「じゃあ、そうと決まればさっそくはくぶつかんへレッツゴーと思いますよ!」
「おい待てチベスナ」
そんなチベスナを、俺は即座に呼び止め、
「まだ紅茶、全然飲んでないじゃんか。ちゃんと飲め。俺はちゃんと飲んだぞ」
苦かったけど──とは言わず、俺はテーブルの上にあるカップを指さす。
空となった俺のカップとは対照的に、チベスナのカップにはまだけっこう紅茶が残っていた。
チベスナは少しだけバツの悪そうな表情を浮かべて、
「えー……でも、こうちゃ苦いと思いますよ」
「問答無用」
…………なお、砂糖とミルクをいっぱい入れてやったところ、チベスナはおかわりを要求するほど紅茶が気に入ったようだった。
お前それほぼ砂糖とミルクが気に入っただけだろ。