「しょうがないので山登ると思いますよ」
「ええー……」
で、ゴンドラがないのはしょうがないのでこの後どうするのか──という話になったのだが。
当然、チベスナはまず最初に登山を選択した。まぁチベスナは山登るの得意だから当然の流れではあるんだよな。
ただ、俺は絶対に山登りとかしたら滑落するタイプのフレンズだから。人間並みの手先の器用さで、元動物が登山得意なわけでもないのに切り立った崖を登りきることなんてできないと思うし。
「じゃあどうすると思いますよ? 普通に登れるルート探すと思いますよ?」
「それよりいい方法があってだな」
そう言いながら、俺は目の前にあるロープウェイ──のワイヤーを指さした。
ここまでやればチベスナにも分かると思うが、俺の言う『いい方法』とは、ぶっちゃけて言うとこのワイヤーをそのまま伝っていくというものなのである。
実際、ワイヤーを伝っていけば山登りと違って不意の滑落の心配とかないし、ロープウェイは最短経路で頂上と繋がっているものなので移動時間も短くて済む。まさにいいことづくめなのである。
「……ええー。絶対に途中で落ちそうと思いますよ」
が、チベスナは逆にこっちの方法に対して難色を示していた。
何を言うか。確かに曲芸みたいにワイヤーの上を歩けば残機がいくつあっても足りないくらい落ちるだろうが、普通にしがみついて渡る分には何も問題ないだろう。
それに、
「ワイヤーにしがみついて渡るって言っても、別にずっとしがみつき続けなくちゃいけないわけじゃない。ワイヤーってのは何もないと弛んじまうからな。そうなると強度的にも問題があるっていうんで、頂上までの間に何本かワイヤーを支える為の支柱があるんだよ」
もちろん、もともとはけっこうな大きさのゴンドラを使っていたであろうロープウェイなので、支柱のデカさもそれなりである。
上には二人くらいなら余裕で座れそうなスペースもあるし、疲れたらあそこで休憩すれば、力尽きて落下する……というような心配は全くないのである。
「というか、あんな細い紐にぶらさがるなんて怖いと思いますよ」
「ワイヤーな」
「あんな細いワイヤーにぶらさがるなんて怖いと思いますよ」
いや、言い直せってことじゃねぇから。
……っていうか、怖いのね。
「チーター。今なんか馬鹿にした耳をしたと思いますよ」
「してねぇよ! クソ! この耳!」
「まったく、チベスナさんのことをバカにして! チーターだって山登りするのが怖いんじゃないかと思いますよ? ん?」
「あ?」
煽りおるな、コイツ?
そのような挑発をして、最終的に困るのはお前だということがまだ学習できていないようだな、このポンコツは……。
「じゃあ、こうしよう」
俺はこの不届き者の虚勢にトドメをさすべく、必殺の一打をつきつけることにした。
「俺が登山、チベスナがワイヤー渡り。お互いがお互いの提案する方法で頂上を目指そうじゃないか。まぁ俺は? 山登りは滑落の危険が高いからやりたくないってだけで怖いわけじゃないし? チベスナはワイヤー渡りが『怖い』からできないかもしれないけどなぁ~」
「怖くないと思いますよ! 怖いなんて言ったことないと思いますよ!」
記憶を消去するんじゃない!*2
……だが、チベスナはこれで勝負に乗った。
フッフッフ、この俺を雑に煽ったこと、たっぷりと旅路の中で後悔するといい……。
──と、あらかた話がまとまってから、俺は我に返って思う。
……自分の滑落対策、どうしたらいいだろう?
さて、こんな締まりのないあらすじで開幕した登山対決なのだが……俺は麓に立って、早速途方に暮れていた。
無事に俺が登山できることももちろん大事なのだが、それ以上に重要なのはタイムである。
だって、仮に登山に成功したとしてもタイムがチベスナより遅ければ、『おやおやチーター? なんでチベスナさんより遅いと思いますよ? ひょっとして怖かったのでは?』などと屈辱の煽りを入れられること必至だからな。
俺の考える最速最善の登山方法であるワイヤー渡りはチベスナに提供してしまったし、せめてもの対抗として、少しでも素早く確実に登れる登山方法を考案せねばならないのだが……。
「……うーむ」
そもそも『手で崖を掴んで登る』というスタート地点の段階で、俺にとってはダメっぽいラインになってしまっているのである。
けものプラズムを使って強化した足で崖の側面に足を突き立てて
途中でバテて、足を引き抜いた瞬間脱力してそのまま落下……という姿が目に見えるようだ。ジャングル地方までの俺なら絶対調子に乗ってやってたと思う。
……いや流石にやらないか?
でも昔の俺は自分の限界とかいまいち把握しきれてなかった節があるからなー……。足を壁にめり込ませて歩くって、絵面がめちゃくちゃカッコいいし、横にチベスナがいたら煽てられるままにやりまくってスタミナ切れになってたかもしれない。
……とここまで考えて、なんとなく俺が考えるべき場所が見えてきたような気がする。
要するに、俺にとって崖登りで一番ネックなのは『休憩場所がないこと』なのである。
普通にやれば崖登りくらいは十分可能なのだが、疲労にあえぎながらこの崖をきちんと登りきるだけの手の器用さや体力となると厳しい。
だが、休憩場所があるなら話は別だ。休みながらであれば手の器用さも落ちることはないし、精神的に余裕も生まれる。
だから俺が崖登りをするにあたって考えるべきは、疲れない登り方とか早く登れる方法というよりも、『疲れた時に休める場所を見つけられる/作れる方法』ということになる。
「即席の休憩所……即席の休憩所か」
まず最初に思いつくのは、やはりけものプラズムを使って指や足をめり込ませる方法か。
頻繁に使えばすぐに疲れるが、五指を崖にめり込ませるときだけ使えば、そのあとは自然体で、五指にフィットした穴に指を引っかけて休憩できる。
……が、これでは休憩としては心もとないかもしれない。なんだかんだいって崖登りの態勢のままだからな。
欲を言うならば、寝そべって休憩できるような場所が欲しい。完全に腕や足から力を抜いて休めるような場所が。
「……しかし崖登り中にそう都合よく完全に休憩できるような場所ありっこないよなぁ…………。……うーん……」
……いや、待てよ?
けものプラズムを使って、指や足を崖にめり込ませて休む。
欲を言うなら、寝そべって休憩できるような場所が欲しい。
そうだ。その手があった。
むしろなぜそこまで思考を巡らせておいて気付けなかったのだろうか。我ながら不覚である。
よし──少しだけスタートが遅れたが、この方法ならばいける。
そもそも、崖登りは頂上まで垂直に移動する登山方法。最短距離と言うならば、絶対にこっちなのである。
安全に崖を登る手段があれば、当然、俺の勝ちは確定したも同然。
見てろよチベスナ…………今に吠え面かかせてやる。
「……ふぅ……ふぅ……」
崖登り開始から──およそ三〇分くらいだろうか。時計がないので詳しい時間は分かっていないが……。
だんだんと、俺は身の裡に蓄積されていく疲労の存在を自覚し始めていた。まだまだ動けるといえば動けるが、どことなく身体の動きも鈍くなり始めてきた気がするし……休憩するならこのへんにしておいた方がいいかもしれない。
決断した俺は──
「ふっ!!」
足にけものプラズムを集めて地面をえぐり足場を作ると、そのまま数メートルほど飛び上がった。
といっても、こんな方法でぴょんぴょん飛ぶのが俺の作戦ではない。それは確実にすぐ疲れるやつだしな。
だからそのまま俺は、斜め下目掛けて全力で蹴りを一閃する。
崖壁すらも切り裂く一撃の勢いそのままにくるりと一回転すると、今度は落下しながら真横目掛けて蹴りを叩きこんだ。
そしてそれからけものプラズムを指に集めて、崖に指をめり込ませて落下を終了させる。
すると──
ずず、と。
遅れたように、俺が二撃叩き込んだ崖壁がズレ落ち、そして遥か崖下まで落下していった。
後に残ったのは、俺一人がぎりぎり寝転べそうな穴だけだった。
そう、これこそが俺の作戦。
本格的に疲れる前に、俺が崖を破壊して自分が休める場所を作ってしまえばいいのである。もちろんこの方法を使うと一時的にけものプラズムをけっこう消費してわりと疲れるが……この休憩所に一五分ほど滞在するので、経験上そのくらい休めばこの程度の疲労は回復する。
疲労対策は万全である。
「…………ふぅ」
自作の休憩所で横になると、必然的に外の景色が俺の目の前に広がった。
高所から見るジャングル地方の景色は、また格別であった。緑色の木々が眼下に際限なく広がり、そして地平線のあたりで空の青と入り混じる光景は、まるで何かの絵画のようですらある。
まぁ俺は、芸術とかにはめちゃくちゃ疎いのだが。
「……お、あのへんの河、さっき遊んだ河かもな」
景色を眺めていると、自分たちの行ったことのある道も俯瞰できる。
高いところに行くとどうも毎回のようにそこが不思議な気分になる。なんというか、自分がいた場所を自分の見えていた視点以外のところから見る感覚というか……自分を物理的に客観視する感覚みたいな?
チベスナに言ったら速攻で『チーター』って言われそうな話だが。
苦笑しつつ、俺はぼうっと景色を眺める。
そうしていくうちに、段々と気持ちがよくなって……、
「…………はっ!?」
そこで俺は、目を覚ました。
や、ヤバイ! ついうとうとしてしまっていた! ええと時間は……だから時計は持ってきてないんだって!
大丈夫だよな? 寝入ってないよな俺!? なんかもう体力はすっかり完全回復してるので少なくとも一五分は経過してるっぽいが……うおお、間に合えよ……!
即座に飛び起きた俺は、そのままの勢いで完全回復した体力を惜しげもなく発揮していく。
現在地点は……大体崖を五分の三くらい登った程度だろうか。残りの距離的にもう休憩所を作る必要もなさそうなので、登り切った瞬間バテて転がるくらいの覚悟で崖に指の穴をあけたりあけなかったりしながら登っていく。
ちなみに穴をあけるときはちょうど掴まれそうなでっぱりがないときで、でっぱりがある場合はあけずに普通に登る。俺なりのスタミナ節約術である。
そうしていくうちに──
「……! 見えてきた!」
無限に続くかと思われた崖が途切れ、頂上と思しき緑色が少しだけ顔を覗かせた。
思わず顔を綻ばせた俺だったが、その表情はすぐにまた強張ることとなる。
俺の頭上──空を走るワイヤーに、見覚えのある茶色いのが張り付いているのを確認できたからだ。
「……まずい! チベスナのヤツ、もうゴール間近か!」
やっぱけっこう寝てたのか俺は……! 距離的にはけっこう長いチベスナのワイヤー渡りルートでも、直線距離の俺より若干早いくらいとなると、普通に三〇分くらい寝てたようだ。
だが、最後に勝つのは俺よ!
「うおおおおお!」
もはや体力を心配する必要はない。足で崖を少し抉って足場を作ると、俺はそこに思いきり力を込めて飛び上がった。
それを見て、チベスナの方もワイヤーにぶら下がり、そして体を大きく振って反動で頂上目掛け飛ぶ。
俺とチベスナ、二つの身体が宙を舞い────
…………あれ、このタイミング、もしかして俺とチベスナが空中でぶつかるパターンじゃない?
『おいチベスナ止まれ! ぶつかるから! ぶつかるから!』
『ええ!? 無理だと思いますよチベスナさんもう飛んでると思いますよ!』
『ワイヤーに掴まって急ブレーキとか色々あるだろぉ!』
『それだとチベスナさんが負けると思いますよ! チーターが止まるといいと思いますよ!』
『勢いよく飛びすぎて変に崖に掴まって動きを止めようとするとバランス崩してそのまま落ちそうなんだよ!』
一瞬にしてアイコンタクトをかわした結果、俺達がくだした結論は。
「おぐえっ」
「うわあ!」
…………空中で激突し、そのまま頂上に墜落する、というものだった。
「あるぇ~? 二人ともどぉしたの? もしかして遊びに来てくれたぁ?」
脱力を加速させる声を耳にしながら、俺はなんとか身体を起こして声の主──アルパカに問いかける。
「……なぁアルパカ、今の、どっちが先に着地してた?」
「んぇ? おんなじに見えたよぉ」
…………さいですか。
この人たち何してるんでしょうね。