畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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一四六話:水面を揺蕩う遊戯人

 俺達の前に現れたフレンズ。それは──コツメカワウソだった。

 灰色の頭髪と、同色のフリルつきワンピース水着とアームウォーマー、レッグウォーマーに身を包んだ、中学生くらいの少女である。

 ところどころの色が白く染まっているものの、全体的にモノクロトーンの落ち着いた色調とは裏腹に、目の前の少女は彩溢れる活気を全身からみなぎらせていた。

 

 そういえばジャングル地方のフレンズだったな、アイツ。

 今の今まですっかり存在を忘れていたが、別に生まれたてのフレンズという感じでもなかったし、河で遊んでいれば遭遇することもそりゃあある。

 ……おっと、その前にカワウソを止めねば。

 

 

 

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一四六話:水面を揺蕩う遊戯人

 

 

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「待て待て、それは木の実じゃない。俺達の荷物だ」

 

 

 言いながら、俺はカワウソの方へ歩み寄っていく。持って行ったまま河の中に入られても困るからな。

 

 

「あれ? これキミ達のだったの? これなにー?」

 

「トートバッグ……かな」

 

 

 言いながら、俺はカワウソからトートバッグを受け取る。

 手を差し出すと、カワウソは特に勘違いしたりすることもなく普通に俺にトートバッグを返してくれた。

 これまでのフレンズとのやりとりの『一筋縄でいかなさ』を知っている俺からすると、もうこれだけでカワウソの知能意外と高いんじゃないか説が持ち上がってしまうのだが……。

 

 

 

「わたし、コツメカワウソ! 泳ぎ帰り? 最近天気よくて泳ぎ日和だよねー!」

 

「俺はチーター。こっちは相方のチベスナ。泳ぎのことは……聞かないでくれ。ちょっと疲れた」

 

「よろしくと思いますよ!」

 

「お前も少しは疲れろ」

 

「よろしくねー! わたしはこのへんでよく遊んでるんだー。キミ達はよそのちほーから?」

 

「ん? ああ。平原地方から来た」

 

 

 トートバッグを肩にかけながら、俺はコツメカワウソに応える。

 しかし久しぶりに快活なフレンズだな……という感じだ。まぁ水路づくりしてないところでは普通にヘラジカ組と出くわしたり話したりしてるんだけど、『新しく出会うフレンズ』としては久しぶりだ。

 思えばロッジでアミメキリンと出会って以来、頭のゆるめなフレンズとはそんなに出会わなかったからな。

 それどころか、ジャイアントペンギンを筆頭に、どっちかっていうと思慮深かったり人間臭かったりするタイプのフレンズと会う機会が多かった気がする。 

 

 

「チーターとチベスナはどうしてじゃんぐるちほーに来たのー?」

 

「じゃぱりかふぇに来たと思いますよ」

 

「えー、じゃぱりかふぇー?」

 

 

 カワウソは良く分からないとばかりに首を思いきり傾げた。

 ま、知らなくて当然だろうな。多分時間的にアルパカがカフェを立ち上げたのは早くとも数週間前ってレベルだろうし。

 でも、チベスナ、お前はつられて首を傾げちゃダメだぞ。お前はちゃんと内容全部分かってるんだからな。

 

 

「うーん、じゃんぐるちほーにそんなところあったかなぁー? ひょっとして別のちほーかも?」

 

「ああ、ジャングル地方にないことは分かってるんだ。高山地帯の施設だからな。前に会ったフレンズが高山の頂上にカフェ──あー、休憩所みたいなのを作るって言っててさ。だから一度会いに行こうって思ったわけだ」

 

「こうざんのー? っていうことは、あそこ?」

 

 

 俺の話を聞いたカワウソは、そう言いながら遠くに見える山の頂上を指さして見せた。

 ここからだと、頂上の様子は全く分からないが……地図を見ればどの山かは分かるだろう。

 俺は曖昧に頷いて、

 

 

「そうだけど、どうかしたか?」

 

「登るの大変だよー? わたしも挑戦してみたけど全然ダメだった! すーぐ落ちちゃうんだー。まいっちゃうよー」

 

「そりゃお前が登ろうとしたらそうなるわな」

 

 

 コツメカワウソ、別にものに登るのが得意なけものってわけでもないからな。多分。

 そもそも水辺で生きるけものなんだから、根本的に山登りが得意なわけがない。むしろなんで山を登ろうと思ったんだってレベルだ。

 ……本当になんでだ? 真剣に気になるぞ。

 

 

「そもそもカワウソ、山登りすると思いますよ? ちなみにチベスナさんはしますが……。とても得意ですが……」

 

「マウントを取るな」

 

 

 当然のように控えめだけど厚かましいという矛盾した表現を成し遂げたチベスナの頭をぺしんとはたきつつ。

 

 

「んー、前にねー。山に登ろうとすることにハマってたんだよねー。登れなくてすぐに飽きちゃったけどさー。今はね今はね! 河の底に枝をいっぱい刺すことにハマってるんだー!」

 

「それの何が楽しいんだ……」

 

 

 カワウソが河の底に潜って大量の木の枝を河底に突き立てている姿を想像して、俺は思わず困惑してしまった。

 いや、マジで何が楽しいんだろう……。それ、下手すると現代日本人には『苦行』としてカテゴライズされるヤツだと思うぞ。ソースは俺。

 

 

「えー? たのしーよー? 河に潜るのもたのしーし、河底を歩くのもたのしーし、木の枝を刺すのもたのしーんだー。でも一番たのしーのは、たまーにジャガーちゃんが上を通ることかなー」

 

「ジャガーがと思いますよ?」

 

「ジャガーちゃん、よく泳げないフレンズを運んで河を渡ってるんだよねー。だからわたしが川底に枝刺してると、たまーに上をジャガーちゃんが通るんだー」

 

「へえ……」

 

 

 やってることは謎だが、確かに河底で色々やってたらジャガーが上を通ったりすれば、それはそれで面白いかもしれない。

 おそらくジャガーの方は全く気付いていないと思うが……。

 

 

「あ、そうそう。最近ジャガーちゃん、引っ張るヤツ新しくしたみたいなんだよねー。お陰で乗り心地がすっごくてさー。アレもたのしーよね!」

 

 

 おっ……そうか。ジャガーはアレ使ってるんだ。それで乗り心地もいいのな。それはよかった。水漏れとかしてないかと心配していたが……。

 

 ……そうかそうか。楽しいか。そう言われると制作者冥利に尽きるな。

 ビーバーみたいにどう使われるか心配していたわけじゃないが、改めて第三者視点から好評を聞くと、なんとも面映ゆいというか……誇らしい気持ちになるな。

 

 

「チーター、尻尾が嬉しそうだと思いますよ」

 

「…………お前だって大概だからな」

 

 

 チベスナも同じ感じで耳が自慢げになってるからな。人のこと言えてないからな。それはそれとして尻尾は消したいが。*1

 そんな俺達のやり取りを見て、カワウソはもう一度首を傾げ、

 

 

「おろー? 二人とも急にどうしたの? なに、何か面白いことでもあるの!?」

 

「いや、そうではなくてな……。ジャガーのそのソリを作ったのは、俺達なんだ」

 

「ええー!? 本当なの!?」

 

 

 俺の言葉に、カワウソは目を輝かせながら驚愕した。

 ……いや、下手すると本当に目が輝きだしかねないくらいのテンションの高さだが。

 

 

「すごーい! どうやって作ったの? ねえねえどうやって作ったの?」

 

「うおっ……圧がすごい」

 

「ふふん。こうやって木を……切って! そしてくっつけて! 組み立てて作ったんだと思いますよ!」

 

「すごいすごーい!」

 

「ふふふふん」

 

 

 あっ、珍しく素直に褒められてチベスナがめちゃくちゃ調子に乗ってる。

 

 

「じゃあさじゃあさ! わたしにも一つ作ってよ! わたしアレすごく欲しかったんだよねー。でもジャガーちゃんのを取るわけにもいかないしさー」

 

「もちろんいいと、」

 

「あー、ごめん。今は無理なんだよな」

 

 

 予想通りアホのチベスナが調子に乗って安請け合いしそうになったので、俺は手遅れになる前に二人の会話に割って入り、そしてNGを出しておいた。

 するとチベスナが見る間に眉をひそめながら、

 

 

「……なんで駄目だと思いますよ? 今更もう一個くらい、チベスナさんはぜんぜん大変じゃないと思いますよ」

 

「今設計図持ってないだろ」

 

 

 確かに手先の器用さで言えば今はもうあの頃の比じゃないし、作ろうと思えば数時間で作ることはできるだろう。

 だが、だからといって作り方が全部頭に入っていたら世話ないわけで……。水路づくりの場合はパーツの種類が一つしかないからできたんであって、設計図なしで機構をくみ上げることなんて俺には不可能である。

 そして当然、俺にできないことがチベスナにできるはずもない。

 

 

「そういうわけで、また今度な。俺達の縄張りに来たら作ってやれるから」

 

「そっかー、しょうがないねー。まぁいいや、へいげんちほー、わたしも行ってみたかったからさ! また今度遊びに行くよー!」

 

 

 ソリが欲しいというのが本題だったのか、あるいは別にやりたいことを思いついたのか……そう言いながら、コツメカワウソはずぶずぶと川の方へと入っていった。

 ふと思い出した俺は、慌ててカワウソを呼び止める。

 

 

「待ってくれカワウソ! そういえば、渡すものがあるんだった」

 

「んー? なになに? 何かくれるのー?」

 

「ああ。シアターでお土産品として配ってるものなんだが」

 

 

 言いながら、俺はポケットからアクセサリを取り出してカワウソに手渡す。

 そして興味深げにアクセサリの中の透明感をのぞき込んでいるカワウソに注釈するように、

 

 

「それはアクセサリだ。俺達の出会いの記念にってことで。またほしければシアターに寄ってくれよ」

 

「おおー!」

 

「って聞いてない」

 

 

 俺が話しているうちに、カワウソはアクセサリを使ってお手玉を始めてしまっていた。

 くっ……久々にチベスナ以外のフレンズのマイペースさに触れた気がする。

 まぁ、シアターに来いということは伝わっただろう。宣伝としては十分ともいえる。…………言えるよな? そういうことにしておいてほしい。頼む。

 

 

「この子、他人の話を聞かないと思いますよ。不届きだと思いますよ」

 

「お前も他人のことは言えないけどな」

 

 

 よくスルーしたり聞かなかったふりしたりするでしょ。

 

 

「…………」

 

 

 ほらスルーした。

 

 ……まぁここで俺とチベスナがやりあってもしょうがないか。普通に流すことにして……。

 

 

「じゃ、またなカワウソ。俺達はジャパリカフェに行くから。……お前も着いてくるか?」

 

 

 一応尋ねてみるとカワウソはお手玉の手を止めて首を横に振った。

 

 

「ううん。今はこっちの方がたのしそうだから! 二人とも、まったねー!」

 

「おう」

 

「しあたーにも来るといいと思いますよ」

 

 

 と、互いに言葉を交わし合って。

 俺達は、カワウソと一旦分かれて高山へと向かうのだった。

*1
消せる。




今回のカワウソの出番はこれで終わりです。
でもまたそのうち出ると思いますよ。

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