畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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一四四話:目覚める若き大蛇

「ルールは単純だ」

 

 

 俺とチベスナは、堆く積まれた石の山を間に挟んで互いに向かい合っていた。

 腕を組み仁王立ちする俺達の横では、プレーリーが微妙に困惑しながら突っ立っている。俺の説明は、そんなプレーリーに状況を理解させる意味もあった。

 

 

「これから三〇分間、それぞれ石を加工して、それを水路に張り付けていく。形は……そうだな、隙間を作らないためにもさっきプレーリーがやったように六角形を基本とするか。そうして水路を舗装していって、最終的によりきれいに、多くの石で水路を舗装できた方が勝ち。どうだ、分かりやすいだろう」

 

「判定はどうすると思いますよ?」

 

「プレーリーにやってもらおう。中立だし、技術もある」

 

「望むところだと思いますよ!」

 

「プレーリーもそれでいいか?」

 

「えー……はい。わたしも大体今の説明で理解できたであります」

 

 

 一応プレーリーの意思確認もしてみると、プレーリーはそう言って審判役を承諾してくれた。

 が……なんか目を細めて無気力な感じなのは何故だろうか。いやまぁ、俺達のバトルに付き合わせてるのでそこのところで反応が悪くなってしまうのはしょうがないと思うが。

 

 

「なんというか、こういう群れもあるんですねぇ……」

 

「そりゃそうだと思いますよ。あとチベスナさんとチーターは群れというよりぱーとなーだと思いますよ。むーびーすたーとかんとくなので」

 

「だから監督じゃねぇっつってんだろ」

 

 

 しかしまぁ……なるほどね。

 確かに、今までちょこちょこチベスナと言い争うことはあっても、こうやってチベスナとバトルしているところを見せたことはなかったからな。

 こういうバトルはもはや俺とチベスナにとっては恒例の行事になっているが、初めて会うフレンズからするとそりゃあ異質にも映るわな。確かコウテイもテンパってた気がするし……。

 

 ……ん? でもプレーリーってコウテイみたいに気弱だったり神経質だったりしてないような。むしろフレンズらしいおおらかなタイプだよな。

 なのになんでコウテイが気にするようなところを気にしてるんだ……?

 

 

「群れも色々なんでありますね。勉強になるであります!」

 

 

 なんて考えていたが、プレーリーの言葉で俺は得心がいった。

 なるほどね、考えてみれば当然の話かもしれない。プレーリードッグは群れで生活して、群れで作業する動物だからな。

 プレーリーはその特性が『指示通りに動く力』に反映されていると思っていたが、それ以外にも性格面で和を重んじる方向に反映されてるのかもしれない。

 正直チベスナとか見てると生態が性格に反映されてるとか、そんなことあるかぁ? と思ったりもするのだが、確かラッキーがアニメでそんなこと言っていたような気がするしな。確かスナネコに対して。

 

 

「では」

 

 

 すべての流れに納得したからか、どこか安心した様子のプレーリーは、そう言って表情を引き締める。

 そして徐に挙げた腕を勢いよく振り下ろしながら、威勢よく宣言した。

 

 

「せんえつながらしんぱんをつとめさせていただくであります。いざ――――はじめーっ!」

 

 

 そうして、俺とチベスナのバトル(n回目)が開幕した。

 

 

 

● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 

 

 

 

一四四話:目覚める若き大蛇

 

 

● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 

 

 まず俺は、カットしていない石を手に取り、適当に六角形にカットしたあと──石をそのまま地面に埋め込んだ。

 横で石をカットしながら作業していたチベスナは、その様子を見て思わず目を剥いた様子で、

 

 

「チーター? 何してると思いますよ? そんなことしたらすぐ流されちゃうと思いますよ」

 

「ふん…………人のことを気にしている余裕があるのか? これは──俺の必勝法だ!!」

 

 

 言いながら、俺は地面から突き出た石を手刀でカットし、地面には薄く突き出た石のパネルのみを残した。

 これこそ、俺の作戦──『金太郎飴作戦』である。

 まず最初に六角形の石を用意して、埋め込んではカット、埋め込んではカットを繰り返すことで設置とカットを同時に行い、時間短縮を行うという寸法である。

 

 

「なるほど。その手があったと思いますよ」

 

「あっ」

 

 

 そりゃそうだ。目の前で実演してんだからチベスナも同じことをするようになるわな。

 ……まぁ、総合的な作業スピードは向上するってことでよしとしておくか。

 だが! たとえ作業スピードが加速したところで、根本的な器用さとスピードでは俺の方が圧倒的に上! チベスナごときに負ける俺ではないわ! 戦績はわりと五分五分な気がするけども!

 

 

「チーター、あまり疲れすぎないように気を付けると思いますよ」

 

「それは心配いらん。けものプラズム絞ってるからな」

 

 

 ま、流石に一時間とかずっとやり続ければ疲れるだろうが、俺はそれを見越して制限時間を三〇分に設定していたのだ。

 三〇分なら流石に疲れないので問題ない。トップスピードを維持したまま競技を終えられるので、チベスナを引き離し続けていくうちに終わるという寸法なのである。

 

 

「なっ……!」

 

 

 その事実を知った瞬間、チベスナの表情に初めて焦りが生まれた。フッ……まさか戦いがルール説明の段階から始まっていたとは想像できまい。俺にルール作りを委ねたのは間違いだったな。

 

 

「くっ、ひきょうな……こうなればチベスナさんももっと色々やらねば……」

 

「あんまり無理しすぎないようにな? 変なことしたらなんかヤバそうな気がするし……」

 

「そうだ! いっぺんに石を並べて埋めると思いますよ」

 

「聞きなさいよ」

 

 

 複数の石をまとめて地面に埋め込み、そしてカットする──という手法で時間短縮を始めたチベスナに、一応俺は声をかけるが、チベスナの方は発見した必勝法に夢中で聞いていないようだった。

 と──

 

 

「待ってほしいであります!」

 

 

 そこで成り行きを見守るだけだったプレーリーが、チベスナの作業を止めさせる。

 

 

「……なんだと思いますよ?」

 

「これはちょっとよくないであります! 見てください」

 

 

 そう言って、プレーリーはチベスナが作業した後の水路を指さす。見た感じ、俺の目から見てもあんまりな仕事になっていたりはしないようだが…………

 

 

「ここ。ちょっと埋め込みが浅いであります。これではきちんとした水路にならず、パネルが剥がれてしまうであります」

 

「ええー……そうだと思いますよ?」

 

「そうであります! しんぱんの言うことはぜったいでありますよ」

 

「分かったでありますと思いますよ……」

 

 

 移ってる。移ってるから。

 

 プレーリーに指摘されたチベスナは、しぶしぶ作業をやり直していく。俺はそんなチベスナを横目に、埋めてカットしての作業を繰り返す。単純作業なので俺の方はプレーリーに指摘されるような精密さの揺れが発生する余地は存在しない。

 フフフ……本当のプロは作業の精密さだけでなく、『精密に作業する為の作業計画』も完璧なのだよ。これがヒトの業というものだ、チベスナくん。

 

 

「チーターの耳がむかつくと思いますよ……なんとかして打開したいと思いますよ……プレーリー、何かいいアイデアを出すと思いますよ」

 

 

 って人を頼るんかい。まぁチベスナらしいといえばチベスナらしいが。

 っていうか審判役に頼るなよな。対戦相手である俺に助言を求めるよりはマシだが……。プレーリーの方も反応に困って、

 

 

「そういうことなら、ここをこうして……こうであります!」

 

「って教えるのかよ!!」

 

 

 審判役としての責務はどうした!

 …………いや、フレンズ的に審判の責任とかそういう話は知ったこっちゃないから、聞かれたらどこまでも素直に答えてしまうのかもしれないが……。

 ああ、なんだかんだでしっかり審判役を遂行してくれたジャイアントペンギンがいかに恵まれた人材だったか、こんなところで痛感することになるとはな……。

 

 

「ふっふっふ……チーター、今に見てるといいと思いますよ! チベスナさんは、プレーリーとともにチーターに打ち勝つと思いますよ」

 

「ナチュラルに審判を味方に抱き込むんじゃないよ」

 

 

 もう勝負の構造とかぜんぶめちゃくちゃになってんじゃん。

 

 

 

● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 

 

 そんなカオスな勝負が終わり……。

 結局勝負の方は最終的に俺VSプレーリー&チベスナ(チベスナ&プレーリーではない。作業の重要度的に)の戦いは有耶無耶となり、なんとくなぁなぁで石の敷設は完了していた。

 最終的に隙間に石の粉末を水で溶かした泥を埋め込んでみたり、それが乾燥するまで日向ぼっこしてまったりしたり*1したあと、俺達は最後の作業へと取り掛かっていた。

 それは────。

 

 

「さあ、いよいよ『開通』の時間だ」

 

 

 川と水路を隔てる部分を掘り開け、水を通す作業である。

 色々な──本当に色々なことがあったが、プレーリー、そしてビーバーの助けもあって幸いにも数日で完了させることができた。

 冷水機とか、冷水機とか、あと冷水機とかで結局骨折り損のくたびれ儲けになってはしまったが……ま、水場としての利用価値はあるってことで。

 

 

「チベスナ、やっちまいな」

 

「チベスナさんがやっていいと思いますよ?」

 

 

 開通作業を任せてみると、チベスナはきょとんとして首を傾げた。

 チベスナなので遠慮がちということは全くないが、自分がやるとは思っていなかったらしい。まぁ水路の企画自体は俺だし、俺がやるんだと思ってたのかもしれないが。

 

 

「チベスナの方が穴掘るの得意だろ。やれよ」

 

 

 こういう目立つ作業、チベスナ好きだしな──ということで、俺は適当に理由をつけてチベスナに開通作業を託す。

 そしてチベスナが作業をしている間、プレーリーの方へ歩み寄る。

 

 

「プレーリー、色々ありがとな」

 

「こちらこそであります! チーターどのとチベスナどののお陰で色んなことを学ぶことができたであります!」

 

「いや……協力のこともそうだが、巣づくりもろくに協力できなかったのに、ここまでしてもらってな」

 

 

 と、俺は何気にずっと気にしていたことを言った。

 プレーリーの巣づくり、結局俺ができたことといえば『支えを作れ』ってアドバイスだけだったからな。プレーリーは気にしないって言うんだろうけども、俺としてはやっぱり気にするというか。

 こういう貸し借りについては、やっぱハッキリさせておいた方がいいと思うからな。

 

 しかしプレーリーは、俺の言葉を否定するというよりは言っていることが分からないという調子で首を傾げ、

 

 

「協力できなかったも何も、チーターどのには十分協力してもらったでありますよ? だって、わたしは最初からチーターどの達に巣づくりを実際にやってもらうつもりはなかったでありますし」

 

「えっ」

 

 

 そうだったんだ。

 思わず呆気にとられた俺に笑いながら、プレーリーは続ける。

 

 

「だって、わたしの巣でありますよ? 自分の巣は自分で作りたいのであります。他のフレンズに作ってもらった巣では、やっぱり住み心地がよくないでありますよ」

 

 

 そうか……。

 なんというか、普通にパーク時代の遺物であるジャパリシアターに住み着いちゃってるが、気持ちはなんとなく分かる。

 俺も、自分の縄張りのことは自分でやりたいからってこうしてわざわざ遠回りをしてまで色々なものを自分たちの手で作ってるんだからな。

 

 

「でも、意外と他のフレンズの指示で色々作るのも楽しかったであります。やっぱりわたしは他のフレンズの指示で動くのが楽しいみたいであります……けど、チーターどのはチベスナどののかんとくでありますからね」

 

 

 プレーリーは少し残念そうに言って、

 

 

「わたしにもいつか、チーターどのみたいな仲間ができたらいいでありますなあ」

 

「できるさ。きっと」

 

 

 そう言って、俺はプレーリーに懐から取り出したアクセサリーを手渡す。

 

 

「今回の感謝の気持ちだ。受け取ってくれ」

 

「いいんでありますか? ありがとうであります!」

 

「ちなみにそれはシアターに行けばお土産でいつでもプレゼントするからな。知り合いのフレンズができたら是非お勧めしてくれよな」

 

 

 なんて、感謝ついでの宣伝をしていると。

 

 

「二人とも! 早く早く! 開通すると思いますよ!」

 

 

 すっかり放っておいたチベスナの声がした方を見てみると、そこには今にも開通しそうな川とそれを掘り進めるチベスナの姿があった。

 あれは…………。

 

 俺がチベスナの後ろに陣取ると同時、チベスナは威勢よくこう言う。

 

 

「さあ! 開通ー! と思いますよ!」

 

 

 どばっ、と。

 

 チベスナの掛け声と同時、光り輝く右手が最後の壁をぶち破り、川と水路を完全につなげる。

 一瞬だった。

 だぼぼぼぼ! と水流は残っていた壁を押し流し、勢いよく水路へと雪崩れ込んでいく。

 当然、そうなると穴を掘るために深く屈んでいたチベスナの顔面に水流がモロにぶち込まれるわけで……、

 

 

「がぼぼ!? ぼぼぼぼ~~~!」

 

「はぁ……。やっぱりな」

 

 

 予想通り水流に呑み込まれたチベスナの襟首を、後ろでスタンバイしていた俺はさっと掴んで引っ張り上げる。

 

 

「そうなると思ったよ」

 

「……チーター、分かってたんなら注意してほしかったと思いますよ」

 

「まずありがとうだろ」

 

 

 助けてやったんだからよ。

 あとお前開通に夢中で絶対聞いてなかったからな。

 

 

「──しっかし」

 

 

 チベスナを水路の横に置きながら、俺は改めて流れ出した水路を眺める。

 陽光を照り返し、凄い勢いで流れていく水流は、まるで煌めく鱗の大蛇のようですらあった。サンドスターがぶつかれば、フレンズが生まれてしまいそうなくらい。

 その光景に満足感をおぼえながら、俺は小さく笑みを浮かべた。

 

 

「良い水路ができたなぁ」

 

「チベスナさん達の頑張りの成果だと思いますよ!」

 

「で、あります!」

 

 

 三者三様。しかし互いに達成感を噛み締めていると────

 

 

「お? チーター、なんだその川は! なんだか面白そうなことをしてるなぁ!」

 

 

 遠くの方から、見知った声が集まってくるのを感じた。

 

 なお。

 この水路は、俺とチベスナの水浴びの場としてだけでなく──このへん一帯に住むフレンズ達の水場として、ちょっとした人気を博すことになる。

 まぁ、このへんは考えれば納得のことではあった。

 だって、たとえシアターの中に冷水機があったとして、それはあくまで『ヒトの為のもの』なのだ。

 俺と長く旅をしてきて、ヒトの感覚をある程度把握しているチベスナならともかく──けものの感覚を強く持ち続けている普通のフレンズにとって、たとえ冷水機から水が出てきたとしてもそれは馴染みの浅いものでしかないのだから。

 

 そのことに気付き、俺は改めて思うのだった。

 

 

 水路、作ってよかったな!

*1
待ったりとのダブルミーニング。耳はどやっとしている。




水路編及びシアター改造編はこれにて終了です。
次回からは今までの取りこぼしや、今まで出会ったフレンズとの再会話をやりつつ、思い出したようにシアターを改造する……かも。

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